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- 旅のトラブル対処法・移動編1〜機内に持ち込む手荷物について
-
エリア:
- アジア>インド
- テーマ:鉄道・乗り物 旅行準備
- 投稿日:2011/12/05 20:14
- コメント(0)
最近は機内に持ち込む手荷物についていろいろ規制が厳しくなっているが、私がおススメしたいのは、とにかく女子は一泊分のお泊り道具を手荷物に入れておくこと。
お泊り道具というのは、主に化粧品とアンダーウェアの換えだ。
これさえ用意しておけば不意のことが起きても凌ぐことができる。
今回インドを旅したとき、往きのフライトが台風にぶち当り、本来香港へ行く予定が急きょ台湾に降りることになってしまった(詳細はインド生リポ・台湾編#1参照)。
余儀なく台湾の高雄で一泊することになり、航空会社側は迅速にホテルを用意してくれたが、預けた荷物は出してもらえなかった。
ホテルは5スターのホテルで部屋も快適、アメニティなど必要なものはほとんど揃っていたが、あぁと思ったのは、ふだん使っているスキンケア用品とコスメ、下着の換えがなかったことだ。
本当は香港で乗り換え、その日の夜にデリーに着く予定だったので、化粧品もスキンケア用品も、そしてもちろん下着類も全てスーツケースの中に入れておいた。
そもそも機内持込み手荷物は、液体ボトルやチューブなどの制限があるので、いちいち分けるのが面倒だ。同日の夜に着くのであれば洗面用具などは必要ないと思ったのだ。それでも機内の乾燥対策のためにローションの小瓶やリップクリームだけは入れておいたが。
シャワーを浴びたあと、一日はいたパンツをはく気にはなれない。
しょうがなく洗って乾かしてみる。もちろんルームウェアなど持っていない。部屋にバスローブはあったからよかったようなものの、それを着て寝るのもどうか。
そういえば前にもバンコクから日本へ帰るとき、突然フライトがキャンセルになり、やはり一泊したことがあったが、あのときもパンツがなくて困った(しかもあのときは男と一緒だったので余計に困った)。
また同じハメになったが、まさか香港へ行くフライトがこんなことになるとはユメにも思っていなかったのだ。
翌朝、生乾きの下着にドライヤーをあて、なんとか乾かす。
バッグに入れておいたローションを使い、備え付けの香りのきつい乳液をつけ、あとはすっぴん。……イヤだなぁ、でもしょうがない。
本当に何が起こるかわからない。
今度からは必ず一泊分のお泊り道具、特にパンツは手荷物に入れておこうと決めた。
これは全ての女子にオススメしたいことだ。どんなに近い国でも、油断大敵。
ちなみに手荷物についての航空会社のチェックの厳しさだが、今回国際線で利用したキャセイパシフィックは割にゆるく、手荷物の中のプラスチックバッグのチェックもなかった。キングフィッシャーも同様。
インド国内線ではインディアン・エクスプレス(AIの子会社)はチェックが厳しく、私の友人はバッグ内をこれでもかというほどまさぐられた。
私もうっかり入れておいたメイク用の小さなハサミを取りあげられた。が、カウンターへ行きCAに預けることができると言われた。
キングフィッシャーは意外にゆるく、水の持ち込みも何も言われなかった。なので水はスル-できることもあるので、慌てて処分しなくてもいいだろう。
インドについては総じて国際線はゆるく、国内線は厳しいようだ。ライターやマッチはご法度、どんなに奥に入れておいてもきっちり見つけられ取りあげられる。
が、バッグをまさぐっているときでさえ、検査官であるインド人男たちは色目を使ってくる。
インドを旅するときは合わせて気をつけてもらいたい……と思う。
お泊り道具というのは、主に化粧品とアンダーウェアの換えだ。
これさえ用意しておけば不意のことが起きても凌ぐことができる。
今回インドを旅したとき、往きのフライトが台風にぶち当り、本来香港へ行く予定が急きょ台湾に降りることになってしまった(詳細はインド生リポ・台湾編#1参照)。
余儀なく台湾の高雄で一泊することになり、航空会社側は迅速にホテルを用意してくれたが、預けた荷物は出してもらえなかった。
ホテルは5スターのホテルで部屋も快適、アメニティなど必要なものはほとんど揃っていたが、あぁと思ったのは、ふだん使っているスキンケア用品とコスメ、下着の換えがなかったことだ。
本当は香港で乗り換え、その日の夜にデリーに着く予定だったので、化粧品もスキンケア用品も、そしてもちろん下着類も全てスーツケースの中に入れておいた。
そもそも機内持込み手荷物は、液体ボトルやチューブなどの制限があるので、いちいち分けるのが面倒だ。同日の夜に着くのであれば洗面用具などは必要ないと思ったのだ。それでも機内の乾燥対策のためにローションの小瓶やリップクリームだけは入れておいたが。
シャワーを浴びたあと、一日はいたパンツをはく気にはなれない。
しょうがなく洗って乾かしてみる。もちろんルームウェアなど持っていない。部屋にバスローブはあったからよかったようなものの、それを着て寝るのもどうか。
そういえば前にもバンコクから日本へ帰るとき、突然フライトがキャンセルになり、やはり一泊したことがあったが、あのときもパンツがなくて困った(しかもあのときは男と一緒だったので余計に困った)。
また同じハメになったが、まさか香港へ行くフライトがこんなことになるとはユメにも思っていなかったのだ。
翌朝、生乾きの下着にドライヤーをあて、なんとか乾かす。
バッグに入れておいたローションを使い、備え付けの香りのきつい乳液をつけ、あとはすっぴん。……イヤだなぁ、でもしょうがない。
本当に何が起こるかわからない。
今度からは必ず一泊分のお泊り道具、特にパンツは手荷物に入れておこうと決めた。
これは全ての女子にオススメしたいことだ。どんなに近い国でも、油断大敵。
ちなみに手荷物についての航空会社のチェックの厳しさだが、今回国際線で利用したキャセイパシフィックは割にゆるく、手荷物の中のプラスチックバッグのチェックもなかった。キングフィッシャーも同様。
インド国内線ではインディアン・エクスプレス(AIの子会社)はチェックが厳しく、私の友人はバッグ内をこれでもかというほどまさぐられた。
私もうっかり入れておいたメイク用の小さなハサミを取りあげられた。が、カウンターへ行きCAに預けることができると言われた。
キングフィッシャーは意外にゆるく、水の持ち込みも何も言われなかった。なので水はスル-できることもあるので、慌てて処分しなくてもいいだろう。
インドについては総じて国際線はゆるく、国内線は厳しいようだ。ライターやマッチはご法度、どんなに奥に入れておいてもきっちり見つけられ取りあげられる。
が、バッグをまさぐっているときでさえ、検査官であるインド人男たちは色目を使ってくる。
インドを旅するときは合わせて気をつけてもらいたい……と思う。

- インド生リポ ●台湾編#2 デリーが遠い〜〜〜!!
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エリア:
- アジア>インド
- アジア>台湾>高雄(カオション)
- テーマ:鉄道・乗り物 ホテル・宿泊 その他
- 投稿日:2011/12/02 20:17
- コメント(0)
2011/09/30
香港へ行くところが、余儀なく台湾に連れて来られてしまった私たち。
台湾南部の高雄空港へ着いたときにはもうへろへろだった。
しかし、キャセイパシフィック航空の対応の速やかさは、堂に入っていた。
ぐったりの乗客たちを次々とバスに乗り込ませ、一路ホテルへ。
バスで走ること約20分、外は暗くまるで台湾へ来た実感は湧かなかった。バスを降り、なんだか狭い玄関からホテルへ一歩足を踏み入れた瞬間、そのゴージャスさにあんぐり。
きらびやかな巨大なシャンデリア、午後11時をとうにまわっているというのにロビーのラウンジには音楽が流れ、はちみつ色の灯りのなか、大勢の宿泊客たちが談笑している。広いフロントカウンターでは私たちを待ちうけるべく、スタッフたちがズラリ。
私と友人は乗客たちの最後尾の方にいたので、部屋を割り振られるのが遅くなった。
フロントの前にようやく立つと、スタッフの手元にある部屋割表がちらりと見えた。部屋のほとんどはすでにチェックが入っている。
ああ出足が遅れたので部屋がもうない、とかだったらどうしよう。。。
フロントは私と友人をひょいと見てから、表の部屋ふたつにチェックを入れ、カードキーを私と友人それぞれに渡した。
「私たち一緒なので一緒の部屋でいいですけど」
そう言ったが、フロントのスタッフは首を振り、
「ディナービュッフェは11時30分までです。まだ間に合いますからどうぞいらっしゃってください。朝のビュッフェは6時半からやっております」
シングルルームなのかしらん、そう思いながら、エレベーターに乗り階上へ。
ビュッフェをやっているダイニングフロアは最上階の42階で、私と友人の部屋はそれぞれその下の下の階あたりだった。つまり高層階だ。……と、いうことは、これはもしや。
フロアに着き、部屋を探す。
見つけた私の部屋は”ULTRA DELAX AMBASSADOR SUITE“というプレートが(確かそんなような名前)。
ドアを開けて部屋に入ってみると、再びあんぐり。
なんという広さ。なんというラグジュアリーさ。なんというリュクスな。
書斎机、リビングテーブル、ふたつのソファ、なぜかふたつの石像、必要のないほどぶ厚いカーテン。寝室へ行くとクイーンサイズのベッドがどーんとふたつ。その前に50インチはあろうテレビ、さらに左奥のドアを開けると、なんと人が3人は寝られるほどのクローゼットルーム。そこにはバスローブやらスリッパやら気持ちいいものがズラリ。
バスルームは、というと、大理石の洗面台、金の縁のバスタブ、ガラス張りのシャワールーム。ミネラルウォーターが4本。アメニティもたっぷり用意されていた。
そしてトイレは玄関近くとここにあり、計ふたつ。
……残りものには福があるというが……、高層階だったのでもしやよい部屋では……という予感が的中した。
今回の部屋の割り振りはきっとふつうの部屋からしていったに違いない。ホテル側としてもスイートまであてがうつもりは毛頭なかったろう。でも足りなくなって、それで。
それにしてもすごい部屋だなぁ。70?はあろうか。家族5人で住めるよww
一人じゃ持てあましてしまう。
そのあとはディナービュッフェへ。
これもまた豪華なビュッフェで台湾料理、中華、和食、洋食まで盛りだくさん。時間がこれほど遅くなければもっと胃に入ったろうに。
翌朝は同じようにモーニングビュッフェ。こちらも豪華で思わず嬉しくなった。高級ホテルの朝ビュッフェってどうしてこうステキなのだろう。が、やはり時間があまりなく楽しむのもそこそこだった。
このホテルの名は、グランド・ハイ・ライホテル。実は5スターだった。
http://www.grand-hilai.com.tw/
今回の長旅では、まったく予定はされていなかったが、このホテルが私のBEST2ホテルとなった。




さて、思いがけず気持ちよく眠れ、元気になった私たちは高雄空港へ向かう。
キャセイから指示されたのは午前8時半に空港集合。といってもフライトは14時半だ。空港でかなり待たされるが、それもいろいろ事情があるのだろう。でもそこはさすがキャセイ、客から文句が出る前にお弁当と水が支給された。イライラさせないために腹を減らさない作戦か。
そしていよいよ高雄から香港へ飛んだ。高雄からはわずか40分、この日の香港は雨も降っておらず、きのうのことがウソのようにスムーズに着陸した。
香港が目的の人たちは一様にホッとしていたが、私たちのフライトはまだ続く。
乗継はどうかと心配していたが、飛行機を降りたところで、デリー行きのプラカードを持ち、デリーデリーと叫んでいるグランドスタッフを見つける。私たちが走り寄ると、彼は腕時計を確かめ、「20分後に出発します、急いで私について来てください」
20分!? つまりそれは買い物とかするヒマは全くないってことか。
私たちは5~6人のグループでスタッフのあとを小走りについていった。
大きく広い香港の空港を駆け抜け、ゲートに着くと、すでにラストコール。
そのカウンターで慌ただしくチェックイン。背中を押されて乗ったのは、香港発バンコク経由のデリー行き、CX751便。
予定していたキングフィッシャーではない。しかもデリー直行ではない、バンコクに寄るのだ。通常の飛行時間よりも2時間ほど上乗せになっている。
おまけに私の席は右にインド人、左に台湾人で、座った途端にうるさくなった。二人とも私と喋りたくて交互に質問してくる。そしていつのまにか私との会話権争奪戦のようになっていく。
その窮屈な席でバンコクまで2時間、さっき弁当を食べたばかりだというのにヘビーなランチが出され、胃は重いしうるさいし。
ああデリーにはいつ着くのだろう。遠いよ〜〜。
デリーに着いたのは、午後10時頃だった。
結局今日ものべ10時間くらい飛行機に乗っていたし、朝から考えたら丸一日移動に使った。つまり、デリーへ来るのに2日間をたっぷり使ったのだ。それでも無事に着いたのだから、よかったのだ。
デリーの、もう見慣れた感のあるリニューアルした空港に、あまり認めたくはないがホッとした。
再びやってきたインド。
空港のこの到着ロビーを出た瞬間から、またインドのあの強烈な雑踏にもまれることになるのだろう。何度も何度も。
インドが始まる前に起きたこの事件……できごとは、何かの前触れのような気がしていた。
香港へ行くところが、余儀なく台湾に連れて来られてしまった私たち。
台湾南部の高雄空港へ着いたときにはもうへろへろだった。
しかし、キャセイパシフィック航空の対応の速やかさは、堂に入っていた。
ぐったりの乗客たちを次々とバスに乗り込ませ、一路ホテルへ。
バスで走ること約20分、外は暗くまるで台湾へ来た実感は湧かなかった。バスを降り、なんだか狭い玄関からホテルへ一歩足を踏み入れた瞬間、そのゴージャスさにあんぐり。
きらびやかな巨大なシャンデリア、午後11時をとうにまわっているというのにロビーのラウンジには音楽が流れ、はちみつ色の灯りのなか、大勢の宿泊客たちが談笑している。広いフロントカウンターでは私たちを待ちうけるべく、スタッフたちがズラリ。
私と友人は乗客たちの最後尾の方にいたので、部屋を割り振られるのが遅くなった。
フロントの前にようやく立つと、スタッフの手元にある部屋割表がちらりと見えた。部屋のほとんどはすでにチェックが入っている。
ああ出足が遅れたので部屋がもうない、とかだったらどうしよう。。。
フロントは私と友人をひょいと見てから、表の部屋ふたつにチェックを入れ、カードキーを私と友人それぞれに渡した。
「私たち一緒なので一緒の部屋でいいですけど」
そう言ったが、フロントのスタッフは首を振り、
「ディナービュッフェは11時30分までです。まだ間に合いますからどうぞいらっしゃってください。朝のビュッフェは6時半からやっております」
シングルルームなのかしらん、そう思いながら、エレベーターに乗り階上へ。
ビュッフェをやっているダイニングフロアは最上階の42階で、私と友人の部屋はそれぞれその下の下の階あたりだった。つまり高層階だ。……と、いうことは、これはもしや。
フロアに着き、部屋を探す。
見つけた私の部屋は”ULTRA DELAX AMBASSADOR SUITE“というプレートが(確かそんなような名前)。
ドアを開けて部屋に入ってみると、再びあんぐり。
なんという広さ。なんというラグジュアリーさ。なんというリュクスな。
書斎机、リビングテーブル、ふたつのソファ、なぜかふたつの石像、必要のないほどぶ厚いカーテン。寝室へ行くとクイーンサイズのベッドがどーんとふたつ。その前に50インチはあろうテレビ、さらに左奥のドアを開けると、なんと人が3人は寝られるほどのクローゼットルーム。そこにはバスローブやらスリッパやら気持ちいいものがズラリ。
バスルームは、というと、大理石の洗面台、金の縁のバスタブ、ガラス張りのシャワールーム。ミネラルウォーターが4本。アメニティもたっぷり用意されていた。
そしてトイレは玄関近くとここにあり、計ふたつ。
……残りものには福があるというが……、高層階だったのでもしやよい部屋では……という予感が的中した。
今回の部屋の割り振りはきっとふつうの部屋からしていったに違いない。ホテル側としてもスイートまであてがうつもりは毛頭なかったろう。でも足りなくなって、それで。
それにしてもすごい部屋だなぁ。70?はあろうか。家族5人で住めるよww
一人じゃ持てあましてしまう。
そのあとはディナービュッフェへ。
これもまた豪華なビュッフェで台湾料理、中華、和食、洋食まで盛りだくさん。時間がこれほど遅くなければもっと胃に入ったろうに。
翌朝は同じようにモーニングビュッフェ。こちらも豪華で思わず嬉しくなった。高級ホテルの朝ビュッフェってどうしてこうステキなのだろう。が、やはり時間があまりなく楽しむのもそこそこだった。
このホテルの名は、グランド・ハイ・ライホテル。実は5スターだった。
http://www.grand-hilai.com.tw/
今回の長旅では、まったく予定はされていなかったが、このホテルが私のBEST2ホテルとなった。




さて、思いがけず気持ちよく眠れ、元気になった私たちは高雄空港へ向かう。
キャセイから指示されたのは午前8時半に空港集合。といってもフライトは14時半だ。空港でかなり待たされるが、それもいろいろ事情があるのだろう。でもそこはさすがキャセイ、客から文句が出る前にお弁当と水が支給された。イライラさせないために腹を減らさない作戦か。
そしていよいよ高雄から香港へ飛んだ。高雄からはわずか40分、この日の香港は雨も降っておらず、きのうのことがウソのようにスムーズに着陸した。
香港が目的の人たちは一様にホッとしていたが、私たちのフライトはまだ続く。
乗継はどうかと心配していたが、飛行機を降りたところで、デリー行きのプラカードを持ち、デリーデリーと叫んでいるグランドスタッフを見つける。私たちが走り寄ると、彼は腕時計を確かめ、「20分後に出発します、急いで私について来てください」
20分!? つまりそれは買い物とかするヒマは全くないってことか。
私たちは5~6人のグループでスタッフのあとを小走りについていった。
大きく広い香港の空港を駆け抜け、ゲートに着くと、すでにラストコール。
そのカウンターで慌ただしくチェックイン。背中を押されて乗ったのは、香港発バンコク経由のデリー行き、CX751便。
予定していたキングフィッシャーではない。しかもデリー直行ではない、バンコクに寄るのだ。通常の飛行時間よりも2時間ほど上乗せになっている。
おまけに私の席は右にインド人、左に台湾人で、座った途端にうるさくなった。二人とも私と喋りたくて交互に質問してくる。そしていつのまにか私との会話権争奪戦のようになっていく。
その窮屈な席でバンコクまで2時間、さっき弁当を食べたばかりだというのにヘビーなランチが出され、胃は重いしうるさいし。
ああデリーにはいつ着くのだろう。遠いよ〜〜。
デリーに着いたのは、午後10時頃だった。
結局今日ものべ10時間くらい飛行機に乗っていたし、朝から考えたら丸一日移動に使った。つまり、デリーへ来るのに2日間をたっぷり使ったのだ。それでも無事に着いたのだから、よかったのだ。
デリーの、もう見慣れた感のあるリニューアルした空港に、あまり認めたくはないがホッとした。
再びやってきたインド。
空港のこの到着ロビーを出た瞬間から、またインドのあの強烈な雑踏にもまれることになるのだろう。何度も何度も。
インドが始まる前に起きたこの事件……できごとは、何かの前触れのような気がしていた。

- インド生リポ ●台湾編#1 香港が遠い〜〜!!
-
エリア:
- アジア>インド
- アジア>台湾
- テーマ:鉄道・乗り物 その他
- 投稿日:2011/12/02 00:44
- コメント(0)
2011/09/29
イヤな予感はしていたのだ。
デリーへ出発する数日前に南海上に台風が発生していた。微妙な位置にいたが、まぁ時間的に避けられるだろうと思っていた。
ところが、東京を発つ前日、10月28日の夕方の天気予報で、
「南海上に台風がいますが、ご安心ください、日本へは来ませんから」とお天気キャスターの満面の笑顔。台風の進路を示す矢印は思い切り香港の方を指していた。
今回デリーへは香港経由で行く。
香港まではキャセイパシフィック航空で、香港からはキングフィッシャー航空。香港で4時間ほどトランジットするが、その日の午後9時過ぎにはデリーに着く。
南海上の台風が不気味だったが、香港からはまだかなり距離があったので、なんとかぶつからずにすむだろうと思っていた。
10月29日午前10時半。羽田空港を定刻で飛び立ったCX543便は順調に飛行していた。
香港までは約4時間。近いものだ。機内食を食べ、持ってきたミステリーを読んでいると、じきに「着陸態勢に入りますので、シートとトレイを所定の位置にお戻しください」とアナウンス。シートに付いているビジョンを見ると、到着まであと1時間という表示。
早い。もう着くのだ。
香港へは香港が中国に返還される前に行ったきりだから、もう15年ぶりか。4時間のトランジットだが、きれいになった空港で買い物もしたいし、のんびりもできるだろう。
ところが。
着陸態勢に入ったというのに、ちっとも飛行機の高度が下がらない。1時間後の表示も一向に変わらない。飛行機は旋回を繰り返しているようなのだ。
眼下はもう香港なのだろう。けれど降りられないのだ。飛行機が混んでいて順番待ちしているのだろうか。
やがて高度が下がり始めた。
すると途端に機体が揺れ始める。
天気が悪いのか。この揺れ方は雲を突っ切るときのあの揺れだ。
すると後方の窓が光った。窓際の客が、すごい雨、あ、雷、また光った、と口々に言う。
思い出した。台風である。
台風はまだ香港からかなり距離があったはずなのに。もしや速度を早めて……とかよく聞くそういう状態になり、ぶち当たってしまったのか。
CAたちの動きが慌ただしくなる。あちこちで客の質問に応え、シートベルトをチェックして歩く。私は尋ねた。
「やっぱり台風ですか」
「そうです、でも大丈夫。ご心配いりませんよ」と笑顔。
飛行機は再び高度を上げ、雲上に出ると再び旋回し始めた。
あと1時間、の表示からすでに1時間以上は経っている。しかたないので私はミステリーを閉じ、「TOYSTORY3」を観ることにする。
機は依然高度の上げ下げを繰り返している。
どのくらい時間が経ったのか、ついに飛行機は意を決したように降下し始めた。
途端に揺れがくる。風にあおられ、エンジンがうなる。風に負けじと機体を水平に保とうとし、そのひずみで揺れもひどくなる。
私はトイストーリーを止め、ビジョンを見る。高度がどんどん下がっていくのがわかる。距離も時間も瞬く間に縮んでいく。
もう少しだ。
もう少しで着陸する。着陸したらホッとして、コーヒー飲んで買い物して……。
距離はあと20kmもない。時間はあと10分程度。
揺れる。
大丈夫、たいしたことない。前にソウルに行ったときも稲光のなか、無事に着陸した。
距離は10kmを切り、あと5km、4km……ビジョンはほんの数分後だと告げている。もういつランディングしてもおかしくない……。
そのときだった。
突如、飛行機は上昇し始めた。
ものすごい勢いだった。普段飛び立つとき以上の急上昇。そして激しい横揺れ。
恐怖に心臓が圧迫する。アドレナリンがどっと出て、私はとっさに手を伸ばし、前の座席をつかんだ。そんなことしても全く意味がないと気付きながらも、何かに掴まっていないと倒れそうだったのだ(もちろんシートに座っていたが)。
いつまで昇るのか。いつまでこの状態が続くのか。
やがてふーっと機体が安定した。と同時に揺れもおさまり、乗客全体から緊張感が抜けた。
すぐに機長からアナウンスが流れた。
「台風のために香港国際空港に降りられませんでした。けれど、このまま台北に向かい、そこで給油したのち、再度トライします」
急きょ、私の乗っている便は台北へ行くことになったのだ。
そこから台北まで1時間ちょっと。台北で給油して1時間、また香港に向かったが、やはり降りられず、結局台湾に戻り、南部の高雄(クーシャン)で一泊することになった。
高雄に着いたのは午後10時頃。私たちはおよそ12時間飛行機に缶詰だった。わずか4時間の香港がなんと遠いことか。
そして何より、デリー乗継ぎもおじゃんになった。
それにしても急上昇があんなにも怖いものだとは思わなかった。
急降下のあの感じも怖いが、あの息詰まるような急上昇は人間の身体的な限界をすぐに越えそうだった。
高雄へ行く、と決めた機長が、
「今日はみなさまにとっても私たちクルーにとっても長い一日でした。台湾で今夜はゆっくり休んで明日こそは香港へ参りましょう」とアナウンスしたのが印象的だった。
確かに。一番疲れたのはパイロットたちだと思うしね。
とにかく落ちなくてよかった。
明日は無事に香港へ着けますように。そして、なんの前触れもなくキャンセルされたデリー行きの便の振り替えがちゃんと用意されてますように。。。
私はそう願ってやまなかった。
イヤな予感はしていたのだ。
デリーへ出発する数日前に南海上に台風が発生していた。微妙な位置にいたが、まぁ時間的に避けられるだろうと思っていた。
ところが、東京を発つ前日、10月28日の夕方の天気予報で、
「南海上に台風がいますが、ご安心ください、日本へは来ませんから」とお天気キャスターの満面の笑顔。台風の進路を示す矢印は思い切り香港の方を指していた。
今回デリーへは香港経由で行く。
香港まではキャセイパシフィック航空で、香港からはキングフィッシャー航空。香港で4時間ほどトランジットするが、その日の午後9時過ぎにはデリーに着く。
南海上の台風が不気味だったが、香港からはまだかなり距離があったので、なんとかぶつからずにすむだろうと思っていた。
10月29日午前10時半。羽田空港を定刻で飛び立ったCX543便は順調に飛行していた。
香港までは約4時間。近いものだ。機内食を食べ、持ってきたミステリーを読んでいると、じきに「着陸態勢に入りますので、シートとトレイを所定の位置にお戻しください」とアナウンス。シートに付いているビジョンを見ると、到着まであと1時間という表示。
早い。もう着くのだ。
香港へは香港が中国に返還される前に行ったきりだから、もう15年ぶりか。4時間のトランジットだが、きれいになった空港で買い物もしたいし、のんびりもできるだろう。
ところが。
着陸態勢に入ったというのに、ちっとも飛行機の高度が下がらない。1時間後の表示も一向に変わらない。飛行機は旋回を繰り返しているようなのだ。
眼下はもう香港なのだろう。けれど降りられないのだ。飛行機が混んでいて順番待ちしているのだろうか。
やがて高度が下がり始めた。
すると途端に機体が揺れ始める。
天気が悪いのか。この揺れ方は雲を突っ切るときのあの揺れだ。
すると後方の窓が光った。窓際の客が、すごい雨、あ、雷、また光った、と口々に言う。
思い出した。台風である。
台風はまだ香港からかなり距離があったはずなのに。もしや速度を早めて……とかよく聞くそういう状態になり、ぶち当たってしまったのか。
CAたちの動きが慌ただしくなる。あちこちで客の質問に応え、シートベルトをチェックして歩く。私は尋ねた。
「やっぱり台風ですか」
「そうです、でも大丈夫。ご心配いりませんよ」と笑顔。
飛行機は再び高度を上げ、雲上に出ると再び旋回し始めた。
あと1時間、の表示からすでに1時間以上は経っている。しかたないので私はミステリーを閉じ、「TOYSTORY3」を観ることにする。
機は依然高度の上げ下げを繰り返している。
どのくらい時間が経ったのか、ついに飛行機は意を決したように降下し始めた。
途端に揺れがくる。風にあおられ、エンジンがうなる。風に負けじと機体を水平に保とうとし、そのひずみで揺れもひどくなる。
私はトイストーリーを止め、ビジョンを見る。高度がどんどん下がっていくのがわかる。距離も時間も瞬く間に縮んでいく。
もう少しだ。
もう少しで着陸する。着陸したらホッとして、コーヒー飲んで買い物して……。
距離はあと20kmもない。時間はあと10分程度。
揺れる。
大丈夫、たいしたことない。前にソウルに行ったときも稲光のなか、無事に着陸した。
距離は10kmを切り、あと5km、4km……ビジョンはほんの数分後だと告げている。もういつランディングしてもおかしくない……。
そのときだった。
突如、飛行機は上昇し始めた。
ものすごい勢いだった。普段飛び立つとき以上の急上昇。そして激しい横揺れ。
恐怖に心臓が圧迫する。アドレナリンがどっと出て、私はとっさに手を伸ばし、前の座席をつかんだ。そんなことしても全く意味がないと気付きながらも、何かに掴まっていないと倒れそうだったのだ(もちろんシートに座っていたが)。
いつまで昇るのか。いつまでこの状態が続くのか。
やがてふーっと機体が安定した。と同時に揺れもおさまり、乗客全体から緊張感が抜けた。
すぐに機長からアナウンスが流れた。
「台風のために香港国際空港に降りられませんでした。けれど、このまま台北に向かい、そこで給油したのち、再度トライします」
急きょ、私の乗っている便は台北へ行くことになったのだ。
そこから台北まで1時間ちょっと。台北で給油して1時間、また香港に向かったが、やはり降りられず、結局台湾に戻り、南部の高雄(クーシャン)で一泊することになった。
高雄に着いたのは午後10時頃。私たちはおよそ12時間飛行機に缶詰だった。わずか4時間の香港がなんと遠いことか。
そして何より、デリー乗継ぎもおじゃんになった。
それにしても急上昇があんなにも怖いものだとは思わなかった。
急降下のあの感じも怖いが、あの息詰まるような急上昇は人間の身体的な限界をすぐに越えそうだった。
高雄へ行く、と決めた機長が、
「今日はみなさまにとっても私たちクルーにとっても長い一日でした。台湾で今夜はゆっくり休んで明日こそは香港へ参りましょう」とアナウンスしたのが印象的だった。
確かに。一番疲れたのはパイロットたちだと思うしね。
とにかく落ちなくてよかった。
明日は無事に香港へ着けますように。そして、なんの前触れもなくキャンセルされたデリー行きの便の振り替えがちゃんと用意されてますように。。。
私はそう願ってやまなかった。

- インド生リポ ●バンダウガルBandhavgarh編#1 バンダウガルへ!デリーから19時間
-
エリア:
- アジア>インド
- テーマ:鉄道・乗り物 その他 動物
- 投稿日:2011/10/27 15:50
- コメント(0)
今、車中。
デリーのニザムディン駅12:05発のKalingutkal expに無事乗ることができた。
30分ほど出発は遅れたけど、現在は順調に走行中。
19時間の汽車旅、乗ってそろそろ5時間ほど。
予定では明日の朝0530くらいにUmariaウマリア駅到着予定。
にしても乗るときはあいかわらずあたふたしてしまった。
予定の入線時刻よりも早く入ってきたもんで、予想外に慌てた。しかもWLだったのでやはり緊張。
ホームに入ってきた列車を前にA/C 2Tierはどこかとうろうろ。焦るわ〜〜。しかもアウランガーバードのときとは違いスーツケースを持っているのであたふた感倍増。
で、声をかけてきたポーターについ頼ってしまった。
2ndClassはこっち、という表示板に従って歩いたのに実は逆。ポーターが現れなかったら、反対の方向へずーーっと歩いていって大変なことになっていたに違いない。
なので助かったのは助かったのだが……
なんとポーターが要求してきたのは200rs!!
はぁ〜〜〜〜!!??
まぁ頼むときに値段聞かなかった私の失敗なんだよね、これは。
でもあのとき焦ってたし。ま、そこにつけこむポーターもいやらしい。
ディワリなんだし、200ちょうだいよ、というポーターには結局130Rsもあげてやった。異常だよ、このプライス。
やはり重い荷物と時間の余裕のなさは判断力を狂わせる……か?
さっきも駅前でも階段を上るのにうんざりしてたら駅前ポーターが来て、荷物運んでやろうという。聞いたら50Rs。高い! と言っていたら、そばにいたインド人兄さんたちが、確かにそれは高い、と私の味方になってくれた。
けど結局自分で運んだけど。
そう考えると駅中ポーターは抜け目なく強欲だったなー。
寝台列車の座席は無事に取れていた。
WLってけっこう乗れちゃうもののよう。少なめに席を出して客を集めようっていうインド鉄道の魂胆か。
向かいの乗客は初老のインド人のオジサマ。
眼光鋭く品があり付き人連れていかにもおカネ持ちそう。
話してみると、やはり会社の社長だった。ムンバイに本社のある、日本でいえば花王のような会社っぽい。
大会社の社長でも実家に帰るときは22時間もかけて汽車に乗らないといけないなんて。
やはりインドってそういう国。
窓の外ではでっかい夕陽が沈んでいく。
乗務員がディナーの注文を受けにやってきた。
私の汽車旅はまだまだ序の口……。
デリーのニザムディン駅12:05発のKalingutkal expに無事乗ることができた。
30分ほど出発は遅れたけど、現在は順調に走行中。
19時間の汽車旅、乗ってそろそろ5時間ほど。
予定では明日の朝0530くらいにUmariaウマリア駅到着予定。
にしても乗るときはあいかわらずあたふたしてしまった。
予定の入線時刻よりも早く入ってきたもんで、予想外に慌てた。しかもWLだったのでやはり緊張。
ホームに入ってきた列車を前にA/C 2Tierはどこかとうろうろ。焦るわ〜〜。しかもアウランガーバードのときとは違いスーツケースを持っているのであたふた感倍増。
で、声をかけてきたポーターについ頼ってしまった。
2ndClassはこっち、という表示板に従って歩いたのに実は逆。ポーターが現れなかったら、反対の方向へずーーっと歩いていって大変なことになっていたに違いない。
なので助かったのは助かったのだが……
なんとポーターが要求してきたのは200rs!!
はぁ〜〜〜〜!!??
まぁ頼むときに値段聞かなかった私の失敗なんだよね、これは。
でもあのとき焦ってたし。ま、そこにつけこむポーターもいやらしい。
ディワリなんだし、200ちょうだいよ、というポーターには結局130Rsもあげてやった。異常だよ、このプライス。
やはり重い荷物と時間の余裕のなさは判断力を狂わせる……か?
さっきも駅前でも階段を上るのにうんざりしてたら駅前ポーターが来て、荷物運んでやろうという。聞いたら50Rs。高い! と言っていたら、そばにいたインド人兄さんたちが、確かにそれは高い、と私の味方になってくれた。
けど結局自分で運んだけど。
そう考えると駅中ポーターは抜け目なく強欲だったなー。
寝台列車の座席は無事に取れていた。
WLってけっこう乗れちゃうもののよう。少なめに席を出して客を集めようっていうインド鉄道の魂胆か。
向かいの乗客は初老のインド人のオジサマ。
眼光鋭く品があり付き人連れていかにもおカネ持ちそう。
話してみると、やはり会社の社長だった。ムンバイに本社のある、日本でいえば花王のような会社っぽい。
大会社の社長でも実家に帰るときは22時間もかけて汽車に乗らないといけないなんて。
やはりインドってそういう国。
窓の外ではでっかい夕陽が沈んでいく。
乗務員がディナーの注文を受けにやってきた。
私の汽車旅はまだまだ序の口……。
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