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- トルコ一人旅 6/12 ブルサ ジブリのようなおとぎ話の町
-
エリア:
- 中近東>トルコ>ブルサ
- テーマ:グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2014/08/24 17:17
- コメント(0)
翌日、ホテルで知り合ったYukoさんと地球の歩き方で見たおとぎ話のような小さな田舎町に降り立った。
サフランボルのような、可愛らしい街並み。中世のままのイメージを残した石畳。お土産屋さんに並ぶものも、手編みの帽子やら、手作り感のある木苺のジャムやら。
ジブリにでてきそうな、素朴で温かい感じが詰まってる。
Yukoさんと小さな町を歩いて回って、朝食ぬきな私たちは、町の中心のブレックファストのお店に入った。
2段ポットたっぷりのチャイはおかわり自由、色々なチーズに、オリーブ、採れたてのトマトにキュウリの輪切り、木苺のジャム。
たった二人なのに、このボリューム。
どうやら、これが伝統的なトルコの朝ごはんのようだ。
日本で言えば、シャケの焼いたのに、出し巻き卵、お味噌汁に、納豆とのりに相当するんだそう。
そんなボリュームたっぷりの朝ごはんを楽しんでいたら、やっぱり洗礼の時間は訪れた!
観光客であるが故の洗礼、もといみんなお友達状態。
まずは、お隣のテーブルの人たちから話しかけられ、Yukoさんのトルコ語と、私の英語と、その以外ほとんどはボディランゲージ。
それがあっという間に飛び火して、他のテーブル。
そして、とうとう遠足できた子供達まで。
イスタンブールの外国人慣れした人たちとは異なり、全身で歓迎してくれるこの感じ。これぞ、トルコ!やっぱりうれしいよね。
あぁ、トルコ語また勉強しなくっちゃ。
そんな楽しい国際交流を楽しんだ後は、Yukoさんと一旦分かれて個別行動を開始。ブルサの歴史を知りたくって、市の博物館を訪れてみた。
トルコを代表する、鉄器や織物、陶器などの産業の紹介をしていて、なかなか楽しめる。
その後、さもウードらしき楽器をもっている人を発見し、その人がこれから演奏しに行くというので、そのミュージックカフェへ。
小さいカフェには、人がぎゅうぎゅう詰め。
純粋に音楽を楽しみに来ているみたい。
つくづくトルコ人って国民総出で音楽家だなぁって思う。
一人でいくつもの楽器を弾けちゃうんだもん。
私も、ダルブッカを渡されたけど、叩いた途端取り上げられちゃいました(笑)
そのあと、ムラドジャーミーを目指していったけど、改装中とのこと。
ざんねーーん!!
ちょっと悲しかったので、その周辺にあった博物館を二つ攻略した。
特に楽しかったのは、服飾博物館。
オスマン支配のあったエリアの、伝統的な民族服を紹介していた。
残念ながら、写真は撮れなかったんだけど、そこにいた館長のお友達っていう男の子たちとおしゃべりして楽しかった。
イスタンブールのめんどくさい男どものように、下手くそなお世辞をいったり、ボディタッチをしてきたり、なんてことはなく、純粋なる好奇心でいろいろ聞いてくれる。
こういうのがいいんだよねーー。
後ろ髪をひかれつつ彼らとさようならをして、Yukoさんと再合流。
夕ご飯を食べた後、ハマムに行こうということになったのに、何ということ、この日は祝日だったらしく早く閉店しちゃうんだそうな。
明日リベンジすることにして、今日は早めにベッドに戻ることにした。
ハマムは残念だったけど、自分の動物的感覚を信じてブルサ行きを決行して本当によかったと思った。
イスタンブールは歴史と芸術の宝庫だけど、ブルサに来なかったらこのささやかな驚きと感動はなかったよね。
テレビで世界遺産を見れてしまうこの時代に、私が一番感じたいのはやっぱり人とのかかわりなんです。
サフランボルのような、可愛らしい街並み。中世のままのイメージを残した石畳。お土産屋さんに並ぶものも、手編みの帽子やら、手作り感のある木苺のジャムやら。
ジブリにでてきそうな、素朴で温かい感じが詰まってる。
Yukoさんと小さな町を歩いて回って、朝食ぬきな私たちは、町の中心のブレックファストのお店に入った。
2段ポットたっぷりのチャイはおかわり自由、色々なチーズに、オリーブ、採れたてのトマトにキュウリの輪切り、木苺のジャム。
たった二人なのに、このボリューム。
どうやら、これが伝統的なトルコの朝ごはんのようだ。
日本で言えば、シャケの焼いたのに、出し巻き卵、お味噌汁に、納豆とのりに相当するんだそう。
そんなボリュームたっぷりの朝ごはんを楽しんでいたら、やっぱり洗礼の時間は訪れた!
観光客であるが故の洗礼、もといみんなお友達状態。
まずは、お隣のテーブルの人たちから話しかけられ、Yukoさんのトルコ語と、私の英語と、その以外ほとんどはボディランゲージ。
それがあっという間に飛び火して、他のテーブル。
そして、とうとう遠足できた子供達まで。
イスタンブールの外国人慣れした人たちとは異なり、全身で歓迎してくれるこの感じ。これぞ、トルコ!やっぱりうれしいよね。
あぁ、トルコ語また勉強しなくっちゃ。
そんな楽しい国際交流を楽しんだ後は、Yukoさんと一旦分かれて個別行動を開始。ブルサの歴史を知りたくって、市の博物館を訪れてみた。
トルコを代表する、鉄器や織物、陶器などの産業の紹介をしていて、なかなか楽しめる。
その後、さもウードらしき楽器をもっている人を発見し、その人がこれから演奏しに行くというので、そのミュージックカフェへ。
小さいカフェには、人がぎゅうぎゅう詰め。
純粋に音楽を楽しみに来ているみたい。
つくづくトルコ人って国民総出で音楽家だなぁって思う。
一人でいくつもの楽器を弾けちゃうんだもん。
私も、ダルブッカを渡されたけど、叩いた途端取り上げられちゃいました(笑)
そのあと、ムラドジャーミーを目指していったけど、改装中とのこと。
ざんねーーん!!
ちょっと悲しかったので、その周辺にあった博物館を二つ攻略した。
特に楽しかったのは、服飾博物館。
オスマン支配のあったエリアの、伝統的な民族服を紹介していた。
残念ながら、写真は撮れなかったんだけど、そこにいた館長のお友達っていう男の子たちとおしゃべりして楽しかった。
イスタンブールのめんどくさい男どものように、下手くそなお世辞をいったり、ボディタッチをしてきたり、なんてことはなく、純粋なる好奇心でいろいろ聞いてくれる。
こういうのがいいんだよねーー。
後ろ髪をひかれつつ彼らとさようならをして、Yukoさんと再合流。
夕ご飯を食べた後、ハマムに行こうということになったのに、何ということ、この日は祝日だったらしく早く閉店しちゃうんだそうな。
明日リベンジすることにして、今日は早めにベッドに戻ることにした。
ハマムは残念だったけど、自分の動物的感覚を信じてブルサ行きを決行して本当によかったと思った。
イスタンブールは歴史と芸術の宝庫だけど、ブルサに来なかったらこのささやかな驚きと感動はなかったよね。
テレビで世界遺産を見れてしまうこの時代に、私が一番感じたいのはやっぱり人とのかかわりなんです。
- トルコ一人旅 6/11 急遽ブルサへ
-
エリア:
- 中近東>トルコ>ブルサ
- テーマ:歴史・文化・芸術
- 投稿日:2014/08/08 11:36
- コメント(0)
サフランボルでの気ままな一人旅を経験してしまった私、そうしたら慌ただしいイスタンブールにそのまま帰るのが勿体無く思ってしまった。
昨晩のうちに、長距離バスのチケットをとっておいて、いざブルサへ。
ブルサは、オスマン帝国初期の首都。
イスタンブールに首都を設ける前、まだオスマン帝国が、中央アジアの香りをさせ、遊牧騎馬民族の荒々しさを残していた頃の面影が見える。
サフランボルを早朝に出たのにもかかわらず、ブルサに到着したのは午後3時ごろだった。
早速、1泊1部屋20ドルほどの安ホテルにチェックイン。
安いし、中心部だし、昨日ので今日でとれた宿だし、文句は言わない約束だけど、お布団がしっとり湿気を帯びてるのはやっぱり怖いよぅ。
朝に胡麻付きパンのシミットを食べて以来だったから、お腹がすいた!
ブルサといえば、有名なケバブ屋さんの発祥の地らしいけど、あんまり肉に興味のないうえ、チェーン店にも興味のない私は、地元っぽいロカンタに入った。
トルコ語は相変わらず伸びないけど、トルコ料理屋でバイトしたことがあるので、料理名と味が分かるのは、私の強みである。
ほうれん草のヨーグルトかけと、お豆さんののったピラゥを注文、しめて400円ほど?お手軽なんです。
そして、世界三代料理であるトルコ料理、ツアーなんかで連れて行かれるレストランでなきゃ、どこでも美味しい。
むしろ、安っぽそうなロカンタのほうがずっとが美味しい料理な気がする。
満腹中枢も満たされ、ロカンタの裏に続くバザールを抜け、ブルサが誇るモスク、ウルジャーミーへ。
ブルーモスクとも、イェニジャーミーとも違うその意匠。
華やかなオスマン隆盛期とはまた違う、なんていうんだろう、洗練されてはいるものの、戦士としての芯の強さが残るっているような、そんな装飾。
中央のドームには大きな天窓が施され、そこから注ぐ光が、その下の泉を照らしている。
建物の中にいるのに、テラスにいるような気分にさせられる。
イスタンブールのモスクのように礼儀を欠いた観光客もいなくて、静かで敬虔な時間が流れてる感じがするんだよねぇ。
すでに、ブルサの虜になりつつある私。
小一時間ほどゆっくりした後、町の散策に繰り出すことにした。
海外からの観光客は私1人?
安ホテルのオーナーのおばさんいはく、もう一人日本人女性が泊まっているとのことだけど、彼女を除けば、日本人は私1人?っていう感じ。
中東のバザールの例にたがわず、貴金属、服飾、日用雑貨、食品とエリアごとに分かれている。
何にも買わなくっても、八百屋さんて立ち止まって見ちゃうんだよね。
いくらくらいするか知りたくなっちゃう。
総じて、日用品は安い!どでかいストロベリーがキロ単位で500円もしない。
あちこち歩き回った後は、一旦ホテルに戻って一休み。
毎晩夜9時から、旋回舞踊で有名なセマーのショーを無料で見ることができる場所があるんだそうだ。
そこで始めて、同じホテルに宿泊しているYukoさんと知り合った。
可愛いだけでなく、その外見ににず海外歴の長い猛者っぽい香りもする魅力的な人で、ブルサでの出会いもいいものになりそうな予感満載。
2階席を陣取ってくるくる回る人をみる。ただひたすら回ってるのを見る。
神事的な厳かな雰囲気。
トランス状態に入っている踊り手の青年たち。
っていうか、ターンの苦手な私は、尊敬しまくっていたけど。
回るつづけること30分。
拍手ではなく、お祈りで場は終わった。
本当、尊敬。30分回り尽くしても、足元ぶれてないんだもん。
その後、Yukoさんと私は、友人に教えてもらった生演奏が聞けるレストランへ。
だってーーー、生音が聞きたんだもーーん。
夜の10時を過ぎたそこは、もう出来上がっている感じ。
通りの両側にテーブルがでて、等間隔で生バンドが、演奏合戦を繰り広げている。
お客もまじって、歌うわ踊るわ、踊らにゃ損損状態になってる。
イスタンブールでドラムを買った私。
いつか彼らのようになれるんだろうか。。。
直感で動いたときは、いつも大正解。
突然決めたブルサ行きも、想像以上に楽しめた。
そうそう、この調子。
明日は、ブルサ郊外にある小さな村に行くことに、Yukoさんと満場一致で決定。
湿ったお布団は怖いが、眠ってしまえばこっちのものだ!
昨晩のうちに、長距離バスのチケットをとっておいて、いざブルサへ。
ブルサは、オスマン帝国初期の首都。
イスタンブールに首都を設ける前、まだオスマン帝国が、中央アジアの香りをさせ、遊牧騎馬民族の荒々しさを残していた頃の面影が見える。
サフランボルを早朝に出たのにもかかわらず、ブルサに到着したのは午後3時ごろだった。
早速、1泊1部屋20ドルほどの安ホテルにチェックイン。
安いし、中心部だし、昨日ので今日でとれた宿だし、文句は言わない約束だけど、お布団がしっとり湿気を帯びてるのはやっぱり怖いよぅ。
朝に胡麻付きパンのシミットを食べて以来だったから、お腹がすいた!
ブルサといえば、有名なケバブ屋さんの発祥の地らしいけど、あんまり肉に興味のないうえ、チェーン店にも興味のない私は、地元っぽいロカンタに入った。
トルコ語は相変わらず伸びないけど、トルコ料理屋でバイトしたことがあるので、料理名と味が分かるのは、私の強みである。
ほうれん草のヨーグルトかけと、お豆さんののったピラゥを注文、しめて400円ほど?お手軽なんです。
そして、世界三代料理であるトルコ料理、ツアーなんかで連れて行かれるレストランでなきゃ、どこでも美味しい。
むしろ、安っぽそうなロカンタのほうがずっとが美味しい料理な気がする。
満腹中枢も満たされ、ロカンタの裏に続くバザールを抜け、ブルサが誇るモスク、ウルジャーミーへ。
ブルーモスクとも、イェニジャーミーとも違うその意匠。
華やかなオスマン隆盛期とはまた違う、なんていうんだろう、洗練されてはいるものの、戦士としての芯の強さが残るっているような、そんな装飾。
中央のドームには大きな天窓が施され、そこから注ぐ光が、その下の泉を照らしている。
建物の中にいるのに、テラスにいるような気分にさせられる。
イスタンブールのモスクのように礼儀を欠いた観光客もいなくて、静かで敬虔な時間が流れてる感じがするんだよねぇ。
すでに、ブルサの虜になりつつある私。
小一時間ほどゆっくりした後、町の散策に繰り出すことにした。
海外からの観光客は私1人?
安ホテルのオーナーのおばさんいはく、もう一人日本人女性が泊まっているとのことだけど、彼女を除けば、日本人は私1人?っていう感じ。
中東のバザールの例にたがわず、貴金属、服飾、日用雑貨、食品とエリアごとに分かれている。
何にも買わなくっても、八百屋さんて立ち止まって見ちゃうんだよね。
いくらくらいするか知りたくなっちゃう。
総じて、日用品は安い!どでかいストロベリーがキロ単位で500円もしない。
あちこち歩き回った後は、一旦ホテルに戻って一休み。
毎晩夜9時から、旋回舞踊で有名なセマーのショーを無料で見ることができる場所があるんだそうだ。
そこで始めて、同じホテルに宿泊しているYukoさんと知り合った。
可愛いだけでなく、その外見ににず海外歴の長い猛者っぽい香りもする魅力的な人で、ブルサでの出会いもいいものになりそうな予感満載。
2階席を陣取ってくるくる回る人をみる。ただひたすら回ってるのを見る。
神事的な厳かな雰囲気。
トランス状態に入っている踊り手の青年たち。
っていうか、ターンの苦手な私は、尊敬しまくっていたけど。
回るつづけること30分。
拍手ではなく、お祈りで場は終わった。
本当、尊敬。30分回り尽くしても、足元ぶれてないんだもん。
その後、Yukoさんと私は、友人に教えてもらった生演奏が聞けるレストランへ。
だってーーー、生音が聞きたんだもーーん。
夜の10時を過ぎたそこは、もう出来上がっている感じ。
通りの両側にテーブルがでて、等間隔で生バンドが、演奏合戦を繰り広げている。
お客もまじって、歌うわ踊るわ、踊らにゃ損損状態になってる。
イスタンブールでドラムを買った私。
いつか彼らのようになれるんだろうか。。。
直感で動いたときは、いつも大正解。
突然決めたブルサ行きも、想像以上に楽しめた。
そうそう、この調子。
明日は、ブルサ郊外にある小さな村に行くことに、Yukoさんと満場一致で決定。
湿ったお布団は怖いが、眠ってしまえばこっちのものだ!
- トルコ一人旅 6/10 サフランボルの鍾乳洞
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エリア:
- 中近東>トルコ>サフランボル
- テーマ:世界遺産 自然・植物
- 投稿日:2014/07/25 21:57
- コメント(0)
翌朝、ホテルのリビングエリアで、1人静かにトルコ風の朝食を楽しむ。
今日は、サフランボルからちょっと離れたところにある鍾乳洞に行くことにしていた。
トルコ人の友人が、広場にいたタクシーのおじちゃんと話をつけてくれたせいか
鍾乳洞往復・滞在の約2時間コースで、80リラくらいでいいという。
友人との待ち合わせにはちょっと早かったので、あたりを散策。
観光地のわりに、すれてない素朴な感じのサフランボルの人たち。
古い街並みが続く小さな田舎町は、世界遺産に認定されている。
鍛冶屋さんなんかがあったり。
すごい素朴。ジブリの世界みたい。
小一時間ほどぶらついて、広場で友人と合流。
さぁ、鍾乳洞へ!
タクシーで約20分、サフランボルの新市街を抜けると、あっという間にしぜんの真っ只中。
鍾乳洞の入り口で、おじさんに5リラ程度の入場料を払って内部へ。
そんなに期待していなかったせいか、感激。
奥行きはざっと500mくらいあるんじゃないかな。
通路沿いに上下左右、鍾乳洞探索。単純なわたしは、これだけでもう探検家気分。
インディジョーンズのテーマソングを歌い始める。
残念ながら、トルコ人の友人には馴染みのない曲だったみたいだけど。
鍾乳洞のなかには、はてしなく透明度の高い池みたいなものが出来上がっていたり。
カッパドキアに匹敵しそうな、奇怪な造詣。
あっという間の鍾乳洞探検も終わり、サフランボルの旧市街に戻ってきたわたしと友人。
町一番の高台にあるカフェで一息してから、街中にあるキャラバンサライへ。
オスマン時代に交通の要所として栄えたサフランボル。
街の有力者の名前をとって名付けられたこのジンジサライ、
今はホテルとして改装されていると同時に、1リラの入場料を払えばテラスエリアのちょっとした展示物をみて回ることもできる。
オスマン時代の装束や、生活の様子、または歴代のスルタンの肖像画まで。
その後、さすがにお腹の空いた私たちは、街中でお昼ご飯を食べた。
わたしはタウックシシ(鶏肉の串焼き)、友人はキョフテ(牛肉または羊肉のハンバーグ)を注文。暑いし、疲れたときには、アイランがいいんだそうだ。
友人のすすめに従って、アイランも注文。
実は、今までの経験からキョフテなんておいしくない、って思っていた私。
けれども、友人から一口もらったキョフテはそれを覆すおいしさだった!
ポイントは、手作りキョフテかどうかで違うんだそうな。
見分けるには、店先に、生肉のキョフテが並んでいるかどうか。
それを聞いて、それからは必ずお肉屋さんでキョフテを食べるようにしたら、本当にはずれはなかった。
そんなこんなで、もう午後の3時近い。
アンカラからきてくれた友人は4:30pm頃にサフランボルをでなくてはいけないという。
たくさんお世話になったのに、ちゃんとしたお礼できないまま、さようなら。
次回は、たくさんお礼をしようと誓いつつ。
頼りになる友人が去ったと、ポツンと1人、嬉しいような寂しいような気持ちに浸る。
でも、もう一度生演奏を聞きに行きたい!
わたしは、ホテルにチェックインしたばかりのアメリカ人君を引っ掛けて、
この夜も伝統音楽の生演奏を楽しんだのでした。
本当ならこのままイスタンブールに帰る予定だった。
でも、なんだか物足りない。
ツアーで行く観光地なんかじゃみれない素朴なトルコを感じたい。
そして私はブルサ行きを決行したのでした。
今日は、サフランボルからちょっと離れたところにある鍾乳洞に行くことにしていた。
トルコ人の友人が、広場にいたタクシーのおじちゃんと話をつけてくれたせいか
鍾乳洞往復・滞在の約2時間コースで、80リラくらいでいいという。
友人との待ち合わせにはちょっと早かったので、あたりを散策。
観光地のわりに、すれてない素朴な感じのサフランボルの人たち。
古い街並みが続く小さな田舎町は、世界遺産に認定されている。
鍛冶屋さんなんかがあったり。
すごい素朴。ジブリの世界みたい。
小一時間ほどぶらついて、広場で友人と合流。
さぁ、鍾乳洞へ!
タクシーで約20分、サフランボルの新市街を抜けると、あっという間にしぜんの真っ只中。
鍾乳洞の入り口で、おじさんに5リラ程度の入場料を払って内部へ。
そんなに期待していなかったせいか、感激。
奥行きはざっと500mくらいあるんじゃないかな。
通路沿いに上下左右、鍾乳洞探索。単純なわたしは、これだけでもう探検家気分。
インディジョーンズのテーマソングを歌い始める。
残念ながら、トルコ人の友人には馴染みのない曲だったみたいだけど。
鍾乳洞のなかには、はてしなく透明度の高い池みたいなものが出来上がっていたり。
カッパドキアに匹敵しそうな、奇怪な造詣。
あっという間の鍾乳洞探検も終わり、サフランボルの旧市街に戻ってきたわたしと友人。
町一番の高台にあるカフェで一息してから、街中にあるキャラバンサライへ。
オスマン時代に交通の要所として栄えたサフランボル。
街の有力者の名前をとって名付けられたこのジンジサライ、
今はホテルとして改装されていると同時に、1リラの入場料を払えばテラスエリアのちょっとした展示物をみて回ることもできる。
オスマン時代の装束や、生活の様子、または歴代のスルタンの肖像画まで。
その後、さすがにお腹の空いた私たちは、街中でお昼ご飯を食べた。
わたしはタウックシシ(鶏肉の串焼き)、友人はキョフテ(牛肉または羊肉のハンバーグ)を注文。暑いし、疲れたときには、アイランがいいんだそうだ。
友人のすすめに従って、アイランも注文。
実は、今までの経験からキョフテなんておいしくない、って思っていた私。
けれども、友人から一口もらったキョフテはそれを覆すおいしさだった!
ポイントは、手作りキョフテかどうかで違うんだそうな。
見分けるには、店先に、生肉のキョフテが並んでいるかどうか。
それを聞いて、それからは必ずお肉屋さんでキョフテを食べるようにしたら、本当にはずれはなかった。
そんなこんなで、もう午後の3時近い。
アンカラからきてくれた友人は4:30pm頃にサフランボルをでなくてはいけないという。
たくさんお世話になったのに、ちゃんとしたお礼できないまま、さようなら。
次回は、たくさんお礼をしようと誓いつつ。
頼りになる友人が去ったと、ポツンと1人、嬉しいような寂しいような気持ちに浸る。
でも、もう一度生演奏を聞きに行きたい!
わたしは、ホテルにチェックインしたばかりのアメリカ人君を引っ掛けて、
この夜も伝統音楽の生演奏を楽しんだのでした。
本当ならこのままイスタンブールに帰る予定だった。
でも、なんだか物足りない。
ツアーで行く観光地なんかじゃみれない素朴なトルコを感じたい。
そして私はブルサ行きを決行したのでした。
- トルコ一人旅 6/9 サフランボルで生演奏
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エリア:
- 中近東>トルコ>サフランボル
- テーマ:スパ・エステ 世界遺産 グルメ
- 投稿日:2014/07/23 13:01
- コメント(0)
バスの中、体の節々に痛みを感じつつ起きると、サフランボルの田舎町が広がっていた。
早朝6時、町の中心部から少し離れたオトガルで夜行バスを降りる。
Metroのスタッフが、滞在。予定のホテルに連絡を入れてくれたので、少ししてホテルの若オーナーが車で迎えに来てくれた。
サフランボルでのお宿は、町の中心部である広場を見下ろせる高台にあるEfe Hotel。
チェックインはできなかったので、受付のある入り口のソファでねっころんで、
ジンジハマムがあくのを待つ。
9時、開店と同時に、広場の中心に位置するハマムへ。
日本円で2500円程度で、アカスリ、マッサージもついてくる。
これ、イスタンブールの半額以下の値段。
ガイドブックに書いてあったとおり、スタッフは英語ができない。
けど、だからってたいした問題じゃない。
だって、ハマムですることなんて、
1. さらし風タオルを体に巻いてハマムの中へ
2. へそ石の上に寝そべってまつべし
3. ケセジ(マッサージ師のおばさん)にされるがままにアカスリをされ、
4. これまたケセジにされるがままにガシガシシャンプーされ、
5. 頭から生ぬるいお湯をぶっかけられて終わり、
だから。
この日は平日っていうこともあって、お客は私1人。
シンジハマムの高いドーム内で、いい湯だなぁあははんとか歌いつつ午前を過ごした。
午後一番、ベリーダンス関係の知人のトルコ人男性と落ち合い、空きっ腹の私はサフランボル中心部のカフェへ。
オープンカフェの椅子には、猫が居眠りを決め込んでる。
私が真横に座っても警戒心ゼロ。
アンカラからわざわざ来てくれた友人とおしゃべりを楽しんだ後、高台にあるサフランボル歴史博物館へ向かおうとすると、晴天だった空が一気に鈍色がかった。
博物館の入り口に着いた時には、もう本降り。
本物のスコールを知っているわたしにはたいしたことないけれど、それでもかなりの大雨。
しかも、博物館はこの日がお休みだった。
傘もなくついていない私たちは、雨宿りがてら、フォークロアのステップの練習を開始。
何を隠そう、この友人、トルコフォークロア音楽、ダンスともに先生級。
本業が別にあるから、専業でやっていないというだけで、キャリアはなんと20年以上なのだ。
そんな人に無料プライベートレッスン。
雨が弱まる頃には、ステップを2、3マスターしていた!
これで、今夜生演奏と踊れるわ。
高台からジンジハマムのある広場までおりていく道すがら、友人が木の実をとって食べさせてくれた。
自然な甘みで美味しい。でも、これって日本語でなんていうの?
そのあと、腹ペコな私たちは、オープンカフェのレストランへ。
オムレツ風のメネメンと、トルコ風水ギョウザのマントゥ、ごはんをぶどうの皮で包んだサユップを注文。
マントゥ専門店というだけあって、具沢山で美味しかった。
でもこれだけ食べても1000円もしないもんね。日本なら3000円越えちゃうぞ。
その後、一度ホテルに戻ってしばし休憩。
1時間ほどして目覚めたら、なんだか悪寒がする。
もしかしてとうとう、疲れからかなんかで風邪をひいたか!
わざわざアンカラからきてくれた友人に詫び、お薬を飲んでお布団にくるまる。
憧れのサフランボルでこんなことにーーー!
で、ふと気がついた。
これ、湯あたりだよ。
3時間近くハマムにいちゃ、そりゃさしものの日本人だって湯あたりおこすっての。
今度は頭痛薬を飲んでしばしまつ。
すると、すーっと気分が楽になってきた。
友人は、日本人男性と友達になって、ライブミュージックを聞きに行っている。
夜の帳もすっかり降りた頃、私は、気を取り直して合流した。
友人が友達になったのは、20代後半の好青年。学校の先生だったんだとか。
トルコを皮切りに、3ヶ月ほど旅して回るんだそう。
いるいる、楽しいのが。
オープンカフェで、スープとピラフ、ヨーグルトの夕食を食べながら、音楽を聴く。
イスタンブールできいたのよりももっと素朴で、伝統的なトルコ民謡の数々。
すっかり元気になったわたしは、早速昼間教わったステップで踊った。
みんなで、小指をつなぎ、マイムマイムに似たステップを踏んで、カフェをぐるりと一巡する。
あぁ、なんて素敵なんでしょ。
興奮冷めやらぬ私たちはそのあともう一軒はしごして、サフランボルの夜更けを楽しみました。
湯あたりをなんて、糞食らえだ!
早朝6時、町の中心部から少し離れたオトガルで夜行バスを降りる。
Metroのスタッフが、滞在。予定のホテルに連絡を入れてくれたので、少ししてホテルの若オーナーが車で迎えに来てくれた。
サフランボルでのお宿は、町の中心部である広場を見下ろせる高台にあるEfe Hotel。
チェックインはできなかったので、受付のある入り口のソファでねっころんで、
ジンジハマムがあくのを待つ。
9時、開店と同時に、広場の中心に位置するハマムへ。
日本円で2500円程度で、アカスリ、マッサージもついてくる。
これ、イスタンブールの半額以下の値段。
ガイドブックに書いてあったとおり、スタッフは英語ができない。
けど、だからってたいした問題じゃない。
だって、ハマムですることなんて、
1. さらし風タオルを体に巻いてハマムの中へ
2. へそ石の上に寝そべってまつべし
3. ケセジ(マッサージ師のおばさん)にされるがままにアカスリをされ、
4. これまたケセジにされるがままにガシガシシャンプーされ、
5. 頭から生ぬるいお湯をぶっかけられて終わり、
だから。
この日は平日っていうこともあって、お客は私1人。
シンジハマムの高いドーム内で、いい湯だなぁあははんとか歌いつつ午前を過ごした。
午後一番、ベリーダンス関係の知人のトルコ人男性と落ち合い、空きっ腹の私はサフランボル中心部のカフェへ。
オープンカフェの椅子には、猫が居眠りを決め込んでる。
私が真横に座っても警戒心ゼロ。
アンカラからわざわざ来てくれた友人とおしゃべりを楽しんだ後、高台にあるサフランボル歴史博物館へ向かおうとすると、晴天だった空が一気に鈍色がかった。
博物館の入り口に着いた時には、もう本降り。
本物のスコールを知っているわたしにはたいしたことないけれど、それでもかなりの大雨。
しかも、博物館はこの日がお休みだった。
傘もなくついていない私たちは、雨宿りがてら、フォークロアのステップの練習を開始。
何を隠そう、この友人、トルコフォークロア音楽、ダンスともに先生級。
本業が別にあるから、専業でやっていないというだけで、キャリアはなんと20年以上なのだ。
そんな人に無料プライベートレッスン。
雨が弱まる頃には、ステップを2、3マスターしていた!
これで、今夜生演奏と踊れるわ。
高台からジンジハマムのある広場までおりていく道すがら、友人が木の実をとって食べさせてくれた。
自然な甘みで美味しい。でも、これって日本語でなんていうの?
そのあと、腹ペコな私たちは、オープンカフェのレストランへ。
オムレツ風のメネメンと、トルコ風水ギョウザのマントゥ、ごはんをぶどうの皮で包んだサユップを注文。
マントゥ専門店というだけあって、具沢山で美味しかった。
でもこれだけ食べても1000円もしないもんね。日本なら3000円越えちゃうぞ。
その後、一度ホテルに戻ってしばし休憩。
1時間ほどして目覚めたら、なんだか悪寒がする。
もしかしてとうとう、疲れからかなんかで風邪をひいたか!
わざわざアンカラからきてくれた友人に詫び、お薬を飲んでお布団にくるまる。
憧れのサフランボルでこんなことにーーー!
で、ふと気がついた。
これ、湯あたりだよ。
3時間近くハマムにいちゃ、そりゃさしものの日本人だって湯あたりおこすっての。
今度は頭痛薬を飲んでしばしまつ。
すると、すーっと気分が楽になってきた。
友人は、日本人男性と友達になって、ライブミュージックを聞きに行っている。
夜の帳もすっかり降りた頃、私は、気を取り直して合流した。
友人が友達になったのは、20代後半の好青年。学校の先生だったんだとか。
トルコを皮切りに、3ヶ月ほど旅して回るんだそう。
いるいる、楽しいのが。
オープンカフェで、スープとピラフ、ヨーグルトの夕食を食べながら、音楽を聴く。
イスタンブールできいたのよりももっと素朴で、伝統的なトルコ民謡の数々。
すっかり元気になったわたしは、早速昼間教わったステップで踊った。
みんなで、小指をつなぎ、マイムマイムに似たステップを踏んで、カフェをぐるりと一巡する。
あぁ、なんて素敵なんでしょ。
興奮冷めやらぬ私たちはそのあともう一軒はしごして、サフランボルの夜更けを楽しみました。
湯あたりをなんて、糞食らえだ!
- トルコ一人旅 6/8 夜行便でサフランボルへ
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エリア:
- 中近東>トルコ>イスタンブール
- 中近東>トルコ>サフランボル
- テーマ:観光地 鉄道・乗り物 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2014/07/14 17:16
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今夜、憧れのサフランボルにいく!
にもかかわらず、チケットとれておらず。
昨日のめんどくさいトルコ人は手伝うよといいつつ、結局手伝ってくれなかったし。
すると、同室のベトナム系アメリカ人のキムが、今夜カッパドキヤにいくという。
しかも、これからそばの旅行会社で手配するというので、同行させてもらった。
サフランボルにいくバス会社は現在数社程度とのこと。
大手のMetroで、片道45リラでとってもらった。
キムのカッパドキヤ行きを見送ってから出発できる!
やったーー
トルコははじめてというキム。
本当は、ルメリヒサルの上を散歩したいなぁとか、思っていたけど、
一緒にまわりたそうなキムの雰囲気に、一期一会だし、とおつきあいすることに。
日もすっかり登りきって、メジャーな場所はどこも混み合い絶好調!
アヤソフィアの外観をみてアヤソフィアの説明をし、地下宮殿の説明、コンスタンチノープルの陥落の話をしてあげたら、トルコのガイドブックすらないという彼女にえらく感謝されちゃったりして。
いちいち感動してくれるキム、悪い気はしないよね。うふふ。
せめてブルーモスクをみせてあげてから、
キムが人づてに聞いて食べたがっていた鯖サンドを目指して歩く。
いつもの、ガラタ橋のたもとに、今日もありました!
満員御礼の、鯖サンドスタンドもとい、鯖サンド舟!
3リラ払って、お腹いっぱい。
キムもご満悦。
その後、ボスフォラスクルーズをするつもりが、アジア側への連絡船に飛び乗ってしまい、軽くクルーズ気分を味わって、図らずもアジアサイドのウスキュダルヘ。
ヨーロッパサイドに比べ、ぐっとローカル色が強くなる。
楽しい!
早速散策だ!
なぜかトルコのパン屋さんが好きな私は、パン屋さんの写真をパチリ。
どうやら、トラブゾンで作られる大きなベロンベロンのパンに興味があるらしい。
そのまま気ままに歩いて行くと、あれ?
道義をきた猛者たちがいる!しかも、ケーキ食べているし!
躊躇せず話しかけちゃった私に、とても気さくな彼ら。
みなさん、それぞれ、古武術の有段者らしい。
しかも、二刀流の宗家の先生までいらっしゃる!
いやぁ、なんだかすごい出会いだなぁ。
アジアの果てで、日本の古武術を学んでいるトルコ人と会うなんて。
興味津々の私に、この後のクラスにでてみないかと行ってくれたけど、
残念なことにそろそろ帰らないといけない。
私は、後ろ髪惹かれつつ、不思議な彼らにさようならした。
一旦ホステルに戻って、2泊3日のサフランボル用にパッキング。
私とキムはスルタンアフメット駅前に向かい、オトガル行きのバスに乗り込んだ。
でも、ここで知っている人は、あれって思うはず。
私の買ったチケットは、Metroのじゃないかって?
そうです。Metro社には、お迎えバスなんてサービスはありません。
が!キムと一緒に行きたかったし、キムの使うバス会社のお迎えバスに乗り込んじゃったのです。
ひとり、ふたり、三人、、、あれ1人多い?
番長皿屋敷の反対バージョンですね、はい。
何度も人数を数え直すスタッフを尻目に、しれっと爆睡を決め込んじゃった。
見つかったら、「英語話せなくって」って突然日本人アクセントで話しちゃうつもりだった。
いい年して、本当にすみません。
1時間くらいして無事オトガルに到着。
これまたしれっと、キムの使うバス会社の綺麗な待合室に荷物を預け(まったく反省の色なし)、Metro社のカウンターの場所をチェック。
左右対称のオトガルでは、自分のバス会社の番号を覚えておかないとえらい目に遭う。
どっちがどっちだかわからなくなるんだよねぇ。
暗くなると余計わかりづらいし、戸惑うし。
オトガルの中にある、小汚い感じの食堂で、
ほうれん草のペーストにしたのと、クスクスを頼んで腹ごしらえ。15リラとちょっとお高めだけど、量はトルコ流で半端ない。
食に保守的なキムは、無難にドネルケバブ。
お腹もいっぱいになった頃、キムの出立の時間。
ハグして、お互いの旅の無事を祈って、バイバイした。
私も、其の後2時間くらい待ってようやく出発することになった。
サフランボル行きのバスは、1人で2席陣取れるくらいの、ちょうどいい混み具合。
オフシーズンだし、外国人はもちろん、私だけ。
近くの席のトルコ人と思われるおっさんは、異様に私を凝視するけど、
シカト。ひたすら眠りこけた。
よく、トイレ休憩をしていたら、バスに置いていかれるって話を聞くけど、
私の場合、いろんな意味で目立っていたから、そんなこともなかった。
トイレの場所までしっかり教えてくれて、戻って来た時には、
「こっちだよ」って手も振ってくれて、優しくしてもらいました。
明日目が覚めたら、サフランボル!
楽しみ!!
にもかかわらず、チケットとれておらず。
昨日のめんどくさいトルコ人は手伝うよといいつつ、結局手伝ってくれなかったし。
すると、同室のベトナム系アメリカ人のキムが、今夜カッパドキヤにいくという。
しかも、これからそばの旅行会社で手配するというので、同行させてもらった。
サフランボルにいくバス会社は現在数社程度とのこと。
大手のMetroで、片道45リラでとってもらった。
キムのカッパドキヤ行きを見送ってから出発できる!
やったーー
トルコははじめてというキム。
本当は、ルメリヒサルの上を散歩したいなぁとか、思っていたけど、
一緒にまわりたそうなキムの雰囲気に、一期一会だし、とおつきあいすることに。
日もすっかり登りきって、メジャーな場所はどこも混み合い絶好調!
アヤソフィアの外観をみてアヤソフィアの説明をし、地下宮殿の説明、コンスタンチノープルの陥落の話をしてあげたら、トルコのガイドブックすらないという彼女にえらく感謝されちゃったりして。
いちいち感動してくれるキム、悪い気はしないよね。うふふ。
せめてブルーモスクをみせてあげてから、
キムが人づてに聞いて食べたがっていた鯖サンドを目指して歩く。
いつもの、ガラタ橋のたもとに、今日もありました!
満員御礼の、鯖サンドスタンドもとい、鯖サンド舟!
3リラ払って、お腹いっぱい。
キムもご満悦。
その後、ボスフォラスクルーズをするつもりが、アジア側への連絡船に飛び乗ってしまい、軽くクルーズ気分を味わって、図らずもアジアサイドのウスキュダルヘ。
ヨーロッパサイドに比べ、ぐっとローカル色が強くなる。
楽しい!
早速散策だ!
なぜかトルコのパン屋さんが好きな私は、パン屋さんの写真をパチリ。
どうやら、トラブゾンで作られる大きなベロンベロンのパンに興味があるらしい。
そのまま気ままに歩いて行くと、あれ?
道義をきた猛者たちがいる!しかも、ケーキ食べているし!
躊躇せず話しかけちゃった私に、とても気さくな彼ら。
みなさん、それぞれ、古武術の有段者らしい。
しかも、二刀流の宗家の先生までいらっしゃる!
いやぁ、なんだかすごい出会いだなぁ。
アジアの果てで、日本の古武術を学んでいるトルコ人と会うなんて。
興味津々の私に、この後のクラスにでてみないかと行ってくれたけど、
残念なことにそろそろ帰らないといけない。
私は、後ろ髪惹かれつつ、不思議な彼らにさようならした。
一旦ホステルに戻って、2泊3日のサフランボル用にパッキング。
私とキムはスルタンアフメット駅前に向かい、オトガル行きのバスに乗り込んだ。
でも、ここで知っている人は、あれって思うはず。
私の買ったチケットは、Metroのじゃないかって?
そうです。Metro社には、お迎えバスなんてサービスはありません。
が!キムと一緒に行きたかったし、キムの使うバス会社のお迎えバスに乗り込んじゃったのです。
ひとり、ふたり、三人、、、あれ1人多い?
番長皿屋敷の反対バージョンですね、はい。
何度も人数を数え直すスタッフを尻目に、しれっと爆睡を決め込んじゃった。
見つかったら、「英語話せなくって」って突然日本人アクセントで話しちゃうつもりだった。
いい年して、本当にすみません。
1時間くらいして無事オトガルに到着。
これまたしれっと、キムの使うバス会社の綺麗な待合室に荷物を預け(まったく反省の色なし)、Metro社のカウンターの場所をチェック。
左右対称のオトガルでは、自分のバス会社の番号を覚えておかないとえらい目に遭う。
どっちがどっちだかわからなくなるんだよねぇ。
暗くなると余計わかりづらいし、戸惑うし。
オトガルの中にある、小汚い感じの食堂で、
ほうれん草のペーストにしたのと、クスクスを頼んで腹ごしらえ。15リラとちょっとお高めだけど、量はトルコ流で半端ない。
食に保守的なキムは、無難にドネルケバブ。
お腹もいっぱいになった頃、キムの出立の時間。
ハグして、お互いの旅の無事を祈って、バイバイした。
私も、其の後2時間くらい待ってようやく出発することになった。
サフランボル行きのバスは、1人で2席陣取れるくらいの、ちょうどいい混み具合。
オフシーズンだし、外国人はもちろん、私だけ。
近くの席のトルコ人と思われるおっさんは、異様に私を凝視するけど、
シカト。ひたすら眠りこけた。
よく、トイレ休憩をしていたら、バスに置いていかれるって話を聞くけど、
私の場合、いろんな意味で目立っていたから、そんなこともなかった。
トイレの場所までしっかり教えてくれて、戻って来た時には、
「こっちだよ」って手も振ってくれて、優しくしてもらいました。
明日目が覚めたら、サフランボル!
楽しみ!!
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