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- 南極への船旅〜船内生活〜
-
エリア:
- 北極・南極>南極>南極その他の都市
- テーマ:クルーズ その他 自然・植物
- 投稿日:2011/04/21 20:56
- コメント(0)
お待たせいたしました。南極クルーズ日記、第二弾です。
前回は出発までのワクワク感とか期待感が溢れている内容でした。本日は乗船後の感動を読めるかと思います。
ではどうそ!
「さて、南極への船旅二回目の本日は、船内ライフについて、ご紹介いたしましょう。 南極への旅は冒険旅行です。もちろん大型クルーズ船で巡るカリブ海や地中海クルーズとは全くの別物です。けれども、南極という極地への旅との心構えを持ってご参加頂いたお客様からのご感想は決まって「南極への船がこんなに快適で、整っているなんて驚きです」というものなのです」
確かに!最近は高級な小型船が南極仕様の船となっているものが多いのです。
「まず、船内の楽しみと言えば、やはりお食事。今回、ディナーは毎回スリーコースメニュー。もちろん前菜からメイン、デザートと全てお選び頂き、スタッフがお持ちします。朝食や昼食でも、船内で焼き上げた出来立てのパンやデザートがずらりと並びます。そして忘れてはいけないのが、チャーター船だから実現できる日本人シェフの存在です。朝はお粥から、昼はおそば、夜はお寿司といつもメインのコースメニューに加えて日本の味を日替わりでお届けします。これには、日本の味が恋しくなるお客様から大好評でした」
船はバラエティ豊かとはいえ、やはり和食が恋しくなります。最近の船では和食(主にお寿司)の レストランが入っているクルーズ船も増えましたが、まだまだ少数派感は否めません。
気兼ねなく和の味も楽しめるのはチャーター船ならでは。何日間も共に過ごすシェフも、皆様にお楽しみいただけるよう、かなり頑張っているのでしょう。
さてこの後は南極クルーズならではのお話のようです。
「船内エンターテイメントも、やはり気になるところでしょう。ここが、南極への船旅と超大型船がメインの通常のクルーズと異なる点になるかもしれません。通常のクルーズでは、クラブあり、劇場あり、映画館あり、バーありとショッピングモールありと毎日どこに行こうか迷うほどですが、南極旅行では全くこの迷いがありません。代わりに、南極を訪れる皆様の知的好奇心を刺激し、満たす企画が目白押しです。そもそも南極探検という特別な目的の旅ですから、船内のプログラムは全てこの南極を知ることに焦点を当てています。目玉は、毎日開催される豪華スタッフによる南極講座です。南極ツアーを支えるスタッフは世界中から集まった専門家ばかり。今回も、フランスの研究機関で働くペンギン先生こと加藤先生の昭和基地での南極滞在記を始め、海洋ほ乳類、気象学、地質学などが専門の講師の方々の講義は大人気でした」
南極クルーズのいいところは、その場で南極の素晴らしさを専門スタッフに最新情報を教えてもらえることです。
これを、チャーター船ですと全て日本語で行われる(もしくはほぼ同時通訳)となりますからなかなか贅沢です。
「実際に南極に着いてしまえば、お天気さえ良ければ午前と午後の二回は、上陸や氷山クルーズなどの船外活動がありますし、クジラなどの貴重な動物が現れると船内放送がかかり、甲板に走ることになるので、船内で暇を持て余すということはほとんどないのが本当のところなのです。もちろん南極講座などは希望者のみの参加ですから、たまにはバーが併設されているラウンジで、ゆったりとアフタヌーン・ティーを楽しむのも気持ちが良いものです。旅先で知り合った仲間同士で、その日撮影した写真を見せ合ったり、世界中の観光地の話に花が咲いている光景に何度も出会いました。こうして、南極での船旅では船内の時間はあっという間に過ぎてゆきます」
私の南極クルーズでは常にカメラ、そして上着を持っていました。(写真の黄色い防寒服「パルカ」みたいなもの)
甲板に出ると海鳥や美しい氷河やら、素晴らしい景色が満載だからです。
「さて、次回最終回は、南極への船旅のハイライトである上陸などの船外活動についてご紹介致しましょう」
というわけで3回目も楽しみですね。
前回は出発までのワクワク感とか期待感が溢れている内容でした。本日は乗船後の感動を読めるかと思います。
ではどうそ!
「さて、南極への船旅二回目の本日は、船内ライフについて、ご紹介いたしましょう。 南極への旅は冒険旅行です。もちろん大型クルーズ船で巡るカリブ海や地中海クルーズとは全くの別物です。けれども、南極という極地への旅との心構えを持ってご参加頂いたお客様からのご感想は決まって「南極への船がこんなに快適で、整っているなんて驚きです」というものなのです」
確かに!最近は高級な小型船が南極仕様の船となっているものが多いのです。
「まず、船内の楽しみと言えば、やはりお食事。今回、ディナーは毎回スリーコースメニュー。もちろん前菜からメイン、デザートと全てお選び頂き、スタッフがお持ちします。朝食や昼食でも、船内で焼き上げた出来立てのパンやデザートがずらりと並びます。そして忘れてはいけないのが、チャーター船だから実現できる日本人シェフの存在です。朝はお粥から、昼はおそば、夜はお寿司といつもメインのコースメニューに加えて日本の味を日替わりでお届けします。これには、日本の味が恋しくなるお客様から大好評でした」
船はバラエティ豊かとはいえ、やはり和食が恋しくなります。最近の船では和食(主にお寿司)の レストランが入っているクルーズ船も増えましたが、まだまだ少数派感は否めません。
気兼ねなく和の味も楽しめるのはチャーター船ならでは。何日間も共に過ごすシェフも、皆様にお楽しみいただけるよう、かなり頑張っているのでしょう。
さてこの後は南極クルーズならではのお話のようです。
「船内エンターテイメントも、やはり気になるところでしょう。ここが、南極への船旅と超大型船がメインの通常のクルーズと異なる点になるかもしれません。通常のクルーズでは、クラブあり、劇場あり、映画館あり、バーありとショッピングモールありと毎日どこに行こうか迷うほどですが、南極旅行では全くこの迷いがありません。代わりに、南極を訪れる皆様の知的好奇心を刺激し、満たす企画が目白押しです。そもそも南極探検という特別な目的の旅ですから、船内のプログラムは全てこの南極を知ることに焦点を当てています。目玉は、毎日開催される豪華スタッフによる南極講座です。南極ツアーを支えるスタッフは世界中から集まった専門家ばかり。今回も、フランスの研究機関で働くペンギン先生こと加藤先生の昭和基地での南極滞在記を始め、海洋ほ乳類、気象学、地質学などが専門の講師の方々の講義は大人気でした」
南極クルーズのいいところは、その場で南極の素晴らしさを専門スタッフに最新情報を教えてもらえることです。
これを、チャーター船ですと全て日本語で行われる(もしくはほぼ同時通訳)となりますからなかなか贅沢です。
「実際に南極に着いてしまえば、お天気さえ良ければ午前と午後の二回は、上陸や氷山クルーズなどの船外活動がありますし、クジラなどの貴重な動物が現れると船内放送がかかり、甲板に走ることになるので、船内で暇を持て余すということはほとんどないのが本当のところなのです。もちろん南極講座などは希望者のみの参加ですから、たまにはバーが併設されているラウンジで、ゆったりとアフタヌーン・ティーを楽しむのも気持ちが良いものです。旅先で知り合った仲間同士で、その日撮影した写真を見せ合ったり、世界中の観光地の話に花が咲いている光景に何度も出会いました。こうして、南極での船旅では船内の時間はあっという間に過ぎてゆきます」
私の南極クルーズでは常にカメラ、そして上着を持っていました。(写真の黄色い防寒服「パルカ」みたいなもの)
甲板に出ると海鳥や美しい氷河やら、素晴らしい景色が満載だからです。
「さて、次回最終回は、南極への船旅のハイライトである上陸などの船外活動についてご紹介致しましょう」
というわけで3回目も楽しみですね。
- 南極への船旅(ワクワク出発編)
-
エリア:
- 北極・南極>南極>南極その他の都市
- テーマ:クルーズ その他 自然・植物
- 投稿日:2011/04/14 10:50
- コメント(0)
桜も咲き、葉桜になり始め、寒さからも脱したような陽気です。
寒かった冬の日が懐かしく感じられる?ように、そして、来年の冬のために、今年の一月、の南極クルーズの添乗員さんに想い出を語って頂きました。
「今年もユーラシアの「南極への船旅」が催行されました。
「南極」という言葉の響き。
その音の広がりの中に、いくつもの疑問や好奇心が生まれきます。
そもそも、南極にツアーなどで行けるのかな。
冒険家とまではいかなくても、一部の強靭な体力の持ち主のみに許された世界ではないのかな。
一体、南極に行き帰ってくるまでに、どれほど大変な目にあうのだろう。
いや、そもそも南極にまで行って、一体何が見られるの?
今回は、上記のような疑問に答えながら、究極の船旅とも言える南極ツアーの面白みを、思い出の場面を通して紹介していきたいと思います」
なかなか、期待を持たせる導入ですね。 ちなみに私も初めて南極クルーズへ行ったとき、やっぱりどきどきしたものです。
「それは日本を発って5日目のことでした。甲板に出てみると深いブルーの大海原の向こうに、うっすらと陸地が見えました。それはスミス島という島の一部だと、後で、スタッフが毎日地図上に書き込んでくれる航路で知った訳ですが、終に荒海ドレーク海峡を越え、私達は南極に到達したのです」
おぉ。。。良かった。ドレーク海峡の揺れはどんなものだったかはちょっと、気になりますが…。
「夏とはいえ、0℃近くまで気温が下がる南極海の風はまだまだ冷たく、白い息を吐きながら、近くにいたお客様や私は、これから始まるであろう南極での冒険に胸が高鳴っていたのです。
南極への船旅の醍醐味は、一つは間違いなくこの南極に至るまでのワクワク感です。旅は南極への船旅にお申し込み頂いたその日から始まります。南極の気候はどうだろう。クジラやペンギンに会えるかな。どんな服装がいるのかな。船酔いは大丈夫かな。などなど、期待と不安が入り交じった思いにきっと皆様がなるでしょう。もちろん、現地の気候や服装、持ち物はもちろん南極探検の歴史や自然についても、少し読むのに苦労するくらい資料をご用意致しますので、ご安心下さい」
この気持ちはわかります。確かに南極へ行くと決まったとたんに、そわそわしました。
意味もなく?ペンギンの生態を調べたり、「南極」と書かれた本を片っ端から手に取ったり。
いろいろなことをしたものです。
「そして、いざ日本を出発! 今回は成田からアメリカのアトランタで乗り継ぎ、一 路アルゼンチンのブエノスアイレスへ。そして国内線にて、「世界最南端の町」とも言われるウシュアイアへ向かいます。この港町が、私達の南極探検船の基地になるのです。港に停泊する私達の南極耐氷船「シースピリット」を見たときの興奮もまた、このツアー参加者全員に共通したものに違いないのです。フレンドリーな船内スタッフに迎えられ、無事乗船手続きを終えて乗船カードを首に下げたら、いよいよ南極への紅海が始まります。
さて、次回は気になる南極への船旅の船内ライフをご紹介したいと思います」
なんだか出発前のワクワク感がとても感じられました。
次回も楽しみです!
寒かった冬の日が懐かしく感じられる?ように、そして、来年の冬のために、今年の一月、の南極クルーズの添乗員さんに想い出を語って頂きました。
「今年もユーラシアの「南極への船旅」が催行されました。
「南極」という言葉の響き。
その音の広がりの中に、いくつもの疑問や好奇心が生まれきます。
そもそも、南極にツアーなどで行けるのかな。
冒険家とまではいかなくても、一部の強靭な体力の持ち主のみに許された世界ではないのかな。
一体、南極に行き帰ってくるまでに、どれほど大変な目にあうのだろう。
いや、そもそも南極にまで行って、一体何が見られるの?
今回は、上記のような疑問に答えながら、究極の船旅とも言える南極ツアーの面白みを、思い出の場面を通して紹介していきたいと思います」
なかなか、期待を持たせる導入ですね。 ちなみに私も初めて南極クルーズへ行ったとき、やっぱりどきどきしたものです。
「それは日本を発って5日目のことでした。甲板に出てみると深いブルーの大海原の向こうに、うっすらと陸地が見えました。それはスミス島という島の一部だと、後で、スタッフが毎日地図上に書き込んでくれる航路で知った訳ですが、終に荒海ドレーク海峡を越え、私達は南極に到達したのです」
おぉ。。。良かった。ドレーク海峡の揺れはどんなものだったかはちょっと、気になりますが…。
「夏とはいえ、0℃近くまで気温が下がる南極海の風はまだまだ冷たく、白い息を吐きながら、近くにいたお客様や私は、これから始まるであろう南極での冒険に胸が高鳴っていたのです。
南極への船旅の醍醐味は、一つは間違いなくこの南極に至るまでのワクワク感です。旅は南極への船旅にお申し込み頂いたその日から始まります。南極の気候はどうだろう。クジラやペンギンに会えるかな。どんな服装がいるのかな。船酔いは大丈夫かな。などなど、期待と不安が入り交じった思いにきっと皆様がなるでしょう。もちろん、現地の気候や服装、持ち物はもちろん南極探検の歴史や自然についても、少し読むのに苦労するくらい資料をご用意致しますので、ご安心下さい」
この気持ちはわかります。確かに南極へ行くと決まったとたんに、そわそわしました。
意味もなく?ペンギンの生態を調べたり、「南極」と書かれた本を片っ端から手に取ったり。
いろいろなことをしたものです。
「そして、いざ日本を出発! 今回は成田からアメリカのアトランタで乗り継ぎ、一 路アルゼンチンのブエノスアイレスへ。そして国内線にて、「世界最南端の町」とも言われるウシュアイアへ向かいます。この港町が、私達の南極探検船の基地になるのです。港に停泊する私達の南極耐氷船「シースピリット」を見たときの興奮もまた、このツアー参加者全員に共通したものに違いないのです。フレンドリーな船内スタッフに迎えられ、無事乗船手続きを終えて乗船カードを首に下げたら、いよいよ南極への紅海が始まります。
さて、次回は気になる南極への船旅の船内ライフをご紹介したいと思います」
なんだか出発前のワクワク感がとても感じられました。
次回も楽しみです!
- 新造船の魅力とは?〜アラビアンクルーズの場合〜
-
エリア:
- 中近東>バーレーン>バーレーン
- 中近東>アラブ首長国連邦>ドバイ
- 中近東>オマーン>マスカット
- テーマ:街中・建物・景色 クルーズ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2011/03/10 22:28
- コメント(0)
さて先日、アラビアンクルーズから添乗員さんが帰国しました。
1-2月はアラビア半島が観光に最も適した季節。ただ、アラビア半島はお金持ちの方用の高級リゾートが売りの宿泊施設が多いのが難点?といえるかもしれません。
と、言うわけで、帰国した添乗員さんからツアーの感想を頂きました。
「船旅はゆったりしていて良かったです。何よりも荷物の移動もなくてラクラクでした。
今回乗船した船は、イタリアの大手クルーズ会社、コスタ・クルーズの新造船、コスタ・デリチョーザでした。さすが2011年の新造船、大きさも内装の美しさも素晴らしかったです。新造船マニアという方がいるようで、そういう方は毎年、各クルーズ会社の新造船をチェックして乗船しているようです。
さてそんな中で一番面白かったのは、年々グレードアップする、シアターでの中国人4人娘のショーです。
高い一輪車に乗ったまま、足に乗せたお皿をひょいと頭の上に次々のせていったりするシーンは、見ているこちらのほうがハラハラドキドキしました。世界中の人が皆楽しむのに言葉はいらないですね。
そして、今回は利用出来ず残念でしたが、サムサラスパでのアーユルベーダや マッサージは、ぜひとも試してみたい、と思えました。スパエリア内の色や、香りなど、全体の雰囲気がアジアンスパを彷彿とさせました。
ちょっと残念だったのは、お店がやや少なかったことです。乗船前は、そんなにお店はいらないって思ってしまうのに、ついついのぞきたくなってしまうのです。
もちろん免税店なので、停泊中開かないのは仕方ないのですが、いつでも見られたらとても便利なのに、と思ってしまいました。
今回はアラビア半島を巡るコースで、イタリアンな船内から一歩でると、エキゾチックな香りが漂う寄港地で、この差が毎回新鮮な気分になれてすごく良かったです。
時に気に入ったのは、オマーンのマスカットです。穏やかな感じで、モスクの庭にも花がたくさんさいていて、街中もきれいに掃除されていて、とても感じがよかったです。
次回はぜひ、カリブ海の島々へご案内したいと思います。島と島の移動は飛行機を使うより、クルーズで行くほうが便利でアクセスもいいので。
そして終日航海日が一日くらい欲しいです。せっかくなので、サロンがあればですが、ネイルアートなど、試してみたいと思います。そして、将来的には、(今は禁止されていると思いますが)、デッキで魚釣りできたら楽しいだろうなーって思ってしまいました」
船内での生活や観光をお客様と一緒に楽しめたようで何よりです。
船内設備はどんどん進化しているので、将来的には「釣り」が出来るクルーズ船って本当に生まれるかもしれません。マグロ一本釣りとか…船内で調理してもらうなんていいですよね〜。
添乗員さん、感想ありがとうございました。
1-2月はアラビア半島が観光に最も適した季節。ただ、アラビア半島はお金持ちの方用の高級リゾートが売りの宿泊施設が多いのが難点?といえるかもしれません。
と、言うわけで、帰国した添乗員さんからツアーの感想を頂きました。
「船旅はゆったりしていて良かったです。何よりも荷物の移動もなくてラクラクでした。
今回乗船した船は、イタリアの大手クルーズ会社、コスタ・クルーズの新造船、コスタ・デリチョーザでした。さすが2011年の新造船、大きさも内装の美しさも素晴らしかったです。新造船マニアという方がいるようで、そういう方は毎年、各クルーズ会社の新造船をチェックして乗船しているようです。
さてそんな中で一番面白かったのは、年々グレードアップする、シアターでの中国人4人娘のショーです。
高い一輪車に乗ったまま、足に乗せたお皿をひょいと頭の上に次々のせていったりするシーンは、見ているこちらのほうがハラハラドキドキしました。世界中の人が皆楽しむのに言葉はいらないですね。
そして、今回は利用出来ず残念でしたが、サムサラスパでのアーユルベーダや マッサージは、ぜひとも試してみたい、と思えました。スパエリア内の色や、香りなど、全体の雰囲気がアジアンスパを彷彿とさせました。
ちょっと残念だったのは、お店がやや少なかったことです。乗船前は、そんなにお店はいらないって思ってしまうのに、ついついのぞきたくなってしまうのです。
もちろん免税店なので、停泊中開かないのは仕方ないのですが、いつでも見られたらとても便利なのに、と思ってしまいました。
今回はアラビア半島を巡るコースで、イタリアンな船内から一歩でると、エキゾチックな香りが漂う寄港地で、この差が毎回新鮮な気分になれてすごく良かったです。
時に気に入ったのは、オマーンのマスカットです。穏やかな感じで、モスクの庭にも花がたくさんさいていて、街中もきれいに掃除されていて、とても感じがよかったです。
次回はぜひ、カリブ海の島々へご案内したいと思います。島と島の移動は飛行機を使うより、クルーズで行くほうが便利でアクセスもいいので。
そして終日航海日が一日くらい欲しいです。せっかくなので、サロンがあればですが、ネイルアートなど、試してみたいと思います。そして、将来的には、(今は禁止されていると思いますが)、デッキで魚釣りできたら楽しいだろうなーって思ってしまいました」
船内での生活や観光をお客様と一緒に楽しめたようで何よりです。
船内設備はどんどん進化しているので、将来的には「釣り」が出来るクルーズ船って本当に生まれるかもしれません。マグロ一本釣りとか…船内で調理してもらうなんていいですよね〜。
添乗員さん、感想ありがとうございました。
- 海を渡った謎多き文明〜ドーラビーラー
-
エリア:
- アジア>インド>インドその他の都市
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2011/03/04 16:38
- コメント(0)
先日、西インドにあるインダス文明の遺跡ドーラビーラーへ訪れるツアーへ行ってまいりました。
歴史の教科書の一番最初に出てくる、いわゆる4大文明の一つのインダス文明。直ぐに思い浮かぶ遺跡の名前は「モヘンジョ・ダロ」や「ハラッパー」ですが、インダス文明は大変広い領域に多くの都市が点在していたようです。
現在、西インドはグジャラート州に残るインダス文明の都市遺跡はまさにそんな都市の一つだったようです。
遺跡に一番近い街、ブジからバスで約5時間(もちろん休憩も入れて)。
眼前に真っ白な平原が広がりました。
雲ひとつない青い空の下でキラキラ輝いています。このあたりは湿地帯で、7月くらいになると雨などの影響でまるで海のようになるそうです。今は乾いているため、塩の平原が続いていますが、少し掘ってみるともう水が見えました。
今から約4000年前〜3000年前、このあたりは浅瀬の海だったのだとか。
私達がこれから向かうドーラビーラーはそんな浅瀬の海に囲まれた、島にある都市だったのかもしれません。
塩の平原を抜けてようやっと遺跡へ到着。
いよいよ謎のインダス文明の遺跡が私達の前に姿を現します。
眼前にまず大きなくぼみと石段が見えてきます。
城門の前の大きな貯水池のあとです。
まるで島のように、周りを浅瀬の海で囲まれていたと想像されるドーラビーラーでは塩分のない水の確保はとても大事なことだったのでしょう。
城門をはいって真っ先に見たのはやはり水利システムです。
城内に引き込んだ水が腐らないように、風を通して、人が掃除できるようになっていたそうです。
いま表に出ているのは紀元前1500年位前の遺構だそうです。石組みがいくつも続くのは恐らく住居跡でしょう、との事。
ぽつんと石臼がおいてあり、この地方の村人が今も使っているものとよく似ていて、ドーラビーラー遺跡で過去に生活していた人々の姿がなんとなく思い浮かびました。
日陰もなく、訪れる人も殆どない、少々忘れられた感のある遺跡ですが、インダス文明を解明する重要な手がかりの発見されたところとあって、案内の係りの人は少々誇らしげ。
「インド人のいまの生活に根付く、牛を聖なる動物として崇めることなどは、まさにこのインダス文明から続いているのだ、ほら、看板の下のマークを良く見て。この牛のマークの印章は、まさにこの遺跡から見つかったものなんだ。恐らく何かしらの契約などに使用したと思われるけど、大切な約束事に使用したんだから、牛はやっぱり聖なる動物だったんだよ」
それに、ここからはインダス文字が10文字も書かれた看板が北門からも見つかっているし、インダス文明の謎を解く鍵が沢山埋まっているのだ。
と、教えてくれました。
はるか昔のドーラビーラーの人々の生活が少し垣間見えるような、そんな気がしました。
いまはインドの西の端っこ、パキスタンとの国境にある遺跡ですが、古代文明の謎が一杯詰まった宝箱のようなところです。
次来るときにはどんな新しい発見が、私たちに古代の生活の一端を伝えてくれるのでしょう。
よろしければこちらもご覧下さい。
歴史の教科書の一番最初に出てくる、いわゆる4大文明の一つのインダス文明。直ぐに思い浮かぶ遺跡の名前は「モヘンジョ・ダロ」や「ハラッパー」ですが、インダス文明は大変広い領域に多くの都市が点在していたようです。
現在、西インドはグジャラート州に残るインダス文明の都市遺跡はまさにそんな都市の一つだったようです。
遺跡に一番近い街、ブジからバスで約5時間(もちろん休憩も入れて)。
眼前に真っ白な平原が広がりました。
雲ひとつない青い空の下でキラキラ輝いています。このあたりは湿地帯で、7月くらいになると雨などの影響でまるで海のようになるそうです。今は乾いているため、塩の平原が続いていますが、少し掘ってみるともう水が見えました。
今から約4000年前〜3000年前、このあたりは浅瀬の海だったのだとか。
私達がこれから向かうドーラビーラーはそんな浅瀬の海に囲まれた、島にある都市だったのかもしれません。
塩の平原を抜けてようやっと遺跡へ到着。
いよいよ謎のインダス文明の遺跡が私達の前に姿を現します。
眼前にまず大きなくぼみと石段が見えてきます。
城門の前の大きな貯水池のあとです。
まるで島のように、周りを浅瀬の海で囲まれていたと想像されるドーラビーラーでは塩分のない水の確保はとても大事なことだったのでしょう。
城門をはいって真っ先に見たのはやはり水利システムです。
城内に引き込んだ水が腐らないように、風を通して、人が掃除できるようになっていたそうです。
いま表に出ているのは紀元前1500年位前の遺構だそうです。石組みがいくつも続くのは恐らく住居跡でしょう、との事。
ぽつんと石臼がおいてあり、この地方の村人が今も使っているものとよく似ていて、ドーラビーラー遺跡で過去に生活していた人々の姿がなんとなく思い浮かびました。
日陰もなく、訪れる人も殆どない、少々忘れられた感のある遺跡ですが、インダス文明を解明する重要な手がかりの発見されたところとあって、案内の係りの人は少々誇らしげ。
「インド人のいまの生活に根付く、牛を聖なる動物として崇めることなどは、まさにこのインダス文明から続いているのだ、ほら、看板の下のマークを良く見て。この牛のマークの印章は、まさにこの遺跡から見つかったものなんだ。恐らく何かしらの契約などに使用したと思われるけど、大切な約束事に使用したんだから、牛はやっぱり聖なる動物だったんだよ」
それに、ここからはインダス文字が10文字も書かれた看板が北門からも見つかっているし、インダス文明の謎を解く鍵が沢山埋まっているのだ。
と、教えてくれました。
はるか昔のドーラビーラーの人々の生活が少し垣間見えるような、そんな気がしました。
いまはインドの西の端っこ、パキスタンとの国境にある遺跡ですが、古代文明の謎が一杯詰まった宝箱のようなところです。
次来るときにはどんな新しい発見が、私たちに古代の生活の一端を伝えてくれるのでしょう。
よろしければこちらもご覧下さい。
- インダス文明〜海へ向かったロータルの民〜
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エリア:
- アジア>インド>インドその他の都市
- テーマ:観光地 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2011/02/24 22:59
- コメント(0)
インドはクルーズの寄港地としては少々なじみが薄い場所です。
理由はいろいろあります。
国が大きい。
インドまで行くなら、そこを越えてアフリカまで向かうことが多く日数が長いコースが多いため、乗船しにくい。
それで、なんとなくクルーズ寄港地としてのインドは、ムンバイなどの一部の町を除いて、イメージにないような気がいたします。
しかし、インドはやはり大きくて深い国でした。
いずれ、リバークルーズのお話などもさせて頂きたいのですが、今回は遥か古代、アラビア海を渡ったインド人の先祖の方々のお話です。
そう、インダス文明です。
インダス文明は、世界4大文明といわれる超有名な古代文明の一つです。
恥ずかしながら私は、このあたりの古代史は少々疎く、今回、改めて本をひっくり返して付け焼刃な勉強をしたのですが、その深さを広大さに、頭がおぼれてしまいそうでした。
インダス文明とは、現代のパキスタンからインドのの西北部にかけて、インダス河といまはかれてしまったサラスヴァーティーという河の間の肥沃な土地に広がった一大文化圏だったようです。
ざっとその大きさを見ますと日本の国土よりも遥かに広い文化圏だったことがわかります。
いま、西インドで発掘されている遺跡は二つ。
今日はその一つ、ロータル遺跡の紹介です。
いまは、海まで80?ある内陸の遺跡ですが、古代は7km程しか離れておらず、町の直ぐそばを川が流れ、それを引き込んだ船着場を造っていたと考えられています。
小さな遺跡ですが、しっかりとした大きな井戸があり、その直ぐ奥には倉庫跡、さらに奥にはアクロポリス、恐らく支配者層の邸宅跡が残ります。
歴史にしてざっと3500年前の遺構です。
乾燥した日干し煉瓦の文化は素晴らしい。そんな昔の遺構がいまもしっかり残っているのだから。
よくよく見ると、細い管のような跡が。
そう、配水管です。
お手洗いやキッチンが一列並びに設けられていたようです。
そしてその後ろを配水管が通っていたのです。
もしや水洗トイレだったのでしょうか?
さらに歩を進めると、大きなバスタブのような、多分小さな浴場とアクロポリス専用の井戸が。
インダス文明は水の管理がしっかりしていた文明だったようです。
工房跡を過ぎて市場の跡に。
7km先のアラビア海から河をつたい、異国からは様々なものが入ってきたでしょう。
そして恐らく、ロータル遺跡で発見された、髪の毛の先ほどの紐通し穴の開いたビーズや紅玉のアクセサリーがアラビア海から遥かオマーンやバーレーンに輸出されたことでしょう。
なぜなら、それらの装飾品やインダス文明特有の印章とよばれる判子がアラビア半島で沢山発見されているからです。
アラビア海の荒波の中を勇敢に向かい、メソポタミア文明の民と交流を行っていたロータルやそのほかのインダス文明の民。
インドの人は今も海外に羽ばたく人が多いです(クルーズスタッフにも)
遥か古代から、彼らは世界を飛び回り最新の情報を手に入れて、より発展していったのでしょうか。
理由はいろいろあります。
国が大きい。
インドまで行くなら、そこを越えてアフリカまで向かうことが多く日数が長いコースが多いため、乗船しにくい。
それで、なんとなくクルーズ寄港地としてのインドは、ムンバイなどの一部の町を除いて、イメージにないような気がいたします。
しかし、インドはやはり大きくて深い国でした。
いずれ、リバークルーズのお話などもさせて頂きたいのですが、今回は遥か古代、アラビア海を渡ったインド人の先祖の方々のお話です。
そう、インダス文明です。
インダス文明は、世界4大文明といわれる超有名な古代文明の一つです。
恥ずかしながら私は、このあたりの古代史は少々疎く、今回、改めて本をひっくり返して付け焼刃な勉強をしたのですが、その深さを広大さに、頭がおぼれてしまいそうでした。
インダス文明とは、現代のパキスタンからインドのの西北部にかけて、インダス河といまはかれてしまったサラスヴァーティーという河の間の肥沃な土地に広がった一大文化圏だったようです。
ざっとその大きさを見ますと日本の国土よりも遥かに広い文化圏だったことがわかります。
いま、西インドで発掘されている遺跡は二つ。
今日はその一つ、ロータル遺跡の紹介です。
いまは、海まで80?ある内陸の遺跡ですが、古代は7km程しか離れておらず、町の直ぐそばを川が流れ、それを引き込んだ船着場を造っていたと考えられています。
小さな遺跡ですが、しっかりとした大きな井戸があり、その直ぐ奥には倉庫跡、さらに奥にはアクロポリス、恐らく支配者層の邸宅跡が残ります。
歴史にしてざっと3500年前の遺構です。
乾燥した日干し煉瓦の文化は素晴らしい。そんな昔の遺構がいまもしっかり残っているのだから。
よくよく見ると、細い管のような跡が。
そう、配水管です。
お手洗いやキッチンが一列並びに設けられていたようです。
そしてその後ろを配水管が通っていたのです。
もしや水洗トイレだったのでしょうか?
さらに歩を進めると、大きなバスタブのような、多分小さな浴場とアクロポリス専用の井戸が。
インダス文明は水の管理がしっかりしていた文明だったようです。
工房跡を過ぎて市場の跡に。
7km先のアラビア海から河をつたい、異国からは様々なものが入ってきたでしょう。
そして恐らく、ロータル遺跡で発見された、髪の毛の先ほどの紐通し穴の開いたビーズや紅玉のアクセサリーがアラビア海から遥かオマーンやバーレーンに輸出されたことでしょう。
なぜなら、それらの装飾品やインダス文明特有の印章とよばれる判子がアラビア半島で沢山発見されているからです。
アラビア海の荒波の中を勇敢に向かい、メソポタミア文明の民と交流を行っていたロータルやそのほかのインダス文明の民。
インドの人は今も海外に羽ばたく人が多いです(クルーズスタッフにも)
遥か古代から、彼らは世界を飛び回り最新の情報を手に入れて、より発展していったのでしょうか。
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