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日通ペリカン・トラベル・ネット・ハンガリー情報の由

~ハンガリー在住歴10年以上の担当者が、現地視点で書いていきます。~

ブダペスト王宮のワイン祭
第21回国際ワイン祭は2012年9月第2週に開催予定です@ブダ王宮
プロフィール

ニックネーム:
ハンガリーペリカン
居住地:
ヨーロッパ>ハンガリー>ブダペスト
会社名:
日通ペリカントラベル・ネット・ハンガリー
会社英字名:
Pelican Travel . Net
会社所在地:
ヨーロッパ>ハンガリー>ブダペスト
業種:
旅行業
自己紹介:
シンガポール日本通運株式会社を本部とする現地旅行会社ネットワークです。

「旅行者の訪れる土地の事を一番よく知っているのは、その土地で働き、生活する私たちだ」と考え、アジアの各地で活躍する現地旅行会社や現地情報発信会社の参加を得て、2004年にアジア旅行情報発信ネットワーク「日通ペリカントラベルネット」を設立いたしました。

今日、この理念はアジアにとどまることなく、もっと大きな世界へ広がっています。
日本の旅行会社には出来ないサービスを世界各地から直接お届けしたいと思っています。

より多くの皆様に日通ペリカントラベルネットをご利用いただき、快適で安心な旅行をお楽しみいただけるよう日々精進してまいりますので、格別のお引き立てを賜りますようよろしくお願い申し上げます。

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ブダペストの春とイースターマーケット
エリア:
  • ヨーロッパ>ハンガリー>ブダペスト
テーマ:買物・土産 観光地 街中・建物・景色 
投稿日:2013/03/25 21:19
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毎年、ハンガリー最大の文化イベント「ブダペストの春」が3月22日から始まりました。

今年は3月22日から4月7日まで、ハンガリー国内外の有名、著名アーティストが出演します。

公式サイト(英語):http://www.btf.hu/btf2013/index.php?l=en

それにあわせてぺシュト側の中心、ヴルシュマルティ広場にも恒例のマーケットが開きました。

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今年はまだまだ寒いので、防寒着を忘れずお出かけ下さい。

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センテンドレの小道
エリア:
  • ヨーロッパ>ハンガリー>センテンドレ
テーマ:観光地 歴史・文化・芸術 散歩・自転車 
投稿日:2013/03/20 21:45
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センテンドレ市の歴史地区は、ブダペストから近いこともあって、いつも訪問客で賑わっています。

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ツアーで訪れる人たちは、ほとんどが大型車専用駐車場と中央広場の間を往復して、時間があれば教会か美術館に1ヶ所入場、あるいは丘の上の教区教会(カトリック)まで登るかもしれませんし、昼食またはカフェタイムを取るかもしれません。

お土産屋さんが集まってしまった通りから離れて、小道を行けば、センテンドレは全く別の顔を見せてくれます。

そんな画像をいくつかご紹介します。

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こんな細い道がたくさんあります。

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 何気なくたたずむ古い民家の横を進むと、だんだんと道が上り坂になっていきます。

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道中、さり気なくかわいいモザイクの壁飾りが見つかったりします。

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キリスト教の聖人(?)像が一軒家の壁に祭られていたり・・・。

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中世の建物の窓も趣があります。

坂を上りきると、見晴らしの良い場所へ到着します。

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ここからはセンテンドレの旧市街、とある正教会、ドナウ川とセンテンドレ島が見渡せます。

ブダペストからセンテンドレはブダペスト交通BKVのセンテンドレ列車H5(Szentendre H?V)で約40分です。

ブダペスト滞在中にたっぷりと自由時間があるときは、のんびりと散策に出かけるのが良いですね。

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春はもうすぐ
エリア:
  • ヨーロッパ>ハンガリー>ブダペスト
テーマ:留学・長期滞在 旅行準備 自然・植物 
投稿日:2013/03/15 03:36
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この冬は寒暖の変化が激しく、2月前半に春らしい陽気がきたと思ったら、3月中旬にまた雪が降るという状況でした。

あと2週間もすれば、イースターですが、イースターマンデーは4月1日です(エープリルフール?!)。

桜の季節はもうすぐですが、ブダペストでも桜の花を見ることができます(恐らくソメイヨシノです)。

主に日本の大学と交流のある大学の敷地に植樹されたものですが、2009年に裏千家の大宗匠・千玄室氏がブダペストのエトゥヴェシュ・ロラーンド大学で開催された茶道レクチャーの講師をされた4月5日は、晴天に恵まれ、庭園の桜は見事に咲き誇っていました。

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今年も早く、ブダペストの、満開の桜を見たいものです。

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レクチャー中の大宗匠・千玄室氏(2009年4月5日ブダペスト)

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シシーとハンガリー
エリア:
  • ヨーロッパ>ハンガリー>ブダペスト
テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術 
投稿日:2013/03/08 03:00
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シシーの愛称で親しまれたオーストリア(ハプスブルク)帝国皇后エリザベートは、皇帝フランツヨーゼフとともにハンガリー王、王妃として戴冠します。時に1867年6月8日のことでした。

ヨーロッパ王家の人々は支配下にある各民族の言葉を勉強して話せるようになるようですが、バイエルンから嫁いだシシーもハプスブルク帝国内の各民族の言葉を勉強しました。

特にハンガリー語は完璧にマスターしたということで、お気に入りの侍女もハンガリー人、窮屈なウィーンの宮廷生活から逃れるようにハンガリーに滞在したというのは、有名な話です。

欧州一と謳われたその美貌とハンガリー語で直接民衆に語りかけるなど、ハンガリー贔屓であったことからハンガリー人にたいへん人気がありました。

社会主義時代に橋の名前が自由橋になってしまった皇帝とは異なり、現在もブダペストのゲッレールトの丘の麓にかかる白い橋の名は、エリザベート橋のままです。

これは第二次世界大戦末期にぺシュト側から来るソ連軍の渡河を防ぐために、既にハンガリーとの同盟を破棄し、占領支配していたナチス・ドイツ軍にブダペスト全ての橋が爆破されたために、戦後再建されたのですが、他の橋と異なりエリザベート橋は完全に新しい橋となりました。

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シシーとハンガリーといえば、ジェルボーカフェやグドゥッルーの宮殿です。

ブダペスト滞在中はお忍びでジェルボーに立ち寄り、グドゥッルー宮殿滞在中は乗馬などを楽しんだという事です。

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シシーのお気に入り、あるいは当時の雰囲気を残す劇場やカフェなどを巡ってみませんか。

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ジャーンヴィーク、丘の上のキリスト教会
エリア:
  • ヨーロッパ>ハンガリー>ハンガリーその他の都市
テーマ:観光地 鉄道・乗り物 歴史・文化・芸術 
投稿日:2013/03/01 23:51
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ブダペストから西へ約30キロメートル、ブダペスト・ケレンフルド・バスターミナルから路線バスで約50分行くと、緩やかな丘陵地帯を背景に佇む小さな町 ジャーンビーク Zs?mb?k があります。

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平凡なこの街の背景に溶け込む丘の上の教会、遠目には頂点の形が異なる2塔が目立つ中世のキリスト教会ですが、近づくに連れて、はっきりとその姿形が現れます。

町の中心部から教会へと続く道

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13世紀に後期ロマネスク-初期ゴシック様式で建設されたカトリック教会の廃墟が、町を見下ろしています。

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教会には修道院も隣接されていました。

まだ小さな村しかなかったここジャーンヴィークですが、教会と修道院は立派なものが建っています。王宮をブダに移し、モンゴル・タタールの襲来後に国を再建したベーラ四世王の行政文書にも登場する教会です。

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この教会に悲劇が訪れます。

1763年6月28日の地震です。ハンガリーは地震がほとんど無い、あるいは地震計のみが計測している小さな地震があるだけの国ですが、それでもときおり建物に影響を与える可能性のある地震が発生します。

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地震により北側の壁などが崩壊し、この教会と隣接する修道院の人々は近隣の教会や修道院に移ることとなり、無人となってしまいました。

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無人となってしまってから、崩落した石材などを近所の住民が家などを建てる際に使うようになり、廃墟としても消え去る運命にあったのですが、19世紀半ばに美術史専攻の教師であるベネディクト派修道士ローメル・フローリスと、美術史学のヘンスルマン・イムレが、歴史的にも建築史的にも重要な建物であると発表してのち、保存の動きが始まります。

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そしてトレフォルト・アーゴシュトン宗教公共教育省大臣の依頼を受けた建築技師ムレール・イシュトヴァンが、1889年に保存のための復元補修工事にとりかかり、ほぼ現在残る姿に修理されました。

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丘の上の、廃墟の教会のあるジャーンビーク町は、エチェク‐ブダ・ワイン生産地区に含まれています。

道中 著名なニャカシュ・ワイナリー Nyakas Pinceなどもありますので、ブダペストからのちょっとした遠足に最適です。

すっかり春らしいこの頃、一度訪れてみては如何でしょうか。

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