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ユーラシアの旅ブログinトラベルコちゃん

~世界130ヶ国を舞台に活躍するユーラシア旅行社添乗員の生の声をブログでお届け! ※毎週火曜・木曜更新!各記事は当社サイト内の7つのブログから転載しております。~

株式会社ユーラシア旅行社
ユーラシア旅行社は世界130ヶ国を舞台に、遺跡、自然、伝統文化、芸術などさまざまなテーマで、お客様の知的好奇心を満たす旅を提案しています。
プロフィール

ニックネーム:
ユーラシア旅行社
居住地:
東京都
会社名:
株式会社ユーラシア旅行社
会社英字名:
Eurasia Travel Co.,Ltd,
会社所在地:
東京都
会社電話番号:
03-3265-1691
業種:
旅行業
自己紹介:
世界130ヶ国を舞台にテーマ性の深いツアーに添乗するユーラシア旅行社の添乗員のブログから抜粋した記事を毎週火曜・木曜更新!

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ヴェルナッツァ
チンクエテッレ(イタリア)
エリア:
  • ヨーロッパ>イタリア>ラ・スペツィア
テーマ:観光地 世界遺産 
投稿日:2010/07/15 14:00
コメント(0)
イタリア西部からフランスに至る海岸線は、「リヴィエラ海岸」と呼ばれて、世界中から多くの人を惹き付けています。フランス側ではニース、カンヌやモナコ、イタリア側ではサン・レモやポルトフィーノが有名です。リヴィエラ海岸の特にイタリア側では、ジェノヴァの南方地点で砂浜が途切れ、複雑に入り組んだ海岸線に変貌します。その入り組んだ海岸線の間に位置するのがチンクエ・テッレです。チンクエ・テッレとはイタリア語で「5つの村」を意味し、北からモンテ・ロッソ・アル・マーレ、ヴェルナッツァ、コルニーリア、マナローラとリオ・マッジョーレの5つの村の総称です。
ヴェルナッツァ
チンクエ・テッレの歴史は、11〜12世紀頃まで遡る事が出来ます。前述の通り、ジェノバ以西のリヴィエラ海岸は砂浜が続く直線的な海岸線であるのに対し、チンクエ・テッレの海岸線は非常に入り組んでいます。また、断崖が海岸線に迫っているので、前も後も守るのに適していました。決して住み良い地形ではありませんが、人々がこの地に定住するようになったのは、このような背景からだと思われます。

その後は田舎の漁師村として、細々とした営みで今日まで至りました。そしてその営みが効を奏して、昔ながらの風情を残す村として世界遺産に登録されました。世界遺産登録後、観光客が増える傾向にありますが、ヴェネツィアやフィレンツェ辺りと比べればまだまだ人も素朴、町並みも素朴、カフェで飲むカプチーノの値段も素朴です。

チンクエ・テッレの村々では、漁業が生業の中心です。断崖が海岸線に迫っている為、農業に適した用地がほとんどないためです。チンクエ・テッレと言えば、紺碧のリグーリア海やカラフルな家並みをイメージされる方も多いかと思いますが、実際に足を運んでみると、意外に畑が多い事に驚きます。断崖が海岸線に迫っている為に、人々は限られた耕地を工夫して段々畑を築き、オリーブ、ブドウやかんきつ類を栽培しています。無駄な土地は微塵もないくらい、家のない場所は畑でびっしり埋められています。
チンクエテッレの葡萄畑
決して広くはないブドウ畑で採れたブドウから作られるこの地の名物のシャケトラというワインは、イタリアでもかなりプレミアなワインです。

このシャケトラというワインは白の甘口デザートワインに分類され、主に食後に飲まれます。イタリア半島の反対側(東側)に位置するバッサーノ・デル・グラッパで生産されるグラッパに流通量では及びませんが、大量生産できない稀少なワインであるが故、富裕層も珍重してきたワインです。必ず在庫がある訳ではないようですが、チンクエ・テッレを訪れたら、ちょっとエノテカ(酒屋)を覗いて、このワインを探してみても良いでしょう。物にもよりますが、20〜30ユーロぐらいのお値段で購入する事も可能です。海際だけあって、もちろんお食事もお楽しみです。段々畑から採れたオリーブオイルは、潮風から魚介類に合う風味を受けたと言われる事もあるぐらい魚介類に特に合うそうですが、真相はどうでしょうか。

チンクエ・テッレでもう一つ紹介したいのが「愛の小道」と呼ばれる散策路です。この「愛の小道」は、5つの村の中で最南端に位置するリオ・マッジョーレ(Rio Maggiore)とその次のマナローラ(Manarola)間を結ぶ散策路です。
愛の小道は、徒歩で20分前後で歩ききってしまうぐらいの道です。「愛の小道」と呼ばれるようになった起源は定かではありませんが、道の途中には恋人達のモニュメントが作られたりして、地元の人々としては恋人達が逢瀬を重ねたロマンティックな道という説を定着させようとしているようです。名前はどうあれ、平坦な遊歩道なので、晴れた日には美しい海と前後に見える町の風景をご堪能頂けます。
【ブログ:地中海欧羅巴くらぶより】
http://bit.ly/ayG16f
モンテロッソ・アル・マーレ
タグ:
チンクエテッレ イタリア 世界遺産 

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魅惑のイタリアン・リヴィエラ、チンクエ・テッレの村々を紹介します!
魅惑のイタリアン・リヴィエラ、チンクエ・テッレの村々を紹介します!
サンティアゴ・ベルナベウ外観
サンティアゴ・ベルナベウ(マドリッド/スペイン)
エリア:
  • ヨーロッパ>スペイン>マドリード
テーマ:街中・建物・景色 鑑賞・観戦 
投稿日:2010/07/13 23:59
コメント(0)
ワールドカップ南アフリカ大会は、初戦で負けを喫しながらも這い上がってきたスペインが見事に優勝した。私が応援するドイツは残念ながらまた準決勝で敗退してしまったが、まぁ次に期待が持てそうな内容だったのでよしとしよう。

さて、その優勝したスペインの原動力は華麗なパス回しと評されているが、その技術を支えているのが世界でもトップクラスに上り詰めた国内リーグだろう。その国内リーグの中でもバルセロナとレアル・マドリッドの2強は群れを抜いて強く、今回の優勝メンバーの多くがこの2チームに所属している。今日はその内レアル・マドリッドの本拠地サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムを紹介しよう。

サンティアゴ・ベルナベウ・スタジアムはマドリッド市内北部に位置し、スペイン・サッカーの聖地でもある。現在のスタジアムは1947年に完成し、以来ヨーロッパのカップ戦や重要な試合、リーグ戦を始め、数多くの試合を主催してきた。今年もワールドカップに先立つヨーロッパチャンピオンズ・リーグの決勝戦(欧州各国のクラブチームの頂点を決める試合)を開催した。

かつては立ち見席も多くあり、10万人以上の観客を収容していたが、全て座席になった今の収容人数は80,354人である。それでも世界で最も収容力のあるスタジアムの一つである。リーグ戦開催中のチケットは巨人戦を超えるプラチナ・チケットだが、近年価格がさらに上昇する傾向にあり、残念ながらかつてのように庶民が気軽に出かけられるスタジアムではなくなってきている。

しかし、試合は見られなくても聖地に足を運ぶファンは多い。実は試合を開催してない日には、サンティアゴ・ベルナベウは見学する事が出来る。残念ながら無料ではないが、16ユーロ(大人)という料金なら割り切れるか。スタジアム最上部からのパノラマに始まり、スタンドを抜けてグラウンドのライン沿いやベンチに降りる事が出来る。さしてスペインのサッカーに興味もあまり持っていなかった若き日の私もベンチで間の抜けた記念写真を撮った記憶がある。残念ながらその時の写真は失ってしまったが、今ではいい思い出だ。

その他普段はテレビでもあまり見られないシャワー室(シャワーは浴びられないので注意)、ビジターチームのロッカー室や会見場も見られる。

サッカーファンでなくてもそこそこ楽しめる内容になっている。もちろんユーラシア旅行社のツアーでこのスタジアム見学が入っているツアーなどないが、地下鉄の駅もあり、自由時間を利用して行こうと思えば行けない事はない。料金の16ユーロが安いか否かは意見が分かれるところだが、間の抜けた記念写真ひとつでも良い旅の思い出になっている事を思えば、決して高くもないだろう・・・。
【ブログ:倶楽部ユーラシアより】
http://bit.ly/4mfB0e
サンティアゴ・ベルナベウサンティアゴ・ベルナベウ・ロッカー

バガン
仏教遺跡バガン(ミャンマー)
エリア:
  • アジア>ミャンマー>バガン
テーマ:観光地 
投稿日:2010/07/08 10:34
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外国人に人気がある日本の代表的な観光地である京都や奈良にも行ったことがありますが、私は先日鎌倉へ行ってきました。天気がとてもよく、青空の下に輝く大仏を見るのが落ち着いて、2時間もかけて大仏を見ていました。
さて、今回はミャンマー観光の第一の目玉ポイントである「仏教遺跡バガン」をご紹介します。パゴダが2000基をこえるバガン仏教遺跡は現在ユネスコ世界遺産には登録されていませんが、カンボジアの「アンコール・ワット」、インドネシアの「ボロブドゥール」と共にアジアを代表する巨大遺跡の一つです。
モンゴル系民族であるビルマ族は8世紀ごろから10世紀頃にかけて都を全国のあちらこちらにつくりました。11世紀頃(日本の平安時代後期)になるとビルマ族の王「アノーヤター」はバラバラになっている都を統一し、ミャンマーの中部(現在のバガン遺跡があるところ)の平地に「アリマダナプラ=幸福な都」という名前で新しい都を作りました(農業国ミャンマーの命でもある「エヤワディー川」がすぐ近くに流れています)。
バガン王朝は、その名前の通り豊かな国で、国民は安全で、安心して暮らすことができ、とても裕福な生活を送ったと言われています。当時のビルマ王朝は政治的、経済的に安定していました。ですから、宗教に力を注ぐようになり、当時仏教が栄えていたスリランカや他の東南アジアの国などと活発に交流しました。アノーヤター王はスリランカを訪れ、仏教と触れあい、仏教徒になりました。自分だけでなく、王族も国民も一緒に仏教徒になれるように、また仏教がずっと栄えるように力を入れたと言われています。

当時の人々は自分たちのご利益のためにパゴダを作り始めました。自分達がつくったパゴダを子孫が守り続け、功徳がずっと続いていくと共に仏教も長く存在するという思いを込めて造ったと言われています。サイズや形、使うお金や造る場所などに関係なく国王に申告すれば自由にパゴダをつくることができました。当時バガンにつくられたパゴダは4000基以上もあったと言われ、現在はその半分の2000基以上が存在しています(未だに発掘中のところもあります)。バガン遺跡にあるパゴダは小さい規模(高さ1m)から大規模な(62m)ものまであり、存在する場所も庭や学校、又畑の中など様々です。又、形も異なります。
私はお客様を案内するたびに当時の人たちの思いが現在までに至っていることを実感しました。一つ残念なことは、規模が大きいパゴダは王様やお坊様などが造り、造った理由・年・造った人のこと等が石碑などで刻まれてあり、知ることができますが、小さいパゴダを造ったのは殆どは一般の国民であったため、データが残っておらず、知ることができないことです。
誰が造ったか、いつ造られたかか分からなくても、近くに住むバガン人は毎日少なくともお水とお花をお供えしていますので、造った人の功徳は今にでも存在しています。
【ブログ:パゴダの国からミンガラバーより】
http://bit.ly/ctArHK
バガンバガン

サルラ
サルラ(フランス)
エリア:
  • ヨーロッパ>フランス>サルラ
テーマ:街中・建物・景色 
投稿日:2010/07/06 16:54
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フランスの南西部、大西洋に面したワインの名産地ボルドーから約150キロほど内陸に入ると、豊かな緑に溢れた丘陵地帯があります。

かつては貧しい土地でしたが、近代に入ってからトリュフやフォアグラの名産地となり、美食の里として知られるようになりました。
この辺りには中世からの鄙びた田舎町が無数に点在しているのですが、私のイチオシの里はサルラです。

蔦が絡まり、黒ずんだ石組みと歪んだ瓦葺きの屋根は長い年月を感じさせ、入り組んだ路地を歩いているだけでもまるで中世の時代に遡ったかのような気分になります。

人々が行き交う明るい昼間も雰囲気満点ですが、時間があれば是非、霧の立ち込める早朝や街灯の薄明かりに照らされた夜に路地を歩いてみてください。
古ぼけた街だけに少々不気味な感じがしますが、安心して歩ける街です。
昼間より一層、中世の雰囲気が滲み出ていること間違いなし。

中世そのままの鄙びた佇まいを残すことから、度々ジャンヌダルクなど映画の撮影にも使われているそうです。
【ブログ:ロマネスク通信より】
http://bit.ly/9kZlRm
サルラ

マチュピチュ遺跡
マチュピチュ村
エリア:
  • 中南米>ペルー>マチュピチュ
テーマ:街中・建物・景色 
投稿日:2010/07/06 16:46
コメント(0)
今回は私のこよなく愛する「アグアスカリエンテス」の街について語らせて頂きたいと思います。皆様、ペルーの「アグアスカリエンテス」という街はご存知でしょうか?そして、この町は、マチュピチュの麓にある町で「マチュピチュ村」とも言われています。と言うときっと皆様お分かりでしょう。

 この町「アグアスカリエンテス」はマチュピチュへ行く際に起点となる町です。通常クスコ近郊のウルバンバの「オリャンタイタンボ」という駅よりピスタドームという列車で、ここ「アグアスカリエンテス」駅までやって来て、更にここより混載バスにてマチュピチュ遺跡の入り口まで向かいます。ですので、マチュピチュに向かう人は必ず通過、もしくは宿泊する町なのですが、人口推定約150人という非常に小さな町です。町の名前のアグアスとはスペイン語で「水」、カリエンテは「熱い」という意味で、「熱い水」=温泉 を意味し、この町の名前通り町には温泉があるのです。日本でもここ数日、ぐっと気温も下がりいよいよ冬の足音が聞こえてくる季節になってきましたね。私は、冬が近付くと無性に温泉が恋しくなり、あぁ〜日本人だなぁ。と思います。

 ここ「マチュピチュ温泉」とでも呼ばせて頂きますが、温泉とは言えども少々スタイルは異なります。町の中心から約5〜10分程坂を登り切った所にある、入り口(小屋)があります。この小屋にてチケットを購入し、更に細い小路を数分登り続けて温泉入り口へと向かいます。温泉までのこの道のりも、周囲は山々に囲まれ、川も流れており、いかにも温泉街という雰囲気で情緒があり良いものです。浴衣に下駄を履き向かいたいところではありますが、ここはマチュピチュですから、皆Tシャツに短パン、足元はビーチサンダルと言ったスタイルで向かいます。入り口より進むと、ロッカー、更衣室があり、そちらで着替えいよいよ温泉へと進みます。ここからが、日本の温泉との大きな違いで、入浴するには混浴で水着着用です。温泉は大体38〜39度位のぬるめのお湯で若干茶色っぽい色をしています。イメージとしては、もしかしたら温泉よりプールのほうが近いかもしれません。

 町は標高2000Mあり体が冷え込むことも多いので、温泉で体を温めるにも、マチュピ チュ登山後の疲れた体を癒すにも効能が筋肉痛にも効くらしいので、最適ではないでしょうか?なかなか、日本より空路20時間以上もかかるこの南米ペルー、マチュピチュ村で温泉に浸かるというまたとない経験も良い思い出になるのでは?この「アグアスカリエンテス」の町には温泉だけに留まらず、駅周辺、そして温泉から町中心のアルマス広場まで続くメインの通りにも多数のお土産物屋さんが軒を連ねており、ペルーならではの民芸品を見て周るのも楽しいでしょうし、駅周辺、広場中心にはレストランも幾つもあり、ペルー料理を楽しむのもあり、時折南米アンデスのフォルクローレを耳にするかもしれません。どこか懐かしさを感じながら町をゆっくり散策するのも良いかもしれません。
小さい町ながらも温泉以外にも楽しみ方は様々です!

単なるマチュピチュへの通過点だけに終わらせず、麓の温泉街「アグアスカリエンテス」をいかに楽しむかはあなた次第です!!
【ブログ:ぶらり秘境探検隊より】
http://bit.ly/bXSvq8
マチュピチュ村の温泉マチュピチュ村

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