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- 京都駅って、来年で150歳になるのだな。^^
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エリア:
- 近畿>京都>洛中(京都駅周辺)
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/07/21 13:29
- コメント(0)
京都駅って、来年で150歳になるのだな。^^

- 西本願寺の近くでタコを発見。
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エリア:
- 近畿>京都>洛中(京都駅周辺)
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/07/20 14:06
- コメント(0)
西本願寺の近くでタコを発見。
なにゆえタコなのか?
う〜む、分からん。^^

なにゆえタコなのか?
う〜む、分からん。^^


- 【今日、京響】プロコフィエフの陣 弐(7月18日)
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:鑑賞・観戦 その他 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/07/18 20:07
- コメント(0)
【今日、京響】プロコフィエフの陣 弐(7月18日)
指揮:沖澤のどか
<曲目>
プロコフィエフ:交響曲4番(初版)
(休憩)
プロコフィエフ:交響曲5番
今回は前回ほどのインパクトは無かったが、沖澤のどかが物凄い指揮者であり、京響の演奏が一流を越えて超一流に近づいていると思わせるコンサートであった。
交響曲4番は初版を採用していたが、これは沖澤さんが「1番から7番まで順番に取り上げるなら、オリジナルの4番を演奏するのが妥当だと判断しました」と語っておられるが、私は規模の大きくなる改定版だと次の交響曲5番の演奏のことも考えるとオーケストラの体力的な負担が大きくなりすぎるという面もあったと思う。
何はともあれ、4番は爽やかな曲を端正に歌い上げていて、清々しい風が吹いて行ったような楽しい気分になれた。
5番は重厚でスケールも大きいが、オーケストラの各パートが何かこう、自己主張の強い音を出しているように聞こえたのである。曲そのものは私の理解を越えた高みにあるので何とも言えないのだが、沖澤のどか&京響の凄さは伝わって来た。
こうなると、11月の3回目も期待する。絶対に良いと思う。^^
指揮:沖澤のどか
<曲目>
プロコフィエフ:交響曲4番(初版)
(休憩)
プロコフィエフ:交響曲5番
今回は前回ほどのインパクトは無かったが、沖澤のどかが物凄い指揮者であり、京響の演奏が一流を越えて超一流に近づいていると思わせるコンサートであった。
交響曲4番は初版を採用していたが、これは沖澤さんが「1番から7番まで順番に取り上げるなら、オリジナルの4番を演奏するのが妥当だと判断しました」と語っておられるが、私は規模の大きくなる改定版だと次の交響曲5番の演奏のことも考えるとオーケストラの体力的な負担が大きくなりすぎるという面もあったと思う。
何はともあれ、4番は爽やかな曲を端正に歌い上げていて、清々しい風が吹いて行ったような楽しい気分になれた。
5番は重厚でスケールも大きいが、オーケストラの各パートが何かこう、自己主張の強い音を出しているように聞こえたのである。曲そのものは私の理解を越えた高みにあるので何とも言えないのだが、沖澤のどか&京響の凄さは伝わって来た。
こうなると、11月の3回目も期待する。絶対に良いと思う。^^

- 【今日、京響】第713回定期演奏会(7月11日)
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/07/11 19:41
- コメント(0)
【今日、京響】第713回定期演奏会(7月11日)
指揮:沖澤のどか
独奏:ソフィー・デルヴォー(ファゴット)
<曲目>
林光:吹きぬける夏風の祭(1985年度京都市委嘱作品)
吉松隆:ファゴット協奏曲「一角獣回路」(1988年度京都市委嘱作品)
(休憩)
ラヴェル:「鏡」(管弦楽版)から「海原の小舟」「道化師の朝の歌」
ドビュッシー:交響詩「海」
今回は中々「渋い」プログラムではないかと思ったのだが、土曜日のチケットは完売とのこと。これも沖澤さんの人気なのか。
吉松隆のファゴット協奏曲は初演のときに聴いている。まだ京都会館でやっていた頃だ。内容はすっかり忘れているので初めて聴く新鮮さがあったが、聴き易い曲である。
ただ、私はブルックナーもショスタコーヴィチも現代音楽も楽しく聴けるのだが、バルトークとかラヴェルとかドビュッシーとなるとどうも琴線が合わない。今日も少しばかり睡魔と戦うときがあった。
まあ、そんなわけなのだが、次の土曜日はやはの沖澤さんと京響のコンビで「プロコフィエフの陣 弐」がある。こちらに期待している。^^
指揮:沖澤のどか
独奏:ソフィー・デルヴォー(ファゴット)
<曲目>
林光:吹きぬける夏風の祭(1985年度京都市委嘱作品)
吉松隆:ファゴット協奏曲「一角獣回路」(1988年度京都市委嘱作品)
(休憩)
ラヴェル:「鏡」(管弦楽版)から「海原の小舟」「道化師の朝の歌」
ドビュッシー:交響詩「海」
今回は中々「渋い」プログラムではないかと思ったのだが、土曜日のチケットは完売とのこと。これも沖澤さんの人気なのか。
吉松隆のファゴット協奏曲は初演のときに聴いている。まだ京都会館でやっていた頃だ。内容はすっかり忘れているので初めて聴く新鮮さがあったが、聴き易い曲である。
ただ、私はブルックナーもショスタコーヴィチも現代音楽も楽しく聴けるのだが、バルトークとかラヴェルとかドビュッシーとなるとどうも琴線が合わない。今日も少しばかり睡魔と戦うときがあった。
まあ、そんなわけなのだが、次の土曜日はやはの沖澤さんと京響のコンビで「プロコフィエフの陣 弐」がある。こちらに期待している。^^

- 方丈貴恵の『盾と矛』を読みました。
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エリア:
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指定なし
- テーマ:鑑賞・観戦 書籍・CD・DVD 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/06/21 16:00
- コメント(0)
『盾と矛』
方丈貴恵(角川書店)
ここしばらく感想を書きたくなるような本が無かったのだが、ここにきてようやく巡り合えた。
方丈貴恵の『盾と矛』である。これがどんな作品かというと、
本格ミステリ+エイレングラフ弁護士の事件簿+ミッションインポッシブル
なのである。
まず殺人事件があり探偵の草津正守がそれを論理的に解決する。ところが犯人を必ず無罪にするエイレングラフ弁護士のような人物であるヒミコが介入し、新たな証拠を捏造して犯人を助ける。すると今度は草津が正義のために手段を選ばず犯人を追い詰めていく。犯人を自白に追い込むためなら何でもやるのだ。適法手続きなど関係ない。
長編かと思ったら三つの章それぞれ違う犯罪を扱っているのでオムニバスかと思いきや、これまた最後でちゃんと繋がって来る。独立した三つの話でもあるが、全てはひとつの大きな流れの中にある。流石、方丈貴恵。
作品の主体は「ミッションインポッシブル」の部分にあるので、本格物としての骨格は弱く物足りないかもしれないが、本筋では結構ひねりがあるのだ。
第一章は登場人物の紹介の意味もありわりと短い。普通の短編の長さで、ストレートな話なのだが、後の二つは中編の長さがあり、その分込み入った内容になっている。本作の白眉は第二章からだろう。しかも第三章の途中で大転換があるのだ。草津とヒミコだけではなく、別の人物も絡んで知力と暴力を織り交ぜた虚々実々の戦いが繰り広げられる。
しかも三つの物語はどれも最後に少し「救い」があるのだな。
第一章の犯人は清々しく罪を認めるし、第二章の犯人も「このまま逃がしてあげたい」と感情移入する読者も多いだろうが、最後は捕まるもののその先には希望が見える。
そしてこの作品の中心になる第三章にも救いがあるのだが、人によっては「作り過ぎ」とか「やりすぎ」とか言うかもしれないけれど、私はこれは「因習の村」というテーマのパロディだと解釈する。ちょっと笑えるし。個人的にこういうのは好きだし。
ただ、帯にある麻耶雄嵩の「名探偵と名犯人の頭脳バトルなのに、この終わり方はズルい」というコメントは私には理解できない。全然ズルくないと思う。
もうひとつ、帯の惹句に「めくるめく推理と隠蔽の上書き合戦 ああこれを永遠に読み続けたい」と書いてあるが、私は別にこの本はこれで完全に完結しているのでそれで良いと思う。続編は無い方がスッキリするだろう。まあ、永遠に読み続けたいなら何度でも再読すれば良いわけだ。
何はともあれ、「東野圭吾にハズレなし」とか「宮部みゆきにハズレなし」とか言われてきたが、いよいよ「方丈貴恵にハズレなし」というのが加わった。
本作『盾と矛』は今年のベストテン候補です。
http://sealedroom.blog.jp
方丈貴恵(角川書店)
ここしばらく感想を書きたくなるような本が無かったのだが、ここにきてようやく巡り合えた。
方丈貴恵の『盾と矛』である。これがどんな作品かというと、
本格ミステリ+エイレングラフ弁護士の事件簿+ミッションインポッシブル
なのである。
まず殺人事件があり探偵の草津正守がそれを論理的に解決する。ところが犯人を必ず無罪にするエイレングラフ弁護士のような人物であるヒミコが介入し、新たな証拠を捏造して犯人を助ける。すると今度は草津が正義のために手段を選ばず犯人を追い詰めていく。犯人を自白に追い込むためなら何でもやるのだ。適法手続きなど関係ない。
長編かと思ったら三つの章それぞれ違う犯罪を扱っているのでオムニバスかと思いきや、これまた最後でちゃんと繋がって来る。独立した三つの話でもあるが、全てはひとつの大きな流れの中にある。流石、方丈貴恵。
作品の主体は「ミッションインポッシブル」の部分にあるので、本格物としての骨格は弱く物足りないかもしれないが、本筋では結構ひねりがあるのだ。
第一章は登場人物の紹介の意味もありわりと短い。普通の短編の長さで、ストレートな話なのだが、後の二つは中編の長さがあり、その分込み入った内容になっている。本作の白眉は第二章からだろう。しかも第三章の途中で大転換があるのだ。草津とヒミコだけではなく、別の人物も絡んで知力と暴力を織り交ぜた虚々実々の戦いが繰り広げられる。
しかも三つの物語はどれも最後に少し「救い」があるのだな。
第一章の犯人は清々しく罪を認めるし、第二章の犯人も「このまま逃がしてあげたい」と感情移入する読者も多いだろうが、最後は捕まるもののその先には希望が見える。
そしてこの作品の中心になる第三章にも救いがあるのだが、人によっては「作り過ぎ」とか「やりすぎ」とか言うかもしれないけれど、私はこれは「因習の村」というテーマのパロディだと解釈する。ちょっと笑えるし。個人的にこういうのは好きだし。
ただ、帯にある麻耶雄嵩の「名探偵と名犯人の頭脳バトルなのに、この終わり方はズルい」というコメントは私には理解できない。全然ズルくないと思う。
もうひとつ、帯の惹句に「めくるめく推理と隠蔽の上書き合戦 ああこれを永遠に読み続けたい」と書いてあるが、私は別にこの本はこれで完全に完結しているのでそれで良いと思う。続編は無い方がスッキリするだろう。まあ、永遠に読み続けたいなら何度でも再読すれば良いわけだ。
何はともあれ、「東野圭吾にハズレなし」とか「宮部みゆきにハズレなし」とか言われてきたが、いよいよ「方丈貴恵にハズレなし」というのが加わった。
本作『盾と矛』は今年のベストテン候補です。
http://sealedroom.blog.jp
1 - 5件目まで(130件中)


