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パリ (フランス) 観光の現地クチコミ

現地のプロ(6人)詳細

Place de la Concorde コンコルド広場

なかじま いちろう Nakajima Ichiro (フランス通訳ガイド講師連盟会員)

市内観光をする際に必ず通る広場ですよ

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パリ市内にはヴォージュ広場、ヴァンドーム広場など宮廷用広場(Place royale)として作られた場所がありますが、コンコルド広場は18世紀に「ルイ15世広場」として生まれました。そして広場中央にはルイ15世の騎馬像が置かれ、お堀に囲まれていましたが、そのお堀は後に高名な僧侶と娼婦の醜聞事件があって埋められてしまいます。

広場を設計したのは、現在エッフェル塔のそばにある士官学校も建設したアンジュ-ジャック・ガブリエル。当時としては斬新な設計で、セーヌ川沿いが開放された広場になっています(それ以前の宮廷用広場は、四方が建物に囲まれていました)。

左右にある建物は、現在左手はクリヨンホテル、フランス自動車クラブとして使われ、そして右手は旧海軍省となりますが、この左右対象に見えるふたつの建物は、ルイ15世時代、王家が普段使わない家具や宝石等を置いておくための倉庫でした。

この広場がフランス大革命時代に「革命広場」と呼ばれ、ルイ16世、マリー・アントワネット、そして王党派の貴族や一般庶民たちがギロチン台で処刑されたのは有名な話。その後、血生臭い記憶を忘れるために現在の「コンコルド広場」に改名されました。コンコルドというのは、“協調、共和”という意味です。

現在のコンコルド広場中央にあるオベリスクは、エジプトとの物々交換でルクソールから持ってこられたものです。フランスからは時計とシャンデリアを贈ったそうです。

また、広場の四方の角には、中央にあるオベリスクを中心に地方に延びる地方都市を象徴する彫刻が四方に2体ずつ、計8体置かれています。中でも旧海軍省側左手の彫刻は「レミゼラブル」を著したビクトル ユーゴの愛人、ジュリエット・ドルエがモデルだったことは、意外と知られていません。

メトロのコンコルド駅からすぐのアクセスです。

2019/07訪問
  • 上記の記事は、訪問時点の情報を元に作成しています。訪問先の都合や現地事情により、最新の情報とは異なる可能性がありますのでご了承ください。