明日香村野口にある天武・持統天皇陵(てんむ・じとうてんのうりょう)は、天武天皇と、皇后から天皇となった持統天皇を合葬した陵墓。檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみささぎ)とも呼ばれています。
『日本書紀
明日香村野口にある天武・持統天皇陵(てんむ・じとうてんのうりょう)は、天武天皇と、皇后から天皇となった持統天皇を合葬した陵墓。檜隈大内陵(ひのくまのおおうちのみささぎ)とも呼ばれています。
『日本書紀』『続日本紀』には、687(持統天皇元)年に大内陵を築き、翌年に天武天皇を葬り、703(大宝3)年に火葬された持統天皇を合葬したとの記録も。玄室内には、天武天皇の布張り朱塗り棺と、持統天皇を火葬した骨を納める金銅製の蔵骨器が置かれていると伝わっています。
墳丘は、南北約50m、東西約45m、高さ9mほどあり、八角形に近い形をしている点に注目しましょう。