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- スキミングに注意 ! !
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エリア:
- 中南米>グアテマラ
- 中南米>コロンビア
- テーマ:その他
- 投稿日:2014/05/20 20:37
- コメント(0)
グアテマラでキャッシュカードによる自動現金引き出しは要注意という話はよくきいてました、、実際スキミングされたという話も流布してました、、わたしは両替はT/Cだったので(余談ですがT/Cの両替ができる国は意外に少ない、グアテマラはその数少ない国のひとつ)キャッシング等ATM利用で被害にあったことはなかったのですが、なんと数ヶ月たった今、別の地でスキンミングをされていたことがわかったのでその報告をいたします、、
恥ずかしい話それが判明したのは今日のことですが、実は4ヶ月も前の今年の1月、不明な会社からの覚えのない請求でわたしのクレジットカードの口座から数万円が引き落とされていたのです、、気づくのが遅すぎたのですが、いろいろな事情でチェックができずにいて数ヶ月ぶりに通帳チェックして不審な引き落としを発見、で、数か月前の請求内容を調べて初めてわかったというしだい、、その間わたしは海外にいてクレジットカードの請求をWEB明細の形で見られるようにしておかなかったことも発見が遅れた理由のひとつでした、、
実はその間同じような被害が2件発生していました、、が、一件のカード会社はPCでWEB明細をみられたので未然に不審な請求の引き落としを止めることができたのです、、ところがもう一件は実際利用した日とされる日が1月27日で3月3日に引き落とされていました、、PCでチェックできず、それを知ったのが今日だったのです、、
で、遅ればせながら今日クレジット会社に問い合わせしてみました、、カード会社は調べてくれるとのことでしたが、少なくとも今の時点で明らかなことだけ(推測も含めて考えられる範囲を)以下に述べておきます、、
1,これはわたしが日本で利用した際のクレジットカードをスキミングされた可能性があること、、
2,わたしは昨年11月、12月に複数のカードを使って、日本で航空券及びホテルの予約をしていた、、
3,身に覚えのない請求1)は2月27日利用で、4月引き落としだったが、これは未然にストップをかけることができた、、その請求はまだその地に足を踏みいれてなかったコロンビアからのものだった、、
4,今日発覚したすでに引き落とされてしまった分2)は1月27日利用で3月引き落とし、これも覚えのない会社名とコロンビアの名がそこにあった、、
5,上記3,4,に関して不思議なのは、両日ともわたしはグアテマラにいてコロンビアへ行ったのは3月3日、しかも4,のカードはそのとき日本にあったことである、、
6,ただ、どちらも2,で述べたようにそのクレジットカードでコロンビアに関係する飛行機のticket及びホテルの予約を日本でしていたこと(偶々その予約サイトは同じところだったが、他でも使ったことがあったからそのサイトが関わっているかどうかは断定できない)、、
7,グアテマラのATMスキミング情報も裏でコロンビアの組織が関わっているとの噂が流れていたこと、、
以上からの推測ですが、キャッシュカードもクレジットカードも中南米に関わる支払いや引き出しには十分注意が必要と思われます、、それらを使わずにすむ方法を考えたほうが賢明かと思われます、、
恥ずかしい話それが判明したのは今日のことですが、実は4ヶ月も前の今年の1月、不明な会社からの覚えのない請求でわたしのクレジットカードの口座から数万円が引き落とされていたのです、、気づくのが遅すぎたのですが、いろいろな事情でチェックができずにいて数ヶ月ぶりに通帳チェックして不審な引き落としを発見、で、数か月前の請求内容を調べて初めてわかったというしだい、、その間わたしは海外にいてクレジットカードの請求をWEB明細の形で見られるようにしておかなかったことも発見が遅れた理由のひとつでした、、
実はその間同じような被害が2件発生していました、、が、一件のカード会社はPCでWEB明細をみられたので未然に不審な請求の引き落としを止めることができたのです、、ところがもう一件は実際利用した日とされる日が1月27日で3月3日に引き落とされていました、、PCでチェックできず、それを知ったのが今日だったのです、、
で、遅ればせながら今日クレジット会社に問い合わせしてみました、、カード会社は調べてくれるとのことでしたが、少なくとも今の時点で明らかなことだけ(推測も含めて考えられる範囲を)以下に述べておきます、、
1,これはわたしが日本で利用した際のクレジットカードをスキミングされた可能性があること、、
2,わたしは昨年11月、12月に複数のカードを使って、日本で航空券及びホテルの予約をしていた、、
3,身に覚えのない請求1)は2月27日利用で、4月引き落としだったが、これは未然にストップをかけることができた、、その請求はまだその地に足を踏みいれてなかったコロンビアからのものだった、、
4,今日発覚したすでに引き落とされてしまった分2)は1月27日利用で3月引き落とし、これも覚えのない会社名とコロンビアの名がそこにあった、、
5,上記3,4,に関して不思議なのは、両日ともわたしはグアテマラにいてコロンビアへ行ったのは3月3日、しかも4,のカードはそのとき日本にあったことである、、
6,ただ、どちらも2,で述べたようにそのクレジットカードでコロンビアに関係する飛行機のticket及びホテルの予約を日本でしていたこと(偶々その予約サイトは同じところだったが、他でも使ったことがあったからそのサイトが関わっているかどうかは断定できない)、、
7,グアテマラのATMスキミング情報も裏でコロンビアの組織が関わっているとの噂が流れていたこと、、
以上からの推測ですが、キャッシュカードもクレジットカードも中南米に関わる支払いや引き出しには十分注意が必要と思われます、、それらを使わずにすむ方法を考えたほうが賢明かと思われます、、

- グアテマラへの道 追記 2 , 若干の訂正と補足
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エリア:
- 中南米>グアテマラ
- 中南米>メキシコ
- テーマ:その他
- 投稿日:2013/02/12 01:09
- コメント(2)
前回に引き続き、前に書いたルートについて新たな情報が加わりましたので、多少の修正と補足として追記させていただきます。
わたしのルート案内のなかではパレンケ→フローレスがもっとも関心を集めた(ダントツだった)ようでちょっとした驚きでした。それが少々ですが修正を必要とするにいたったことは大変申し訳なく思っております。
1,パレンケ→フローレスルートについての修正
1)パレンケ→フローレスのシャトルバスは350ペソからあります、、しかし価格については物事全般について値上がり傾向にあり流動的です。
2)これは旅行社によって違うのかもしれませんが、メキシコ国境〜グアテマラ/ベセルBethel(イミグレーションのあるところ)までの3〜40分の川旅ルートもまだあるようです、、
3)パレンケからヤシュチラン・ボナンパックの遺跡を見学して、一泊してフローレスに向かうツアーもあります、、
2,タパチュラ〜グアテマラシティ間のバスについての補足
1)Trans Galgos Inter社
タパチュラ発 3本 6:00AM,11:30AM,23:45PM 290ペソ
グアテ市着がそれぞれ 12:00,18:00PM,5:00AMです
グアテ市発は2本 7:30AM,14:00PMで
タパチュラ着はそれぞれ13:00PM,19:00PM 220Q (一等293Q)とのことです
2)TICA BUS
タパチュラ発 7:00AM 250ペソ、 グアテ市発 12:00 168Q
3)Lina Dorada
タパチュラ発 14:30PM 220ペソ、 グアテ市発 6:00AM 170Q
(改行がうまくいかずわかりずらくなってしまったかもしれません。Tica BusもLina Doradaも時間は6〜7時間ですが、価格はメキシコとグアテマラで通貨が違ったり、またレートが流動的だったりするので、だいたいの目安としてお考えください)
3,フローレス(コバン、キリグア、プエルトバリオス他)方面からグアテマラシティへのバスについての新情報、、
◆よく覚えていないのですが、フローレス→グアテ市は一般のバス(例えばFente del Norte)だとシャトルバスの半額くらいで行けると書いた記憶があります。しかし今、少し事情が変わってきました。昨年の11月にグアテマラ市の近郊にCentra Norteというでかくて立派な北・東方面バスターミナルができて、すべての長距離バス(北・東方面、南方面はCentra Sur通称Cemmaというところあり)はそこから発着するようになったようです。で例えばフローレスからの一般のバスに乗ると(他にもコバンやプエルトバリオスなどからも)終着がそこで、すべての乗客はそこで降ろされることになります。ところがそこからシティへの連絡バスは外国人が乗るのはちょっと無理?難しすぎます、、そうとう面倒です(そのためのカードを作ったりしなければならない)。なのでそちら方面からグアテ市またアンティグアに向かう場合は少々高くともシャトルバス(これは一等バスまたは二等バス+乗り継ぎのシャトル/ワゴン車)の利用をお勧めいたします。(もちろん労苦を厭わないのであればそれは可能です、わたしは知らなかったのでそのカードを作りましたが、、)
4,メキシコの二等バスについて、、
◆メキシコのバス網は大変よく整備され・発達している、というようなことを以前述べましたが、これはあくまで一等バスについてであって、二等バスについてはよくわかっていませんでした。新たに得た情報だと各地にローカルバスは走っていて中・長距離も二等バスがあります。わたしの経験ではその価格は平均すると一等バスの2/3だったので、それ以来二等バスを利用するようになりました、、たた場所によってターミナルが別で探せなかったりします。わたしと同じような貧乏旅をしている方は挑戦してみてください、ちなみにパレンケ→メキシコシティ600ペソ(一等922ペソ)、タパチュラ→メキシコシティは550ペソ(一等1087ペソ、特上?1570ペソ)くらいです。
5,いくつかの注意したほうがよいと思われること(わたしの失敗例)1、2、、
1)ADOカンクンセントロ〜空港のバス、、
わたしが乗った空港行き一番のバス(4:30AM 52ペソ)は国際線のターミナル3まで行かず連絡バスも来なかった、時間がなかったのでターミナル間の移動をタクシーを使わざるを得なかったが、まったくふざけた話!!
2)シェラからメキシコ国境へのバス、、
前にタカハウス(ケツェルテナンゴ、通称シェラ)のタカさんからも教えられていたことですが、シェラからメキシコ国境(タパチュラ)に行く道は二通りあって、ひとつはサンマルコスを経由して国境の街エルカルメン El Carmenへ至る道とレタルレウまたはコロンバを経由して国境の街テクンウマンCiudad Tecun Umanへ行くルートがあります。どちらもバスの呼び込みはそれぞれ国境まで行くような言い方をしますが、どちらのバスも国境まで行きません。エルカルメンへはマラカタン Malacatanで、テクンウマンへは手前の街コアテペケCoatepequeでコレクティボ(乗り合いワゴン車)に乗り換えなければなりません。マラカタンからは5Q、コアテペケからは7Qですが、かなり面倒&注意が必要です。
今回は以上ですが、また修正や補足が生じた場合できるだけ追記していきたいと思います。もし誤りを発見された方、お手数ですがご連絡いただけると助かります、、
<今回は適当な写真がなく、フローレス/ペテンイッツァ湖2枚です>
わたしのルート案内のなかではパレンケ→フローレスがもっとも関心を集めた(ダントツだった)ようでちょっとした驚きでした。それが少々ですが修正を必要とするにいたったことは大変申し訳なく思っております。
1,パレンケ→フローレスルートについての修正
1)パレンケ→フローレスのシャトルバスは350ペソからあります、、しかし価格については物事全般について値上がり傾向にあり流動的です。
2)これは旅行社によって違うのかもしれませんが、メキシコ国境〜グアテマラ/ベセルBethel(イミグレーションのあるところ)までの3〜40分の川旅ルートもまだあるようです、、
3)パレンケからヤシュチラン・ボナンパックの遺跡を見学して、一泊してフローレスに向かうツアーもあります、、
2,タパチュラ〜グアテマラシティ間のバスについての補足
1)Trans Galgos Inter社
タパチュラ発 3本 6:00AM,11:30AM,23:45PM 290ペソ
グアテ市着がそれぞれ 12:00,18:00PM,5:00AMです
グアテ市発は2本 7:30AM,14:00PMで
タパチュラ着はそれぞれ13:00PM,19:00PM 220Q (一等293Q)とのことです
2)TICA BUS
タパチュラ発 7:00AM 250ペソ、 グアテ市発 12:00 168Q
3)Lina Dorada
タパチュラ発 14:30PM 220ペソ、 グアテ市発 6:00AM 170Q
(改行がうまくいかずわかりずらくなってしまったかもしれません。Tica BusもLina Doradaも時間は6〜7時間ですが、価格はメキシコとグアテマラで通貨が違ったり、またレートが流動的だったりするので、だいたいの目安としてお考えください)
3,フローレス(コバン、キリグア、プエルトバリオス他)方面からグアテマラシティへのバスについての新情報、、
◆よく覚えていないのですが、フローレス→グアテ市は一般のバス(例えばFente del Norte)だとシャトルバスの半額くらいで行けると書いた記憶があります。しかし今、少し事情が変わってきました。昨年の11月にグアテマラ市の近郊にCentra Norteというでかくて立派な北・東方面バスターミナルができて、すべての長距離バス(北・東方面、南方面はCentra Sur通称Cemmaというところあり)はそこから発着するようになったようです。で例えばフローレスからの一般のバスに乗ると(他にもコバンやプエルトバリオスなどからも)終着がそこで、すべての乗客はそこで降ろされることになります。ところがそこからシティへの連絡バスは外国人が乗るのはちょっと無理?難しすぎます、、そうとう面倒です(そのためのカードを作ったりしなければならない)。なのでそちら方面からグアテ市またアンティグアに向かう場合は少々高くともシャトルバス(これは一等バスまたは二等バス+乗り継ぎのシャトル/ワゴン車)の利用をお勧めいたします。(もちろん労苦を厭わないのであればそれは可能です、わたしは知らなかったのでそのカードを作りましたが、、)
4,メキシコの二等バスについて、、
◆メキシコのバス網は大変よく整備され・発達している、というようなことを以前述べましたが、これはあくまで一等バスについてであって、二等バスについてはよくわかっていませんでした。新たに得た情報だと各地にローカルバスは走っていて中・長距離も二等バスがあります。わたしの経験ではその価格は平均すると一等バスの2/3だったので、それ以来二等バスを利用するようになりました、、たた場所によってターミナルが別で探せなかったりします。わたしと同じような貧乏旅をしている方は挑戦してみてください、ちなみにパレンケ→メキシコシティ600ペソ(一等922ペソ)、タパチュラ→メキシコシティは550ペソ(一等1087ペソ、特上?1570ペソ)くらいです。
5,いくつかの注意したほうがよいと思われること(わたしの失敗例)1、2、、
1)ADOカンクンセントロ〜空港のバス、、
わたしが乗った空港行き一番のバス(4:30AM 52ペソ)は国際線のターミナル3まで行かず連絡バスも来なかった、時間がなかったのでターミナル間の移動をタクシーを使わざるを得なかったが、まったくふざけた話!!
2)シェラからメキシコ国境へのバス、、
前にタカハウス(ケツェルテナンゴ、通称シェラ)のタカさんからも教えられていたことですが、シェラからメキシコ国境(タパチュラ)に行く道は二通りあって、ひとつはサンマルコスを経由して国境の街エルカルメン El Carmenへ至る道とレタルレウまたはコロンバを経由して国境の街テクンウマンCiudad Tecun Umanへ行くルートがあります。どちらもバスの呼び込みはそれぞれ国境まで行くような言い方をしますが、どちらのバスも国境まで行きません。エルカルメンへはマラカタン Malacatanで、テクンウマンへは手前の街コアテペケCoatepequeでコレクティボ(乗り合いワゴン車)に乗り換えなければなりません。マラカタンからは5Q、コアテペケからは7Qですが、かなり面倒&注意が必要です。
今回は以上ですが、また修正や補足が生じた場合できるだけ追記していきたいと思います。もし誤りを発見された方、お手数ですがご連絡いただけると助かります、、
<今回は適当な写真がなく、フローレス/ペテンイッツァ湖2枚です>

- 西サハラの現状(モーリタニアへの道を探る)
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エリア:
- アフリカ>モロッコ>モロッコその他の都市
- テーマ:その他
- 投稿日:2013/01/04 00:12
- コメント(1)
こういうことかOKかどうかわかりませんが、勝手ながら自分のエリアを逸脱して、他の地域の情報をお送りします。というのもこのエリアの情報が極端に少なく、そればかりでなく国際的にまだ国としての承認が得られておらず帰属のはっきり決定されていない地であるため、この欄の国名選択においても、実質的にその地域を実効支配しているモロッコを選択せざるを得なかったのですが一般的には西サハラと呼ばれている地域のことを報告しようとしているからです。
たまたま今回モロッコまで来たついでにその地に足を踏み入れ、少しばかり現状を見てみようと思って数日滞在いたしました。そこでの見聞を多少報告できたらと思っております。
今わたしはそのモロッコが実効支配しているエリアの南端部に近いDakhlaというところにおります。ここから隣国モーリタニアまではあと一日くらいのところだと思います。ここまでは現在のモロッコ支配が決定しているかの様相で、なのでまったく問題なく路線バスを使ってくることができました。マラケシからの直通バスもあるようですが、少なくともAgadirというところからは4社のバスがここまではきております(Supratour,CTM,SATAS,SAT)。マラケシからだと1500km近くあるので直通バスでも一日くらい、20数時間かかりますが、料金的には最も信頼度の高いモロッコ最大手のバス会社Supratourでも450Dh(Dh;ダーハム?ディラム? 1Dh約10円)です。わたしは途中の街TanTanとか、西サハラの首都といわれているLaayoune(ラアユーン、モロッコの支配エリアなので首都ではないが)に寄ったりして、もっと安いバスを使ったので数日かけ、バス代は都合400Dhでここまできました。
特にLaayouneもここDakhlaも見所があるわけでなく、モロッコの旧都や世界遺産の街々を通ってきた人には面白みに欠け、わざわざ来る価値はないと思われますが、わたしはもしモーリタニアに向かう場合の可能性を探ろうと思ってここまで来てみました。このサイトでも10年以上前に通られたイチローとジュンコさんのプログ以降、ほとんど目新しい情報がなく(わたしもここまでくるにあたって情報が何もなかったので少し参考にさせていただきました、それにしても10年以上情報の更新がないとは!?)、ここは帰属問題が決着していない危険地域として長い間おき去られていたように思われます。が、その西サハラ問題は決着を見ておりませんが、少なくともモロッコの支配エリアにおいては民間の路線バスが4社も運行している(会社によって異なるが毎日数便の運行しているところもあり)現状において、またあちこちに翻る赤字に緑の星マークの国旗を見る限りにおいて帰属問題は存在しないといったモロッコ側の誇示があるように見受けられました。現にその途中においてもミリタリーの存在すらなかった、ポリスのチェックも一度しかなかったところから、今現在モロッコの支配エリアにおいての旅行者の移動は十分に可能なことがわかったのですが、そういった情報は、それ以前の危険情報でほとんど入域が試みられずにきていたため、ほとんど知らされていなかったのではないかと思われます。ただしあくまでモロッコの支配エリアにおいての話であって西サハラ問題が解決しているわけでないことは注意を要する点だと思います。
さて、わたしが一番関心を持っていた点は陸路でモロッコからモーリタニアに抜けられるかということでした。今回予算及び日数的にそこまで行くつもりでなかったので、モーリタニアとの国境までは行きませんでしたが、ここDakhlaで得た情報によると、まず先ほどのSupratour社のバスがDakhlaから国境に近い街Guergaratというところまでいっていることがわかりました(Supratour社のバスだけ、一日一便6h,150Dh)、そこから国境まではこの地域では一般的な交通手段である乗り合いタクシーでいけそうなこともわかりました、あとは国境が開いているかどうかですが、これから向かうのかあるいは帰ってきたのか、アフリカ踏破仕様の自家用トラックや4輪駆動車をこの街でけっこう見かけましたので、その可能性も高いと思われます、、また、この街は他と比べるとブラックアフリカンの数も多くその可能性を示しているように思えました。
ということで、今回わたしはここからモロッコ・ヨーロッパに戻りますが、(もう年だから次の機会はないかもしれないが)若い方でモロッコからブラックアフリカを狙っている方がいらっしたら、可能性は十分あり、ということを申し上げておきたい、、是非挑戦してみてほしいと思っています。ただし今回国境付近の事情までは調べられなかったこと、また時々の情勢の変化はありうることは十分お含みいただき、ご注意の上でということはいうまでもないことですが‥
(2013,1,3 Dakhlaにて)
<写真説明 ; タイトル画像はサハラ砂漠の終焉、TanTanからDakhlaまでのおよそ900kmは大西洋岸に沿って南下していく、砂漠の終焉は崖になっていて、その崖下を大西洋の荒波が押し寄せていた、、以下上からTanTanの街、Laayouneの街、Dakhlaの街、砂漠の一本道-およそ900km景色変わらず、その中で突然舞い上がった海鳥の群れ>





写真の追加 ; 以下Laayoune〜Dakhla間を利用したSAT会社のバス、窓なんか見るとわかるがそうとうポロでその分他社より安かった、、その下は最大手のSupratour社のバスDakhla営業所の前、最後はDakhlaの街で見かけたアフリカ仕様の自家用トラック


たまたま今回モロッコまで来たついでにその地に足を踏み入れ、少しばかり現状を見てみようと思って数日滞在いたしました。そこでの見聞を多少報告できたらと思っております。
今わたしはそのモロッコが実効支配しているエリアの南端部に近いDakhlaというところにおります。ここから隣国モーリタニアまではあと一日くらいのところだと思います。ここまでは現在のモロッコ支配が決定しているかの様相で、なのでまったく問題なく路線バスを使ってくることができました。マラケシからの直通バスもあるようですが、少なくともAgadirというところからは4社のバスがここまではきております(Supratour,CTM,SATAS,SAT)。マラケシからだと1500km近くあるので直通バスでも一日くらい、20数時間かかりますが、料金的には最も信頼度の高いモロッコ最大手のバス会社Supratourでも450Dh(Dh;ダーハム?ディラム? 1Dh約10円)です。わたしは途中の街TanTanとか、西サハラの首都といわれているLaayoune(ラアユーン、モロッコの支配エリアなので首都ではないが)に寄ったりして、もっと安いバスを使ったので数日かけ、バス代は都合400Dhでここまできました。
特にLaayouneもここDakhlaも見所があるわけでなく、モロッコの旧都や世界遺産の街々を通ってきた人には面白みに欠け、わざわざ来る価値はないと思われますが、わたしはもしモーリタニアに向かう場合の可能性を探ろうと思ってここまで来てみました。このサイトでも10年以上前に通られたイチローとジュンコさんのプログ以降、ほとんど目新しい情報がなく(わたしもここまでくるにあたって情報が何もなかったので少し参考にさせていただきました、それにしても10年以上情報の更新がないとは!?)、ここは帰属問題が決着していない危険地域として長い間おき去られていたように思われます。が、その西サハラ問題は決着を見ておりませんが、少なくともモロッコの支配エリアにおいては民間の路線バスが4社も運行している(会社によって異なるが毎日数便の運行しているところもあり)現状において、またあちこちに翻る赤字に緑の星マークの国旗を見る限りにおいて帰属問題は存在しないといったモロッコ側の誇示があるように見受けられました。現にその途中においてもミリタリーの存在すらなかった、ポリスのチェックも一度しかなかったところから、今現在モロッコの支配エリアにおいての旅行者の移動は十分に可能なことがわかったのですが、そういった情報は、それ以前の危険情報でほとんど入域が試みられずにきていたため、ほとんど知らされていなかったのではないかと思われます。ただしあくまでモロッコの支配エリアにおいての話であって西サハラ問題が解決しているわけでないことは注意を要する点だと思います。
さて、わたしが一番関心を持っていた点は陸路でモロッコからモーリタニアに抜けられるかということでした。今回予算及び日数的にそこまで行くつもりでなかったので、モーリタニアとの国境までは行きませんでしたが、ここDakhlaで得た情報によると、まず先ほどのSupratour社のバスがDakhlaから国境に近い街Guergaratというところまでいっていることがわかりました(Supratour社のバスだけ、一日一便6h,150Dh)、そこから国境まではこの地域では一般的な交通手段である乗り合いタクシーでいけそうなこともわかりました、あとは国境が開いているかどうかですが、これから向かうのかあるいは帰ってきたのか、アフリカ踏破仕様の自家用トラックや4輪駆動車をこの街でけっこう見かけましたので、その可能性も高いと思われます、、また、この街は他と比べるとブラックアフリカンの数も多くその可能性を示しているように思えました。
ということで、今回わたしはここからモロッコ・ヨーロッパに戻りますが、(もう年だから次の機会はないかもしれないが)若い方でモロッコからブラックアフリカを狙っている方がいらっしたら、可能性は十分あり、ということを申し上げておきたい、、是非挑戦してみてほしいと思っています。ただし今回国境付近の事情までは調べられなかったこと、また時々の情勢の変化はありうることは十分お含みいただき、ご注意の上でということはいうまでもないことですが‥
(2013,1,3 Dakhlaにて)
<写真説明 ; タイトル画像はサハラ砂漠の終焉、TanTanからDakhlaまでのおよそ900kmは大西洋岸に沿って南下していく、砂漠の終焉は崖になっていて、その崖下を大西洋の荒波が押し寄せていた、、以下上からTanTanの街、Laayouneの街、Dakhlaの街、砂漠の一本道-およそ900km景色変わらず、その中で突然舞い上がった海鳥の群れ>





写真の追加 ; 以下Laayoune〜Dakhla間を利用したSAT会社のバス、窓なんか見るとわかるがそうとうポロでその分他社より安かった、、その下は最大手のSupratour社のバスDakhla営業所の前、最後はDakhlaの街で見かけたアフリカ仕様の自家用トラック



- グアテマラの安全性(危険性?)について
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エリア:
- 中南米>グアテマラ>アンティグア
- 中南米>グアテマラ>グアテマラその他の都市
- テーマ:その他
- 投稿日:2012/12/11 00:52
- コメント(1)
グアテマラはガイドブック等ではきわめて危険な国であると注意を呼びかけています。その根拠ははっきりしませんが、殺人・強盗・銃の保有率等の数字がそれを物語っているようなので、その警告をあながち無視することはできないと思われます。が、しかし例えばここアンティグアのような世界遺産都市では、普通に生活し普通に旅している限りそういう不運にめぐり合うことはまずないといっていいでしょう。より危険だといわれているグアテマラシティにおいても日中の大都市でそんなことに遭遇することはめったにないことと思われます。しかしだからといって、安全だといえるものでもありません。たまたまそういう目にあわなかったか、運悪くあってしまったかのどちらかでしかないのではないでしょうか?、それを確率で示すことは難しいことではないか?それぞれの経験・体験でしかないのではないかと思います。そしてそういう意味では世界中どこへいっても同じで、どこにいても誰においてもいえることではないでしょうか‥??
ということで前置きが長くなりましたが、トータルで約一年少々滞在してグアテマラ中をほとんど回った体験から、といっても少し特殊状況もありますが、わたしの体験・見聞を以下に申し上げて判断を仰ぎたいと思っております。
それはガイドブックだけでなくグアテマラ市民も共有していることでした。内戦の暗黒時代か終わってからまだ日も浅く、政治の安定化は少しづつ進んでいるようですが、それでも暴力に対する恐怖が根付いています。ひとつにはその時代からの延長で銃が出回っているという背景や民主政治がまだ根付いていないといった政治的問題であるかもしれませんが、そういった意味での政治的課題としてはむしろ広く経済の問題、すなわち貧困あるいは格差の問題が背景にあると思わざるをえません。
わたしは一昨年の正月に世界遺産都市アンティグアのシンボル、ボルカンアグア(3760m)への登山を試みました。実はその危険性に対してはほとんど無知で、回りのグアテマラ人からは危険だからやめたほうがいいと勧告されましたが、その意味がよくわからなかったのとそのためのガイド料なるものが高すぎたので(ひとりだと割高になる、実際いくらだったかもう忘れてしまった)、一人で行くことにしました。富士山と同じくらいの高さ(姿かたちもよく似ている)のボルカンアグアに登るための靴もバックもなく、地図も情報もなかったのですが事前に登山道の確認のために登山口の村サンタマリアデヘススへはいってみた、そのとき登山道を見つけ案外簡単なのではないかという印象をもちました。当日の朝は6時にホームステイ先を出、コレクティボでサンタマリアデヘススへ向かいました。そして7時から登り始め、最初は順調でしたが、途中一ヶ所道に迷ったり(実は道は迷いようのない一本道だったのですが、ショートカットしようとして却ってひどい目にあったり)しているうちにだんだん苦しくなってきて、ペースはどんどん落ちてきて、何人かに抜かれ、数人の子供たち(小学生くらい?)と一緒になって登っていったが、とうとうその子供たちからも置いてきぼりになって、頂上まであと200mくらいのところで疲れと時間切れで登頂を断念したという経験があります。ふもとのサンタマリアデヘススが標高1800mなので標高差2000m、現地の人たちの足で約5時間といわれていましたが、その予定時間にたどり着けたのは9合目あたり(そんな表示・標識類は一切ない)で、それ以上無理したら帰れなくなる、それこそ危険な目にあうことになる可能性も高くなるのではという判断から(実際はもう一歩も進めなくなるほど体力の消耗が激しかったのだが)無念の敗退となりました。日本では富士山を含めかなりの数の山に登ってはいましたが、近年加齢とともに徐々に体力・耐久力ともに落ちており(もっと高齢者でまだまだ現役の人はたくさんいます)もう限界を感じていた矢先で残念ながらグアテマラ富士の制覇はなりませんでした。それでもまだ明るいうちに下山したのは正解だったかもしれません。またグアテマラに登山熱なるものがあるかどうか、1月1日が祝日かどうか知りませんが(クリスマスほどの祝日ではない)、たまたま元旦だったからかその日数組(一組は小学生4,5人であったが、彼らは登頂したのだろうか?)の登山者がいたことなどが、無事サンタマリアデヘススに下山できた要因だったのかもしれません。帰着して事後報告をするや否やすべての人からその幸運よりもその無謀さに非難が集まりました。お前はたまたま運がよかっただけだ、だが二度と一人で行ってはいけない、と、、それは後日出会う日本人のツーリストから聞かされた、数人で登ったけれど強盗にあった話やグアテ人も何人も被害にあっているという話などで、ようやく少し身にしみるのでした。
それでも根が楽天的なせいか、場所をサンペドロに移してからも、さすがにボルカンサンペドロ3000mやナリツインディヘナ2500mは公園になっていて入園料とガイドが義務付けられていてガイド付き登山だったので何事もなく、無事頂上までいけましたが、その後ボルカンサンペドロの山すそのラゴ(アティトゥラン湖)沿いの道をサンチャゴアティトゥランを目指して歩いたとき、また他日ラゴの外輪山上の村ゴティネスからラゴ湖畔の村サンアントニオパロポに下ったとき(他にも同様なところをいくつか一人でよく歩いた、性分なのでしようがない)も、いずれも危険であることを承知で一人で歩いてしまった、、何が起こってもおかしくない危険性は歩きながらずっと感じました。何しろ人の行き来はまったくなかったからです、、で、ほんの数人に行きかったがたまたま善人だった、、たまたま何事も起こらずにすんだということでしかなかったようです。
そしてとうとうその幸運の女神からも見放されるときがきました。それまでの無事に楽観的になっていたのかもしれませんが、そこも絶対一人で行ってはいけないといわれていたサンタクルスララグーナからツヌナへの道で、この間はランチャでの行き来が一般的ですが、ラゴ沿いに人ひとり通れる細い道があった、、道自体は迷いようのない道ですが、前二回と同様ほとんど人の通行はない、で、サンペドロではこの道を歩くツアーがあったのですが、ガイド料を惜しんで一人で行ってしまった、、前二回はいずれも2時間くらいの歩行距離でしたが、今回はトータルで3時間くらいの道のりでした。その間ほんの数人(一組は数人のツーリスト、もう一人は地元の人だった)にあったが何事もなく、無事その山道が終わって少し広い道に出たところで一人の若者に出会った、そしてその若者は周囲に誰もいないのを確かめた上で強盗に変身したのでした。その男は短刀を持っていた、最もこの辺では仕事用のマチェテ(鉈、刃渡り4,50cm?)をほとんどみんな常時携帯しているから、その刃物だって仕事用ということなのだろう、、なので抵抗はあきらめ成すに任せた。彼はわたしのポケットを探ってポケットにあった金を全部持っていった、彼もあわてていたのでそれ以上は探らずに逃げ去った‥、、茫然自失のわたしはまずどこも傷つけられなかったこと、ポケットの中の金だけの被害で済んだことにすこしほっとしていた、背中のバッグの中にはもっと大金(全財産)が入っていたからだ、、そしてその彼が奪った金があまりにも少額だったことに怒って再び引き返してくることを恐れてわたしも大急ぎでその場を去った、、しかし、その後人に会うまでに15分はかかった、、そう、彼は周りに人のいないこと、来る気配がないことを確かめて犯行に及んだのでした。
この出来事でいくつかのことがわかります。まず、それまでに聞いていた強盗の危険性について、それが事実であることを遅ればせながら身をもって経験したこと、しかしそれは限られた場所・限られた状況であること、周りに誰もいないとき、彼らは豹変する(強盗ladronになる)ということです。いってみれば潜在的強盗(極貧の人々)は無数に存在するのです。あるいはこうもいえるかもしれません、そもそも根っからの強盗はまったくいない、、??貧困あるいは差別という背景のもと誰もが強盗となる可能性があるということです。そのあまりにも顕著な格差が強盗を生んでいる?、だから被害者は外国人ツーリストに限らないのです。なので犯行に及ぶのは地元の人々であることも明らかだと思います。
そうであるならば、逆に言えば対策も立てられるということでもあります。よく言われるように人通りの少ないところ・時間帯を避ければその可能性は極端に縮まります。わたしのようにそれを無視したならば、むしろ会うべくしてあっているのだと思います。しかし、ということはなにもグアテマラの特殊性・危険性を語るものではないようにも思うのです。最初に問いかけたようにそれは世界中どこでもどこに行っても同じではないでしょうか?そうなると逆に問われるのはこちら側の問題、つまり自分の行動は自分で始末をつけろということ、すなわち自己責任ということです。それがわかって、承知の上での行動であればあなたは世界中どこへでもいけるはずです。そしてそのことはわたしが言いたかったこと、普通に行動していればグアテマラはそんなに危険ではないのではないかということにつながらないでしょうか?もっとも今回の被害額が30Q(300円)ですんだので、その怖さをまだ知らない、といわれてしまうかもしれませんが‥??
<タイトル画像;ボルカン アグア Volcan Agua 3760m、下;アンティグアの街とボルカンアグアの眺めのよいセロデクルス Cerro de Cruz 十字架の丘から 2枚、この十字架の丘付近も強盗のでるところとして危険エリアに指定されているようだが、まず日中はアンティグアの中でも代表的な観光スポットになっていてツーリスト&地元のカップルも多く、ツーリストポリスも常駐しているので歩いていっても危険なことはない>

ということで前置きが長くなりましたが、トータルで約一年少々滞在してグアテマラ中をほとんど回った体験から、といっても少し特殊状況もありますが、わたしの体験・見聞を以下に申し上げて判断を仰ぎたいと思っております。
それはガイドブックだけでなくグアテマラ市民も共有していることでした。内戦の暗黒時代か終わってからまだ日も浅く、政治の安定化は少しづつ進んでいるようですが、それでも暴力に対する恐怖が根付いています。ひとつにはその時代からの延長で銃が出回っているという背景や民主政治がまだ根付いていないといった政治的問題であるかもしれませんが、そういった意味での政治的課題としてはむしろ広く経済の問題、すなわち貧困あるいは格差の問題が背景にあると思わざるをえません。
わたしは一昨年の正月に世界遺産都市アンティグアのシンボル、ボルカンアグア(3760m)への登山を試みました。実はその危険性に対してはほとんど無知で、回りのグアテマラ人からは危険だからやめたほうがいいと勧告されましたが、その意味がよくわからなかったのとそのためのガイド料なるものが高すぎたので(ひとりだと割高になる、実際いくらだったかもう忘れてしまった)、一人で行くことにしました。富士山と同じくらいの高さ(姿かたちもよく似ている)のボルカンアグアに登るための靴もバックもなく、地図も情報もなかったのですが事前に登山道の確認のために登山口の村サンタマリアデヘススへはいってみた、そのとき登山道を見つけ案外簡単なのではないかという印象をもちました。当日の朝は6時にホームステイ先を出、コレクティボでサンタマリアデヘススへ向かいました。そして7時から登り始め、最初は順調でしたが、途中一ヶ所道に迷ったり(実は道は迷いようのない一本道だったのですが、ショートカットしようとして却ってひどい目にあったり)しているうちにだんだん苦しくなってきて、ペースはどんどん落ちてきて、何人かに抜かれ、数人の子供たち(小学生くらい?)と一緒になって登っていったが、とうとうその子供たちからも置いてきぼりになって、頂上まであと200mくらいのところで疲れと時間切れで登頂を断念したという経験があります。ふもとのサンタマリアデヘススが標高1800mなので標高差2000m、現地の人たちの足で約5時間といわれていましたが、その予定時間にたどり着けたのは9合目あたり(そんな表示・標識類は一切ない)で、それ以上無理したら帰れなくなる、それこそ危険な目にあうことになる可能性も高くなるのではという判断から(実際はもう一歩も進めなくなるほど体力の消耗が激しかったのだが)無念の敗退となりました。日本では富士山を含めかなりの数の山に登ってはいましたが、近年加齢とともに徐々に体力・耐久力ともに落ちており(もっと高齢者でまだまだ現役の人はたくさんいます)もう限界を感じていた矢先で残念ながらグアテマラ富士の制覇はなりませんでした。それでもまだ明るいうちに下山したのは正解だったかもしれません。またグアテマラに登山熱なるものがあるかどうか、1月1日が祝日かどうか知りませんが(クリスマスほどの祝日ではない)、たまたま元旦だったからかその日数組(一組は小学生4,5人であったが、彼らは登頂したのだろうか?)の登山者がいたことなどが、無事サンタマリアデヘススに下山できた要因だったのかもしれません。帰着して事後報告をするや否やすべての人からその幸運よりもその無謀さに非難が集まりました。お前はたまたま運がよかっただけだ、だが二度と一人で行ってはいけない、と、、それは後日出会う日本人のツーリストから聞かされた、数人で登ったけれど強盗にあった話やグアテ人も何人も被害にあっているという話などで、ようやく少し身にしみるのでした。
それでも根が楽天的なせいか、場所をサンペドロに移してからも、さすがにボルカンサンペドロ3000mやナリツインディヘナ2500mは公園になっていて入園料とガイドが義務付けられていてガイド付き登山だったので何事もなく、無事頂上までいけましたが、その後ボルカンサンペドロの山すそのラゴ(アティトゥラン湖)沿いの道をサンチャゴアティトゥランを目指して歩いたとき、また他日ラゴの外輪山上の村ゴティネスからラゴ湖畔の村サンアントニオパロポに下ったとき(他にも同様なところをいくつか一人でよく歩いた、性分なのでしようがない)も、いずれも危険であることを承知で一人で歩いてしまった、、何が起こってもおかしくない危険性は歩きながらずっと感じました。何しろ人の行き来はまったくなかったからです、、で、ほんの数人に行きかったがたまたま善人だった、、たまたま何事も起こらずにすんだということでしかなかったようです。
そしてとうとうその幸運の女神からも見放されるときがきました。それまでの無事に楽観的になっていたのかもしれませんが、そこも絶対一人で行ってはいけないといわれていたサンタクルスララグーナからツヌナへの道で、この間はランチャでの行き来が一般的ですが、ラゴ沿いに人ひとり通れる細い道があった、、道自体は迷いようのない道ですが、前二回と同様ほとんど人の通行はない、で、サンペドロではこの道を歩くツアーがあったのですが、ガイド料を惜しんで一人で行ってしまった、、前二回はいずれも2時間くらいの歩行距離でしたが、今回はトータルで3時間くらいの道のりでした。その間ほんの数人(一組は数人のツーリスト、もう一人は地元の人だった)にあったが何事もなく、無事その山道が終わって少し広い道に出たところで一人の若者に出会った、そしてその若者は周囲に誰もいないのを確かめた上で強盗に変身したのでした。その男は短刀を持っていた、最もこの辺では仕事用のマチェテ(鉈、刃渡り4,50cm?)をほとんどみんな常時携帯しているから、その刃物だって仕事用ということなのだろう、、なので抵抗はあきらめ成すに任せた。彼はわたしのポケットを探ってポケットにあった金を全部持っていった、彼もあわてていたのでそれ以上は探らずに逃げ去った‥、、茫然自失のわたしはまずどこも傷つけられなかったこと、ポケットの中の金だけの被害で済んだことにすこしほっとしていた、背中のバッグの中にはもっと大金(全財産)が入っていたからだ、、そしてその彼が奪った金があまりにも少額だったことに怒って再び引き返してくることを恐れてわたしも大急ぎでその場を去った、、しかし、その後人に会うまでに15分はかかった、、そう、彼は周りに人のいないこと、来る気配がないことを確かめて犯行に及んだのでした。
この出来事でいくつかのことがわかります。まず、それまでに聞いていた強盗の危険性について、それが事実であることを遅ればせながら身をもって経験したこと、しかしそれは限られた場所・限られた状況であること、周りに誰もいないとき、彼らは豹変する(強盗ladronになる)ということです。いってみれば潜在的強盗(極貧の人々)は無数に存在するのです。あるいはこうもいえるかもしれません、そもそも根っからの強盗はまったくいない、、??貧困あるいは差別という背景のもと誰もが強盗となる可能性があるということです。そのあまりにも顕著な格差が強盗を生んでいる?、だから被害者は外国人ツーリストに限らないのです。なので犯行に及ぶのは地元の人々であることも明らかだと思います。
そうであるならば、逆に言えば対策も立てられるということでもあります。よく言われるように人通りの少ないところ・時間帯を避ければその可能性は極端に縮まります。わたしのようにそれを無視したならば、むしろ会うべくしてあっているのだと思います。しかし、ということはなにもグアテマラの特殊性・危険性を語るものではないようにも思うのです。最初に問いかけたようにそれは世界中どこでもどこに行っても同じではないでしょうか?そうなると逆に問われるのはこちら側の問題、つまり自分の行動は自分で始末をつけろということ、すなわち自己責任ということです。それがわかって、承知の上での行動であればあなたは世界中どこへでもいけるはずです。そしてそのことはわたしが言いたかったこと、普通に行動していればグアテマラはそんなに危険ではないのではないかということにつながらないでしょうか?もっとも今回の被害額が30Q(300円)ですんだので、その怖さをまだ知らない、といわれてしまうかもしれませんが‥??
<タイトル画像;ボルカン アグア Volcan Agua 3760m、下;アンティグアの街とボルカンアグアの眺めのよいセロデクルス Cerro de Cruz 十字架の丘から 2枚、この十字架の丘付近も強盗のでるところとして危険エリアに指定されているようだが、まず日中はアンティグアの中でも代表的な観光スポットになっていてツーリスト&地元のカップルも多く、ツーリストポリスも常駐しているので歩いていっても危険なことはない>

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