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- 奇岩が織りなす絶景の世界・カッパドキア|主要4エリアの見どころ
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エリア:
- 中近東>トルコ
- テーマ:観光地 世界遺産 自然・植物
- 投稿日:2026/06/09 14:30
- コメント(0)
トルコの中央部、アナトリア地方に広がるカッパドキアは、トルコでも屈指の人気を誇る観光スポットです。見わたすかぎり、不思議な形をした岩々が連なる景色は、ほかではなかなか見ることのできない独特の風景です。これらの岩は、はるか昔の火山の噴火で積もった凝灰岩や溶岩の層が、長い年月をかけて風や雨に削られ、今の姿になったといわれています。自然が気の遠くなるような時間をかけてつくり上げた造形は、見る人によってさまざまな表情に映るのも面白いところです。
岩のなかには、くり抜いて造られたレストランやカフェも点在しており、不思議な景色をただ眺めるだけでなく、その風景のなかで食事やお茶を楽しめるのもカッパドキアならでは。岩に囲まれた街で過ごすひとときは、日常では味わえない特別な体験になるはずです。夕暮れどきには、岩肌がやわらかな光に包まれ、ほんのりと色づくことも。時間や季節によって表情を変える景色を、のんびりと眺めてみるのもおすすめです。

そんなカッパドキアは、大きく4つのエリアに分かれていて、それぞれに違った雰囲気と魅力があります。今回は、カッパドキアを代表する4つのエリア<ギョレメ、ウチヒサル、オルタヒサル、ユルギュップ>の特徴をご紹介します。
〜ギョレメ〜
カッパドキア観光の拠点となるのが、谷あいに広がる小さな街ギョレメ。レストランやカフェ、お土産屋などがコンパクトに集まり、カッパドキアならではの風景と暮らしの息づかいを、もっとも身近に感じられるエリアです。
世界中から旅人が集まる賑わいの一方で、のんびりとしたトルコの田舎町らしい素朴な空気も残しているのがギョレメの魅力。
岩窟教会群が残るギョレメ野外博物館や、空と大地が染まるサンセットビューポイントなど、主な名所が歩いて回れる範囲に集まっており、カッパドキアの見どころを効率よくめぐれるのも魅力です。

〜ウチヒサル〜
カッパドキアの大地を一望できる高台に位置するのがウチヒサルです。
なかでも、そびえ立つ奇岩「ウチヒサル城塞」の上から見渡すパノラマは、カッパドキアを訪れたらぜひ目にしておきたい絶景です。
ギョレメやユルギュップに比べるとレストランやお土産屋などの数は控えめで、静かで落ち着いた街並みが広がります。
喧騒から離れ、ゆったりとした空気のなかでカッパドキアならではの景観を堪能できるエリアです。

〜オルタヒサル〜
切り立った崖のような巨岩がそびえるオルタヒサルは、カッパドキアの田舎らしい素朴な空気を味わえるエリアです。
このエリア最大の見どころといえば、やはり岩の砦。ウチヒサル城塞とよく似た佇まいを持ちながらも、それ以上に荒々しく圧倒的な存在感を放っており、この砦を目当てに訪れる人も少なくありません。
カッパドキアのなかでも観光地化があまり進んでおらず、レストランや土産物店の数も少なく、観光客の姿もそれほど多くはありません。だからこそ昔ながらの集落のたたずまいがそのまま残り、ありのままのカッパドキアの雰囲気を肌で感じられます。
静かで落ち着いた空気のなかで、昔ながらのカッパドキアに浸りたい方におすすめのエリアです。

〜ユルギュップ〜
観光地としてのカッパドキアを楽しむなら、賑やかで洗練された雰囲気のユルギュップがおすすめです。
ワインの産地として名高いこの街には、レストランやバー、ショップが数多く立ち並び、カッパドキア随一の繁華街として活気にあふれています。地元で生産されたワインを味わえるバーや、思わず目を引くユニークな洞窟ホテルなど、観光地ならではの華やかさが街全体に漂います。
店舗やショップが密集しているため、団体ツアーでも不自由なく楽しめるのも魅力です。ホテルの近くで気軽に買い物や食事を楽しみたい方、個性的な洞窟ホテルでの滞在を楽しみたい方など、便利にカッパドキアをめぐりたい方にぴったりのエリアです。

同じカッパドキアでも、エリアごとにまったく違った表情を見せてくれます。賑わいあふれる街から、静けさに包まれた素朴な集落まで、その多彩な魅力を、ぜひ現地で感じてみてください。
岩のなかには、くり抜いて造られたレストランやカフェも点在しており、不思議な景色をただ眺めるだけでなく、その風景のなかで食事やお茶を楽しめるのもカッパドキアならでは。岩に囲まれた街で過ごすひとときは、日常では味わえない特別な体験になるはずです。夕暮れどきには、岩肌がやわらかな光に包まれ、ほんのりと色づくことも。時間や季節によって表情を変える景色を、のんびりと眺めてみるのもおすすめです。

そんなカッパドキアは、大きく4つのエリアに分かれていて、それぞれに違った雰囲気と魅力があります。今回は、カッパドキアを代表する4つのエリア<ギョレメ、ウチヒサル、オルタヒサル、ユルギュップ>の特徴をご紹介します。
〜ギョレメ〜
カッパドキア観光の拠点となるのが、谷あいに広がる小さな街ギョレメ。レストランやカフェ、お土産屋などがコンパクトに集まり、カッパドキアならではの風景と暮らしの息づかいを、もっとも身近に感じられるエリアです。
世界中から旅人が集まる賑わいの一方で、のんびりとしたトルコの田舎町らしい素朴な空気も残しているのがギョレメの魅力。
岩窟教会群が残るギョレメ野外博物館や、空と大地が染まるサンセットビューポイントなど、主な名所が歩いて回れる範囲に集まっており、カッパドキアの見どころを効率よくめぐれるのも魅力です。

〜ウチヒサル〜
カッパドキアの大地を一望できる高台に位置するのがウチヒサルです。
なかでも、そびえ立つ奇岩「ウチヒサル城塞」の上から見渡すパノラマは、カッパドキアを訪れたらぜひ目にしておきたい絶景です。
ギョレメやユルギュップに比べるとレストランやお土産屋などの数は控えめで、静かで落ち着いた街並みが広がります。
喧騒から離れ、ゆったりとした空気のなかでカッパドキアならではの景観を堪能できるエリアです。

〜オルタヒサル〜
切り立った崖のような巨岩がそびえるオルタヒサルは、カッパドキアの田舎らしい素朴な空気を味わえるエリアです。
このエリア最大の見どころといえば、やはり岩の砦。ウチヒサル城塞とよく似た佇まいを持ちながらも、それ以上に荒々しく圧倒的な存在感を放っており、この砦を目当てに訪れる人も少なくありません。
カッパドキアのなかでも観光地化があまり進んでおらず、レストランや土産物店の数も少なく、観光客の姿もそれほど多くはありません。だからこそ昔ながらの集落のたたずまいがそのまま残り、ありのままのカッパドキアの雰囲気を肌で感じられます。
静かで落ち着いた空気のなかで、昔ながらのカッパドキアに浸りたい方におすすめのエリアです。

〜ユルギュップ〜
観光地としてのカッパドキアを楽しむなら、賑やかで洗練された雰囲気のユルギュップがおすすめです。
ワインの産地として名高いこの街には、レストランやバー、ショップが数多く立ち並び、カッパドキア随一の繁華街として活気にあふれています。地元で生産されたワインを味わえるバーや、思わず目を引くユニークな洞窟ホテルなど、観光地ならではの華やかさが街全体に漂います。
店舗やショップが密集しているため、団体ツアーでも不自由なく楽しめるのも魅力です。ホテルの近くで気軽に買い物や食事を楽しみたい方、個性的な洞窟ホテルでの滞在を楽しみたい方など、便利にカッパドキアをめぐりたい方にぴったりのエリアです。

同じカッパドキアでも、エリアごとにまったく違った表情を見せてくれます。賑わいあふれる街から、静けさに包まれた素朴な集落まで、その多彩な魅力を、ぜひ現地で感じてみてください。

- 裸足で歩ける世界遺産!トルコの温泉地「パムッカレ」
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エリア:
- 中近東>トルコ>パムッカレ
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/06/04 13:48
- コメント(0)
「温泉」と聞くと日本の文化を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実はトルコも世界に名だたる温泉大国のひとつ。火山活動が活発な地中海エリアに位置するため、国内のいたるところで良質な温泉が湧き出ています。
その象徴ともいえるのが、世界遺産パムッカレ。トルコ語で「綿の城」(pamuk=綿、kale=城)を意味するこの名前は、かつて綿花の産地として栄えたこの土地の歴史に由来します。
丘の斜面一面を覆う純白の景色は、遠くから眺めるとまるで雪山のよう。しかしその正体は雪ではなく、温泉に含まれる石灰分が、果てしない歳月をかけて少しずつ積み重なってできた、自然がつくり上げた芸術作品なのです。

階段状に連なる白い棚は、その数100以上。棚にたたえられたお湯は、昼間は空の青さを映して輝き、日が傾くころには淡いオレンジ色へと、時間とともに表情を変えていきます。
この雄大な石灰棚と、おとなりのヒエラポリス遺跡は、1988年にユネスコ世界遺産に登録されています。トルコ観光では外せない人気スポットのひとつで、自然がつくり出した奇跡の絶景は、まさに一見の価値ありです。
かつてのように泳げるほどの湯量はありませんが、一部の石灰棚では裸足になって、足湯感覚で温泉を楽しむことができます。ただ「眺める」だけでなく、実際に「浸かれる」世界遺産。それがパムッカレならではの魅力です。

パムッカレの石灰棚は中に入って歩ける
景観保護のため立ち入り禁止のエリアもありますが、パムッカレでは実際に石灰棚の上を歩いて観光することができます。靴と靴下を脱いで、裸足でそっと足を踏み入れてみましょう。入浴こそ禁止されていますが、場所によっては足湯のように温泉を楽しむこともできます。
足元が濡れやすいので、タオルを一枚持っていくと快適です。また、靴を脱いで歩くことになるため、靴や荷物をさっと入れられるビニール袋があると安心です。

観光するなら時期に注意
パムッカレの絶景といえば、白い石灰棚と温泉の青い水面が織りなす美しいコントラスト。ただ、近年は以前より湯量が減っていることもあり、いつでもこの景色に出会えるとは限りません。
とはいえ、視界いっぱいに広がる真っ白な石灰棚は、それだけでも日本では決して見られない絶景。観光用に開放されているエリアでは、時期によって十分な湯量が確保されているタイミングもあります。
また、観光の目玉であるパムッカレ・テルマル(温水プール)の水温は36℃ほど。
冬はやや寒く感じるかもしれないので、気候が温暖で安定する4月〜6月、または9月〜10月の観光がおすすめです。
その象徴ともいえるのが、世界遺産パムッカレ。トルコ語で「綿の城」(pamuk=綿、kale=城)を意味するこの名前は、かつて綿花の産地として栄えたこの土地の歴史に由来します。
丘の斜面一面を覆う純白の景色は、遠くから眺めるとまるで雪山のよう。しかしその正体は雪ではなく、温泉に含まれる石灰分が、果てしない歳月をかけて少しずつ積み重なってできた、自然がつくり上げた芸術作品なのです。

階段状に連なる白い棚は、その数100以上。棚にたたえられたお湯は、昼間は空の青さを映して輝き、日が傾くころには淡いオレンジ色へと、時間とともに表情を変えていきます。
この雄大な石灰棚と、おとなりのヒエラポリス遺跡は、1988年にユネスコ世界遺産に登録されています。トルコ観光では外せない人気スポットのひとつで、自然がつくり出した奇跡の絶景は、まさに一見の価値ありです。
かつてのように泳げるほどの湯量はありませんが、一部の石灰棚では裸足になって、足湯感覚で温泉を楽しむことができます。ただ「眺める」だけでなく、実際に「浸かれる」世界遺産。それがパムッカレならではの魅力です。

パムッカレの石灰棚は中に入って歩ける
景観保護のため立ち入り禁止のエリアもありますが、パムッカレでは実際に石灰棚の上を歩いて観光することができます。靴と靴下を脱いで、裸足でそっと足を踏み入れてみましょう。入浴こそ禁止されていますが、場所によっては足湯のように温泉を楽しむこともできます。
足元が濡れやすいので、タオルを一枚持っていくと快適です。また、靴を脱いで歩くことになるため、靴や荷物をさっと入れられるビニール袋があると安心です。

観光するなら時期に注意
パムッカレの絶景といえば、白い石灰棚と温泉の青い水面が織りなす美しいコントラスト。ただ、近年は以前より湯量が減っていることもあり、いつでもこの景色に出会えるとは限りません。
とはいえ、視界いっぱいに広がる真っ白な石灰棚は、それだけでも日本では決して見られない絶景。観光用に開放されているエリアでは、時期によって十分な湯量が確保されているタイミングもあります。
また、観光の目玉であるパムッカレ・テルマル(温水プール)の水温は36℃ほど。
冬はやや寒く感じるかもしれないので、気候が温暖で安定する4月〜6月、または9月〜10月の観光がおすすめです。

- ★オスマントルコの栄華示す宮殿・トプカプ★
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エリア:
- 中近東>トルコ>イスタンブール
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/06/09 08:04
- コメント(0)
映画「日曜はダメよ」で一躍有名になったギリシャの女優メリナ・メルクーリさんの名は覚えていますか!?
その後、同国文化相を務めたメルク-リさんは、もう亡くなりましたが彼女の映画は時々上映されたり、ビデオになったりしています!
そのメルクーリさんは1964年、米映画「トプカプ」に主演しました!!
トプカプ宮殿から王様の剣を盗み出すストーリーの映画は、巨大なエメラルド3個を柄にあしらった剣の豪華さとともにトプカプの名を全世界に広めました!(^^)!
トプカプ宮殿はイスタンブールにあります!
1453年、当時のコンスタンチノープルを征服したオスマントルコは、スルタン・メフメット2世が1465年から宮殿の建設に着手しました。
完成は1478年。長さ400メートルの城壁に囲まれた宮殿は、建物の面積だけでも約2万平方メートルありました。
宮殿は19世紀半ばまで使われ、スルタンと一族が居住していたほか、政府機関もありました。
現在は王様の剣をはじめオスマントルコ時代の栄華を示す博物館になっています!
トプカプのトプは「門」、カプは「大砲」を意味します(^-^)
宮殿には大砲2門が海の方角をにらんでいました。そこから名が付いたのです!
さて、王様の剣には次のようなエピソードが伝わっています。
18世紀半ば、スルタン・マフムート1世はイラン・アフシャール王朝の君主ナディール・シャーに贈るためこの剣を作らせました。剣を持たせた使者をイランに送るのですが、同国で反乱が起きナディール・シャーは殺されてしまいます。
そこで使者は剣を持って帰国します。
トプカプは王様の剣やほかにも豪華な宝飾品や東洋の陶磁器などのコレクションで有名です。いつまでも見とれてしまい、時間が過ぎるのを忘れてしまうという言い伝えです!
その後、同国文化相を務めたメルク-リさんは、もう亡くなりましたが彼女の映画は時々上映されたり、ビデオになったりしています!
そのメルクーリさんは1964年、米映画「トプカプ」に主演しました!!
トプカプ宮殿から王様の剣を盗み出すストーリーの映画は、巨大なエメラルド3個を柄にあしらった剣の豪華さとともにトプカプの名を全世界に広めました!(^^)!
トプカプ宮殿はイスタンブールにあります!
1453年、当時のコンスタンチノープルを征服したオスマントルコは、スルタン・メフメット2世が1465年から宮殿の建設に着手しました。
完成は1478年。長さ400メートルの城壁に囲まれた宮殿は、建物の面積だけでも約2万平方メートルありました。
宮殿は19世紀半ばまで使われ、スルタンと一族が居住していたほか、政府機関もありました。
現在は王様の剣をはじめオスマントルコ時代の栄華を示す博物館になっています!
トプカプのトプは「門」、カプは「大砲」を意味します(^-^)
宮殿には大砲2門が海の方角をにらんでいました。そこから名が付いたのです!
さて、王様の剣には次のようなエピソードが伝わっています。
18世紀半ば、スルタン・マフムート1世はイラン・アフシャール王朝の君主ナディール・シャーに贈るためこの剣を作らせました。剣を持たせた使者をイランに送るのですが、同国で反乱が起きナディール・シャーは殺されてしまいます。
そこで使者は剣を持って帰国します。
トプカプは王様の剣やほかにも豪華な宝飾品や東洋の陶磁器などのコレクションで有名です。いつまでも見とれてしまい、時間が過ぎるのを忘れてしまうという言い伝えです!

- 世界遺産のセリミエジャーミ
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エリア:
- 中近東>トルコ>イスタンブール
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/06/03 13:51
- コメント(0)
エディルネ(EDIRNE)
ギリシアやブルガリアとの国境の町エディルネはトラキア地方、つまりトルコのヨーロッパ側国土の中心都市であり商業文化の中心であると同時に古くから軍事的にも重要な役割を担ってきた。 もともと土着のトラキア人の住むこの小さな町の地理的重要性に着目し都市造りを命じたのはローマ皇帝ハドリアヌス、2世紀前半のことだった。町は皇帝の名にあやかってハドリアノポリスと呼ばれ、後にはテオドシウスニ世が城壁で町を囲み、首都コンスタンティノープルを守り抜く前哨地点としてより強化されている。さまざまな民族との攻防戦の舞台としてのドラマを秘めて、14世紀にはオスマントルコの領土となり、1453年のコンスタンティノープル征服までの一時期はその都とされていた。 近代になってもその戦略上の要所としての哀しさから逃れることはできない。19世紀にはロシア占頷下に、20世紀になってからはブルガリア領土とされたこともあった。 エディルネの町のみどころの第一はまずセリミエジャーミをあげなければならない。16世紀後半に建設されたこのモスクはオスマントルコが生んだ天才建築家シナンの代表作と称えられている。エジプトやギリシア、ローマ、ビザンティン帝国各地からの資材を利用した壮麗な建物で、巨人なドーム屋根とその下に配された999の窓、そして本堂を囲むように4本の尖塔がすっきりと天に向かう、その洗練された美しい姿は市民の誇りである。モスク内部も天井や壁の装飾と外からの光がみごとなハーモニーを醸し出して荘厳な雰囲気が漂う。ミヒラブ(壁がん)のタイル装飾にも注目したい。 エスキジャーミ(オールドモスク)はエディルネの数ある建築の中でも最も古く1414年に完成している。その近くのだくさんの小ドームが並んで目を引くのはベデスタン(屋根付きバザール)である。リュステムパシャのキャラバンサライは最近オリジナルにそって修復された。ウチシェレフェリジャーミ(塔に3つのバルコニーのあるモスク)は4本の尖塔の形など建築学上興味深いもので15世紀前半、ムラト二世が建てた。このスルタンはエディルネに多くのりっぱな建物を残している。特にムラディエジャーミは小さいながらもオスマン建築初期の特色が見られ、タイル装飾もすばらしい。ここはもともと旋舞教団の僧院として建てられたものと考えられている。ウチシェレフェリジャーミの近くには2つの神学校跡と、15世紀以来今日も営業している伝統的トルコ風呂、ソコルルハマムが残っている。15世紀後期のバウアジトジャーミはコーラン学校や貧しい人々の給食所、宿泊所から精神病院まで付属施設が充実していたことで名高い。 その他、いくつかの石橋や砦のなごりといわれる塔などが今も人々の暮らしに生きている。
ギリシアやブルガリアとの国境の町エディルネはトラキア地方、つまりトルコのヨーロッパ側国土の中心都市であり商業文化の中心であると同時に古くから軍事的にも重要な役割を担ってきた。 もともと土着のトラキア人の住むこの小さな町の地理的重要性に着目し都市造りを命じたのはローマ皇帝ハドリアヌス、2世紀前半のことだった。町は皇帝の名にあやかってハドリアノポリスと呼ばれ、後にはテオドシウスニ世が城壁で町を囲み、首都コンスタンティノープルを守り抜く前哨地点としてより強化されている。さまざまな民族との攻防戦の舞台としてのドラマを秘めて、14世紀にはオスマントルコの領土となり、1453年のコンスタンティノープル征服までの一時期はその都とされていた。 近代になってもその戦略上の要所としての哀しさから逃れることはできない。19世紀にはロシア占頷下に、20世紀になってからはブルガリア領土とされたこともあった。 エディルネの町のみどころの第一はまずセリミエジャーミをあげなければならない。16世紀後半に建設されたこのモスクはオスマントルコが生んだ天才建築家シナンの代表作と称えられている。エジプトやギリシア、ローマ、ビザンティン帝国各地からの資材を利用した壮麗な建物で、巨人なドーム屋根とその下に配された999の窓、そして本堂を囲むように4本の尖塔がすっきりと天に向かう、その洗練された美しい姿は市民の誇りである。モスク内部も天井や壁の装飾と外からの光がみごとなハーモニーを醸し出して荘厳な雰囲気が漂う。ミヒラブ(壁がん)のタイル装飾にも注目したい。 エスキジャーミ(オールドモスク)はエディルネの数ある建築の中でも最も古く1414年に完成している。その近くのだくさんの小ドームが並んで目を引くのはベデスタン(屋根付きバザール)である。リュステムパシャのキャラバンサライは最近オリジナルにそって修復された。ウチシェレフェリジャーミ(塔に3つのバルコニーのあるモスク)は4本の尖塔の形など建築学上興味深いもので15世紀前半、ムラト二世が建てた。このスルタンはエディルネに多くのりっぱな建物を残している。特にムラディエジャーミは小さいながらもオスマン建築初期の特色が見られ、タイル装飾もすばらしい。ここはもともと旋舞教団の僧院として建てられたものと考えられている。ウチシェレフェリジャーミの近くには2つの神学校跡と、15世紀以来今日も営業している伝統的トルコ風呂、ソコルルハマムが残っている。15世紀後期のバウアジトジャーミはコーラン学校や貧しい人々の給食所、宿泊所から精神病院まで付属施設が充実していたことで名高い。 その他、いくつかの石橋や砦のなごりといわれる塔などが今も人々の暮らしに生きている。

- カッパドキアの知られざる歴史
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エリア:
- 中近東>トルコ>カッパドキア
- 中近東>トルコ>アンカラ
- 中近東>トルコ>コンヤ
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/05/02 20:58
- コメント(0)
カッパドキア地方に人が住み始めたのは、先史時代にさかのぼります。その証拠は数多くありますが、それを示す最もよい例がニーデのキョシュク・ホユックとアクサライのアーシュクル・ホユック、ネヴシェヒルのジヴェレク洞窟から出土しています。カッパドキアは初期青銅器時代の幅広い交易によりアッシリア文明の影響を受け、文字が導入されたのもこの時代でした。研究者らは埋蔵されていた、いわゆる“カッパドキア文書”を掘り起こしています。これは土でできた平板に、税法、利息、婚約、通商紛争などに関する様々な内容を楔形文字で刻んだものです。ハッティに続いてヒッタイト、フリギア、ペルシャ、ローマ、ビザンチン、セルジュク、オスマン、どの時代の人々も例外なくカッパドキアに魅了され、それぞれ独自の足跡をこの地に残しています。
カッパドキアは、その立地条件から確固たる重要な意味を持つ戦略上の拠点とされてきました。かの有名なシルクロードを含む重要な通商ルートが東西南北に走る交通の要衝であったため、歴史的・文化的な影響がクモの巣状に複雑に絡み合い、この地は異なる宗教や思想が出会い、相互に影響しあう場所となったのです。
カッパドキア地方はしばしば、その市場や資源を狙った侵略、侵入、略奪の対象となってきました。こうした略奪者たちから身を守るため、地元の住民たちは厄介なよそ者たちから気づかれないよう入り口を隠すことができる大小の洞窟に住むようになりました。身をひそめる生活が長引くことも予想されたため、この穴居住居は最終的に水源、食物貯蔵庫、ワイナリー、寺院などを含む地下都市へと発展しています。地下都市の中には紀元前にさかのぼるものもあります。
紀元後になると、クリスチャンの集団がローマ帝国による迫害から逃れて人を寄せつけない原野カッパドキアに移住してきます。ある集団は、2世紀にエルサレムからアンティオケ(アンタキヤ)とカエサレア(カイセリ)を経由してこの地にたどり着き、現在デリンクユと呼ばれている地方に定住しました。火山作用でできた柔らかい凝灰岩が削りやすいことに気付き、彼らはまず天然の洞窟を広げていくつかの洞窟をつなぎあわせ、住居だけでなく礼拝堂や教会、完全な修道院も彫り上げ、彼らが必至に探し求めてきた平和と安心を、その手で、心血を注ぎ込んで形にしていったのです。
カッパドキアには、1,000以上もの教会や礼拝堂があると言われています。それらの建築様式、設計、装飾の多様性と芸術性は魅惑的で実に見事です。これらの教会の中には宗教建築一式、つまり、一列、二列あるいは三列になった身廊、十字型の設計、前面のホール、側廊、後陣、ドーム、円柱、支柱などたくさんの要素から構成されるバシリカ教会があり、それらはすべて、岩をくりぬいて作ったものです。また、教会の多くは丹念に描かれたフレスコ画で飾られています。こうした教会や地下都市を修復、修繕、維持するという歴史的価値のある作業が、毎年何千人もの観光客を受け入れながら、脈々と続いてきたのです。
当然ながら、カッパドキア地方には異教徒やキリスト教の世界よりも豊かな歴史があります。アナトリアにイスラム教が入ってくると、有名なイスラム教徒の研究者や哲学者を数多く世に送り出すようになりました。14世紀にトルコ人でイスラム教徒の神秘主義者、ハジュ・ベクタシュ・ヴェリが現在ハジュベクタシュと呼ばれているネヴシェヒル郡に居を構えました。この賢人が説いた哲学の中心的な教義はアナトリアの様々なトルコ人集団に団結をもたらす決定的な役割を果たし、1948年の世界人権宣言の精神と内容を体現しているものです。
1 - 5件目まで(9件中)


