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OTOA World information
世界80ヵ国・245都市、811拠点に広がるネットワークを活かし、現地の最新情報をご紹介していきます。
プロフィール

ニックネーム:
OTOA
居住地:
東京都
会社名:
(社)日本海外ツアーオペレーター協会
会社英字名:
OVERSEAS TOUR OPERATORS ASSOCIATION of JAPAN
会社所在地:
東京都
業種:
旅行業
自己紹介:
日本海外ツアーオペレーター協会(OTOA=OVERSEAS TOUR OPERATORS ASSOCIATION of JAPAN)とは、海外を訪れる日本人旅行者の皆様を現地で実際にお世話したり、海外旅行を企画販売する全国の旅行会社から依頼を受け、その旅行先の手配を専門に行う旅行会社。言うなれば海外旅行の現地手配サービスの専門集団です。
会員会社は134社(2008年4月01日現在)、賛助会員は71社(2008年4月01日現在)。旅行者の皆様にはふだん、海外での空港とホテル間の送迎、ガイド業務、ツアーデスクなどでお目にかかっています。また、皆様が海外で利用されるホテルや食事の手配をはじめ、日本と海外を結ぶさまざまな国際交流も私たちツアーオペレーターの大切な仕事です。
このような多くの会社で構成された社団法人 日本海外ツアーオペレーター協会は、世界80ヵ国・245都市、811拠点に広がるネットワークを活かし、現地の最新情報を入手して海外を訪れる皆様が安心して旅行を楽しめるよう安全対策に万全を期す一方、常に新しい旅行地の開拓と受入態勢の整備を図りながら、1人でも多くの日本人旅行者が海外でかけがえのない体験をできるようサポートしています。

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メキシコ / メキシコの鉄人が行く! 旅日記 〜 「タイルの家」の物語−その6

2008/10/31 11:51
エリア:
  • 中南米 > メキシコ > メキシコシティ
テーマ:
  • 世界遺産
前回の話から続く、メキシコが誇る文化遺産「タイルの家」の話の第6話となります。
第5話はこちらから

1608年に日本に漂着したビベロ伯爵の報告書「日本国事情」が、既に亡きフェリッペ二世へ向けて書かれた「死者への手紙」であった事は、前号でお伝えした通りですが、フェリッペ二世が世を去った1598年9月、日本では太閤 豊臣秀吉も他界しています。

ユーラシア大陸の東端の日本の主権者と、西端の主権者フェリッペ二世の生い立ちはみごとに正反対でありました。
フェリッペ二世は「日の没することなき」神聖ローマ皇帝の息子として生を受け、一方、豊臣秀吉は愛知県の小さな村の百姓の子として生を受けました。その両者が歴史の偶然により、同年同月に平等に死を受けているのです。

秀吉の死後は、秀吉政権時代に大老(No.2)の位置に就いていた名実ともに実力派の武将 徳川家康が政権を握りましたが、フェリッペ二世の死後、その政権は「存在価値ゼロ以下」の息子 フェリッペ三世が継いだのです。
奇妙に思うのはビベロ伯爵の報告書「日本国事情」が個人の日記ではなく公文書でありながら、その時代のスペイン王「フェリッペ三世」を完全に無視している点でしょう。例えフェリッペ三世が無形であったとしても、この様な事が許されるのでしょうか。

答えは、当時のメキシコとスペイン本国の関係に見出せそうです。
スペインの実権は、無形の王 フェリッペ三世に代わりレルマ公爵が握っていたのです。公爵という位は日本の大名(一国一城の主=お殿様)にあたります。
現に日本も明治維新後にはヨーロッパの華族制に倣い、大名を公爵、次に石高の順に、侯爵、伯爵としておりました。つまりレルマ公爵はビベロ伯爵より上位にあったという事です。

レルマ公爵の目にふれるであろう公文書を通じ、ビベロ伯爵の実の主人にあたるスペイン王 フェリッペ三世を無視したのです。
誰かがこれを許したのでしょうか? いえ、これを許したのはビベロ伯爵自らの自信から出ていたのです。その自信は、スペインの植民地であったメキシコにいた当時の貴族の自信でもあるのです。
この時期の本国スペインは、公爵の汚職と無能から経済が悪化し、メキシコからの仕送り無しには生活出来なくなっていたのです。
当然、スペイン国民は公爵に反発し、これに伴いスペイン貴族の信頼は下落いたしました。その一方で、新天地メキシコに赴いた貴族は腐敗した古くからのスペイン貴族に成り代わり本国を支えたのです。メキシコにいた貴族の多くは「きっと我らこそ、スペイン貴族の本流なり!」と思った事でしょう。

確かにこの時代の貴族には、歴史に名を残す名君が多いのです。そして彼達は本国の貴族と競う様に、彼の地メキシコにおいて華麗な館造りにいそしんだのです。
現在、サンボーンズの本店となっている「タイルの家」もその中の一つでありました。
その頃のヨーロッパ旅行者がメキシコシティを「宮殿の町」と呼んでいたのもうなずけます。

ビベロ伯爵の「日本国事情」は、まず彼の直接の上司であるメキシコ副王 ベラスコに提出され、その後、本国スペインに送られたと思われます。この亡王 フェリッペ二世宛の報告書を受け取った副王は、ビベロ伯爵の勇気をたたえた事でしょう。
ちなみにこの副王 ベラスコは、ビベロ伯爵の叔父でありました。この叔父は、メキシコ生まれのスペイン人(クリオージョ=Criolloと言います)として、初のメキシコ副王となった人物で、甥のビベロ伯爵もクリオージョ(Criollo)でありました。
もしかするとビベロ伯爵の報告書は、スペイン貴族二世の、スペイン貴族一世に対する挑戦状ではなかったのでしょうか。昔のスペインの貴族一世は、古い体質のスペイン本国では不可能な夢を実現するために新大陸 メキシコにやって来た、スペイン貴族二世はその夢を実現させ、本国に勝利したのです。

その7につづきます(残り少なくなりました)。 どうぞお楽しみに!!!


(この記事は、メキシコ国立自治大学 教授 田中都紀代様がご寄稿くださいました)
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