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イチローとジュンコの夫婦珍道中

~バックパッカー日記~

プロフィール

ニックネーム:
イチローとジュンコ
居住地:
東京都
自己紹介:
2000年9月 日本を旅立ったイチローとジュンコは、飛行機で、南アフリカ・ケープタウンに降り立った。
二人はそこから日本まで、飛行機を使わずに、陸路と船のみで帰る。
アフリカ大陸南端の喜望峰から日本まで、アフリカ、東西ヨーロッパ、中東、シルクロードとまるまる1年かけての、夫婦珍道中。
野宿もしました。ゴリラと挨拶もしました。サハラを越え、ヒマラヤを越え。。
大自然、世界遺産、カルチャーショック、紛争の傷跡、そして、多くの出会い。
2001年8月無事帰国した二人の旅を振り返って、番外編コラムを掲載します。

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偽札事件 (22カ国目、コートジボワール) (ガーナ)エルボ→(コートジボワール)アボワッソ→アビジャン
エリア:
  • アフリカ>ガーナ>ガーナその他の都市
  • アフリカ>コートジボアール>コートジボアールその他の都市
  • アフリカ>コートジボアール>アビジャン
テーマ:街中・建物・景色 その他 
投稿日:2001/02/25 18:46
 朝一番で6:30、無事ガーナ出国手続きを終え、徒歩で国境を渡り、コートジボワールへ。

 コートジボワールのイミグレで入国手続き時、1人5000CFAを要求され、5000CFA札を差出すと、
 「んっ?これはニセ札だ、ちょっと待て。」
 「なんだってー!!ニセ札!?」

 確かに昨夕、ガーナのエルボのバス乗場でたむろする両替屋とガーナ・セディをCFA(セーファ)に両替した時、1枚の5000CFA札の色が薄いなとは思った。

 だがこちらではかなりボロボロのお札も平気で通用している。
 中にはセロテープで補修されているお札もたまに見掛けるので、まあ大丈夫だろうと思っていたのだが・・・。

 「ガチャリ。」
何と手錠を手にした体格のいいポリスが登場。これはヤバイ。

 「この札はエルボのバス停で両替した物だ。」
とすかさず弁明。

 昨夕両替した他の札も財布から取り出し、
 「これはどうか。」
と尋ねると、
 「これは大丈夫。」
 どうやらおかしいのはその5000CFA札一枚だけらしい。

 我々の弁明を聞くと、ポリスはどこやらかへ出動。エルボの両替屋を逮捕しに行ったらしい。

 イミグレ官に「ニセ札」と言われた5000CFA札とは別に、更に1人5000CFA、2人で10000CFA支払い、何とか無事コートジボワール入国を果たす。

 「ふう、逮捕されないで良かった。」
 ある意味、この旅最大の危機だったとも言える。

 それにしても本当にニセ札だったんだろうか、と後から疑問が湧き返る。
 ただ翌日、ブルキナファソ行の列車の切符を買った時、駅の切符売場にはニセ札判別機があり、切符売場のおじさんは差出した札を一枚一枚その機械でチェックしていたので、もしかしたらニセ札が出回っているのかも知れない。

 それにしても、「ニセ札」を単なる旅行者の我々が見破るのは難しい。
 防ぐには両替屋とかではなく、なるべくフォレックス・ビューローや、銀行などでまっとうなところで両替する位しか手立てはないだろう。(しかし昨日は土曜日でフォレックスビューローは閉まっていた。)

 相変わらずの蒸し暑さの中、汗と冷や汗を一緒に流しながらミニバスと乗合タクシーを乗継いで、西アフリカのニューヨークといわれるアビジャンへ。

 数ヶ月前にクーデター騒ぎがあったせいだろう。アビジャンまでの道中、検問の多さとその検問のポリスの高圧的な態度にはウンザリさせられる。

 午後早くアビジャンに到着。
 下町の一角に安宿を取ると、フェリー乗場に座って、ラグーンの対岸の新市街の高層ビル群を眺めながら水辺に涼を取る。

 近年急速に発展したガーナのアクラに比べると、「意外に小じんまりしているな。」と言うのが第一印象。

 郊外のリゾート地へ延びる道には、白人の家族連れの高級車が絶え間なく走り去って行った。
 高層ビルが立ち並ぶ新市街の対岸の下町には、ボロボロの老朽化したビルも多い。

 治安維持の為、強化された検問では、高圧的なポリスの態度に皆ウンザリさせられている様だった。

 バスや乗合タクシーの乗務員やドライバーは、検問のたびにポリスに「捧げ物」。
 「お金」のワイロは禁止されているのか、パンや新聞などの物品ではあったが、検問の数が多いので準備する捧げ物も相当な数でそれなりの出費だろう。

 ある検問でボディチェックと荷物チェックを受けた際、「これいいね、くれないか。」と我々も捧げ物をポリスの方から再三積極的に要求されるも、これは断固拒否した。

 西アフリカ随一の近代国家と称されるコートジボワール、近代化の栄華より、どうもほころびばかりが目に際立つ。


【食事】

朝:パン
昼:パン、オクロご飯、パパイヤ、パイナップル
夜:オクロご飯山盛り2杯

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 6600C(ガーナ・セディ)
1US$ ≒ 660CFA(西アフリカセーファ・フラン)
・エルボ(ガーナ)→コートジボワール国境越 徒歩約5分弱 、コートジボワール入国時 5000CFA/1人支払う。
・コートキボワールのビザ 必要 我々はガーナのアクラで取得。

・エルボ→アボワッソ(ミニバス)2時間半 1000CFA/1人+500/C荷1コ
・アボワッソ→アビジャン(乗合タクシー)2時間 1700CFA/1人+150/C荷1コ
※かなり待たされた。大型バスもあり、そちらの方に客が集まっているようだった。

【宿】
(アビジャン)Hotel le Prince 6000CFA/W-1室

凄い活気!エルミナの魚市場2
凄い活気!エルミナの魚市場 (ガーナ)ケープコースト→エルミナ→タコラディ→エルボ
エリア:
  • アフリカ>ガーナ>ガーナその他の都市
  • アフリカ>ガーナ>エルミナ
テーマ:街中・建物・景色 世界遺産 グルメ 
投稿日:2001/02/24 18:41
 ケープコーストのわずか10km程西に、ケープコースト城と並ぶもう一つの世界遺産、エルミナがある。

 実はガーナの大西洋岸には、奴隷貿易に使用された植民地時代の城塞、要塞が幾つも残っており、その中でケープコーストとエルミナの2つが世界遺産に指定されているのだ。

 乗合タクシーがケープコーストから海岸に沿って西へ向かうと、弓なりになったビーチの向こうの小さな岬の上に、しっかり修復されていたケープコーストと比べると、より古びれたエルミナ城が、大西洋の荒波をバックに目に飛び込んでくる。

凄い活気!エルミナの魚市場1

 「ドロップ、アス、プリーズ」。
 エルミナの街の中心のやや手前で乗合タクシーから降ろしてもらい、岬にそびえるエルミナ城に向かってゆっくりビーチを歩って進む。

 城の手前は漁港になっており、木で作られた漁舟が連なる。

 「くんくん」何かいい匂いがする。そうカツオ節の匂いだ!!
 見ると、並んだ土で出来た窯(かま)からもくもくといい香りの煙が立ち上がっている。
 恐らく中では、獲れたてのカツオか何かの魚がくんせいにされているのだろう。

 エルミナ城に到着すると、その脇の人だかりの賑わいに仰天させられる。

 大西洋にそそぎ込む小さい川の入江には、幾つもの漁船がカラフルな旗をかかげて停泊し、入江沿いの魚市場に行き交っている。

 そして、その魚市場に溢れる人々、物凄い活気だ。
 その活気に誘われる様に我々も魚市場に突入。

 日本で見かけた事のある様な魚はもちろん、エイ、オコゼ、イカ、ウツボ、コバンザメ、そして見た事も無いグロテスクな形の魚まで市場中に所狭しと並べられている。巨大アワビの様な干された貝肉も売られている。

凄い活気!エルミナの魚市場2

 先日旅したガーナの北部は、他の西アフリカ北部の国々とも似通った景色だったが、ケープコースト城にエルミナ城と2つの文句無しの世界遺産もある、
 「ガーナはビーチだ。」

 この漁港と魚市場の賑わいを見ずして、ガーナを語れまい。

 アクラ近郊のコクロバイトビーチで見た、波をバックにしたガーニアンドラムとダンスのパフォーマンスも迫力があった。
 ビーチ沿に点在するビーチリゾートでは、フランクな白人ツーリストや陽気なガーニアン達が甘い昼下がりや熱い夜を楽しんでいるそうだ。

 午後、更に西、コートジボワール国境方面にあるタコラディ行のミニバスからは、うっそうと茂るマングローブやワラブキの家屋が並ぶ入江の小さな村の姿なども目にする。
 バスを乗継ぎ、夕方、コートジボワールとの国境にある街エルボに到着。

 その発展ぶりに意表を突かされ放しのガーナだったが、最後にらしさとパワーを見せつけてくれた。
 そのガーナとも明日にはお別れ。ゆっくりまわって本当に良かった。


【食事】

朝:パン、揚魚、ご飯、バナナ
昼:パン、(本場ガーナの)アイスココア
夜:揚魚、ご飯、オレンジ、砂糖キビ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 6600C(ガーナ・セディ)
・ケープコースト⇔エルミナ 片道20分程度
 ※行  乗合タクシー 1000C/1人
 はじめトロトロ(ワゴンのミニバス)700C/1人に乗ったが間もなくエンコ。
 払い戻してもらって乗合タクシーに乗り換える。
 ※帰  乗合タクシー 1500C/1人
 一旦ケープコーストに戻り、宿に置いておいた荷物を取ってタコラディに向かった。

・ケープコースト→タコラディ(トロトロ「ミニバス」)1時間半 4300C/1人+1000C/荷1コ

・タコラディ→エルボ(ミニバス)2時間半
 (ただし乗客が集まるまで1時間近く待たせられたのでトータル3時間半)
 8700C/1人+1300/C荷1コ
 ※タコラディは地図やガイド本にはセコンディ・タコラディと表記されているが
  現地では単にタコラディと呼ばれている。

・エルミナ魚市場入場料 200C/1人必要

【宿】
(エルボ)Foul Hotel 20000C/W-1室
バスターミナル/バスターミナルよりホテル屋上の看板が見える。安い。宿の人も親切。

奴隷貿易の世界遺産「ケープコース」1
奴隷貿易の世界遺産「ケープコースト」 (ガーナ)アクラ→ケープコースト
エリア:
  • アフリカ>ガーナ>アクラ
  • アフリカ>ガーナ>ガーナその他の都市
テーマ:世界遺産 
投稿日:2001/02/23 18:34
 朝、バスはアクラのバスターミナルを出発すると、大西洋はギニア湾沿岸を西へ進んで行く。

 バナナやヤシのプランテーションの間に点在する村や街には、先日クマシで見掛けたタイのお坊さんのケサのように布をまとった民族衣装姿のおじさんの姿がチラホラ。

 ある通り掛かりの小さな街で、土で作った窯(カマ)の上で何やらトンテンカンテンやっている。カジ屋だ。

 その発展ぶりに意表を突かされてばかりいるガーナだが、こう言った光景を目にすると未だ未だ素朴な一面が残っている様だ。

 ここガーナでは見てはいないが、今回のアフリカ旅では、あちこちで、内部に炭(すみ)を入れて暖めて使うコードレスのアイロン(電気を使わないから当たり前なのだが)も目にしている。
 カジ屋も炭のアイロンも、一昔前なら日本にもあった物なのだろうが、我々には物珍しく目に映る。

 バスは昼前にケープコーストに到着。

 そのケープコーストの街の海岸に青い海と空に向かってたたずむ白い城塞、そう、ここがかつて新大陸アメリカへの奴隷貿易の拠点となっていた世界遺産ケープコースト城だ。

 内部は博物館になっており、植民地時代以前のガーナの人々の暮らしぶりや、植民地時代の奴隷貿易の様子などがわかり易く展示されている。

 掲示されている解説文章の一つが、
 「ヨーロッパ人の来訪が奴隷貿易という暗黒だけをもたらした訳ではなく、優れた文明や近代化、キリスト教など多大な恩恵も与えてくれた事も忘れてはならない。」
といった一文で締められている所は何だか涙ぐましい。

 圧倒的に悲惨すぎる過去の事実をさて置いて、「お人好し」とも取れるが、見方を変えれば何でも前向きに捉え、それを糧に幸も不幸も混沌とした「現在(いま)」をたくましく生きる西アフリカはガーナの人々の姿も浮かばれる。
 そんな彼らの一面も、今日のガーナの発展ぶりと無縁ではないと思われる。

 夕方、種々の魚や、イカやカニまで並ぶマーケットの喧騒の片隅で、イカの切身のくんせいを発見、当然これは見逃す訳には行かず、晩ご飯用にお買い上げ。

 マーケットの周辺には、近所のバスジャンクションから発着するワゴン車のミニバスがひっきりなしに行き交う。

 そんな街の活況ぶりとは相対し、海辺にたたずむ、白い城塞ケープコースト城は、波音をバックにいたって静か。
 負の世界遺産、ケープコースト城、物言わぬ迫力がそこにある。

奴隷貿易の世界遺産「ケープコース」1

【食事】

朝:パン、バナナ
昼:チキンライス
夜:パン、フライドヤム、イカのくんせい、バナナ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 6600C(ガーナ・セディ)
・アクラ→ケープコースト(STC社バス)9:00発 11:45着 9000C/1人+2000/C荷1コ
・ケープコースト城博物館 入館料15000C/1人

【宿】
(ケープコースト)Palace Hotel 25000C/W-1室
トイレ、シャワー付 安いがまあまあ

NoPhoto
断水 (ガーナ)アクラ
エリア:
  • アフリカ>ガーナ>アクラ
テーマ:旅行準備 その他 
投稿日:2001/02/22 18:31
 朝、マリ大使館へ、おととい申請したビザの受取に行くと、
 「係の者が留守で、まだ出来ていない。午後には帰って来ると思うので午後3時頃来てみてくれ。」

 「なんだよぉ・・・。今日の朝には出来てるって言ってたのに。ちゃんとお金も払ってるんだよ。1人30ドルも。」
 ビザを受け取ったらすぐケープコーストへ立とうと思っていたのだが、これでおじゃん。
 今日も、もう一泊ここアクラで過ごす事となる。

 大都会アクラは過ごし易いし、別に嫌いな訳じゃないが、実は昨日からずっと断水中でシャワーも浴びれなければ、顔も手も洗えないのだ。
 もちろん水洗トイレは・・・(詳細記述は控えさせて頂きます)。

 我々が利用している宿だけが断水しているのか、それとも辺りの地域一帯が断水してしまっているのかわからないが、蒸し暑い熱帯気候の中、2日間連続の断水はキツイ。

 夕方たまりかねたJunkoが部屋を出て行く。
 さすがはJunko。交渉してバケツに水をたっぷりもらって来たのだ。
 ふう。これで晩ご飯はさっぱりしてから、おいしく頂ける。

 午後、再訪したマリ大使館ではやっとマリのビザが発給された。
 長らくここアクラにお世話になったが、
 「明日には間違いなくアクラをたち、ケープコーストへ向かおう。」
と、今日も2人で大きなカツオのくんせいの輪切にかじりつく。

 「シャワーでバケツの水全部使っちゃったよね。歯みがきどうする?」
 「それ位なら水筒の飲み水使おうよ。」

 本当にこの旅では水の大切さを思い知らされる。
 カツオの魚油だらけになった手も、水筒の水で洗う。


【食事】

朝:パン、バナナ
昼:パン、バナナ、フライドヤム(揚ヤムイモ)、アカラ(すりつぶした豆をねって揚げたもの/見た目も味もサツマアゲの様)、モルトドリンク(麦から作ったコールドドリンク。ビールではない)
夜:パン、カツオ切身、バナナ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 6600C(ガーナ・セディ)
・マリのビザ 30$ 1か月

【宿】
・(アクラ)Crown Prince Hotel 33750C/W-1室

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マラリヤもう大丈夫? (ガーナ)アクラ
エリア:
  • アフリカ>ガーナ>アクラ
テーマ:その他 
投稿日:2001/02/21 18:28
 実は、月に一回程度はインターネットカフェで父親に、「2人とも元気です。」とメールを送っているのだが、まさか「今マラリヤで苦しんでいます。」とはメールできず、前回アクラ滞在時は宿近くのインターネットカフェを横目にメール送信を見送っていたのだ。

 高熱にうなされ、アクラの病院へ行き、マラリヤと言われてからもう一週間以上。
 処方された薬も止めた。ガーナ北部も旅してみた。
 あれ以来一度も発熱せず、体調も良好だ。

 もう直ったと言っても良いだろう。

 満を持して、今日インターネットカフェの扉をくぐる。
 「マラリヤに掛かりましたが、病院へ行って直りました。今は2人とても元気ですので心配しないで下さい。」

 さあ、明日にはマリのビザも発給される。
 体調も回復した。そろそろゆっくりと西へ、そしてヨーロッパへと度の進路を進めよう。


【食事】

朝:パン、バナナ
昼:ご飯、カツオくんせい、ガーナチョコレート
※今日マーケットで前回見つけることが出来なかった本場ガーナ産チョコレートを発見、話のタネに買ってみました。
 小さい板チョコが何と2000Cもする、こっちの物価からするとこれは高い!!大きいツナの切身と同じ値段だ。
 猛暑の露店で売られているチョコレートは、予想通りドロドロ。味はまあまあ普通だがどうやら、ここガーナの気候にチョコレート菓子は合わないようだ。 チョコのパッケージにアラビア語の表記があるところを見ると、どこかアラブの国に輸出でもしていると思われます。
夜:パン、バナナ、オレンジ


【トラベルメモ】

1US$ ≒ 6600C(ガーナ・セディ)
・アクラでのインターネット 100C/1分と安い。(1時間に100円位)
アクセスも良好、アクラには中国人などの外国人も多いせいか日本語のメール閲覧、ホームページのブラウジングもOK、快適でした。(ただし日本語は打てません。中国語の打てるPCはあるようでした。)

【宿】
・(アクラ)Crown Prince Hotel 33750C/W-1室

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