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- 阿津川辰海の『最後のあいさつ』を読みました。
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エリア:
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指定なし
- テーマ:鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/21 15:31
- コメント(0)
『最後のあいさつ』
阿津川辰海(光文社)
人気テレビドラマで主役の警部補を演じていた俳優が妻殺しの容疑で逮捕されるが、推理で別の連続殺人の犯人が真犯人だと指摘する。果たしてこの「推理」は正しいのか? という、これが過去の事件。
ところが現代になって、このときの連続殺人と同じパターンの殺人事件が発生する。
作家の風見創は問題の俳優・雪宗衛をテーマにした作品に取り掛かるのだが、かつての関係者に取材を重ねていくにつれ何かが隠されているような展開になって行く。
雪宗は本当に無実なのか。過去と現在の殺人はどう絡むのか。
物語は悠揚迫らぬテンポで進み、文章の密度が濃いので読めども読めども先に進まないような感じがしてしまうが、内容も濃いので飽きずに読んでいける。
ただ、物語全体は作家の風見が雪宗衛という俳優の人間像に迫るというコンセプトなので過去の連続殺人や現代の新たな殺人が前面には出てこない。このあたりがサスペンスの薄い原因かもしれない。しかし、人間模様の「取材」を描くだけで最後まで飽きさせることが無いのは作者の筆力であろう。
もちろん、阿津川氏も取材だけで大事件の真相に迫るのは小説として弱いと思ったのか、後半で登場人物の1人が殺される。それでも警察の動きが描かれることは無いので話のテンポは変わらない。この一貫性は立派だと思う。並みの作家ならここで急展開して盛り上げる方向に進むだろろうが、阿津川氏はブレることなく終結へと進め、最後は「お約束」どおり関係者を集めての謎解きになるわけだ。
現代の事件の方は、一旦読むのを止めて結末近くになって分かることを登場人物に当てはめれば誰が犯人かは正解を出す読者もいるだろう。だから、余計なことは考えずに読み進むのが良い。
過去の事件で雪宗衛が果たした役割は何か。やはり犯人なのか、それとも……。これが最後の謎解きになるが、これの評価は人それぞれだろう。私は意外と「平均的な」落としどころだと思ってしまった。
それでも、この作品は今年のベストテン候補に間違いない。
http://sealedroom.blog.jp
阿津川辰海(光文社)
人気テレビドラマで主役の警部補を演じていた俳優が妻殺しの容疑で逮捕されるが、推理で別の連続殺人の犯人が真犯人だと指摘する。果たしてこの「推理」は正しいのか? という、これが過去の事件。
ところが現代になって、このときの連続殺人と同じパターンの殺人事件が発生する。
作家の風見創は問題の俳優・雪宗衛をテーマにした作品に取り掛かるのだが、かつての関係者に取材を重ねていくにつれ何かが隠されているような展開になって行く。
雪宗は本当に無実なのか。過去と現在の殺人はどう絡むのか。
物語は悠揚迫らぬテンポで進み、文章の密度が濃いので読めども読めども先に進まないような感じがしてしまうが、内容も濃いので飽きずに読んでいける。
ただ、物語全体は作家の風見が雪宗衛という俳優の人間像に迫るというコンセプトなので過去の連続殺人や現代の新たな殺人が前面には出てこない。このあたりがサスペンスの薄い原因かもしれない。しかし、人間模様の「取材」を描くだけで最後まで飽きさせることが無いのは作者の筆力であろう。
もちろん、阿津川氏も取材だけで大事件の真相に迫るのは小説として弱いと思ったのか、後半で登場人物の1人が殺される。それでも警察の動きが描かれることは無いので話のテンポは変わらない。この一貫性は立派だと思う。並みの作家ならここで急展開して盛り上げる方向に進むだろろうが、阿津川氏はブレることなく終結へと進め、最後は「お約束」どおり関係者を集めての謎解きになるわけだ。
現代の事件の方は、一旦読むのを止めて結末近くになって分かることを登場人物に当てはめれば誰が犯人かは正解を出す読者もいるだろう。だから、余計なことは考えずに読み進むのが良い。
過去の事件で雪宗衛が果たした役割は何か。やはり犯人なのか、それとも……。これが最後の謎解きになるが、これの評価は人それぞれだろう。私は意外と「平均的な」落としどころだと思ってしまった。
それでも、この作品は今年のベストテン候補に間違いない。
http://sealedroom.blog.jp

- 祇園でハロウィン発見
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エリア:
- 近畿>京都>洛東(祇園・清水)
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/19 16:29
- コメント(0)
祇園でハロウィン発見。
お店の遊び心でしょうか。
それともお馴染みさんからのプレゼントか。^^




お店の遊び心でしょうか。
それともお馴染みさんからのプレゼントか。^^





- 南座の市川團十郎特別公演
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エリア:
- 近畿>京都>洛東(祇園・清水)
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/17 21:28
- コメント(0)
今日はツアーをお休みにして南座の市川團十郎特別公演に昼夜通しで行ってきました。^^
感想は改めて書きますが、今回の趣向の面白かったのは夜の部で「車引」の舞台設営を見せてくれたこと。
こういうのも良いですね。^_^





感想は改めて書きますが、今回の趣向の面白かったのは夜の部で「車引」の舞台設営を見せてくれたこと。
こういうのも良いですね。^_^






- かつての府立総合資料館の跡地が公園とモデルハウスになってました。^^
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エリア:
- 近畿>京都>洛北(上賀茂・比叡)
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/12 15:49
- コメント(0)
かつての府立総合資料館の跡地が公園とモデルハウスになってました。^^
恐らく暫定的な措置だと思いますが、別にこのままでも良いように思います。
モデルハウスはカフェかレストランにでも変えては如何。^^




恐らく暫定的な措置だと思いますが、別にこのままでも良いように思います。
モデルハウスはカフェかレストランにでも変えては如何。^^





- 【今日、京響】第705回定期演奏会(10月11日)
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エリア:
- 近畿>京都>洛北(上賀茂・比叡)
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/10/11 20:46
- コメント(0)
【今日、京響】第705回定期演奏会(10月11日)
※プログラム※
ピエルネ:「ラムンチョ」序曲
トマジ:バラード―サクソフォンと管弦楽のための
(休憩)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
指揮:ピエール・デュムソー
サクソフォン独奏:上野耕平
今日は私には初めての指揮者がショスタコーヴィチをどのように聴かせてくれるのか、楽しみにして行った。
で、とにかくよく動く指揮者だった。^^
前半の2曲は初めて聴いたが、聴き易くて躍動感のある良い曲だった。
指揮のデュムソーはよく動き回るので、指揮台の背中側にバーが付けてあったのは良かったと思う。無かったら転げ落ちるかもしれない。
動きは大きいけれど指揮は緻密なのか、右腕をすっと上に伸ばして指揮棒の先がちょこっと動くと、打楽器のピアニッシモの音がほのかに、でも鮮明に聴こえてきた。
反対に打楽器がフォルテで鳴る時はデュムソーも足で指揮台を踏み鳴らして、全身で指揮をするタイプの人なのだな。
サクソフォン独奏の上野耕平さんも柔らかい音色でホールを包み込んだ。
後半、ショスタコーヴィチの交響曲10番では、デュムソーは第一楽章では指揮棒を使わなかった。全体を覆うあの暗いトーンを表現するためには指揮棒は無い方が良いのかもしれない。細部に拘らず、渾然一体とした音作りが必要なのである。
第一楽章の暗く、陰陰滅滅とした音楽の流れは私の近くの座席にいたオバチャンを熟睡させていたが、この曲の第一楽章は生きているのが嫌になるぐらい陰気にやるのが真骨頂というべきだ。
第二楽章からは指揮棒も使い、躍動感のある演奏になった。特に第二楽章のスケルツォは颯爽たるスピードで進む、まさに一糸乱れぬ快進撃。第一楽章では熟睡だったオバチャンも目覚めた。
ヴァイオリンの変幻自在とも言うべき音色の移り変わりなど、今日のヴァイオリンは忙しいなあと思う。これはCDでは分からない。実演だからこそ分かる。コンサートというのはやはり聴くだけではなく、見るものでもあるのだ。
今日の指揮者のデュムソーさんはまた聴いてみたい。
今日のコンサートは馴染みのない指揮者だったからか、あるいは曲が原因かもしれないが、チケットは完売ではなかった。しかし当日券がよく売れたのか会場はかなり埋まっていて、私の印象では8割は入っていたと思う。
※プログラム※
ピエルネ:「ラムンチョ」序曲
トマジ:バラード―サクソフォンと管弦楽のための
(休憩)
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番
指揮:ピエール・デュムソー
サクソフォン独奏:上野耕平
今日は私には初めての指揮者がショスタコーヴィチをどのように聴かせてくれるのか、楽しみにして行った。
で、とにかくよく動く指揮者だった。^^
前半の2曲は初めて聴いたが、聴き易くて躍動感のある良い曲だった。
指揮のデュムソーはよく動き回るので、指揮台の背中側にバーが付けてあったのは良かったと思う。無かったら転げ落ちるかもしれない。
動きは大きいけれど指揮は緻密なのか、右腕をすっと上に伸ばして指揮棒の先がちょこっと動くと、打楽器のピアニッシモの音がほのかに、でも鮮明に聴こえてきた。
反対に打楽器がフォルテで鳴る時はデュムソーも足で指揮台を踏み鳴らして、全身で指揮をするタイプの人なのだな。
サクソフォン独奏の上野耕平さんも柔らかい音色でホールを包み込んだ。
後半、ショスタコーヴィチの交響曲10番では、デュムソーは第一楽章では指揮棒を使わなかった。全体を覆うあの暗いトーンを表現するためには指揮棒は無い方が良いのかもしれない。細部に拘らず、渾然一体とした音作りが必要なのである。
第一楽章の暗く、陰陰滅滅とした音楽の流れは私の近くの座席にいたオバチャンを熟睡させていたが、この曲の第一楽章は生きているのが嫌になるぐらい陰気にやるのが真骨頂というべきだ。
第二楽章からは指揮棒も使い、躍動感のある演奏になった。特に第二楽章のスケルツォは颯爽たるスピードで進む、まさに一糸乱れぬ快進撃。第一楽章では熟睡だったオバチャンも目覚めた。
ヴァイオリンの変幻自在とも言うべき音色の移り変わりなど、今日のヴァイオリンは忙しいなあと思う。これはCDでは分からない。実演だからこそ分かる。コンサートというのはやはり聴くだけではなく、見るものでもあるのだ。
今日の指揮者のデュムソーさんはまた聴いてみたい。
今日のコンサートは馴染みのない指揮者だったからか、あるいは曲が原因かもしれないが、チケットは完売ではなかった。しかし当日券がよく売れたのか会場はかなり埋まっていて、私の印象では8割は入っていたと思う。
66 - 70件目まで(221件中)


