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エリア:
- アジア > 中国 > 蘇州(ソシュウ)
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テーマ:
- 観光地
- / 世界遺産
- / 歴史・文化・芸術
写真はこちら:http://ameblo.jp/paris-marseille/entry-11028802133.html
最近、和式&中華式庭園に凝っています。ということで、中国を代表する庭園、「留園」に行って来ました。
まだ勉強不足の私には、和式と中華式の違いを厳密に見分け、理路整然と説明することは不可能です。ただ、これまでにも色々見てきたので、この点は和式の特徴とか、中華式特有の表現方法ではないか・・と感覚的には分かるようになったと自負しています。
大きな違いは、柳が入るか入らないかのような気がします。昨今の日本庭園で柳を見かけることはまずありません。もちろん、柳は日本の各所で見られるので、庭園造りのオプションのひとつとしてあるのでしょうが、中華式のように柳を大々的に活用して表現することはまずないといえるでしょう。
また、使う石の材質にも違いがあるように思われます。中国では、自然の無骨さをこれでもかと見せ付ける、ごつごつした荒削りの素材を好んで使う傾向にあるようです。身近にある石というよりも、仙人が棲むような高山の登頂まで行って命からがら入手してきた、というかんじのものです。
一方、日本では、身近にあるように見える石を好んで使うようです。万の神様を信じる神道の影響のせいか、遥か彼方の遠方まで行かずとも、神聖で立派な石は身近にもころがっている、といわんばかりです。
演出に利用する動物にも違いが見られます。中国では庭園のそこかしこに竜が舞っています。神の次に偉大な皇帝を象徴する動物が竜だったことからも、竜に対する中国人の思い入れには相当のものがあるようです。天空に気高く、力強く舞い上がる竜に対する憧れは、世界を、そして宇宙を支配したいとする中華思想の裏づけのようなきがします。
日本だと、竜も選択のひとつとしてあるのでしょうが、竜が支配的になることはまずないと思われます。竜の代わりと言ってはなんですが、よく見られるのが、蛙でしょう。「お金が帰る」「幸せが帰る」という意味も込めて、蛙を置くのが慣わしだとか。
その他は、これといって目立った違いはないような気がします。これは、あくまでも感覚的な観点からですが・・・。燈篭を設置したり、池に鯉を飼ったり、松の木の大木をモチーフにしたりと、大陸美学の影響を多大に受けてきた日本には、庭園においても中国との共通点が多く見られるのです。
このようななかで、今回、私の心を惹いたのが、「すかし模様」です。すかしを通して入り込む光をカメラで捉えてみると、驚くほど美しいのです!
すかしを造ったそもそもの理由は、庭園風景に変化をもたらすためだったと言われています。同じ風景を眺めるにしても、そのまま見るのか、すかしを通してみるのかでは、見え方が異なります。この違いを楽しむためにすかしが考案されたとのこと。いやはや、お金持ちは、どこの国でもミクロの違いを捕らえて楽しむのが得意なようです。
ここ「留園」でもすかしが至る所に設置されていました。意匠を凝らした各種異なるすかしがあちこちで見られ、当時の人々の庭園の眺望にかける思いが垣間見られました。
この庭園は、現在は省の管轄となっていますが、元々は当地の大金持ちの所有でした。昔は、良家の女子は嫁に行くまで家の外に出ることは稀で、家の中で大半の時間を過ごしたといいます。そんな娘の退屈しのぎに、春の庭、夏の庭、秋の庭などそれぞれ季節の特徴を生かした造園を手がけたということです。
3代でこの庭園の所有は途絶えたといいます。家は3代とよく言われますが、この家も、3代で途絶えてしまい、庭園も同時に手放されることになったようです。
こちらの写真に収められているのが、「幸運を呼ぶ階段」と呼ばれる石の階段で、上ると運勢が上がるといわれているものです。所有者も何度となくこの階段を上がったのでしょうが、3代で運勢は尽きたようです。
庭園のなかでは、各所でびわや琴など中国古来の楽器が奏でられており、目だけではなく耳も楽しませてくれます。この留園で、庭園とは、単に目で愛でるだけではなく、五感で楽しむものなのだということを強く感じました。
こんな庭園が我が家にあればな・・・と儚い夢を描いてしまいました・・・。
最近、和式&中華式庭園に凝っています。ということで、中国を代表する庭園、「留園」に行って来ました。
まだ勉強不足の私には、和式と中華式の違いを厳密に見分け、理路整然と説明することは不可能です。ただ、これまでにも色々見てきたので、この点は和式の特徴とか、中華式特有の表現方法ではないか・・と感覚的には分かるようになったと自負しています。
大きな違いは、柳が入るか入らないかのような気がします。昨今の日本庭園で柳を見かけることはまずありません。もちろん、柳は日本の各所で見られるので、庭園造りのオプションのひとつとしてあるのでしょうが、中華式のように柳を大々的に活用して表現することはまずないといえるでしょう。
また、使う石の材質にも違いがあるように思われます。中国では、自然の無骨さをこれでもかと見せ付ける、ごつごつした荒削りの素材を好んで使う傾向にあるようです。身近にある石というよりも、仙人が棲むような高山の登頂まで行って命からがら入手してきた、というかんじのものです。
一方、日本では、身近にあるように見える石を好んで使うようです。万の神様を信じる神道の影響のせいか、遥か彼方の遠方まで行かずとも、神聖で立派な石は身近にもころがっている、といわんばかりです。
演出に利用する動物にも違いが見られます。中国では庭園のそこかしこに竜が舞っています。神の次に偉大な皇帝を象徴する動物が竜だったことからも、竜に対する中国人の思い入れには相当のものがあるようです。天空に気高く、力強く舞い上がる竜に対する憧れは、世界を、そして宇宙を支配したいとする中華思想の裏づけのようなきがします。
日本だと、竜も選択のひとつとしてあるのでしょうが、竜が支配的になることはまずないと思われます。竜の代わりと言ってはなんですが、よく見られるのが、蛙でしょう。「お金が帰る」「幸せが帰る」という意味も込めて、蛙を置くのが慣わしだとか。
その他は、これといって目立った違いはないような気がします。これは、あくまでも感覚的な観点からですが・・・。燈篭を設置したり、池に鯉を飼ったり、松の木の大木をモチーフにしたりと、大陸美学の影響を多大に受けてきた日本には、庭園においても中国との共通点が多く見られるのです。
このようななかで、今回、私の心を惹いたのが、「すかし模様」です。すかしを通して入り込む光をカメラで捉えてみると、驚くほど美しいのです!
すかしを造ったそもそもの理由は、庭園風景に変化をもたらすためだったと言われています。同じ風景を眺めるにしても、そのまま見るのか、すかしを通してみるのかでは、見え方が異なります。この違いを楽しむためにすかしが考案されたとのこと。いやはや、お金持ちは、どこの国でもミクロの違いを捕らえて楽しむのが得意なようです。
ここ「留園」でもすかしが至る所に設置されていました。意匠を凝らした各種異なるすかしがあちこちで見られ、当時の人々の庭園の眺望にかける思いが垣間見られました。
この庭園は、現在は省の管轄となっていますが、元々は当地の大金持ちの所有でした。昔は、良家の女子は嫁に行くまで家の外に出ることは稀で、家の中で大半の時間を過ごしたといいます。そんな娘の退屈しのぎに、春の庭、夏の庭、秋の庭などそれぞれ季節の特徴を生かした造園を手がけたということです。
3代でこの庭園の所有は途絶えたといいます。家は3代とよく言われますが、この家も、3代で途絶えてしまい、庭園も同時に手放されることになったようです。
こちらの写真に収められているのが、「幸運を呼ぶ階段」と呼ばれる石の階段で、上ると運勢が上がるといわれているものです。所有者も何度となくこの階段を上がったのでしょうが、3代で運勢は尽きたようです。
庭園のなかでは、各所でびわや琴など中国古来の楽器が奏でられており、目だけではなく耳も楽しませてくれます。この留園で、庭園とは、単に目で愛でるだけではなく、五感で楽しむものなのだということを強く感じました。
こんな庭園が我が家にあればな・・・と儚い夢を描いてしまいました・・・。
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