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- 車はいつになったらやってくる? (エチオピア)ヤベロ
-
エリア:
- アフリカ>ケニア>ケニアその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物 その他
- 投稿日:2000/11/28 17:20
昨日、「コンソ行の車は、今日の朝出る。」と教えてくれた男が、同じく昨日我々が宿にチェックインする時、
「宿のおじさんに事情を話しておいたから、朝、車が来たらおじさんが教えてくれるよ。」
と言っていたのだが、不安になって、今朝早く、部屋の外を見渡すが、おじさんの姿は全く無い。
顔を洗って、歯をみがくと、荷物は部屋に置いたまま、バスステーションに出て、車を待つ事にする。
ところが、通りすがる人の中に、カタコトの英語で
「今日はコンソ行の車は無いよ。」
と言う人が何人もいて、不安にさせられる。
朝8:30頃、沢山の荷物を積んだトラックが目の前に停車。トラックに乗っていた小ギレイで英語が良く出来る男に話を聞くと、
「今、コンソからやって来た。私はコンソの穀物をヤベロに運ぶ仕事をしている。別のトラックだが、今日の夕方コンソに行く車がある。1人20Bで乗せてあげるから、エチオピア時間の9時、ヨーロッパ時間の午後3時にここで待っていなさい。必ず来るから。」
「車がつかまって良かった。」
このときはそう思って、午前中はのん気にヤベロのマーケットなどをのんびり散歩したりしていたのだが、午後3時、約束のトラックは来ない。4時になっても、5時になっても来ない。
トラックが来ない上に、「今夜泊まらないなら、」と宿の部屋から荷物も一緒に追い出されてしまう。
まだまだここヤベロでは外国人観光客が珍しいのか、屋外に荷物を置き、座り込んで車を待ちぼうけする我々の周りには、黒山の人だかりが出来る。
何とか身ぶり手ぶりでうったえかけて、散ってもらうも、運悪く、そこは学校の通学路になっていて、下校する子供達であっという間に幾重もの子供達の輪に囲まれてしまう。
子供達は口々に「You,ユー」と我々に呼び掛ける。どうやらエチオピアでは「あなた」と呼び掛ける習慣があるらしく、直訳英語で「ユー」と言って呼び掛けているらしい。
その他、「チャイナ?コリア?ジャパン?」とか、学校で習った英語を適当に叫ぶ子供などで、ともかく騒がしい。
午後6時前、トラックの約束をした男が、ようやくトボトボと、歩って姿を現した。
「もう、何時間も待っている。トラックはどうしたのか。」
「わかってる。トラックは2時間後に来るから、そこの喫茶店で待っててくれ。」
「わかった。それにしても、そのトラックは今どこにいるのか。」
「私にもわからない。」
…なんだか頼りないが、宿も追い出されているので仕方なく、その喫茶店でお茶を飲みながら更に待つ。
夜9時頃、同じトラックでコンソに行く予定だったという男が、
「やっぱり今日はトラックはない。今日はホテルで休みなさい。もしトラックが来たら教えてあげるから。」
と言うので、仕方なく再び宿に入り、支払いを済まして部屋に荷物を置いた瞬間、
「ドン、ドン、ドン」
我々の部屋の扉がノックされる。
扉を開けると、宿の人が
「コンソ行のトラックが来たから急いで。」
と言う。
支払ってしまった宿代がもったいなかったなと思いながらも、荷物を背負って宿を出ると、闇夜に荷物と乗客を沢山積んだトラックが、空エンジンをふかして待機している。
「コンソ?」
行先を確認して我々も荷台に乗り込もうとしたその時、どこからともなく、もう一台空の荷台のトラックがやって来て停まると、ドライバーが降りて来て、我々が乗ろうとしていたトラックのドライバーと激しく口論というかケンカをし始めてしまったのだ。
「いったいどうなっているのか?」
何でも
「『この街に先に入ったトラットが先に荷物や人を乗せて先に街を出る。』と言うしきたりがあるのだが、出発しようとしているトラックはこれを『抜けがけ』しようとしていたのでケンカになっている」
との事。
やがて出発しようとしていたトラックからは人も荷物も全て降ろされ、今日はどちらのトラックも出発しないと言う事で収まってしまう。
「いったいどうして…?どっちか一台は出てよ!!」
再び宿の部屋へ逆戻り。結局、支払った宿代だけはムダにならず。
【食事】
朝:マンタジ
昼:インジェラ、アンバシャ
夜:マンタジ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
【宿】
・昨日と同じ もう夜遅いのでシャワーは使わないからと7B/1室にまけてもらう。
「宿のおじさんに事情を話しておいたから、朝、車が来たらおじさんが教えてくれるよ。」
と言っていたのだが、不安になって、今朝早く、部屋の外を見渡すが、おじさんの姿は全く無い。
顔を洗って、歯をみがくと、荷物は部屋に置いたまま、バスステーションに出て、車を待つ事にする。
ところが、通りすがる人の中に、カタコトの英語で
「今日はコンソ行の車は無いよ。」
と言う人が何人もいて、不安にさせられる。
朝8:30頃、沢山の荷物を積んだトラックが目の前に停車。トラックに乗っていた小ギレイで英語が良く出来る男に話を聞くと、
「今、コンソからやって来た。私はコンソの穀物をヤベロに運ぶ仕事をしている。別のトラックだが、今日の夕方コンソに行く車がある。1人20Bで乗せてあげるから、エチオピア時間の9時、ヨーロッパ時間の午後3時にここで待っていなさい。必ず来るから。」
「車がつかまって良かった。」
このときはそう思って、午前中はのん気にヤベロのマーケットなどをのんびり散歩したりしていたのだが、午後3時、約束のトラックは来ない。4時になっても、5時になっても来ない。
トラックが来ない上に、「今夜泊まらないなら、」と宿の部屋から荷物も一緒に追い出されてしまう。
まだまだここヤベロでは外国人観光客が珍しいのか、屋外に荷物を置き、座り込んで車を待ちぼうけする我々の周りには、黒山の人だかりが出来る。
何とか身ぶり手ぶりでうったえかけて、散ってもらうも、運悪く、そこは学校の通学路になっていて、下校する子供達であっという間に幾重もの子供達の輪に囲まれてしまう。
子供達は口々に「You,ユー」と我々に呼び掛ける。どうやらエチオピアでは「あなた」と呼び掛ける習慣があるらしく、直訳英語で「ユー」と言って呼び掛けているらしい。
その他、「チャイナ?コリア?ジャパン?」とか、学校で習った英語を適当に叫ぶ子供などで、ともかく騒がしい。
午後6時前、トラックの約束をした男が、ようやくトボトボと、歩って姿を現した。
「もう、何時間も待っている。トラックはどうしたのか。」
「わかってる。トラックは2時間後に来るから、そこの喫茶店で待っててくれ。」
「わかった。それにしても、そのトラックは今どこにいるのか。」
「私にもわからない。」
…なんだか頼りないが、宿も追い出されているので仕方なく、その喫茶店でお茶を飲みながら更に待つ。
夜9時頃、同じトラックでコンソに行く予定だったという男が、
「やっぱり今日はトラックはない。今日はホテルで休みなさい。もしトラックが来たら教えてあげるから。」
と言うので、仕方なく再び宿に入り、支払いを済まして部屋に荷物を置いた瞬間、
「ドン、ドン、ドン」
我々の部屋の扉がノックされる。
扉を開けると、宿の人が
「コンソ行のトラックが来たから急いで。」
と言う。
支払ってしまった宿代がもったいなかったなと思いながらも、荷物を背負って宿を出ると、闇夜に荷物と乗客を沢山積んだトラックが、空エンジンをふかして待機している。
「コンソ?」
行先を確認して我々も荷台に乗り込もうとしたその時、どこからともなく、もう一台空の荷台のトラックがやって来て停まると、ドライバーが降りて来て、我々が乗ろうとしていたトラックのドライバーと激しく口論というかケンカをし始めてしまったのだ。
「いったいどうなっているのか?」
何でも
「『この街に先に入ったトラットが先に荷物や人を乗せて先に街を出る。』と言うしきたりがあるのだが、出発しようとしているトラックはこれを『抜けがけ』しようとしていたのでケンカになっている」
との事。
やがて出発しようとしていたトラックからは人も荷物も全て降ろされ、今日はどちらのトラックも出発しないと言う事で収まってしまう。
「いったいどうして…?どっちか一台は出てよ!!」
再び宿の部屋へ逆戻り。結局、支払った宿代だけはムダにならず。
【食事】
朝:マンタジ
昼:インジェラ、アンバシャ
夜:マンタジ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
【宿】
・昨日と同じ もう夜遅いのでシャワーは使わないからと7B/1室にまけてもらう。
- 13カ国目、エチオピア (ケニア)モヤレ→(エチオピア)モヤレ
-
エリア:
- アフリカ>ケニア>ケニアその他の都市
- アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物 ホテル・宿泊
- 投稿日:2000/11/26 16:45
「ドンドンドン」。ロッジの我々の部屋の扉がたたかれる。
疲れが取り切れぬまま、眠気覚めやらぬまま、早朝6時前、ローリーはエチオピア国境に向かって再出発。
「ガタン、ガタン、ガタン。ゴン、ゴン、パンッ、バンッ、バンッ!!」
まるで、鉄板に引かれた熱く熱せられた油の上に投げ入れられた、細かく切られた具材のように、ローリーの鉄製の荷台の上で人も荷物もはじける。
午前10:30、顔も体も砂だらけになった我々を乗せたローリーは、エチオピアとの国境の街、モヤレに到着。
「早くシャワーを浴びたい!!」切にそう思う。
あと一踏ん張りと、荷物を背負って砂だらけの額に泥の汗をしたたらせながら、1.5km程歩いて国境を通過。
ところが、ケニアの出国はスムーズに済んだものの、今日日曜日はエチオピアのイミグレは午後2時にならないと開かないという。
仕方無く3時間近く待つも、午後2時になると、今度は3時にならないと開かないという。
結局、イミグレが開いたのは午後3時半過ぎ。 入国の手続きを終え、宿に入ったのは午後5時前。
宿にチェックインして部屋に荷物を置くと、即、シャワーをリクエスト。
シャワーの蛇口をひねると、「ザー」と水はふんだんに砂だらけの頭に体にふりかかる。
これまで水に困った所も多かっただけに、これにはホッと一安心。髪を洗った後の泥だらけのアワを放り捨て、シャワーの水で体中さっぱり、生き返る。
さっぱりした後は、ホテルの従業員の少年に教えてもらいながら、アムハラ語(エチオピア語)のアンチョコを作成。
これからのエチオピアの旅に備える。
【食事】
朝:チャイ(茶)、マンタジ
昼:チャパティ、ジャガイモと肉の塩味スープ
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・エチオピアのVISA 必要。 我々はケニアのナイロビで取得。
【宿】
・(エチオピア・モヤレ)Ethiopia-Kenya Hotel
12B/1室 スタッフは親切、水の出も良く、部屋もそれなりにクリーン。But 併設のバーが深夜までうるさい。バーの客が部屋の前まで入ってくる。
疲れが取り切れぬまま、眠気覚めやらぬまま、早朝6時前、ローリーはエチオピア国境に向かって再出発。
「ガタン、ガタン、ガタン。ゴン、ゴン、パンッ、バンッ、バンッ!!」
まるで、鉄板に引かれた熱く熱せられた油の上に投げ入れられた、細かく切られた具材のように、ローリーの鉄製の荷台の上で人も荷物もはじける。
午前10:30、顔も体も砂だらけになった我々を乗せたローリーは、エチオピアとの国境の街、モヤレに到着。
「早くシャワーを浴びたい!!」切にそう思う。
あと一踏ん張りと、荷物を背負って砂だらけの額に泥の汗をしたたらせながら、1.5km程歩いて国境を通過。
ところが、ケニアの出国はスムーズに済んだものの、今日日曜日はエチオピアのイミグレは午後2時にならないと開かないという。
仕方無く3時間近く待つも、午後2時になると、今度は3時にならないと開かないという。
結局、イミグレが開いたのは午後3時半過ぎ。 入国の手続きを終え、宿に入ったのは午後5時前。
宿にチェックインして部屋に荷物を置くと、即、シャワーをリクエスト。
シャワーの蛇口をひねると、「ザー」と水はふんだんに砂だらけの頭に体にふりかかる。
これまで水に困った所も多かっただけに、これにはホッと一安心。髪を洗った後の泥だらけのアワを放り捨て、シャワーの水で体中さっぱり、生き返る。
さっぱりした後は、ホテルの従業員の少年に教えてもらいながら、アムハラ語(エチオピア語)のアンチョコを作成。
これからのエチオピアの旅に備える。
【食事】
朝:チャイ(茶)、マンタジ
昼:チャパティ、ジャガイモと肉の塩味スープ
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・エチオピアのVISA 必要。 我々はケニアのナイロビで取得。
【宿】
・(エチオピア・モヤレ)Ethiopia-Kenya Hotel
12B/1室 スタッフは親切、水の出も良く、部屋もそれなりにクリーン。But 併設のバーが深夜までうるさい。バーの客が部屋の前まで入ってくる。
- ローリーの洗礼 そして フルチン・ソルジャー (ケニア)イシオロ→マルサビット→モヤレ
-
エリア:
- アフリカ>ケニア>ケニアその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物
- 投稿日:2000/11/25 16:33
朝7時、バスはイシオロの街に到着。
辺境の趣が漂う街なのかと思ったが、どうして中々の都会だ。
道端の人に尋ねながら、すぐエチオピアとの国境の街モヤレ行のローリーを見つけ乗車。
ローリーとは貨物用の大型トラックの事で、イシオロから先はバス等の公共の交通機関が無いのだ。そこでローリーは貨物用ではあるが、荷物も乗るが、人も乗る。
初め、助手席をリクエストしたが既に満員。仕方なく荷台の袋詰めのジャガイモの上に座る。
イシオロからモヤレ迄、道は悪く、ローリーでの移動はハードだと聞いていたのだが、ローリーは走り始めて1時間程は乗り心地は決して良くは無いが、「そんなに悪くはないな」と思っていたのだが甘かった。
ローリーはどんどんスピードを上げ、ガタガタ道を百数十キロで突っ走る。
「ガタガタガタ…ドカンドカン…」貨物用の荷台は人が乗るようには出来ていない。もの凄い振動だ。
おまけに砂ぼこりもひどく、とても目を開けていられない。
「ローリーの洗礼」。
これ迄とは違うこれからの厳しい旅の始まりである。
途中、ローリーが停車すると、やっと顔を上げ、辺りを見渡す。と、これがまた凄い。
裸でヤリを持っている人、カラフルな首飾りや腕輪を何重にも付けたご婦人達。普通の洋服を着た人はほとんど見当たらない。
彼ら(多分、ツルカナ族)が野を道を行き交いたむろする。まさに辺境の地の趣だ。
途中、ローリーに同乗して来た護衛のアーミーはこの民族の人らしく、腰巻にフルチン姿で銃を持っていて、我々を驚かせた。
ローリーは途中マルサビットという街を経由し、日が落ちてもひたすら走り続ける。
キツイ、正直とてもツライ。体も顔も口も鼻も目も髪も砂だらけ。
おまけにナイロビからイシオロまで夜行バスで来たので昨日はろくに寝ていないのだ。
頭がクラクラする。物凄い振動と騒音の中、お尻も腰ももうガクガクだ。まるで一つの貨物の様に下を向き、体を小さくしてひたすら耐える。
夜10時半過ぎ、満天の星空の下、ローリーはマルサビット郊外のロッジのような所に到着。
今夜はここに泊まり、明朝再出発との事。乗員乗客のほとんどはローリーのまわりで野宿。
疲れ切った我々はロッジのベッドをリクエスト。
ここが何という場所の何というロッジなのかもわからないし、尋ねる気力ももう無い。
用意していた2リットルのボトルの水で砂だらけの顔を洗うと、2人とも倒れこむようにベッドに横になる。
【食事】
朝:バナナ
昼:パン
夜:なし
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
・ローリー イシオロ→モヤレ 8:00発 翌10:00着 1600Ks/1人
【宿】途中マルサビットから2時間位走った所で宿泊。ロッジW部屋の1ベッドが100Ks。水、電気なし(野宿すればタダ)。ロウソク、シーツはくれる。
・イシオロ→マルサビット間は、文中の通り、カラフルな民族衣装(でも裸に近い)の人達が生活しているのを目の当たりに出来、興味のある人にはとても面白い所なので、我々は訳もわからずローリーに飛び乗ったが、お金を掛けても車をチャーターし、写真等を撮りながらゆっくり楽しみながら移動する価値があると思う。我々はハードなローリーでの移動で、停車時以外、外の景色を楽しむ余裕なし。当然写真など撮れませんでした。(Only our memolies...)
辺境の趣が漂う街なのかと思ったが、どうして中々の都会だ。
道端の人に尋ねながら、すぐエチオピアとの国境の街モヤレ行のローリーを見つけ乗車。
ローリーとは貨物用の大型トラックの事で、イシオロから先はバス等の公共の交通機関が無いのだ。そこでローリーは貨物用ではあるが、荷物も乗るが、人も乗る。
初め、助手席をリクエストしたが既に満員。仕方なく荷台の袋詰めのジャガイモの上に座る。
イシオロからモヤレ迄、道は悪く、ローリーでの移動はハードだと聞いていたのだが、ローリーは走り始めて1時間程は乗り心地は決して良くは無いが、「そんなに悪くはないな」と思っていたのだが甘かった。
ローリーはどんどんスピードを上げ、ガタガタ道を百数十キロで突っ走る。
「ガタガタガタ…ドカンドカン…」貨物用の荷台は人が乗るようには出来ていない。もの凄い振動だ。
おまけに砂ぼこりもひどく、とても目を開けていられない。
「ローリーの洗礼」。
これ迄とは違うこれからの厳しい旅の始まりである。
途中、ローリーが停車すると、やっと顔を上げ、辺りを見渡す。と、これがまた凄い。
裸でヤリを持っている人、カラフルな首飾りや腕輪を何重にも付けたご婦人達。普通の洋服を着た人はほとんど見当たらない。
彼ら(多分、ツルカナ族)が野を道を行き交いたむろする。まさに辺境の地の趣だ。
途中、ローリーに同乗して来た護衛のアーミーはこの民族の人らしく、腰巻にフルチン姿で銃を持っていて、我々を驚かせた。
ローリーは途中マルサビットという街を経由し、日が落ちてもひたすら走り続ける。
キツイ、正直とてもツライ。体も顔も口も鼻も目も髪も砂だらけ。
おまけにナイロビからイシオロまで夜行バスで来たので昨日はろくに寝ていないのだ。
頭がクラクラする。物凄い振動と騒音の中、お尻も腰ももうガクガクだ。まるで一つの貨物の様に下を向き、体を小さくしてひたすら耐える。
夜10時半過ぎ、満天の星空の下、ローリーはマルサビット郊外のロッジのような所に到着。
今夜はここに泊まり、明朝再出発との事。乗員乗客のほとんどはローリーのまわりで野宿。
疲れ切った我々はロッジのベッドをリクエスト。
ここが何という場所の何というロッジなのかもわからないし、尋ねる気力ももう無い。
用意していた2リットルのボトルの水で砂だらけの顔を洗うと、2人とも倒れこむようにベッドに横になる。
【食事】
朝:バナナ
昼:パン
夜:なし
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
・ローリー イシオロ→モヤレ 8:00発 翌10:00着 1600Ks/1人
【宿】途中マルサビットから2時間位走った所で宿泊。ロッジW部屋の1ベッドが100Ks。水、電気なし(野宿すればタダ)。ロウソク、シーツはくれる。
・イシオロ→マルサビット間は、文中の通り、カラフルな民族衣装(でも裸に近い)の人達が生活しているのを目の当たりに出来、興味のある人にはとても面白い所なので、我々は訳もわからずローリーに飛び乗ったが、お金を掛けても車をチャーターし、写真等を撮りながらゆっくり楽しみながら移動する価値があると思う。我々はハードなローリーでの移動で、停車時以外、外の景色を楽しむ余裕なし。当然写真など撮れませんでした。(Only our memolies...)
- ナイロビのユースホステル・ライフ (ケニア)ナイロビ→イシオロ
-
エリア:
- アフリカ>ケニア>ナイロビ
- テーマ:街中・建物・景色 その他
- 投稿日:2000/11/24 16:01
とにかく「治安は最悪」、「危険なデンジャラスシティー」と言う情報ばかりのナイロビだったが、たまたま我々が何もなかったと言う事のなのか、「そんなに悪い所ではなかったな」と言うのが感想だ。
ふらふらと街歩きもしたし、カフェでの食事もおいしかった。
宿のある郊外から中心街までタクシーにもバスにもマタトゥにも乗った。
おおむね、人々は親切でやさしい。
街にはATMもあり、お金も24時間おろせる。スーパーでは何でも買える。
宿泊したユースホステルでもキッチンを借りて自炊していたので、生活費も安く上げられた。
ユースホステルのスタッフも皆親切だった。
最後、ユースホステルを出発にするにあたり困った事が一つ。
昨日、2リットルの頑丈なプラスチックボトル欲しさに購入したケニア製のオレンジジュース、まるでカキ氷にかけるシロップの様に大甘で、とても2リットルも飲めたもんじゃないのだ。
昨日から今日まで、湯や水で割ってJunkoと二人で頑張って飲みまくったが、それでも500ml程度しか消費していない。
あと1.5リットルは捨てようかとも思ったのだが、仲良くなったリベリアから亡命して来たという3人姉妹に差し上げる事に。
彼女らは数日後オーストラリアに向かうと言う。祖国は大変な事になっているが、元気に頑張って欲しい。
ここユースホステルには各国から様々な人が来る。我々も滞在中は、このリベリアからの3姉妹の他にも、色々な人々と会い話した。
中にはおさい銭で世界旅行を楽しむ韓国のお坊さんや、現地の人と結婚し、ソマリア国境付近で暮らす日本人の大工さんなどもいた。
そして1週間近くお世話になったナイロビともお別れ。
バスは、危険と言われるダウンタウンを夜の出発だ。最後の最後、気を付けなくてはと恐る恐るバスの発着地に向かう。
それにしてもナイロビのバス乗り場はごちゃごちゃしていて、全くもって統制が取られていない。
狭いぬかるんだ道のそれぞれのバス会社のオフィス付近に、大型のバスが何台も路上駐車、そこが公然とバス乗り場になっている。
そこにバスの乗客がタクシーが乗付けてきたりするから、もうぐちゃぐちゃ。
前にも後ろにも進めなくなった車の数々が、しばしば立ち往生する。
その間をぬうように歩き、何とか何事も無く、無事バスに乗車。
夜8時半過ぎ、バスはイシオロに向けて出発する。
【食事】
朝:(自炊)パン、ゆでジャガイモ
昼:(自炊)ミネストローネ、ご飯
夜:クッキー
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
・夜行バス ナイロビ→イシオロ Akambaバス社 20:00発 翌7:00着 毎日1便 320Ks/1人
Akambaバスオフィス前出発
ふらふらと街歩きもしたし、カフェでの食事もおいしかった。
宿のある郊外から中心街までタクシーにもバスにもマタトゥにも乗った。
おおむね、人々は親切でやさしい。
街にはATMもあり、お金も24時間おろせる。スーパーでは何でも買える。
宿泊したユースホステルでもキッチンを借りて自炊していたので、生活費も安く上げられた。
ユースホステルのスタッフも皆親切だった。
最後、ユースホステルを出発にするにあたり困った事が一つ。
昨日、2リットルの頑丈なプラスチックボトル欲しさに購入したケニア製のオレンジジュース、まるでカキ氷にかけるシロップの様に大甘で、とても2リットルも飲めたもんじゃないのだ。
昨日から今日まで、湯や水で割ってJunkoと二人で頑張って飲みまくったが、それでも500ml程度しか消費していない。
あと1.5リットルは捨てようかとも思ったのだが、仲良くなったリベリアから亡命して来たという3人姉妹に差し上げる事に。
彼女らは数日後オーストラリアに向かうと言う。祖国は大変な事になっているが、元気に頑張って欲しい。
ここユースホステルには各国から様々な人が来る。我々も滞在中は、このリベリアからの3姉妹の他にも、色々な人々と会い話した。
中にはおさい銭で世界旅行を楽しむ韓国のお坊さんや、現地の人と結婚し、ソマリア国境付近で暮らす日本人の大工さんなどもいた。
そして1週間近くお世話になったナイロビともお別れ。
バスは、危険と言われるダウンタウンを夜の出発だ。最後の最後、気を付けなくてはと恐る恐るバスの発着地に向かう。
それにしてもナイロビのバス乗り場はごちゃごちゃしていて、全くもって統制が取られていない。
狭いぬかるんだ道のそれぞれのバス会社のオフィス付近に、大型のバスが何台も路上駐車、そこが公然とバス乗り場になっている。
そこにバスの乗客がタクシーが乗付けてきたりするから、もうぐちゃぐちゃ。
前にも後ろにも進めなくなった車の数々が、しばしば立ち往生する。
その間をぬうように歩き、何とか何事も無く、無事バスに乗車。
夜8時半過ぎ、バスはイシオロに向けて出発する。
【食事】
朝:(自炊)パン、ゆでジャガイモ
昼:(自炊)ミネストローネ、ご飯
夜:クッキー
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
・夜行バス ナイロビ→イシオロ Akambaバス社 20:00発 翌7:00着 毎日1便 320Ks/1人
Akambaバスオフィス前出発
- ナイジェリアビザ・ゲット! (ケニア)ナイロビ
-
エリア:
- アフリカ>ケニア>ナイロビ
- テーマ:旅行準備
- 投稿日:2000/11/23 15:54
毎日、朝一番、日課のように、まるで通勤のようにユースホステルの門を出る。
こうなったら粘りで勝負。
善良な普通の旅行者である事を印象付け、常に謙虚で低姿勢に。何度も何度も発行されるか分からないビザの為に、文句一つ言わず笑顔で朝一番にやってくる小柄な日本人2人に
「仕方ないな。」
とビザ位くれないものかと、今日もナイジェリア大使館のビザ窓口の前のイスに腰掛ける。
すると、ちょいちょいと、窓口の人が我々を手招きしている。
行ってみると、我々のパスポートのページを拡げ、そこにはナイジェリアのビザ/スタンプが確かに押されているではないか。
長期戦も覚悟していただけに、これは意外な急展開。
「山は動いた。」
早速、明日発のエチオピア方面にあるイシオロ迄のバスを予約。
そして、この先、水の心配があるので、丈夫そうな2リットルのペットボトルに入ったケニア産のオレンジジュースを購入。このボトルに水を入れて持ち運ぶのだ。
今日、明日はオレンジジュース飲み放題だ!
大都会ナイロビは今日で最後。今日の内に都会で出来る事はしておこうと、インターネットカフェでメールをチェックすると、父親から
「ルワンダでエボラがはやっているとニュースで見ました。大丈夫か。」
とメールが来ている。
慌てて、父とJunkoの兄に
「2人とも元気。エボラにもなっていない。」
とメールを打つ。
父からのメールの最後には、「危険は避けて旅するように。」とのくだりも。
明日、夜のバスでエチオピアに向かって北上を開始する。
【食事】
朝:パスタ、パン
昼:カフェでシチュー、マンタジ、チャパティ(ナイロビ最終日という事で)
夜:野菜炒め、ご飯(自炊)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
・ナイジェリザ 4500Ks/1人 3ヶ月有効 3週間滞在可 詳細は本文参照
・ナイロビでのインターネット
インターネットカフェは至る所に有る。どこも3〜5Ks/1分。日本語のHPが見れるPCを置いてある所も少なくないので、訊いてみながら何軒かあたれば日本語が読める所が必ずある。スピードはまずまずだったが、Hotmailや、他のHPでもプラウジングで頻繁にエラーとなり、余計な時間が結構かかった。
【宿】Youth Hostel 590ks/W利用 非会員1人当たり
こうなったら粘りで勝負。
善良な普通の旅行者である事を印象付け、常に謙虚で低姿勢に。何度も何度も発行されるか分からないビザの為に、文句一つ言わず笑顔で朝一番にやってくる小柄な日本人2人に
「仕方ないな。」
とビザ位くれないものかと、今日もナイジェリア大使館のビザ窓口の前のイスに腰掛ける。
すると、ちょいちょいと、窓口の人が我々を手招きしている。
行ってみると、我々のパスポートのページを拡げ、そこにはナイジェリアのビザ/スタンプが確かに押されているではないか。
長期戦も覚悟していただけに、これは意外な急展開。
「山は動いた。」
早速、明日発のエチオピア方面にあるイシオロ迄のバスを予約。
そして、この先、水の心配があるので、丈夫そうな2リットルのペットボトルに入ったケニア産のオレンジジュースを購入。このボトルに水を入れて持ち運ぶのだ。
今日、明日はオレンジジュース飲み放題だ!
大都会ナイロビは今日で最後。今日の内に都会で出来る事はしておこうと、インターネットカフェでメールをチェックすると、父親から
「ルワンダでエボラがはやっているとニュースで見ました。大丈夫か。」
とメールが来ている。
慌てて、父とJunkoの兄に
「2人とも元気。エボラにもなっていない。」
とメールを打つ。
父からのメールの最後には、「危険は避けて旅するように。」とのくだりも。
明日、夜のバスでエチオピアに向かって北上を開始する。
【食事】
朝:パスタ、パン
昼:カフェでシチュー、マンタジ、チャパティ(ナイロビ最終日という事で)
夜:野菜炒め、ご飯(自炊)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 75Ks(ケニア・シリング)
・ナイジェリザ 4500Ks/1人 3ヶ月有効 3週間滞在可 詳細は本文参照
・ナイロビでのインターネット
インターネットカフェは至る所に有る。どこも3〜5Ks/1分。日本語のHPが見れるPCを置いてある所も少なくないので、訊いてみながら何軒かあたれば日本語が読める所が必ずある。スピードはまずまずだったが、Hotmailや、他のHPでもプラウジングで頻繁にエラーとなり、余計な時間が結構かかった。
【宿】Youth Hostel 590ks/W利用 非会員1人当たり
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