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ソルゲ草原
「世界では面積最大、最も原始的、人為的破壊を免れてもっとも美しい高原湿地」と称えられたソゲル(若尓盖)大草原は青蔵高原の東部に接し、九寨溝空港の北側約150?、成都の北側596km、蘭州の南側533kmのところに位置する。
黄河と長江の分水嶺が若尓盖草原を東西に二分しており、東部はくねくねと続く山々、西部は広々とした草原である。若尓盖から川主寺までの213号線の国道は、2007年10月 に舗装整備され、走行時間も約2時間半となった。
ソルゲ草原は海抜3400~3600m、黄河の約3割の水がここからなので、中国では「地球の腎臓」とも言われている。ソルゲ湿地の総面積は100万ヘクタールで、若尓盖の町は大草原の中心にあり、海抜3480mである。景観区域内には聳え立っている雪山が川水に解け、幽玄で深い峡谷 に沿って多くの河川に流れ、黄河に注ぎ込む。
ソゲルの大草原ソゲルの町を中心に周辺はすべて大草原の風景。道路はきれいに整備され、時速は40〜100kmで走れる。両側の草原には花が咲き、ヤク、羊は群れを成している。車窓観光だけでも、大自然の美しさを十分に堪能できる。余裕の有る方は、紅原草原まで足を延ばすと、さらに草原の風景を満喫できる。 九曲黄河第一湾 ソゲルの町より西へ80km(約1時間20分)走ると、黄河が眼前に現れる。ここでは白河が黄河に注ぎ込み、黄河は仙女の帯のように広々とした草原の上空で延々と湾曲迂回している。夜の幕が引き、夕日がさし始めると、九曲黄河がまるで空から落ちてくる銀河のようにきらきら輝く。朝日か夕日に浴びる黄河第一湾は特に美しく、朝か夕方の観光をオススメする。見学には約1時間半必要。 花湖ソゲルの町の北側約40km。爛漫の芝生の中に、オグロヅル、コウノトリ、ナベコ ウ、ハクチョウ、ハゲワシ、トビ、ハヤブサ、チベットガゼルなど多くの珍しい動物が生息している花湖が左側に見えてくる。特に絶滅の危機に瀕しているオグロヅルは、夏の時期、世界の野生オグロヅルの50%を上回る900羽以上が、この湿地で繁殖する。


「世界では面積最大、最も原始的、人為的破壊を免れてもっとも美しい高原湿地」と称えられたソゲル(若尓盖)大草原は青蔵高原の東部に接し、九寨溝空港の北側約150?、成都の北側596km、蘭州の南側533kmのところに位置する。
黄河と長江の分水嶺が若尓盖草原を東西に二分しており、東部はくねくねと続く山々、西部は広々とした草原である。若尓盖から川主寺までの213号線の国道は、2007年10月 に舗装整備され、走行時間も約2時間半となった。
ソルゲ草原は海抜3400~3600m、黄河の約3割の水がここからなので、中国では「地球の腎臓」とも言われている。ソルゲ湿地の総面積は100万ヘクタールで、若尓盖の町は大草原の中心にあり、海抜3480mである。景観区域内には聳え立っている雪山が川水に解け、幽玄で深い峡谷 に沿って多くの河川に流れ、黄河に注ぎ込む。
ソゲルの大草原ソゲルの町を中心に周辺はすべて大草原の風景。道路はきれいに整備され、時速は40〜100kmで走れる。両側の草原には花が咲き、ヤク、羊は群れを成している。車窓観光だけでも、大自然の美しさを十分に堪能できる。余裕の有る方は、紅原草原まで足を延ばすと、さらに草原の風景を満喫できる。 九曲黄河第一湾 ソゲルの町より西へ80km(約1時間20分)走ると、黄河が眼前に現れる。ここでは白河が黄河に注ぎ込み、黄河は仙女の帯のように広々とした草原の上空で延々と湾曲迂回している。夜の幕が引き、夕日がさし始めると、九曲黄河がまるで空から落ちてくる銀河のようにきらきら輝く。朝日か夕日に浴びる黄河第一湾は特に美しく、朝か夕方の観光をオススメする。見学には約1時間半必要。 花湖ソゲルの町の北側約40km。爛漫の芝生の中に、オグロヅル、コウノトリ、ナベコ ウ、ハクチョウ、ハゲワシ、トビ、ハヤブサ、チベットガゼルなど多くの珍しい動物が生息している花湖が左側に見えてくる。特に絶滅の危機に瀕しているオグロヅルは、夏の時期、世界の野生オグロヅルの50%を上回る900羽以上が、この湿地で繁殖する。


自貢恐竜博物館
自貢恐竜博物館は漢の時代から続く四川省の古い町自貢郊外の大山舗に位置している。この博物館は恐竜発掘現場をそのまま建物で覆い、骨が産出する様子をそのまま見学できる博物館。現在、全世界で恐竜のボーンベッドをそっくりそのまま覆う形で造られた博物館は3か所のみ。
自貢の「大山鋪恐龍化石群遺跡」は、中国で見つかった中でも最大級の恐竜化石群であり、面積は17,000?に達する。1980年代、自貢市街地の西7kmにある大山鋪地区で大きな化石が発見され、そのうちのジュラ紀中期の竜脚下目に属する新発見の恐竜には、大山鋪(Dashanpu、ダーシャンプー)の名をとって Dashanpusaurus (大山鋪龍)と名づけられた。保存状態がよく興味深い化石が発見されるため、この地は世界の恐竜学者の関心を引いた。1987年にはアジアでも最初の恐竜博物館である自貢恐竜博物館が大山鋪に設立された。
現在も大山鋪での発掘は続いており、恐竜や進化の歴史の解明に寄与している<
自貢恐竜博物館は漢の時代から続く四川省の古い町自貢郊外の大山舗に位置している。この博物館は恐竜発掘現場をそのまま建物で覆い、骨が産出する様子をそのまま見学できる博物館。現在、全世界で恐竜のボーンベッドをそっくりそのまま覆う形で造られた博物館は3か所のみ。
自貢の「大山鋪恐龍化石群遺跡」は、中国で見つかった中でも最大級の恐竜化石群であり、面積は17,000?に達する。1980年代、自貢市街地の西7kmにある大山鋪地区で大きな化石が発見され、そのうちのジュラ紀中期の竜脚下目に属する新発見の恐竜には、大山鋪(Dashanpu、ダーシャンプー)の名をとって Dashanpusaurus (大山鋪龍)と名づけられた。保存状態がよく興味深い化石が発見されるため、この地は世界の恐竜学者の関心を引いた。1987年にはアジアでも最初の恐竜博物館である自貢恐竜博物館が大山鋪に設立された。
現在も大山鋪での発掘は続いており、恐竜や進化の歴史の解明に寄与している<
蜀南竹海
蜀南竹海は成都の南側約300kmの宜賓市にある。中国十大森林の一つ。山と湖、洞窟、滝などが一体となった竹林公園である。面積は約4万k?にも達し、海抜は600〜1,000mで、竹が覆われた園内は、気温は夏でも30度までで、避暑地には最適。高いところから眺めると、まるで緑の海のような壮大な眺め。
翡翠長廊 竹海で一般的な楠竹の色が翡翠を思わせるので、翡翠長廊と名付けられたものである。竹の葉が覆い茂る夏ともなると、葉で空を覆い隠し、竹のトンネルともなる。 忘憂谷 中国では最も名高いところである。道の両側には「楠竹」よりやや太目の竹の林が続いている。中を散歩すると、すがすがしいで空気を深呼吸し、浮き世を離れた別天地のようで癒される。 仙寓洞 駐車場から10分ほど階段を下った切り立った崖に造られている。お寺の中には南宋時代に造られた石仏像がある。古い仏像の脇には1980年に造られた大仏と1997年に造られた観音像、1994年に造られた涅槃像が並んでいる。 海中海 海中海は翡翠長廊から仙寓洞景観区へ向かう道の左側にあり、竹海の中で出来た湖で、「海中海」と名づけられた。湖の周囲は遊歩道で、一周巡って楽しむことが出来る。遠くから眺めると湖面に浮かぶ小島が湖を分割しているように見え、竹林の中にたたずむ姿は非常に神秘的である。 七彩飛瀑 竹海最大の滝で、4段に分かれた滝が高度差200mほどを落ちる。この滝は北面していますが、正午になると陽を受けて虹が出るとのことから、名付けられた。
蜀南竹海は成都の南側約300kmの宜賓市にある。中国十大森林の一つ。山と湖、洞窟、滝などが一体となった竹林公園である。面積は約4万k?にも達し、海抜は600〜1,000mで、竹が覆われた園内は、気温は夏でも30度までで、避暑地には最適。高いところから眺めると、まるで緑の海のような壮大な眺め。
翡翠長廊 竹海で一般的な楠竹の色が翡翠を思わせるので、翡翠長廊と名付けられたものである。竹の葉が覆い茂る夏ともなると、葉で空を覆い隠し、竹のトンネルともなる。 忘憂谷 中国では最も名高いところである。道の両側には「楠竹」よりやや太目の竹の林が続いている。中を散歩すると、すがすがしいで空気を深呼吸し、浮き世を離れた別天地のようで癒される。 仙寓洞 駐車場から10分ほど階段を下った切り立った崖に造られている。お寺の中には南宋時代に造られた石仏像がある。古い仏像の脇には1980年に造られた大仏と1997年に造られた観音像、1994年に造られた涅槃像が並んでいる。 海中海 海中海は翡翠長廊から仙寓洞景観区へ向かう道の左側にあり、竹海の中で出来た湖で、「海中海」と名づけられた。湖の周囲は遊歩道で、一周巡って楽しむことが出来る。遠くから眺めると湖面に浮かぶ小島が湖を分割しているように見え、竹林の中にたたずむ姿は非常に神秘的である。 七彩飛瀑 竹海最大の滝で、4段に分かれた滝が高度差200mほどを落ちる。この滝は北面していますが、正午になると陽を受けて虹が出るとのことから、名付けられた。
昭化古城
広元市郊外の昭化古城は旧名を葭萌関といい、張飛と馬超が夜を徹して戦っ
た場所。
魏・呉・蜀の三国鼎立が定まる前夜、確たる領土を持たなかった劉備が成都
の太守劉璋(りゅうしょう)の求めをうけ、漢中の張魯(ちょうろ)の南下
に対して援軍として出撃し、成都進出への足がかりを作った。当時、曹操に
破れ、張魯のもとにいた馬超は劉備軍と戦い、張飛と馬超は決着がつかず馬
超の勇姿を惜しんだ劉備の仲立ちもあり、その後馬超は劉備の下に身を寄せ
る。 以後、張飛・馬超は蜀の五虎将軍(趙雲、関羽、張飛、馬超、黄忠)の
なった。
昭化古城は揚子江の支流嘉陵江に注ぐさらに支流の清水河に沿い、四戦の地
とも言われ、東西南北の各関に通じる、蜀の咽喉に当る重要戦略拠点で全体
が遺跡となっている。
地元の伝説によると、広元出身の則天武后が、幼少の頃母に連られてここに
よく遊びにきたことがあると言う。毎年9月1日は則天武后を記念するために
「女の祭り」が行われ、更に、旧暦の1月23日には則天武后の誕生日を祝う盛
大な儀式を行われる。
広元市郊外の昭化古城は旧名を葭萌関といい、張飛と馬超が夜を徹して戦っ
た場所。
魏・呉・蜀の三国鼎立が定まる前夜、確たる領土を持たなかった劉備が成都
の太守劉璋(りゅうしょう)の求めをうけ、漢中の張魯(ちょうろ)の南下
に対して援軍として出撃し、成都進出への足がかりを作った。当時、曹操に
破れ、張魯のもとにいた馬超は劉備軍と戦い、張飛と馬超は決着がつかず馬
超の勇姿を惜しんだ劉備の仲立ちもあり、その後馬超は劉備の下に身を寄せ
る。 以後、張飛・馬超は蜀の五虎将軍(趙雲、関羽、張飛、馬超、黄忠)の
なった。
昭化古城は揚子江の支流嘉陵江に注ぐさらに支流の清水河に沿い、四戦の地
とも言われ、東西南北の各関に通じる、蜀の咽喉に当る重要戦略拠点で全体
が遺跡となっている。
地元の伝説によると、広元出身の則天武后が、幼少の頃母に連られてここに
よく遊びにきたことがあると言う。毎年9月1日は則天武后を記念するために
「女の祭り」が行われ、更に、旧暦の1月23日には則天武后の誕生日を祝う盛
大な儀式を行われる。
ロウ中古城
ロウ(門の中に良)中古城は四川の東北部に位置し、紀元前314年に築かれ
た2300年の歴史を持つ小さい町。ロウ中は雲南の麗江、山西の平遥、徽州の
歙県と合わせ 中国四大古鎮と称えられている。
蜀国の名将軍張飛が駐屯して7年もなる地で、また、彼が部下に殺された地
でもあるから、張飛の町とも言われる。
「恒侯」は飛廟の謚 (おくりな) 。関羽の弔い合戦へ参加した途中、范彊と
張達に殺害された張飛の胴体がこの地に埋葬され、廟が建てられた。お墓は
漢桓侯祠の境内の一番奥にある。墓前には墓碑ではなく墓亭と張飛像が立て
られており、他の武将の墓とは一味違っている。ちなみに、頭部は雲陽に葬
られたとされ、ロウ中の雲陽は飛廟の聖地となっています。最初の廟は火災
で焼失し、現存する廟は明・清時代に何度も修復されたもの。「蛇矛」の展
示もある。
ロウ(門の中に良)中古城は四川の東北部に位置し、紀元前314年に築かれ
た2300年の歴史を持つ小さい町。ロウ中は雲南の麗江、山西の平遥、徽州の
歙県と合わせ 中国四大古鎮と称えられている。
蜀国の名将軍張飛が駐屯して7年もなる地で、また、彼が部下に殺された地
でもあるから、張飛の町とも言われる。
「恒侯」は飛廟の謚 (おくりな) 。関羽の弔い合戦へ参加した途中、范彊と
張達に殺害された張飛の胴体がこの地に埋葬され、廟が建てられた。お墓は
漢桓侯祠の境内の一番奥にある。墓前には墓碑ではなく墓亭と張飛像が立て
られており、他の武将の墓とは一味違っている。ちなみに、頭部は雲陽に葬
られたとされ、ロウ中の雲陽は飛廟の聖地となっています。最初の廟は火災
で焼失し、現存する廟は明・清時代に何度も修復されたもの。「蛇矛」の展
示もある。
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