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- インド生リポ ●カジュラーホー編#2 うるせーのなんのって
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エリア:
- アジア>インド>カジュラホ
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 グルメ
- 投稿日:2011/11/13 01:49
- コメント(0)
2011/11/02
うるさくって落ち着けないとこだ、カジュラーホーは。
とにかく客引きがうるせーのなんのって。
基本インドはどこでも客引きがうるさいが(バンダウガルは一切なかったが)、ここはなんか久しぶりにうるさすぎる。
コバラムもうるさかったが、ここのうるささは煩わしい。
しつこい。日本語ができるせいかもしれないが、本当にうんざり。
落ち着いて歩くこともできない。
しかもゆうべは午前0時近くまでどっかでレイブをやってたのか、店でそれらしいCDをかけてたのかわからんが、うるせーのなんの。今では耳障りでしかないテクノを聞かされて、部屋でいらいらしてた。今日聞いたらお祭りだったそうで。今夜はどうかありませんように。
はぁバンダウガルの超静けさがなつかしい。
はぁコバラムの音といえば波音だけの夜がなつかしい。
ランチはホテルのオーナーがおごってくれた。
日本語ができるおっさんなので、日本人とみると喋りたいらしい。
しかもこっちがヨガ教えてるとか瞑想もしてるとか手相もできるといったら、めっちゃはりきっちゃって語る語る。
おっさんも瞑想が趣味らしく、別に尋ねたりもしていないのに瞑想について1時間ほど語られた。まぁ語られっぱなしにはさせなかったけど。
話のクドい男は老いも若きもダメだね。
同じホテルに泊まってたコロンビア人兄弟がチェックアウトした。
たまたま顔を合わせたので少しトーキング。
コロンビア人は、アシュラムで会ったワニータ(女)もそうだったが肌の色が白い。英語も流暢なので一見するとアメリカン。
コロンビアBrosはインドのあとネパールと東南アジアもまわるらしい。
兄弟で旅するっていいね。バンダウガルで会ったオーストリア人の二人組も姉妹だった。もし趣味が合うなら兄弟姉妹で旅するってまったく気を使わないからきっとラクだよなぁ。
その点、ウチはダメだね。妹とは旅の趣味がまったく違うから。
そうそうこのコロンビア人弟、大の日本好きで何回か日本に旅行しに来てるそうだ。
私が日本人だとわかると、この男もめっちゃ喜んじゃって、「ニンジャ」だの「エド」だの「イガ」だの連発(笑)。出たーニッポンかぶれ。来年また日本に来たいと言っていた。
11年前にごはんを食べたイタリアンレストランメディラテオにお茶しに行った。
聞いたら1991年オープンだという。
やっぱり来たのはここだろうと思う。
でっかいアップルパイとちゃんとブラックのコーヒーを口にして機嫌を直す。
遺跡の町だが、遺跡を見ずに今日が終わっていくなー。
ま、一度見てるからね。
カジュラーホー老舗のイタリアンレストラン メディラテオの
アップルパイ&コーヒー
ここはピザもスパも本格的。正直東京のそこらへんの伊レストランより
おいしい。石窯もあった。
うるさくって落ち着けないとこだ、カジュラーホーは。
とにかく客引きがうるせーのなんのって。
基本インドはどこでも客引きがうるさいが(バンダウガルは一切なかったが)、ここはなんか久しぶりにうるさすぎる。
コバラムもうるさかったが、ここのうるささは煩わしい。
しつこい。日本語ができるせいかもしれないが、本当にうんざり。
落ち着いて歩くこともできない。
しかもゆうべは午前0時近くまでどっかでレイブをやってたのか、店でそれらしいCDをかけてたのかわからんが、うるせーのなんの。今では耳障りでしかないテクノを聞かされて、部屋でいらいらしてた。今日聞いたらお祭りだったそうで。今夜はどうかありませんように。
はぁバンダウガルの超静けさがなつかしい。
はぁコバラムの音といえば波音だけの夜がなつかしい。
ランチはホテルのオーナーがおごってくれた。
日本語ができるおっさんなので、日本人とみると喋りたいらしい。
しかもこっちがヨガ教えてるとか瞑想もしてるとか手相もできるといったら、めっちゃはりきっちゃって語る語る。
おっさんも瞑想が趣味らしく、別に尋ねたりもしていないのに瞑想について1時間ほど語られた。まぁ語られっぱなしにはさせなかったけど。
話のクドい男は老いも若きもダメだね。
同じホテルに泊まってたコロンビア人兄弟がチェックアウトした。
たまたま顔を合わせたので少しトーキング。
コロンビア人は、アシュラムで会ったワニータ(女)もそうだったが肌の色が白い。英語も流暢なので一見するとアメリカン。
コロンビアBrosはインドのあとネパールと東南アジアもまわるらしい。
兄弟で旅するっていいね。バンダウガルで会ったオーストリア人の二人組も姉妹だった。もし趣味が合うなら兄弟姉妹で旅するってまったく気を使わないからきっとラクだよなぁ。
その点、ウチはダメだね。妹とは旅の趣味がまったく違うから。
そうそうこのコロンビア人弟、大の日本好きで何回か日本に旅行しに来てるそうだ。
私が日本人だとわかると、この男もめっちゃ喜んじゃって、「ニンジャ」だの「エド」だの「イガ」だの連発(笑)。出たーニッポンかぶれ。来年また日本に来たいと言っていた。
11年前にごはんを食べたイタリアンレストランメディラテオにお茶しに行った。
聞いたら1991年オープンだという。
やっぱり来たのはここだろうと思う。
でっかいアップルパイとちゃんとブラックのコーヒーを口にして機嫌を直す。
遺跡の町だが、遺跡を見ずに今日が終わっていくなー。
ま、一度見てるからね。
カジュラーホー老舗のイタリアンレストラン メディラテオの
アップルパイ&コーヒー
ここはピザもスパも本格的。正直東京のそこらへんの伊レストランより
おいしい。石窯もあった。
- インド生リポ ●カジュラーホー編#1 11年ぶりのカジュラーホー
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エリア:
- アジア>インド>カジュラホ
- テーマ:街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2011/11/05 13:35
- コメント(0)
傷心のバンダウガルから一路カジュラーホーへ。
快適さがクセになりそうなプライベートタクシーで約5時間。
着いてビックリ、私の記憶にあるカジュラーホーとは全然別の町になっていた。
北インドと東インドのちょうど境目にあるカジュラーホーはエロティック彫刻の寺院遺跡が有名な村。この遺跡群は世界遺産に登録されている。
私は……そう、もう11年も前になるだろうか、初めてインドを長旅したときカジュラーホーを訪れていた。
のどかで静かな片田舎の村。
あのときはバラナシから来たので、そののんびり感や人の少なさが余計に際立った。
ちょうど暑い時期で、日中の気温は48度。西群寺院遺跡の前にある巨木の木陰で、この暑いのにチャイを飲みながら村の人たちが休んでいたのを覚えている。
レストランもホテルも多くなく、夜は8時を過ぎると村は暗闇に沈む。
なんでわざわざカジュラーホーにあるんだかわからないイタリアンレストランのイルミネーションが暗闇をわずかに明るくしていた。
その印象のまま今回来たのだが、あまりの変わり様にただただ呆然。
湖の前はただの土手だったのに、今はきれいに舗装され遊歩道になっており、レイクサイドのシケたみやげ物屋通りがホテルにレストラン、ショップが並ぶ。
客引きたちのしつこさ、うるささも以前では考えられないほど。
夜9時になっても10時になってもにぎやかな音楽が聞こえてくる。
もはやのどかな村ではなく、インドのよくあるツーリストタウンだ。
客引きたちをあしらいながら、あの巨木を探した。
それは前と同じ場所にあった。
ただその周りはショップがズラリ。
もうひとつ探してみる。
暗闇をわずかに照らしていたあのイタリアンレストラン。
あのとき知り合った日本人夫婦とディナーを食べた店。
ルーフレストランで、確かピザを食べたっけ。
巨木のところを右に折れて少し歩いたところにあったような……。
うるさい客引きに、ここら辺に昔からあるイタリアンレストランはないか、と尋ねた。
客引きは張り切って頭上を指差す。
そこにはイルミネーションに縁取られた、イタリアンのメニューを掲げたレストランがあった。
うろ覚えだが、もしかしたら本当にここかもしれない……。
11年。
そりゃあインドでなくても変わるだろう。
というより、やはりインドも変わるのだ。その変化は都市だけではない。
あのときは遺跡を見たら他に何もない退屈な村だった。
が、今回はそうでないかもしれない。
ただ、あののどかで退屈で静かなカジュラーホーが失われてしまったのは残念だ、勝手な言い分ではあるけれども。
快適さがクセになりそうなプライベートタクシーで約5時間。
着いてビックリ、私の記憶にあるカジュラーホーとは全然別の町になっていた。
北インドと東インドのちょうど境目にあるカジュラーホーはエロティック彫刻の寺院遺跡が有名な村。この遺跡群は世界遺産に登録されている。
私は……そう、もう11年も前になるだろうか、初めてインドを長旅したときカジュラーホーを訪れていた。
のどかで静かな片田舎の村。
あのときはバラナシから来たので、そののんびり感や人の少なさが余計に際立った。
ちょうど暑い時期で、日中の気温は48度。西群寺院遺跡の前にある巨木の木陰で、この暑いのにチャイを飲みながら村の人たちが休んでいたのを覚えている。
レストランもホテルも多くなく、夜は8時を過ぎると村は暗闇に沈む。
なんでわざわざカジュラーホーにあるんだかわからないイタリアンレストランのイルミネーションが暗闇をわずかに明るくしていた。
その印象のまま今回来たのだが、あまりの変わり様にただただ呆然。
湖の前はただの土手だったのに、今はきれいに舗装され遊歩道になっており、レイクサイドのシケたみやげ物屋通りがホテルにレストラン、ショップが並ぶ。
客引きたちのしつこさ、うるささも以前では考えられないほど。
夜9時になっても10時になってもにぎやかな音楽が聞こえてくる。
もはやのどかな村ではなく、インドのよくあるツーリストタウンだ。
客引きたちをあしらいながら、あの巨木を探した。
それは前と同じ場所にあった。
ただその周りはショップがズラリ。
もうひとつ探してみる。
暗闇をわずかに照らしていたあのイタリアンレストラン。
あのとき知り合った日本人夫婦とディナーを食べた店。
ルーフレストランで、確かピザを食べたっけ。
巨木のところを右に折れて少し歩いたところにあったような……。
うるさい客引きに、ここら辺に昔からあるイタリアンレストランはないか、と尋ねた。
客引きは張り切って頭上を指差す。
そこにはイルミネーションに縁取られた、イタリアンのメニューを掲げたレストランがあった。
うろ覚えだが、もしかしたら本当にここかもしれない……。
11年。
そりゃあインドでなくても変わるだろう。
というより、やはりインドも変わるのだ。その変化は都市だけではない。
あのときは遺跡を見たら他に何もない退屈な村だった。
が、今回はそうでないかもしれない。
ただ、あののどかで退屈で静かなカジュラーホーが失われてしまったのは残念だ、勝手な言い分ではあるけれども。
1 - 2件目まで(2件中)