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ユーラシアの旅ブログinトラベルコちゃん

~世界130ヶ国を舞台に活躍するユーラシア旅行社添乗員の生の声をブログでお届け! ※毎週火曜・木曜更新!各記事は当社サイト内の7つのブログから転載しております。~

株式会社ユーラシア旅行社
ユーラシア旅行社は世界130ヶ国を舞台に、遺跡、自然、伝統文化、芸術などさまざまなテーマで、お客様の知的好奇心を満たす旅を提案しています。
プロフィール

ニックネーム:
ユーラシア旅行社
居住地:
東京都
会社名:
株式会社ユーラシア旅行社
会社英字名:
Eurasia Travel Co.,Ltd,
会社所在地:
東京都
会社電話番号:
03-3265-1691
業種:
旅行業
自己紹介:
世界130ヶ国を舞台にテーマ性の深いツアーに添乗するユーラシア旅行社の添乗員のブログから抜粋した記事を毎週火曜・木曜更新!

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カラウィーン・モスク
世界一の大迷宮フェズ(モロッコ)その3
エリア:
  • アフリカ>モロッコ>フェズ
テーマ:観光地 街中・建物・景色 世界遺産 
投稿日:2010/08/24 11:19
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ブー・ジェルード門から進んだ場合タンネリーに着く手前の話になるが、フェズで一番大きな通り(タラーカビーラ)の終点の一帯がフェズの中心である。結構起伏もあるフェズの中でこの一帯は最も低い地域でもあるので、もしフェズの中で迷ったら、下っていけば、町の中心、或いは中心部に近い外に出られる可能性が高い事を覚えておきたい。そしてこの一帯はフェズの中でも最も古い地区であり、アッタリーン・メドラサ(神学校)やカラウィーン・モスクがある。カラウィーン・モスクは、東方から来た移民達が約1,000年前に築いたモスクであり、フェズの信仰の中心である。外観も内部も美しいのだが、残念ながらイスラム教徒以外は入れない。それでも中庭は一見の価値があるので、是非覗いてみて欲しい。

カラウィーン・モスク

フェズの風景はどこか泥臭さと人間臭さが漂っているが、建物の内部は外観からは想像が出来ないくらい美しく飾られている場合も少なくない。肝心なのは中身というわけだ。モスクに観光客は入場できないが、メドラサ(神学校)は入場できる。左の写真はメドラサではない、一般のレストランだが、イメージとしてはメドラサやある程度裕福な家はこのように美しいイスラム建築の内装なのである。また、機会があれば、個人のお宅も除いてみると面白い。フェズは狭い土地に人口と住宅が密集しているので、パティオ(中庭)のある家は多くなく、日本のマンションやアパートに近い。しかし、小さな家であっても内装はしっかり手入れされている事が多い。キッチンは意外に普通で、日本のそれと様子はあまり変わらない。北アフリカの名物ミントティーでもすすりながら、実際の生活談義に耳を傾けると、フェズの理解も深まろう。(ツアーでは、メドラサや個人の家庭訪問も日程に入っています。)

フェズの邸宅
タグ:
モロッコ フェズ 

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フェズの町並み
世界一の大迷宮フェズ(モロッコ)その2
エリア:
  • アフリカ>モロッコ>フェズ
テーマ:観光地 世界遺産 街中・建物・景色 
投稿日:2010/08/19 11:13
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迷路のような旧市街が広がるフェズには、様々なお店が見られる。最近増えつつある観光客向けのおみやげ物屋から地元の人の為の生活用品店や食料品店までありとあらゆる物が売られている。昨日触れたように、ブージェルード門から伸びるフェズで一番大きな通り(タラーカビーラ)沿いのお店は観光客向けのお店が多い。もちろんそれらのお店をひやかしながら歩いても、たっぷりと異国情緒は味わえるだろう。しかし、フェズの醍醐味は、大通りではなく、どこに続くのかも分からない小さな路地の行き先に眠っていると言っても過言ではないだろう。そうした場所にこそ、中世以来大切に守られてきたフェズの地元の人々の生活が息づいているからである。

フェズの町並み

アトラス北部の豊かな穀倉地帯から運ばれてきた青果類、肉類、アラブらしいスパイ類、乾物類、遥々海から運ばれて来る海鮮も中には見かける。

正直日本と比べると衛生状態は良いとは言えないが、変な農薬は使わずに昔ながらの作法で生産されている食料品が多いので、もしおなかの丈夫さに自信があれば、少し試してみるのも面白いかもしれない。地元の人向けの食料品店は総じて物価も安いので、お勧めだ。特に乾物類なんかは、店頭で珍しそうな顔をして覗き込んでいると、人懐っこい店主が気軽に試食を勧めて来る事も少なくない。中には得体のしれない食べ物もあるかもしれないので、一応現地のガイドに確認するのが一番だが、仮にその場で味は悪かったとしても、旅の良い思い出にはなるだろう。ちなみに近郊でよく採れるアーモンドはおいしかった。

フェズのスパイス屋

フェズの一角には、肉屋が集まっている地域がある。ここもなかなか面白い。イスラム教徒が多数を占めるので、間違ってもソーセージがぶらさがってたりはしない。あるのは主に羊のみである。この羊は、モロッコの名物料理タジンの主菜であるだけではなく、フェズの市民にとって欠かせない食料の一つだ。身が切り売りされている場合が多いが、中には右の写真のように頭部をや羊足?を売っているようなお店もある。日本人には少々グロテスクなところもあるが、文化の違いを味わえるという意味では、なかなか興味深い場所。

フェズは、革製品の特産地としても知られているので、市内を歩いていると多くの革製品屋さんを見かけるだろう。旧市街の一角には、この革製品の職人達が工房を構えている地区がある。地図では分かりにくいが付近に辿り着くと嫌でもその方向が分かる。何故なら匂うからだ。革を染める場所をタンネリーと呼ぶが、その匂いを辿ってフェズのタンネリーに辿り着くと、その見慣れぬ風景に驚く人も多い。きっと何十年、ひょっとしたら何百年もの間変わっていないんじゃないかと思える伝統的な手法で革を染め、商品を仕上げているのだ。個人的にもフェズで最も印象に残っているのがこの場所である。革製品を見る度に今でも思い出す。あの強烈な匂いとともに・・・。(次回に続く)

フェズのタンネリー
タグ:
モロッコ フェズ 

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フェズの町並み
世界一の大迷宮フェズ(モロッコ)
エリア:
  • アフリカ>モロッコ>フェズ
テーマ:観光地 街中・建物・景色 世界遺産 
投稿日:2010/08/17 10:30
コメント(0)
混沌と喧騒、どこか泥臭さも漂う町、それがモロッコのフェズである。昨日触れたように、モロッコと言えば、サハラの砂丘や荒涼とした大地の中に立つ日干し煉瓦のカスバのイメージが強いが、モロッコの本当のハイライトはこのフェズである。
フェズの町並み

フェズの旧市街には大きな道が一つもない。そう、今日でもここには車は通れない。自分の足で歩くしかないのである。しかし、商店を営む者となれば、何かしらの運搬手段は欲しいところ。それがロバである。中世以来何も変わらない町並みと生活がこの場所に息づいている。

この町が最初に築かれたのは、8世紀頃。この地方に国家を打ち立てたアラブ人達の手によって築かれた。その後、13〜14世紀頃になると地中海からアフリカ方面への通商路の中継都市としてその重要性が高まり、人口も一気に増えて今日見られる町並みが築かれた。迷路のような町並みは特に地中海に面した国ではよく見かけるが、それは常に戦乱と隣り合わせで生きなければならなかった人々が編み出した生活の知恵だろう。外敵が侵入しても容易に町を攻略できないように、迷路状に町は作られたと言われる。また、小路は、夏の強い日光を遮って日陰という涼をもたらすので、細い小路が多いのはこのような理由にもよる。

フェズのブージェルード門

しかし、いずれにしても、このフェズではその迷路のスケールが桁違いだ。世界一の迷宮と呼ばれるだけある。城壁に囲まれた旧市街にはいくつもの入り口があるが、最も有名でフェズを訪れたら必ず立ち寄るであろう場所が市の東部にあるブージェルード門だろう。実際には近代に入ってからフランス人技師達の手によって建てられた門だが、フェズの特質をよく捉えて建てられている。このブージェルード門から町に入ると、フェズで一番大きな通り(タラーカビーラ)が伸びている。道幅が2〜3mぐらいだが、それでもフェズでは一番広い通りである。ちなみに平行してタラーサラーラというやや細い道も走っており、途中でこの二本の道は二箇所で交錯するので行き返りに利用するのであれば、それぞれ別の道を利用してみると良い。この二つの通りの左右にはこれでもかとばかりにお店が並んでいる。世界遺産に登録され、多くの観光客がフェズを訪れるようになったので、この辺りは観光客向けの商品を扱っているお店も増えている。しかし、フェズの真骨頂はこんな大きな通りではなく、細い路地を彷徨うことにこそあるだろう。二度と同じ場所には戻れないであろう感覚と次に何が現れるのか分からない感覚を味わえる事こそがフェズの醍醐味。(次回に続く)
フェズの町中
タグ:
モロッコ フェズ 

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ヴェルナッツァ
チンクエテッレ(イタリア)
エリア:
  • ヨーロッパ>イタリア>ラ・スペツィア
テーマ:観光地 世界遺産 
投稿日:2010/07/15 14:00
コメント(0)
イタリア西部からフランスに至る海岸線は、「リヴィエラ海岸」と呼ばれて、世界中から多くの人を惹き付けています。フランス側ではニース、カンヌやモナコ、イタリア側ではサン・レモやポルトフィーノが有名です。リヴィエラ海岸の特にイタリア側では、ジェノヴァの南方地点で砂浜が途切れ、複雑に入り組んだ海岸線に変貌します。その入り組んだ海岸線の間に位置するのがチンクエ・テッレです。チンクエ・テッレとはイタリア語で「5つの村」を意味し、北からモンテ・ロッソ・アル・マーレ、ヴェルナッツァ、コルニーリア、マナローラとリオ・マッジョーレの5つの村の総称です。
ヴェルナッツァ
チンクエ・テッレの歴史は、11〜12世紀頃まで遡る事が出来ます。前述の通り、ジェノバ以西のリヴィエラ海岸は砂浜が続く直線的な海岸線であるのに対し、チンクエ・テッレの海岸線は非常に入り組んでいます。また、断崖が海岸線に迫っているので、前も後も守るのに適していました。決して住み良い地形ではありませんが、人々がこの地に定住するようになったのは、このような背景からだと思われます。

その後は田舎の漁師村として、細々とした営みで今日まで至りました。そしてその営みが効を奏して、昔ながらの風情を残す村として世界遺産に登録されました。世界遺産登録後、観光客が増える傾向にありますが、ヴェネツィアやフィレンツェ辺りと比べればまだまだ人も素朴、町並みも素朴、カフェで飲むカプチーノの値段も素朴です。

チンクエ・テッレの村々では、漁業が生業の中心です。断崖が海岸線に迫っている為、農業に適した用地がほとんどないためです。チンクエ・テッレと言えば、紺碧のリグーリア海やカラフルな家並みをイメージされる方も多いかと思いますが、実際に足を運んでみると、意外に畑が多い事に驚きます。断崖が海岸線に迫っている為に、人々は限られた耕地を工夫して段々畑を築き、オリーブ、ブドウやかんきつ類を栽培しています。無駄な土地は微塵もないくらい、家のない場所は畑でびっしり埋められています。
チンクエテッレの葡萄畑
決して広くはないブドウ畑で採れたブドウから作られるこの地の名物のシャケトラというワインは、イタリアでもかなりプレミアなワインです。

このシャケトラというワインは白の甘口デザートワインに分類され、主に食後に飲まれます。イタリア半島の反対側(東側)に位置するバッサーノ・デル・グラッパで生産されるグラッパに流通量では及びませんが、大量生産できない稀少なワインであるが故、富裕層も珍重してきたワインです。必ず在庫がある訳ではないようですが、チンクエ・テッレを訪れたら、ちょっとエノテカ(酒屋)を覗いて、このワインを探してみても良いでしょう。物にもよりますが、20〜30ユーロぐらいのお値段で購入する事も可能です。海際だけあって、もちろんお食事もお楽しみです。段々畑から採れたオリーブオイルは、潮風から魚介類に合う風味を受けたと言われる事もあるぐらい魚介類に特に合うそうですが、真相はどうでしょうか。

チンクエ・テッレでもう一つ紹介したいのが「愛の小道」と呼ばれる散策路です。この「愛の小道」は、5つの村の中で最南端に位置するリオ・マッジョーレ(Rio Maggiore)とその次のマナローラ(Manarola)間を結ぶ散策路です。
愛の小道は、徒歩で20分前後で歩ききってしまうぐらいの道です。「愛の小道」と呼ばれるようになった起源は定かではありませんが、道の途中には恋人達のモニュメントが作られたりして、地元の人々としては恋人達が逢瀬を重ねたロマンティックな道という説を定着させようとしているようです。名前はどうあれ、平坦な遊歩道なので、晴れた日には美しい海と前後に見える町の風景をご堪能頂けます。
【ブログ:地中海欧羅巴くらぶより】
http://bit.ly/ayG16f
モンテロッソ・アル・マーレ
タグ:
チンクエテッレ イタリア 世界遺産 

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デルフィ
デルフィ(デルフォイ)、ギリシャ
エリア:
  • ヨーロッパ>ギリシャ>ギリシャその他の都市
テーマ:観光地 世界遺産 
投稿日:2010/06/08 10:47
コメント(0)
ギリシャ中部、名峰パルナッソス(海抜2,547m)の山腹にデルフィ(デルフォイ)と呼ばれる古代ギリシャ随一の聖地があります。デルフィの聖地は音楽や芸術の神アポロンに捧げられ、ギリシャはおろか、古代地中海の様々な国から巡礼者がやってきたと言われています。その理由は主にアポロンの神託を聞くためでした。

古代ギリシャ悲劇の傑作「オイディプス」の話でデルフィの神託は重要な役割を担っています。また、実世界においてもアレクサンドロス(アレキサンダー)大王を始め、数多くの古代の著名人がこの地を訪れました。ペルシャ戦争においてテルモピュレの防衛線(スパルタ王レオニダスの憤死。映画「300」の舞台)が破られ、追い詰められたアテネもデルフィの神託によって海で戦う道を選び、結果としてサラミスの海戦で強大なペルシャを打ち破る事に成功しました。礼拝者が多いので、デルフィには各地のポリス(都市)が宝庫と呼ばれる出張所のような役割を果たしていた建物を参道沿いに建てた程でした。

そんなデルフィもローマ帝国台頭後のギリシャの衰退やキリスト教の登場で聖地としての地位を失い、次第に打ち捨てられてゆきました。

それから約二千年の時が過ぎましたが、幸いこの一帯は近代化の波に飲まれる事もなく、今日のデルフィの遺跡は、二千年前とそう変わらないであろう風景に囲まれて静かにパルナッソス山の山腹に佇んでいます。

遺跡の入り口から各都市の宝庫が並ぶ参道を抜けて行くと、かつて神託が行われていたアポロンの聖域があります。かつてこの場所でお香を焚き、特別な存在であったデルフィの巫女達がそのお香を吸って一種のトランス状態になって奇声を上げ、祭祀がその言葉を訳して参拝者に伝えたと言われています。焚かれていたお香は現代では一種の麻薬のような物であったのでしょう。

このアポロンの聖域のすぐ上には、今日でも立派に残る劇場があり、かつては芸術の神アポロンに捧げた舞台芸術が行われていました。この劇場の位置からはアポロンの聖域と遺跡の下の谷のパノラマが絶景です。また、この劇場からさらに登って行くと、古代競技場の跡があります。オリンピックの語源となったオリンピア程有名ではありませんが、古代ギリシャではオリンピアと並んで四大オリンピックの一つに数えられ、オリンピアの競技場よりも幾分か修復されているので、かつての姿が想像しやすいかもしれません。
【ブログ:地中海欧羅巴くらぶより】http://bit.ly/ayG16f
デルフィ、アポロの聖域
タグ:
ギリシャ 

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