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最近に整備して来た上海のシンボルである「外灘」のもっとも北側にある「圓明園路」へ取材に来ました。

場所は「外灘」の北端です。

上海旅行に来られる方は必ず外灘(わいたん)を訪れますが、上海人でもあまり知られていないこの圓明園路では、最も建築物の保存がよくできました。

1920年代〜1930年代の建物がほとんどです。

最近は力を入れて、建物に入った業者や住民を引越しさせて、上海の旧租界地時代をもっとも代表できる建物を再発見しました。

歴史の変遷で何度もビルの名前までも改名されましたが、最近は昔の写真を参照しながら、昔の様子に戻しますように整備して来ました。

もう少ししたら、また一つの高級飲食店やブランド品のお散歩界隈になりそうです。

現在の「外灘」をもっと北側に延長するのですね。

旧イギリス領事館の建物とガーデンです。

このような素敵な教会もあります。

ちゃんと歴史の復元に力を入れました。

これも何の建物か分かりませんが、もう少しで公開してくれるのでしょう。

これは「外白渡橋」(通称:ガーデンブリッジ)で、1907年からも上海に存在したランドマークです。

これは「和平飯店」です。大きな改築工事を経て、昨年に再開しました。かつて上海租界地時代に作られた「アジア最も豪華な建物」と称されます。
最近、ロビーに入って、中を見学する姿も見えていますが、実は玄関に小さな看板が立っていますが、「見学立入禁止」ですよ
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- 租界 教会 復元 洋館 領事館

- 上海で旧日本人街探し
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エリア:
- アジア>中国>上海(シャンハイ)
- テーマ:街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2012/01/17 17:35
- コメント(0)

今日は面白いツアーアテンドの仕事をもらいました。
戦前上海在住の日本人は幼い頃住んでいた場所を探してほしいとのことで、車と日本語ガイドをチャーターしました。
すでに80歳になった方は、6歳まで上海にいました。
非常に記憶は薄いですが、何とか探したいとのことです。
提供してくれば片隅の情報は「○○紡績工場」の名前でした。資料で調べたら、上海の「楊樹浦路」にあるはずです。
とにかく、「楊樹浦路」へ行きました。

非常にラッキーかもしれませんが、この辺は、取り壊しはありますが、戦前住宅はまだ残っています。

野菜市場へ行って、年配の上海のお婆ちゃんやお爺ちゃんにいろいろ聞いて、「以前日本人が住んでいた住宅はどこにありますか。」耳が遠くなったお婆ちゃんは大きな声で親切にいろいろ教えてくれました。

上海の虹口区、楊浦区には、まだまだ取り壊されていないいろんな時代に作られた建物が残っています。この建物の中で、一番古く戦前から残ってきたものを探すのが、面白かったです。年配の方の口から、再度自分が住んでいた町の歴史を読み直しました。
結局一つ大変価値のある情報をあるお爺ちゃんから聞きまして、この住宅地の奥に進むと、以前日本人の紡績工場の社宅があるそうです。

ああ、本当です。
奥に入った、すぐにわかりますが、これは戦前日本人の住宅です。
中国人の住宅と違って、玄関が地上から1メートルほど高くしていますが、屋根の形も中国と違います。

外壁は昔すべて黒かったですが、最近に1階の外壁だけ赤い煉瓦の模様に変えました。
資料で確認したら、お客様の小さい頃、生活していた場所は、この近くに間違いないです。しかも、非常にラッキーなことに、建物が今まで残って来ています。今でも、この住宅地は「紡三小区」(紡績工場第三宿舎の意味かも?)という名前が残ってきています。
但し、お客様は自分の小さい頃は、あまり家から出ることが少なくて、記憶が全然ないですね。「たまに出るとしても、人力車を使ったので、自分の家の外観は全然知らないです。」とのことです。
中に入ったら、分かるかもしれませんが、戦争を挟んだので、資料が全部なくなりました。精密な場所は確認できませんでしたが、自分も覚えていないのは仕方ありません。でも、80歳になって、ようやく自分の小さい頃が生活していた場所と言われるところまで再訪できるのは、楽しいかもしれません。ガイドの私も、すごく意味のある仕事をしたなぁと思いました。
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- 世界大戦 紡績工場 取り壊し 戦前 市場

世界文化遺産のお庭、蘇州留園です。

広々した応接間の建物は、かつての役人の持ち主が暮らしていた贅沢な生活の浮彫です。

八角形の窓を通して、景色を鑑賞することができます。

その窓はまるで枠のような存在です。立っている場所が違うと、見える景色が違います。それこそ「一歩一景」と言います。

宝物はこの太湖石です。「冠雲峰」というデッカイな石です。自然に太湖の水に浸食して形成した形です。石の上部は、まるで鷹の形になっています。
中国語では「瘦、皺、漏、透」(ソー、ゾー、ロウ、トウ)と言います。
つまり、細長い石、皺のある石、穴の開けている石、つるつるする石が高級と判断する基準です。

現地美術学校の学生達がスケッチしています。
大概、学生さんがスケッチしている場所は、綺麗な所という経験もあります。
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- 美術 太湖石 応接間 スケッチ 八角形

- ピザ斜塔@中国・蘇州
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エリア:
- アジア>中国>蘇州(ソシュウ)
- テーマ:観光地 歴史・文化・芸術 自然・植物
- 投稿日:2011/11/29 16:05
- コメント(0)

秋の蘇州に来ました。
中国のピザ斜塔と呼ばれる虎丘斜塔です。
入口の前にある銀杏の木が黄色いになっていて、美しい極まりです。

虎丘山の頂上に上ると、この千年の歴史を持っている煉瓦作りの塔今まで保存できたのは奇跡とわかりました。さすが大きな地震もなかった自然環境に恵まれた地区でした。

虎丘山の周辺はすべて美しい公園になっていますが、この秋は本当に旅の季節ですね。
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- 斜塔 頂上 銀杏 公園 秋
蘇州寒山寺へ来ちゃいました。
寒山寺が有名な理由はやはり、この漢詩です。

(唐)張継 楓橋夜泊
月落烏啼霜満天、
江楓漁火対愁眠。
姑蘇城外寒山寺、
夜半鐘聲到客船。
月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ
江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す
姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)
夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る
寒山寺が有名な理由はやはり、この漢詩です。

(唐)張継 楓橋夜泊
月落烏啼霜満天、
江楓漁火対愁眠。
姑蘇城外寒山寺、
夜半鐘聲到客船。
月(つき)落(お)ち烏(からす)啼(な)きて霜(しも)天(てん)に満(み)つ
江楓(こうふう)漁火(ぎょか)愁眠(しゅうみん)に対(たい)す
姑蘇(こそ)城外(じょうがい)の寒山寺(かんざんじ)
夜半(やはん)の鐘声(しょうせい)客船(かくせん)に到(いた)る
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- 漢詩 唐朝 客船 鐘の音 城壁
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