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- イア(サントリーニ島)
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エリア:
- ヨーロッパ>ギリシャ>サントリーニ島
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 ビーチ・島
- 投稿日:2010/08/03 10:08
- コメント(0)
サントリーニ島を象徴する青いドームの教会は、島の各地で見られますが、最も有名なのは、やはり三日月型の形をしたサントリーニ島の北端に位置するイア(Oia)の町でしょう。よくユーラシア旅行社のパンフレットやインターネット上でも紹介している青いドームと紺碧のエーゲ海の写真のほとんどがこのイアで撮影されています。

島の西側のほぼ中央に白い家並みが並んでいる地帯が島の中心であるフィラ(Fira)、そこから海沿いに北上した島の一番北に位置し、南側に向いた白い家並みが並んでいる一帯がイア(Oia)です。町の入口から大聖堂がある広場まで登ると、後はほとんど一本道で町を歩きぬけます。途中左右に小道が延びていますが、もし時間があれば、是非小道にも足を伸ばしてみて下さい。特に海側に伸びる小道は、数歩歩きこんだだけでも、絵になるフォトジェニックな風景がたくさん広がっています。どの小道もまた違った角度で断崖の上に佇むイアの町が眺められて、シャッターを切る手を休める暇はないぐらいです。町中にはフィラ程のお店もないので、ゆっくり散策するのがお勧めです。

そして、白い家並みと青いドーム、紺碧のエーゲ海という姿と共にイアを有名にしているのが、町の裏側に沈む夕陽です。この夕陽は、世界でも五指に入ると言われていて、世界的に知られて、様々な国からこの夕陽を見に観光客が押し寄せます。フィラからイアまでの移動は車かバスで、所要時間は20〜30分です。夕陽の前後は、特に混雑しますので、帰りはともかく、行きはこの時間帯は避けた方がよろしいかと思います。特に個人旅行で行く場合は、夕陽直後のバスやタクシーはほとんど捕まりませんので、夕食を食べて帰るなり、少し時間を潰してから帰るのが望ましいです。夕陽の時間はおおまかに以下の通りです。
4〜5月、9月:19〜20時頃
6〜8月:20〜21時頃
10月上旬〜中旬:18〜19時頃
10月最終週〜11月中旬:17〜18時頃
※上記の時間帯はあくまで目安です。実際にツアー以外で個人で見に行く場合には、当該日の時刻をご確認下さい。
クルーズのツアーではなかなか時間を合わせにくいですが、島で滞在するツアーであれば、時間を調節して、夕陽を楽しむ事も出来るでしょう。イア以外のみどころも少なくありませんので時間があれば、滞在をお勧めします。
【ブログ:地中海欧羅巴くらぶより】
http://bit.ly/ayG16f

島の西側のほぼ中央に白い家並みが並んでいる地帯が島の中心であるフィラ(Fira)、そこから海沿いに北上した島の一番北に位置し、南側に向いた白い家並みが並んでいる一帯がイア(Oia)です。町の入口から大聖堂がある広場まで登ると、後はほとんど一本道で町を歩きぬけます。途中左右に小道が延びていますが、もし時間があれば、是非小道にも足を伸ばしてみて下さい。特に海側に伸びる小道は、数歩歩きこんだだけでも、絵になるフォトジェニックな風景がたくさん広がっています。どの小道もまた違った角度で断崖の上に佇むイアの町が眺められて、シャッターを切る手を休める暇はないぐらいです。町中にはフィラ程のお店もないので、ゆっくり散策するのがお勧めです。

そして、白い家並みと青いドーム、紺碧のエーゲ海という姿と共にイアを有名にしているのが、町の裏側に沈む夕陽です。この夕陽は、世界でも五指に入ると言われていて、世界的に知られて、様々な国からこの夕陽を見に観光客が押し寄せます。フィラからイアまでの移動は車かバスで、所要時間は20〜30分です。夕陽の前後は、特に混雑しますので、帰りはともかく、行きはこの時間帯は避けた方がよろしいかと思います。特に個人旅行で行く場合は、夕陽直後のバスやタクシーはほとんど捕まりませんので、夕食を食べて帰るなり、少し時間を潰してから帰るのが望ましいです。夕陽の時間はおおまかに以下の通りです。
4〜5月、9月:19〜20時頃
6〜8月:20〜21時頃
10月上旬〜中旬:18〜19時頃
10月最終週〜11月中旬:17〜18時頃
※上記の時間帯はあくまで目安です。実際にツアー以外で個人で見に行く場合には、当該日の時刻をご確認下さい。
クルーズのツアーではなかなか時間を合わせにくいですが、島で滞在するツアーであれば、時間を調節して、夕陽を楽しむ事も出来るでしょう。イア以外のみどころも少なくありませんので時間があれば、滞在をお勧めします。
【ブログ:地中海欧羅巴くらぶより】
http://bit.ly/ayG16f

- デルフィ(デルフォイ)、ギリシャ
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エリア:
- ヨーロッパ>ギリシャ>ギリシャその他の都市
- テーマ:観光地 世界遺産
- 投稿日:2010/06/08 10:47
- コメント(0)
ギリシャ中部、名峰パルナッソス(海抜2,547m)の山腹にデルフィ(デルフォイ)と呼ばれる古代ギリシャ随一の聖地があります。デルフィの聖地は音楽や芸術の神アポロンに捧げられ、ギリシャはおろか、古代地中海の様々な国から巡礼者がやってきたと言われています。その理由は主にアポロンの神託を聞くためでした。
古代ギリシャ悲劇の傑作「オイディプス」の話でデルフィの神託は重要な役割を担っています。また、実世界においてもアレクサンドロス(アレキサンダー)大王を始め、数多くの古代の著名人がこの地を訪れました。ペルシャ戦争においてテルモピュレの防衛線(スパルタ王レオニダスの憤死。映画「300」の舞台)が破られ、追い詰められたアテネもデルフィの神託によって海で戦う道を選び、結果としてサラミスの海戦で強大なペルシャを打ち破る事に成功しました。礼拝者が多いので、デルフィには各地のポリス(都市)が宝庫と呼ばれる出張所のような役割を果たしていた建物を参道沿いに建てた程でした。
そんなデルフィもローマ帝国台頭後のギリシャの衰退やキリスト教の登場で聖地としての地位を失い、次第に打ち捨てられてゆきました。
それから約二千年の時が過ぎましたが、幸いこの一帯は近代化の波に飲まれる事もなく、今日のデルフィの遺跡は、二千年前とそう変わらないであろう風景に囲まれて静かにパルナッソス山の山腹に佇んでいます。
遺跡の入り口から各都市の宝庫が並ぶ参道を抜けて行くと、かつて神託が行われていたアポロンの聖域があります。かつてこの場所でお香を焚き、特別な存在であったデルフィの巫女達がそのお香を吸って一種のトランス状態になって奇声を上げ、祭祀がその言葉を訳して参拝者に伝えたと言われています。焚かれていたお香は現代では一種の麻薬のような物であったのでしょう。
このアポロンの聖域のすぐ上には、今日でも立派に残る劇場があり、かつては芸術の神アポロンに捧げた舞台芸術が行われていました。この劇場の位置からはアポロンの聖域と遺跡の下の谷のパノラマが絶景です。また、この劇場からさらに登って行くと、古代競技場の跡があります。オリンピックの語源となったオリンピア程有名ではありませんが、古代ギリシャではオリンピアと並んで四大オリンピックの一つに数えられ、オリンピアの競技場よりも幾分か修復されているので、かつての姿が想像しやすいかもしれません。
【ブログ:地中海欧羅巴くらぶより】http://bit.ly/ayG16f
古代ギリシャ悲劇の傑作「オイディプス」の話でデルフィの神託は重要な役割を担っています。また、実世界においてもアレクサンドロス(アレキサンダー)大王を始め、数多くの古代の著名人がこの地を訪れました。ペルシャ戦争においてテルモピュレの防衛線(スパルタ王レオニダスの憤死。映画「300」の舞台)が破られ、追い詰められたアテネもデルフィの神託によって海で戦う道を選び、結果としてサラミスの海戦で強大なペルシャを打ち破る事に成功しました。礼拝者が多いので、デルフィには各地のポリス(都市)が宝庫と呼ばれる出張所のような役割を果たしていた建物を参道沿いに建てた程でした。
そんなデルフィもローマ帝国台頭後のギリシャの衰退やキリスト教の登場で聖地としての地位を失い、次第に打ち捨てられてゆきました。
それから約二千年の時が過ぎましたが、幸いこの一帯は近代化の波に飲まれる事もなく、今日のデルフィの遺跡は、二千年前とそう変わらないであろう風景に囲まれて静かにパルナッソス山の山腹に佇んでいます。
遺跡の入り口から各都市の宝庫が並ぶ参道を抜けて行くと、かつて神託が行われていたアポロンの聖域があります。かつてこの場所でお香を焚き、特別な存在であったデルフィの巫女達がそのお香を吸って一種のトランス状態になって奇声を上げ、祭祀がその言葉を訳して参拝者に伝えたと言われています。焚かれていたお香は現代では一種の麻薬のような物であったのでしょう。
このアポロンの聖域のすぐ上には、今日でも立派に残る劇場があり、かつては芸術の神アポロンに捧げた舞台芸術が行われていました。この劇場の位置からはアポロンの聖域と遺跡の下の谷のパノラマが絶景です。また、この劇場からさらに登って行くと、古代競技場の跡があります。オリンピックの語源となったオリンピア程有名ではありませんが、古代ギリシャではオリンピアと並んで四大オリンピックの一つに数えられ、オリンピアの競技場よりも幾分か修復されているので、かつての姿が想像しやすいかもしれません。
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- タグ:
- ギリシャ
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