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エリア:
- 近畿 > 京都
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テーマ:
- 鑑賞・観戦
- / 歴史・文化・芸術
【今日、京響】第706回定期演奏会(11月29日)
※プログラム※
ロッシーニ:「アルジェのイタリア女」序曲
ハイドン:交響曲82番「熊」
(休憩)
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
指揮:ジャン=クリストフ・スピノジ
今回は「いかにも」というプログラムだが、メインがあまりにもポピュラー過ぎたのか、チケットは完売にはならなかったようだ。そして奇しくもハイドンの交響曲では「熊」を取り上げ、流行の最先端を行ってしまった。まあ去年に今年のプログラムを作る段階で熊が話題になるとは誰も思わなかっただろうが。
何はともあれ、一曲目の「アルジェのイタリア女」だが、スピノジはこれのDVDを出しているのだな。わりと評価が高いようである。この人の十八番なのだろう。
しかし何といってもユニークだったのがハイドンの82番の第4楽章の終りのところ。スピノジがいかにもフィニッシユというポーズでオーケストラを止めたら会場から間髪入れずに拍手がパラパラと出たが、その直後に演奏再開。まだ終っていなかったのである。さらに2回、3回と同じことが繰り返されたが、流石にもう引っ掛かる人はいなかった。ただ、これで本当に終ったのかどうか分からないので拍手をしていいのやら、わるいのやら。最後は大向こうから「ボーッ」という声が掛かってスピノジが全合奏で「バンッ」と締めるとまた「ボーッ」と声が掛かりまた全合奏で……と、いつ終わるのかと思ったら、ようやく終りました。^^
これだけの遊び心がある演奏はそうそう聴けるものだはない。
しかし、どんな指揮者でもこんなことをやるのかな?
休憩を挟んでのベートーヴェンの交響曲6番は気楽に聴けたが、所々にスピノジの個性は出ていた。この曲はコンサートでも何度となく聴いたが、今日の演奏は弦の力強さが今までで一番だったと思う。
ところで、このスピノジ氏は指揮棒を使わない人だったが、途中で指揮らしい指揮もせず、後ろにある指揮台のバーを左手で摑んで寄りかかるようにして、右手を揺らして強弱と抑揚の指示だけをしているときもあった。中々の個性派なのだな。
また聴いてみたい。
※プログラム※
ロッシーニ:「アルジェのイタリア女」序曲
ハイドン:交響曲82番「熊」
(休憩)
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
指揮:ジャン=クリストフ・スピノジ
今回は「いかにも」というプログラムだが、メインがあまりにもポピュラー過ぎたのか、チケットは完売にはならなかったようだ。そして奇しくもハイドンの交響曲では「熊」を取り上げ、流行の最先端を行ってしまった。まあ去年に今年のプログラムを作る段階で熊が話題になるとは誰も思わなかっただろうが。
何はともあれ、一曲目の「アルジェのイタリア女」だが、スピノジはこれのDVDを出しているのだな。わりと評価が高いようである。この人の十八番なのだろう。
しかし何といってもユニークだったのがハイドンの82番の第4楽章の終りのところ。スピノジがいかにもフィニッシユというポーズでオーケストラを止めたら会場から間髪入れずに拍手がパラパラと出たが、その直後に演奏再開。まだ終っていなかったのである。さらに2回、3回と同じことが繰り返されたが、流石にもう引っ掛かる人はいなかった。ただ、これで本当に終ったのかどうか分からないので拍手をしていいのやら、わるいのやら。最後は大向こうから「ボーッ」という声が掛かってスピノジが全合奏で「バンッ」と締めるとまた「ボーッ」と声が掛かりまた全合奏で……と、いつ終わるのかと思ったら、ようやく終りました。^^
これだけの遊び心がある演奏はそうそう聴けるものだはない。
しかし、どんな指揮者でもこんなことをやるのかな?
休憩を挟んでのベートーヴェンの交響曲6番は気楽に聴けたが、所々にスピノジの個性は出ていた。この曲はコンサートでも何度となく聴いたが、今日の演奏は弦の力強さが今までで一番だったと思う。
ところで、このスピノジ氏は指揮棒を使わない人だったが、途中で指揮らしい指揮もせず、後ろにある指揮台のバーを左手で摑んで寄りかかるようにして、右手を揺らして強弱と抑揚の指示だけをしているときもあった。中々の個性派なのだな。
また聴いてみたい。


