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先日、観光協会関連の集まりがあり、暇があったので参加することにした。初めての参加だった。
将来は南仏を専門とするカリスマガイドになりたい!などというビッグな野望を抱いているにも関わらず、実際のところ、この地の観光に関する私の知識はさほど高くはない・・・というのが嘆かわしい現実だ。
勉強してはいるものの、人様にお金を頂いて、あれこれ講釈するほどのレベルにはまだ達していない。現時点では、請うご期待・・・というところだろうか・・。
とまあ、こんな私でもジョインできる開けた集まりではあるのだが、来年はマルセイユが欧州の文化都市となる年でもあるので、少々気合が入っているようだった。
観光客誘致に限らず、グローバルな規模のコンフェレンスやプロジェクトの誘致にも力を入れており、歴史遺産の管理や都市の景観保護は勿論のこと、大規模な催し物をホストできる設備管理などにも余念がない。
そして、なんといっても喫緊の対策が必要とされるのは、市内の治安維持であろう。
悲しいかな、マルセイユはフランスで最も犯罪率が高い都市として名高い・・・。郊外はもちろんのこと、市内でも低所得者層や移民が多く住む地区ではほぼ毎日のように犯罪が多発しており、これら地域への立ち入りを避けることは市民の間で暗黙の了解となっている。
人づてに聞いた話によると、マルセイユは90年代前半に開催されたワールドカップだかを契機に、南仏を対象とする観光コースから外されたとのことだ。
フーリガンのごときサッカー狂が街をたむろし、所構わず、昼日中でも通行人に対して暴行や窃盗を働くケースが多発したことが原因だという。こんな危険な都市には近寄らまい・・・と多くの観光会社がマルセイユを避けるようになった。
日本の観光会社が斡旋している南仏ツアーのパンフレットを幾つか見たが、確かに、これらのどれにもマルセイユは入っていない・・・。
ほとんどの会社が同様のコースを斡旋している。まずパリからニースに入り、カンヌ、モンテカルロ、(マルセイユを素通りして)エクス・アン・プロヴァンス、アヴィニヨン、アルル、(時々ロワール)、パリの順で巡る。
私はこのコースを見て、うーん・・・と唸ってしまった。世界遺産レベルの名所を汲まなく押さえ、南仏の名所を効率的に巡ることができるようになっている。名所好きな日本人には、こういうコースでないとアピールできないのかもしれない。
そうなると、たとえ90年代の災難がなかったとしても、日程にマルセイユを入れることは無理があるな・・と思った。
まず何よりも、日本人にアピールするような名所が見当たらない・・・。
確かに、フランス最古の都市だけあって、遺産であればそこかしこにゴロゴロしている。しかし、これらのどれも、目の肥えた、しかも「名だたる」とか「世界に知られた」などの形容詞が大好きな日本人が遠路遥々日本からやってきて見物したいと思うような代物ではない。少なくとも、相当な南仏マニアかマルセイユ狂でもない限り、魅力を感じることはないだろう。
では、都市の景観はどうかというと、これもまた改善の余地が多いにありすぎて、遠路遥々やってくる観光客に大手を振って薦められるようなものではない。美しい街の景観なら、ヘキサゴンを縦断してわざわざマルセイユまで足を運ばずとも、パリで十分に堪能できる。
グルメに関しても、リヨンのように独自のキュウリナリーを育んできた歴史がないため、マルセイユを代表するキュウリナリーというものは存在しない。あえて言えば、ブイヤベースなど単品ベースであるぐらいだ。あとは、地中海地域に溢れる料理をマルセイユ流に二番煎じしたものぐらいだろう。
というように、観光客を惹き付けるための「いわゆる」ネタに乏しいことこの上ない。
上記のような実態を十分に把握しているからなのか、現時点では、観光客の誘致は後回しにされ、研究、ビジネス、国際会議の誘致のほうにプライオリティが置かれているようだ。そして、そのついでに観光でもしてもらおうという腹積もりらしい。まあ、これはこれで都市の開発戦略としてありえるのかなと思ったりする。
マルセイユはには港湾関連のビジネスを中心とする商業都市としてのアイデンティティが中心にあり、ゆえに、それを基にして研究開発やビジネスを世界各地から幅広く募り、発展の裾野を広げたいと考えているのかもしれない。
ただ、マルセイユは最もビジネスをするのが難しい都市だとも言われている。多くの人がこの言葉を口にするが、理由をはっきりさせることはない。多くは、風土柄、人が怠け者になり、仕事がなかなか捗らないからだと言う。
私は、確かに風土柄もあるのだろうが、ビーチなどを中心に観光産業も充実していることから、観光地に特有の「表面的」なメンタリティが人の心を支配し、本腰を入れてまじめに働く気概を阻害しているからではないかと思ったりする。
海辺などの観光地では人と人の出会いが一過性のものであることが多い。そのようななかで評価されるのは、束の間の現実逃避を演出できる能力ではないだろうか。そこに、真実とか実質といったものは関係ない。花火のように一瞬でパーッと光り輝き、全てを忘れて天にも昇る恍惚した気持ちにさせてくれる自己プレゼンテーションができれば、それで十分なのだ。
このように「その場限りの一発屋」的な能力が磨かれるに従い、現実感が希薄となり、周囲との信頼に基づく長期的な関係構築が難しくなる。おのずと、長期に渡って信頼したり、仕事にしっかりコミットしてくれる人材がマルセイユで手薄となるのも理解できる。
ここに、アフリカ・アラブ諸国からのやってきた無職の移民が加わり、状況を更に悪化させる。
ステレオタイプを作るのは危険だといわれるが、私は、それでもステレオタイプが何がしかの真実を伝えるものだと確信している。
アジア系移民と比較して、全体としてアフリカ・アラブ系の労働への意欲は高くない。アジア人はハード・ワークによって生活の向上を図ることを当然視する。自助努力、ハード・ワークこそが、成功へと導く王道なのだ。
しかし、アフリカ・アラブ系の人々には、上記のようなアジア人の人生観といったものは無縁だ。ハード・ワークなんて、彼らの辞書には存在しないかのごとく。まあ、アラーが全てを決定するから、自分で積極的に人生に関与する必要はないとでも思っているのかもしれないが・・・・。
そして、このような状態をそこかしこで目にする市民は、時間が経つにつれてまじめに働くことが馬鹿馬鹿しく思えてくるのだろう。必死で10の努力しても、3ぐらいの見返りしかないなら、しかも、周囲に足を引っ張られることが原因で成功が遠のくぐらいなら、何もしないのがベストだと判断しても仕方がないだろう。しかも、苦しい思いをして小金を稼いでも、ほとんどが税金で取られるなら、なお更やる気が失せる。
助努力によって立身出世を志す人間の気概と努力を妨げる制度と文化が平然と機能しているのがフランスで、その最たる例がマルセイユだということだろう。
議論を聞いていて、私は大変もどかしい気持ちに襲われた。誘致したい気持ちは分かるが、これだけ多くの障害物があるなかで、果たして実現することができるのか・・・・。
幾ら、周辺設備を完備し、その素晴らしさを宣伝で謳ったところで、現場で物事が非効率にしか進まず、しかも税金などの制度問題が大きな足枷となるならば、まず誘致に成功することはないだろう。
世界には、グローバル・スタンダードに則り、ビジネスや研究を行うのに望ましい条件を各種備えた都市が五万と存在する。そんな都市と争って、勝てる賞賛など、大変申し訳ないが、まずもってないと言える。物事は、そこまで簡単ではない。
フランス人は、自己満足の範囲でやればそれで十分と考える唯我独尊的、中華思想的な傾向がある。自分だけの狭い殻に閉じこもり、机上の理論だけで考え判断する傾向にあることから、周囲を広く観察してそこから学ぶという謙虚さに欠けるのだ。そのため、グローバルな競争に取り残されつつある。
日本を始めとする国際社会のフランスに対するイメージは、今だ飛びぬけて好ましいもので、ロマンチックで高級感溢れるものだ。しかし、日本人が心に思い描くフランスなど、最早どこにも存在しない。そんなフランスは、80年代を境に消え去ってしまったといっても過言ではないのだ。
どこまでこのイリュージョンで食いつないでいくことができるか・・・・若しくは、イリュージョンを現実のものとして再生できるよう一大発起するか・・・・マルセイユ、いやフランスに課された新たな課題だといえる。
将来は南仏を専門とするカリスマガイドになりたい!などというビッグな野望を抱いているにも関わらず、実際のところ、この地の観光に関する私の知識はさほど高くはない・・・というのが嘆かわしい現実だ。
勉強してはいるものの、人様にお金を頂いて、あれこれ講釈するほどのレベルにはまだ達していない。現時点では、請うご期待・・・というところだろうか・・。
とまあ、こんな私でもジョインできる開けた集まりではあるのだが、来年はマルセイユが欧州の文化都市となる年でもあるので、少々気合が入っているようだった。
観光客誘致に限らず、グローバルな規模のコンフェレンスやプロジェクトの誘致にも力を入れており、歴史遺産の管理や都市の景観保護は勿論のこと、大規模な催し物をホストできる設備管理などにも余念がない。
そして、なんといっても喫緊の対策が必要とされるのは、市内の治安維持であろう。
悲しいかな、マルセイユはフランスで最も犯罪率が高い都市として名高い・・・。郊外はもちろんのこと、市内でも低所得者層や移民が多く住む地区ではほぼ毎日のように犯罪が多発しており、これら地域への立ち入りを避けることは市民の間で暗黙の了解となっている。
人づてに聞いた話によると、マルセイユは90年代前半に開催されたワールドカップだかを契機に、南仏を対象とする観光コースから外されたとのことだ。
フーリガンのごときサッカー狂が街をたむろし、所構わず、昼日中でも通行人に対して暴行や窃盗を働くケースが多発したことが原因だという。こんな危険な都市には近寄らまい・・・と多くの観光会社がマルセイユを避けるようになった。
日本の観光会社が斡旋している南仏ツアーのパンフレットを幾つか見たが、確かに、これらのどれにもマルセイユは入っていない・・・。
ほとんどの会社が同様のコースを斡旋している。まずパリからニースに入り、カンヌ、モンテカルロ、(マルセイユを素通りして)エクス・アン・プロヴァンス、アヴィニヨン、アルル、(時々ロワール)、パリの順で巡る。
私はこのコースを見て、うーん・・・と唸ってしまった。世界遺産レベルの名所を汲まなく押さえ、南仏の名所を効率的に巡ることができるようになっている。名所好きな日本人には、こういうコースでないとアピールできないのかもしれない。
そうなると、たとえ90年代の災難がなかったとしても、日程にマルセイユを入れることは無理があるな・・と思った。
まず何よりも、日本人にアピールするような名所が見当たらない・・・。
確かに、フランス最古の都市だけあって、遺産であればそこかしこにゴロゴロしている。しかし、これらのどれも、目の肥えた、しかも「名だたる」とか「世界に知られた」などの形容詞が大好きな日本人が遠路遥々日本からやってきて見物したいと思うような代物ではない。少なくとも、相当な南仏マニアかマルセイユ狂でもない限り、魅力を感じることはないだろう。
では、都市の景観はどうかというと、これもまた改善の余地が多いにありすぎて、遠路遥々やってくる観光客に大手を振って薦められるようなものではない。美しい街の景観なら、ヘキサゴンを縦断してわざわざマルセイユまで足を運ばずとも、パリで十分に堪能できる。
グルメに関しても、リヨンのように独自のキュウリナリーを育んできた歴史がないため、マルセイユを代表するキュウリナリーというものは存在しない。あえて言えば、ブイヤベースなど単品ベースであるぐらいだ。あとは、地中海地域に溢れる料理をマルセイユ流に二番煎じしたものぐらいだろう。
というように、観光客を惹き付けるための「いわゆる」ネタに乏しいことこの上ない。
上記のような実態を十分に把握しているからなのか、現時点では、観光客の誘致は後回しにされ、研究、ビジネス、国際会議の誘致のほうにプライオリティが置かれているようだ。そして、そのついでに観光でもしてもらおうという腹積もりらしい。まあ、これはこれで都市の開発戦略としてありえるのかなと思ったりする。
マルセイユはには港湾関連のビジネスを中心とする商業都市としてのアイデンティティが中心にあり、ゆえに、それを基にして研究開発やビジネスを世界各地から幅広く募り、発展の裾野を広げたいと考えているのかもしれない。
ただ、マルセイユは最もビジネスをするのが難しい都市だとも言われている。多くの人がこの言葉を口にするが、理由をはっきりさせることはない。多くは、風土柄、人が怠け者になり、仕事がなかなか捗らないからだと言う。
私は、確かに風土柄もあるのだろうが、ビーチなどを中心に観光産業も充実していることから、観光地に特有の「表面的」なメンタリティが人の心を支配し、本腰を入れてまじめに働く気概を阻害しているからではないかと思ったりする。
海辺などの観光地では人と人の出会いが一過性のものであることが多い。そのようななかで評価されるのは、束の間の現実逃避を演出できる能力ではないだろうか。そこに、真実とか実質といったものは関係ない。花火のように一瞬でパーッと光り輝き、全てを忘れて天にも昇る恍惚した気持ちにさせてくれる自己プレゼンテーションができれば、それで十分なのだ。
このように「その場限りの一発屋」的な能力が磨かれるに従い、現実感が希薄となり、周囲との信頼に基づく長期的な関係構築が難しくなる。おのずと、長期に渡って信頼したり、仕事にしっかりコミットしてくれる人材がマルセイユで手薄となるのも理解できる。
ここに、アフリカ・アラブ諸国からのやってきた無職の移民が加わり、状況を更に悪化させる。
ステレオタイプを作るのは危険だといわれるが、私は、それでもステレオタイプが何がしかの真実を伝えるものだと確信している。
アジア系移民と比較して、全体としてアフリカ・アラブ系の労働への意欲は高くない。アジア人はハード・ワークによって生活の向上を図ることを当然視する。自助努力、ハード・ワークこそが、成功へと導く王道なのだ。
しかし、アフリカ・アラブ系の人々には、上記のようなアジア人の人生観といったものは無縁だ。ハード・ワークなんて、彼らの辞書には存在しないかのごとく。まあ、アラーが全てを決定するから、自分で積極的に人生に関与する必要はないとでも思っているのかもしれないが・・・・。
そして、このような状態をそこかしこで目にする市民は、時間が経つにつれてまじめに働くことが馬鹿馬鹿しく思えてくるのだろう。必死で10の努力しても、3ぐらいの見返りしかないなら、しかも、周囲に足を引っ張られることが原因で成功が遠のくぐらいなら、何もしないのがベストだと判断しても仕方がないだろう。しかも、苦しい思いをして小金を稼いでも、ほとんどが税金で取られるなら、なお更やる気が失せる。
助努力によって立身出世を志す人間の気概と努力を妨げる制度と文化が平然と機能しているのがフランスで、その最たる例がマルセイユだということだろう。
議論を聞いていて、私は大変もどかしい気持ちに襲われた。誘致したい気持ちは分かるが、これだけ多くの障害物があるなかで、果たして実現することができるのか・・・・。
幾ら、周辺設備を完備し、その素晴らしさを宣伝で謳ったところで、現場で物事が非効率にしか進まず、しかも税金などの制度問題が大きな足枷となるならば、まず誘致に成功することはないだろう。
世界には、グローバル・スタンダードに則り、ビジネスや研究を行うのに望ましい条件を各種備えた都市が五万と存在する。そんな都市と争って、勝てる賞賛など、大変申し訳ないが、まずもってないと言える。物事は、そこまで簡単ではない。
フランス人は、自己満足の範囲でやればそれで十分と考える唯我独尊的、中華思想的な傾向がある。自分だけの狭い殻に閉じこもり、机上の理論だけで考え判断する傾向にあることから、周囲を広く観察してそこから学ぶという謙虚さに欠けるのだ。そのため、グローバルな競争に取り残されつつある。
日本を始めとする国際社会のフランスに対するイメージは、今だ飛びぬけて好ましいもので、ロマンチックで高級感溢れるものだ。しかし、日本人が心に思い描くフランスなど、最早どこにも存在しない。そんなフランスは、80年代を境に消え去ってしまったといっても過言ではないのだ。
どこまでこのイリュージョンで食いつないでいくことができるか・・・・若しくは、イリュージョンを現実のものとして再生できるよう一大発起するか・・・・マルセイユ、いやフランスに課された新たな課題だといえる。
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実は、私はこれまでパンの質について拘るほうではなかった。ぶっちゃけ、コンビニで売っている菓子パンでも十分に満足していた。というよりも、むしろ、コンビニの目まぐるしく変わるラインナップに興味を覚え、新製品を次から次へと試食してみるのが楽しみだった。
C級グルメ愛好者と言われればそれまでだが・・・・、いずれにせよ、質というよりも、ヴァラエティのほうにウエイトを置いていたということだ。そのため、相当気に入った物で無い限り、同じものを継続して賞味するということは稀だった。
これは、私の意思というよりも、日本のコンビニをはじめとする小売戦略に拠るところが多いと思われる。
というのは、日本では相当なベストセラーでない限り、ひとつの商品が店頭に長々と並ぶことはまずない。ライフサイクルは商品により異なるのであろうが、いずれにせよ、売れないことが判明したり、絶頂を過ぎたと見なされれば、容赦なく即お蔵入りとなる運命にある。無数の商品が店頭デビューを控えるているなかで、売れない商品に拘る必要など全くないからだ。
そのため、知らず知らずのうちに、次から次へと登場する新製品に目を奪われ、心を奪われ、如何ともし難い移り気な消費者が生まれるのだ。これは、日本の消費者の生まれ持っての特性というよりも、そうならざるえない構造のなかで消費活動をしていることから、必然的に上記のような行動パターンが身に付くというほうが正しい。
私も意図せずして、このコーポレート・ジャパンの商業戦略に踊らされ、次から次へと新商品を渡り歩く移り気で新しい物好きの消費者であったわけだ。
このことに気が付くのは、フランスでの生活を本格的に始めてからのことになる。というのは、フランスの構造は日本と正反対であるため、違和感を覚えることが多々あるからだ。
フランスでは、コンビニなどという新製品試供場のようなものは一切存在しない。夜遅くまで、しかも日曜日も営業しているのは、アラブ人が経営する食料品店で、いわゆる我々が考える「コンビニ」からは程遠い存在である。
余談だが、アラブ人が経営する食料品店は極力避けることをお勧めする。理由は、品質管理がずさんで、かつ割高であり、彼らの店で買い物をする利点が全くないからだ。大きな声では言えないがが、彼らは、一般のスーパーや食料品店が在庫処分として放出する商品や期限切れの商品を安くで買いうけ、高利で持って販売するプチ・悪徳商法を実践しているようだ。
コンビニを除く一般の商店では、新製品が続々登場するなどということはまずもってない。お馴染みの商品が何十年にも渡って店頭に並び、消費者に愛される・・・とは必ずしも言えないにしても、少なくともコンスタントに購入されている。
ブランジェリやパティセリと呼ばれる手作りお菓子・パン屋においても同様で、多少の改良やバラエティの拡大は時と場合に応じてなされるものの、商品の基本的なラインナップは何十年という月日を経ても大変わりすることはまずない。

夫や友人が小さな頃に食べていたお菓子やパンの各種は今だ健在で、30年を経た現在でもその存在に陰りが見られることはまずない。

なぜなら、30年を経ても根強い消費者を抱えているからだ。夫をはじめ多くのフランス人の友人・知人は、自分達が子供の頃から慣れ親しんだお菓子やパンが大好きで、他へ移り気することもなく、今だ定期的に購入して食べている。仕方なしというよりも、食べずにはいられないからのようだ。
翻って、私は小さな頃に食べていたパンやお菓子を今だに食べたいと思うだろうか・・・?
日本がここ半世紀の間に経験した経済・社会面における巨大な地殻変動は、我々の消費行動にも影響を及ぼしていることは確かだ。我々の両親と比較して、団塊ジュニア世代に我々の消費行動パターンは確実に異なる。
私の父が今だに「あんぱん」や「コルネ・チョコ」といった、昔懐かしの味に拘るのに対して、私にはこのような拘りは全くない。
小さな頃に食べていたお菓子やパンなんて、今ではどこを探しても見当たらないし、第一、どのような物を食べていたかもよく覚えていない。目にすれば、「ああ、あったよね」と思い出すが、かといって、これじゃないと駄目!と拘りを持つ商品はない。現在と同じく、小さな頃からコロコロ変わるラインナップに影響され、選択がコロコロ変わったからだろう。
一方、商品のラインナップが変化に乏しいフランスに来てからは、若干ではあるものの、拘りともいえるような感覚が私のなかで芽生えてきた。
まず、ヴァゲットであるが、主食とまではいかなくとも、日々の食卓で食するようになると、徐々にではあるが、種類や店による特徴、品質、好みというものが分かるようになり、お気に入りの店、お気に入りの商品というものが出てきた。そして、これから何十年とこの同じ味と商品に拘るのだろうと漠然と思ったりしている・・・。

フランスでは、パンを手作りする店しか「ブランジェリ」の看板を挙げてはならないことになっている。政府の許可が必要であり、その審査をパスして初めてこの看板を掲げることができるらしい。
もっとも、最近では悪質なブランジェリが登場し、機械により大量生産され、冷凍保存されたパンを「手作り」と偽って販売している店もある。しかし、このような店は長続きしないのではないかと思ったりする。というのは、この私でさえも、今ではひとくち食べてみれば、手作りと機械生産の違いを的確に見分けることができる。
ポイントは、肌理の細かさとしっとり感にある。
機械による大量生産では、肌理は確実に粗くなり、同時に恐ろしいほど画一的になる。機械によって無機質に統制されるからだ。
一方で、手作りのものは、肌理が細かく、小麦のフレイバーを長期間に渡って保存することができることから、食べるとその風味が口全体に広がる。噛めば噛むほど、味わい深くなるわけだ。
言葉で全てを説明することは難しいが、慣れてくれば簡単に見分けることができるようになる。そして、焼きたての手作りバゲットをこの上なく美味しいものだと感じるようになることも請け合いである。
私にはパリを頻繁に訪れる友人が多いが、皆同様に、「どうしてフランスのパンはこんなに美味しいの?!」とため息をつく。彼らは、私と違って、そろいもそろってグルメ志向であり、美味しい物に食べなれている。そのため、住んでじっくり味わうことなく、美味しいものとそうでないものの違いが直ぐに分かるのだ・・・・。今となって、私も彼らに賛同せずにはいられない。確かに、フランスの手作りパンは世界最高である。
続いて、ご飯に漬物というように、バゲットには欠かせないチーズであるが、これに関しても、徐々に味や品質の違いが分かるようになってきた。これまで、チーズの選択は夫に全てお任せだったが、この頃は、私自らワインや料理に合うチーズを選ぶことができるようになってきた。もちろん、失敗することは今だ多々あるのだが・・・。

以前は、カマンベールとブリーの違いが良く分からなかった・・・(汗)・・。このことに気が付いた夫は、あまりの驚きに、しばし呆然としたことがあった。それもそのはず、西洋諸国を中心に海外での長期に渡る生活を経たにも関わらず、今だにカマンベールとブリーの違いが分からない現代日本人がいたなんて想像だにしなかったのだ。
余談だが、私は、食に関しては、今では珍しい「純ジャパ」種であり、日本食意外は基本的に受け付けないタイプだ。絶対に海外に住んではいけないタイプの日本人である。これは親譲りだ。私の両親もいかなる地域に住もうと、お付き合いで仕方ない場合は除いて、頑なまでに日本食に拘り続けたのだった。
チーズはワインと同じく奥が深い。だから、私がチーズを理解しているなどというつもりは毛頭ないが、地域によって味や製法が異なり、歴史を経て変革を遂げてきたものなどもあり、それぞれのチーズに隠された由来や特徴を知るのはとても面白いと思う。

最近は、日本人の味覚に合い値段も手ごろなブリーやエメンタルを選んで食べているが、他にも色々開拓して味覚の幅を広げてみるのも面白いかななどと思うようになってきた。
まだ、質を論じるまでにはいかないが、まずはヴァラエティを拡大することからはじめようと思う。この辺り、質よりもヴァラエティに重きを置く日本人消費者の特性がむくむくと頭をもたげてきたといえるかもしれない・・・。
C級グルメ愛好者と言われればそれまでだが・・・・、いずれにせよ、質というよりも、ヴァラエティのほうにウエイトを置いていたということだ。そのため、相当気に入った物で無い限り、同じものを継続して賞味するということは稀だった。
これは、私の意思というよりも、日本のコンビニをはじめとする小売戦略に拠るところが多いと思われる。
というのは、日本では相当なベストセラーでない限り、ひとつの商品が店頭に長々と並ぶことはまずない。ライフサイクルは商品により異なるのであろうが、いずれにせよ、売れないことが判明したり、絶頂を過ぎたと見なされれば、容赦なく即お蔵入りとなる運命にある。無数の商品が店頭デビューを控えるているなかで、売れない商品に拘る必要など全くないからだ。
そのため、知らず知らずのうちに、次から次へと登場する新製品に目を奪われ、心を奪われ、如何ともし難い移り気な消費者が生まれるのだ。これは、日本の消費者の生まれ持っての特性というよりも、そうならざるえない構造のなかで消費活動をしていることから、必然的に上記のような行動パターンが身に付くというほうが正しい。
私も意図せずして、このコーポレート・ジャパンの商業戦略に踊らされ、次から次へと新商品を渡り歩く移り気で新しい物好きの消費者であったわけだ。
このことに気が付くのは、フランスでの生活を本格的に始めてからのことになる。というのは、フランスの構造は日本と正反対であるため、違和感を覚えることが多々あるからだ。
フランスでは、コンビニなどという新製品試供場のようなものは一切存在しない。夜遅くまで、しかも日曜日も営業しているのは、アラブ人が経営する食料品店で、いわゆる我々が考える「コンビニ」からは程遠い存在である。
余談だが、アラブ人が経営する食料品店は極力避けることをお勧めする。理由は、品質管理がずさんで、かつ割高であり、彼らの店で買い物をする利点が全くないからだ。大きな声では言えないがが、彼らは、一般のスーパーや食料品店が在庫処分として放出する商品や期限切れの商品を安くで買いうけ、高利で持って販売するプチ・悪徳商法を実践しているようだ。
コンビニを除く一般の商店では、新製品が続々登場するなどということはまずもってない。お馴染みの商品が何十年にも渡って店頭に並び、消費者に愛される・・・とは必ずしも言えないにしても、少なくともコンスタントに購入されている。
ブランジェリやパティセリと呼ばれる手作りお菓子・パン屋においても同様で、多少の改良やバラエティの拡大は時と場合に応じてなされるものの、商品の基本的なラインナップは何十年という月日を経ても大変わりすることはまずない。

夫や友人が小さな頃に食べていたお菓子やパンの各種は今だ健在で、30年を経た現在でもその存在に陰りが見られることはまずない。

なぜなら、30年を経ても根強い消費者を抱えているからだ。夫をはじめ多くのフランス人の友人・知人は、自分達が子供の頃から慣れ親しんだお菓子やパンが大好きで、他へ移り気することもなく、今だ定期的に購入して食べている。仕方なしというよりも、食べずにはいられないからのようだ。
翻って、私は小さな頃に食べていたパンやお菓子を今だに食べたいと思うだろうか・・・?
日本がここ半世紀の間に経験した経済・社会面における巨大な地殻変動は、我々の消費行動にも影響を及ぼしていることは確かだ。我々の両親と比較して、団塊ジュニア世代に我々の消費行動パターンは確実に異なる。
私の父が今だに「あんぱん」や「コルネ・チョコ」といった、昔懐かしの味に拘るのに対して、私にはこのような拘りは全くない。
小さな頃に食べていたお菓子やパンなんて、今ではどこを探しても見当たらないし、第一、どのような物を食べていたかもよく覚えていない。目にすれば、「ああ、あったよね」と思い出すが、かといって、これじゃないと駄目!と拘りを持つ商品はない。現在と同じく、小さな頃からコロコロ変わるラインナップに影響され、選択がコロコロ変わったからだろう。
一方、商品のラインナップが変化に乏しいフランスに来てからは、若干ではあるものの、拘りともいえるような感覚が私のなかで芽生えてきた。
まず、ヴァゲットであるが、主食とまではいかなくとも、日々の食卓で食するようになると、徐々にではあるが、種類や店による特徴、品質、好みというものが分かるようになり、お気に入りの店、お気に入りの商品というものが出てきた。そして、これから何十年とこの同じ味と商品に拘るのだろうと漠然と思ったりしている・・・。

フランスでは、パンを手作りする店しか「ブランジェリ」の看板を挙げてはならないことになっている。政府の許可が必要であり、その審査をパスして初めてこの看板を掲げることができるらしい。
もっとも、最近では悪質なブランジェリが登場し、機械により大量生産され、冷凍保存されたパンを「手作り」と偽って販売している店もある。しかし、このような店は長続きしないのではないかと思ったりする。というのは、この私でさえも、今ではひとくち食べてみれば、手作りと機械生産の違いを的確に見分けることができる。
ポイントは、肌理の細かさとしっとり感にある。
機械による大量生産では、肌理は確実に粗くなり、同時に恐ろしいほど画一的になる。機械によって無機質に統制されるからだ。
一方で、手作りのものは、肌理が細かく、小麦のフレイバーを長期間に渡って保存することができることから、食べるとその風味が口全体に広がる。噛めば噛むほど、味わい深くなるわけだ。
言葉で全てを説明することは難しいが、慣れてくれば簡単に見分けることができるようになる。そして、焼きたての手作りバゲットをこの上なく美味しいものだと感じるようになることも請け合いである。
私にはパリを頻繁に訪れる友人が多いが、皆同様に、「どうしてフランスのパンはこんなに美味しいの?!」とため息をつく。彼らは、私と違って、そろいもそろってグルメ志向であり、美味しい物に食べなれている。そのため、住んでじっくり味わうことなく、美味しいものとそうでないものの違いが直ぐに分かるのだ・・・・。今となって、私も彼らに賛同せずにはいられない。確かに、フランスの手作りパンは世界最高である。
続いて、ご飯に漬物というように、バゲットには欠かせないチーズであるが、これに関しても、徐々に味や品質の違いが分かるようになってきた。これまで、チーズの選択は夫に全てお任せだったが、この頃は、私自らワインや料理に合うチーズを選ぶことができるようになってきた。もちろん、失敗することは今だ多々あるのだが・・・。

以前は、カマンベールとブリーの違いが良く分からなかった・・・(汗)・・。このことに気が付いた夫は、あまりの驚きに、しばし呆然としたことがあった。それもそのはず、西洋諸国を中心に海外での長期に渡る生活を経たにも関わらず、今だにカマンベールとブリーの違いが分からない現代日本人がいたなんて想像だにしなかったのだ。
余談だが、私は、食に関しては、今では珍しい「純ジャパ」種であり、日本食意外は基本的に受け付けないタイプだ。絶対に海外に住んではいけないタイプの日本人である。これは親譲りだ。私の両親もいかなる地域に住もうと、お付き合いで仕方ない場合は除いて、頑なまでに日本食に拘り続けたのだった。
チーズはワインと同じく奥が深い。だから、私がチーズを理解しているなどというつもりは毛頭ないが、地域によって味や製法が異なり、歴史を経て変革を遂げてきたものなどもあり、それぞれのチーズに隠された由来や特徴を知るのはとても面白いと思う。

最近は、日本人の味覚に合い値段も手ごろなブリーやエメンタルを選んで食べているが、他にも色々開拓して味覚の幅を広げてみるのも面白いかななどと思うようになってきた。
まだ、質を論じるまでにはいかないが、まずはヴァラエティを拡大することからはじめようと思う。この辺り、質よりもヴァラエティに重きを置く日本人消費者の特性がむくむくと頭をもたげてきたといえるかもしれない・・・。
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マルセイユの歴史を追った絵画展が3月の初旬まで開催されているというので、早速、見に行ってきました。場所は旧市街にある美術館で、エジプト美術やアフリカ美術展なども同時に開催されていました。

この建物は、第二次大戦終結まで、貧民救済のための施設として利用されていたようで、今でもこのことを説明する表示や看板が立っています。


今だって貧民救済施設として利用したほうが市民に喜ばれるんじゃない・・・人間は霞を食っては生きられないんだから・・・と思う私・・・。
マルセイユでもご他聞に漏れず、貧困はそこかしこで見られます。他よりも群を抜いて高い失業率から鑑みると、むしろ、マルセイユこそ貧困のたまり場なのかもしれませんが・・・。
いずれにせよ、フランス全土で急速に広がる貧困を考えると、最早、この国は文化に立脚するというよりも、福祉救済に立脚した国家としてのアイデンティティを強化したほうがいいんじゃないか・・・と思ったりします。芸術や哲学などメタフィジカルなことに現を抜かしてる暇があったら、貧困や格差など現実に横たわる問題に真摯に取り組み、解決するメカニズムを構築することに時間とエネルギーをかけるべきでしょう。観光客を喜ばすよりも、国民を喜ばせることのほうが先決です。
入り口でチケットを購入するのですが、チケット購入ぐらいにどうしてここまで時間がかかるの・・・?というぐらい時間がかかりました。まずミッシングしているのが、チケット売り場の売り子の姿が見当たらないということ・・・・・。待っているのが私達を含めて6人ぐらいだったので、被害はそこまで甚大ではありませんでしたが・・・。
しかし、待つこと5分、それから購入するのに15分・・・。日本だったらものの1分で全てが終了するところ、ここフランスではその20倍はかかるということです。効率と性能を重んじる日本人の私には、どうしても慣れることができない、また受け入れたくない日常における現実です。
私には、どうしてサッサと物事を効率良く済ますことができないのか理解できません。複雑難解な問題解決を要求されているわけでもあるまいし、ごく普通の一般教育を受ければ十分に遂行可能なタスクなのだから、ちゃっちゃとこなしてよと思うのですが、そうは問屋がおろさないようです。考えすぎなのか、若しくは、考えなさすぎなのかわかりませんが、とにかく、要領を得ないというのがこの国の国民の特徴だといえるでしょう。
何とかチケットを購入し、おなじみのフランス人に関する人間行動科学アナル101を夫に対して垂れながら、展示会場に向かいました。
回廊がぐるりと周囲に巡らされており、一部はカフェやレストランとして利用されています。ここ二週間ほど、マルセイユでは小春日和が続き、日中は15度を越える陽気が続いています。その前に雪が舞ったなんて信じられないほど暖かく、外でゆっくりとランチをしたり、お茶をしている人達がいました。


展示会場に入ると、撮影禁止だと言われ、がっくり・・・・。写真を撮ろうと張り切ってカメラまで準備してきたのに・・残念でした・・・。
展示は主として18世紀ぐらいから現代までを網羅するもので、学芸員がそれぞれの絵を説明してくれるのですが、何しろ人数が足らず、学芸員の周りには黒山の人だかりができていました。最初は私達も黒山に混じって真剣に説明を聞いていましたが、途中から離れて、自分達で鑑賞することにしました。

絵画は、その背景について知ることも重要ですが、自分の目で見て、感性で感じることも同じく重要だと思います。一般の素人として、まず大切なことは、自分の審美眼に照らして好きか嫌いかを見定めることだと思います。私は、技法や巧みさやコンセプトの斬新さはまず横に置いて、自分の感性に訴えてくるものかどうかにまず注目しています。
この観点からすると、今回の展覧会は、まずまずだったなというところです。
まず展示のコンセプトですが、これはまず問題ありませんでした。マルセイユは地中海の名だたる港湾として有名なだけあり、絵画のほとんどが地中海を背景にして生きる人々の日常を描いたものでした。
そして、絵画の種類ですが、印象派による風景画や古典派による人物画が主だったコレクションでした。
ここまでは良かったのですが、問題は、全体として、これといって目を惹くものがなかったということです。ひとつぐらいは思い出に残るような絵があっても良さそうなものですが、今回は、不幸にも、そんな絵にめぐり合うことはありませんでした・・・。
私は、日本人の一般的美術愛好家のご他聞に漏れず、印象派が大好きです。ベタだと言われようと何だろうと、印象派でなければ古典派にしか興味がありません。
そのため、購入したい絵画になかなか巡りあえないという問題を抱えています。印象派の作品などは売りに出されることはまずありませんから。素敵なものは全て美術館ががっちり握っていて手放すことはありません。売り出されているものは、ほぼ全て現代アートで、主人も私も現代アートにはいまいち・・・・と気乗りがしないのです。
駆け出しのアーティストの作品をコレクションするのもひとつの方法なのでしょうが、そこまでの審美眼を持ち合わせておらず・・・。やはり、「これだ!」と感性の叫びが聞こえない作品には、どうしても手が伸びません。
絵画は、インテリア・アイテムとしても、資産としても申し分ありません。特に、相続税の観点から資産としてはまずもって申し分ないものですが・・・。もっと色々巡って勉強したり、新たな感性を養う必要があるようです・・・。

さて、最後に少しだけマルセイユの歴史やプロフィールについてお話しましょう。
コレクションは18世紀から始まっていましたが、マルセイユの始まりはそれよりも遡ること著しく、紀元前600年になります。このことから、マルセイユは2600年の歴史を持つ、フランスで最も古い都市として有名です。
当時は小アジアと呼ばれる場所(現在のギリシャやレバノン辺りにかけての地域)に住んでいたフォセン(phoceenne)という民族によって建設され、西地中海の主要貿易港として栄えました。マルセイユがギリシャ人の植民都市と言われる所以がここにあります。そのためか、今でも、マルセイユのことをフランス語の別名でLa Cite Phoceenneといいます。
古代より、マルセイユはヨーロッパ本土、地中海、北アフリカ、小アジアを結ぶ要としての役割を果たしてきました。様々な民族が商業を通じて交わり、そこにには多彩な文化の混交が見られ、マルセイユを他とは異なる稀有な特徴-文化の十字路-を持ち合わせる都市へと発展させてきたのです。
古代においては、地中海と内陸部を結ぶ要として、ギリシャ人、その後ローマ人と内陸部に住むガリア人との接触を促し、中世から近代にかけては、イスラム商人がそれに加わり、近代以降においては、北アフリカを中心とする植民地からの移民などが加わります。

中世の一時、度重なるペストによって人口の多くを失い、第二次大戦の戦火によって旧市街の多くが全滅したことを除けば、これといった災禍に見舞われることなく順調に商業都市として栄えてきたといえます。
マルセイユが位置するプロヴァンス地方の文化は内陸のフランクのそれとは異なるものでした。17世紀のルイ14世の時代になって、ようやくフランス国家としての枠組みが整い、統一が図られるようになるまでは、言語や風習など多くの点で異なり、全く異なる文化圏をそれぞれ形成していたといいます。
今ではプロバンス訛りなどと方言のような言い方をされますが、プロバンス語はフランス語とは異なる言語だといいます。ドーテの「風車小屋からの便り」には、当時のプロヴァンス地方で営まれていた生活や価値観が活写されています。
また、サントン人形といって、この地方の農民の生活を具現化する人形がありますが、こちらは現在でも購入できます。サントン・ド・マルセイユと呼ばれ、様々な種類があることから、当時の農民の生活が偲ばれます。
現在は、パリに次ぐフランス第二の都市として、地中海における最大の貿易港として知られていますが、それと同時に、また別の都市としてのアイデンティティの確立も目指しているようです。
つまり、ビジネスや海洋関連の研究に力を入れ、欧州本土と地中海世界を含むヨーロッパの文化の十字路としての役割の強化を模索しているのです。
前者に関する主な活動は、研究機関の設立と研究者の誘致、後者に関しては、来年2013年にヨーロッパの文化都市として様々なイヴェントがあります。
その他にも、国際機関の誘致や、国際会議の開催などをはじめ、欧州や地中海という地域に限定されることなく、世界の主要都市として地位を確立するよう努力しているようです。

従来の商業、貿易都市、地中海と大陸の架け橋という枠には収まらないダイナミックな成長と発展が期待できるようです。

この建物は、第二次大戦終結まで、貧民救済のための施設として利用されていたようで、今でもこのことを説明する表示や看板が立っています。


今だって貧民救済施設として利用したほうが市民に喜ばれるんじゃない・・・人間は霞を食っては生きられないんだから・・・と思う私・・・。
マルセイユでもご他聞に漏れず、貧困はそこかしこで見られます。他よりも群を抜いて高い失業率から鑑みると、むしろ、マルセイユこそ貧困のたまり場なのかもしれませんが・・・。
いずれにせよ、フランス全土で急速に広がる貧困を考えると、最早、この国は文化に立脚するというよりも、福祉救済に立脚した国家としてのアイデンティティを強化したほうがいいんじゃないか・・・と思ったりします。芸術や哲学などメタフィジカルなことに現を抜かしてる暇があったら、貧困や格差など現実に横たわる問題に真摯に取り組み、解決するメカニズムを構築することに時間とエネルギーをかけるべきでしょう。観光客を喜ばすよりも、国民を喜ばせることのほうが先決です。
入り口でチケットを購入するのですが、チケット購入ぐらいにどうしてここまで時間がかかるの・・・?というぐらい時間がかかりました。まずミッシングしているのが、チケット売り場の売り子の姿が見当たらないということ・・・・・。待っているのが私達を含めて6人ぐらいだったので、被害はそこまで甚大ではありませんでしたが・・・。
しかし、待つこと5分、それから購入するのに15分・・・。日本だったらものの1分で全てが終了するところ、ここフランスではその20倍はかかるということです。効率と性能を重んじる日本人の私には、どうしても慣れることができない、また受け入れたくない日常における現実です。
私には、どうしてサッサと物事を効率良く済ますことができないのか理解できません。複雑難解な問題解決を要求されているわけでもあるまいし、ごく普通の一般教育を受ければ十分に遂行可能なタスクなのだから、ちゃっちゃとこなしてよと思うのですが、そうは問屋がおろさないようです。考えすぎなのか、若しくは、考えなさすぎなのかわかりませんが、とにかく、要領を得ないというのがこの国の国民の特徴だといえるでしょう。
何とかチケットを購入し、おなじみのフランス人に関する人間行動科学アナル101を夫に対して垂れながら、展示会場に向かいました。
回廊がぐるりと周囲に巡らされており、一部はカフェやレストランとして利用されています。ここ二週間ほど、マルセイユでは小春日和が続き、日中は15度を越える陽気が続いています。その前に雪が舞ったなんて信じられないほど暖かく、外でゆっくりとランチをしたり、お茶をしている人達がいました。


展示会場に入ると、撮影禁止だと言われ、がっくり・・・・。写真を撮ろうと張り切ってカメラまで準備してきたのに・・残念でした・・・。
展示は主として18世紀ぐらいから現代までを網羅するもので、学芸員がそれぞれの絵を説明してくれるのですが、何しろ人数が足らず、学芸員の周りには黒山の人だかりができていました。最初は私達も黒山に混じって真剣に説明を聞いていましたが、途中から離れて、自分達で鑑賞することにしました。

絵画は、その背景について知ることも重要ですが、自分の目で見て、感性で感じることも同じく重要だと思います。一般の素人として、まず大切なことは、自分の審美眼に照らして好きか嫌いかを見定めることだと思います。私は、技法や巧みさやコンセプトの斬新さはまず横に置いて、自分の感性に訴えてくるものかどうかにまず注目しています。
この観点からすると、今回の展覧会は、まずまずだったなというところです。
まず展示のコンセプトですが、これはまず問題ありませんでした。マルセイユは地中海の名だたる港湾として有名なだけあり、絵画のほとんどが地中海を背景にして生きる人々の日常を描いたものでした。
そして、絵画の種類ですが、印象派による風景画や古典派による人物画が主だったコレクションでした。
ここまでは良かったのですが、問題は、全体として、これといって目を惹くものがなかったということです。ひとつぐらいは思い出に残るような絵があっても良さそうなものですが、今回は、不幸にも、そんな絵にめぐり合うことはありませんでした・・・。
私は、日本人の一般的美術愛好家のご他聞に漏れず、印象派が大好きです。ベタだと言われようと何だろうと、印象派でなければ古典派にしか興味がありません。
そのため、購入したい絵画になかなか巡りあえないという問題を抱えています。印象派の作品などは売りに出されることはまずありませんから。素敵なものは全て美術館ががっちり握っていて手放すことはありません。売り出されているものは、ほぼ全て現代アートで、主人も私も現代アートにはいまいち・・・・と気乗りがしないのです。
駆け出しのアーティストの作品をコレクションするのもひとつの方法なのでしょうが、そこまでの審美眼を持ち合わせておらず・・・。やはり、「これだ!」と感性の叫びが聞こえない作品には、どうしても手が伸びません。
絵画は、インテリア・アイテムとしても、資産としても申し分ありません。特に、相続税の観点から資産としてはまずもって申し分ないものですが・・・。もっと色々巡って勉強したり、新たな感性を養う必要があるようです・・・。

さて、最後に少しだけマルセイユの歴史やプロフィールについてお話しましょう。
コレクションは18世紀から始まっていましたが、マルセイユの始まりはそれよりも遡ること著しく、紀元前600年になります。このことから、マルセイユは2600年の歴史を持つ、フランスで最も古い都市として有名です。
当時は小アジアと呼ばれる場所(現在のギリシャやレバノン辺りにかけての地域)に住んでいたフォセン(phoceenne)という民族によって建設され、西地中海の主要貿易港として栄えました。マルセイユがギリシャ人の植民都市と言われる所以がここにあります。そのためか、今でも、マルセイユのことをフランス語の別名でLa Cite Phoceenneといいます。
古代より、マルセイユはヨーロッパ本土、地中海、北アフリカ、小アジアを結ぶ要としての役割を果たしてきました。様々な民族が商業を通じて交わり、そこにには多彩な文化の混交が見られ、マルセイユを他とは異なる稀有な特徴-文化の十字路-を持ち合わせる都市へと発展させてきたのです。
古代においては、地中海と内陸部を結ぶ要として、ギリシャ人、その後ローマ人と内陸部に住むガリア人との接触を促し、中世から近代にかけては、イスラム商人がそれに加わり、近代以降においては、北アフリカを中心とする植民地からの移民などが加わります。

中世の一時、度重なるペストによって人口の多くを失い、第二次大戦の戦火によって旧市街の多くが全滅したことを除けば、これといった災禍に見舞われることなく順調に商業都市として栄えてきたといえます。
マルセイユが位置するプロヴァンス地方の文化は内陸のフランクのそれとは異なるものでした。17世紀のルイ14世の時代になって、ようやくフランス国家としての枠組みが整い、統一が図られるようになるまでは、言語や風習など多くの点で異なり、全く異なる文化圏をそれぞれ形成していたといいます。
今ではプロバンス訛りなどと方言のような言い方をされますが、プロバンス語はフランス語とは異なる言語だといいます。ドーテの「風車小屋からの便り」には、当時のプロヴァンス地方で営まれていた生活や価値観が活写されています。
また、サントン人形といって、この地方の農民の生活を具現化する人形がありますが、こちらは現在でも購入できます。サントン・ド・マルセイユと呼ばれ、様々な種類があることから、当時の農民の生活が偲ばれます。
現在は、パリに次ぐフランス第二の都市として、地中海における最大の貿易港として知られていますが、それと同時に、また別の都市としてのアイデンティティの確立も目指しているようです。
つまり、ビジネスや海洋関連の研究に力を入れ、欧州本土と地中海世界を含むヨーロッパの文化の十字路としての役割の強化を模索しているのです。
前者に関する主な活動は、研究機関の設立と研究者の誘致、後者に関しては、来年2013年にヨーロッパの文化都市として様々なイヴェントがあります。
その他にも、国際機関の誘致や、国際会議の開催などをはじめ、欧州や地中海という地域に限定されることなく、世界の主要都市として地位を確立するよう努力しているようです。

従来の商業、貿易都市、地中海と大陸の架け橋という枠には収まらないダイナミックな成長と発展が期待できるようです。
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- 水の都蘇州の名所:古寺(寒山寺)
-
エリア:
- アジア>中国>蘇州(ソシュウ)
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2012/02/26 00:36
- コメント(0)
写真はこちら:http://ameblo.jp/paris-marseille/entry-11027749247.html
蘇州は、東のヴェネチアと呼ばれるように、街の中を運河が巡っています。実際に行ってみると、東のヴェネチアというには、あまりに語弊がある・・・厳密な科学的根拠を別にしても、これは比較にならない・・・という印象を持ちました。
ヴェニスでは、ヴィザンチン芸術と西洋芸術の類稀な混淆が生み出す豪華絢爛が街の隅々まで浸透しています。地中海が世界の中心であった時代、ヴェネチアは東西貿易を独占し、世界の富が集まるだけでなく、西洋がオリエントと出会うコスモポリタンな都市として世界に名を馳せました。そのレガシーが今でも、我々を虜にするのでしょう。
蘇州には、ヴェネチアのような歴史もなければレガシーもありません。よって、我々旅行者がヴェネチアを目の当たりにして感動は、蘇州を前にしても一切感じることはありません。
ただ、水墨画の世界が好きな旅行者には必見の土地だといえます。街全体が水墨画の世界に生きていると言っても過言ではないからです。蘇州に行ってみて初めて、水墨画が中国で発達した意味が理解できました。俗世界への執着、この世で生きることに積極的なルネサンス以来の西洋においては、決して発達しえなかったものだといえます。
蘇州に来て印象に残ったことは、この街は、良い悪いの価値判断は別にして、立体感に乏しい二次元の世界だということです。人の顔や体つき、建物などにしても、あえて遠近法を用いたりして立体的に表現する必要がないのです。
専門的なことをは良く分かりませんが、この地に降り注ぐ光の強さや量にも関係しているのかなと思ったりしました。中国では南方に位地しているとされる蘇州ですが、全体的に光が柔らかくて弱いという印象を受けます。そのため、街全体にパリッとしたしまりがない感じがするのです。ボワーと浮いているように存在している街。この臨場感を表現するには、墨絵の筆致が最適だといえます。
また、鬱蒼と茂る柳がダラーンと垂れて、濁った運河の水面にぼんやりと影を落としているところなど、水墨画にはうってつけの景色だといえます。茂りたい放題に放置された柳が、これまた濁りたい放題に放置されている運河の水面に無気力に影を落とす。仙人や世捨て人を描く水墨画の背景としては、これに勝るものはありません。
ここまでのトーンによって、私が蘇州を批判的に見ていると言われても言い返す言葉がありません。しかし、これは、私が水墨画や中国アートを十分に理解していないことから来るものだと思います。
こんな私でも、一部の中国アートには興味を覚えました。唐草模様や、その透かしから入って来る光を捉えたものは、とても美しいと思います。
また、やはり、黄金をふんだんに用いた建造物には弾かれるものがあります。
寒山寺にも幾つか興味深いものがあったのでご紹介します。寒山寺を手短に説明すると、唐の時代に建立され、最も古い漢詩もここで閲覧することができます。
二人の僧によって建立されたという伝説があり、その伝説の二人が以下になります。
先程お話した、黄金の建造物ですが、演奏する魔王には参りました!
黄金でできた修行僧。黄金色に輝く修行僧には、将来のニルバナが約束されているというメッセージが託されているのでしょうか?
大雄宝殿にある釈迦如来像です。豪華ですよねぇ!寒山寺は大乗か小乗か定かではないのですが、大乗仏教の豪華さがあります。
大雄宝殿の外にある蝋燭立てです。日本のものよりも遥かに巨大です。でも、あまり綺麗ではありませんが・・・。
この楼蘭は、16-17世紀に建立されたものだとのこと。寒山寺の一部としてあります。
境内の外にでると、露天が並び各種フルーツが売られていました。こちらは、中国のへしゃけたモモです。失敗作でまともな値段では売れないからこうして露天で売っているとのことでした。潰れた形に興味をそそられ、ひとつでも購入したかったのですが、何が入っているかわからないから止めたほうがよいとアドヴァイスされ、結局買わずじまいでした。
こちらは、いまだに何かわかりません。これまで見たことがありませんが、フルーツの一種だそうです。妊娠してなかったら試してました・・。いつか、謎を解いてみたいものです。
蘇州は、東のヴェネチアと呼ばれるように、街の中を運河が巡っています。実際に行ってみると、東のヴェネチアというには、あまりに語弊がある・・・厳密な科学的根拠を別にしても、これは比較にならない・・・という印象を持ちました。
ヴェニスでは、ヴィザンチン芸術と西洋芸術の類稀な混淆が生み出す豪華絢爛が街の隅々まで浸透しています。地中海が世界の中心であった時代、ヴェネチアは東西貿易を独占し、世界の富が集まるだけでなく、西洋がオリエントと出会うコスモポリタンな都市として世界に名を馳せました。そのレガシーが今でも、我々を虜にするのでしょう。
蘇州には、ヴェネチアのような歴史もなければレガシーもありません。よって、我々旅行者がヴェネチアを目の当たりにして感動は、蘇州を前にしても一切感じることはありません。
ただ、水墨画の世界が好きな旅行者には必見の土地だといえます。街全体が水墨画の世界に生きていると言っても過言ではないからです。蘇州に行ってみて初めて、水墨画が中国で発達した意味が理解できました。俗世界への執着、この世で生きることに積極的なルネサンス以来の西洋においては、決して発達しえなかったものだといえます。
蘇州に来て印象に残ったことは、この街は、良い悪いの価値判断は別にして、立体感に乏しい二次元の世界だということです。人の顔や体つき、建物などにしても、あえて遠近法を用いたりして立体的に表現する必要がないのです。
専門的なことをは良く分かりませんが、この地に降り注ぐ光の強さや量にも関係しているのかなと思ったりしました。中国では南方に位地しているとされる蘇州ですが、全体的に光が柔らかくて弱いという印象を受けます。そのため、街全体にパリッとしたしまりがない感じがするのです。ボワーと浮いているように存在している街。この臨場感を表現するには、墨絵の筆致が最適だといえます。
また、鬱蒼と茂る柳がダラーンと垂れて、濁った運河の水面にぼんやりと影を落としているところなど、水墨画にはうってつけの景色だといえます。茂りたい放題に放置された柳が、これまた濁りたい放題に放置されている運河の水面に無気力に影を落とす。仙人や世捨て人を描く水墨画の背景としては、これに勝るものはありません。
ここまでのトーンによって、私が蘇州を批判的に見ていると言われても言い返す言葉がありません。しかし、これは、私が水墨画や中国アートを十分に理解していないことから来るものだと思います。
こんな私でも、一部の中国アートには興味を覚えました。唐草模様や、その透かしから入って来る光を捉えたものは、とても美しいと思います。
また、やはり、黄金をふんだんに用いた建造物には弾かれるものがあります。
寒山寺にも幾つか興味深いものがあったのでご紹介します。寒山寺を手短に説明すると、唐の時代に建立され、最も古い漢詩もここで閲覧することができます。
二人の僧によって建立されたという伝説があり、その伝説の二人が以下になります。
先程お話した、黄金の建造物ですが、演奏する魔王には参りました!
黄金でできた修行僧。黄金色に輝く修行僧には、将来のニルバナが約束されているというメッセージが託されているのでしょうか?
大雄宝殿にある釈迦如来像です。豪華ですよねぇ!寒山寺は大乗か小乗か定かではないのですが、大乗仏教の豪華さがあります。
大雄宝殿の外にある蝋燭立てです。日本のものよりも遥かに巨大です。でも、あまり綺麗ではありませんが・・・。
この楼蘭は、16-17世紀に建立されたものだとのこと。寒山寺の一部としてあります。
境内の外にでると、露天が並び各種フルーツが売られていました。こちらは、中国のへしゃけたモモです。失敗作でまともな値段では売れないからこうして露天で売っているとのことでした。潰れた形に興味をそそられ、ひとつでも購入したかったのですが、何が入っているかわからないから止めたほうがよいとアドヴァイスされ、結局買わずじまいでした。
こちらは、いまだに何かわかりません。これまで見たことがありませんが、フルーツの一種だそうです。妊娠してなかったら試してました・・。いつか、謎を解いてみたいものです。
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写真はこちら:http://ameblo.jp/paris-marseille/entry-11029884957.html
中国を旅行して避けることができないのが、お茶屋さんです上海でも、一軒、話の種も兼ねて訪問してきました。
ちょっとした老舗のお茶屋さんになると、大抵、英語か日本語を話すことができる店員を常駐させており、顧客の質問や要望に応えてくれます。買うか買わないかは別にして、色々質問を投げかけ、各種中国茶の効用について勉強し、ついでに、色々試飲させてもらうのも悪くありません。
私は、今回、ダラダラと質問攻めを展開し、最終的に、ライチ茶、新茶のウーロン茶、海草茶、ジャスミン茶(大輪版)の4点も試飲させてもらうことに成功しました!これらのいずれも買いませんでしたが・・・・(汗)。私に対応した店員は、日本人にしては稀代のケチだと、私を内心詰ったことでしょう。
私としては、6月に瀋陽や大連など中国の東北地方を旅して回り、その時に「楊貴妃も愛飲していた」美容に効くといわれるキンモクセイ茶を一瓶購入したばかりでした。帰国して、さあ、毎日飲んで絶世の美女になるぞ!と喜び勇んだのも束の間、その後に旅行したクロアチアで購入したアプリコット茶にはまってしまい、キンモクセイ茶は遠く忘れられた存在になってしまいました。
そして、今現在、妊娠で、キンモクセイ茶の匂いさえも受け付けない状態になり、今頃、ビンにはくもの巣がはっているやもしれません。今では、日本人の原点である玄米茶のみ飲めます。緑茶は大好きですが、カフェインがきついということで、当分の間お預けです。
いずれにせよ、日本茶以外は飲めない状態にある今、中国茶を購入するわけにはいきません。ウーロン茶でも、古くなるとお茶としての効用を失ってしまうといいます。
お茶の効用や価値に関してですが、今回の訪問で、プアールの価値について耳寄りな情報を得ました!
プアール茶は、他のお茶と異なり、古くなればなるほど効用が増し、価値が上がるとのことでした。3-5年ものになると、中国では財産として見なされ、多くの中国人がプアール茶を長く保存しているとのことです。
我が家にも3年を越えるプアール茶があります。単なるプアール茶ではなく、黄金のケースに入っており、形、サイズともちょうど固形のコンソメスープの素のようです。勿論、色は異なり、黒ですが。そんな固形版が6つ、デリケートな紙に一つひとつ丁寧に包まれて、先に述べた黄金のケースに収まっているわけです。
以前勤務していた会社で部下のひとりが台湾へ旅行したお土産としてくれたものです。育ちの良いお嬢さんでかつ律儀な彼女は、我々庶民が自分用にと大枚を叩いて購入する物品を、お土産としてさらりとスマートに贈呈してくれるのでした。
この間の引越しで、この黄金ケースを見つめながら、せっかくもらったのに飲めずに申し訳ない・・・と嘆きつつ捨てようとしたところで、ふと別の考えが浮かんできて、いやいや、大きなものでもないんだから、一応持って帰ろうと箱の中に入れたのを思い出しました。
私は、偶然の他のなんでもない自分の英断に対して過剰に感激したことは言うまでもありません。帰ったら、プアール茶を祀る祭壇でも造るべきかと今から考えあぐねている次第です。
話が長くなりました。すみません。要点は、プアール茶は、時間が経てば経つほど価値が高まるということです。
ですので、少なくとも3-5年は寝かせて、それから、中国のしかるべき場所で売りさばいみるのがベストではないでしょうか。プアール茶御殿が建つまでになるやもしれません。
他のお茶については、新茶がベストで、半年もすると古いという烙印を押されるようになります。最も分かりやすい違いは、淹れた時の色の違いだとのこと。
またまた余談ですが、数年ほど前に、サントリーが自社特性のペットボトルウーロン茶と供に中国へ進出しましたが、当初はさっぱり売れませんでした。理由は、ウーロン茶の色に問題があったとのこと。
中国人が知る新茶のウーロン茶の色は、黄金色です。実際に、新茶のウーロン茶を試飲したのですが、その時のものも黄金色でした。
一方、サントリーのウーロン茶の色といえば、茶色です。茶色いウーロン茶は、中国人にしてみれば、古くなったもの、あえて購入する価値のないもので、全く売れなかったというわけです。
この点をサントリーが知っているのかどうかは定かではありません。この話をしてくれた店員は、この点については、全く知らないようでした。
しかし、黄金色は、淹れた時しか出ない色で、時間が経つと茶色に変色してしまいます。要は、酸化すると茶色になるということではないでしょうか。であれば、ペットボトルのなかを真空状態にでもしないと、この黄金色を達成するのは不可能なような気がします。
サントリーぐらいになれば、このような問題も高度技術により解決できるのかもしれませんが、今だに茶色であるところを見ると、もう中国進出はあきらめたのでしょうか。まあ、お茶は熱く飲むものと決めている中国人に対して、ペットボトルで保存の利く冷えたお茶を売るのは、そもそも無理なのかもしれません。
中国人は、お茶を単なる飲み物ではなく、漢方薬の一種、つまり薬の一種として飲んでいます。体内のバランスを保つ、あるいは、不調がある場合にはそれを調整する方向に持っていくことができるお茶を選んで飲みます。漢方薬として指定を受けているお茶もあるぐらいです。
中医学を補助する漢方薬は、ご存知の通り、西洋医学のように原因と結果を明確にして処方されるものではありません。中医学は全て陰と陽のバランスで理解されるもので、このバランスが崩れると体調が崩れるとするものです。漢方薬は、そのバランスを復元するために処方されるものです。即効力はないものの、長期に渡る健康増進には大いに役立つものだといえます。
さて、試飲させてもらったお茶の効用ですが、ライチ茶は、風邪の予防に効く、ウーロン茶は、プアール茶と同様に脂を体内から洗い流す効果がある、海草茶は、高血圧や高脂血漿を防いで血液のサラサラ化に効く、ジャスミン茶は、美容に良いというものでした。
ここでライチ茶を始めて飲んだのですが、ライチの実の甘酸っぱい香りがして、とても美味しく頂きました。海草茶も初めて飲んだのですが、名前の通り、海草の味がして、これは身体に良いだろうと納得しました。
最後のジャスミン茶ですが、この度は、淹れると同時に大輪の花を咲かせるバージョンを試飲させてもらい、味覚のみならず、目も楽しませてもらいました。一粒が直径3センチほどもある大粒ですが、淹れるたびに茶器の中で大輪の花を咲かせるというのも、とてもオツなものです。
お茶とは別に、ここでは、熱湯をかけると黄金色に変化する蛙を見ました。蛙といっても、本物ではなくて置物ですが。
お金を口にくわえた蛙の置物は、大小各種サイズでも売られています。中国では、蛙は「福が家に帰る」ということで重宝されています。
また、「しょんべん小僧」の像も売られていました。これは、水をかけるとオシッコが出てくる仕組みになっています。とても可愛かったので、一枚撮りました。安物カメラなので至近距離ではピントが合わず・・クリアーではありませんが、大体の感じをつかめていただけると思います。
お店のキャッシヤーの横にあった大福さんの像。儲かって笑いが止ませんわぁ!と言っているようです。福のおこぼれを頂くためにも、一枚パチリ。
最後に、極めつけの置物。おそらく、中国以外ではお目にかかることはないでしょう。竜亀オブジェ。竜のように天に向かって運勢が舞い上がり、亀のように長寿であることを祈念した置物です。中国人の願いの全てが込められた置物でした。
中国を旅行して避けることができないのが、お茶屋さんです上海でも、一軒、話の種も兼ねて訪問してきました。
ちょっとした老舗のお茶屋さんになると、大抵、英語か日本語を話すことができる店員を常駐させており、顧客の質問や要望に応えてくれます。買うか買わないかは別にして、色々質問を投げかけ、各種中国茶の効用について勉強し、ついでに、色々試飲させてもらうのも悪くありません。
私は、今回、ダラダラと質問攻めを展開し、最終的に、ライチ茶、新茶のウーロン茶、海草茶、ジャスミン茶(大輪版)の4点も試飲させてもらうことに成功しました!これらのいずれも買いませんでしたが・・・・(汗)。私に対応した店員は、日本人にしては稀代のケチだと、私を内心詰ったことでしょう。
私としては、6月に瀋陽や大連など中国の東北地方を旅して回り、その時に「楊貴妃も愛飲していた」美容に効くといわれるキンモクセイ茶を一瓶購入したばかりでした。帰国して、さあ、毎日飲んで絶世の美女になるぞ!と喜び勇んだのも束の間、その後に旅行したクロアチアで購入したアプリコット茶にはまってしまい、キンモクセイ茶は遠く忘れられた存在になってしまいました。
そして、今現在、妊娠で、キンモクセイ茶の匂いさえも受け付けない状態になり、今頃、ビンにはくもの巣がはっているやもしれません。今では、日本人の原点である玄米茶のみ飲めます。緑茶は大好きですが、カフェインがきついということで、当分の間お預けです。
いずれにせよ、日本茶以外は飲めない状態にある今、中国茶を購入するわけにはいきません。ウーロン茶でも、古くなるとお茶としての効用を失ってしまうといいます。
お茶の効用や価値に関してですが、今回の訪問で、プアールの価値について耳寄りな情報を得ました!
プアール茶は、他のお茶と異なり、古くなればなるほど効用が増し、価値が上がるとのことでした。3-5年ものになると、中国では財産として見なされ、多くの中国人がプアール茶を長く保存しているとのことです。
我が家にも3年を越えるプアール茶があります。単なるプアール茶ではなく、黄金のケースに入っており、形、サイズともちょうど固形のコンソメスープの素のようです。勿論、色は異なり、黒ですが。そんな固形版が6つ、デリケートな紙に一つひとつ丁寧に包まれて、先に述べた黄金のケースに収まっているわけです。
以前勤務していた会社で部下のひとりが台湾へ旅行したお土産としてくれたものです。育ちの良いお嬢さんでかつ律儀な彼女は、我々庶民が自分用にと大枚を叩いて購入する物品を、お土産としてさらりとスマートに贈呈してくれるのでした。
この間の引越しで、この黄金ケースを見つめながら、せっかくもらったのに飲めずに申し訳ない・・・と嘆きつつ捨てようとしたところで、ふと別の考えが浮かんできて、いやいや、大きなものでもないんだから、一応持って帰ろうと箱の中に入れたのを思い出しました。
私は、偶然の他のなんでもない自分の英断に対して過剰に感激したことは言うまでもありません。帰ったら、プアール茶を祀る祭壇でも造るべきかと今から考えあぐねている次第です。
話が長くなりました。すみません。要点は、プアール茶は、時間が経てば経つほど価値が高まるということです。
ですので、少なくとも3-5年は寝かせて、それから、中国のしかるべき場所で売りさばいみるのがベストではないでしょうか。プアール茶御殿が建つまでになるやもしれません。
他のお茶については、新茶がベストで、半年もすると古いという烙印を押されるようになります。最も分かりやすい違いは、淹れた時の色の違いだとのこと。
またまた余談ですが、数年ほど前に、サントリーが自社特性のペットボトルウーロン茶と供に中国へ進出しましたが、当初はさっぱり売れませんでした。理由は、ウーロン茶の色に問題があったとのこと。
中国人が知る新茶のウーロン茶の色は、黄金色です。実際に、新茶のウーロン茶を試飲したのですが、その時のものも黄金色でした。
一方、サントリーのウーロン茶の色といえば、茶色です。茶色いウーロン茶は、中国人にしてみれば、古くなったもの、あえて購入する価値のないもので、全く売れなかったというわけです。
この点をサントリーが知っているのかどうかは定かではありません。この話をしてくれた店員は、この点については、全く知らないようでした。
しかし、黄金色は、淹れた時しか出ない色で、時間が経つと茶色に変色してしまいます。要は、酸化すると茶色になるということではないでしょうか。であれば、ペットボトルのなかを真空状態にでもしないと、この黄金色を達成するのは不可能なような気がします。
サントリーぐらいになれば、このような問題も高度技術により解決できるのかもしれませんが、今だに茶色であるところを見ると、もう中国進出はあきらめたのでしょうか。まあ、お茶は熱く飲むものと決めている中国人に対して、ペットボトルで保存の利く冷えたお茶を売るのは、そもそも無理なのかもしれません。
中国人は、お茶を単なる飲み物ではなく、漢方薬の一種、つまり薬の一種として飲んでいます。体内のバランスを保つ、あるいは、不調がある場合にはそれを調整する方向に持っていくことができるお茶を選んで飲みます。漢方薬として指定を受けているお茶もあるぐらいです。
中医学を補助する漢方薬は、ご存知の通り、西洋医学のように原因と結果を明確にして処方されるものではありません。中医学は全て陰と陽のバランスで理解されるもので、このバランスが崩れると体調が崩れるとするものです。漢方薬は、そのバランスを復元するために処方されるものです。即効力はないものの、長期に渡る健康増進には大いに役立つものだといえます。
さて、試飲させてもらったお茶の効用ですが、ライチ茶は、風邪の予防に効く、ウーロン茶は、プアール茶と同様に脂を体内から洗い流す効果がある、海草茶は、高血圧や高脂血漿を防いで血液のサラサラ化に効く、ジャスミン茶は、美容に良いというものでした。
ここでライチ茶を始めて飲んだのですが、ライチの実の甘酸っぱい香りがして、とても美味しく頂きました。海草茶も初めて飲んだのですが、名前の通り、海草の味がして、これは身体に良いだろうと納得しました。
最後のジャスミン茶ですが、この度は、淹れると同時に大輪の花を咲かせるバージョンを試飲させてもらい、味覚のみならず、目も楽しませてもらいました。一粒が直径3センチほどもある大粒ですが、淹れるたびに茶器の中で大輪の花を咲かせるというのも、とてもオツなものです。
お茶とは別に、ここでは、熱湯をかけると黄金色に変化する蛙を見ました。蛙といっても、本物ではなくて置物ですが。
お金を口にくわえた蛙の置物は、大小各種サイズでも売られています。中国では、蛙は「福が家に帰る」ということで重宝されています。
また、「しょんべん小僧」の像も売られていました。これは、水をかけるとオシッコが出てくる仕組みになっています。とても可愛かったので、一枚撮りました。安物カメラなので至近距離ではピントが合わず・・クリアーではありませんが、大体の感じをつかめていただけると思います。
お店のキャッシヤーの横にあった大福さんの像。儲かって笑いが止ませんわぁ!と言っているようです。福のおこぼれを頂くためにも、一枚パチリ。
最後に、極めつけの置物。おそらく、中国以外ではお目にかかることはないでしょう。竜亀オブジェ。竜のように天に向かって運勢が舞い上がり、亀のように長寿であることを祈念した置物です。中国人の願いの全てが込められた置物でした。
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