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- 【京都では市長も知事も「ら」になる】
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:観光地 お祭り・イベント 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/04/26 15:37
- コメント(0)
【京都では市長も知事も「ら」になる】
今日の読売新聞朝刊の京都版に映画「幕末ヒポクラテスたち」の記事が載っているが、写真に写っている4人の紹介に「トークイベントに登場した佐々木さん(右から2人目)や緒方監督(同3人目)ら」と書いてあって、真ん中の主演俳優と監督はちゃんと名前が出ているが、左右の端に立っている京都市長と知事は「ら」である。
素晴らしい!
これぞ京都であるな。
芸術家は名前を載せてもらえても、たかが政治家などは「ら」なのである。まあ、「ら」で良いのである。^^
もっとも、京都市長は京都市交響楽団の演奏会にもよく来られていて、終演後のお客様のお見送りに立っておられることもあり本当に良い人だと思うので、「ら」はちょっとお気の毒な気もするが、まあ、「ら」で良いのである。
今度コンサートホールで市長を見かけたら、今日は「ら」が来ている、と思うことにしよう。しかし、市長に向かって「ら!」と声を掛けるのは止めた方が良いと思う。^_^
今日の読売新聞朝刊の京都版に映画「幕末ヒポクラテスたち」の記事が載っているが、写真に写っている4人の紹介に「トークイベントに登場した佐々木さん(右から2人目)や緒方監督(同3人目)ら」と書いてあって、真ん中の主演俳優と監督はちゃんと名前が出ているが、左右の端に立っている京都市長と知事は「ら」である。
素晴らしい!
これぞ京都であるな。
芸術家は名前を載せてもらえても、たかが政治家などは「ら」なのである。まあ、「ら」で良いのである。^^
もっとも、京都市長は京都市交響楽団の演奏会にもよく来られていて、終演後のお客様のお見送りに立っておられることもあり本当に良い人だと思うので、「ら」はちょっとお気の毒な気もするが、まあ、「ら」で良いのである。
今度コンサートホールで市長を見かけたら、今日は「ら」が来ている、と思うことにしよう。しかし、市長に向かって「ら!」と声を掛けるのは止めた方が良いと思う。^_^

- 京都コンサートホールの隣のドッグラン
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エリア:
- 近畿>京都>洛北(上賀茂・比叡)
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 動物
- 投稿日:2026/04/22 13:49
- コメント(0)
京都コンサートホールの隣の府立総合資料館の跡地にドッグランが出来ると聞いたのだが、既に出来ていた。
思ったよりずっと小さかった。
ワンちゃん同伴で入れるカフェも併設されています。



思ったよりずっと小さかった。
ワンちゃん同伴で入れるカフェも併設されています。




- 今年も鴨川に納涼の床
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エリア:
- 近畿>京都>洛中(四条河原町・二条城)
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 お祭り・イベント
- 投稿日:2026/04/17 14:22
- コメント(0)
鴨川の河原にトラックがたくさん入っているのでなにかと思ったら、納涼の床を作っていたのでした。
もうそんな時期になったのですね。^^
もうそんな時期になったのですね。^^

- 【京都のホテルに泊まる人】あるいは「日本人の京都離れなど起きていない」という話。
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:観光地 ホテル・宿泊 その他
- 投稿日:2026/04/14 15:56
- コメント(0)
【京都のホテルに泊まる人】あるいは「日本人の京都離れなど起きていない」という話。
昨年の京都市内で宿泊した人の数が発表されたが、日本人の延べ宿泊者数は354万9100人で前年比10.0%減であった。これは3年連続の減少である。
対する外国人の数は700万846人で14.6%増。これは4年連続の増加である。
これだけ見れば日本人の京都離れが顕著のように思ってしまうが、実はそんなことはない。
外国人の大部分は半年前には予約をするのである。それに対して日本人はもう少し近くなってから予約しようとする。するとすでに外国人の予約で塞がってしまっていて、京都で泊まりたいけど泊まれないのだ。
では、そういう人たちは他府県の観光地に行くかというとそうではなく、大阪、奈良、滋賀県のホテルに泊まって京都に来る。つまり、京都で宿泊した人の数だけを見て「京都離れ」と言うのは見当違いなのだ。大阪、奈良、滋賀県のホテルに泊まっても京阪や近鉄やJRを使えばさほど面倒ではない。むしろホテルによっては移動交通費を入れても京都で泊まるより少しは安上がりになるかもしれない。何しろ昨年の京都のホテルの平均客室単価は2万1286円である。ならば移動時間がせいぜい40分程度ならば、安くなるなら越境宿泊の許容範囲内であろう。
このように、「日本人の京都離れ」というのは起きていない。
今では大阪や奈良や滋賀県のホテルも京都観光の拠点になるのだ。
故に大阪や奈良や滋賀県のホテルの関係者の皆さんはお客さんが京都観光を楽しめるようなサービスを充実させてはどうだろうか。あらかじめ体験施設の予約をしてくれるとか。京都コンサートホールや南座のチケットの手配をしてくれるとか、あるいは荷物だけ先に大阪や奈良や滋賀県のホテルに送っておき、お客さんは新幹線で京都に着いたらすぐに観光に移れるとか。
外国人の観光客のことばかり言わないで、もっと日本人観光客のためのアイデアも出していただきたいものである。
昨年の京都市内で宿泊した人の数が発表されたが、日本人の延べ宿泊者数は354万9100人で前年比10.0%減であった。これは3年連続の減少である。
対する外国人の数は700万846人で14.6%増。これは4年連続の増加である。
これだけ見れば日本人の京都離れが顕著のように思ってしまうが、実はそんなことはない。
外国人の大部分は半年前には予約をするのである。それに対して日本人はもう少し近くなってから予約しようとする。するとすでに外国人の予約で塞がってしまっていて、京都で泊まりたいけど泊まれないのだ。
では、そういう人たちは他府県の観光地に行くかというとそうではなく、大阪、奈良、滋賀県のホテルに泊まって京都に来る。つまり、京都で宿泊した人の数だけを見て「京都離れ」と言うのは見当違いなのだ。大阪、奈良、滋賀県のホテルに泊まっても京阪や近鉄やJRを使えばさほど面倒ではない。むしろホテルによっては移動交通費を入れても京都で泊まるより少しは安上がりになるかもしれない。何しろ昨年の京都のホテルの平均客室単価は2万1286円である。ならば移動時間がせいぜい40分程度ならば、安くなるなら越境宿泊の許容範囲内であろう。
このように、「日本人の京都離れ」というのは起きていない。
今では大阪や奈良や滋賀県のホテルも京都観光の拠点になるのだ。
故に大阪や奈良や滋賀県のホテルの関係者の皆さんはお客さんが京都観光を楽しめるようなサービスを充実させてはどうだろうか。あらかじめ体験施設の予約をしてくれるとか。京都コンサートホールや南座のチケットの手配をしてくれるとか、あるいは荷物だけ先に大阪や奈良や滋賀県のホテルに送っておき、お客さんは新幹線で京都に着いたらすぐに観光に移れるとか。
外国人の観光客のことばかり言わないで、もっと日本人観光客のためのアイデアも出していただきたいものである。

- 【今日、京響】第710回定期演奏会(4月11日)
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エリア:
- 近畿>京都>洛北(上賀茂・比叡)
- テーマ:観光地 鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2026/04/11 21:29
- コメント(0)
【今日、京響】第710回定期演奏会(4月11日)
※プログラム※
指揮:沖澤のどか(京響常任指揮者)
独創:堤剛(チェロ)
<曲目>
R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
矢代秋雄:チェロ協奏曲
(休憩)
R・シュトラウス:家庭交響曲
沖澤さんのR・シュトラウスは昨年「英雄の生涯」を聴かせてもらったが、今年は「ドン・ファン」と家庭交響曲である。この2つで日本の現代音楽をサンドイッチにするという、ユニークなプログラムであった。もちろん本日のチケットは完売である。
最初の交響詩「ドン・ファン」は冒頭などもっと迫力があっても良いのではないかと思ったのだが、まあ最初から飛ばし過ぎて後で息切れしてもいけない。抑制のきいた力強い演奏だった。(これはちょっと矛盾か?)
矢代秋雄のチェロ協奏曲はもうバリバリの現代音楽。
チェロの独創で始まるがこれが意外と長い。オーケストラが入ってからも色々な楽器が散発的に鳴る感じで、こういうのは各楽器の演奏者も却って緊張するのではないかと思ったりする。
客席では熟睡している方々もおられたが、私は最後まで聴けた。しかし、堤剛さんはもう83歳のはずだが、年齢に応じた渋味のある演奏で味わい深かった。
ご高齢の演奏家を評するときは何も考えずに「年齢を感じさせない」と言っておけば誰からも文句は出ないが、堤さんの場合は「枯淡の境地」と言う方が良いと思う。
アンコールはバッハの無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV 1009より V. Bourree I-II
休憩を挟んでの家庭交響曲は期待どおりの名演。とにかくスケールが大きい。これはもう「家庭」といってもかなりの豪邸ではないかと思わせる。
約45分の長丁場を最後まで一気に演奏したわけだが、中だるみなど無かった。どこかで少し肩の力を抜いてフィナーレに備えることもなく、最後までパワー全開であった。
曲の締めくくりで、これで終わりかと思ったらまだ続き、今度こそ終わりかと思ったらまた続き、どこまで続くのかと思ったらようやく終ったのだが、過去に実演でも聴いたし録音でも幾つか聴いているが、今日の演奏を聴いて「これはこういう曲だったのか」と初めて分かった。目からうろこが落ちた。
本当に、今迄に聴いた家庭交響曲は一体何だったのかと思わせる凄さがあった。
※プログラム※
指揮:沖澤のどか(京響常任指揮者)
独創:堤剛(チェロ)
<曲目>
R・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」
矢代秋雄:チェロ協奏曲
(休憩)
R・シュトラウス:家庭交響曲
沖澤さんのR・シュトラウスは昨年「英雄の生涯」を聴かせてもらったが、今年は「ドン・ファン」と家庭交響曲である。この2つで日本の現代音楽をサンドイッチにするという、ユニークなプログラムであった。もちろん本日のチケットは完売である。
最初の交響詩「ドン・ファン」は冒頭などもっと迫力があっても良いのではないかと思ったのだが、まあ最初から飛ばし過ぎて後で息切れしてもいけない。抑制のきいた力強い演奏だった。(これはちょっと矛盾か?)
矢代秋雄のチェロ協奏曲はもうバリバリの現代音楽。
チェロの独創で始まるがこれが意外と長い。オーケストラが入ってからも色々な楽器が散発的に鳴る感じで、こういうのは各楽器の演奏者も却って緊張するのではないかと思ったりする。
客席では熟睡している方々もおられたが、私は最後まで聴けた。しかし、堤剛さんはもう83歳のはずだが、年齢に応じた渋味のある演奏で味わい深かった。
ご高齢の演奏家を評するときは何も考えずに「年齢を感じさせない」と言っておけば誰からも文句は出ないが、堤さんの場合は「枯淡の境地」と言う方が良いと思う。
アンコールはバッハの無伴奏チェロ組曲第3番ハ長調 BWV 1009より V. Bourree I-II
休憩を挟んでの家庭交響曲は期待どおりの名演。とにかくスケールが大きい。これはもう「家庭」といってもかなりの豪邸ではないかと思わせる。
約45分の長丁場を最後まで一気に演奏したわけだが、中だるみなど無かった。どこかで少し肩の力を抜いてフィナーレに備えることもなく、最後までパワー全開であった。
曲の締めくくりで、これで終わりかと思ったらまだ続き、今度こそ終わりかと思ったらまた続き、どこまで続くのかと思ったらようやく終ったのだが、過去に実演でも聴いたし録音でも幾つか聴いているが、今日の演奏を聴いて「これはこういう曲だったのか」と初めて分かった。目からうろこが落ちた。
本当に、今迄に聴いた家庭交響曲は一体何だったのかと思わせる凄さがあった。
21 - 25件目まで(159件中)


