明日香村小山と橿原市南浦町にまたがる大官大寺跡(だいかんだいじあと)。飛鳥・藤原地域の古代寺院では最大級の規模といわれています。朝廷が直接造営した官寺で、舒明天皇が発願した百済大寺を前身とし、天武天皇の時代
明日香村小山と橿原市南浦町にまたがる大官大寺跡(だいかんだいじあと)。飛鳥・藤原地域の古代寺院では最大級の規模といわれています。朝廷が直接造営した官寺で、舒明天皇が発願した百済大寺を前身とし、天武天皇の時代に飛鳥へ移され、のちに大官大寺と呼ばれたと伝わります。
一方、発掘成果から現在確認できる主要伽藍は藤原京後期、文武天皇の時期に整えられたものとされています。寺域は東西約205m、南北約354m。中門・金堂・講堂が南北に並び、金堂の南東に塔を置く伽藍配置でした。その後、711(和銅4)年の火災で焼失し、現在は田園の中に土壇がわずかに残ります。