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イチローとジュンコの夫婦珍道中

~バックパッカー日記~

プロフィール

ニックネーム:
イチローとジュンコ
居住地:
東京都
自己紹介:
2000年9月 日本を旅立ったイチローとジュンコは、飛行機で、南アフリカ・ケープタウンに降り立った。
二人はそこから日本まで、飛行機を使わずに、陸路と船のみで帰る。
アフリカ大陸南端の喜望峰から日本まで、アフリカ、東西ヨーロッパ、中東、シルクロードとまるまる1年かけての、夫婦珍道中。
野宿もしました。ゴリラと挨拶もしました。サハラを越え、ヒマラヤを越え。。
大自然、世界遺産、カルチャーショック、紛争の傷跡、そして、多くの出会い。
2001年8月無事帰国した二人の旅を振り返って、番外編コラムを掲載します。

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NoPhoto
夜のリロングウェ (モザンビーク)エントレ・ラゴス→(マラウィ)ナユチ→リオンデ→リロングウェ
エリア:
  • アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
  • アフリカ>マラウィ>マラウィその他の都市
  • アフリカ>マラウィ>リロングウェ
テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 
投稿日:2000/10/18 18:09
 朝、エントレ・ラゴスの駅のホームにあるイミグレが開くの待って、モザンビークの出国スタンプをもらいに行く。

 モザンビーク出国の手続きを終えると、マラウィ側の国境の街、ナユチまでの1.5Km強を歩いて、国境を越える。
 クアンバからここエントレ・ラゴス、そしてマラウィ迄も鉄道は敷かれているのだが、クアンバからマラウィ国境迄は貨物専用で客車は運行されていないのだ。

 面白いのは国境を境に、モザンビーク側の景色とマラウィ側の景色がガラッと変わる事。モザンビーク側は木々が茂り、起伏もあるランドスケープなのに、国境を越えると、マラウィ側は、地平線までどこまでも真平らで平坦な湿原が広がっている。
 昨日、エントレ・ラゴスの宿まで一緒に行った家族の少年の話だが、マラウィ側に広がるのは湖だそうだ。なる程、今は乾季。湖は干上がり、湿原のように見えた訳だ。そしてこの湖を境に国境が定められていたのだ。

 お昼過ぎ、12時15分、列車はナユチを出発。モザンビークへ行った時はバラカという街から乗ったのだが、バラカの手前、リオンデと言う街からもマラウィの首都リロングウェ行のバスが拾えそうだと言う情報をシルビアからもらっていたので、今日はリオンデで列車を降りて、バスに乗り継いでリロングウェに向かう事にする。
 ナユチからリオンデ迄3〜4時間、リオンデからバラカまでは更に1時間掛かる。なるべく早い時間の方が、バスが捕まり易いだろうと判断し、リオンデで降りてバスに乗り継ぐ事にしたのだが、リオンデではバスは難々捕まらず、道路脇の砂地に座り込み、かなり待たされる事になる。

 列車がリオンデに着いたのが午後3時。「意外に早く着いたな」と思っていたのだが、リオンデのバスジャンクションで、ひたすらリロングウェ行のバスを待つも、別の行先のバスは幾つか来るものの、目的のバスはなかなか来ない。
 ひたすら待つ事、3時間余り、日も暮れかけた頃、ようやくリロングウェ行のバスが通りすがり、これをキャッチ。

 リロングウェへはここから更に4時間余り、バスは夜道をひた走り、夜10時、リロングウェの旧市街のバスステーションに到着。

 ところが、夜のリロングウェの旧市街、首都にも関わらず、ほとんど街灯も無く、夜道は真暗。Junkoと2人でどうしようかという顔をしていると、他のバスの乗客や乗務員が察したらしく、心配してくれて、
 「どこに泊まるんだい?」
 「アニーズ。」
と事前に調べておいた安宿の名前を言うと、
 「よし、アニーズまで連れてってやるよ。」
ホッ、助かった。

 アニーズで次の目的地、タンザニアのダルエスサラム行のバスについて尋ねると、何と明日の朝出発だから、明日は朝5:30には宿を出て、バスステーションへ向かった方が良いとの事。
 少しはここリロングウェでゆっくりしようかと思ったけど、まあ進めるうちに進んでおこう。

 今日はもう遅い。そして明日は早い。
 シャワーを浴びて、アニーズのドミトリーのベッドで寝る前に水を飲もうと水筒に手を掛けるが、水はもうない。ノドはカラカラ。仕方なく水道の水をそのまま飲む。 お腹を壊したりしませんように。


【食事】

朝:パン
昼:パン
夜:パン

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 ナユチ→リオンデ 3時間 72MK/1人
・バス リオンデ→リロングウェ 4時間 250MK/1人

【宿】 (リロングウェ)Annie's ドミトリ 200MK/1人 

ありがとうシルビア☆1
ありがとうシルビア☆ (モザンビーク)ナンプラ→クアンバ→エントレ・ラゴス
エリア:
  • アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 グルメ その他 
投稿日:2000/10/17 18:00
 朝6:00発の列車に乗る為、朝5:00過ぎ、シルビアと別れを告げる。昨日、残業で疲れているのに、朝早く起こしてしまって、またまた申し訳無い。別れ際にシルビアと記念写真をパチリ。モザンビークで一番の思い出になりそう。

ありがとうシルビア☆1

 ナンプラからは来た道を再び戻って、マラウィに向かう。来た時は8時間程だったのが、今日の列車はクアンバまで9時間強もかかり、午後3時過ぎの到着。微妙な時間だ。これ以上移動すると、また右も左も分からない所で真っ暗になってしまう恐れがある。

ありがとうシルビア☆2

 「ここクアンバならカルロスに頼れる。クアンバで一泊しようか。」と考えながら駅を出ると、マラウィとの国境にある街、エントレ・ラゴス行のバスが客引きをしいるのを見て、思わず乗車。列車から降りた他の客も乗り込んでいる。皆に付いて行けば、何とかなるだろう。

 クアンバから国境までは道は悪く、ダートの砂ぼこりが舞うが、今回は中型のミニバス、トラックの荷台ではないので、砂まみれになる心配はない。
 どんな乗物で移動できるかは運次第。たまたまそこに居合わせた乗物を利用するしかないのだ。

 バスが国境に向かって走り出して1時間半程すると、真っ赤な燃えるような大きな夕日がブッシュの上に浮かんで、今日一日を終わらせようとしている。

 午後8時前、モザンビーク側の国境の街、エントレ・ラゴスに到着。バスで乗り合わせたマラウィの家族に安宿を教えてもらい、そこに宿を取る。

 夕食に、列車乗車中に途中の駅で購入したパンを部屋でかじる。ポルトガル領時代からの名残か、モザンビークのパンはほのかな甘みとモチモチとした食感で、他のアフリカ南部諸国のものと比べとてもおいしく、安い。

 さあ、久しぶりに明日は歩いて国境越えだ。


【食事】

朝:パン
昼:バナナ
夜:パン

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 ナンプラ→クアンバ 毎日 朝6:00発 8時間 50400MT/1人
・バス クアンバ→エントレ・ラゴス 4時間強 40000MT/1人

【宿】(エントレ・ラゴス)New Resthouse 25000MT/W1室
水道は当然ナシ。シャワーは汲み置き水をひしゃくで浴びる。

NoPhoto
居候(いそうろう) (モザンビーク)モザンビーク島→ナンプラ
エリア:
  • アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
テーマ:その他 
投稿日:2000/10/16 17:55
 最近早朝出発の移動が続いていたのだが、久しぶりに朝はゆっくりと過ごし、午前8時、モザンビーク島と別れを告げる。
 わずか一泊の滞在だったが、かなりゆっくりのんびりと過ごさせてもらった。おかげで充実感は深い。

 シャパとバスを乗り継いで、来た時の苦労が嘘の様にスムーズにナンプラに到着。

 特に有り難かったのが、途中乗り継いでナンプラまで来た中型のバスの座席が、何とクッション付だった事!!
 クッションの効いたシートに座れるなんてどれ位ぶりだろう。マラウィ・モザンビークの列車のイスは直角の背もたれの鉄に木を打ち付けただけの物だったし、トラックの荷台に乗るシャパに当然クッションなど無い。いつもお尻を酷使していただけに、久しぶりのクッションの感触の何とやわらかく心地良い事か。
 「ああ、本当にクッションは有り難い。」

 ナンプラでは、教えてもらっていた住所を頼りにシルビアのアパートを訪れ、階段でシルビアの帰りを待つ。休暇にマラウィでトレッキングを楽しんできたシルビアも今日、月曜日からは出勤だ。

 仕事帰りのシルビアを待っていると、おとといの活発そうなズボンにバックパック姿とはうって変わって、スカート姿のシルビアが現れる。うーん、バリバリOLとして働いてそうだ。
 夕食でも誘って、一連のお礼と盗難にあった彼女を励まそうと、今度は我々がご馳走してあげようと思っていたのだが、切り出すとシルビアは仕事が忙しく、少し休んだらオフィスに戻らなければならず、帰りは遅いと言う。

 逆に、
 「キッチンにある食材を自由に使っていいから、夕食を作って、余ったら私にとっておいて」
と返されてしまった。 またしてもお世話になりっぱなし。
 「そうだ、ハラレで仕入れたしょう油を持っているから、ご飯と和風のおかずでも作ってあげよう。」
と思い立つ。

 シルビアのアパートのキッチンにあったジャガイモとタマネギにしょう油と砂糖で味付けし、ジャガイモの煮ころがしを作り、ご飯を炊く。お米も含め、しょう油以外はすべてシルビアのキッチンに置いてあったもの。余りにも申し訳無いので、パスタや調味料など、持参していた食材を全て、一人暮らしのシルビアに寄付して置いて行く事にした。

 煮ころがしの出来具合は…、うん、なかなか。ご飯も上手く炊けた。 クノールのスープも付けて、シルビアがオフィスに戻った後、Junkoと2人で舌つづみ。

 シルビアは夜9時過ぎ再び帰宅。疲れたので料理は明日朝温めて頂くから、今日はもう寝るとの事。
 お疲れ様。お休みなさい。いつか日本に来る事があったら、是非ウチに寄ってゆっくりして行ってネ。


【食事】

朝:パン
昼:パン
夜:ジャガイモ煮ころがし

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・シャパとバス モザンビーク島→ナンプラ 4.5時間 計45000MT/1人

【宿】シルビア宅 無料

世界文化遺産「モザンビーク島」1
世界文化遺産「モザンビーク島」〜大航海時代の忘れ形見〜(モザンビーク)モナポ→モザンビーク島
エリア:
  • アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
テーマ:世界遺産 
投稿日:2000/10/15 17:43
 モザンビークの朝は早い。マラウィからはかなり東に来ている為、朝4時半頃にはもう外は明るい。「今日も何かあっては」という心配から、朝5時前にアブジャブさんにモザンビーク島への車が通る道と方向を教えてもらい、道端に荷物を置いて、車を待つ。

 30分ほど待つと、シャパが通りかかる。すかさず右手を振ってシャパを止め、「イリヤ?」(モザンビーク島ではこちらではイリヤ・デ・モザンビーク。イリヤと呼ばれているのだ。)ときくと、「Si(ポルトガル語でYes)」。
 こんな朝早く、すぐ車がつかまるとは、今日こそはモザンビーク島へ辿り着けそうだ。

 我々を荷台に乗せたシャパは快調に走り続ける。畑や小さな集落などの景色が続くとやがて、長方形に区画され水を張られた広大な景色が目に入る。「水田?」とも思ったが、よく見るとあぜ道には白い物が積まれている。塩田だ。
 塩田を過ぎると、車一台分の幅しかない細長い橋が延び、海の向こうに小さく平らな島とヤシの木々のシルエットが朝日を背に浮かびあがる。モザンビーク島だ。

 橋は結構長く1Km以上はある。橋の上から海を見渡すと、きらめく波光の上に白い帆に風を受けて行き交うダウ船の姿。やっと来た。ここが世界遺産モザンビーク島だ。

 橋を渡り、島に入ってシャパを降りて、宿はどうしようかと荷物を背負って道を歩いていると、道端に並ぶ古臭い建物の陰から、おばさんがニコニコして手招きしている。よく見ると、「accmmodation」と壁に描いてある。

 中に入って部屋を見せてもらうと、広く清潔な部屋、ファンもある。汲み置き水ではあるが、屋内のシャワー、キッチンも使っていいと言う。
 「クアント?(いくら)」ときくと、1人10000MT。昨日のモナポのアブジャブ宅と同料金だ。まあいいだろう。「OK!」。
 accmmodation(宿)といっても、部屋は3つしかなく、民宿といった感じだ。
 マラウィからここに至る迄で汚れきった衣服を洗濯し、まずは朝食を取って一休み。それからモザンビーク島へゆっくりとくり出した。


 今日は日曜日、まだ朝という事もあって、島は人影もまばらでとても静かだ。静まり返っている。

 ふらふらと適当に足の向くまま歩いていると、かつてバスコダガマが航海したインド洋を誇らしげに眺めるポルトガル人の古びた銅像の姿が。更に北に進むと、島の北端には高い壁に幾つもの大砲をたずさえた朽ちかけた要塞がそびえる。

世界文化遺産「モザンビーク島」1世界文化遺産「モザンビーク島」2

 要塞の壁のヘリでは、布をまとった地元の人が洗濯に精を出す。朽ちてそのままのヨーロッパ大航海時代の亡きガラと、モザンビークに今生きる人々の生活感。なんともアンマッチで奇妙な取り合わせだ。

 要塞の近くの公園のベンチで海を眺めながら一休み。引き潮の海は太陽の陽射しにエメラルド色に輝き、帆に風を受けたエンジンなどない悠久のままのダウ船や、手漕ぎの魚舟が行き交う。背後にはボロボロに老朽化したポルトガル風の家並み。
 日曜日の静けさもあいまって、不思議な哀愁がじわじわと漂ってくる。まるで「時が止まっている。」

世界文化遺産「モザンビーク島」3

 大航海時代に築かれたまま、そのまま古びて行く街並の中で、様々な歴史を経て住み着いたアフリカ人、アラブ人、インド人。様々な人種がここで暮らし、何とも表現のしようがない独特な雰囲気が伝わってくる。
 街中には顔中におしろいを付けたキルワ人の女性も見かけられ、エスニックかつエキゾチック。

 ゆっくりと小さい島を一周してもまだお昼過ぎ。だが、昼下がりの陽射しは強烈で、島を歩き回ってもうヘトヘトだ。午後はゆっくりと宿で静養。

 苦労して来た事もあって、ここモザンビーク島、独特の哀愁感を味合わせてもらい、来たかいがあったと、夕方、夕暮れの魚市場にたたずむ。


【食事】

朝:パン
昼:パン
夜:自炊パスタ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・シャパ モナポ→モザンビーク島 1.5時間 20000MT/1人

【宿】A LOJAMENT 10000MT/W一室二人利用で一人当り

8カ国目、モザンビーク珍道中1
8カ国目、モザンビーク珍道中 (モザンビーク)クアンバ→ナンプラ→モナポ
エリア:
  • アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 
投稿日:2000/10/14 17:31
 昨日は13日の金曜日。なのにシルビアと会い、色々親切にしてもらい、「悪い事が起こるどころか、とてもいい日になったなぁ」なんて思っていたのだが…。

 我々を乗せた列車は早朝、クアンバを出発。日が昇ると、窓の外にはマラウィで見たのとは違う風景が広がる。

 大きな岩山がいくつも連なり、頭に雲の帽子をかぶっているものもある。岩山を取り囲む細い幹の木々の葉は、それぞれに色付き、紅や黄色、オレンジに紅葉している。
 別に今、モザンビークは秋な訳ではない。今は乾季。ここでは乾季に一面紅葉となるそうだ。アフリカで、意外な紅葉の景色だが、穏やかなパステル調の色彩が広がり、優美だ。

8カ国目、モザンビーク珍道中1

 ただ、常に開け放しの窓からは、牽引するディーゼル機関車が排出するススが入り込み、加えて客室内に手荷物として持ち込まれた生きたニワトリが羽ばたいて散った羽毛が舞い、更に人々がかじるサトウキビのかけらが散乱し、我々の服はそれらのほこりだらけだ。

 そんな、ひたすら列車に座り続け8時間余り、ようやくモザンビーク北部のメインタウン、ナンプラに到着。駅前でシルビアが我々の為にモザンビーク島へのバスを聞き込んでくれる。ここモザンビークでは英語はほとんど通じないが、シルビアはモザンビークで話されているポルトガル語がぺらぺらなのだ。

 モザンビーク島へはまず、モナポという所までバスで行き、そこで乗り換えれば良いとの事。モナポまでのバスは割高のワゴンのミニバスか、安いトラックの荷台があり、シルビアが安い方を探し勧めてくれた。

 その時である、
 「ヘーイ」
いつも優しく穏やかなシルビアが突然声を上げた。
 シルビアの目線の向こうを、男が背を向け一直線に走り去って行く。
 「スリだ。」

 急いでシルビアは男の後を追うが、重いバックパックを背負っているので、とうてい追いつけない。事情を察した地元の男数人が、物凄い勢いでスリの後を走って追う。我々も後から様子を伺うが、結局スリの姿は見失い、逃げられてしまったようだ。
 シルビアはズボンのポケットに入れておいた、いくらかのお金とポストのカギを盗まれてしまったそうだ。

 我々の為にバスの聞き込みをしていたばっかりに、こんな目に遭ってしまうなんて。我々も油断していた。すっかりシルビアは慣れているんだろうと任せっきりにしていた。今までJunkoと2人きりの時は、一方が写真を撮ったりしている時は必ず一方が目を光らせ、スキを見せないようにしていたのに。

 シルビアにとっては、昨日13日の金曜日に我々と出会ってしまった為にこんな事になってしまったのだ。

 何もしてあげられない我々2人に、シルビアは、
 「私は大丈夫だから、バスでモザンビーク島に行ってらっしゃい。」
何だか気まずい気分で、シルビアが探してくれた格安のモナポ行のトラックに乗る。

 トラックの荷台で揺られながら、
 「モザンビーク島での滞在後、ナンプラのシルビアのアパートにお邪魔してもいいって言っていたけど、こんな状況でひょうひょうとお世話になってしまって良いものだろうか。」
そんな事ばかり考えていた。

 ナンプラを出発してから30分も走らない所で「プシューッ。」、何とトラックのタイヤがパンクしてしまう。荷台に乗っていた乗客は全員降り、2時間近くタイヤが交換されるまで外で待つ。

 やっとタイヤ交換が終わり、再出発。 何人かの乗客は待ちきれずにヒッチハイクで別の車で行ってしまったので、ぎゅうぎゅう詰めだった荷台に少し余裕ができ、まあちょっと苦しいけど、これも不幸中の幸いさなんて思っていた。本当は、我々もヒッチハイクでさっさと進みたかったのだが、トラック屋根にバックパックを上げられてしまっているのでできなかったのだ。

 ところが再出発してから15分もたたない頃「シュルシュルシュル…」、今度はトラックのエンジンが完全停止。運転手は何度もキーを回してエンジンを掛け直そうとするが、エンジンは全く起動せず。「これはもうダメだ。」

 乗客達は次々に自分の荷物を持って、荷台から降り、ヒッチハイクを始める。我々もトラックの屋根に上がり、バックパックを自分で地面に降ろすと、ヒッチハイク開始。

 モザンビーク島へ行くという女性と3人で、小ぎれいなワゴン車のヒッチハイクに成功。ところが動かなくなったトラックの乗務員が、ここまでの運賃を払えと押し問答。もう日も傾きかけている。こんな所で押し問答していたら、今日中にモザンビーク島へ着けなくなってしまう。
 結局、モナポまで20000MTのところ、半分の10000MTを1人当たり払う。

  と、今度はヒッチした車のドライバーが1人当たり30000MT、3人分を我々に払えと言う。何でたまたま一緒に乗った人の分まで我々が、と思ったのだが、どうもヒッチしたドライバーとこのモザンビーク島へ行くという女性はすかさず利害が一致し、結託したらしい。3人分払わないなら降りろと言う。もう日が落ち暗くなり始めている。
 仕方なく要求を呑み、モナポまでは連れて行ってもらう。

 モナポに着く頃には、すっかり日は沈み、暗がりに月明かりが浮かんでいる。モザンビーク島へ行くというこの女性に、「まだまだ車は通るからヒッチでモザンビーク島まで一緒に行こう」と誘われるが、もう勘弁。
 英語が話せる人を見付け、泊まれる所がないかと尋ね、今日はここモナポに泊まり、明日朝、モザンビーク島へ行く事にする。

 それにしても、せっかくシルビアが我々の為に安い車を捜してくれたにも関わらず、その為にシルビアはスリにあい、その車に乗った我々はトラブルに会い、結局高い金額を支払わさせられる事になってしまうとは…。

 街灯もない中、宿を一緒に探してくれるという英語が喋れる地元の人の後に付いて行く。

 もし又、この人が良からぬ事を考えていたら…。そんな事も頭をよぎるが。このモナポなんて街、全く情報も持っていない。それに車で降ろされた場所は街の中心地から離れた所らしい。ここはもう頼るしかない。

 まず初めに訪れた建物からは小柄な白人の人が出て来た。ポルトガル系だろう。彼がどうも泊まれる場所を知っているらしい。
 彼の話を聞き終わると、かなり歩いて小さなバーへ。奥からは頭に白い布のキャップを付けた小柄なアラブ系のおじさんが出て来て、1人10000MTで泊めてくれると言う。2人で20000MT。どんな部屋かも判らないし、なんだか高くふっかてるんじゃないかとも思ったが、もう他に選択肢がない。

 しばらく待って部屋に通されると、ちゃんとベッドがあって、扇風機も明りもあり、お世辞もきれいとは言えないが、まあまあ悪くない。ドアには内側から鍵もかけられる。この状況では良しとしよう。

 アブジャブと名乗るこのアラブ系のおじさん、シャワーもあるからどうぞと言ってくれている。案内された場所を見ると、塀に囲まれた真っ暗な屋外で、くみおきの水をひしゃくで浴びるようだ。
 「どうする?」
とJunkoに尋ねると、
 「浴びるよ、もちろん。ほこりだらけで汗だくで耐えられないよ。」
と裸にパレオ布を巻き、アブジャブの奥さんから渡された石けんとタオルを持って、さっさと浴びに行ってしまった。

 数分後、「あー、さっぱりした。」とすがすがしい顔で戻ってくるJunko。何とも頼もしい。
 オレも浴びてくるか。今日は長い一日だった。明日こそ無事、モザンビーク島に辿り着けるだろうか。


【食事】

朝:クッキー
昼:揚げパン
夜:ビスケット

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 クアンバ→ナンプラ 毎日 朝5時発 3等52000MT 8時間 1等は高いけどクーラー付き。 ところが一等のクーラー車は、窓が開かないのにいつもクーラーは故障しているので、やめた方が良いとの事。

【宿】(モナポ)アブジャブ宅 20000MT/W1室

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