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イチローとジュンコの夫婦珍道中

~バックパッカー日記~

プロフィール

ニックネーム:
イチローとジュンコ
居住地:
東京都
自己紹介:
2000年9月 日本を旅立ったイチローとジュンコは、飛行機で、南アフリカ・ケープタウンに降り立った。
二人はそこから日本まで、飛行機を使わずに、陸路と船のみで帰る。
アフリカ大陸南端の喜望峰から日本まで、アフリカ、東西ヨーロッパ、中東、シルクロードとまるまる1年かけての、夫婦珍道中。
野宿もしました。ゴリラと挨拶もしました。サハラを越え、ヒマラヤを越え。。
大自然、世界遺産、カルチャーショック、紛争の傷跡、そして、多くの出会い。
2001年8月無事帰国した二人の旅を振り返って、番外編コラムを掲載します。

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1 - 5件目まで(18件中)

15カ国目、チャド入国  1
15カ国目、チャド入国 (スーダン)ゲネイナ→(チャド)アドレ→アベシェ
エリア:
  • アフリカ>スーダン>スーダンその他の都市
  • アフリカ>チャド>チャドその他の都市
テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 
投稿日:2001/01/14 16:10
 「朝9時にカスタマーオフィスは開くから待って」と言われ、朝9時過ぎには「two minuits(後2分待て)」と言われたが、昨晩泊まったカスタマーオフィス前の庭でひたすら待ち続け、結局出国の手続きが終わったのは午後の1時過ぎ。
 カスタマーオフィスとは別のイミグレーション・オフィスへ車で連れて行かれ、そこでパスポートに出国のスタンプを貰うだけだったのだが・・・。

 それからしばらく待って、イミグレーション・オフィス前でチャドのアベシェ行のトラックをヒッチ。荷台に積まれた乾燥オクラの袋積めの上に乗っかる。

 ゲネイナからチャド側の国境の街アドレ迄、1時間半程の道のり。

 トラックの荷台の乗り心地は決して良くはないが、360度の大パノラマ、あちこちまるで牛やヤギや羊のように沢山のラクダが放牧されており、中にはカワイイ子ラクダを連れた親子ラクダの姿には頬をほころばされる。

15カ国目、チャド入国  1

 「ザー」。我々が乗ったトラックが通り過ぎた木から、突然数え切れない程の黒い陰が空中に舞い上がる。よく見ると、ドデカいイナゴの大群だ。
 どうやら我々はイナゴの大群地帯に入り込んだらしい。

 トラックの音に反応するのか、トラックが通り過ぎるタイミングで林立する木々から次々とイナゴの大群がまるで黒い煙のように舞い上がる。何万匹いや、それ以上だろうか、何とも不気味な光景だ。

 「チャドでは警察による恐喝がしょっ中あるので、やっかいだ。」と聞いていたのだが、早速国境の街アドレのポリスにパスポートを取り上げられ2000CFA要求される。
 チャドの入国手続きはスムーズに済んだのでホットしていた矢先だったのに、「ヤレヤレ」。
 仕方なく支払う。

 チャドに入り、日が落ちても、我々を乗せたトラックは途中の村々で休息を取りながらもアベシェへ向けて走り続ける。

 荷台のオクラの上に横になって夜空を見上げる。無数に星が散りばめられた星空。天の川が視界に迫ってくる。見慣れたオリオン座の中に、あんなにも沢山の星があったなんて、今夜の星空は今迄見た中でも一番の美しさだ。

 「真ん中を開けて!!」
 途中停車したとある村で、トラックの乗務員がジェスチャーで我々に指示する。

 何事かと思ったら、村から毛布でくるまれた病人(またはケガ人)が担ぎ込まれてくる。トラックの荷台の中央に敷物を敷き、そこに病人の女性を寝かせ、そのまわりに我々とトラックの乗務員(従業員)そしてその病人の付き添いの人達が囲む様に座り、病人が荷台から落ちないように配慮する。

 腕時計が日付を越えた2:30を示す頃、アベシェに到着。
 スーダンとチャドには時差が2時間あるので、チャドの現地時間では12時半と言うことになる。

 小ギレイなアベシェの街の病院の前には、立派な救急車が停められているではないか。
 我々のトラックに病人が乗りこんできたような小さな村には、電気も電話もない。せめて無線でも備えて救急車を呼べるようにしておかないと、この病院も救急車もほとんど意味がないのではないか。

 何とかチャド入国を果たし、アベシェに到着した我々2人。今夜も病院前の駐車場に停められたトラックの荷台で一泊。

 もう野宿野グソは当たり前。ハルツームを出てからすでに一週間、一度も宿に泊まらずシャワーも浴びれず・・・。


【食事】

朝:デイツ(なつめヤシの実)、ミルクティー
昼:すりピーナツシチュー、パン
夜:ローストチキン

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
1US$ ≒ 660CFA(中部アフリカセーファーフラン:チャド、カメルーン等で通用)
ゲネイナ→(チャド)アベシェ(トラックをヒッチ)2000SD/1人 
※ゲネイナ14:00発→アベシェ翌12:30着
※途中(チャド)アドレでポリスに2000CFA取られる。
※両替はゲネイナ、アドレ、アベシェとも可能だが、他の国境のように両替屋の方から寄ってきたりしないので自分から積極的に探す必要がある。
・チャドのビザが必要。 我々はエチオピア・アジスアベバで取得。

【宿】上記移動トラックの荷台

NoPhoto
ここも宿なし、スーダン・チャド国境の街 (スーダン)ゲネイナ
エリア:
  • アフリカ>スーダン>スーダンその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 
投稿日:2001/01/13 16:05
 同乗の人に「今日の朝には着く」と言われたが、バスは午後になっても走り続けている。

 日が落ちかかった頃、バスの進む前方に街らしき物が見え始める。

 最初「疲れ切った心の蜃気楼」じゃないかと目を凝らしたが、ようやくバスは、すっかり暗くなった夜7:30過ぎゲネイナの街に到着。

 「やっと着いた。」と喜んだのもつかの間、何とこの街には宿はないと言う。

 「ここで寝ていいよ。」と、尋ねた街の人に連れて来られたのは、その人の家の倉庫のような所。
 水やロウソクをもらい、食事をごちそうになり、寝る準備を始めると
 「カスタマーオフィスで泊めて貰えるからそこへ行け。」
とカスタマーオフィスへ案内される。

 そう言う訳で今日も体は洗えず。カスタマーオフィスのろう下に寝袋を敷いて眠る。

 すき間風が寒い。


【食事】

朝:パン、フラワーボール
昼:肉シチュー
夜:カレー(ごちそうになる)

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ニャラ→ゲネイナ(バス)2500SD/1人+護衛のソルジャ代100SD/1人
(途中、乗客がそれぞれ100SD払い、護衛のソルジャーを雇う)

【宿】(ゲネイナ) ・カスタマーオフィスのろう下(タダ)

NoPhoto
バスはいつ来ていつ出るのか (スーダン)ニャラ→ゲネイナへ
エリア:
  • アフリカ>スーダン>スーダンその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 
投稿日:2001/01/12 15:58
 昨日朝、チケットを買った時は、昨日の11時にバスは出発すると言われた。
 昨日夜、バスは翌日、つまり今日の朝6時に出発する事になったと言われた。
 でも、実際にバスが出発したのは今日の夕方5時過ぎ。結局30時間は待ったことになる。

 これ迄、予定時刻から数時間待たされるような事はあったが、野宿までさせられて24時間以上待たされるとは。

 その理由は定かではないが、どうも乗客が少なく、ある程度集まるまで1日以上も待っていたようだ。

 30時間待ってようやく出発したゲネイナ行のバスだが、何とたった2時間走ると停まってしまい、今日はそこで一泊するのだと言う。

 何でもこの先でゲリラとのファイトがあったとの事で、夜は走らないのだそうだ。

 そう言う訳で、今日は、かろうじて野宿は逃れたものの、同乗者に分けてもらった砂糖キビをかじって水分を補給し、停車したバス内で一泊。

 もちろん体は今日も洗えず。


【食事】

朝:トマト、パン、
昼:ゆで玉子、トマト、パン
夜:昼と同じ
※これまで世界各地で現地の人がワイルドに砂糖キビをかじる姿を見てきたのだが、嫌遠して食べようとしなかった。だが、この日、Junkoが同乗の若い子連れのお母さんに分けてもらったのをかじりつく。
 続いて自分もかじってみると意外にすっきりした甘さで水分がたっぷり補給でき、すっかり気に入ってしまった。
 何より安いし、世界中どこにでもある。これ迄「食わず嫌い」だったんだなと思い知らされる。郷には入れば郷に従えである。

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ニャラ→ゲネイナ(バス)2500SD/1人+護衛ソルジャー代100SD/1人(途中、乗客がそれぞれ100SD払い、護衛のソルジャーを雇う)

【宿】バス車内泊

NoPhoto
野宿野グソは当たり前 (スーダン)ニャラ
エリア:
  • アフリカ>スーダン>スーダンその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 
投稿日:2001/01/11 15:54
 朝、道行く人に尋ねまくりながら郊外のゲネイナ行のバスステーションへ。バスは午前11時発で翌朝にはチャドとの国境の街、ゲネイナに着くそうだ。

 事前の噂レベルの情報では、ここのルートはバスなどなく、大型トラックの荷台(ローリー)で何日も掛けて移動する他ないと聞いていたので、バスがあると聞いてホッと一安心。切符を買ってバスの出発を待つ。

 ところが待てど暮らせど、バスは出発しないどころか姿さえ現さない。乗客の我々は日がなバスが出発するという場所の前に敷かれたゴザ上で待ちぼうけ。

 ここは猛暑のスーダン。
 水分補給の為と、何とか気を紛らわせようとコーラ、デイツ(なつめヤシの実)、トマト、イモ、フラワーボール(揚げパン)、などをひっきりなしに飲み、食べまくる。

 結局、バスは明朝6時に出るとの事。
 そして何と、乗客は全員そこに敷かれたゴザの上で野宿して明日まで待たされる事になる。

 日中は猛暑でも夜は凍える程の寒さの乾燥気候、防寒着を着込んでゴザの上に横になる。

 昨晩に続いて野宿も2連チャン、今日もシャワーも浴びれない。


【食事】

朝:ゆで玉子、トマト、パン、
昼:コーラ、デイト、トマト、ふかしサツマイモ
夜:フラワーボール他

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ニャラ市街→ゲネイナ行バスステーション(バス)10分 25SD/1人 + 25SD/荷1コ。

【宿】野宿

NoPhoto
列車エンコ、やっと着いた街には宿はなし (スーダン)ハルツーム→ニャラ
エリア:
  • アフリカ>スーダン>ハルツ−ム
  • アフリカ>スーダン>スーダンその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 
投稿日:2001/01/10 15:39
 3日で着くと言われたハルツームからニャラ行の超低速の列車に乗って4日目。

 「ノロくても、少しづつでも進んでいればいつか必ず着く。
ハルツームノース駅は定刻ピッタリに出発したじゃないか。『3日間で着く。』ていうのは、きっと3泊4日の意味で、列車は『予定通り』今日にはニャラに着くのだろう。」
・・・そう思っていたのだが甘かった。

 早朝、夜明け前、どうも列車が動いている気がしないと思っていたら、列車は夜が明けても、朝になっても、10時になっても、ダエインという駅で停まったまま全く動かない。

 一等に乗っている英語が喋れるおじさんによると、何でも先頭に繋がれている動力車が故障してしまい、昨夕通り過ぎたバブヌーサ駅から別の動力車がやって来るので、それを待っているのだと言う。

 先頭の方を見てみると、本当だ、動力車が取り外されているではないか。
 「何てこった。」

 その別の動力車がやって来て、列車が再び動き出したのは、夜の7時過ぎ。それ迄寝たり、食べたり、列車のまわりを散歩したりを繰り返して、ひたすら時間をつぶす。列車が停車しているダエインの駅前のマーケットに散歩兼買い出しにも行った。

 そしてやっとの事でニャラに到着したのは、日付を越えた夜の2時過ぎだから、「3日で着く」と言われたニャラには結局4泊5日かかった事になる。
 その間、狭いシートの上で座って眠り、もちろんシャワーなど浴びていない。

 降車したニャラ駅からタクシーに乗り、ニャラの街の安宿に連れて行ってもらうも、泣きツラにハチ。宿は満室。
 仕方なく宿の玄関前で野宿。

 野宿とは言え、腰を伸ばして眠るのは4日ぶりだ。
 だがもちろん野宿だから、今日もシャワーは浴びられず。


【食事】

朝:パスタ、フラワーボール、
昼:パン、トマト
夜:肉とポテトのサンドイッチ、スイカ(ごちそうになる。実が白くてサッパリしている。サクサクしておらず、キュウリとメロンを併せたような食感)

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ハルツームからニャラ(列車)
※ハルツームノース駅より毎週一便、日曜発。
※切符は木曜日より同駅で発売。以下の4種のクラスがある
特等 18000D/1人 寝台
1等 6000D 1コンパートメント6名の座席
2等 4500D 1コンパートメント8名の座席
3等 3500D コンパートメントでない車両
※我々は2等を利用。2等はほぼ満室。1室8名で車両は人でごった返し、いつもゴチャゴチャしているが、1等はすいていて、1室6名定員の所、3〜4名程、ゆっくり眠れ、旅のストレスは低そう。 予定通りなら3日で着くそうだ。途中駅でお茶や食料は買えるが、水は用意して行った方がいい。

【宿】野宿

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