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中米トライアングル??

~中米トライアングル;メキシコ、グアテマラ、キューバの魅力を探る~

プロフィール

ニックネーム:
ますお めのす
居住地:
中南米>グアテマラ>グアテマラその他の都市
性別:
男性
年代:
70代
自己紹介:
あまりとりえのない人間ですが、唯一のよりどころとしてこれまで旅にその人生(生きがい?)を託してきました。その経験が少しでもお役に立つのなら、と思って登録いたしました(20年ほど前に一般旅行業務取扱主任試験(?)に合格したのですが結局それをいかす機会に恵まれなかったことを悔いている人生です。旅暦は45年約70ヶ国くらい?といったところです。)

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21 - 25件目まで(46件中)

カンクンのビーチ
グアテマラシティ・アンティグア〜カンクン間の交通事情
エリア:
  • 中南米>メキシコ>カンクン
  • 中南米>グアテマラ>グアテマラシティ
テーマ:旅行準備 
投稿日:2013/03/15 20:48
コメント(0)
以下の記事はこれまでとは逆に別のところで最近書いたものを転載するものです、、一部ここに書いた‘グアテマラへの道、テノシケ→フローレス’と重複するので(その辺のところをわたしのブログの中では書いていなかったので今回新たに書き足したのですが)当初こちらへの転載は考えていませんでした、が、そうすると今度は逆にこちらで触れていなかった部分がでてきた、、で、もしかしたらそれも少しは情報として役に立つかと思って、一部重複をお断りした上で新たにアンティグア・グアテマラシティ〜カンクン間の交通事情と題してお送りするものです、、



// アンティグアAntiguaまたはグアテマラシティCiudad de GuatemalaからカンクンCancunへの道(またはその逆)を少し解説しておこうかと思います。このルートはカンクンが国際空港でグアテマラシティ国際空港より数段発着便が多く、カンクンinしてグアテマラに入国する(またはその逆)このルートをたどるケースも多いかと思われるからです。で、カンクン〜グアテマラシティ(アンティグアはグアテマラシティの隣町といった距離なので一緒と思ってください)間はおおよそ次の三つのルートが考えられます。1)空路、いうまでもなく最も早くて簡単なルートで乗ってしまえば2時間‥、と思ってちょっと調べてみてびっくり、、実は実際このルートを飛んだことがなかったので検索をかけてみたのです。そしたら何と今はこのルートの直行便がありませんでした、、たしか前はあったように記憶しているのですが確かではありません。いずれにしろこのたった2時間で飛べる距離を、航空会社によってまちまちですが、メキシコシティ経由だったりサンサルバドル経由だったり、ひどいのになるとアメリカ経由なんて便も検索に引っかかってきた、、そうなると時間も最も乗り継ぎのよい便でも3時間以上かかる、料金は300ドルくらいからとなって、果たしてこのルートを飛行機利用する価値はありや?と疑問になってきました。いずれにしろグアテマラという国は飛行機事情に関してはひどく遅れていて、ほとんど未整備状態といっていいかもしれません、、だからグアテマラシティ発着便(国際空港はここだけですが、その便数は少ない、、あと国内便もシティ〜フローレス間だけ)に関してはあまり期待しないほうがよさそうです。で、飛行機利用が期待できないとなるとあとはバス便しかありませんが、そのルートは二つで2)はグアテマラシティ→フローレスFlores→ベリーズBelice→チェトマルChetumal→カンクン(もちろん逆コース可)、3)はグアテマラシティ→フローレス→テノシケTenosique(メキシコ)→エスカルセガEscarcega、ここからルートが二つに分かれ3-1としてエスカルセガ→カンペチェCampeche→メリダMerida→カンクン、3-2としてエスカルセガ→チェトマル→プラヤデカルメンPlaya del Carmen→カンクンのルートが選択できます、、少し詳しくみていきます。

2)はベリーズルートとしましょう、、ベリーズを経由していくルートで時間的にはこちらのほうが早い。最短で一泊二日?というか24時間以内で着くかもしれない??ベリーズの旧首都ベリーズシティまでグアテ市から直通バス(21:00発)があって13時間、ベリーズ〜チェトマル/メキシコまでは3時間くらい?、チェトマル〜カンクンが6時間だから、夜の9時発のバスで行ったとして乗継がうまくいけば次の日の夜にはカンクンに着けることになる‥??、ただ、このルートは実際通ってませんので推測でしかいえません、、ご了承のほど‥、、それでもフローレス・ベリーズを観光しながら4,5日くらいかけていっても面白いルートではあると思います。ただしベリーズ通過が少し高くつくときいています。ひとつにはベリーズを通過するだけでも入国ビザ代が60ドルくらいかかるらしい、、ビザ代・滞在費を除いたグアテ市→ベリーズ経由→カンクンのバス代としては50〜60ドルくらいみておけば十分でしょう、、観光がてらフローレス(Tikal及びその周辺の遺跡)、ベリーズ(ここにもマヤの遺跡が多くある、&海がきれい)をローカルバスを乗り継いでいけばもっと安くなります。チェトマルでメキシコに入りユカタン半島東海岸を北上するこのルートは海派の人にとってはたまらないルートなのではないでしょうか‥??

3)わたしは昔から海派でなく&いつも貧乏旅なのでベリーズのヒザ代60ドル?は高すぎると思ってルート2)は敬遠して、少し遠回りになりますが、フローレスからメキシコ/テノシケへ出るルート(正確にいうと逆を辿ったので入るルートとして)を選択しました。その詳細については一部テノシケ→フローレスルートとして前に紹介してますが、グアテ市からこのルートでカンクンに向かう場合はまず2)と同様フローレスまで出る必要があります。フローレスまでは数社のバスが走っていてだいたい10〜11時間くらいかかります。バス代は会社によって(&クラスによって)多少差があって100〜200Q(1Q約10円なので1000円〜2000円くらい、ちなみにベリーズまでの直行バスは300Qくらい)、グアテマラはバス代がたいへん安い、しかもこの間は各社ともデラックスなバスを投入しているのでいわゆるチキンバスではありません。またグアテマラでは数少ない夜行バスが走っているルートでもあります。しかし最近このルートに異変がおきました、、このルートの利用がかなり面倒になってきたのです。それについて少し触れておきます、、

グアテマラも近年富に乗用車の増加が目覚しく、それに伴って首都グアテマラ市の交通事情も悪化しており渋滞が目立つようになっていました。また地方へ行く長距離バスの会社は大小あわせると無数にあってそれぞれが主にセントロ?、街の中心部にそれぞれオフィスを構えそこがバスの発着所になっていました。それが不合理かつ渋滞の遠因と思われていたようで、その解消のため?このたび郊外に馬鹿でかいバスターミナルを作った、、で、そこの名称をCentra Norteといって、つまりシティから見た北部(&東部)方面行きの各バス会社のターミナルを一括したのです(昨年2012,11月オープン)。で、それはそれでグアテマラの発展振りを示すものとして、また各社のバスが一ヶ所で乗れるようになった利便性に対しておそらく市民の賛同を得ていると思われますが、今度はそこへのアクセスが問題となってきました。その場所はいわゆるセントロ(発着場のひとつはPlaza Barriosバリオス広場)からバスで渋滞なしで30分、激しい渋滞のときは1時間もかかってしまう場所にあって、そこにいくまでが大変なこととなってしまったのです。しかもさらに悪いことには、ま、これもグアテマラの発展を示すものかもしれませんが、その新しい連絡バスはカード読取装置がついていてプリペイドカードでしか乗れないようになっているのです。だから普段ほとんどそんなバスを利用しない外国人旅行者はそのバスには乗れないのです(乗るためにはそのプリペイドカードを作らねばならないが、それは可能です)。では、どうやってそこまで行くのか?とわたしは関係者に聞いてみたところ、その答えはタクシーしかない、というものでした(100Qくらいかかる?)。つまり安いバスに乗るために高いタクシー代を払わなければならないということになってしまったのです。本末転倒??それなら例えばアンティグアあたりからフローレスに向かうにはいわゆる普通のバスの倍くらいしたシャトルバス(これもワゴン車でバス会社まで送ってくれるものだが)のほうが却って安くて便利ということになってきました。今後そのあたりがどう改善されていくのかまったくわかりませんが、アンティグアあるいはグアテ市からフローレスに向かう場合(その逆も)以上のような注意が必要になっております、、


さて、フローレスからメキシコ/テノシケへは国境までバスが2時間おきにあって45Q4時間、、そこからコレクティポ(乗り合いのワゴン車)でテノシケにでて、テノシケからはADO他一般のバスを乗り継いでカンクンへ、ということになります。やはりフローレスの一泊は必要でしょう(グアテ市発の夜行バスを利用する手もあり)。フローレスから先は時間的にはトータル20時間くらいかかるでしょうから、ま、最短で二泊三日くらいの行程となるでしょうか‥??、メキシコに入ってテノシケ→カンクンはADO直通バスが一日一本あって16:15発13時間15分750ペソ(5000円くらい?)です。上記最短ルートだと一日目グアテマラまたはアンティグアを朝出てフローレス泊、あるいは夜行バスでフローレスまで行き、二日目バスを乗り継いでテノシケに16時ころまでに着けば16時15分のバスで三日目の朝にカンクンに着けることになります。その場合の宿泊代等を除いた交通費としてはトータル80ドルくらいでしょうか‥??


ただこのルートも急がなければ見所の多いところです。テノシケからのルートととしては先述したようにエスカルセガで道は二つに分かれます。ひとつはそのまま北上して世界遺産の街カンペチェ、そしてウシュマルUxmalをはじめとするマヤ後古典期の遺跡群(これも世界遺産?)を巡る基地になる街メリダ、メリダ〜カンクン間にある世界遺産遺跡チチェンイッツァーChichen Itza、なのでこのルートを観光しながら行くとしたら最低4,5日〜一週間くらいほしいところです。またエスカルセガから右折してユカタン半島を横断するルートは前に紹介した世界遺産カラクルムCalakmul遺跡やチェトマルからは2)と同じルートになってカリブ海を右に見ながら北上するルートでプラヤデカルメン・トゥルムTulum遺跡などこちらも見所に事欠きません。ま、どちらもどこにも寄らなかったとしてもエスカルセガからはカンクンまでは10時間以上かかりますが、メキシコのバス&道は快適なので、それほど厳しいバス旅にはなりません。また、料金が少し安いSUR,ATS,MayaBといった二等のローカルバスも走っています、、なのでかなり自由な選択ができると思いますが、いずれにしろカンクンからグアテマラへの(あるいはその逆の)入出国ルートとしてはパレンケよりもこのテノシケルートが便利・有利であることは間違いないでしょう、、(なお、ここによく登場した交通の要衝エスカルセガは単なる分岐点で見所はまったくありません‥)


<写真の説明;タイトル画像はカンクンのビーチ、下の写真は上から3枚は新しくできたCentra Norteのバスターミナル、4番目の右に写っているのが連絡バス-通称青バス、最後は見所は何もないエスカルセガの分岐点>
Centra Norte 2
Centra Norte 1
Centra Norte 3
連絡バス
エスカルセガの分岐点

遺跡に咲く花
グアテマラ最奥を行く/ミラドールEl Mirador遺跡 4 , 帰路と総括
エリア:
  • 中南米>グアテマラ>フローレス
テーマ:歴史・文化・芸術 
投稿日:2013/02/22 06:19
コメント(0)
<4日,5日,>
四日目は往路を引き返すだけの行程でしたが、いつものように8時にキャンプサイトを発ち、一ヶ所だけ往きに寄らなかったところによりました。そこはちょうどミラドール遺跡入り口案内板のあった裏辺りで(そこまで3〜40分?)、往路はちょうどみんな疲れている時間だったので、ここは後回しにしたとウーゴの説明、そしてその遺跡の説明もありましたが、それはよく聞き取れませんでした、、小ぶりの建造物がひとつ、当時としてもこの辺りがこの都市の入り口であったのでしょうか??そこを後にすると、道は一度通っているのでずいぶん気持ちの上では楽で、全員がものすごいスピードでどんどん行きます、、一度の休憩で13時(4時間の歩行途中一回休みあり)まで歩き続けました、、そこは昨日より水量が減った感じの小川(?もうほとんど水量はなかった)に架かる手造り橋の袂で、そこで昼食休憩となり、しばらく後追いのコシネラ(cocinera スペイン語で食事係の女性のこと)のロパを待つことになりました。往路もそうでしたが、彼女が昼食のサンドイッチを運んでくれるのです、、そこで45分の昼食休憩をとってあとは一気にキャンプサイトまで、1時間半の歩行で15時15分には二日前宿泊したTintalのキャンプサイトに着いたのでした、、往路の歩きは休憩抜きで7時間(トータル8時間半くらい)だったところを帰路は6時間(トータル7時間少々)で歩ききったことになります、、まさに時速5kmに近いスピードでした、が、それを追い抜いていったパーティがありました。往きにも抜かれたノルウェー隊で、後でキャンプサイトで一緒になり誰かが聞いたら、彼らは早い人で4時間半、遅い人でも5時間とのことでした、、まさに山岳部のスピードです、、しかも彼らは荷物を背負っての話(彼らを先導していたのは<付いてただけかもしれない>、一頭のロバとその馬子<ガイド?>だけで、おそらくキャンプ道具一切を自分たちで背負っていた)、ま、全員若い男性でしたが、たぶん山岳系のグループかもしれませんでした、、で、その日到着したキャンプサイトはここが同じ場所かと見違えるほど素敵な場所に変わっていて、そこにはわれわれとノルウェー隊しかいなかったのです、、

次の日もいつものように8時ころ出発、あと半日の歩きを残すばかりなので割とみんないい感じのノリで歩いていたのですが、まだまた困難は待ち受けていました、、半分ほどは順調だったのでウーゴは途中から道を変えて、池(昔の貯水池?)の見えるルートを行ったのですが、そこ(池の畔)で小休止して歩き始めてまもなく、はじめはパラパラでしたがすぐに本降りの雨となったのです、、なので後半の2時間あまりは降りしきる雨の中、簡易雨具はまったく役立たず、そしてもうぬかるみがどうのこうのではなくなって(すべてぬかるみ状態になったので)全員ぬれねずみの泥まみれになっての帰還となりました、、ま、だからこそ余計Carmelitaの車道に出たときの喜びようはひとしおで、皆で抱き合わんばかりにその到着とお互いの健闘を称えあったのでした、、そしてこの不運な雨も、むしろ最後でよかった・ラッキーだったと無事の帰還と走破達成に満足していたのです、、で、ちょうど13時ころにCarmelitaのオフィスに入り、そこでお茶と昼食をいただき、ウーゴに御礼と別れの挨拶をし、迎えに来た車でフローレスに戻ったのでした、、フローレスまでは3時間、17時ころの到着でした、、

写真;タイトル画像は勝手ながら趣味的写真として遺跡に咲く花、以下上からミラドール遺跡入り口看板<往きに撮影>、その近くにあった最後に寄った遺跡、Tintalのキャンプサイト、左側がノルウェー隊のメンバー、Tintal遺跡の復元図、最後はCarmelitaのオフィス<往きに撮影>
ミラドール遺跡入り口案内板
最後に寄った遺跡
Tintalのキャンプサイト
Tintalの復元図
Carmelitaのオフィス

以上で、4泊5日行の詳細をendとし、以下若干の補足と感想を述べておきます、、


今振り返ってみて、ミラドール行はどうだったかと聞かれたなら、まず個人的には皆に遅れずに歩けたことに満足しています、、そして行った価値はあったと思っています。次にいつグアテマラに戻れるかわからないので、とりあえず心残りのところを消したこと、そしてそう簡単にいけるところではなかったので、やはりタイミングがよかったことと世代・国籍を超えての若者たちの励ましに感謝してます。で、感想として、このミラドール4泊5日行は特に遺跡に関心のない方でも、今回のメンバーの中ではKellyがたぶんそうだったと思いますが、自然観察や動植物類に興味をお持ちの方が参加してもたいへん貴重で・興味の尽きないところではないかと思われます。ただ、後述するヘリコプーターまたはロバの背に揺られていくこともできますが、歩き通すのはそれほど簡単でないのも事実です、、なのでいずれの興味もない方にはただくだびれるだけなので、あまりお勧めはできません、しかしどこかで触れましたが、この期間中ことのほかよく眠れ、快食・快眠・快便だったのは、ボスケの力<森林力>と数時間の歩行のおかげだと思ってますので、ジャングルツアーそれだけでも面白さ・価値はあるといってもいいかもしれません。ま、いずれにしろ、これもどこかで触れてますが、たぶんグアテマラのことなのでこの地が車でいけるようになるまでまだだいぶ先のことになるのではないかと思われます(今は観光立国をうたっているのでなんともいえませんが)、、なので、それまではこの脅威or驚異の自然も残されていることでしょうし、当分は歩いていくしかないところでありつづけるでしょう??ま、だからこその価値だともいえるかもしれません、、是非歩かれることをお勧めします。そこで興味のある方のために以下にそのための必携品等をリストアップしておきますので参考にしてください、、ま、キャンプを思い浮かべていただければほとんどそれと重なりますが、、1)くるぶしまでの靴、いわゆる軽登山靴、2)ヘッドランプ(普通の懐中電灯より両手が使えるからbetter、3)虫除けスプレー、刺されたときの薬、日本の市販の虫除けスプレーで有効かどうかはその類をもってなかったのでよくわかりません、、今回の大失敗はこの点で、蚊なのか虫なのか?刺されたのか咬まれたのか?実はよくわからないのですが、もうすでに3週間もたっているというのにわたしの体は無残にも100ヶ所くらいのかさぶたが残っていて、未だにその痒さに悩まされています、、4)トレぺ&ウェットティシュは使いかつてあり、、なお、一応キャンプサイトにはトイレあり、それ以外の場所はすべての場所がトイレとなる、、5)着替え類、6)雨具はやはりあったほうがいい、7)望遠鏡はウーゴが持っていたが、望遠レンズつきのカメラ、及び充電不要のバッテリー、8)最後に飲料水について、少し詳しく述べておきます、、わたしは普通の人の半分くらいの量で足りてしまうのですが、それでも一応500ml一本を持参しました。他の人は1リットルを何本か、しかしそれは不要でした、、水は代金に含まれていて相当の量をロバで運んでいるためいくらでも補充がききます、が、ロバは同行でないので歩いているときはウーゴが1リットルのボトルを何本か持ち歩いていてなくなった人の補充をしていた、だから極端にいえば空のボトルがあればOKでした。ついでにその身の回り品の運搬について、、わたしは知らなかったので、初日自分の荷物はすべて背負っていた(なので疲れた)、実はそれもロバが運んでくれたので(ゆえに6頭も必要だった?)あくる日からはずいぶん楽になった、つまり最低限の荷、水と貴重品と雨具とカメラだけ自分で運べばよかったのでした、、‥あとは食事も悪くなく寝床も設えてくれるので(ま、わたしは自分のテント張りと撤去は自分でやったが)いってみれば至れり尽くせり、そう思うと5日間280ドルはそんなに高くないかもしれない、とも思えます、、ま、その価値はどれほどこのツアーに満足したか、それぞれの価値判断によるとしかいえませんが‥??

ところで帰ってから世話になったエージェンシーに帰還報告に行き、ついでにヘリコプター情報を聞いてみました、、ヘリによる一日ツアーは4人以上で一人800ドルからとのことでした、、また今回の4泊5日のコースのほか、近くのもうひとつの重要遺跡Nakbeをいれた5泊6日コースもあるようですが、いずれも料金は人数によって変わってくるので、多く集まればそれだけ安くなるということです。だから、やはりタイミング(人数の集まり加減)は重要ということになります。で、そのときこのエージェンシーの例のお兄ちゃんから、またまた思ってもみない発言がありました、、‘お土産がある’というのです‥、どういうこと?と不審に思っていたら、なんとミラドール走破?記念としてわたしの名前入りのTシャツをプレゼントしてくれたのです、、よっぽどわたしが売り上げに貢献したのか?それともほんとに良心的なエージェンシーだったのか?後者と思いたいのですが‥、で、後者と信じてそのTシャツの写真を載せておきます、、そこにそのエージェンシーのアドレスが載っています、、

写真上から;よくやってくれ、素晴らしいガイドだったウーゴ氏、われわれの荷と一切を運んでくれたロバたち<ミラドールのキャンプサイトで>、わたしの名前<反対側>とエージェンシーのアドレスが入ったTシャツ、、
ガイドウーゴ氏
荷物を運んでくれたロバたち
ミラドール走破記念?Tシャツ

さて、最初にちょっとお断りしたように、これをもってここはしばらくお休みさせていただこうと思っています、、理由ははっきりいってネタ切れです、、それとあと少しでグアテマラを去ることになるので新しい情報も入ってこなくなるからです、、ま、過去に訪れたグアテマラの他の遺跡についてならいくつが情報がありますが、そのほとんどはすでに別のところに書いてしまっているので、もし興味ある方がいらっしたらそちらを参照してみてください、、ちょっとPRになってしまいますが、以下です(前にも一度載せているかもしれませんが)、、

http://dokhakudokgo.cocolog-nifty.com です、逆に今回ここに書かせていただいたミラドール&カルクルム遺跡については勝手ながらそちらのほうに転載しました、お詫びとご了承賜うしだいです、、
また、もし何か知りたいこと、あるいは誤った記述を発見された、等ありましたら、ご連絡いただければ、できるだけ調べ訂正あるいは追加させていただくつもりです、、
ということで、いつもいつも下手なグダグダ文で恥ずかしく思っておりますが、それにもかかわらずアクセスしていただいた方々に御礼申し上げたいと思います、、ありがとうございました、、

頂上にて 2,
グアテマラ最奥を行く/ミラドールEl Mirador 遺跡 3 , 三日目ミラドール遺跡を歩く
エリア:
  • 中南米>グアテマラ>フローレス
テーマ:歴史・文化・芸術 
投稿日:2013/02/19 03:49
コメント(0)
<三日目>不思議なもので、このミラドール行の期間中、わたしはことの他よく眠れて、年よりなものでいつもなら2,3回トイレに起きることがあるのに、それが一度もなかった、、ほとんど毎日熟睡できたのです、、
で、その日(三日目)の予定はほとんどリラックス&休養日といった感じで、ゆっくり起きてゆっくり食事して、午前中はこの遺跡最大のテンプルLa Dantaに行くだけでした。ま、このミラドール遺跡自体は巨大で、それこそすべて発掘されたら一日で回りきるのはほとんど不可能かと思われますが、幸か不幸か今の段階では見るべきものがほとんど手付かずのため限られてしまっているのです、、なのでそのキャンプサイトから3〜40分?のところにある(基壇まで)テンプルLa Dantaを見物して、その途中にある遺跡を2,3周るだけの予定しか午前中は組まれていませんでした。それでもみんな早起きで、早起きついでに昨夕落日を眺めたところから今度は日の出を見ようと再びテンプルTigreへ登ったのでした(わたしはよくわかっていなかったのかもしれないのですが、もしかしたらそのために早起きしたのかもしれない、で、わたしも同行しましたが、当然そこからは日の出も落日も見ることができたのです)。が、この日あいにく雲がかかっていてそれは叶わなかった、、で、朝食後気を取り直して全員でテンプルLa Dantaに向かいました。もちろん道は続いているのですが遺跡エリア内であってもジャングル状態であることは変わりません、所々でウーゴの説明を聞きながら歩いていると突然ヘリコプターの轟音、、わたしはてっきりこのあたりを遊覧飛行しているのかと思っていたら、なんとその一行と数時間後に出会うことになりました、、

このテンプルLa Dantaの大きさが昨夕と今朝登ったテンプルTigreよりさらに大きいことは、そこに登ってわかりました。それは昨日Tigreに登ったとき東のほうに小山状の高みがあってそれは今いるところより高そうだということはわかっていたのですが(ウーゴの説明もあった)、実際にその基壇部分でウーゴから説明を受けて、そこから設けられた階段をだいぶ登って上部テラスに着くと、そこに見上げるようなピラミッドが建っていて、その架設の階段を登って漸く頂上(まさに山の頂上といったところなのでそう書きますがピラミッドのてっぺんのこと、基壇から100m越えてる?30分くらいかかったか?)に着いたのです。つまり下の基壇部分からがひとつのピラミッドとしたら、これはとてつもなく巨大な建造物で、いまだ樹木に覆われた小山でしかないのでイメージはわきにくいのですが、もしそれが復元図どおりだったとすると、まさにここが巨大都市だったことがいやおうなく実感できるのです。が、そんなことよりわれわれはおそらくマヤの遺跡の中ではもっとも高い所となるその場で、まるで日向ぼっこでもするような感じで1〜2時間リラックスしていたでしょうか?遠くを眺め、サルの咆哮・鳥の囀りを聞き、そよ風を肌に受け、何するでもなく時の過ぎゆくままに‥、、しばし悠久の時の流れに身を任せ、時空を越え2000年ほど時間を遡ってみると、そこはこのすべてを呑みこんでしまう緑の魔物を退治した人間の営みがあったのです、、まさにそれこそが、このどこまでも続く緑の地平を人々が作物の実る大地に作り変えたというその事実が・その歴史が驚異であり想像を絶するものに他なりません、、その人たちが・その社会がこのピラミッドを造り上げた、、しかしその1000年後にはだれも住まない・住めない地となって現在に至っています、、このマヤ最大の謎(どうしてそれほど発展していた社会が滅ぶにいたったか)は、マヤに興味を持っている人々の最大の関心ごとで、いまだその確定的な説はないようです、、が、いくつかの説がマヤ学者のあいで論じられていて、その中に同様の説もあったかと記憶していますが、わたしの趣味的見解はそれを抽象的な言い方に変えて表現しておきたいと思います、、即ち、この緑の魔物の復讐にあったのではないか(具体的にも述べられますが)と‥??

写真説明;上から1,La Dantaの説明をするウーゴ氏(わたしはほんの少ししか理解できなかったが)、彼が指差しているところが上部テラス、2,そこから基壇上部へ行く階段が架設されていたが、この山・この写真全体が遺跡ということ、、3,だいぶ登ったところのテラスに建つ最上部のテンプル、4,その頂上までは右側から回り込むかたちで階段が架設されていた、頂上からの眺め南方面、5,頂上からの眺め西方面、ちょっとした高みがテンプルTigre、6,頂上からの眺め東方面、カラクムル遺跡が見えないかと望遠鏡で眺めてみたがわからなかった、、方角を間違えていた可能性があり、実際は見えるらしい、、7,8,寛ぐ仲間たち、9,頂上から真下のテラスを覗く、
ちなみにタイトル画像は頂上での記念撮影、わたしが特別に頼んだらみんな気軽に応じてくれた、、&ここの高さを示す指標として、眼下の樹海がどの位置に見えるかという尺度があります、、即ち樹海の木の高さはそれほど変わらないので、確かにティカルより高く思えた、、興味のある方は写真などで確かめてみてください、、なお、この頂上はsea levelつまり標高でいうと300mくらいだそうです、、
La Dantaの説明を受ける
基壇から上部テラスへの階段
上部寺院(祭壇?)
頂上からの眺め 1,
頂上からの眺め 2,
頂上からの眺め 3,
頂上にて 1,
頂上にて 3,
ピラミッドからしたのテラスを覗く

さて、しばらく各々想い想いに時空を彷徨った後、ピラミッドを下っていったところで先ほどのヘリコプターの一行と出会ったのでした。わたしは知らなかったので、そのとき初めてヘリコプターで来る人々がいること・来ることができることを知ったのでした、、しかしその中には高齢の方もおられたから、ま、それにたいして少し疑問視もしましたが、ひとつの方法論として認められてしかるべきなのでしょう‥??、でも一言だけいいたい、、ヘリコプターに限らず、車で来る道ももう近くまで迫っているのではないか?つまり今のように手付かずの自然・手付かずの遺跡が残されている状態がいつまで続くのだろうか?ということです、、早晩ここは第2のティカル、グアテマラ4番目の世界遺産となることが目に見えています、、ま、しかしそれも一概にどうのこうのとは言えません、、わたしだって自然を荒らし・遺跡を荒らした一人に他ならないからです、、グアテマラにとっては、ここの住民にとってはそれが生きる道となるでしょう、、難しいですね、この問題は。開発か?自然保護か?古くて新しいこの問いに2000年前(正確にいうと紀元前2000年からだから4000年前)から1000年前まで生きた古代マヤの人々はどう答えたのでしょう‥??

帰り道に2,3手がつけられている発掘跡を見学しました、、そのひとつに古書ポポルウフに出てくる場面のレリーフが見つかった現場がありました、、どうもこれはそうとう重要な発見だと思われます、、また当時の役所?中央広場辺りにあったパレス跡、また往時の幹線道路の行き来を監視した関所?ゲート?(これは往路に通った)等々ウーゴ氏が熱心に説明してくれましたが(すべてスペイン語)わたしの理解度は半分くらいでした、、

午後は2〜3時間自由時間?昼寝の時間となり、夕方から出かけたテンプルTigre近くのテンプルJaguarもだいぶ発掘の手が入っていました。が、ちょうどそのころにはわたしのカメラのバッテリーが尽きてしまって*、残念ながら写真は残っていない、、その後再びというか三タビというか、またまたテンプルTigreに登り夕日を眺めて時を過ごしたのですが、ことほど左様に今現在発見・発掘され見学に値するor見学できるところかはそんなに多くなかったということです、、三番目に大きいピラミッド、テンプルMonoへ行かなかったのは行っても登れないか、またはそこまで行く道がついていないかで、たぶん行けなかったからでしょう‥??、なのでガイド・ウーゴ氏としてもどうしようもなく暇つぶしの手を考えていたのではなかったかと思われます、、ということでこのキャンプサイトの入り口あたりに掲げられていた復元想像図を以下に添付し、参考にされたらと思っております、、
<*カメラのバッテリーチャージについて;実はその前日の段階でわたしのカメラのバッテリーは切れていた、前日に泊まったTintalのキャンプサイトは太陽光発電だったので充電できなかったが、ここミラドールのキャンプサイトでは発電機があって有料で充電ができた、、1時間30Q、で、その日の朝時間がなく30分だけ充電したのだけれど一日は持たなかった、、次の朝また30分充電した、、>

写真説明;上からポポルウフ神話のレリーフ、パレス跡、パレス跡で説明してくれるウーゴ氏、往路で通った関所跡?そこまでがずっと塀?壁?で囲まれた市街で、その出入りのチェックポイントだったとの説明あり、、
ポポルウフ神話のレリーフ
パレス跡
パレスの説明をするウーゴ氏
街道の関所(街の入り口)
遺跡全体の復元図、下;簡単に説明すると図左上のピラミッドがテンプルTigre、ちょうどその下あたりがキャンプサイトの位置、右下の二つのピラミッドは未発掘・未整備で今回訪れていない、、最大のピラミッド、テンプルLa Dantaが右上遠くに見えている、、この図にあるようにマヤの遺跡はどこでも赤色に着色されていたらしい、、その名残りがテンプルLa Dantaの側壁に見られた、、写真一番下
Mirador遺跡復元図
2000年前の赤が残る?

Tintal遺跡からの日没
グアテマラ最奥を行く/ミラドールEl Mirador遺跡 2 , 初日・二日
エリア:
  • 中南米>グアテマラ>フローレス
テーマ:歴史・文化・芸術 
投稿日:2013/02/18 05:31
コメント(0)
<ミラドール・ジャングルツアー、初日>
そのトラベルエージェンシーの前に二人のアメリカ人が座っていました。時間は朝の6時、それから5日間とくに親しくというか、年寄りのわたしを気遣ってくれたJamesと彼の恋人Alexaでした。ニューヨーク住む彼らはとても仲のよい30代のカップルで、わたしよりずっと大人といった感じでした。われわれ3人はやってきたピックアップトラックに乗って他のメンバーのピックアップに周りました。最終的にこのツアーの参加者はわたしを入れて7人でした、、James&Alexaの他はスイスの若者二人(男性二人組みChristoとChristian)オーストリアの女性(Marionet)、イギリスの女性(Kelly)で、わたし以外はみんな若者、そしてみんな英語は普通にしゃべれ、6人のうち5人はドイツ語圏出身だったから、ほとんどの会話はドイツ語か英語で交わされることになり、どちらも理解不能のわたしは当然いつも蚊帳の外でしたが、それでも各々みんないたわりの精神の持ち主だったので、のけ者にされるというようなことは一切なく不自由な思いをすることもまったくなかったのですが、ことの他アメリカ人カップルには世話になってしまった、、ま、そんなことも含めて、少しでもそのツアーの報告ができればと思っております、、

まず、このピックアップトラックは座席には4人しか座れなかったのですが、スイスの若者とイギリス人女性は行き帰りともピックアップの荷台で我慢してくれた、、帰りはまともに雨を食らってしまったのにもかかわらず不平ひとつ言わずに‥、、そのピックアップの荷台には市場に寄って買いだされた肉・野菜・卵他大量の食料とキャンプ用品で埋まり、ともかく何の説明もないままフローレスを出発いたしました。市場を後に30分は快適な舗装道路でしたが、すぐに未舗装となり、そしてそれはすぐにとんでもない悪路となりました。その悪路は2時間ほど続き、ま、一概に悪路のせいとは言えないかもしれませんがその間に二度のパンク、途中で朝食をとって(もちろん朝食は含まれていて、途中の粗末な食堂だったが、しかし悪くない朝食だった)フローレスから3時間(朝食の時間も入れると4時間)かかって11時半ころ車道の終点Carmelitaという村に着きました。フローレスから85km?ここまでは悪路ながら一日一便バスが通っているとのことでしたが、帰りにそのバスがぬかるんだ坂を登れず立ち往生しているのを目撃しています、、

さてCarmelitaという最後の村は人口数百人?の農牧業主体の小さな村ですが、ほとんどの村民はこのミラドールツアーのガイドかその助手(今回はガイドのほかに食事係の女性一人、ロバによる荷物運搬の男性一人、ちなみにロバmulaは6頭だった)として生計を立てているようでした、、で、ここに来るまでわからなかったのですが(なんら説明なかったので)そのピックアップのドライバーはただの荷物と人の運搬人でしかなく、われわれと荷を降ろすとさっさと帰って行きました。降ろされた荷は村人によってロバに移され、われわれは12時ころにその村のガイド(ウーゴHugoという名、素晴らしいガイドだった)とともにジャングルに入っていったのです、、

<写真説明;タイトル画像は初日テンプルTitlaからのSunset,以下、上から1,市場での買いだし、2,ピックアップトラックの若者クリスチャン、ケリー、クリスト、3,パンク修理中、4,Carmelita村、出番を待つロバたち、5,ジャングル入り口、女性はアレクサ>
市場での買出し
ピックアップの荷台に乗る仲間
パンク修理中
Carmeritaの村
ジャングル入り口

出発前にそのガイド氏はその村に建てられていた地図及び解説・案内板(?前回掲載した写真)を示しながらミラドール遺跡の概略を説明をしてくれたので、そのときはじめて彼がこのツアーを取り仕切る人だとわかったのですが、なぜかそれはわれわれをほっとさせました。なぜならひとつにはピックアップドライバー氏はそこまでの3〜4時間のあいだ何も説明してくれず、彼がこのツアーを取り仕切る人だったらちょっと不安でもあったからですが、ガイド・ウーゴ氏は打って変ってとても篤実な人柄だったのと、年齢50才、18才からこの地をガイドとして歩いており、年季が入っているばかりでなくガイドの国家資格を所有していて何でも知ってる、まことに頼りがいのある人物だったからです(もちろんすぐにそれとわかったわけではありませんが、失礼な言い方かもしれないがこのガイドはあたりだった)。が、しかしその彼に導かれてのジャングル歩きは決して生易しいものでもなかった、、道が比較的平坦だったのとジャングルが日差しをさえぎってそれほど暑くはなかったのがせめてもの救いで、まず足場の悪さにてこずることになりました。その道はそれ以前天気が悪かったのかほとんどぬかるみ状態で足場の選択に目が離せません、、そんな道を彼は意に介さず飛ばしていく、その速度はたぶん時速5kmくらいではなかったかと思われます、普通人の時速は4kmくらいといわれてますが、ま、早足の速度なのでそれよりは早かった、、そしてなれない道にもかかわらずぜんぜん休みを取らない、わたしの場合山歩きのときなんか1時間に最低一回(多いときは2,3回)休憩を入れるのだけれど、彼はなんと2時間半歩き続けてやっと30分くらいの休みをくれただけでした。そうやって一回休憩して軽い昼食をとっただけで20kmを5時間(休憩時間を入れて)歩き続けて最初の宿泊地Tintalのキャンプサイトに着いたのですが、初日のこの行程はそれはそれはきつかった、、流石に若者たちもそうとう疲れたようでした、、もちろんわたしは明日は無理かとちょっと悲観的になってしまったほどでした、、

ところが、やっとの思いでたどり着いたキャンプサイトでわれわれは意外な光景を目にすることになりました。なんとそのキャンプサイトは先陣に埋め尽くされ、どうやらミラドールから戻ってきたパーティが数組みあってわれわれのテント場にも事欠く状態で、おおよそジャングルのキャンプサイトとは思えない賑わい・混雑ぶりだったのです、、で、ゆっくり落ち着いて休憩というわけにもいかず、われわれはまず日没が見られるというテンプルTintalにか向かいました、、テンプルTintal?実はそのTintalというキャンプサイトはTintalという遺跡エリアにあって、そのテンプルとはこれまた馬鹿にできない高さを誇るピラミッドなのでした、、そしてその頂上からのSunsetは360度の<ボスケbosque>ジャングルが覆う地平線に沈んでいくものでした、、遠くに明日向かうミラドール遺跡のピラミッドの高みが見えるとウーゴが教えてくれました、が、その距離の遠いこと、少なくとも今日歩いた距離の1,5倍の30kmを思うと、今日がきつかっただけにちょっと自信がなくなってくるのでした、、

<二日目>
しかし、落ち着いて食事ができなかったりテント場にも事欠く状況でしたが、作ってくれた食事(前日の夕食)はうまかったし特別に与えられたひとり用テントの寝心地も悪くなく、これまでにない熟睡で次の朝はさわやかな目覚めでした、、そしてなんとウーゴが昨日予言したとおり、二日目の歩きは距離は長かったのですが存外楽だったのです、、ひとつにはジャングル歩きに慣れたから?それとこの日の足場が昨日に比べずっと歩きやすいものになっていたからだと思われます。なので彼のスピードに誰も遅れることなくついていきました、、それでもやはり休憩は2時間半に一度で午後の3時に目的地のミラドールのキャンプサイトに着くまでに一度の休憩と昼食タイムを取っただけでした(8:00発〜10:25休憩10:40発〜12:15昼食休憩13:00発〜15:00着)、、よって約30kmを7時間くらいで歩いたことになります、、この間実は景色がまったく変わらなかった、ジャングルが少しでも切り開かれているところに一度もでなかった、だから気が晴れるというところがまったくなく、うっとうしい様なジャングルが歩いても歩いても続いているのです‥、あまりにも単調で気が滅入ってくるのですが、よくしたものでところどころにcamino de mayaと呼ばれる古代マヤの幹線道路跡があったり、ちょっとした川があって即製の橋がかかっていたり、また時にはモンキーショウ(樹上のモンキーウォッチング)やバードウォッチングが楽しめたり、ま、それなりに面白さはあってジャングルウオーキングを味わい尽くす行程ではありました。そうやってやっとの思いで到着したミラドールのキャンプサイトは昨日と打って変って別天地のようなところでした。そう、そこだけは切り開かれた草地で、われわれの他は途中でわれわれを追い抜いていった、まるで日本の山岳部のようなノルウェーの若者6人組のパーティだけでした。いや、そこはまったく素晴らしいところでした、、七面鳥(?もしかしたら孔雀、その違いがよくわからない??)の群れが戯れるその草地でどれほどリラックスし寛いだことか‥!!

<写真;上からジャングルを行く一行、水が少なく橋を渡らずとも渡れたが、増水時用の橋、モンキーショウ、ミラドールのキャンプサイト>
ジャングルを行く
にわか作りの橋
モンキーショウ
ミラドール遺跡キャンプサイト

そこは、いってみれば遺跡のど真ん中に位置するところだったのですが、周りの遺跡はまったく手がついていないのでその面影がまったくなく、要するに山の中に切り開かれたキャンプ場といった感じで、そこにはビジターのための小屋があって番人?管理人のような方が何人かおりました。その小屋で食事担当の女性が2泊3日食事の用意をしてくれたのです(彼女はCarmelitaから別行動ながらロバの背に揺られて同行してくれていたのです)。また、その小屋には10リットル入りポリタンの水が10Qで買えて、その水を使ってシャワーが浴びられるという装置もありました。そうやって少し身体を休め、身を清めてから夕食までのあいだまた全員でテンプルTigreに登って落日を眺めました。昨日のテンプルTintalよりさらに高いその小山も実はミラドールで2番目に大きなピラミッドで、上まで登るのに一苦労、一応階段はつけられているもののその傾斜はティカルなどの写真を見ればわかる通りの急勾配、頂上直下はロープが渡してありました。しかし、そこからの見晴らしも見渡す限りの樹海・ジャングル(スペイン語でボスケという)しかないのですが、他にさえぎるものがない分、世界の王さま気分にしてくれるものです。で、そのとき感じたのです。落ちていく夕陽を眺めていたとき、360度の真ん丸い宇宙船地球号が動いている、って!?地球が動いているって!?(つまり太陽が落ちていくのではなく地球が動いているという地動説を錯覚ながら実感した、ということ)、そしてここに登った古代マヤの人たちもそれを感じていた(知っていた)のではないか?と、、そんな空想を楽しめる時空間でした、、

夕暮れとともに下に降り皆で夕食、ちゃんとかまどのあるところで作ってくれているので食事はおおむねOKで、その夕食も悪くはなかった、、テントはまた木陰にひとり用テントを与えられ快適な居住空間となりましたが、しかしなんといっても、そこの広場から夜空を見上げたときの驚きッたらありませんでした、、あんな星空をそれこそ砂漠でも山の上でも見たことがない!!それほど多くの星が輝いていたのです‥、、

<写真;上からテンプルTigreの入り口、まだ発掘されておらず階段は設けられていたが要するにピラミッドの基壇部分、次の写真がその基壇から数十m登った上部テラスに建てられている寺院で(次のテンプルTigreの復元図参照)、さらにそこから十数m登ったところが(最後の2枚)ピラミッドの頂上、おそらくこのピラミッドの高さは100mを越えているかも??>
テンプルTigreの登り口
テンプルTigre
テンプルTigre復元図
Tigreの夕日
テンプルTigreの日没

ミラドール解説板/Carmerita
グアテマラ最奥を行く/ミラドールEl Mirador 遺跡 1 , 前段  
エリア:
  • 中南米>グアテマラ>フローレス
テーマ:歴史・文化・芸術 
投稿日:2013/02/15 08:30
コメント(1)
これまでの経験で遺跡の記事はほとんど注目されないことはわかっているのですが、かといってそれを割愛するのもちょっと惜しい気がしたので、あまりアクセス数なるものを気にせずに載せてしまいます。しかもこのジャングル行、ちょっと長かったものでたぶん3回くらいになるかと思います(例によってグダグダ文です)、、これを書き終えたらしばらくお休みします、、

<ミラドール行、前段>
ミラドール遺跡についてはだいぶ前から知っていて、そこに行くにはフローレスから最低でも4泊5日のジャングル歩き&キャンプしながらいくしかないと聞いていました。そのツアーはフローレスのtravel Agencyで取り扱っていて、最低5人?くらいから、というか一人だと1000ドル以上になるので5人集まればひとり当たり250ドルくらいなり、人数が増えるほど割安になるという情報を最初にフローレスを訪れた2年前に得ていました、、それはガイドがついて馬で食料・キャンプ道具一切を運んでくれて、テント・食事の用意はすべてやってくれる、、問題は、というか参加条件はただ歩き通せるかどうかだけということでした。ミラドール遺跡はティカルの北北東6〜70kmあたりに位置し、そこから北6〜7km行くともうメキシコとの国境で、いわばグアテマラの最奥といっていいいようなジャングルの奥深くにあって、いまだ車の道が通っていない未開の地にあります。そのエリアはまた未発掘の遺跡の宝庫といってよく、未整備・未調査のマヤの重要な遺跡がたくさん眠っているところです。マヤの全盛期はいわゆる古典期の250〜900年で、その中心となる都市国家がティカルと前回紹介したカルクルムでした、、そのティカルとカラクムルに挟まれたエリアが、ちょうどこの地に当たります。そして残された最大の遺跡エルミラドールはその中心に位置し、実はティカル・カルクルム以前の先古典期(BC2000〜AD250)の大都市で、その規模はティカルを上回っているといわれ、現にそのピラミッドはいまだ未発掘で小山でしかありませんでしたが、その高さはティカルの神殿を上回り、マヤ史上最大といわれているものです。ま、簡単にエルミラドールの位置と規模を述べてしまいましたが、もしこの情報だけでも知っていたなら、そしてそこへ行くチャンスがかなり過酷ながらあることを知ったなら、誰しも(遺跡好きなら)食指を動かさない人はいないのではないでしょうか?少なくともわたしは、いや年が年だし、いくら経験ありといえどものジャングル行4泊5日、しかも250〜300ドルに躊躇いはあったものの、黙って見過すことはできなかったのでした、、

というより正確にいうと最初(2年前)は、初めてその情報を得、食指を動かしたもののそのときは決断できなかったのです、、そして今回もそれを目的に寄ったわけでなく実は他へ行く予定で、ただ気にはなっていたので前回の情報を確かめにフローレスのエージェンシー(旅行代理店?斡旋業者)に寄ってみたのでした。ちなみにこのツアーを扱っているところはサンタエレナにはなくフローレスのエージェンシーだけで、よくわからないのですが十数社もあるフローレス島のトラベルエージェンシーもおそらく系列があって、このツアーを企画・実施している大本はたぶん2,3ではないかと思われます(後でわかったことですが、このツアーに参加しなくても行くことはできそうですが、費用・信頼性・あるいは旅行者の扱いを熟知している等々を勘案するとエージェンシーのツアーに参加するのが無難)。で、最初に寄ったエージェンシーでは、ひとり290ドル〜(人数が集まった場合の最低料金)といわれてしまいました、、え?確か2年前は250ドル〜だったはず、値上がりしている?と思ってもう一軒訪ねてみました。ほんの十数メートルしか離れていない、いわば隣のエージェンシーでは、それが280ドル〜とのことでした。10ドル下がったものの、やはり2年前の価格は過去のもので値上がり傾向にあることは確かなようでした。そうか、そうだろうな、時が経てばたつほど高くなっていく、、それはここに限ったことではない、そろそろ本格的に取り組む必要がありそうだと、ま、現情報を得ただけで満足してその場を去ろうとしました。そのときです、そのエージェンシーの若いグアテマラ人のお兄ちゃんは、たぶんわたしを冷やかし程度にしか思っていなかったと思いますが、一言いったのです、、明日そのツアーが出る、と‥、、

そこから話は急転回します、、え?どういうこと?ほんとう?いわれてはじめて気づいたのですが、この辺ではそういったツアー情報があるとき、あるいはそのための募集をするとき、たいてい目立つところにそのお知らせを張り出しています。その張り紙が目の上にあるではありませんか、ま、わたしはそれに気づいていなかったのですが、それから数時間逡巡することになりました、、彼曰く‘今5人集まっていて一人当たり320ドルだけれどおまえが参加すれば280ドルになる’という説明でした、、しかも‘それは明日からだけど、みんな人数が集まるまで何日も何週間も待っていたんだ、それを明日からのツアーを今日見つけるなんて、なんて幸運なやつなんた!!’と、ま、それはたまたまのことでしかないのですが、確かに大きなポイントで彼のいう通りでした。うーん!?、まったく予定していなかっただけに、どうしようかと迷ってしまったのでした、、

決断を迫られたわけではないけど、流石にチャンスかもしれないと少し頭の中を整理してみました。今いけるか・行ったほうがいいか?ポイントとして1,前からいきたかったところではある、2,後になればなるほど価格が上がる、現場は荒れてくる、わたしの体力が衰えてくる、3,特に急ぐ予定があるわけでない、当初の予定を次回にすればすむこと、4,いわれるようにタイミングがよすぎる、5,今回の旅も終わりに近く多少資金の余裕があった、6,直接関係ないかもしれないが、数ヶ月前にface bookの友人がその地にいったいたことを知り、先を越されたぁ!とコメントしていた(ちょっと悔しかったので)等々、、マイナス案件として1,ま、わからなくはないがそれでもやはり高額すぎるのではないか?、2,約2ヶ月に及ぶヨーロッパ・アフリカの旅を終えての帰途で疲れが残っていた、3,やはり4泊5日の行軍に耐えられるか、他の参加者に迷惑をかけずにいけるかという心配、4,装備類、そのための準備をしてなかった、特に靴・ヘッドランプ・虫除け等を持っていなかった、、5,(支払いのための)ドルキャッシュがなかった、、6,カメラのバッテリーが古くて新品ならフル充電で2,3日もつところ1日しか持たない状態になっていた(どうやって充電するか?)、7,タイミングのよさの裏腹で唐突過ぎた点の懸念、、ま、そのバランスは拮抗していたといっていい、、しかしたまたまその日が日曜だったのだけれど、その気あり(いいカモ)と睨まれてしまったわたしは、彼の自腹を切ってトゥクトゥクで日曜にやっている銀行を回ってくれ、わたしのトラベラーズチェックをケツァルに替える手間を惜しまず助力してくれたその熱意に折れることとなった、、そう、数時間後にわたしは予定を替えて次の日の早朝発に備えてそのトラベルエージェンシー近くのホテルに宿泊先を代えていた、、そしてそのジャングル行に備えて荷物を半分にまとめ、置いていく荷をそのエージェンシーに預けていた、、もうそのときは躊躇いはなく最後のチャンスかもしれないから、と決意?を固めていたのでした、、


<この前段に使用する適当な写真がなかったので、タイトル画像を含めすべて現地の案内板を写したものを載せておきます。拡大するとおおよその地図が理解できると思います、、>
ミラドール遺跡解説板
ミラドール解説板/Mirador

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