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1 - 5件目まで(17件中)
- ネパール人女性初のエヴェレスター パサン・ラム・シェルパ
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:ハイキング・登山
- 投稿日:2013/04/30 19:08
- コメント(2)
パサン・ラム・シェルパ。
彼女はネパール女性初のエヴェレスター(エヴェレスト登頂者)です。
1975年女性初の田部井淳子さんから数えて17人目です。
結婚し、子供が3人いたパサンが4度目の挑戦で頂上を極めたのは
1993年4月22日ですが、頂上からの帰路で体力を失って死んでいます。
パサンのエヴェレスト登頂は、ネパール国中に衝撃を与え、
元気や、強さ、勇気は男性だけのものではないことを証明しました。
彼女は死後、数々の名誉を受けています。
財団を作り後進にトレーニングの場を与えたり、
学校を作ってネパール中から集まってくる
恵まれない子供たちを安い費用負担で学ばせたりしています。
切手にもなり、
ボーダナート付近には、像が造られています。
彼女の偉業はネパール中の女性に勇気や強さを与えています。
つい最近アフリカのキリマンジャロ登頂に成功したばかりの
7大陸最高峰登頂を目指すネパール人女性7人の登山隊など
現在活躍するネパール人女性登山家達の手本となっています。
「パサン・ディディ(お姉さんを意味するネパール語)がいなければ、
私たちは誰も今ここにはいない」とリーダーは言っています。
オフィスのスタッフが子どもだったころは亡くなって間もなくだったこともあり、
大変な話題と人気だったそうですが、
20年経った今もなお人気は衰えていないようです。
彼女はネパール女性初のエヴェレスター(エヴェレスト登頂者)です。
1975年女性初の田部井淳子さんから数えて17人目です。
結婚し、子供が3人いたパサンが4度目の挑戦で頂上を極めたのは
1993年4月22日ですが、頂上からの帰路で体力を失って死んでいます。
パサンのエヴェレスト登頂は、ネパール国中に衝撃を与え、
元気や、強さ、勇気は男性だけのものではないことを証明しました。
彼女は死後、数々の名誉を受けています。
財団を作り後進にトレーニングの場を与えたり、
学校を作ってネパール中から集まってくる
恵まれない子供たちを安い費用負担で学ばせたりしています。
切手にもなり、
ボーダナート付近には、像が造られています。
彼女の偉業はネパール中の女性に勇気や強さを与えています。
つい最近アフリカのキリマンジャロ登頂に成功したばかりの
7大陸最高峰登頂を目指すネパール人女性7人の登山隊など
現在活躍するネパール人女性登山家達の手本となっています。
「パサン・ディディ(お姉さんを意味するネパール語)がいなければ、
私たちは誰も今ここにはいない」とリーダーは言っています。
オフィスのスタッフが子どもだったころは亡くなって間もなくだったこともあり、
大変な話題と人気だったそうですが、
20年経った今もなお人気は衰えていないようです。
- ネパールの「つばめ」です
-
エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:動物
- 投稿日:2013/04/28 12:06
- コメント(0)
やっと「つばめ」の写真が撮れました。
毎年、今年こそは、と意気込んで何年も経ちました。
今年カトマンズでツバメを見かけたのは、4月初め頃でしたが、
どうしても撮れないでいました。
この写真も、カトマンズで撮ったものではなくて、
先日訪れたゴルカを歩いていて偶然撮ったものです。
ツバメは雛に餌をやっていても、カメラを取り出すと、サッと逃げてしまい、
チャンスがありませんが、これはなんとか撮れました。
日本で見ていたツバメとはどことなく違う気がするのですが・・・
何年もかかってようやく撮れたツバメです。
ボケているのはお許しください。
- アンナプルナ・ホテルの中国料理
-
エリア:
- アジア>ネパール>カトマンズ
- テーマ:グルメ
- 投稿日:2013/04/25 14:45
- コメント(0)
「アンナプルナ・ホテル」は、前王宮通りにある
1965年創業のカトマンズでは老舗ホテルのひとつで、5つ星の高級ホテルです。
ホテル前の道路は何度も歩いていましたが、
ホテル内に入るのは初めてです。
ここにある「アルニコ・ルーム」という名の中国レストランが目的です。
ロビーが広くて、高級ホテルの雰囲気です。
中国レストランは、ロビーの奥にあります。
店内は落ち着いています。
ネパールでは日本のように当たり前に「エビチリソース」を食べるのは難しいです。
まず、メニューに載っているところが少ない。
あっても値が張る。
このレストランには事前に電話をして確かめておいたのですが、
いざとなるとやはり思い切って注文できませんでした。
目が飛び出すほどの値段、ではないのですが、
一品だけで終わるわけではないので出費全体を考えてこの日はやめました。
当分の間は、自分で作って食べることにします。
雰囲気や味がよく、ウエイターも静かで、
今度は思い切って「エビチリ」を食べてみようと思います。
1965年創業のカトマンズでは老舗ホテルのひとつで、5つ星の高級ホテルです。
ホテル前の道路は何度も歩いていましたが、
ホテル内に入るのは初めてです。
ここにある「アルニコ・ルーム」という名の中国レストランが目的です。
ロビーが広くて、高級ホテルの雰囲気です。
中国レストランは、ロビーの奥にあります。
店内は落ち着いています。
ネパールでは日本のように当たり前に「エビチリソース」を食べるのは難しいです。
まず、メニューに載っているところが少ない。
あっても値が張る。
このレストランには事前に電話をして確かめておいたのですが、
いざとなるとやはり思い切って注文できませんでした。
目が飛び出すほどの値段、ではないのですが、
一品だけで終わるわけではないので出費全体を考えてこの日はやめました。
当分の間は、自分で作って食べることにします。
雰囲気や味がよく、ウエイターも静かで、
今度は思い切って「エビチリ」を食べてみようと思います。
- ゴルカを訪ねる その3 フォトギャラリー
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エリア:
- アジア>ネパール
- テーマ:観光地 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2013/04/24 18:31
- コメント(0)
ゴルカにふたつある王宮のひとつ、町の中にある「下の王宮」
今は、博物館になっています。
月曜日 2:30まで 火曜日 休館と変則ですので、開館時間にご注意。
丘の上にある「ゴルカ王宮」
見上げる王宮がきれいです
隣の丘から見た「ゴルカ王宮」
「ゴルカ王宮」の中にある寺院の窓枠の彫刻。
「孔雀の窓」など精緻な技に見とれます。
「祈りを終えて」
王宮の中にあるお寺でプジャ(祈り)をしました。
足元を見てください。お寺に入るには、靴を脱ぎます。
そういえば、ゲート前では、革ベルトを預かっていました。
ヒンズー教のお寺では、革製品を身につけてはいけないのです。
「ゴルカ王宮」から「下の王宮」が見えます。
ゴルカの町にある古いお寺。
ネパールは、どこへ行ってもこうしたお寺に出あいます。
「マナスルへの道」
ゴルカは、マナスルへの出発点。
1956年マナスル初登頂を果たした日本隊が歩いた道。
当時は、舗装もされてなかったでしょうし、道幅も狭かったでしょう。
現在も、片道10日くらいのトレッキングで、ベースキャンプに到達します。
ゴルカは石段の町
「チョウタラ(休み場)」
大きな枝の下で一休みして、また元気に歩きます。
木でできたバルコニー。
ネパールで初めて見ました。
ゴルカも水の問題が大きいようです。
町の水汲み場で順番に水を容器に汲む女たち。
汲んだ水をドコ(籠)に入れて、運び降ろす男性。
ドコは、背負い紐を額にかけます。
頭の後ろで手を組んでいるのは、重い荷物を背負っているからです。
一日何回も繰り返される仕事です。
クリケットをして遊ぶ子供たち。
彼らの中で、唯一の女の子の発言力が大きいようでした。
ゴルカの地で飲むのは、やっぱり「ゴルカビール」でしょう・・・
小さな小さなトマト。
ゴルカ王宮の石垣で見つけました。
関係者が摘み取っていましたが、許可を得て分けてもらいました。
アチャル(ネパール式の即席漬物)がおいしいそうです。
茶店のセルローティ(ネパールのドーナツ)。
カトマンズのものより太くて大きいですが、ゴルカのは力強い印象。
食べておいしかったです。
「ゴミ入れ」
観光地でこうしたものを見かけるのは珍しいので。
- ゴルカを訪ねる その2 ゴルカ王宮
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エリア:
- アジア>ネパール>ネパールその他の都市
- テーマ:観光地 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2013/04/23 19:28
- コメント(0)
ゴルカ(Gorkha)は、
カトマンズからポカラ方面へ向う途中から北に入った所にある標高1200mの小さな町です。
ここのグルカ族の王プリティヴィ・ナラヤン・シャハが
当時いくつもあった王国を勢力下におさめ、1768年にネパール統一を果たしました。
その後240年間続いた王制が廃止になり、ネパールは2008年より共和制になりましたが、
ゴルカはネパール王朝発祥の地なのです。
また、日本で知られている「グルカ兵」の語源の地です。
一度は訪ねてみたかったそのゴルカに、先日行ってきました。
ゴルカを訪ねて 2回目は「ゴルカ王宮(Gorkha Durbar)」の紹介です。
丘の上に建つゴルカ王宮を目指して、
涼しいうちにと、朝6時にホテルを出発しました。
きれいに整えられた石段をひたすら上ります。
途中には、チョウタラ(休み場)があったり、
茶店があったりするので、
チヤ(ミルクティー)を飲んだりしながら時間をかけて歩きました。
近づいて見上げる王宮のすばらしくてきれいなこと!
積み上げられた石の壁が見事です。
入場料を払って王宮の中へ。
すぐのところにヒンズー教のお寺があり、人々が祈りをささげていました。
そして、そこの窓枠の彫刻がこまかくてきれい!
みとれてしまいました。
ヒマラヤの展望がすばらしい!はずの場所に行きましたが、
誰のいたずらか、または、恥ずかしがり屋のヒマラヤなのか・・・
姿を見ることはできませんでした。
しかし、いかにも城らしい雰囲気の城壁が気に入り、記念写真。
ゴルカ王宮から下の王宮が見えます。
隣の丘からゴルカ王宮を見ることができます。
ゴルカ王宮は、宮殿であり、要塞でもあり、寺院でもあります。
ネパールを統一した王プリティヴィ・ナラヤン・シャハが
住民の陳情などを聞くときに坐した場所も見ました。
品格のある小さな王宮です。
ゴルカ王宮開館時間
11〜1月 朝7時〜夕方5時まで
2〜10月 朝6時〜夕方6時まで
入場料 50ルピー(60円弱)
カメラ持込み料 200ルピー
ビデオカメラ持込み料 300ルピー
ゴルカ王宮フォトギャラリー
チョウタラ(休み場)
大きな木の下で一息つきます。
茶店のセルローティ(私は、ネパールのドーナツと呼んでいます)
カトマンズのよりずっと太くて力強い感じでした。
おいしいです!
パコウダ(ネパールの天ぷら)
揚げたてで、フウフウしながら食べました。
石段を掃除する人
プリティヴィ・ナラヤン・シャハは、こうして指を立てています。
カトマンズからポカラ方面へ向う途中から北に入った所にある標高1200mの小さな町です。
ここのグルカ族の王プリティヴィ・ナラヤン・シャハが
当時いくつもあった王国を勢力下におさめ、1768年にネパール統一を果たしました。
その後240年間続いた王制が廃止になり、ネパールは2008年より共和制になりましたが、
ゴルカはネパール王朝発祥の地なのです。
また、日本で知られている「グルカ兵」の語源の地です。
一度は訪ねてみたかったそのゴルカに、先日行ってきました。
ゴルカを訪ねて 2回目は「ゴルカ王宮(Gorkha Durbar)」の紹介です。
丘の上に建つゴルカ王宮を目指して、
涼しいうちにと、朝6時にホテルを出発しました。
きれいに整えられた石段をひたすら上ります。
途中には、チョウタラ(休み場)があったり、
茶店があったりするので、
チヤ(ミルクティー)を飲んだりしながら時間をかけて歩きました。
近づいて見上げる王宮のすばらしくてきれいなこと!
積み上げられた石の壁が見事です。
入場料を払って王宮の中へ。
すぐのところにヒンズー教のお寺があり、人々が祈りをささげていました。
そして、そこの窓枠の彫刻がこまかくてきれい!
みとれてしまいました。
ヒマラヤの展望がすばらしい!はずの場所に行きましたが、
誰のいたずらか、または、恥ずかしがり屋のヒマラヤなのか・・・
姿を見ることはできませんでした。
しかし、いかにも城らしい雰囲気の城壁が気に入り、記念写真。
ゴルカ王宮から下の王宮が見えます。
隣の丘からゴルカ王宮を見ることができます。
ゴルカ王宮は、宮殿であり、要塞でもあり、寺院でもあります。
ネパールを統一した王プリティヴィ・ナラヤン・シャハが
住民の陳情などを聞くときに坐した場所も見ました。
品格のある小さな王宮です。
ゴルカ王宮開館時間
11〜1月 朝7時〜夕方5時まで
2〜10月 朝6時〜夕方6時まで
入場料 50ルピー(60円弱)
カメラ持込み料 200ルピー
ビデオカメラ持込み料 300ルピー
ゴルカ王宮フォトギャラリー
チョウタラ(休み場)
大きな木の下で一息つきます。
茶店のセルローティ(私は、ネパールのドーナツと呼んでいます)
カトマンズのよりずっと太くて力強い感じでした。
おいしいです!
パコウダ(ネパールの天ぷら)
揚げたてで、フウフウしながら食べました。
石段を掃除する人
プリティヴィ・ナラヤン・シャハは、こうして指を立てています。
1 - 5件目まで(17件中)