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前に地震の影響を受けて仕事が激減し、苦しい生活を強いられている人達、
タメルの伝統楽器売りの人達を紹介しました。
彼らだけでなく、他にも同じ苦しの中で日々を送っている人達がいます。
先日、新聞の写真に目がとまりました。
5枚載っていたのですが、どれもがリキシャ(人力車)の引き手ばかりでした。
写真の説明によると、
・ダルバール広場の崩れた建物の傍で客待ちをするリキシャ
・客待ちの間、時間つぶしに新聞を読む引き手
・商売用のリキシャを掃除する人
・インドラ・チョークで客を探すリキシャ
・時間つぶしに仲間と雑談する57歳の引き手
それに続く記事から、拾ってみます。
・40年間この商売をしてきて、こんな危機は初めてと言う62歳の引き手。今のままでは家族を養っていけないので商売を変えようかと思うが、新しい商売を始めるにも金がない。
・7人家族が暮らす部屋代月4500ルピー(5500円弱)は厳しい。一日の稼ぎは、夕食代に消えてしまう。最近は、客を3人乗せればラッキーと思わざるを得ない。
・朝7時から夜7時までじっと客を待っているが、地震後は、何の収入も無く家に帰ることが多い。以前は、1日2000ルピー(約2400円)稼いでいたのに。
車が通れない狭い道でのみの営業が許可されているリキシャは、
主にカトマンズ中心部で仕事をしています。
世界遺産のダルバール広場が被害に遭い、
お客さんだった外国人観光客の減少で乗ってくれる客が無く、
収入は干上がっています。
472人いるリキシャの引き手の半分は、今は、建設関係の仕事に就いています。
その他には、被害が大きかった自分の出身地等に帰った者もいます。
また、マレーシア、カタール、ドバイ等、
海外出稼ぎ労働者になって、ネパールを離れる人もいます。
リキシャの引き手で、自分のリキシャを持って営業している人は誰もいません。
リキシャのオーナーが別にいて、
引き手は、稼ぎが無くてもオーナーに1日100ルピーを支払わなくてはなりません。
こんなところにも、引き手が仕事を離れる理由がありそうです。
いずれにしても、蝿をシーシーと追い払ったり、
仲間と暇つぶしのおしゃべりをするほか、
やることがないのがリキシャの引き手の現実です。
(ネパールのリキシャ 新聞より)
タメルの伝統楽器売りの人達を紹介しました。
彼らだけでなく、他にも同じ苦しの中で日々を送っている人達がいます。
先日、新聞の写真に目がとまりました。
5枚載っていたのですが、どれもがリキシャ(人力車)の引き手ばかりでした。
写真の説明によると、
・ダルバール広場の崩れた建物の傍で客待ちをするリキシャ
・客待ちの間、時間つぶしに新聞を読む引き手
・商売用のリキシャを掃除する人
・インドラ・チョークで客を探すリキシャ
・時間つぶしに仲間と雑談する57歳の引き手
それに続く記事から、拾ってみます。
・40年間この商売をしてきて、こんな危機は初めてと言う62歳の引き手。今のままでは家族を養っていけないので商売を変えようかと思うが、新しい商売を始めるにも金がない。
・7人家族が暮らす部屋代月4500ルピー(5500円弱)は厳しい。一日の稼ぎは、夕食代に消えてしまう。最近は、客を3人乗せればラッキーと思わざるを得ない。
・朝7時から夜7時までじっと客を待っているが、地震後は、何の収入も無く家に帰ることが多い。以前は、1日2000ルピー(約2400円)稼いでいたのに。
車が通れない狭い道でのみの営業が許可されているリキシャは、
主にカトマンズ中心部で仕事をしています。
世界遺産のダルバール広場が被害に遭い、
お客さんだった外国人観光客の減少で乗ってくれる客が無く、
収入は干上がっています。
472人いるリキシャの引き手の半分は、今は、建設関係の仕事に就いています。
その他には、被害が大きかった自分の出身地等に帰った者もいます。
また、マレーシア、カタール、ドバイ等、
海外出稼ぎ労働者になって、ネパールを離れる人もいます。
リキシャの引き手で、自分のリキシャを持って営業している人は誰もいません。
リキシャのオーナーが別にいて、
引き手は、稼ぎが無くてもオーナーに1日100ルピーを支払わなくてはなりません。
こんなところにも、引き手が仕事を離れる理由がありそうです。
いずれにしても、蝿をシーシーと追い払ったり、
仲間と暇つぶしのおしゃべりをするほか、
やることがないのがリキシャの引き手の現実です。
(ネパールのリキシャ 新聞より)
- 再開したカトマンズのダルバール広場
-
エリア:
- アジア>ネパール>カトマンズ
- テーマ:世界遺産
- 投稿日:2015/07/03 15:25
- コメント(0)
4月25日の大地震の後、
一時閉鎖されていたカトマンズのダルバール広場が再開されています。
この広場の歴史ある建物やお寺が、地震によって大きな被害を受け、
全壊、半壊などの姿になってしまいました。
私は、これまでにここを訪ねたのは3,4回。
一番最近の訪問は、昨年12月、お客様を案内してでした。
入り口を入ると、右手のかなり壊れた白い建物が目に入ります。
左手は、バサンタプル広場で、普段は露天商が店を出していますが、
今は被災者のテントが並んでいます。
この広場に続いて、クマリの館があります。
真ん中のドアから中に入れます。
ダルバール広場で見られる3つの看板。
まず、グリーンのSAFE ZONE。
シヴァ神の化身のひとつである恐怖の神、カーラ・バイラヴの大きな石像。
ここは、安全、です。
赤い看板は、DANGER ZONE
この広場で、特に目立つ建物だったシヴァ寺院。
残った基壇の上に3重の塔がそびえていました。
広場で催し物があると、この基壇に鈴なりの人々が腰を下ろし、楽しんでいたのです。
青文字の看板はTOUR LANEと書かれていて、観光客に道順を示しています。
跡形もなくなったカスタマンダプ寺院の跡。
カトマンズの名前はここに由来します。
1本の大木から造られた、といわれています。
祀られているのは、シヴァ神です。
建物の前に、集められた材木が高く積み上げられていますが、
このお寺は、シヴァ・パルヴァティ寺院です。
アップした写真で分かるように、
上層の窓からは、よく名前が出てくるヒンドゥ教の神、
シヴァと妃のパルヴァティが並んで町を見下ろしています。
今回の地震でこの建物も壊れたのでは・・・と心配していましたが、
こうして、以前と変わらない姿を見ることができて、
本当に嬉しかったです。
復興するダルバール広場をずっと見守ってくださいね。
大きな釣鐘「タレジュ・ベル」は、無事でした。
基壇しか残っていませんが、ここには8角形の建物がありました。
このダルバール広場の中で、
私に最も強い印象を与えてくれたのがこの小さな建物です。
ハヌマン・ドカ。
「ハヌマン」は、ヒンドゥ教の猿の神、「ドカ」は門を意味します。
門の脇にハヌマン像があるので、こう呼ばれています。
ハヌマン・ドカは旧王宮です。
地震で、被害が出ています。
手前の赤いテープから中に入ることはできません。
厳重な補強がされていますが、赤く見えているのがハヌマン像。
右隣が、王宮に入る門(ドカ)です。
これは、ハヌマン・ドカを支える工事をしているところです。
・・・このように、ダルバール広場は、傷ついています。
立ち入れない建物もたくさんあります。
過去にここを訪れた私は、ここにあったお寺、歴史ある建物を思い出します。
あるのが当たり前で、なくなることなんて考えもしなかった建物の多くが、
見事なまでに姿を消してしまいました。
「今は思い出のみ」になってしまった建物・・・
空き地に立って、その姿を思い描いてみる・・・
そんな旅がこれからも続くのでしょう。
一時閉鎖されていたカトマンズのダルバール広場が再開されています。
この広場の歴史ある建物やお寺が、地震によって大きな被害を受け、
全壊、半壊などの姿になってしまいました。
私は、これまでにここを訪ねたのは3,4回。
一番最近の訪問は、昨年12月、お客様を案内してでした。
入り口を入ると、右手のかなり壊れた白い建物が目に入ります。
左手は、バサンタプル広場で、普段は露天商が店を出していますが、
今は被災者のテントが並んでいます。
この広場に続いて、クマリの館があります。
真ん中のドアから中に入れます。
ダルバール広場で見られる3つの看板。
まず、グリーンのSAFE ZONE。
シヴァ神の化身のひとつである恐怖の神、カーラ・バイラヴの大きな石像。
ここは、安全、です。
赤い看板は、DANGER ZONE
この広場で、特に目立つ建物だったシヴァ寺院。
残った基壇の上に3重の塔がそびえていました。
広場で催し物があると、この基壇に鈴なりの人々が腰を下ろし、楽しんでいたのです。
青文字の看板はTOUR LANEと書かれていて、観光客に道順を示しています。
跡形もなくなったカスタマンダプ寺院の跡。
カトマンズの名前はここに由来します。
1本の大木から造られた、といわれています。
祀られているのは、シヴァ神です。
建物の前に、集められた材木が高く積み上げられていますが、
このお寺は、シヴァ・パルヴァティ寺院です。
アップした写真で分かるように、
上層の窓からは、よく名前が出てくるヒンドゥ教の神、
シヴァと妃のパルヴァティが並んで町を見下ろしています。
今回の地震でこの建物も壊れたのでは・・・と心配していましたが、
こうして、以前と変わらない姿を見ることができて、
本当に嬉しかったです。
復興するダルバール広場をずっと見守ってくださいね。
大きな釣鐘「タレジュ・ベル」は、無事でした。
基壇しか残っていませんが、ここには8角形の建物がありました。
このダルバール広場の中で、
私に最も強い印象を与えてくれたのがこの小さな建物です。
ハヌマン・ドカ。
「ハヌマン」は、ヒンドゥ教の猿の神、「ドカ」は門を意味します。
門の脇にハヌマン像があるので、こう呼ばれています。
ハヌマン・ドカは旧王宮です。
地震で、被害が出ています。
手前の赤いテープから中に入ることはできません。
厳重な補強がされていますが、赤く見えているのがハヌマン像。
右隣が、王宮に入る門(ドカ)です。
これは、ハヌマン・ドカを支える工事をしているところです。
・・・このように、ダルバール広場は、傷ついています。
立ち入れない建物もたくさんあります。
過去にここを訪れた私は、ここにあったお寺、歴史ある建物を思い出します。
あるのが当たり前で、なくなることなんて考えもしなかった建物の多くが、
見事なまでに姿を消してしまいました。
「今は思い出のみ」になってしまった建物・・・
空き地に立って、その姿を思い描いてみる・・・
そんな旅がこれからも続くのでしょう。
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