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- 【今日、京響】第714回定期演奏会(8月29日)
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エリア:
- 近畿>京都>洛北(上賀茂・比叡)
- テーマ:鑑賞・観戦 その他 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/08/29 23:06
- コメント(0)
【今日、京響】第714回定期演奏会(8月29日)
指揮:ヤン・ヴィレム・デ・フリーント(京響主席客演指揮者)
独奏:鈴木愛美(ピアノ)
<曲目>
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲3番
(休憩)
シューベルト(ウェーベルン編):6つのドイツ舞曲 D820
シューベルト:交響曲7番ロ短調「未完成」
今回は渋いと言えば渋い、地味と言えば地味な演奏会だった。
前半のベートーヴェン「ピアノ協奏曲3番」は躍動感のある演奏で、独奏ピアノの音もオーケストラの音に埋もれることなく良く聴こえた。その分、少し音が硬かったのかもしれないが、やはり将来を期待されるピアニストなのだろうと思う。
しかし、曲が終るが早いか「ブラボー!」が出たのはちょっと残念。
後半はシューベルトが2曲だったが、最初の6つのドイツ舞曲は私の好みから言うと地味過ぎた。でも、こういうのが定期演奏会で取り上げられるのはあまり無いと思うので、得難い体験ではあった。
メインの「未完成」は今までに何度も聴いているが、これを最後に持って来たコンサートは初めてである。やっぱり私にとっては地味だった。^^
デ・フリーント氏の指揮は端正で、どこからも後ろ指差されない演奏。今日も録音していたようだ。
前にやったシューベルトの交響曲1番と4番のCDも発売されて、会場で売っていたが、今日これを買った人はデ・フリーント氏がサインをしてくれるらしい。いずれシューベルトの交響曲は全曲録音するのだろう。
ところで今日の演奏会はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のヘンリック・ホッホシルトという人が客演コンサートマスターを務めていた。どういう絡みでこうなったのかは知らないが、最初のベートーヴェンでオーケストラの音が出たとき、明らかにいつもとは違う音だと思った。不思議なものである。
こういう体験が出来るのも生演奏ならではだろう。
指揮:ヤン・ヴィレム・デ・フリーント(京響主席客演指揮者)
独奏:鈴木愛美(ピアノ)
<曲目>
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲3番
(休憩)
シューベルト(ウェーベルン編):6つのドイツ舞曲 D820
シューベルト:交響曲7番ロ短調「未完成」
今回は渋いと言えば渋い、地味と言えば地味な演奏会だった。
前半のベートーヴェン「ピアノ協奏曲3番」は躍動感のある演奏で、独奏ピアノの音もオーケストラの音に埋もれることなく良く聴こえた。その分、少し音が硬かったのかもしれないが、やはり将来を期待されるピアニストなのだろうと思う。
しかし、曲が終るが早いか「ブラボー!」が出たのはちょっと残念。
後半はシューベルトが2曲だったが、最初の6つのドイツ舞曲は私の好みから言うと地味過ぎた。でも、こういうのが定期演奏会で取り上げられるのはあまり無いと思うので、得難い体験ではあった。
メインの「未完成」は今までに何度も聴いているが、これを最後に持って来たコンサートは初めてである。やっぱり私にとっては地味だった。^^
デ・フリーント氏の指揮は端正で、どこからも後ろ指差されない演奏。今日も録音していたようだ。
前にやったシューベルトの交響曲1番と4番のCDも発売されて、会場で売っていたが、今日これを買った人はデ・フリーント氏がサインをしてくれるらしい。いずれシューベルトの交響曲は全曲録音するのだろう。
ところで今日の演奏会はライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のヘンリック・ホッホシルトという人が客演コンサートマスターを務めていた。どういう絡みでこうなったのかは知らないが、最初のベートーヴェンでオーケストラの音が出たとき、明らかにいつもとは違う音だと思った。不思議なものである。
こういう体験が出来るのも生演奏ならではだろう。

- 稲羽白菟の『造反有理 文革楼の殺人』を読みました。
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エリア:
-
指定なし
- テーマ:鑑賞・観戦 書籍・CD・DVD
- 投稿日:2026/08/23 14:55
- コメント(0)
『造反有理 文革楼の殺人』
稲羽白菟(行舟文化)
600頁の大著なのでちょっと恐れをなしたが、最後まで楽しく読めた。
中華人民共和国の文化大革命の頃、迫害や弾圧を逃れた学者や文化人たちが山奥にある文革楼という円形の館に匿われている。暮らしているのは詩人や京劇の俳優、元宮廷料理人、推理小説家(!)にイタリア帰りの作曲家兼指揮者、映画女優に元人民解放軍元帥とその孫娘、さらには反体制の僧侶(かなり烈しい坊さん)等々、多士済済、千差万別、中々個性的な面々が揃っているのである。
文革楼は事実上のクローズドサークルで、定期的に同志が食料や必要な物資を運んで来る以外は外部とは遮断されている。そこで連続見立て殺人が起きるのだが、匿われている文化人たちの中に体制派の工作員が2人混じっており、その工作員も自分以外の誰がもう1人の工作員なのかは知らない。
この状況下で犯人は何故殺人を繰り返すのか?
長くても中だるみのないテンポの良さで連続殺人が続いて行く。
物語の冒頭は現代の日本で、文革楼の生き残りの人物が若いミステリ作家にそこでの体験を語るという形をとる。途中で文革楼に集った人たちがどのようにしてここに匿われるようになったかのエピソードも入るが、私はそのような脇筋の話が延々と続いて鬱陶しい人間ドラマを読ませられるとうんざりするのだが、この作品では各エピソードが簡潔にまとめられており、少しも煩わしくなかった。
他に江青(毛沢東夫人)を主人公にした戯曲も挟まれるのだが、これがまた文革楼に対する体制側の対応に繋がっているのだな。600頁でも無駄がない。
本のぶ厚さに恐れをなして本書を敬遠する人は損をする人である。
スイスイ読めます。私は2日で読みました。^^
これは今年のベストテン候補です。
http://sealedroom.blog.jp
稲羽白菟(行舟文化)
600頁の大著なのでちょっと恐れをなしたが、最後まで楽しく読めた。
中華人民共和国の文化大革命の頃、迫害や弾圧を逃れた学者や文化人たちが山奥にある文革楼という円形の館に匿われている。暮らしているのは詩人や京劇の俳優、元宮廷料理人、推理小説家(!)にイタリア帰りの作曲家兼指揮者、映画女優に元人民解放軍元帥とその孫娘、さらには反体制の僧侶(かなり烈しい坊さん)等々、多士済済、千差万別、中々個性的な面々が揃っているのである。
文革楼は事実上のクローズドサークルで、定期的に同志が食料や必要な物資を運んで来る以外は外部とは遮断されている。そこで連続見立て殺人が起きるのだが、匿われている文化人たちの中に体制派の工作員が2人混じっており、その工作員も自分以外の誰がもう1人の工作員なのかは知らない。
この状況下で犯人は何故殺人を繰り返すのか?
長くても中だるみのないテンポの良さで連続殺人が続いて行く。
物語の冒頭は現代の日本で、文革楼の生き残りの人物が若いミステリ作家にそこでの体験を語るという形をとる。途中で文革楼に集った人たちがどのようにしてここに匿われるようになったかのエピソードも入るが、私はそのような脇筋の話が延々と続いて鬱陶しい人間ドラマを読ませられるとうんざりするのだが、この作品では各エピソードが簡潔にまとめられており、少しも煩わしくなかった。
他に江青(毛沢東夫人)を主人公にした戯曲も挟まれるのだが、これがまた文革楼に対する体制側の対応に繋がっているのだな。600頁でも無駄がない。
本のぶ厚さに恐れをなして本書を敬遠する人は損をする人である。
スイスイ読めます。私は2日で読みました。^^
これは今年のベストテン候補です。
http://sealedroom.blog.jp

- 【今日、京響】プロコフィエフの陣 弐(7月18日)
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:鑑賞・観戦 その他 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/07/18 20:07
- コメント(0)
【今日、京響】プロコフィエフの陣 弐(7月18日)
指揮:沖澤のどか
<曲目>
プロコフィエフ:交響曲4番(初版)
(休憩)
プロコフィエフ:交響曲5番
今回は前回ほどのインパクトは無かったが、沖澤のどかが物凄い指揮者であり、京響の演奏が一流を越えて超一流に近づいていると思わせるコンサートであった。
交響曲4番は初版を採用していたが、これは沖澤さんが「1番から7番まで順番に取り上げるなら、オリジナルの4番を演奏するのが妥当だと判断しました」と語っておられるが、私は規模の大きくなる改定版だと次の交響曲5番の演奏のことも考えるとオーケストラの体力的な負担が大きくなりすぎるという面もあったと思う。
何はともあれ、4番は爽やかな曲を端正に歌い上げていて、清々しい風が吹いて行ったような楽しい気分になれた。
5番は重厚でスケールも大きいが、オーケストラの各パートが何かこう、自己主張の強い音を出しているように聞こえたのである。曲そのものは私の理解を越えた高みにあるので何とも言えないのだが、沖澤のどか&京響の凄さは伝わって来た。
こうなると、11月の3回目も期待する。絶対に良いと思う。^^
指揮:沖澤のどか
<曲目>
プロコフィエフ:交響曲4番(初版)
(休憩)
プロコフィエフ:交響曲5番
今回は前回ほどのインパクトは無かったが、沖澤のどかが物凄い指揮者であり、京響の演奏が一流を越えて超一流に近づいていると思わせるコンサートであった。
交響曲4番は初版を採用していたが、これは沖澤さんが「1番から7番まで順番に取り上げるなら、オリジナルの4番を演奏するのが妥当だと判断しました」と語っておられるが、私は規模の大きくなる改定版だと次の交響曲5番の演奏のことも考えるとオーケストラの体力的な負担が大きくなりすぎるという面もあったと思う。
何はともあれ、4番は爽やかな曲を端正に歌い上げていて、清々しい風が吹いて行ったような楽しい気分になれた。
5番は重厚でスケールも大きいが、オーケストラの各パートが何かこう、自己主張の強い音を出しているように聞こえたのである。曲そのものは私の理解を越えた高みにあるので何とも言えないのだが、沖澤のどか&京響の凄さは伝わって来た。
こうなると、11月の3回目も期待する。絶対に良いと思う。^^

- 【今日、京響】第713回定期演奏会(7月11日)
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/07/11 19:41
- コメント(0)
【今日、京響】第713回定期演奏会(7月11日)
指揮:沖澤のどか
独奏:ソフィー・デルヴォー(ファゴット)
<曲目>
林光:吹きぬける夏風の祭(1985年度京都市委嘱作品)
吉松隆:ファゴット協奏曲「一角獣回路」(1988年度京都市委嘱作品)
(休憩)
ラヴェル:「鏡」(管弦楽版)から「海原の小舟」「道化師の朝の歌」
ドビュッシー:交響詩「海」
今回は中々「渋い」プログラムではないかと思ったのだが、土曜日のチケットは完売とのこと。これも沖澤さんの人気なのか。
吉松隆のファゴット協奏曲は初演のときに聴いている。まだ京都会館でやっていた頃だ。内容はすっかり忘れているので初めて聴く新鮮さがあったが、聴き易い曲である。
ただ、私はブルックナーもショスタコーヴィチも現代音楽も楽しく聴けるのだが、バルトークとかラヴェルとかドビュッシーとなるとどうも琴線が合わない。今日も少しばかり睡魔と戦うときがあった。
まあ、そんなわけなのだが、次の土曜日はやはの沖澤さんと京響のコンビで「プロコフィエフの陣 弐」がある。こちらに期待している。^^
指揮:沖澤のどか
独奏:ソフィー・デルヴォー(ファゴット)
<曲目>
林光:吹きぬける夏風の祭(1985年度京都市委嘱作品)
吉松隆:ファゴット協奏曲「一角獣回路」(1988年度京都市委嘱作品)
(休憩)
ラヴェル:「鏡」(管弦楽版)から「海原の小舟」「道化師の朝の歌」
ドビュッシー:交響詩「海」
今回は中々「渋い」プログラムではないかと思ったのだが、土曜日のチケットは完売とのこと。これも沖澤さんの人気なのか。
吉松隆のファゴット協奏曲は初演のときに聴いている。まだ京都会館でやっていた頃だ。内容はすっかり忘れているので初めて聴く新鮮さがあったが、聴き易い曲である。
ただ、私はブルックナーもショスタコーヴィチも現代音楽も楽しく聴けるのだが、バルトークとかラヴェルとかドビュッシーとなるとどうも琴線が合わない。今日も少しばかり睡魔と戦うときがあった。
まあ、そんなわけなのだが、次の土曜日はやはの沖澤さんと京響のコンビで「プロコフィエフの陣 弐」がある。こちらに期待している。^^

- 方丈貴恵の『盾と矛』を読みました。
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エリア:
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指定なし
- テーマ:鑑賞・観戦 書籍・CD・DVD 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/06/21 16:00
- コメント(0)
『盾と矛』
方丈貴恵(角川書店)
ここしばらく感想を書きたくなるような本が無かったのだが、ここにきてようやく巡り合えた。
方丈貴恵の『盾と矛』である。これがどんな作品かというと、
本格ミステリ+エイレングラフ弁護士の事件簿+ミッションインポッシブル
なのである。
まず殺人事件があり探偵の草津正守がそれを論理的に解決する。ところが犯人を必ず無罪にするエイレングラフ弁護士のような人物であるヒミコが介入し、新たな証拠を捏造して犯人を助ける。すると今度は草津が正義のために手段を選ばず犯人を追い詰めていく。犯人を自白に追い込むためなら何でもやるのだ。適法手続きなど関係ない。
長編かと思ったら三つの章それぞれ違う犯罪を扱っているのでオムニバスかと思いきや、これまた最後でちゃんと繋がって来る。独立した三つの話でもあるが、全てはひとつの大きな流れの中にある。流石、方丈貴恵。
作品の主体は「ミッションインポッシブル」の部分にあるので、本格物としての骨格は弱く物足りないかもしれないが、本筋では結構ひねりがあるのだ。
第一章は登場人物の紹介の意味もありわりと短い。普通の短編の長さで、ストレートな話なのだが、後の二つは中編の長さがあり、その分込み入った内容になっている。本作の白眉は第二章からだろう。しかも第三章の途中で大転換があるのだ。草津とヒミコだけではなく、別の人物も絡んで知力と暴力を織り交ぜた虚々実々の戦いが繰り広げられる。
しかも三つの物語はどれも最後に少し「救い」があるのだな。
第一章の犯人は清々しく罪を認めるし、第二章の犯人も「このまま逃がしてあげたい」と感情移入する読者も多いだろうが、最後は捕まるもののその先には希望が見える。
そしてこの作品の中心になる第三章にも救いがあるのだが、人によっては「作り過ぎ」とか「やりすぎ」とか言うかもしれないけれど、私はこれは「因習の村」というテーマのパロディだと解釈する。ちょっと笑えるし。個人的にこういうのは好きだし。
ただ、帯にある麻耶雄嵩の「名探偵と名犯人の頭脳バトルなのに、この終わり方はズルい」というコメントは私には理解できない。全然ズルくないと思う。
もうひとつ、帯の惹句に「めくるめく推理と隠蔽の上書き合戦 ああこれを永遠に読み続けたい」と書いてあるが、私は別にこの本はこれで完全に完結しているのでそれで良いと思う。続編は無い方がスッキリするだろう。まあ、永遠に読み続けたいなら何度でも再読すれば良いわけだ。
何はともあれ、「東野圭吾にハズレなし」とか「宮部みゆきにハズレなし」とか言われてきたが、いよいよ「方丈貴恵にハズレなし」というのが加わった。
本作『盾と矛』は今年のベストテン候補です。
http://sealedroom.blog.jp
方丈貴恵(角川書店)
ここしばらく感想を書きたくなるような本が無かったのだが、ここにきてようやく巡り合えた。
方丈貴恵の『盾と矛』である。これがどんな作品かというと、
本格ミステリ+エイレングラフ弁護士の事件簿+ミッションインポッシブル
なのである。
まず殺人事件があり探偵の草津正守がそれを論理的に解決する。ところが犯人を必ず無罪にするエイレングラフ弁護士のような人物であるヒミコが介入し、新たな証拠を捏造して犯人を助ける。すると今度は草津が正義のために手段を選ばず犯人を追い詰めていく。犯人を自白に追い込むためなら何でもやるのだ。適法手続きなど関係ない。
長編かと思ったら三つの章それぞれ違う犯罪を扱っているのでオムニバスかと思いきや、これまた最後でちゃんと繋がって来る。独立した三つの話でもあるが、全てはひとつの大きな流れの中にある。流石、方丈貴恵。
作品の主体は「ミッションインポッシブル」の部分にあるので、本格物としての骨格は弱く物足りないかもしれないが、本筋では結構ひねりがあるのだ。
第一章は登場人物の紹介の意味もありわりと短い。普通の短編の長さで、ストレートな話なのだが、後の二つは中編の長さがあり、その分込み入った内容になっている。本作の白眉は第二章からだろう。しかも第三章の途中で大転換があるのだ。草津とヒミコだけではなく、別の人物も絡んで知力と暴力を織り交ぜた虚々実々の戦いが繰り広げられる。
しかも三つの物語はどれも最後に少し「救い」があるのだな。
第一章の犯人は清々しく罪を認めるし、第二章の犯人も「このまま逃がしてあげたい」と感情移入する読者も多いだろうが、最後は捕まるもののその先には希望が見える。
そしてこの作品の中心になる第三章にも救いがあるのだが、人によっては「作り過ぎ」とか「やりすぎ」とか言うかもしれないけれど、私はこれは「因習の村」というテーマのパロディだと解釈する。ちょっと笑えるし。個人的にこういうのは好きだし。
ただ、帯にある麻耶雄嵩の「名探偵と名犯人の頭脳バトルなのに、この終わり方はズルい」というコメントは私には理解できない。全然ズルくないと思う。
もうひとつ、帯の惹句に「めくるめく推理と隠蔽の上書き合戦 ああこれを永遠に読み続けたい」と書いてあるが、私は別にこの本はこれで完全に完結しているのでそれで良いと思う。続編は無い方がスッキリするだろう。まあ、永遠に読み続けたいなら何度でも再読すれば良いわけだ。
何はともあれ、「東野圭吾にハズレなし」とか「宮部みゆきにハズレなし」とか言われてきたが、いよいよ「方丈貴恵にハズレなし」というのが加わった。
本作『盾と矛』は今年のベストテン候補です。
http://sealedroom.blog.jp
1 - 5件目まで(36件中)


