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フランス紀行

~フランスの社会・生活・文化に関する情報や日本社会との比較分析、世界各地を旅して発見した面白い情報をお届けします。~

プロフィール

ニックネーム:
Neomars
居住地:
ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
性別:
女性
会社名:
Tabet International en France
会社英字名:
Tabet International en France
会社所在地:
ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
業種:
現地ツアー企画・現地ガイドなど
自己紹介:
単なるスポット紹介やグルメを堪能することだけに飽き足らない旅慣れた日本人が欲している情報とは何か・・・。それは、「現地とコネクトすること」ことができる情報提供ではないかと思っています。表層に現れる現象の根拠を歴史的、文化的、社会的価値観の観点から探り、ついでに辛口ジョークや捻りの利いたブラックジョークも交えながら、「なるほど・・」と納得しながらクックックゥと笑って楽しんで頂ける情報提供をお約束します!

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マルセイユ7
フランスで作る「本格派」日本料理
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
テーマ:買物・土産 留学・長期滞在 グルメ 
投稿日:2012/03/18 15:58
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昨晩、フランスに来てから長らく夢にまで見た、卵とじうどんを作った。マルセイユに来てから作った初めての「本格派」日本料理だ。(写真に掲載しているのは、卵なしのバージョンです。卵とじについては撮り忘れました・・)

マルセイユ1

我が家では最も底が深い西洋スープ皿の中で、溶き卵が柔らかな薄黄色の光を放ち、その下には、うどんが渋色のだし汁のなかでゆったりと揺蕩っている。卵やうどんの間に見え隠れするワカメを見ながら、その引き締まった食感が埋もれていた記憶の中から引き出される。一瞬にして、私は日本食の世界に埋没してしまった・・・。

だしは、遠路遥々日本より私と一緒に旅してきた逸品で、驚くなかれ幻の「東マルのうどんスープ」を使った。ねぎはなかったが、これまた日本から持参して特別な時(ひとりで自分のために料理をする時という意味)だけホンノ少し使うカット・ワカメをトッピングした。ついでに言えば、七味もなかったが、そこは私が創作にかけた汗と喜びの涙に含まれるスパイスが補填してくれているはずだ。

マルセイユ5

マルセイユ4

本当は、一昨日の夕食に焼きうどんを作ったので、これを本格派日本料理のプレミエ・イン・マルセイユと呼ぶこともできる。しかし、醤油の代わりにバーベキューソースを使用し、鰹節やしょうがなどのトッピングを欠いていたことから、「日本料理」と命名することは憚られる。しかも、きのこ類がマッシュルームときた・・・。

余談だが、このバーベキューソースで味付けをし、玉ねぎ、ニンニク、グリーン・ペパー、マッシュルームと一緒に炒めた「焼きうどん」は意外にも夫に受け、次回のホームパーティーで出したらどうかとまで言われた。え・・・(汗)、このまがい物の日本料理を・・・・・?と一瞬焦ったが、これは意外にもウケルまくるまもしれない♪と思い始めた。

しかし考えてみると、だしと醤油とみりんという日本料理のいわば三種の神器をフル活用して作った「本格派」にひとっ飛びするよりも、まずは慣れ親しんだ味で作る日本料理で地ならしをし、徐々に本格派に近づくのも、ゲストに日本食について理解し親しんでもらうための一つの手かと思ったりする。


ここ十年の間に、健康志向が高まる欧米で日本食レストランが雨後の竹の子のように各地で出現し始めた。空前の日本食ブームにより、パリでも街を歩けば日本食レストランが目に入る。

少々余談だが、日本食レストランの氾濫は、なんちゃって日本食やレストランを生み出す結果となっている。ヌテラを具とした手巻き寿司のデリバリ屋が出現したり、ラオス人シェフが作るラオス版ヌーベル・日本食のようなものまで登場したりと枚挙に暇が無い。涙ぐましいことに、これらが全てフランス人の間で好評を博しているのだ。

確かに、マヨネーズやアヴォガド入りの「カリフォルニア・ロール」が今や手巻き寿司の定番としての位置を確立してしまっていることからすれば、ヌテラが欧州発の改革版手巻き寿司としてその地位を不動のものとする日もそう遠い将来のことではないかもしれない。

ヌテラ

しかし、この日本文化に対する名誉毀損ともいうべき実態を前にして、日本政府も負けてはいなかった。正式な日本料理店として承認されるための試験や認定証を導入することで改善を試みている。しかし、問題は、強制ではなく任意のものであることから足蹴りにされてしまった状態にあるということだ・・・・。

ということで、玉石混交の状態が続いており、友人やグルメの専門家などを通じて聞き取り調査をするなど事前調査をしてからでないと、これだ!と思える日本料理店に出会うことは難しくなりつつある。

勿論、定評ある店に行けば問題ないのであろうが、未知への探究心に優れる我々人類は同じ店にばかり行っているわけにもいかない。ある程度足繁く通うと、そろそろ次の新しい店へ・・・と浮気心がムクムクと沸いてくる・・・。

夫曰く、その店が本格派かどうか見極めるには、シェフが日本人であるかどうかが決め手になるということだ。しかし、日本人についてよく知らず、他の北東アジア人との見分けがつかないフランス人には難しい注文だ・・。

話は戻るが、首都のパリに限らず、地方都市のマルセイユでさえも日本食レストランの進出は破竹の勢いで、長らくアジア料理の覇権を握っていた中華料理も片隅に追いやられ、風前の灯火のごとくだ。

マルセイユ6

マルセイユ7

しかし、外国に進出している日本料理店の殆どは「寿司」や「てんぷら」、ちょっと頑張って「鉄板焼き」の店であり、我々日本人がグッとくる手の「本格派」日本料理を提供する店は殆どない。

断っておくが、「本格派」とは懐石料理などの高級日本料理のことを差すのではない。ここでいう「本格派」とは、日本人が普段から食べなれた料理で、おふくろの味などという贅沢は言わずとも、家庭でも作ることができて、海外に住むと無性に懐かしくなる味であり料理のことだ。どこの国の料理にも大なり小なり言えることかもしれないが、少なくとも日本料理については、寿司やてんぷらなど一部の普遍化した料理のみでは簡単に把握できないほど奥が深く、材料や味覚において多様性に富むものであるといえるだろう。

長年に渡り外部からの影響を柔軟に取り入れ、日本食の一部として改良を重ね、その過程において日本食それ自体も変革を遂げ、その奥行きと幅を広げてきたと言える。そのため、自分を含む日本人の味覚の幅は他の民族と比較して非常に広いと感じる。つまり、日本人は「美味しい」と感じる味覚が多いということである。小さな頃から、日本食に取り込まれ日本化してしまっている西洋料理や中華料理、各種エスニック料理をフンダンに食していることから、特別な僻地にでも行かない限り世界中どこに行っても食事で苦労することはない。

そのため、逆に、味覚の幅が比較的狭いと思われる外国人には、本格的な日本料理を堪能することができない。私も含む今時の日本人は、毎日ヴァゲットとチーズとワインで暮らしなさいと言われれば、栄養価についての心配は別にして、これといった問題もなくやり過ごすことができるだろう。しかし、フランス人を含む一般的な欧米人に、白米と味噌汁と漬物で毎日暮らすようお願いしても、それは出来ない注文で3日で平常心を失うに違いない。中国人や韓国人などは、主食が重なる部分が多いことから、欧米人とは比較にならないほどすんなり日本食を受け入れることができるだろうが、それでも、日本人が韓国料理や中華料理を受け入れる容易さに勝ることはないだろう。

以上のことから、私は「本格的」日本料理にひとっ飛びするよりも、「なんちゃって」レベルから始めて、徐々に「本格派」を紹介していけばよいかな、などと思ったりするようになったわけである。

今回作った卵とじうどんを夫は甚く堪能したように見せかけているが、一昨日の「焼きうどん」と比較して評価するとすれば、後者の方に高得点をつけることは明らかだ。彼の味覚の幅と日本料理に対する理解(自身では相当な日本食通を任じているのではあるが・・・・)からすれば、それは仕方のないことでもある。

しかし、夫を含む多くの外国人が多種多様な日本食を理解しようとしているのを見ると、長い道のりが待ってるぞ・・・と思いながらも、日本食をこよなく愛し、栄養価や味覚の観点からも世界最高級だと絶賛している私としてはまんざらでもないと思う。食事が文化の一部であることから鑑みれば、日本食の隠れた価値を理解してもらう良い機会になる。

夫や子供については、本格派を愛するには至らなくとも、食べる回数を増やすことで、日々の食事の一部として抵抗なく食べることができるようになるだろう。毎日食べるということで、日本食の威力は最も発揮されると言える。味覚の幅を広げることのみならず、栄養価の高い食事を大した努力をすることなく毎日取ることができるようになる。

今回作った卵とじうどんにしても、確かに、炭水化物が多いという点は否めないが、栄養価の点からすれば抜群だ。卵のたんぱく質、だし汁の(インスタントではなくて、昆布や煮干から取れば)カルシウムやミネラル、ワカメのカルシウム、ヴィタミン、繊維、ねぎを入れればヴィタミンや解毒作用、七味唐辛子による代謝・消化作用などがある。外国の料理において、単純な一品でここまで幅の広い栄養価を提供するものがあるだろうか?

ということで、今回は夫が会社の帰りに買ってきてくれたうどんと豆腐、そしてマルセイユの家にある数少ない日本食材で料理をすることを試みた。私が「食べたいな・・・」と何度かつぶやいたのを聞いてて、彼が気を利かせて買ってきてくれたのだった。マルセイユでは、アジア食料品店は郊外に一軒しかなく(私達が知る限り)、車でしか行くことができない。「アジア・スーパー」という看板を挙げるだけあって、かなり大きなスーパーらしく、アジア料理に関する物は全て揃っているようだ。

マルセイユ3

マルセイユ2

夫は、うどんや豆腐を美味しく「本格的」に食べるためには、豆腐やうどんの他に各種たしや調味料がいるということまでは気が回らなかった。当たり前のことだし、私もそこまで期待してはいない。むしろ、そこまで気が回ると逆に気持ちが悪い・・・・。

満面の笑みを浮かべながら帰宅して、「今日は君が大喜びするサプライズがあるよ!」と言いながら手に持っていたスーパーの袋からうどんや豆腐を出して私に渡した。私は、もちろん、予期せぬ日本料理の到来に驚き、喜んだ。

「君には、ブランドの洋服や宝石よりも、日本食の食材のほうが喜ばれると思ったよ」と笑いながら言う夫を見ながら、こいつは私のことを本当に良く理解していると改めて実感した。そうだ、カルティエのリングやエルメスのバッグは私の虚栄心を満足させてくれることはあっても、私が本当に必要とし望んでいる家族の健康とより良い生活を与えてくれることはない。昨晩、うどんと豆腐を買ってきてもらった時の喜びは、私の大切な人達を幸せにできる心からの喜びだった。

来週から再来週末には、「アジア・スーパー」買出しに出かけて、もっと美味しい日本食を作り、もっとともっと多くの幸せを家族にもたらすことができればと思う・・・・。
タグ:
グルメ フランス 日本食レストラン マルセイユ 

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パリ1
フランスの文筆家:エクリヴァン
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>パリ
テーマ:観光地 留学・長期滞在 歴史・文化・芸術 
投稿日:2012/03/17 17:26
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物書きをする人のことをフランス語で「エクリヴァン」という。エクリヴァンは、フランスにおいて、日本では考えられないほどの高い評価を受けている職業だ。

フランスでは、哲学と文学が学問の最高峰として今だ幅を利かせている。なんたって、知性の尺度は個人の文筆力によって判断されるなどという、18-9世紀の基準が今だ通用するお国柄である。

そのせいか、第五共和制になって以来、フランスの歴代大統領は、サルコジ氏を除いて、揃いも揃って文学に造詣が深い。

ジスカール・デスタンは文学者であり、ミッテランは確か小説家でもあったはずだ。シラクは文学者ではないが、東洋文化への造詣が深く、これに関連する著書を幾つか著している。

大統領に限らず、文芸に秀でた政治家はフランスの歴史を通じて数多く存在する。

身近な例で、シラク時代の元外務大臣、元首相(現在は、大統領候補)のド・ヴィルパンは、ナポレオンに関する歴史の専門家で、専門書を幾つも著している。余談だが、彼が所有するナポレオン関連の蔵書には目が飛び出るほどの値段が付いている・・・・。

フランスで「できる」とされる人材になるには、文芸の才能と実績が欠かせないということが分かる。

そして、このように「できる」男は、もちろん、モテる。

哲学者とスーパー・モデルの恋だって、普通に起こってしまう国である。

カルラ・ブルーニィ・サルコジの昔の恋人は哲学者で、彼女はその息子(息子も哲学者)ともやがて恋に落ち、オーレリアンという息子を産んだ。

哲学者とスーパーモデルが恋愛するだなんて、日本やアメリカで考えられない・・・。しかし、フランスでは、普通に有り得る愛の形なのだった・・・・。



と、ここまでフランスの文筆家フェチについて色々見てきたわけだが、そこで疑問に思うのは、エクリヴァンの何がそこまで人を惹きつけ、かつ尊敬に値するものと思わせるのかということだ。

私には今だに謎である。もちろん、様々な説明は思いつく。でも、どれも納得のいくものではない。

フランスは、とても貧しい国だ。何の生活の足しにもならないような文筆にかまけているような余裕はない。それでもかまけるのが、フランスのフランスたる所以で、文化大国としての誇りだといわれればそれまでだが。

しかし、それにしては国民の知的水準はあまりにも低く、教養のない人間が犇いているのはどうしたことか・・・。

もしかしたら、余裕のある富裕層や知識階級だけに支持されているのを、フランス全体が支持しているかのごとく言っているだけのことかもしれない。

であれば、理解できないこともなり。富裕層の余暇は常に文学と供にあり、知識階級の存在意義は文筆力にあることは歴史が雄弁に物語っている。

いずれにせよ、この疑問を解くには更なる研究と観察が必要となりそうだ・・・。



では、最後に、「エクリヴァン」フェチに関する私的な経験を開陳して終わりとしよう。

先日、観光関連の集まりがあって、そこで自己紹介する際に、自分の職業をエクリヴァンであると伝えたのだが、その反響は予想した以上にすごかった。

しがないライターの端くれでしかない私が、こんな公の場所で「エクリヴァン」などと言っていいものか・・と一瞬戸惑ったが、他に適切な言葉も見つからず、最も手っ取り早い言葉で間に合わせた。

などというのは大きな嘘で、最初からこの「エクリヴァン」がもたらす効果を予期しながら、あえてこの身に余るタイトルを利用させてもらったのだ!

日本では馴染みもないし、推奨もされないだろうが、アメリカでは、できないことでもできますと主張することが良しとされている。なぜなら、そこで何とかできるように持って行くのがチャンスを掴むということであり、成功への第一歩を歩みだしたと見なされるからだ。

もちろん、できると言ったからには、何としてもできなければならない。できなければ、単なる嘘つきだ。

しかし、人は境地に追いやられると途方もない威力を発揮するもので、必死にやればできないことでもできるようになる。つまり、人の成長を促すのにまたとない方法で、かつ出世にも結びつくダブル・ウインが期待できる成長戦略として働くわけだ。

私も過去に何度もできないことをできると主張し、実際にできるようにしてきた。おかしなもので、やりますと宣言すると、とたんに途方もないやる気が沸いてきて、どんどんできるようになる。ポジティブなエネルギーが当たり一面に噴出するせいか、「できなくて嘘つきっていわれたらどうしよう・・」などという心配が入り込む余地はない。

このように、人のエネルギーと可能性は限界だということを何度も経験したことから、今回も、確かに「エクリヴァン」と胸を張っていうには、現時点では少々憚られる・・・良心が若干痛む・・・・が、先手を打って宣言することにしたのだった。

これでフランスでも仕事が入ってくれば御の字だ。「エクリヴァン」として成長するまたとないチャンスとなり、上手く行けば成功への早道となる。

とまあ、こんな下心に駆り立てられ、野心をプンプン匂わせながら「エクリヴァン」を口にしたわけだが、これ以降、私のアイデンティティは全て「エクリヴァン」一色で統一されることとなった。名前は覚えていなくても、「エクリヴァン」だということだけは覚えてもらっている。

しかし、焦ったのは、会議後の懇親会の時だった。新参者で、しかもこの業界での経験も浅い私など、自分で人ににじり寄ってでも行かないかぎり、パッシングされて当たり前。それが、「エクリヴァン」であると分かったことから、私と話したい人達が引けを切らない・・・・。

あたし、かっこよすぎ!と思ったのは束の間で、どんなものをお書きになるの?という最も触れられたくない趣旨の質問攻撃に遭うこと2時間・・・・・。ここに集うインテリ・フランス人の好奇心を満たすようなジャンルを思いつき、1を100ぐらいに誇張して説明することで、何とか苦境を切り抜けた・・・・。

一番苦労したけど、過激に面白かったのは、「アラフォー」を対象とした美容や健康に関する記事執筆の仕事について説明だ。説明しながら、自分でも何度か噴出しそうになってしまった・・・。

まず、フランスでは目新しい「アラフォー」のコンセプチュアルな説明からはじめ、記事の内容や寄稿先についてもっともらしく説明した。

フランス人には、「アラフォー」という名に隠されたこの年代特有の価値観や行動パターンなど珍しかったらしく、多くの人が興味津々で耳を傾けてくれたのには感動した。フランスではこのようにカテゴリー分けされたり、特別な意味を付与されたりすることはまずない。

自分がレギュラーで面白可笑しく執筆している各種記事を綿密な研究と深遠なる分析の結果導き出された考察を元にして、日本社会に登場しつつある新たな新人類について論じる記事であるかのごとく説明した。そして、寄稿先はといえば、「アラフォー」を主たる対象とする数多いウェブサイトのひとつなのに、日本で高い評価を受けかつ幅広く支持される代表的な電子メディアであるかのように説明したのだった。

誇張というよりも、誇大妄想の極地において説明したと言っても過言ではなく、でもおかしなもので、途中から自分でもその気になり、記事のアイデアのみならず、新たなサイトのコンセプトまで沸いてきた・・・。

自分の言葉や論旨に酔うことができるようになれば、イッパシの「エクリヴァン」と言えるかもしれない・・・。

とまあ、ようやく最後のほうになって自分が展開する誇大妄想にも慣れ、リラックスして話しができるようになったわけだが・・・しかしそれでも、何しろ1を100ぐらいに話すわけだから冷や汗のかきっぱなしで、せっかく期待していた素敵なお料理もどこに入ったのかわからないで終わってしまった。

まあ、自分の宣伝料だと思えば、安いものなのだが・・・・。

私の個人的な宣伝は横に置くとしても、今夜の話で日本文化の重層性についてフランス人の理解が深まっていれば幸いである。

日本には素晴らしい文学者がいる一方で、サブカルチャーを代表する爆発的人気のアニメが世界を沸かせ、その間を「アラフォー」のような新たなトレンドを作り出す現象が所狭しと犇いている。この重層性と多様性は、世界広しといえど、日本ぐらいのものではないだろうか。

ここ10年程の間ではあるが、日本の国際社会における地位上昇は目覚しい。90年代より日本経済が斜陽に傾くなかで、日本のピークは既に過去のものと誰もが信じていた。それが、2000年代に突入する頃からだと思うが、日本ブランドに文化大国としてのプレミエが付き始めた。

そして今や、日本は、文化大国の意味を書き換えつつある。どのような意味なのか、まだ不確定だが・・。

長らく文化の成長を牽引していたハイカルチャーが、逆にサブ・カルチャーやその中間に横たわるポテンシャル・カルチャーに影響されることで新たな発展の機を見つけたり、世界に紹介されるチャンスを得たりするようになっている。流れが逆になっているのだ。

この流れがどのような意味をもたらすのか、まだ確かなことは言えないと思う。

これからの発展が楽しみだ。

そして、「エクリヴァン」もサブカルチャーの中から登場するようになるのかもしれない・・・。いや、もう既に続々と登場しているか・・・。

そして、私も実はそのうちのひとりで、文化大国としての日本を担っていると自負している!
タグ:
文化 フランス パリ 観光 歴史 

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マルセイユ1
マルセイユの再生
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術 
投稿日:2012/03/17 17:21
コメント(0)
先日、観光協会関連の集まりがあり、暇があったので参加することにした。初めての参加だった。

将来は南仏を専門とするカリスマガイドになりたい!などというビッグな野望を抱いているにも関わらず、実際のところ、この地の観光に関する私の知識はさほど高くはない・・・というのが嘆かわしい現実だ。

勉強してはいるものの、人様にお金を頂いて、あれこれ講釈するほどのレベルにはまだ達していない。現時点では、請うご期待・・・というところだろうか・・。

とまあ、こんな私でもジョインできる開けた集まりではあるのだが、来年はマルセイユが欧州の文化都市となる年でもあるので、少々気合が入っているようだった。

観光客誘致に限らず、グローバルな規模のコンフェレンスやプロジェクトの誘致にも力を入れており、歴史遺産の管理や都市の景観保護は勿論のこと、大規模な催し物をホストできる設備管理などにも余念がない。

そして、なんといっても喫緊の対策が必要とされるのは、市内の治安維持であろう。

悲しいかな、マルセイユはフランスで最も犯罪率が高い都市として名高い・・・。郊外はもちろんのこと、市内でも低所得者層や移民が多く住む地区ではほぼ毎日のように犯罪が多発しており、これら地域への立ち入りを避けることは市民の間で暗黙の了解となっている。

人づてに聞いた話によると、マルセイユは90年代前半に開催されたワールドカップだかを契機に、南仏を対象とする観光コースから外されたとのことだ。

フーリガンのごときサッカー狂が街をたむろし、所構わず、昼日中でも通行人に対して暴行や窃盗を働くケースが多発したことが原因だという。こんな危険な都市には近寄らまい・・・と多くの観光会社がマルセイユを避けるようになった。

日本の観光会社が斡旋している南仏ツアーのパンフレットを幾つか見たが、確かに、これらのどれにもマルセイユは入っていない・・・。

ほとんどの会社が同様のコースを斡旋している。まずパリからニースに入り、カンヌ、モンテカルロ、(マルセイユを素通りして)エクス・アン・プロヴァンス、アヴィニヨン、アルル、(時々ロワール)、パリの順で巡る。

私はこのコースを見て、うーん・・・と唸ってしまった。世界遺産レベルの名所を汲まなく押さえ、南仏の名所を効率的に巡ることができるようになっている。名所好きな日本人には、こういうコースでないとアピールできないのかもしれない。

そうなると、たとえ90年代の災難がなかったとしても、日程にマルセイユを入れることは無理があるな・・と思った。

まず何よりも、日本人にアピールするような名所が見当たらない・・・。

確かに、フランス最古の都市だけあって、遺産であればそこかしこにゴロゴロしている。しかし、これらのどれも、目の肥えた、しかも「名だたる」とか「世界に知られた」などの形容詞が大好きな日本人が遠路遥々日本からやってきて見物したいと思うような代物ではない。少なくとも、相当な南仏マニアかマルセイユ狂でもない限り、魅力を感じることはないだろう。

では、都市の景観はどうかというと、これもまた改善の余地が多いにありすぎて、遠路遥々やってくる観光客に大手を振って薦められるようなものではない。美しい街の景観なら、ヘキサゴンを縦断してわざわざマルセイユまで足を運ばずとも、パリで十分に堪能できる。

グルメに関しても、リヨンのように独自のキュウリナリーを育んできた歴史がないため、マルセイユを代表するキュウリナリーというものは存在しない。あえて言えば、ブイヤベースなど単品ベースであるぐらいだ。あとは、地中海地域に溢れる料理をマルセイユ流に二番煎じしたものぐらいだろう。

というように、観光客を惹き付けるための「いわゆる」ネタに乏しいことこの上ない。

上記のような実態を十分に把握しているからなのか、現時点では、観光客の誘致は後回しにされ、研究、ビジネス、国際会議の誘致のほうにプライオリティが置かれているようだ。そして、そのついでに観光でもしてもらおうという腹積もりらしい。まあ、これはこれで都市の開発戦略としてありえるのかなと思ったりする。

マルセイユはには港湾関連のビジネスを中心とする商業都市としてのアイデンティティが中心にあり、ゆえに、それを基にして研究開発やビジネスを世界各地から幅広く募り、発展の裾野を広げたいと考えているのかもしれない。

ただ、マルセイユは最もビジネスをするのが難しい都市だとも言われている。多くの人がこの言葉を口にするが、理由をはっきりさせることはない。多くは、風土柄、人が怠け者になり、仕事がなかなか捗らないからだと言う。

私は、確かに風土柄もあるのだろうが、ビーチなどを中心に観光産業も充実していることから、観光地に特有の「表面的」なメンタリティが人の心を支配し、本腰を入れてまじめに働く気概を阻害しているからではないかと思ったりする。

海辺などの観光地では人と人の出会いが一過性のものであることが多い。そのようななかで評価されるのは、束の間の現実逃避を演出できる能力ではないだろうか。そこに、真実とか実質といったものは関係ない。花火のように一瞬でパーッと光り輝き、全てを忘れて天にも昇る恍惚した気持ちにさせてくれる自己プレゼンテーションができれば、それで十分なのだ。

このように「その場限りの一発屋」的な能力が磨かれるに従い、現実感が希薄となり、周囲との信頼に基づく長期的な関係構築が難しくなる。おのずと、長期に渡って信頼したり、仕事にしっかりコミットしてくれる人材がマルセイユで手薄となるのも理解できる。

ここに、アフリカ・アラブ諸国からのやってきた無職の移民が加わり、状況を更に悪化させる。

ステレオタイプを作るのは危険だといわれるが、私は、それでもステレオタイプが何がしかの真実を伝えるものだと確信している。

アジア系移民と比較して、全体としてアフリカ・アラブ系の労働への意欲は高くない。アジア人はハード・ワークによって生活の向上を図ることを当然視する。自助努力、ハード・ワークこそが、成功へと導く王道なのだ。

しかし、アフリカ・アラブ系の人々には、上記のようなアジア人の人生観といったものは無縁だ。ハード・ワークなんて、彼らの辞書には存在しないかのごとく。まあ、アラーが全てを決定するから、自分で積極的に人生に関与する必要はないとでも思っているのかもしれないが・・・・。

そして、このような状態をそこかしこで目にする市民は、時間が経つにつれてまじめに働くことが馬鹿馬鹿しく思えてくるのだろう。必死で10の努力しても、3ぐらいの見返りしかないなら、しかも、周囲に足を引っ張られることが原因で成功が遠のくぐらいなら、何もしないのがベストだと判断しても仕方がないだろう。しかも、苦しい思いをして小金を稼いでも、ほとんどが税金で取られるなら、なお更やる気が失せる。

助努力によって立身出世を志す人間の気概と努力を妨げる制度と文化が平然と機能しているのがフランスで、その最たる例がマルセイユだということだろう。

議論を聞いていて、私は大変もどかしい気持ちに襲われた。誘致したい気持ちは分かるが、これだけ多くの障害物があるなかで、果たして実現することができるのか・・・・。

幾ら、周辺設備を完備し、その素晴らしさを宣伝で謳ったところで、現場で物事が非効率にしか進まず、しかも税金などの制度問題が大きな足枷となるならば、まず誘致に成功することはないだろう。

世界には、グローバル・スタンダードに則り、ビジネスや研究を行うのに望ましい条件を各種備えた都市が五万と存在する。そんな都市と争って、勝てる賞賛など、大変申し訳ないが、まずもってないと言える。物事は、そこまで簡単ではない。

フランス人は、自己満足の範囲でやればそれで十分と考える唯我独尊的、中華思想的な傾向がある。自分だけの狭い殻に閉じこもり、机上の理論だけで考え判断する傾向にあることから、周囲を広く観察してそこから学ぶという謙虚さに欠けるのだ。そのため、グローバルな競争に取り残されつつある。

日本を始めとする国際社会のフランスに対するイメージは、今だ飛びぬけて好ましいもので、ロマンチックで高級感溢れるものだ。しかし、日本人が心に思い描くフランスなど、最早どこにも存在しない。そんなフランスは、80年代を境に消え去ってしまったといっても過言ではないのだ。

どこまでこのイリュージョンで食いつないでいくことができるか・・・・若しくは、イリュージョンを現実のものとして再生できるよう一大発起するか・・・・マルセイユ、いやフランスに課された新たな課題だといえる。
タグ:
観光 フランス マルセイユ リゾート 世界遺産 

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