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- 【京都駅に大阪万博に合わせた情報発信拠点が登場】
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エリア:
- 近畿>京都>洛中(京都駅周辺)
- 近畿>京都
- テーマ:観光地 お祭り・イベント 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/03/05 13:59
- コメント(0)
【京都駅に大阪万博に合わせた情報発信拠点が登場】
4月から京都駅で京都府が大阪万博に合わせた情報発信拠点「EKIspot KYOTO (エキスポ キョウト)」を開設する。
ただし、大阪万博の案内をするのではなく、万博に来た人たちに京都駅を拠点として京都府下にある観光名所を案内するのである。つまり、これは万博の会期に合わせて行うイベント「京都駅周辺エリアまるごとゲートウェイ事業」の一環であり、万博とはほとんど関係がない。
もちろん「京都府内の万博関連イベントの情報を一元化して発信する」という建前なのだが、その内容は京都駅周辺での「地場産品の販売」「伝統文化の実演や体験」「展示会などの各種イベント(会場は西本願寺や鉄道博物館など)」「美術工芸や日本画の作品展」「作家、芸術家との交流イベント」等々で、大阪万博のPRは何も無い。
京都府庁の担当者は「京都駅が周遊の核となる。イベントを契機に府全体を盛り上げたい」と言っている。
まあ、ネーミングもよく見たら「エキスポ」ではなく「エキスポット」ですが。^^
4月から京都駅で京都府が大阪万博に合わせた情報発信拠点「EKIspot KYOTO (エキスポ キョウト)」を開設する。
ただし、大阪万博の案内をするのではなく、万博に来た人たちに京都駅を拠点として京都府下にある観光名所を案内するのである。つまり、これは万博の会期に合わせて行うイベント「京都駅周辺エリアまるごとゲートウェイ事業」の一環であり、万博とはほとんど関係がない。
もちろん「京都府内の万博関連イベントの情報を一元化して発信する」という建前なのだが、その内容は京都駅周辺での「地場産品の販売」「伝統文化の実演や体験」「展示会などの各種イベント(会場は西本願寺や鉄道博物館など)」「美術工芸や日本画の作品展」「作家、芸術家との交流イベント」等々で、大阪万博のPRは何も無い。
京都府庁の担当者は「京都駅が周遊の核となる。イベントを契機に府全体を盛り上げたい」と言っている。
まあ、ネーミングもよく見たら「エキスポ」ではなく「エキスポット」ですが。^^

- 【抹茶のチャチャチャ】
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:その他 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/01/31 13:41
- コメント(0)
【抹茶のチャチャチャ】
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
空にキラキラお星さま
みんなスヤスヤ眠るころ
茶人はひとり起き出して
たてる抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
釜にふつふつお湯が沸く
棗を開けてひとすくい
茶筅をふりふりシャカシャカと
たてる抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
茶碗を持って回しましょ
香り豊かな緑の茶
そっと口あてするすると
いただく抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
空にキラキラお星さま
みんなスヤスヤ眠るころ
茶人はひとり起き出して
たてる抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
釜にふつふつお湯が沸く
棗を開けてひとすくい
茶筅をふりふりシャカシャカと
たてる抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ
茶碗を持って回しましょ
香り豊かな緑の茶
そっと口あてするすると
いただく抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
抹茶のチャチャチャ
チャチャチャ抹茶のチャチャチャ

- 井上真史の『現代「ますように」考』を読みました。
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エリア:
-
指定なし
- テーマ:お祭り・イベント 書籍・CD・DVD 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2025/01/28 14:15
- コメント(0)
日本各地の面白い場所を紹介した本が出ましたので、その感想です。
『現代「ますように」考』
井上真史(淡交社)
一瞬、何の意味かと思った題名だが、要するに「猫が帰ってきますように」とか「子供が生まれますように」とか「縁が切れますように」といった「神様への願い事」を探求した労作である。もちろん、本の帯には「この本が売れますように」と書いてある。うーむ。買った私は神様か?
さて、全四章と断章から成る本書だが、普通の目次とは別に地域別のリストも掲載されており、中々便利なのである。
第一章は題名にもなっている各地の「ますように」を紹介している。
第二章はいわゆる「奇祭」の追求である。
次に挟まれた断章は、コロナ禍にあって出現したアマビエを追いかけた話。
第三章は「この世」にいたままで「あの世」を覗き見る。
第四章は呪いや執念に纏わる話。
もちろん、これは単なる隠れた名所の紹介ではない。取り上げられているその場所その場所それぞれを基にしたエッセイ集になっていて、通読するも良し、面白そうなのを拾い読みするのも良しの楽しい一冊である。
副題が「こわくてかわいい日本の民間信仰」であるように、基本的な軸足は民俗学に置かれているのだが、学術臭さはなくて一般の読者が気楽に読めるし、ちょっと気が向いたら「ここに紹介されている場所に行ってみようかな」という気にさせる内容にもなっている。自宅で座ってじっくり読むのも、通勤通学の電車の中で軽く読むのもその人次第。読み終ったら本棚に並べ、折に触れて読み返す本である。
どのエピソードも過不足なく書かれているので軽妙な文章なのに中身は濃いのだ。「ご存じですかぁ」という嫌味もなく、上から目線でもなく、意味不明の専門用語を羅列するのでもなく、全て「自分の言葉」で語っているのは著者の人柄であろう。
写真もたくさん載せてあるが、中でも51頁のやつは「うむ」と納得してしまうぐらい不気味で良い。
ただ、讃辞ばかりでは贔屓の引き倒しになるので、少しツッコミも入れておく。
◎41頁の後ろから3行目に
<今でも木槌のことを「げんのう」と呼びますが>
とあるのだが、「げんのう」というのは「木槌」ではなく「大ぶりの鉄槌」である。
◎70頁の8行目
<ロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリ>
という例えが分かる人は、ほとんどいないだろう。しかしこれはギャグで言っていると思う。これがどんなものか気になる人は検索すればすぐに出るのでどうぞ。その後で67頁の写真をもう一度見ると「なるほど」と納得。
それから、これは著者とは何の関係も無い事なのだが、表紙の魚の絵は「鰯の頭」に違いないのだが、私の目にはどうしてもマグロの兜焼きに見えてしまうのである。まあ、こればかりは仕方がない。
何はともあれ、私はこれからも「ますように」は無くならないと思う。昔から「苦しい時の神頼み」と言って、我々は普段は忘れていても窮地に陥ると神様を思い出すのである。この習性が無くならない限り「ますように」も無くならない。
しかし日本は良い国である。一神教の国々は人間が神様に従わねばならない。しかし日本では「ご利益」といって神様の方が人間に奉仕してくださるのである。こんな良い国、他には無いだろう。
『現代「ますように」考』
井上真史(淡交社)
一瞬、何の意味かと思った題名だが、要するに「猫が帰ってきますように」とか「子供が生まれますように」とか「縁が切れますように」といった「神様への願い事」を探求した労作である。もちろん、本の帯には「この本が売れますように」と書いてある。うーむ。買った私は神様か?
さて、全四章と断章から成る本書だが、普通の目次とは別に地域別のリストも掲載されており、中々便利なのである。
第一章は題名にもなっている各地の「ますように」を紹介している。
第二章はいわゆる「奇祭」の追求である。
次に挟まれた断章は、コロナ禍にあって出現したアマビエを追いかけた話。
第三章は「この世」にいたままで「あの世」を覗き見る。
第四章は呪いや執念に纏わる話。
もちろん、これは単なる隠れた名所の紹介ではない。取り上げられているその場所その場所それぞれを基にしたエッセイ集になっていて、通読するも良し、面白そうなのを拾い読みするのも良しの楽しい一冊である。
副題が「こわくてかわいい日本の民間信仰」であるように、基本的な軸足は民俗学に置かれているのだが、学術臭さはなくて一般の読者が気楽に読めるし、ちょっと気が向いたら「ここに紹介されている場所に行ってみようかな」という気にさせる内容にもなっている。自宅で座ってじっくり読むのも、通勤通学の電車の中で軽く読むのもその人次第。読み終ったら本棚に並べ、折に触れて読み返す本である。
どのエピソードも過不足なく書かれているので軽妙な文章なのに中身は濃いのだ。「ご存じですかぁ」という嫌味もなく、上から目線でもなく、意味不明の専門用語を羅列するのでもなく、全て「自分の言葉」で語っているのは著者の人柄であろう。
写真もたくさん載せてあるが、中でも51頁のやつは「うむ」と納得してしまうぐらい不気味で良い。
ただ、讃辞ばかりでは贔屓の引き倒しになるので、少しツッコミも入れておく。
◎41頁の後ろから3行目に
<今でも木槌のことを「げんのう」と呼びますが>
とあるのだが、「げんのう」というのは「木槌」ではなく「大ぶりの鉄槌」である。
◎70頁の8行目
<ロイコクロリディウムに寄生されたカタツムリ>
という例えが分かる人は、ほとんどいないだろう。しかしこれはギャグで言っていると思う。これがどんなものか気になる人は検索すればすぐに出るのでどうぞ。その後で67頁の写真をもう一度見ると「なるほど」と納得。
それから、これは著者とは何の関係も無い事なのだが、表紙の魚の絵は「鰯の頭」に違いないのだが、私の目にはどうしてもマグロの兜焼きに見えてしまうのである。まあ、こればかりは仕方がない。
何はともあれ、私はこれからも「ますように」は無くならないと思う。昔から「苦しい時の神頼み」と言って、我々は普段は忘れていても窮地に陥ると神様を思い出すのである。この習性が無くならない限り「ますように」も無くならない。
しかし日本は良い国である。一神教の国々は人間が神様に従わねばならない。しかし日本では「ご利益」といって神様の方が人間に奉仕してくださるのである。こんな良い国、他には無いだろう。
初夢は寿司だった。
大晦日にお寿司のことを考えて寝たら、お寿司の初夢を見ました。
何故か私はお茶になっていまして、お寿司は食べてませんでした。
(写真はイメージです)
大晦日にお寿司のことを考えて寝たら、お寿司の初夢を見ました。
何故か私はお茶になっていまして、お寿司は食べてませんでした。
(写真はイメージです)

- 【吉例・南座顔見世興行】
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エリア:
- 近畿>京都
- テーマ:鑑賞・観戦 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2024/12/08 20:28
- コメント(0)
【吉例・南座顔見世興行】
今年も南座の顔見世興行に行ってきました。と言っても、昼の部だけですが。^^
第一「蝶々夫人」
プッチーニのオペラ「蝶々夫人」を歌舞伎に仕立てた逸品。私は遥か前に本編の「蝶々夫人」も関西二期会の公演(指揮は佐渡裕だったかな)で観てますが、オペラの前半、お蝶さんとピンカートンが出会う過程はお蝶さんの「夢」という設定で劇のプロローグとして演じられました。これは上手く考えてある。
物語はオペラの後半をあらすじ的に辿ったと言ってしまうと失礼になりますが、そこはやはり歌舞伎の様式美が重なると原作のオペラなど関係の無い独立した作品になるのですから凄い。
オペラでは自刃するお蝶さん、歌舞伎バージョンでは崖から飛び降りて死ぬのですが、その後で一羽の蝶々がひらひらと飛んで行くのは……好き好きで、私は(以下自粛)でも、お蝶さんの想いがアメリカまで飛んで行くという結末ですので、これもいいのかなと思ったりもします。
第二「三人吉三巴白波」より「大川端庚申塚の場」
これは数年前の顔見世興行でも観ました。
作品・演出・役者すべて上出来の、安心して舞台の流れに乗れる見応えがありました。
有名な「月も朧に白魚の」の名台詞は役者さんの個性によって違いが出ますけれど、私の好みとしてはもっとメリハリをきかした、ちょっとぐらいオーバーアクションなほうが嬉しいのですが。f^^;
第三「大津絵道成寺」
これは愛之助さんがやるはずがご存じの事故で壱太郎さんが代役を務めました。一人五役の早変わりを見せる華やかな舞台です。
本番の2日ほど前に代役が決まったというのに壱太郎さんは所作も早変わりの妙技もやってのけるのですから、やはり歌舞伎役者というのは凄い。おそらく過去に一度はこの役をやられているのでしょうが、次はいつやるとも分からない役の稽古もして自分のものにしているのです。
まあ、当初の通り愛之助さんがやれば「ここは、もっとこうなっただろうな」と思う所はあったものの、今日の4作品の中ではこれが一番良かった。
第四「ぢいさんばあさん」
森鴎外の短編を基にした作品ですが、山本周五郎か藤沢周平だと言われても分からないかもしれません。
しんみり、ほのぼの、悲しいような、良かったような、古い言い方をすれば「胸にジーンとくる作品」でしょうか。
何ら非の打ちどころのない舞台なのですが、ただ、二回目に出て来る桜の木は前の場から37年たっているという設定なのですから、もっと大きくなっていても良いのではないかと思ってしまいました。m(_ _)m
何はともあれ、午前10時半から午後3時15分まで、長丁場を全く退屈することなく楽しみました。
そして私の定番の「お弁当」は志津屋の「幕の内サンド」です。^_^
まあ、いつかは3000円の観劇弁当を食べて感激したいものですが。\(^o^)/
【蛇足】写真のご祝儀袋の中には何万円入っているのでしょう。^^

今年も南座の顔見世興行に行ってきました。と言っても、昼の部だけですが。^^
第一「蝶々夫人」
プッチーニのオペラ「蝶々夫人」を歌舞伎に仕立てた逸品。私は遥か前に本編の「蝶々夫人」も関西二期会の公演(指揮は佐渡裕だったかな)で観てますが、オペラの前半、お蝶さんとピンカートンが出会う過程はお蝶さんの「夢」という設定で劇のプロローグとして演じられました。これは上手く考えてある。
物語はオペラの後半をあらすじ的に辿ったと言ってしまうと失礼になりますが、そこはやはり歌舞伎の様式美が重なると原作のオペラなど関係の無い独立した作品になるのですから凄い。
オペラでは自刃するお蝶さん、歌舞伎バージョンでは崖から飛び降りて死ぬのですが、その後で一羽の蝶々がひらひらと飛んで行くのは……好き好きで、私は(以下自粛)でも、お蝶さんの想いがアメリカまで飛んで行くという結末ですので、これもいいのかなと思ったりもします。
第二「三人吉三巴白波」より「大川端庚申塚の場」
これは数年前の顔見世興行でも観ました。
作品・演出・役者すべて上出来の、安心して舞台の流れに乗れる見応えがありました。
有名な「月も朧に白魚の」の名台詞は役者さんの個性によって違いが出ますけれど、私の好みとしてはもっとメリハリをきかした、ちょっとぐらいオーバーアクションなほうが嬉しいのですが。f^^;
第三「大津絵道成寺」
これは愛之助さんがやるはずがご存じの事故で壱太郎さんが代役を務めました。一人五役の早変わりを見せる華やかな舞台です。
本番の2日ほど前に代役が決まったというのに壱太郎さんは所作も早変わりの妙技もやってのけるのですから、やはり歌舞伎役者というのは凄い。おそらく過去に一度はこの役をやられているのでしょうが、次はいつやるとも分からない役の稽古もして自分のものにしているのです。
まあ、当初の通り愛之助さんがやれば「ここは、もっとこうなっただろうな」と思う所はあったものの、今日の4作品の中ではこれが一番良かった。
第四「ぢいさんばあさん」
森鴎外の短編を基にした作品ですが、山本周五郎か藤沢周平だと言われても分からないかもしれません。
しんみり、ほのぼの、悲しいような、良かったような、古い言い方をすれば「胸にジーンとくる作品」でしょうか。
何ら非の打ちどころのない舞台なのですが、ただ、二回目に出て来る桜の木は前の場から37年たっているという設定なのですから、もっと大きくなっていても良いのではないかと思ってしまいました。m(_ _)m
何はともあれ、午前10時半から午後3時15分まで、長丁場を全く退屈することなく楽しみました。
そして私の定番の「お弁当」は志津屋の「幕の内サンド」です。^_^
まあ、いつかは3000円の観劇弁当を食べて感激したいものですが。\(^o^)/
【蛇足】写真のご祝儀袋の中には何万円入っているのでしょう。^^

76 - 80件目まで(142件中)


