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- ナイトイベント「レジェンドオブアンコールワット」ご紹介
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エリア:
- アジア>カンボジア>シェムリアップ
- テーマ:お祭り・イベント 鑑賞・観戦 世界遺産
- 投稿日:2008/08/04 21:58
昨年初舞台を踏み好評を博したシェムリアップのナイトイベント、世界遺産アンコールワットを背景に行われる「レジェンドオブアンコールワット」が、今年もカンボジアのベストシーズンの期間に開催される事になりました。
詳細は下記の通りです。どうぞお越し下さい。
■ 「レジェンドオブアンコールワット」開催概要
* 期間: 2008年12月05日〜2009年1月31日
(毎週日曜、及び2008年12月24日・31日を除く毎日)
* 場所: アンコールワット東側特設会場
・夕食(ビュッフェ): 19:00〜20:00
・ショー: 20:00〜21:00
※食事の後、ショーを見る場所へ移動いたします。
* 内容:
アンコールワットのライトアップとアンコールワットの歴史をミュージカル風にした舞台。(伝統的なアプサラダンスショーではありません)
約100人のカンボジア人が、パフォーマンスを行います。
* 料金、その他
〔ショーのみ〕
料金: フロントシート US$80、スタンダードシート US$60
〔ビュッフェ〕
料金: US$25+1ドリンク込み(ソフトドリンク、又はミネラルウォーター)
※その他の飲み物は、有料です。
〔その他〕
* 子供料金なし
* 席数: 400〜500席
* ビュッフェは「アンコールパレスホテル」からケータリング
* ショー開催時に、大きなスクリーンに日本語の解説が表示されます。
* 送迎なし
* 14日前のキャンセルから、100%のチャージが発生。
* 予定された開催日の集客状況が悪い場合、他の開催日に変更となる場合あり。
(その場合は、2週間前までに連絡あり)
詳細は下記の通りです。どうぞお越し下さい。
■ 「レジェンドオブアンコールワット」開催概要
* 期間: 2008年12月05日〜2009年1月31日
(毎週日曜、及び2008年12月24日・31日を除く毎日)
* 場所: アンコールワット東側特設会場
・夕食(ビュッフェ): 19:00〜20:00
・ショー: 20:00〜21:00
※食事の後、ショーを見る場所へ移動いたします。
* 内容:
アンコールワットのライトアップとアンコールワットの歴史をミュージカル風にした舞台。(伝統的なアプサラダンスショーではありません)
約100人のカンボジア人が、パフォーマンスを行います。
* 料金、その他
〔ショーのみ〕
料金: フロントシート US$80、スタンダードシート US$60
〔ビュッフェ〕
料金: US$25+1ドリンク込み(ソフトドリンク、又はミネラルウォーター)
※その他の飲み物は、有料です。
〔その他〕
* 子供料金なし
* 席数: 400〜500席
* ビュッフェは「アンコールパレスホテル」からケータリング
* ショー開催時に、大きなスクリーンに日本語の解説が表示されます。
* 送迎なし
* 14日前のキャンセルから、100%のチャージが発生。
* 予定された開催日の集客状況が悪い場合、他の開催日に変更となる場合あり。
(その場合は、2週間前までに連絡あり)

- メキシコの鉄人が行く! 旅日記 〜 「タイルの家」の物語−その3 〜
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エリア:
- 中南米>メキシコ>メキシコシティ
- テーマ:世界遺産
- 投稿日:2008/08/04 21:33
前回の話から続く、メキシコが誇る文化遺産
「タイルの家」の話の第3話となります。
第2話はこちらから
「タイルの家」の持主であるビベロ伯爵家は、約300年にわたる
メキシコ植民地時代を通じ、最も由緒ある貴族でした。
スペイン領フィリピン総督に任命された初代のビベロ伯爵は、
メキシコへ帰る途中(1608年)に船が難破し、千葉県御宿に漂着したのです。
村民の手厚い看護を受けたビベロ伯爵は、その後、徳川家康表
敬訪問の旅に出るのです。
後日、その模様をスペイン王に報告しておりますが、当時の
一流貴族がどの様に日本を見ていたのかがわかる大変興味深い
内容になっています。
ビベロ伯爵はその報告書の中で、異教の国 日本は「メキシコ市に
ある様な偶像」を拝んでいると記載しているのですが、これは
コルテスのメキシコ征服(1521年)から約90年経たメキシコ市に
まだアステカ族の崇拝する「偶像」が残っていた、という事
なのでしょうか?
いえ伯爵の報告文には、時として事実に反する箇所が見受けられるのです。
その一つが、征夷大将軍 徳川家康を「Emperador Taikosama」
(天皇又は皇帝にあられる太閤様)と呼んでいる点です。
なぜ、家康が「皇帝・太閤様」になってしまったのでしょう。
日本語がわからないビベロ伯爵には、当然通訳がいたはずですが、
その通訳はフランシスコ派のカトリック神父 ソテロで
あったと見られています。
このソテロは長く日本に住み、後に日本国大使として支倉常長に
同行し、メキシコへ渡った人物です。ソテロ神父は相当日本事情に
通じ、日本語も堪能であったといいます。
彼は当然「Emperador」(天皇)は京都にあり、かつ「Taikosama」(太閤様)は
豊臣秀吉の事を指し、徳川家康ではない事を知っていたはずです。
その彼が、あえて将軍 徳川家康の事を「Emperador Taikosama」と
通訳した理由は何だったのでしょうか。
実はこの「Emperador Taikosama」は、既にメキシコでは
有名人になっていたのです。
メキシコ市郊外のクエルナバカ大聖堂の内部には、長崎26人
聖人殉教壁画があります。この殉教者の一人、フェリッペ・デ・ヘスス
(Felipe de Jesus)は、メキシコ人であり、後にローマ法王に
より初めてのメキシコ人「聖者」と認められた人物です。
その壁画には「Emperador Taikosama」が殉教を命じた、という言葉が
大きな文字で書き添えられているのです。殉教は1597年の事で、
翌年9月に太閤 豊臣秀吉は他界しているので、壁画の「TAICOSAMA」は、
まさに太閤本人を指しています。
ではビベロ伯爵が徳川家康を豊臣秀吉と思い込み「Taikosama」と
言ったのでしょうか。
実はそうではないようです。
なぜなら日本事情に通じたソテロ神父が豊臣秀吉の死後、日本の
主権が徳川家康に移った事を知らないとは思えませんし、又、
新主権者の徳川家康を太閤秀吉と偽って通訳しても、
得るものは何もないからです。
むしろ反対に、殉教を命じた反キリスト者と思わせてしまい、
今後の外交にとって不利になってしまう可能性があります。
ここで考えられる事は、
1) ソテロ神父がメキシコで知れ渡っている「TAIKOSAMA」を
主権者の敬称として通訳し、日本国内の複雑な権力構造の説明を
省いたという事が考えられます。
今の時代にあっても豊臣秀吉の別称の様にも使われている「太閤」
という言葉も、本来の意味は天皇から授かる官位にすぎません。
要は豊臣秀吉の個人名ではありませんので、ソテロ神父が全く嘘を
言っていた事にはあたらないのです。
2) 次の可能性としては、ビベロ伯爵が「TAIKOSAMA」をフェリッペ王
(Rey Felipe)の様な個人名と思い違いをし、フェリッペ?世、
フェリッペ?世のように、個人名が継承されるスペインの習慣に
のっとり“Taicosama”と徳川家康を呼んだというものです。
このどちらが真実に近いかは、征夷大将軍 徳川家康を「Emperador」
(天皇又は皇帝)と呼んだ事情から推し推し量る事が出来そうです。
その4につづく。 どうぞお楽しみに。
(この記事は、メキシコ国立自治大学 田中都紀代様より寄稿いただきました)
「タイルの家」の話の第3話となります。
第2話はこちらから
「タイルの家」の持主であるビベロ伯爵家は、約300年にわたる
メキシコ植民地時代を通じ、最も由緒ある貴族でした。
スペイン領フィリピン総督に任命された初代のビベロ伯爵は、
メキシコへ帰る途中(1608年)に船が難破し、千葉県御宿に漂着したのです。
村民の手厚い看護を受けたビベロ伯爵は、その後、徳川家康表
敬訪問の旅に出るのです。
後日、その模様をスペイン王に報告しておりますが、当時の
一流貴族がどの様に日本を見ていたのかがわかる大変興味深い
内容になっています。
ビベロ伯爵はその報告書の中で、異教の国 日本は「メキシコ市に
ある様な偶像」を拝んでいると記載しているのですが、これは
コルテスのメキシコ征服(1521年)から約90年経たメキシコ市に
まだアステカ族の崇拝する「偶像」が残っていた、という事
なのでしょうか?
いえ伯爵の報告文には、時として事実に反する箇所が見受けられるのです。
その一つが、征夷大将軍 徳川家康を「Emperador Taikosama」
(天皇又は皇帝にあられる太閤様)と呼んでいる点です。
なぜ、家康が「皇帝・太閤様」になってしまったのでしょう。
日本語がわからないビベロ伯爵には、当然通訳がいたはずですが、
その通訳はフランシスコ派のカトリック神父 ソテロで
あったと見られています。
このソテロは長く日本に住み、後に日本国大使として支倉常長に
同行し、メキシコへ渡った人物です。ソテロ神父は相当日本事情に
通じ、日本語も堪能であったといいます。
彼は当然「Emperador」(天皇)は京都にあり、かつ「Taikosama」(太閤様)は
豊臣秀吉の事を指し、徳川家康ではない事を知っていたはずです。
その彼が、あえて将軍 徳川家康の事を「Emperador Taikosama」と
通訳した理由は何だったのでしょうか。
実はこの「Emperador Taikosama」は、既にメキシコでは
有名人になっていたのです。
メキシコ市郊外のクエルナバカ大聖堂の内部には、長崎26人
聖人殉教壁画があります。この殉教者の一人、フェリッペ・デ・ヘスス
(Felipe de Jesus)は、メキシコ人であり、後にローマ法王に
より初めてのメキシコ人「聖者」と認められた人物です。
その壁画には「Emperador Taikosama」が殉教を命じた、という言葉が
大きな文字で書き添えられているのです。殉教は1597年の事で、
翌年9月に太閤 豊臣秀吉は他界しているので、壁画の「TAICOSAMA」は、
まさに太閤本人を指しています。
ではビベロ伯爵が徳川家康を豊臣秀吉と思い込み「Taikosama」と
言ったのでしょうか。
実はそうではないようです。
なぜなら日本事情に通じたソテロ神父が豊臣秀吉の死後、日本の
主権が徳川家康に移った事を知らないとは思えませんし、又、
新主権者の徳川家康を太閤秀吉と偽って通訳しても、
得るものは何もないからです。
むしろ反対に、殉教を命じた反キリスト者と思わせてしまい、
今後の外交にとって不利になってしまう可能性があります。
ここで考えられる事は、
1) ソテロ神父がメキシコで知れ渡っている「TAIKOSAMA」を
主権者の敬称として通訳し、日本国内の複雑な権力構造の説明を
省いたという事が考えられます。
今の時代にあっても豊臣秀吉の別称の様にも使われている「太閤」
という言葉も、本来の意味は天皇から授かる官位にすぎません。
要は豊臣秀吉の個人名ではありませんので、ソテロ神父が全く嘘を
言っていた事にはあたらないのです。
2) 次の可能性としては、ビベロ伯爵が「TAIKOSAMA」をフェリッペ王
(Rey Felipe)の様な個人名と思い違いをし、フェリッペ?世、
フェリッペ?世のように、個人名が継承されるスペインの習慣に
のっとり“Taicosama”と徳川家康を呼んだというものです。
このどちらが真実に近いかは、征夷大将軍 徳川家康を「Emperador」
(天皇又は皇帝)と呼んだ事情から推し推し量る事が出来そうです。
その4につづく。 どうぞお楽しみに。
(この記事は、メキシコ国立自治大学 田中都紀代様より寄稿いただきました)
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- メキシコ タイルの家

- 新しい世界遺産ご紹介−その2 〜レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観〜
-
エリア:
- ヨーロッパ>イタリア>イタリアその他の都市
- ヨーロッパ>スイス>サンモリッツ
- テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 世界遺産
- 投稿日:2008/08/04 21:17
2008年7月、イタリアに世界遺産がまた増えました。
今回はスイス・イタリアを結ぶパノラマ路線「レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観」(スイス・イタリア共同登録)をご紹介いたします。
イタリアのティラーノ(Tirano)と、スイスのサン・モリッツを結ぶレーティシュ鉄道ベルニナ線、そして同鉄道アルブラ線は、数々の橋やトンネル、名峰や氷河等、絶景を楽しめる歴史と伝統あるスイスの人気山岳鉄道路線です。
そのイタリア側の始発・終着駅となるのが「ティラーノ」の町で、ベルニナ線ではティラーノに近づくにつれ次第にスイス・アルプスからイタリアらしい風景に変わり、路面を走る列車は美しいルネッサンス様式のティラーノのマドンナ聖堂等の真近を走り抜けます。
尚、ティラーノ駅ではイタリア鉄道と接続しており、乗り換えてミラノまで列車で約2時間半〜3時間です。
※ティラーノ(ロンバルディア州) --- ミラノの北東164km ソンドリオの東26km
(下記写真は、ティラーノを走るベルニナ鉄道)

* イタリア鉄道の公式サイト
http://www.trenitalia.it/ (イタリア語、英語)
* ティラーノのある「ヴァルテッリーナ観光局」の公式サイト
http://www.valtellina.it/eng/info.html?id=3461 (イタリア語、英語)
→ティラーノ/サン・モリッツ間のベルニナ線の時刻表や料金等の情報も入手出来ます
今回はスイス・イタリアを結ぶパノラマ路線「レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観」(スイス・イタリア共同登録)をご紹介いたします。
イタリアのティラーノ(Tirano)と、スイスのサン・モリッツを結ぶレーティシュ鉄道ベルニナ線、そして同鉄道アルブラ線は、数々の橋やトンネル、名峰や氷河等、絶景を楽しめる歴史と伝統あるスイスの人気山岳鉄道路線です。
そのイタリア側の始発・終着駅となるのが「ティラーノ」の町で、ベルニナ線ではティラーノに近づくにつれ次第にスイス・アルプスからイタリアらしい風景に変わり、路面を走る列車は美しいルネッサンス様式のティラーノのマドンナ聖堂等の真近を走り抜けます。
尚、ティラーノ駅ではイタリア鉄道と接続しており、乗り換えてミラノまで列車で約2時間半〜3時間です。
※ティラーノ(ロンバルディア州) --- ミラノの北東164km ソンドリオの東26km
(下記写真は、ティラーノを走るベルニナ鉄道)

* イタリア鉄道の公式サイト
http://www.trenitalia.it/ (イタリア語、英語)
* ティラーノのある「ヴァルテッリーナ観光局」の公式サイト
http://www.valtellina.it/eng/info.html?id=3461 (イタリア語、英語)
→ティラーノ/サン・モリッツ間のベルニナ線の時刻表や料金等の情報も入手出来ます

- 新しい世界遺産ご紹介−その1 〜マントヴァとサッビオネータ〜
-
エリア:
- ヨーロッパ>イタリア>イタリアその他の都市
- テーマ:世界遺産
- 投稿日:2008/08/04 21:06
2008年7月、イタリアに世界遺産がまた増えました。
今回はルネッサンスの香り漂う北イタリアの二つの町「マントヴァ」と「サッビオネータ」をご紹介いたします。
北イタリア・ロンバルディア州ポー川渓谷エリアにある2つの町、マントヴァ(Mantova)とサッビオネータ(Sabbioneta)は、ともにルネッサンス期の都市計画と建築を代表する町。
3方を湖で囲まれたマントヴァは、町の歴史は古代ローマ時代に遡り、11世紀の「ロトンダ」やバロック期の「学術劇場」を始め、様々な時代の発展の跡が残っています。ルネッサンス期には、当時マントヴァを支配していたゴンザガ家により、既存の建物には改装の手が加えられ、町は拡張されて華麗なる都市発展を重ねました。
一方、マントヴァから30kmにあるサッビオネータは、統治者ゴンザガ家の王子 ヴェスパシアーノ・ゴンザガ公が16世紀後半に、当時の都市計画原理にそって立案し建設した「理想の町」で、星形の城塞の中には碁盤の目に整備された完璧な町が一時代で造られました。
この様に二つの町は都市形成の過程では異なりますが、時の支配者ゴンザガの強い指導力と影響の元、ルネッサンス的都市計画、そして建築美を具現化した秀逸なる実例として、又、ルネッサンス芸術文化の普及に貢献した役割が高く評価されています。
※マントヴァはミラノの東南158kmにあり、ヴェローナの南42km。
サッビオネータはマントヴァの西南30km
■ マントヴァとサッビオネータの観光的見どころ
【マントヴァ】
15〜17世紀を通じてイタリア芸術の中心だったマントヴァ。ルネッサンス期、マントヴァ公ゴンザガ家に嫁いだイザベラ・デステの芸術支援のもと、画家のマンテーニャ、建築家ジュリオ・ロマーノが活躍。
その繁栄を偲ばせるのが、華麗で壮大なるゴンザガ家の居城「ドゥカーレ宮殿」(Palazzo Ducale)で、マンテーニャの見事なフレスコで飾られた「婚礼の間」(Camera degli Sposi)は必見。ゴンザガ家の別荘だった「テ離宮」(Palazzo Te)は、ジュリオ・ロマーノによる美しい建築で内部も見どころがいっぱい。
他にもルネッサンス建築でマンテーニャの墓もある「サンタンドレア教会」(S.Andrea)、ロマネスク様式の「ロトンダ」と呼ばれる「サン・ロレンツォ聖堂」(Rotonda di San Lorenzo)等が観光のポイントとなります。
【サッビオネータ】
六角形の城塞の中に当時の「理想の町」が今も残る小さな町 サッビオネータでの見どころは、完璧なる美しさの「小劇場アンティーカ劇場」(Teatro all’Antica、古代風劇場)、ゴンザガ公のために建てられ、4体の木製の騎馬像が印象的な「ドゥカーレ宮殿」(Palazzo Ducale)、同じくゴンザガ公の私邸で質素な外観ながら内部のフレスコ装飾画が見事な「庭園宮殿」(Palazzo del Giardino)、ベスパシアーノ・ゴンザガ公の霊廟のある「インコロナータ教会」(Chiesa dell’Incoronata)等。
■ 音楽関係の見どころ
マントヴァはモンテヴェルディが17世紀宮廷音楽家を務め、ドゥカーレ劇場でオペラ「オルフェオ」、「アリアンナ」が初演されました。
オペラ「リゴレット」の舞台の町でもある事から、リゴレットの家を始めとした作品ゆかりの場所もあり、他にも美しい大劇場「ビビエーナ学術劇場」(Teatro Accademico Bibiena)や、サッビオネータにある「アンティーカ劇場」(古代風劇場)も芸術・音楽ファンに喜ばれるスポットです。
* 写真上: マントヴァの町 © Fototeca ENIT
* 写真下: サッビオネータのアンティーカ劇場 © Regione Lombardia

今回はルネッサンスの香り漂う北イタリアの二つの町「マントヴァ」と「サッビオネータ」をご紹介いたします。
北イタリア・ロンバルディア州ポー川渓谷エリアにある2つの町、マントヴァ(Mantova)とサッビオネータ(Sabbioneta)は、ともにルネッサンス期の都市計画と建築を代表する町。
3方を湖で囲まれたマントヴァは、町の歴史は古代ローマ時代に遡り、11世紀の「ロトンダ」やバロック期の「学術劇場」を始め、様々な時代の発展の跡が残っています。ルネッサンス期には、当時マントヴァを支配していたゴンザガ家により、既存の建物には改装の手が加えられ、町は拡張されて華麗なる都市発展を重ねました。
一方、マントヴァから30kmにあるサッビオネータは、統治者ゴンザガ家の王子 ヴェスパシアーノ・ゴンザガ公が16世紀後半に、当時の都市計画原理にそって立案し建設した「理想の町」で、星形の城塞の中には碁盤の目に整備された完璧な町が一時代で造られました。
この様に二つの町は都市形成の過程では異なりますが、時の支配者ゴンザガの強い指導力と影響の元、ルネッサンス的都市計画、そして建築美を具現化した秀逸なる実例として、又、ルネッサンス芸術文化の普及に貢献した役割が高く評価されています。
※マントヴァはミラノの東南158kmにあり、ヴェローナの南42km。
サッビオネータはマントヴァの西南30km
■ マントヴァとサッビオネータの観光的見どころ
【マントヴァ】
15〜17世紀を通じてイタリア芸術の中心だったマントヴァ。ルネッサンス期、マントヴァ公ゴンザガ家に嫁いだイザベラ・デステの芸術支援のもと、画家のマンテーニャ、建築家ジュリオ・ロマーノが活躍。
その繁栄を偲ばせるのが、華麗で壮大なるゴンザガ家の居城「ドゥカーレ宮殿」(Palazzo Ducale)で、マンテーニャの見事なフレスコで飾られた「婚礼の間」(Camera degli Sposi)は必見。ゴンザガ家の別荘だった「テ離宮」(Palazzo Te)は、ジュリオ・ロマーノによる美しい建築で内部も見どころがいっぱい。
他にもルネッサンス建築でマンテーニャの墓もある「サンタンドレア教会」(S.Andrea)、ロマネスク様式の「ロトンダ」と呼ばれる「サン・ロレンツォ聖堂」(Rotonda di San Lorenzo)等が観光のポイントとなります。
【サッビオネータ】
六角形の城塞の中に当時の「理想の町」が今も残る小さな町 サッビオネータでの見どころは、完璧なる美しさの「小劇場アンティーカ劇場」(Teatro all’Antica、古代風劇場)、ゴンザガ公のために建てられ、4体の木製の騎馬像が印象的な「ドゥカーレ宮殿」(Palazzo Ducale)、同じくゴンザガ公の私邸で質素な外観ながら内部のフレスコ装飾画が見事な「庭園宮殿」(Palazzo del Giardino)、ベスパシアーノ・ゴンザガ公の霊廟のある「インコロナータ教会」(Chiesa dell’Incoronata)等。
■ 音楽関係の見どころ
マントヴァはモンテヴェルディが17世紀宮廷音楽家を務め、ドゥカーレ劇場でオペラ「オルフェオ」、「アリアンナ」が初演されました。
オペラ「リゴレット」の舞台の町でもある事から、リゴレットの家を始めとした作品ゆかりの場所もあり、他にも美しい大劇場「ビビエーナ学術劇場」(Teatro Accademico Bibiena)や、サッビオネータにある「アンティーカ劇場」(古代風劇場)も芸術・音楽ファンに喜ばれるスポットです。
* 写真上: マントヴァの町 © Fototeca ENIT
* 写真下: サッビオネータのアンティーカ劇場 © Regione Lombardia

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- メキシコ / メキシコの鉄人が行く! 旅日記 〜 メキシコ国内世界遺産のベストシーズン到来! 〜
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エリア:
- 中南米>メキシコ>チチェンイッツア
- 中南米>メキシコ>メキシコその他の都市
- テーマ:世界遺産
- 投稿日:2008/01/26 13:10
メキシコには既に29箇所の世界遺産(文化遺産、自然遺産)がある事は既にご承知かと思いますが、ベストシーズンがある世界遺産が何ヵ所かあります。
その時期にしか見られない・体験する事が出来ない、今がチャンスの世界遺産を下記にご紹介いたします。
■ エル・ビスカイノのクジラ保護区 --- 時期: 1月中旬〜3月初旬
バハカリフォルニア半島中部の奥深いセバスティアン・ビスカイノ湾の浅瀬は、世界のコククジラの半数が生まれる繁殖地。
毎年出産ラッシュにあたるこの時期は、ホエールウォッチングがお楽しみいただけます。
■ モナルカ蝶保護区 --- 時期: 2月中旬頃
ミチョアカン州、標高 約3,000mの小さな町 アンガンゲオにある「モナルカ蝶」(アサギマダラ)の保護区。
毎年ロッキー山脈の厳しい冬を避けるため、蝶の大群は4,000kmの旅をし、この地で越冬します。
先日日本でも、岐阜県下呂市で9月に放したアサギマダラが、奄美大島で見つかった事でも有名な蝶です。
■ 古代都市チチェン・イツァ遺跡 --- 時期: 3月21日前後
古典期・後古典期最大のマヤ遺跡。
中心となるピラミッド型の神殿は、カスティーヨ(城)、又はククルカンのピラミッドと呼ばれ、古代メキシコの遺跡の中で最も美しいと賞されています。
そのカスティーヨにて年に2回だけ見られる「ククルカン降臨現象」は、地元のマヤ末裔の人々から、今なお深く信仰されています。
奇跡の現象をご自分の目で確かめるチャンスです。
その時期にしか見られない・体験する事が出来ない、今がチャンスの世界遺産を下記にご紹介いたします。
■ エル・ビスカイノのクジラ保護区 --- 時期: 1月中旬〜3月初旬
バハカリフォルニア半島中部の奥深いセバスティアン・ビスカイノ湾の浅瀬は、世界のコククジラの半数が生まれる繁殖地。
毎年出産ラッシュにあたるこの時期は、ホエールウォッチングがお楽しみいただけます。
■ モナルカ蝶保護区 --- 時期: 2月中旬頃
ミチョアカン州、標高 約3,000mの小さな町 アンガンゲオにある「モナルカ蝶」(アサギマダラ)の保護区。
毎年ロッキー山脈の厳しい冬を避けるため、蝶の大群は4,000kmの旅をし、この地で越冬します。
先日日本でも、岐阜県下呂市で9月に放したアサギマダラが、奄美大島で見つかった事でも有名な蝶です。
■ 古代都市チチェン・イツァ遺跡 --- 時期: 3月21日前後
古典期・後古典期最大のマヤ遺跡。
中心となるピラミッド型の神殿は、カスティーヨ(城)、又はククルカンのピラミッドと呼ばれ、古代メキシコの遺跡の中で最も美しいと賞されています。
そのカスティーヨにて年に2回だけ見られる「ククルカン降臨現象」は、地元のマヤ末裔の人々から、今なお深く信仰されています。
奇跡の現象をご自分の目で確かめるチャンスです。
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