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- 【市川團十郎特別公演】(令和7年10月17日)
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エリア:
- 近畿>京都>洛東(祇園・清水)
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/23 14:55
- コメント(0)
【市川團十郎特別公演】昼の部
令和7年10月17日。南座に市川團十郎特別公演を昼夜通しで観に行きました。
昼の部は通し狂言「三升先代萩」で、團十郎の一人七役。七役の中には乳人政岡という女の役も入ってます。これは観ないわけにはいきません。
全体としては何処からも後ろ指差されない立派な舞台でした。唯ひとつ、第二幕で珍しい演出だと思ったことがあったのですが、それについては夜の部で明らかになりました。
早替わりは堂に入ったもので「流石だなあ」と思ったのですが、團十郎がやる役の人物が同時に舞台に出る(代役は後ろ向きになっている)のですが、三人ほど纏めて登場する場面があり、こうなると後ろ向きの二人は代役というのが露骨になって、却って効果が薄れるのではないか。私は少し演出過剰ではないかと思いました。
でも、全体としては良かった。
ところでこの昼の部、ほぼ満員だったのですが、お客さんの大半が女性でした。
穿った見方をしますと、昼の部は12時開演で2時半過ぎに終ります。で、旦那さんが会社で汗水たらして働き、お昼はコンビニの弁当か松屋あたりの丼で済ましているとき、奥さんたちが南座に来ていてお昼は3000円の幕間弁当を召し上がっているのではないか。
こう考えると、何が男尊女卑で何がジェンダーフリーなのか分からなくなってきます。まあ、余談ですが。^^
【市川團十郎特別公演】夜の部
さて、夜の部の最初は「二人藤娘」で、これはもうどう考えても評判の映画「国宝」にあやかってます。これでお客さんを呼ぼうという松竹の思惑が透けて見えてるどころか、思惑を隠そうともしていないのが潔いです。
実際、私が切符を買おうとしたら何と夜の部だけ初日からずっと売り切れ。ようやく17日のが買えたのですが、人気映画の影響力は凄いなあと感心した次第。
で、その「二人藤娘」ですが、冒頭、場内を真っ暗闇に消灯して、緊張感を盛り上げてからパッと点灯すると二人の藤娘があでやかに、地方さんたちも綺麗に揃っている絢爛たる舞台が現れました。演出効果満点。
後はもう何も考えずに舞台を観ているだけで楽しめました。
この次は團十郎のご挨拶だったのですが、ここでプログラムには無い趣向がありました。
お客様を1人舞台に上げて「暫」の衣装を着ける体験をしてもらうという。
客席のあっちこっちから手が挙がったですが、選ばれたのは女子高生でした。よく見ると一階席に高校生がたくさん来ていて、学校の行事か何かなのか、一クラス分ぐいの人数が来てました。
ただ、この女子高生、ひょっとしたら藤娘の衣装を着させてもらえるのだと勘違いしたのかもしれません。それが「暫」の凄い衣装だったので、私の席からは彼女が苦笑いしたようにも見えました。
それでも大層な衣装を着け終ると、何かこう五月人形みたいに見えてしまった。^^
で、舞台上で衣装を着けるのを見せながら、團十郎さんがお話をしたり客席からの質問に答えたりしていたのですが、ここで昼の部で私が珍しい演出だと思ったのはハプニングというか、アクシデントというべきものだったのが明らかになりました。
團十郎さんが舞台に関するお話をしている中で、「実は今日の昼の部で……」という裏話があり、あれは演出ではなかったのが分かった。
しかしそういう事態があっても、何事も無かったように舞台を務めるのですから、プロだなあと思った次第。
さらにプログラムに無かった趣向で、次の「菅原伝授手習鑑」の「車引」の舞台設営を見せてくれました。大道具さんたちがこのように働くのかと、写真を撮りながら見てました。
本編は荒事が見せどころで、それは良かったのですが、海王丸と桜丸の演技は豪快というより喧しかったです。^_^
最後の「荒事絵姿化粧鑑」では團十郎さんが「暫」のメーキャップから衣装を着るまでを舞台の上で見せてくれました。白粉をはたいて煙のように粉を飛ばすのは「見せる」ための演出だったのでしょう。
衣装を全部着けた後は「暫」の豪快な場面を少し披露して終了。
昼夜通してすっかり堪能した1日でした。
令和7年10月17日。南座に市川團十郎特別公演を昼夜通しで観に行きました。
昼の部は通し狂言「三升先代萩」で、團十郎の一人七役。七役の中には乳人政岡という女の役も入ってます。これは観ないわけにはいきません。
全体としては何処からも後ろ指差されない立派な舞台でした。唯ひとつ、第二幕で珍しい演出だと思ったことがあったのですが、それについては夜の部で明らかになりました。
早替わりは堂に入ったもので「流石だなあ」と思ったのですが、團十郎がやる役の人物が同時に舞台に出る(代役は後ろ向きになっている)のですが、三人ほど纏めて登場する場面があり、こうなると後ろ向きの二人は代役というのが露骨になって、却って効果が薄れるのではないか。私は少し演出過剰ではないかと思いました。
でも、全体としては良かった。
ところでこの昼の部、ほぼ満員だったのですが、お客さんの大半が女性でした。
穿った見方をしますと、昼の部は12時開演で2時半過ぎに終ります。で、旦那さんが会社で汗水たらして働き、お昼はコンビニの弁当か松屋あたりの丼で済ましているとき、奥さんたちが南座に来ていてお昼は3000円の幕間弁当を召し上がっているのではないか。
こう考えると、何が男尊女卑で何がジェンダーフリーなのか分からなくなってきます。まあ、余談ですが。^^
【市川團十郎特別公演】夜の部
さて、夜の部の最初は「二人藤娘」で、これはもうどう考えても評判の映画「国宝」にあやかってます。これでお客さんを呼ぼうという松竹の思惑が透けて見えてるどころか、思惑を隠そうともしていないのが潔いです。
実際、私が切符を買おうとしたら何と夜の部だけ初日からずっと売り切れ。ようやく17日のが買えたのですが、人気映画の影響力は凄いなあと感心した次第。
で、その「二人藤娘」ですが、冒頭、場内を真っ暗闇に消灯して、緊張感を盛り上げてからパッと点灯すると二人の藤娘があでやかに、地方さんたちも綺麗に揃っている絢爛たる舞台が現れました。演出効果満点。
後はもう何も考えずに舞台を観ているだけで楽しめました。
この次は團十郎のご挨拶だったのですが、ここでプログラムには無い趣向がありました。
お客様を1人舞台に上げて「暫」の衣装を着ける体験をしてもらうという。
客席のあっちこっちから手が挙がったですが、選ばれたのは女子高生でした。よく見ると一階席に高校生がたくさん来ていて、学校の行事か何かなのか、一クラス分ぐいの人数が来てました。
ただ、この女子高生、ひょっとしたら藤娘の衣装を着させてもらえるのだと勘違いしたのかもしれません。それが「暫」の凄い衣装だったので、私の席からは彼女が苦笑いしたようにも見えました。
それでも大層な衣装を着け終ると、何かこう五月人形みたいに見えてしまった。^^
で、舞台上で衣装を着けるのを見せながら、團十郎さんがお話をしたり客席からの質問に答えたりしていたのですが、ここで昼の部で私が珍しい演出だと思ったのはハプニングというか、アクシデントというべきものだったのが明らかになりました。
團十郎さんが舞台に関するお話をしている中で、「実は今日の昼の部で……」という裏話があり、あれは演出ではなかったのが分かった。
しかしそういう事態があっても、何事も無かったように舞台を務めるのですから、プロだなあと思った次第。
さらにプログラムに無かった趣向で、次の「菅原伝授手習鑑」の「車引」の舞台設営を見せてくれました。大道具さんたちがこのように働くのかと、写真を撮りながら見てました。
本編は荒事が見せどころで、それは良かったのですが、海王丸と桜丸の演技は豪快というより喧しかったです。^_^
最後の「荒事絵姿化粧鑑」では團十郎さんが「暫」のメーキャップから衣装を着るまでを舞台の上で見せてくれました。白粉をはたいて煙のように粉を飛ばすのは「見せる」ための演出だったのでしょう。
衣装を全部着けた後は「暫」の豪快な場面を少し披露して終了。
昼夜通してすっかり堪能した1日でした。

- 阿津川辰海の『最後のあいさつ』を読みました。
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エリア:
-
指定なし
- テーマ:鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/21 15:31
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『最後のあいさつ』
阿津川辰海(光文社)
人気テレビドラマで主役の警部補を演じていた俳優が妻殺しの容疑で逮捕されるが、推理で別の連続殺人の犯人が真犯人だと指摘する。果たしてこの「推理」は正しいのか? という、これが過去の事件。
ところが現代になって、このときの連続殺人と同じパターンの殺人事件が発生する。
作家の風見創は問題の俳優・雪宗衛をテーマにした作品に取り掛かるのだが、かつての関係者に取材を重ねていくにつれ何かが隠されているような展開になって行く。
雪宗は本当に無実なのか。過去と現在の殺人はどう絡むのか。
物語は悠揚迫らぬテンポで進み、文章の密度が濃いので読めども読めども先に進まないような感じがしてしまうが、内容も濃いので飽きずに読んでいける。
ただ、物語全体は作家の風見が雪宗衛という俳優の人間像に迫るというコンセプトなので過去の連続殺人や現代の新たな殺人が前面には出てこない。このあたりがサスペンスの薄い原因かもしれない。しかし、人間模様の「取材」を描くだけで最後まで飽きさせることが無いのは作者の筆力であろう。
もちろん、阿津川氏も取材だけで大事件の真相に迫るのは小説として弱いと思ったのか、後半で登場人物の1人が殺される。それでも警察の動きが描かれることは無いので話のテンポは変わらない。この一貫性は立派だと思う。並みの作家ならここで急展開して盛り上げる方向に進むだろろうが、阿津川氏はブレることなく終結へと進め、最後は「お約束」どおり関係者を集めての謎解きになるわけだ。
現代の事件の方は、一旦読むのを止めて結末近くになって分かることを登場人物に当てはめれば誰が犯人かは正解を出す読者もいるだろう。だから、余計なことは考えずに読み進むのが良い。
過去の事件で雪宗衛が果たした役割は何か。やはり犯人なのか、それとも……。これが最後の謎解きになるが、これの評価は人それぞれだろう。私は意外と「平均的な」落としどころだと思ってしまった。
それでも、この作品は今年のベストテン候補に間違いない。
http://sealedroom.blog.jp
阿津川辰海(光文社)
人気テレビドラマで主役の警部補を演じていた俳優が妻殺しの容疑で逮捕されるが、推理で別の連続殺人の犯人が真犯人だと指摘する。果たしてこの「推理」は正しいのか? という、これが過去の事件。
ところが現代になって、このときの連続殺人と同じパターンの殺人事件が発生する。
作家の風見創は問題の俳優・雪宗衛をテーマにした作品に取り掛かるのだが、かつての関係者に取材を重ねていくにつれ何かが隠されているような展開になって行く。
雪宗は本当に無実なのか。過去と現在の殺人はどう絡むのか。
物語は悠揚迫らぬテンポで進み、文章の密度が濃いので読めども読めども先に進まないような感じがしてしまうが、内容も濃いので飽きずに読んでいける。
ただ、物語全体は作家の風見が雪宗衛という俳優の人間像に迫るというコンセプトなので過去の連続殺人や現代の新たな殺人が前面には出てこない。このあたりがサスペンスの薄い原因かもしれない。しかし、人間模様の「取材」を描くだけで最後まで飽きさせることが無いのは作者の筆力であろう。
もちろん、阿津川氏も取材だけで大事件の真相に迫るのは小説として弱いと思ったのか、後半で登場人物の1人が殺される。それでも警察の動きが描かれることは無いので話のテンポは変わらない。この一貫性は立派だと思う。並みの作家ならここで急展開して盛り上げる方向に進むだろろうが、阿津川氏はブレることなく終結へと進め、最後は「お約束」どおり関係者を集めての謎解きになるわけだ。
現代の事件の方は、一旦読むのを止めて結末近くになって分かることを登場人物に当てはめれば誰が犯人かは正解を出す読者もいるだろう。だから、余計なことは考えずに読み進むのが良い。
過去の事件で雪宗衛が果たした役割は何か。やはり犯人なのか、それとも……。これが最後の謎解きになるが、これの評価は人それぞれだろう。私は意外と「平均的な」落としどころだと思ってしまった。
それでも、この作品は今年のベストテン候補に間違いない。
http://sealedroom.blog.jp

- 南座の市川團十郎特別公演
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エリア:
- 近畿>京都>洛東(祇園・清水)
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/17 21:28
- コメント(0)
今日はツアーをお休みにして南座の市川團十郎特別公演に昼夜通しで行ってきました。^^
感想は改めて書きますが、今回の趣向の面白かったのは夜の部で「車引」の舞台設営を見せてくれたこと。
こういうのも良いですね。^_^





感想は改めて書きますが、今回の趣向の面白かったのは夜の部で「車引」の舞台設営を見せてくれたこと。
こういうのも良いですね。^_^






- 【今日、京響】第705回定期演奏会(10月11日)
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エリア:
- 近畿>京都>洛北(上賀茂・比叡)
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/11 20:46
- コメント(0)
【今日、京響】第705回定期演奏会(10月11日)
※プログラム※
ピエルネ:「ラムンチョ」序曲
トマジ:バラード―サクソフォンと管弦楽のための
(休憩)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
指揮:ピエール・デュムソー
サクソフォン独奏:上野耕平
今日は私には初めての指揮者がショスタコーヴィチをどのように聴かせてくれるのか、楽しみにして行った。
で、とにかくよく動く指揮者だった。^^
前半の2曲は初めて聴いたが、聴き易くて躍動感のある良い曲だった。
指揮のデュムソーはよく動き回るので、指揮台の背中側にバーが付けてあったのは良かったと思う。無かったら転げ落ちるかもしれない。
動きは大きいけれど指揮は緻密なのか、右腕をすっと上に伸ばして指揮棒の先がちょこっと動くと、打楽器のピアニッシモの音がほのかに、でも鮮明に聴こえてきた。
反対に打楽器がフォルテで鳴る時はデュムソーも足で指揮台を踏み鳴らして、全身で指揮をするタイプの人なのだな。
サクソフォン独奏の上野耕平さんも柔らかい音色でホールを包み込んだ。
後半、ショスタコーヴィチの交響曲10番では、デュムソーは第一楽章では指揮棒を使わなかった。全体を覆うあの暗いトーンを表現するためには指揮棒は無い方が良いのかもしれない。細部に拘らず、渾然一体とした音作りが必要なのである。
第一楽章の暗く、陰陰滅滅とした音楽の流れは私の近くの座席にいたオバチャンを熟睡させていたが、この曲の第一楽章は生きているのが嫌になるぐらい陰気にやるのが真骨頂というべきだ。
第二楽章からは指揮棒も使い、躍動感のある演奏になった。特に第二楽章のスケルツォは颯爽たるスピードで進む、まさに一糸乱れぬ快進撃。第一楽章では熟睡だったオバチャンも目覚めた。
ヴァイオリンの変幻自在とも言うべき音色の移り変わりなど、今日のヴァイオリンは忙しいなあと思う。これはCDでは分からない。実演だからこそ分かる。コンサートというのはやはり聴くだけではなく、見るものでもあるのだ。
今日の指揮者のデュムソーさんはまた聴いてみたい。
今日のコンサートは馴染みのない指揮者だったからか、あるいは曲が原因かもしれないが、チケットは完売ではなかった。しかし当日券がよく売れたのか会場はかなり埋まっていて、私の印象では8割は入っていたと思う。
※プログラム※
ピエルネ:「ラムンチョ」序曲
トマジ:バラード―サクソフォンと管弦楽のための
(休憩)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
指揮:ピエール・デュムソー
サクソフォン独奏:上野耕平
今日は私には初めての指揮者がショスタコーヴィチをどのように聴かせてくれるのか、楽しみにして行った。
で、とにかくよく動く指揮者だった。^^
前半の2曲は初めて聴いたが、聴き易くて躍動感のある良い曲だった。
指揮のデュムソーはよく動き回るので、指揮台の背中側にバーが付けてあったのは良かったと思う。無かったら転げ落ちるかもしれない。
動きは大きいけれど指揮は緻密なのか、右腕をすっと上に伸ばして指揮棒の先がちょこっと動くと、打楽器のピアニッシモの音がほのかに、でも鮮明に聴こえてきた。
反対に打楽器がフォルテで鳴る時はデュムソーも足で指揮台を踏み鳴らして、全身で指揮をするタイプの人なのだな。
サクソフォン独奏の上野耕平さんも柔らかい音色でホールを包み込んだ。
後半、ショスタコーヴィチの交響曲10番では、デュムソーは第一楽章では指揮棒を使わなかった。全体を覆うあの暗いトーンを表現するためには指揮棒は無い方が良いのかもしれない。細部に拘らず、渾然一体とした音作りが必要なのである。
第一楽章の暗く、陰陰滅滅とした音楽の流れは私の近くの座席にいたオバチャンを熟睡させていたが、この曲の第一楽章は生きているのが嫌になるぐらい陰気にやるのが真骨頂というべきだ。
第二楽章からは指揮棒も使い、躍動感のある演奏になった。特に第二楽章のスケルツォは颯爽たるスピードで進む、まさに一糸乱れぬ快進撃。第一楽章では熟睡だったオバチャンも目覚めた。
ヴァイオリンの変幻自在とも言うべき音色の移り変わりなど、今日のヴァイオリンは忙しいなあと思う。これはCDでは分からない。実演だからこそ分かる。コンサートというのはやはり聴くだけではなく、見るものでもあるのだ。
今日の指揮者のデュムソーさんはまた聴いてみたい。
今日のコンサートは馴染みのない指揮者だったからか、あるいは曲が原因かもしれないが、チケットは完売ではなかった。しかし当日券がよく売れたのか会場はかなり埋まっていて、私の印象では8割は入っていたと思う。

- 【今日、京響】第704回定期演奏会(9月20日)
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/09/20 23:57
- コメント(0)
【今日、京響】第704回定期演奏会(9月20日)
(19日・20日共にチケット完売)
※プログラム※
L・ファランク:交響曲3番
リムスキー・コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」
(アンコール)
ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」より第3曲「月の光」
指揮:沖澤のどか(京響常任指揮者)
ヴァイオリン独奏:石田泰尚
ルイーズ・ファランクという作曲家は知らなかったので、てっきり現代音楽の人かと思ったら「ショパンと同時代のフランスの女性作曲家」ということで、ちょっと驚いた。バリバリのクラシツク音楽ではないか。沖澤さんはフランス音楽の演奏に積極的だが、こういう埋もれた(と言っては悪いのかもしれないが)人や作品をとり上げてもらえるのがコンサートの醍醐味だろう。CDでは見つけても買うふんぎりがつくかどうか。^^
で、曲の前半はゆったりとしていて、後半は躍動感が出て来る。聴き易い良い曲だった。
後半の「シェエラザード」は過去に京響で3回聴いているはずだが、ヴァイオリンの独奏は今回の石田泰尚さんが一番良かった。音の細部まではっきりと聞こえてきた。やはり名手なのだ。
そして、何といってもこのスケールの大きい大曲の、迫力のある合奏の大音量の中でもちょっとした細かい音までしっかりと響いていたのが凄い。最後の方のトライアングルのお兄さん、ご本人は緊張の一瞬だったかもしれないが、綺麗に響いてました。^^
CDでは絶対に分からない演奏する楽団員の忙しさも目の当たりにできて、やはり生のコンサートに勝るものは無いという、楽しい時間を過ごせた。
明日から京響はこのプログラムでツアーに出て六ケ所を廻るが、兵庫、東京、青森はすでにチケット完売。その他の福井、長野、八戸はまだ間に合うかもしれません。
何はともあれ、どこのお客さんも皆さん大満足するでありましょう。
(19日・20日共にチケット完売)
※プログラム※
L・ファランク:交響曲3番
リムスキー・コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」
(アンコール)
ドビュッシー:「ベルガマスク組曲」より第3曲「月の光」
指揮:沖澤のどか(京響常任指揮者)
ヴァイオリン独奏:石田泰尚
ルイーズ・ファランクという作曲家は知らなかったので、てっきり現代音楽の人かと思ったら「ショパンと同時代のフランスの女性作曲家」ということで、ちょっと驚いた。バリバリのクラシツク音楽ではないか。沖澤さんはフランス音楽の演奏に積極的だが、こういう埋もれた(と言っては悪いのかもしれないが)人や作品をとり上げてもらえるのがコンサートの醍醐味だろう。CDでは見つけても買うふんぎりがつくかどうか。^^
で、曲の前半はゆったりとしていて、後半は躍動感が出て来る。聴き易い良い曲だった。
後半の「シェエラザード」は過去に京響で3回聴いているはずだが、ヴァイオリンの独奏は今回の石田泰尚さんが一番良かった。音の細部まではっきりと聞こえてきた。やはり名手なのだ。
そして、何といってもこのスケールの大きい大曲の、迫力のある合奏の大音量の中でもちょっとした細かい音までしっかりと響いていたのが凄い。最後の方のトライアングルのお兄さん、ご本人は緊張の一瞬だったかもしれないが、綺麗に響いてました。^^
CDでは絶対に分からない演奏する楽団員の忙しさも目の当たりにできて、やはり生のコンサートに勝るものは無いという、楽しい時間を過ごせた。
明日から京響はこのプログラムでツアーに出て六ケ所を廻るが、兵庫、東京、青森はすでにチケット完売。その他の福井、長野、八戸はまだ間に合うかもしれません。
何はともあれ、どこのお客さんも皆さん大満足するでありましょう。
6 - 10件目まで(25件中)


