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フランス紀行

~フランスの社会・生活・文化に関する情報や日本社会との比較分析、世界各地を旅して発見した面白い情報をお届けします。~

プロフィール

ニックネーム:
Neomars
居住地:
ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
性別:
女性
会社名:
Tabet International en France
会社英字名:
Tabet International en France
会社所在地:
ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
業種:
現地ツアー企画・現地ガイドなど
自己紹介:
単なるスポット紹介やグルメを堪能することだけに飽き足らない旅慣れた日本人が欲している情報とは何か・・・。それは、「現地とコネクトすること」ことができる情報提供ではないかと思っています。表層に現れる現象の根拠を歴史的、文化的、社会的価値観の観点から探り、ついでに辛口ジョークや捻りの利いたブラックジョークも交えながら、「なるほど・・」と納得しながらクックックゥと笑って楽しんで頂ける情報提供をお約束します!

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31 - 35件目まで(35件中)

パエリア
Vieux Port: マルセイユ旧港でランチ
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
テーマ:観光地 街中・建物・景色 グルメ 
投稿日:2012/02/07 20:40
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ランチにパエリアでも作ろうかと夫に話したら、「だったら、マルセイユ式本物パエリアを食べに行こうよ」という話になり、早速出かけることにした。

日曜日でしかも予約なども入れたりしていたわけではなかったので、どのレストランが開いているのかさえも定かではなかったが、とにかく旧港の辺りまで行ってみようということになった。

太陽の光が惜しげもなく燦々と降り注ぐ快晴で、ミストラルもそこまできつくないことから気温も比較的高く、まさに昼下がりの散歩にはもってこいの天候だった。

近所の景色

フランスでは、人がいるところはどこもかしこも犬の糞だらけである。フランス人はペットの糞尿の始末についてはペットのみならず甚く我が身に対しても甘いようである。犬も歩けば棒にあたるじゃないが、人間も歩けば犬の糞尿につまずく状態である。

驚くのは、時として、横断歩道の真ん中に幾重にもトグロを巻いた犬のウンチがドッテーンと放置されていることである。車の往来が少ない夜間に放出されたものなのかもしれないが、それにしても、横断歩道の真ん中でやるとは大した度胸だと舌を巻いてしまう。この信じられない集中力とどこでもリラックスできる適応力はどこから来るのか・・・。

もしかしたら、グラフィティと同じように、描く場所が難しく困難であるほど評価されるという基準がペットの放尿においても通用するのかもしれない。大通りにある横断歩道のド真ん中ぐらい糞尿放出場所として危険かつ困難な場所はないだろう。そうであれば、飼い主も俄然頑張ってしまうのかもしれない。

市街の中心地であるカナビネに近づくと人通りが増える。昔と比較するとアラブ人の割合が俄然増えたことは一目瞭然だ。

カナビネ

パリではマルチニックなどの海外領土やアフリカの元植民地出身の黒人を多く見かけるが、マルセイユでは対岸のマグレブ地域出身のアラブ人の比率が高い。

移民の問題はフランスが抱える頭痛の種だ。待ったなしの対応を迫られているのだが、改善策どころか建設的な議論さえなされていない。大統領選挙を数ヵ月後の5月に控え、それぞれの候補者から改善策が示されてもよさそうなものだが、目ぼしいものは何一つない。どこの政治家も臭い物には蓋をしたいのだろう・・・。

カナビネ大通りを真っ直ぐに歩いていくと、旧港へ出る。旧港は多くの観光客や地元の人々で賑わいを見せるマルセイユの中心地だ。冬場はそうでもないが、これが夏場となるとビーチと並んで観光客でごったがえす。

旧港は、冬場にも関わらずめくるめーくとまではいかなくとも燦々と降り注ぐ太陽の下でコバルト・ブルーに輝いていた。船がズラーッと何重にも所狭しと並んでいたが、以前と比較してその数は激減しているとのことだ。フランス経済の停滞は、こんなところにもしっかりと影を落としている。

旧港1

国家経済の他にも、あまり触れられることはないが、この国の政治制度にも問題があることは明らかだ。

フランスの内政は首都を中心とする中央集権体制の下にあり、ほぼ全ての意思決定はパリでなされる。地方の政治・経済でさえもパリの意向や決定に大きく左右されることから、地元の状況や意向というものは軽視される傾向にある。

マルセイユでも至る所でこの体制の弊害が見られ、街全体が斜陽にあるという印象を与える。シャッターを閉じたままの店が立ち並ぶ閑散とした商店街も見かける。東京一点主義によって取り残される日本の地方と同じ状態だ。

旧港付近では、北アフリカから吹いてくるミストラルの直撃を受けるせいか、市内の他の場所と比べて体感気温が優に3度は下がる。寒さに縮こまりながらも、ここからずーっと先に泳いでいけば北アフリカに到着するんだな・・・などとぼんやり考えた。

旧港2

日本からアフリカは遠いが、ヨーロッパからはとても近い。地理的な近さというのではなくて、もっと感覚的なものだ。歴史的、商業的な繋がりにもまして、人間同士の繋がりの幅と深さがこの違いを作り出すのだと思う。

旧港3

旧港に面した一角に、「Les Marseilles」という看板を上げたレストランがあり、店の前に展示されていたメニューを見て、夫がここにしようと言った。高級ではないが、昔からある老舗で、味は信頼できるということだった。

パエリアの店

とにかく寒さを脱することができたと喜び勇んで中に入ると、年季が入った内装の店内で、これまた年季の入った年配の給仕が迎えてくれた。地方の伝統料理を食べるにはもってこいの臨場感が溢れていた。

パエリアはスペイン料理の一種ではあるが、今ではマルセイユの伝統料理として定着しているそうだ。陸続きで、かつ同じ海に面しているのだから、どちらの所有だと厳密に言い合っても仕方ないのだろう。

パエリアでも数種類用意されていたが、全てがぶち込まれたのを注文した。30分ぐらいかかりますよと言われて、これは待たされる・・・と思ったが、案の定、1時間は待たされた。しかし、チーズのサラダなど前菜を食べ、東京とパリとどっちが住み易いかについて夫と議論しているとあっという間だった。

待ちに待ったパエリア。

パエリア

そのスケールと大雑把さには改めて度肝を抜かれた。東京ではどう転んでもこんなダイナミックなパエリアにはお目にかかれない。取り皿に取ろうと混ぜ食ってみると、出てくる、出てくる、信じられない量の各種海の幸がそこに埋め込まれていたのだ!

サフランの風味がしっかり出ており、それにシーフードのエキスが豊かに絡まって絶妙な味を出していた。お味は最高だった。

店に入ったのが1時半頃で、食べ終えたのは4時前だったが、店内は入れ替わり立ち替わりで、お客の流れが絶えることはなかった。もちろん、真昼間から大量のパエリアを食べる客は我々ぐらいだったが・・・。料理の質といい、お客の流れといい、地元にも固定客を持つ手堅いレストランなのだと思った。

しかし、このような中間層に位置するレストランは苦境に喘いでいるとのことだ。サルコジ政権以来、フランス全土で貧富の差が目に見えて拡大し、ミドルクラスの没落が激しいからだという。

上流層は超高級レストランに行き、下層階級はクイックなどのファーストフードや安手のブラッセリーなどで食事をする。ミドルクラスは、財布の膨れ具合によってそのどちらかに行くとのことだが、昨今では財布が膨らむことはまずなく、よって後者の選択に流れる傾向にあるとのことだ。

以前と比較すればお客の流れは減ったのかもしれない。それでもまあ、それなりにやって行っているのは、やはり、良質で美味しい料理を納得の価格で提供しているからだろう。

不況においてビジネスを維持することは大変難しい。でも、そこを乗り切ることができるビジネスはやはり本物のサービスなり、製品なりを提供するものなのだ。

旧港4

古びた内装が依然として放置されていることからも状況は決して楽ではないと見た。しかし、給仕の年季の入って落ち着いた対応、途絶えることのない客の流れ、そしてこの納得の味からも、この店も本物を提供するレストランだということを確信した。
タグ:
フランス マルセイユ パエリア ご当地グルメ シーフード 

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フランスの魅力を全てお見せします。。
初雪1
マルセイユの初雪
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術 
投稿日:2012/02/07 20:29
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朝起きて窓から外を眺めてみると、目の前に一面、銀色の世界が広がっていました。マルセイユで雪が降ることは稀なので、とても驚きました。寒いのにベランダに出て、少しの間目下に広がる雪で覆われたマルセイユの町並みを見入ってしまいました。

ここ2週間ほど、寒波がヨーロッパを襲い、ベラルーシやポーランドなどでは日中気温が氷点下20度になるなど、極寒の毎日が続いており、多くの人が凍え死ぬという事態が発生しています。

しかも、この寒波はヨーロッパの対岸である北アフリカのマグレブ地方にまで達し、アルジェリアが雪で覆われ、ここでもまた凍死が相次いでいます。砂漠では温度差が激しいというものの、雪まで降るか・・・・・と信じられない思いでテレビ報道を見つめてしまいました。

初雪1

フランスもご他聞に漏れずで、マイナス20度とはいかないにしても、北部や内陸地域では氷点下の気温が続いています。ホームレスのためのシェルターがここ数週間はフル稼働していますが、やはり凍死が相次いでいます。社会主義の国だというのに、貧困は社会にしっかり根を張っており、ホームレスには事欠きません・・・。

しかも驚きなのは、貧しいがために電気が使えず、家にいても氷点下の気温で生活する人がいるということです・・・。

原子力発電所が各地に多々設置されていることで世界に名を馳せているのだから、電気ぐらいは安価かつ十分に供給してもよさそうなものです。しかし、電気料金は日本のそれと大して変わらず、一般のフランス人にとっては割高だと考えられています。そのため、電気代を払えない人が各地で続出し、極寒のなかで生活することを余技なくされています。

先進国の一員であり、全ての国民に人間らしい生活を保障するべく過酷な平等主義を貫くフランスにおいて、電気代が払えずに氷点下のなかで生活を余儀なくされる人々が各地で見られるなんて・・・・。理論と現実の乖離が激しいこの国においては、あまり驚く現象でないのかもしれません・・・。

初雪2

マルセイユでは、先週の頭まで日中気温が15度ぐらいの温暖な毎日が続いていました。しかし、それ以降、気温が急激に下がり、日中でも1-3度ぐらいにしか上がらない寒い毎日が続いています。先週の水曜日だったと思いますが、微かに雪がチラついたことがありました。でも、2分もしないうちに止んでしまいました。

そして、昨晩から降り積もった雪景色の登場です。朝起きた時には既にあかっていたので、雪が降っている光景を見ることはできませんでした。地中海を覆う雪景色というのも、これまたオツなものかもしれません。

確か6年程前にマルセイユで初めて雪が降り、子供達が大喜びしていたという話を聞いたことがあります。喜び勇んで雪の味見をした子供達もいたとか・・。南仏では雪が珍しいので、雪を始めてみる子供も多かったことだと思います。

でも、大人になると、車がスリップするだとか、交通渋滞が起きるだとか、寒さで風邪をひかないかなど現実的なことしか頭に浮かばなくなります・・・。

雪が美味しいと思う豊かな感性をいつまでも持ち続けたいものです・・・。
タグ:
フランス マルセイユ 南仏 気候 景観 

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フランスの魅力を全てお見せします・・・。
ノートルダム1
マルセイユの守護神・ノートルダム・ド・ラ・ギャルド
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>マルセイユ
テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術 
投稿日:2012/02/05 01:03
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ノートルダム・ド・ラ・ギャルドは、"La Bonne Mere"とも呼ばれるマルセイユの守護神です。地中海へと開けた海抜約150メートルの丘の尖端よりマルセイユをぐるりと見渡し、海の安全と沿岸都市の繁栄を見守っています。

現在のバシリカは19世紀に奉納されたものですが、その歴史は13世紀の始めに遡ります。

13世紀の当時、その丘はサン・ビクトワ-ル修道院に帰属しておりましたが、ピエールという一人の聖職者がその峰の尖端に小さな礼拝堂を建設し、生涯そこの守護として尽くしました。その後、17世紀末に起きたフランス革命の少し前まで女子修道院としての役割を果たしました。

その間、16世紀の前半より、フランソワ1世によってその丘に要塞が築かれ、軍事施設の一つとして国家に収容されてしまいました。16世紀に入ると封建制度の下で分散していた封建貴族の中から王が誕生し、中央集権化が進み、絶対主義全盛の時代に入ります。軍事力にバックにした王権を前にして、聖職者といえども従うより他になかったのでしょう。

ノートルダム2

しかし、軍事要塞となった後も礼拝堂はそのままの状態で置かれたことから、平時におていは一般にも開放されることとなり、敬虔なカトリック教徒が祈りを捧げるべく通ってきたといいます。

軍事要塞の中に置かれた礼拝堂というのは前代見物でしたが、その歴史は1941年を持って幕を閉じます。1914-1918年の第一次世界大戦争より戦闘のあり方に変化が現れ、航空機や戦車などが導入されたことから、要塞の存在意義が失われてしまったというのが主たる原因のようです。

ノートルダム3

1934年には当時の共和国大統領であったアルバート・ルブラン(Albert Lebrun)によって要塞を非戦闘地域に指定するという大統領令が下されました。そして、第二次大戦が始まり戦費が嵩むようになると、不必要な要塞を維持することは最早不可能とみなされ、1941年をもって要塞としての歴史は終焉を迎えました。

「要塞に囲まれた礼拝堂」として4世紀もの長きに渡り浮世の荒波に翻弄されたわけですが、抜けるような青空をバックにバシリカの白亜が優雅に浮き出し、その登頂に立つ黄金のマリアの像がたおやかに微笑んでいるのを見る限りでは想像だにできません。その穏やかさ、優雅さには俗世とは隔絶の感があり、これはまさしく現在の宗教と俗世の関係を物語っているように思われました。

西欧社会においては先に述べた絶対王政を境に政教分離が実践されるようになり、その後の産業革命、市民革命へへの道を開きます。以降、科学への信望が強まり、現世における幸せ、物質的な豊かさが何よりも追求される世の中が到来し、宗教家としては己の存在意義が疑問に付される受難の時期を迎えたといえます。

このような時代において、宗教が果たす役割について聖職者はもっと積極的に発言し、行動を起こしていく必要があるように思われます。私には、現代社会における宗教の目的がいまいち良く分かりません。

ノートルダム4

隣人愛と寛容を説き、人類の救済のためにあるみたいなことを言われますが、一神教の世界で実際に起きていることは、加速する不寛容と高まる相互の疑心暗鬼、そして、何よりも恐ろしい、生命への無頓着ではないでしょうか?

これは、原理主義者や過激派が勝手に教理を解釈し、行動に出ていることで宗教とは関係ないと言われるかもしれないが、私にはそうは思われません。結局のところ、従来の宗教活動をただひたすら繰り返すだけで、現代社会において必要とされる救済のニーズを把握できず、具体的な解決策なり行動指針を打ち出せないだけなのです。

ノートルダム5

また、俗世に蔓延する様々な煩悩と向き合い、対処することについては、一神教に限らず全ての宗教に通じる普遍の問いだと思います。しかし、いずれの宗教もこの問いに答えを出していません。多くの大義名分が巷に氾濫していますが、日常においての実践に関する具体策といったものは未だに提示されていないのです。結局のところ、精神の安らぎや心の安定を得るには、自分と向き合い、一人で対処していくしか他ないのでしょう。

ノートルダム6

ミストラルにビュンビュン吹かれ、立っていることさえも危ぶまれるなかで、マリアが微笑んで優雅に立っている場所だけではエアー・バックが張り巡らせてあるかのように静けさに満ち、穏やかそのものでした。隔絶の世界・・・・とはまさにこのことで、カトリックに限らず全ての宗教が現在直面している状況を雄弁に物語っているようでした。
タグ:
マルセイユ 世界遺産 旧港 バシリカ 名所 

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マルセイユの魅力を全て教えます!
パリのカフェ6
パリのカフェ文化
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>パリ
テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術 
投稿日:2012/02/03 22:29
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パリの人達はコーヒー好きです。我が家の夫もご多分に漏れずカフェ好きで、カフェ無しに人生は立ち行かず、少なくとも1日に3杯は飲んでいるようです。もちろん、エスプレッソであることは言うまでもありません。

パリのカフェ1

フランスでコーヒーといえばエスプレッソになります。味音痴、邪道と貶されようともアメリカン・コーヒーをこよなく愛する私としては、このカフェ=エスプレッソのあり方にどうしても馴染むことができません。健康面からも生活の豊かさの観点からも受け入れられないのです・・・。

あそこまで濃いと胃に負担がかかるし、しかもすぐに飲み干してしまうため、コーヒーを飲むという行為から得られるゆったりと落ち着いたひと時を満喫することさえできません。

しかしながら、心強いことに昨今ではパリでも「スターバックス」が出現し、カーラ大統領夫人をはじめとして絶大なる支持を受けるようになっています。絶大という部分は、私が勝手な主観による判断の域を出ない可能性もあります

しかしそれでも、マクドナルドのように悪しきアメリカの食文化、フランス文明を破壊する資本主義経済の急先鋒として誹謗中傷されることもありません。これは、フランス社会での受け入れが着実に進んでいる証拠だといえます。

実際に、最寄のスターバックスはいつも混んでおり、繁盛しているのは傍目にも明らかです。もちろん、全ての客が私のようにレギュラー・コーヒーを購入しているわけではありません。多くがスターバックスが独自に開発する「装飾がかったカフェ」を注文していることは確かです。彼らの殆どはエスプレッソとは別にスウィーツとしてスターバックスの各種商品を消費しているようです。

このような状態を見るにつけ、カフェ=エスプレッソ文化の根強さを思い知らされます。我が家においても、コーヒー・メーカーはフランスでの居住開始とともにエスプレッソ・マシーンに変身しました。夫が最も拘って購入した家電製品がこのマシーンであったことは言うまでもありません。

余談にはなりますが、一方でインスタント・コーヒーというものもフランスでは健在です。アメリカン・コーヒーを愛する人間に対するフランス人の軽蔑感がドリップ式のコーヒー・メーカーの不在とインスタント・コーヒーのスーパーにおける氾濫に見て取れます。

そうです、アメリカン・コーヒー愛好家は、自宅ではインスタント・コーヒーに甘んじるしかないのです。フランスでは、エスプレッソとインスタントの中間を行くポジショニングは選択不可といっても過言ではありません。

スターバックスのような新参カフェの対極にあるのが昔ながらの古き良きフランスのカフェです。とされていますが、私には歴史の重み以外に双方の間に横たわると言われる違いがよく理解できません。

パリのカフェ2

提供する商品が少々異なるのみで、その存在意義は今も昔も変わらないからです。カフェでやることは食事や飲み物を堪能する他は、たわいもない話に花を咲かせたり、議論に熱中したり、仕事や書き物に集中したり、あるいは、ひとりで道行く人を眺めながら思索に耽るゆったりとした時間を過ごしたりと様々ですが、共通することは、人生を豊かにするための場を求めて時間を過ごすということです。

パリにも伝説のカフェは数多く存在しますが、その代表格として挙げられるのが、サンジェルマン・デ・プレにあるカフェ・ドゥ・マゴとカフェ・フレールです。

パリのカフェ3

パリのカフェ7

サルトルやボーボワールを中心に20世紀を代表するフランスの知識人や芸術家が集い、日夜に渡って哲学・文学・芸術談義に花を咲かせ、創作活動に没頭した場所として有名です。サルトルやボーボワールは、このカフェを仕事場として利用し、毎日通ったと言われています。実際に、彼らの名を刻んだプレートが当時席を占めていたという場所に打ち付けてあるのが見えます。

パリのカフェ4

サルトルとボーボワールは深い愛と絆で結ばれ、互いを尊敬し思いやる素晴らしいカップルであったことは有名です。しかし、そうであったがために、結婚することなく生涯独身を貫きました。結婚は互いの依存を助長し、人間の存在にとって欠かせない自由の精神を蝕むことになるからということでした。一緒に時間を過ごしながらも各自のプライベートには望まれない限り干渉しないというスタイルは、理念としては神々しいばかりに立派でも、日常において実践するのは容易いわけではなかったようです。

それでも二人はこの関係を貫き、カフェで毎日会い、一緒に議論し、創作することで、20世紀の西洋思想の前進に大いに貢献しました。このことからも、20世紀にはフランス文明の流れがカフェで形作られたといっても過言ではないでしょう。

これらのカフェをはじめ、パリの各地には19世紀の面影を色濃く残したカフェが無数に存在します。パリの街自体が19世紀のオスマン市長によって大改革され、以来そのままの状態で保存されていることからも当たり前といえば当たり前ですが、概観以上に、そこにある魂がいまだに19世紀ー20世紀である印象を受けるのです。19-20世紀がパリのカフェの全盛期で、その時代の威光に未だにしがみついているとも言えますが。。。

特に、どんよりと雨雲が重苦しく立ち込め、パリの街全体を覆っているような日には、小雨でも降れば、19世紀のパリが目の前に立ち現れます。ぱっと見には陰鬱だけれど、オレンジの間接照明に暖かく照らされるカフェの中は活気に満ち、人生を愉しむことを心得た人々の精神が自由に飛びまわっています。当時から何も変わっていないパリがそこにあるのです。

フランス社会も国家経済から社会のアイデンティティにいたるまで数々の問題を抱えており、様々な分野での改革や変革が求められています。外国人の私の目から見ても、変革を断行していかなければ国が立ち行かない時期に来ていることは明らかです。

そんななかで、切羽詰った問題から一息入れることのできる憩いの場所、フランス人のアイデンティティを再確認できる場所というのがこのカフェではないかなと思ったりするのです。

パリのカフェ5

様々な意味で人生を豊かにする場を与えてくれる場所、それがカフェであり、この存在意義は今も昔も変わらないような気がします。
タグ:
パリ カフェ サルトル 文化 スターバックス 

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パリのカフェ文化・・、それはフランスの知の創造に貢献し、西洋文明の発展を後押しするものでした。
クリスマスのパリ1
クリスマスのパリ
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>パリ
テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術 
投稿日:2012/02/03 22:00
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クリスマスのシーズンの到来により、パリの街もクリスマス一色となりました。ユーロ圏一体を覆う経済危機の重苦しい雰囲気を吹き飛ばさんばかりに、人々は足取りも軽やかにノエルのショッピングを楽しんだり、シーズンのディナーやパーティーに奔走しています。

クリスマスのパリ2

フランスでは、クリスマスが日本のお正月のようなもので、家族が集い一緒になって祝う一年で最も大切な行事なのです。ですので、連日に渡って報道される欧州の先行きを憂うニュースや分析はさておいて、いつもは硬いパリジャンの財布の紐もこの時ばかりはかなりの程度緩むようです。

クリスマスのパリ1

我が家でもこのシーズンには物入りとなり、プレゼントの用意、ディナーの準備とショッピングへ費やす時間が飛躍的に増します。そんな時にいつも思い出すのは、物質文明の絶頂を極める東京の豊かさ・・・・・・。

日本では、フランスは文明の先駆者、美の巨匠の国などというイメージが定着していますが、それは既に数世紀も前のことであり、21世紀の今日においてはその限りではありません。過去の遺産に固執し、それを国内どころか世界に納得させるフランスのPR力、イメージ戦略というものには、まずもって脱帽するよりほかありませんが・・・・・。数世紀前の遺物、方法論、デザインなどが今世紀の産物に勝るとも劣らない有効性、存在価値というものを持つのだと信じ込ませることにおいて・・・・・。

いずれにせよ、商品の品揃え、種類など無限に存在するだけでなく、消費者のニーズを遥かに先取りしたなアメニティ、細かな点にまで配慮したデザイン性、意匠を凝らした利便性など、ここまでやるか・・・・と消費者を唸らせる商品で東京は満ち溢れています。歩くたびに将来を展望した新たな発見、創造性の発露を垣間見ることができるのが東京の街の魅力といえるでしょう。創造性と消費文化をここまで綿密に結び付けて経済の発展の道筋を構築する都市は、世界広しといえど東京を除いてまずないといえます。そして、この消費文化がもたらす富と繁栄により、今日の東京は群を抜いて豊かで、煌びやかで、創造の世界の先端を行く都市だと位置づけられるわけです。

パリをはじめとしてフランスでは、消費文化のここまでの横溢を見ることはまずありません。その理由のひとつに、国内産業を守るための厳格な規制が挙げられます。そのため、平均賃金のレベルの割りには物価が高いということが住んでみると身に染みて分かります。

小市民の我々にとって日々タオルや束子、食器や掃除道具が品質がそこそこに保障されてはいるものの割高な「Made in France」である必要はありません。日本の百円ショップに溢れている途上国から輸入された安価な商品で十分に間に合うわけです。食料品にしても、農業国だという割りにはそこまで品揃えが豊富で安価であるというわけでもありません。品質保証は厳格にされているようですが、それは少々遅れている点があるものの、日本においても同様のレベルが確保されているといえます。

一般消費者としてフランスで暮らしてみると、規制緩和というものが日本で言われているほど悪質なものではなく、むしろ歓迎すべきものであることが身に染みてわかります。もちろん、無節操な規制緩和は国内産業を退廃に導き、巨大外資の市場搾取を許すだけに堕するだけなので奨励されませんが、健全な競争と経済の活性化を目指すしっかりした方針があるのであれば、ある程度までは必要とされるものです。そうでなければ、フランスのように一部の非効率な産業を温存するがために、一般大衆が被害を蒙っているのです。

私など、日用雑貨を買いに行くたびに、東京の街に溢れている百円ショップが懐かしくてたまりません。しかも、フランスのディスカウント・ショップは寂れた物悲しい雰囲気に満ちており、ここで買い物するだけで自分が落ちぶれた人間だと思わされるのに対して、日本の百円ショップは、様々な工夫や創意に溢れる小物に満ちて明るく華やかで、「お買い得商品を発見する」喜びに満ちた建設的な時間をすごすことができる空間、そこで買い物をする私は費用対効果を考慮する賢い消費者として認識することができるのです。

話が私個人のフランスの消費経済における不満を開陳する方向に外れてしまいましたが、クリスマス・ショッピングにおいても同様の問題に直面します。種類が少なく、しかもデザインやコンセプトにおいてもいまいちなものしかないということです。そして、費用対効果に乏しい。。。。東京の価格を知り尽くしている私には、何を買うにも「え、これでこの値段・・・・?」という類の感想しか頭に浮かばないのです。ヨーロッパが最適なのは高価なアンティークの買い物だけで、小市民のちまちました買い物には適していないようです。ま、これも、普段買い物に興味がなく、必要最低限以外はショッピングをしない私の限られた知識と経験から生まれた見解だといばそれまでですが・・・。

あまり捗らないクリスマス・ショッピングに苛立ちを感じ、息抜きにシャンゼリゼ大通沿いに立ち並ぶクリスマス・マーケットでも冷やかしに行こうかと思い立ち、冬の冷たい風が吹きすさむ夕暮れのシャンゼリゼに向かいました。

クリスマスのパリ3

クリスマスのパリ4

今年のシャンゼリゼのクリスマス・イルミネーションは、ぶっちゃけ、たいしたことありません。友人や知人から「今年はたいしたことない」とか「貧弱」「コンセプトが不明」などと聞かされていましたが、行って見ると、「このやる気のなさ、どうしちゃったの?」と言いたくなるほどの貧相なできばえでした。

クリスマスのパリ6

経済危機で節電でもしようとしているのかなと思ったりしましたが、節電が目下叫ばれている東京のほうがテレビで見る限り格段に派手で豪華です。欧州のクリスマスの風物詩として代表格であるシャンゼリゼのイルミネーションがこんなことでは許されません!

クリスマスのパリ7

クリスマス・マーケットは、チーズ、燻製ハム、ソントン(キリスト降誕の状態を再現するための人形など一式)、チョコレート、アクセサリーなどクリスマスに関連する各種製品を売り出すブースがシャンゼリゼ沿いに軒を連ねていました。子供のためのメリーゴーランドや滑り台などもあります。この寒さのなかでも子供は元気です。

クリスマスのパリ8

クリスマスのパリ9

目新しいのが、「無料マッサージ」!無料で手足や方などマッサージしてくれるのです。慣れない主婦業とパリの寒さで凝り固まっている私の身体もマッサージを切に欲していましたが、妊娠しているので変わったことはせまいと、「無料」という世界で最も魅惑的なオーラを発する形容詞から目を逸らし、そこでマッサージを堪能している人々が発する狂喜の叫びを聞くまいと必死の努力でもってその場を立ち去りました。

クリスマスのパリ10

でも結局、何も買わずに帰ってきました・・・。というよりも、寒さでまともな思考ができず何も考えられなかったと言ったほうが正しいかもしれません。

その代わりに、写真を一枚撮りました。アレクサンドル3世橋とエッフェル塔をセーヌ川越しに遠くに見る景色です。パリの絵葉書にもよくありますが、確かにこのアングルはパリの美しさを最高に引き立てます。

クリスマスのパリ11

夕暮れに沈む冬枯れの情景は、19世紀の街並みが色濃く残るパリの美しさを更に引き立てます。黄昏も深まり夜の帳が下りんかともいうべき状態にあるフランスの繁栄が、斜陽を深めるフランス社会の停滞が、そして、アイデンティティの崩壊により物語性を日々失うフランスのレガシーの消滅が、全てのこの一枚に収められているような気がしました。
タグ:
パリ クリスマス ノエル シャンゼリゼ 

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寒空の下でもクリスマスのライトアップが美しいパリ。シャンゼリゼを中心にパリのクリスマスデコレーションやマーケットをご案内します。

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