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- 【トルコ/イスタンブール】2009年5月20日UEFAカップ決勝がイスタンブールで開催
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エリア:
- 中近東>トルコ>イスタンブール
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 旅行準備
- 投稿日:2009/02/05 18:45
- コメント(1)
ご存知の方も多いかと思いますが、UEFAカップの決勝が5月20日にイスタンブールで行われます。

こちらはオフィシャルロゴ。コンセプトには、イスタンブールの歴史と文化遺産、モダンな側面が、伝統的なモザイク技法を駆使しながら、現代的な表現で織り込まれた。サッカーとスタジアムのイメージの全体的なスタイルは、オスマンモチーフとビザンチンモチーフの両方が生かされ、モザイクパターンの間にできた中央の空間は、イスタンブールを東洋と西洋に二分しながら、欧州とアジアの架け橋にもなっているボスポラス海峡をモデルにした。シュクリュ・サラチョール・スタジアムは、ボスポラス海峡に近い場所で目立つように描かれている。この描写は決勝会場へのルートと一致しており、二つの世界、二つの大陸、そして二つのチームが出逢う場所であることを強調したとのこと。

こちらが、イスタンブールのアジアサイドにあるシュクリュ・サラチオゥル
スタジアム。このスタジアムはトルコリーグで4大チームのひとつフェナルバフチェチームのホームスタジアムとして通常は賑っています。

フェナルバフチェは、日本でもお馴染みのジーコが監督をしたこともあり、今現在は世界的にも有名なロベルト・カルロスやアレックスやグイザも所属するチームです。

こちらはオフィシャルロゴ。コンセプトには、イスタンブールの歴史と文化遺産、モダンな側面が、伝統的なモザイク技法を駆使しながら、現代的な表現で織り込まれた。サッカーとスタジアムのイメージの全体的なスタイルは、オスマンモチーフとビザンチンモチーフの両方が生かされ、モザイクパターンの間にできた中央の空間は、イスタンブールを東洋と西洋に二分しながら、欧州とアジアの架け橋にもなっているボスポラス海峡をモデルにした。シュクリュ・サラチョール・スタジアムは、ボスポラス海峡に近い場所で目立つように描かれている。この描写は決勝会場へのルートと一致しており、二つの世界、二つの大陸、そして二つのチームが出逢う場所であることを強調したとのこと。

こちらが、イスタンブールのアジアサイドにあるシュクリュ・サラチオゥル
スタジアム。このスタジアムはトルコリーグで4大チームのひとつフェナルバフチェチームのホームスタジアムとして通常は賑っています。

フェナルバフチェは、日本でもお馴染みのジーコが監督をしたこともあり、今現在は世界的にも有名なロベルト・カルロスやアレックスやグイザも所属するチームです。

- 【トルコ/カッパドキア】カッパドキア洞窟ホテルの紹介その2
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エリア:
- 中近東>トルコ>カッパドキア
- テーマ:観光地 スパ・エステ ホテル・宿泊
- 投稿日:2009/02/04 19:34
- コメント(0)
カッパドキア名物洞窟ホテルの中でも新しく、最高級であり、スパ設備も備えたホテルをご紹介します。
カッパドキア ケイヴ リゾート スパ 通称CCR ホテルです。

ウチヒサールにあり、ホテルからの景色はカッパドキアを見渡す絶景です。
ホテル内にはハマム、サウナをはじめ各種テラピー施設があります。

こちらはソルトルームです。
客室もそれぞれ個性のある部屋が揃っております。

スタンダードルーム

デラックスルーム

シニアスイートルーム
又、ハネムーンカップルには特別キャンペーンも行っております。
カッパドキア ケイヴ リゾート スパ 通称CCR ホテルです。

ウチヒサールにあり、ホテルからの景色はカッパドキアを見渡す絶景です。
ホテル内にはハマム、サウナをはじめ各種テラピー施設があります。

こちらはソルトルームです。
客室もそれぞれ個性のある部屋が揃っております。

スタンダードルーム

デラックスルーム

シニアスイートルーム
又、ハネムーンカップルには特別キャンペーンも行っております。
- タグ:
- トルコ カッパドキア 世界遺産 洞窟ホテル スパ

- 【トルコ】2010年はトルコの日本年になります!
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エリア:
- 中近東>トルコ>トルコその他の都市
- テーマ:お祭り・イベント 旅行準備 その他
- 投稿日:2009/02/03 18:42
- コメント(2)
少し堅い話になりますが、2010年がトルコにおけるに日本年になったこともあり、本日はトルコと日本の友好関係についてご紹介致します。
2010年は、日本とトルコの今日の友好関係の原点といえるエルトゥールル号事件の日本訪問および遭難から120年目の節目を迎えます。
エルトゥールル号事件とは・・・

1887年、小松宮彰仁殿下及び同妃殿下がトルコを訪問し、皇帝アブドゥル・ハミト2世に謁見しました。1989年7月、これに対する答礼として、同皇帝はオスマン・パシャ提督(海軍少将)率いる総勢650名の使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号を日本に派遣します。1890年6月、同使節団は横浜港に到着、オスマン・パシャ提督は明治天皇に拝謁しオスマン帝国の最高勲章を奉呈しました。
同年9月、同使節団はトルコへの帰路に就いたのですが、エルトゥールル号は神戸を目指して航行中、和歌山県紀州沖にさしかかったところで台風に遭遇してしまいました。強風と高波の中、エルトゥールル号は樫野崎灯台を目指して航行しましたが、運悪く、沖合約40メートルで座礁し、沈没しました。
この海難事故により、オスマン提督以下乗組員587名が死亡するという大惨事となりました。そのような中、付近の住民の献身的な救助により、69名の乗組員が救出され、後に日本海軍の巡洋艦「金剛」及び「比叡」により丁重にトルコに送還されました。また、日本国内でも犠牲者に対する義援金の募集が広く行われました。
このように、エルトゥールル号の海難事故自体は極めて痛ましい事件ではありましたが、その際の日本官民あげての手厚い事後対応はトルコ人の心を打ったとされます。現在では、エルトゥールル号の日本訪問とその後の遭難事件は、両国の友好の原点の出来事とされています。
その後、海難現場の和歌山県串本町には、「エルトゥールル号殉難将士慰霊碑」が建立され、毎年慰霊式典が開催されています。また、串本町の姉妹都市であるトルコのメルシン市でも、串本町のものと同じ慰霊碑が建立されています。

2003年は日本におけるトルコ年でした。来年のトルコにおける日本年にどのようなイベントが行われるか今のところ未定ですが、今後情報がわかり次第ご紹介していきたいと思います。
2010年は、日本とトルコの今日の友好関係の原点といえるエルトゥールル号事件の日本訪問および遭難から120年目の節目を迎えます。
エルトゥールル号事件とは・・・

1887年、小松宮彰仁殿下及び同妃殿下がトルコを訪問し、皇帝アブドゥル・ハミト2世に謁見しました。1989年7月、これに対する答礼として、同皇帝はオスマン・パシャ提督(海軍少将)率いる総勢650名の使節団を乗せた軍艦エルトゥールル号を日本に派遣します。1890年6月、同使節団は横浜港に到着、オスマン・パシャ提督は明治天皇に拝謁しオスマン帝国の最高勲章を奉呈しました。
同年9月、同使節団はトルコへの帰路に就いたのですが、エルトゥールル号は神戸を目指して航行中、和歌山県紀州沖にさしかかったところで台風に遭遇してしまいました。強風と高波の中、エルトゥールル号は樫野崎灯台を目指して航行しましたが、運悪く、沖合約40メートルで座礁し、沈没しました。
この海難事故により、オスマン提督以下乗組員587名が死亡するという大惨事となりました。そのような中、付近の住民の献身的な救助により、69名の乗組員が救出され、後に日本海軍の巡洋艦「金剛」及び「比叡」により丁重にトルコに送還されました。また、日本国内でも犠牲者に対する義援金の募集が広く行われました。
このように、エルトゥールル号の海難事故自体は極めて痛ましい事件ではありましたが、その際の日本官民あげての手厚い事後対応はトルコ人の心を打ったとされます。現在では、エルトゥールル号の日本訪問とその後の遭難事件は、両国の友好の原点の出来事とされています。
その後、海難現場の和歌山県串本町には、「エルトゥールル号殉難将士慰霊碑」が建立され、毎年慰霊式典が開催されています。また、串本町の姉妹都市であるトルコのメルシン市でも、串本町のものと同じ慰霊碑が建立されています。

2003年は日本におけるトルコ年でした。来年のトルコにおける日本年にどのようなイベントが行われるか今のところ未定ですが、今後情報がわかり次第ご紹介していきたいと思います。

- 【トルコ/カッパドキア】カッパドキア洞窟ホテルの紹介その1
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エリア:
- 中近東>トルコ>カッパドキア
- テーマ:旅行準備 ホテル・宿泊 世界遺産
- 投稿日:2009/01/30 17:38
- コメント(0)
本日はカッパドキアのギョレメにある洞窟ホテルをご紹介致します。

カッパドキアケーヴスイートと言うホテルです。

デラックスルーム

スイートルーム
洞窟ホテルは各部屋がそれぞれ個性があるのが特徴です。

カッパドキアケーヴスイートと言うホテルです。

デラックスルーム

スイートルーム
洞窟ホテルは各部屋がそれぞれ個性があるのが特徴です。
- タグ:
- トルコ カッパドキア 世界遺産 洞窟ホテル ホテル

- 【トルコ/カッパドキア】日本語の通じるレストラン
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エリア:
- 中近東>トルコ>カッパドキア
- テーマ:観光地 グルメ その他
- 投稿日:2009/01/29 20:30
- コメント(2)
カッパドキアのユルギュプの町中に日本語の通じるレストラン、ハンチラ-ン
があります。
場所は、ユルギュプの町のシンボルとも言える時計塔の近く、ネヴシェヒールなどへ向かう道にあります。

オーナーの一人であり日本語のできるムラットさんは通常午後から閉店までお店にいます。

もともとの建物は250年以上にも遡る古い建物で、オスマントルコ時代の簡易宿泊所として使われていました。

メニューも豊富でカフェではハンバーガーなどの軽食、レストランでは本格的なトルコ料理をお楽しみ頂けます。

夏場はテラスでビールを一杯と言う地元トルコ人で賑わいます。
があります。
場所は、ユルギュプの町のシンボルとも言える時計塔の近く、ネヴシェヒールなどへ向かう道にあります。

オーナーの一人であり日本語のできるムラットさんは通常午後から閉店までお店にいます。

もともとの建物は250年以上にも遡る古い建物で、オスマントルコ時代の簡易宿泊所として使われていました。

メニューも豊富でカフェではハンバーガーなどの軽食、レストランでは本格的なトルコ料理をお楽しみ頂けます。

夏場はテラスでビールを一杯と言う地元トルコ人で賑わいます。
- タグ:
- トルコ カッパドキア 世界遺産 トルコ料理 トルコ料理レストラン
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