2019年 格安航空券比較サイト/格安ホテル比較サイト オリコン顧客満足度®調査第1位に選ばれました!
  1. 旅行比較サイト トラベルコ
  2. 海外旅行
  3. 海外現地クチコミ
  4. 大連(中国)観光地
  5. 大連港の現地クチコミ

大連 (中国) 観光の現地クチコミ

現地のプロ(3人)詳細

多くの日本人が渡ってきて 多くの日本人が帰国していった大連港

  • 歴史的建造物おすすめ
  • 定番人気

 大連港の始まりは1902年に帝政ロシアが開港した港からになります。ロシアが大連港に注目したのは、この場所が天然の良港で、冬も凍結しない不凍港だったためと言われます。
 現在では、貨物取扱量3億300万トン(2012年)の世界8位を誇り、旅客船として、国内では天津や上海、国外だと韓国仁川への定期航路があります。日本統治時代には、主要な交通手段として活躍し日本からも複数の航路が結ばれていました。

 残念なことに2013年に、1924年(大正13)完成の旧旅客ターミナル、待合室が取り壊されてしまいました。半円形の特長ある入り口前には路面電車が通り、近代的に整備され完成時には東洋一と呼ばれた建物でした。
 戦後にターミナル入り口が改装されて外観は大きく変わりましたが、奥の待合室は当時のまま維持されていました。この待合室は、映画『ラストエンペラー』にも登場します。
 写真を残しておけば…と悔いるばかりです。大連の古い建物が日に日に取り壊されていくのは、時の流れで仕方ないのですが、古い建物を見つけたら撮影しておくといいと思います。次にはもうないかもしれませんから。

 閑話休題、話を大連港へ戻すと、戦前の大連港の名残は港に隣接する旧大連埠頭事務所に見ることができます。1920年(大正9)完成の6階の建物屋上から大連港を見渡すことができます。この旧事務所は戦前、大連でもっとも大きな建物でした。ちなみに一番高かったのは、旧三越の9階です。
 旅客ターミナルが消滅した大連港に今の残る廃線となった路面電車の線路跡が往時を忍ばせてくれます。

 2015年春、読売新聞が大連日本人抑留者の写真をスクープしたことで話題になった大連港ですが、終戦から1947年(昭和22)にかけて約20万人の日本人がこの港や近隣の港から帰国しています。

 大連港は、码头(碼頭 =港)のバス停前。地下鉄2号線の港湾広場駅から徒歩7分くらいです。

若者に人気のウォーターフロント

  • 街歩きおすすめ
  • 人気急上昇

 大連港といっても色々ありますが、最近最も注目を集めているのは港湾広場からさらに東の「東港」と呼ばれる新開発エリアです。
 2013年にコンラッド、ヒルトンホテルがオープンし、高層マンションの開発も進んでいます。ただ、新開発エリアだけあって公共交通機関が通っておらず、足の便が悪かったのですが、2015年夏に地下鉄が開通したことで、利便性も高まりました。「港湾広場」で降りて徒歩5分ほどです。

 メーンスポットはヒルトンの向かいにある商業施設「15庫」。入っているのは飲食店が大半で、カフェから中華、高級日本料理まであらゆるジャンルの食を楽しめます。
 おすすめは当然ながら海沿いのテラス。冬は氷点下になるので外には出られないですが、夏から初秋にかけて、出入りする船や空を飛ぶかもめを見ながらコーヒーを飲んでいると、自分が中国にいることを忘れそうになります。

 東港は日本で言えば東京の「お台場」的存在になろうとしているのでしょうが、最近、大連は商業施設が明らかに飽和気味で、順調に発展していくのか、少し心配なところではあります。けれど、まだ周りに何もない分のんびりできるので、中国の喧騒に疲れたらここでゆっくり過ごすのもいいかもしれません。

  • 中国本土からアクセスした場合、GoogleMAPが表示されない可能性がございます。
  • 上記の記事は、訪問時点の情報を元に作成しています。訪問先の都合や現地事情により、最新の情報とは異なる可能性がありますのでご了承ください。