京都の今は無き名店で修行し、都内に出てからは六本木の日本料理店を3年半任され、その後赤坂で独立した若き大将。可愛らしい和装の若女将との息もぴったり合っている。季節の素材を最高のコストパフォーマンスで提供することに、大将の強い思い入れを感じる。明石の鯛や利休焼き、生湯葉などに京の香りを感じることができる。味わいも塩気を現さない、出汁に力を入れたもの。しかし決してブランド産地には拘わっていない。その日一番の素材を捜し当てることが、客に対する大将の愛であるように思う。

今回は鯛の白子が秀逸だった。生姜の軽い風味が素晴らしい。初夏の訪れを堪能できる。アイナメの椀物もふわふわの柔らかさ。ウスイ豆があっさりとした味わいで驚く。丁寧な仕事振りが伝わる逸品。明石の鯛の造りに、大将はいつもの切れがなくて申し訳ないと頭を下げる。ぷりぷりの鯛も良いが、噛み締めて深い旨みを楽しむ鯛も悪くない。素直な大将に心を打たれる。造りには内房のアオリ烏賊、富山の白海老、根室のウニと、甘みをたっぷり感じる三銃士。きりっとした日本酒の共に最高。

食事は佐賀県産のステーキと蛍烏賊の止肴にグジの土鍋炊き込みご飯。まさにブランドよりも旬の味わいを取る大将の真骨頂。均一に柔らかく火入れしたステーキと、その脂を消す蛍烏賊。極めつけの土鍋炊き込みご飯は、グジの柔らかい白身に旨みのほとんどを閉じ込め、余分な甘鯛の脂分が米の一粒一粒に良く浸み込んでいて文句無しの味わい。これぞ炊き込みご飯のあるべき姿。

日本酒は獺祭や九平次などの有名どころがメニューに並ぶが、可愛らしい女将はメニューにないレアな日本酒を勧めてくれる。常時20種類程度を4合瓶で揃え、全て1合徳利で出している。1合徳利は150mlと正直に書いてあるのにも驚く。大将の控え目な性格が良く表れている。料理の素材の選択同様、日本酒の銘柄もそれほどブランドに拘らず、その時期に手に入るコストパフォーマンスの良いものを仕入れているのが分かる。

場所は東京メトロ千代田線赤坂駅と丸の内線、銀座線、赤坂見附駅の中間のやや赤坂駅寄り。昔は高級クラブがひしめいていた有名ビルの一室。派手なアプローチのエレベーターに乗って4階で降りると、細い廊下が回廊のようになっていて、誰がどの店に入って行くのかが見えないように設計されたバブル期を思い起こす構造。ホール右手前のやや奥まった場所に純和風の割烹らしいエントランス。このビルにあっては違和感が返って面白い。

オープンキッチンのカウンターに4席と、4人から6人用テーブルの半個室1室が店の奥にあるだけのコンパクトな造り。予約が取れないのも頷ける。京都の風を感じる出汁を効かせた塩の軽い料理と、腰の低い大将と気の効く若女将の心地よいサービスに身を任せ、お勧めのレアな日本酒を楽しめる赤坂では貴重な店。抜群のコストパフォーマンスに拘り、いつかはもっと日の当たる場所に店を移転させたいと語る若い大将夫婦の将来が楽しみな店でもある。


≪今回の料理≫
お任せコース　10000円　別途消費税

先付　鯛の白子　生姜煮
椀物　長崎県産アイナメとコゴミ　ウスイ豆の椀物

向付　造り盛合せ　明石の鯛　江戸前のアオリ烏賊　富山の白海老　根室のウニ
鉢肴　トキシラズの焼物　木の芽酢

凌ぎ　煮穴子のチマキ鮨
強肴　粟麩　利休焼き
強肴　生湯葉　若布の出汁
止肴　蛍烏賊の酢の物

肉料理　香川県産黒毛和牛のステーキ　焼きチーズとマイクロトマト添え
食事　グジの土鍋炊込みご飯　グジの目玉添え　赤出汁　香の物
水物　マンゴーとサクランボ


≪今回の日本酒≫
お任せ日本酒コース　4200円　別途消費税
獺祭　発泡にごり酒50　純米大吟醸　旭酒造　山口県　360mlボトル
新政　NO.6 S-type　純米吟醸無濾過生原酒　1合徳利