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エリア:
- アフリカ > エチオピア > エチオピアその他の都市
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テーマ:
- その他
エチオピア南西部、ケニアとの国境に程近い地域には、それぞれ言語を異にする幾つもの少数民族が、それぞれ特有の伝統文化と姿で今も暮らしている。
その中でも、その奇抜な姿から最も有名なのが、我々が今日、これから会いに行くムルシ族だ。
ムルシ族は、ジンカの街からマゴ国立公園内へ車で3時間程入った所にある、その名もムルシ村で、ムルシ語を話して暮らしている。
我々は、偶然にも出くわした総勢6名もの日本人旅行者同士でトラックを一台チャーター。その荷台に乗ってムルシ村を目指す。
トラックが走り出して1時間程すると、道の周辺の枝葉を車体がかすめる度に、大きなハエが荷台に座る我々にたかってくる。
「チクッ」ハエが体にとまると、刺された様な痛みを感じる。そう、これがツェツェバエだ。
ツェツェバエは、ズボンの布地の上からでも平気で刺してくるし、少しばかり手で払っても、人体にしがみついたまま飛び去ろうともしない。
ツェツェバエの体は固く、蚊でもつぶすつもりでたたいてもビクともしない。「バシン!!」と思い切りたたきつぶさないと退治できないのだ。
そう言う訳で、ムルシ村に着く間、トラックの荷台はてんやわんや。飛び交い、襲いかかるツェツェバエの群れとの格闘に明け暮れる。
やがて、木で組んだ小さなテントのような住居が並んでいる場所に着く。ここがムルシ村だ。
「スゲェー」荷台の一人が声を上げる。
女性達は下唇に穴を開け、そこに素焼きの皿をはめ、頭には銃の弾(やっきょう)を幾つもつなげた見るからに重そうな髪飾りを付けている人もいる。
皆半裸で、下は皮の腰巻きのみ。上半身は、着ているというより、裸の上に様々なアクセサリーを付けているだけと言った感じだ。

皆一斉に我々の周りに集まり出す。外国人観光客が来たと知って遠くからも、男も女も集まり出した。
中には象牙のイヤリングなどでおシャレを決めた若い男の姿も。
皆、外国人旅行者が自分達の写真を撮りたいという事を知っており、写真を撮らせる代わりにお金が欲しいのだ。
「フォト、ワンブル」口々に訴えかけられる。
ところが写真を撮ってお金を渡そうとすると、「やっぱり2ブルだ」とか、「汚いお札はイヤダ、新しいのをくれ。」とか言い出す者も多く、そちこちで押問答をしている。
写真を一枚撮ろうとするたび、撮るたびこの調子なので、いい加減面倒くさくなってカメラをしまって休んでいると、私を撮ってとあちこちからシャツのすそを引っ張られる。ともかく落ち着いていられないのだ。
しかも物凄い猛暑、もうくたくただ。

木陰で休もうとすると、木の下に銃を持った男が数人座り込んでいる。
何でも隣村のアリ族と戦争中で、この間ムルシ族の男が一人アリ族に殺されたので、道で待ちぶせして、こちらもアリ族をヒトリ殺すのだと言う。
どっちが先なのかわからないが、一体それはいつまで続くのだろうか。
それにしても、そんな原始的とも純朴とも呼べる彼らに、簡単に銃が渡ってしまうと言う事に、強い疑問を持たずには居られない。聞いた話では、お金がなくとも、ヤギ7匹とライフル銃一丁が交換できるそうだ。
帰り路、ジンカに近付いて来ると、通り過ぎる村々の人々が皆口々に我々に向かって、「ファーザー、ファーザー」と連呼し叫び、中には「ファーザー」と言いながら、我々のトラックを全速力で必死にを追い掛けて来る子供達まで現れる。
何故彼らが、我々をそう呼ぶのか本当の理由はわからないが、キリスト教の宣教師(ミショナリー)が来てほどこしをしてくれる事から、外国人を見ると、「ファーザー」と呼び掛け、ほどこし、つまり「何かくれ。」と訴え掛けるスタイルが定着してしまったのではないかと想像する。
もしそうだとすると、ミショナリー達は、あのムルシ族にどの様に接し、ほどこしを与えたのだろうか。
そして今、そこには突然少なからず観光客が訪れるようになり、写真を撮ってお金を払うと言うスタイルが定着してしまっている。
もっと彼らが誇りを持って自分達の伝統文化を披露し、それに対して対価を支払うような方向に持っていけないものだろうか。
【食事】
朝:イモ、ワタツ
昼:パン、バナナ
夜:ワタツ、イモ、サンブサ(豆入りサモサみたいな食べ物)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・ジンカからムルシへの車チャーター 1100B/1台
・他に護衛のポリス 40B/1グループ (←絶対顧わなければならないそうだ。)
・Mago National Park 入場料 50B/1人 (ムルシ村はナショナルパーク内にある為)。ジンカ→ムルシは片道3〜4時間。
【宿】・(ジンカ)GEMJA HOTEL 8B/W一室共シャワー有
その中でも、その奇抜な姿から最も有名なのが、我々が今日、これから会いに行くムルシ族だ。
ムルシ族は、ジンカの街からマゴ国立公園内へ車で3時間程入った所にある、その名もムルシ村で、ムルシ語を話して暮らしている。
我々は、偶然にも出くわした総勢6名もの日本人旅行者同士でトラックを一台チャーター。その荷台に乗ってムルシ村を目指す。
トラックが走り出して1時間程すると、道の周辺の枝葉を車体がかすめる度に、大きなハエが荷台に座る我々にたかってくる。
「チクッ」ハエが体にとまると、刺された様な痛みを感じる。そう、これがツェツェバエだ。
ツェツェバエは、ズボンの布地の上からでも平気で刺してくるし、少しばかり手で払っても、人体にしがみついたまま飛び去ろうともしない。
ツェツェバエの体は固く、蚊でもつぶすつもりでたたいてもビクともしない。「バシン!!」と思い切りたたきつぶさないと退治できないのだ。
そう言う訳で、ムルシ村に着く間、トラックの荷台はてんやわんや。飛び交い、襲いかかるツェツェバエの群れとの格闘に明け暮れる。
やがて、木で組んだ小さなテントのような住居が並んでいる場所に着く。ここがムルシ村だ。
「スゲェー」荷台の一人が声を上げる。
女性達は下唇に穴を開け、そこに素焼きの皿をはめ、頭には銃の弾(やっきょう)を幾つもつなげた見るからに重そうな髪飾りを付けている人もいる。
皆半裸で、下は皮の腰巻きのみ。上半身は、着ているというより、裸の上に様々なアクセサリーを付けているだけと言った感じだ。

皆一斉に我々の周りに集まり出す。外国人観光客が来たと知って遠くからも、男も女も集まり出した。
中には象牙のイヤリングなどでおシャレを決めた若い男の姿も。
皆、外国人旅行者が自分達の写真を撮りたいという事を知っており、写真を撮らせる代わりにお金が欲しいのだ。
「フォト、ワンブル」口々に訴えかけられる。
ところが写真を撮ってお金を渡そうとすると、「やっぱり2ブルだ」とか、「汚いお札はイヤダ、新しいのをくれ。」とか言い出す者も多く、そちこちで押問答をしている。
写真を一枚撮ろうとするたび、撮るたびこの調子なので、いい加減面倒くさくなってカメラをしまって休んでいると、私を撮ってとあちこちからシャツのすそを引っ張られる。ともかく落ち着いていられないのだ。
しかも物凄い猛暑、もうくたくただ。

木陰で休もうとすると、木の下に銃を持った男が数人座り込んでいる。
何でも隣村のアリ族と戦争中で、この間ムルシ族の男が一人アリ族に殺されたので、道で待ちぶせして、こちらもアリ族をヒトリ殺すのだと言う。
どっちが先なのかわからないが、一体それはいつまで続くのだろうか。
それにしても、そんな原始的とも純朴とも呼べる彼らに、簡単に銃が渡ってしまうと言う事に、強い疑問を持たずには居られない。聞いた話では、お金がなくとも、ヤギ7匹とライフル銃一丁が交換できるそうだ。
帰り路、ジンカに近付いて来ると、通り過ぎる村々の人々が皆口々に我々に向かって、「ファーザー、ファーザー」と連呼し叫び、中には「ファーザー」と言いながら、我々のトラックを全速力で必死にを追い掛けて来る子供達まで現れる。
何故彼らが、我々をそう呼ぶのか本当の理由はわからないが、キリスト教の宣教師(ミショナリー)が来てほどこしをしてくれる事から、外国人を見ると、「ファーザー」と呼び掛け、ほどこし、つまり「何かくれ。」と訴え掛けるスタイルが定着してしまったのではないかと想像する。
もしそうだとすると、ミショナリー達は、あのムルシ族にどの様に接し、ほどこしを与えたのだろうか。
そして今、そこには突然少なからず観光客が訪れるようになり、写真を撮ってお金を払うと言うスタイルが定着してしまっている。
もっと彼らが誇りを持って自分達の伝統文化を披露し、それに対して対価を支払うような方向に持っていけないものだろうか。
【食事】
朝:イモ、ワタツ
昼:パン、バナナ
夜:ワタツ、イモ、サンブサ(豆入りサモサみたいな食べ物)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・ジンカからムルシへの車チャーター 1100B/1台
・他に護衛のポリス 40B/1グループ (←絶対顧わなければならないそうだ。)
・Mago National Park 入場料 50B/1人 (ムルシ村はナショナルパーク内にある為)。ジンカ→ムルシは片道3〜4時間。
【宿】・(ジンカ)GEMJA HOTEL 8B/W一室共シャワー有


