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イチローとジュンコの夫婦珍道中

~バックパッカー日記~

プロフィール

ニックネーム:
イチローとジュンコ
居住地:
東京都
自己紹介:
2000年9月 日本を旅立ったイチローとジュンコは、飛行機で、南アフリカ・ケープタウンに降り立った。
二人はそこから日本まで、飛行機を使わずに、陸路と船のみで帰る。
アフリカ大陸南端の喜望峰から日本まで、アフリカ、東西ヨーロッパ、中東、シルクロードとまるまる1年かけての、夫婦珍道中。
野宿もしました。ゴリラと挨拶もしました。サハラを越え、ヒマラヤを越え。。
大自然、世界遺産、カルチャーショック、紛争の傷跡、そして、多くの出会い。
2001年8月無事帰国した二人の旅を振り返って、番外編コラムを掲載します。

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16カ国目、カメールーンは天国だ☆ 2
16カ国目、カメールーンは天国だ☆ (チャド)ンジャメナ→(カメルーン)クセリ→マルア
エリア:
  • アフリカ>カメルーン>カメルーンその他の都市
  • アフリカ>チャド>ンジャメナ
テーマ:ホテル・宿泊 その他 
投稿日:2001/01/16 16:27
 今日も朝から立ち寄った街のポリスに連行され、パスポートを取り上げられて、2000CFA恐喝される。
 「もうこりごりだ。」

 我々が乗った乗合4×4は、ジャメナに朝8時過ぎに到着。

 ハルツームを出発して10日間、一度も宿にも泊まらず、シャワーも浴びず、移動続き。
 チャドの首都、都会のンジャメナで少しゆっくりしようかとも思っていたのだが、さっさとチャドを出てカメルーンを目指す事にする。

 ここンジャメナまでの乗合4×4にカメルーンへ行くと言うナイジェリアのおばさんが同乗していたので、このおばさんにくっついてンジャメナの街を歩き、カメルーン国境方面のバス停を目指す。

 ところがそのバス停がなかなか遠い。
 バックパックを背負い、汗をしたたらせながら、歩いても歩いてもなかなかたどり着かない。
 途中何度か道路脇に座り込んで休憩しながら、時に砂糖キビを買ってかじって水分を補給しながらひたすら歩く。

 4〜5キロは歩いただろうか。チャリ川という大きな川に架かる橋を渡り、ようやく目前にバス停が迫った時、出ました!チャド名物恐喝ポリス。例によってパスポートを取り上げられるも、ナイジェリア人のおばさんが泣きついてくれて、お金を支払うことなしにパスポートを返してもらい「釈放」される。

 ミニバスでカメルーン国境に着くと、イミグレで出国手続き。ところがここもなかなかのクセ者。
 イミグレ官は最初2人で6000CFA払えと言う。ところがお金が足りないと訴えると5000CFAでいいと言い出す。
 これが正規の出国税か何かだとしたら、どうして値切ることができるのだろうか?つまりはワイロ、袖のシタ。こんなちゃんとした建物にあるイミグレのオフィス内でさえこれだ。

 ともかく出国のスタンプをもらわないと国境を越えられない。結局2人で5000CFA払って出国スタンプをもらい、更に別のオフィスで偉い人のサインが必要だと言われ、そのサインに1000CFA支払わさせられる。

 そして出国手続きがすべて済み、国境の川に架かる橋を渡ろうとすると、通行料1人50CFAを徴収される。見ると現地の人達は誰もそんなもの払っていない。

 一体このチャドって国はどうなっているのか。チャド入国から出国まで、ポリスやイミグレ等で恐喝され巻き上げられた額は、ダルエスでの両替サギの分などと一緒にこの旅の「被害額」にしっかりと計上させてもらいます!

 歩いて国境の橋を渡ると、カメルーンの国旗が風になびいている。
 カメルーンでのイミグレでの入国手続きはいたってスムーズ。1フランも要求されず、終始笑顔で事が進む。

 カメルーン側の国境の街クセリからミニバスでマルアという大きな街に着いたのは、すっかり日が暮れた夜7時過ぎ。

 バスから降ろされた場所にあったガソリンスタンドのおじさんに宿を尋ねると、おじさん、親切にもガソリンスタンドの向かいにある宿の入り口まで連れて行ってくれる。これ迄こういう場合、チップを請求される事が多かったのだが(全て無視してきた)、1フランも要求されることなく、笑顔で握手して「メルシィ」。

 宿はダブル1室1000円弱、悪くない。
 部屋を見せてもらうと高級ホテル並のキレイな広い部屋に大きなダブルベッド、そして何と洋式トイレにシャワー付き。
 いやいや油断禁物。これ迄見かけは立派でも断水中のホテルも多かったと、蛇口をひねってみると「ザーッ」水がふんだんに降り注ぐ。
 「セ・ボン!!」(フランス語でGOOD!)

 10日ぶりにシャワーでアカを流す。
 髪の毛などは3回洗っても泡一つ立たず。4回洗ってようやく泡が立ち、体中サッパリ洗い上げる。

 宿の前の屋台で、トマトソース仕立ての肉シチュー掛けのご飯とパスタに、マヨネーズあえのアボガドサラダをたらふく頂くと、10日ぶりにベッドで熟睡。

 「あーあ、ここカメルーンのマルアは天国だ。」


【食事】


朝:砂糖キビ
昼:パン、ゆで玉子、オレンジ
夜:トマト仕立て肉シチュー掛けライス+パスタ+キャッサバ、アボガドとトマト、バナナ等のサラダ(マヨネーズ仕立てでとても美味!!)
16カ国目、カメールーンは天国だ☆ 2

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 660CFA(中部アフリカセーファーフラン:チャド、カメルーン等で通用)
・(チャド・ンジャメナ)チャリ川沿いのバス停→カメルーン国境(ミニバス)150CFA/1人10分
(ただし乗車前にポリスに2000CFA恐喝される)
・チャド出国手続きで2人で計6000CFAのワイロを巻き上げられる。
・チャド→カメルーン国境の箸の通行料としてチャド側で50CFA/1人払わさせられる。
・カメルーン側の国境の街クセリ→マルア(ミニバス)3500CFA/1人+250CFA/荷1コ4時間
・カメルーンの通貨はチャドと同じ中部アフリカ・セーファーフラン(CFA)

・カメルーンビザ必要。 我々はエチオピアのアジスアベバで取得。

【宿】
・(カメルーン)マルアAuberge des Voyageurs 4500CFA/W-1室トイレ、シャワー、ファン付き
広くてキレイ。宿の人も親切でオススメ。宿前に安飯の屋台が並ぶのもいい。

NoPhoto
ヒッチハイクで旅は続く (エチオピア)ウォルディア→アリマタ→マカレ
エリア:
  • アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 ホテル・宿泊 
投稿日:2000/12/22 17:59
 我々の次の目標はマカレ。
 昨日聞き込み調査をした所、マカレ行のバスはデシが始発、朝8時頃ウォルディアを通過するが、満員で、乗れない事も多いらしい。乗れなかったらまた翌朝バスを待たなくてはならないそうだ。

 我々は今、時間と格闘中、そんな悠長な事はしていられない。乗れるかどうかわからないバスを待つより、積極的に行こうと、朝4時過ぎ、まだ暗い中、ウォルディアのピアッサの道端にバックパックを置いてJunkoと2人で座り込む。

 そして朝5時前、マカレへ行くと言う大型のトラックをヒッチ、助手席に乗せてもらえた。
 トラックは決して早くないし、大型のせいかかなりの振動で我々を揺さぶるが、フロントガラスから臨む夜明けの風景は素晴らしく、乗れるかどうかあてにならない、乗れたとしても苦しいバスより、ずっといい。

 ただ気になることが一つ。ドライバーのおじさん「スントノゥ(アムハラ語でいくら?)」といくら聞いても全く相手にしてくれないのだ。
 まあ、悪い人じゃなさそうだし大丈夫だろう。

 ところが徐々にギアの調子が悪くなり出し、おじさんが思い切りクラッチを踏み込んでもなかなかギアがおじさんの思い通り入らなくなる。
 そして、とうとうアリマタという街で、我々は降ろされてしまう。

 おじさんはトラックのエンジンルームを開けて、修理をし始めながら手を振って、
 「マカレへ別の車を拾って行け。」(本当はなにを言っていたのかわからないが、多分こう言っている)

 最後までお金も請求されなかった。最終目的地のマカレまで、このやさしいおじさんのトラックで、無料で連れて行ってもらいたかったのは山々だが、故障ではこれはもう仕方ない。
 親切なおじさん「アムサギナロ(アムハラ語でありがとう)」

 約30分後、マカレへ行くと言う荷台に荷物を高く積みこんだイスズのトラックをヒッチ。今回も助手席が空いていた。「ラッキー。」

 マカレにはラクダもいるし、先にはダナキル砂漠も控えていると聞いていたので、マカレまでの道のりは荒涼たる大地が拡がっているのかと思っていたのだが、さにあらず。

 峠、峠、また峠。幾つもの峠を幾重にもつづら折りした道が上り下り、トラックは超低速でその険しい峠道を進む。
 段々畑が連なる峠の風景はなかなかキレイだ。

 途中、あざやかなオレンジ色のニンジンを湧き水で洗って路地売りする人の姿が現れる。
 トラックの乗務員助手とドライバーは、窓からそのニンジン6本1ブルで仕入れるとバリバリとそのままかじり出す。かじられたニンジンを見ると、中身もみずみずしくおいしそうだ。

 エリトリアとの戦争の残骸か、幾台か廃棄されたボロボロの戦車の姿もある。

 突然、トラックのカーオーディオにかけられたテープから聞き覚えのある旋律が。ワムの「ラストクリスマス」だ。
 「そう言えばそろそろクリスマスだね。」

 それにしても我々を乗せたトラックの低速ぶり。明るい内にマカレに着いたら、さっさとマカレの見物を済ませ、明日にもアクスムに旅立とうとも思っていたのだが、峠の向こうにこつ然と大都会マカレの街が現れたのは日の入り直前。
 マカレで宿を探したりしている内に日は沈み、今日の所はここでゲームオーバー。

 昨日トラックの荷台と馬車でたんまり砂をくらったままシャワーも浴びていない我々は、早速宿でシャワーをリクエスト。ところが、今、この宿は断水中だというではないか。
 シャワーがあるって言うから、この宿に決めたのに・・・。甘かった。
 今度から、宿を取るときには事前に部屋を見るだけでなく、蛇口もひねってみなければ。

 今日もまた、砂でガビガビの頭をかきむしって眠る。トホホ。


【食事】

朝:バナナ
昼:パン
夜:スパゲティ、アボガド、パパイヤ、オレンジジュース

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・ウォルディア→アリマタ(大型トラックをヒッチ)50B/1人9時間

【宿】
・マカレ マカレホテル 英字表示なし15B/W1室
※共シャワーはあるがこの日は断水中。
 バスターミナル近く、安い割にはまずまず。
(同名の別ホテルを一軒別に見付けた。そちらは英字表示があった)

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高地アジスアベバ (エチオピア)アジスアベバ
エリア:
  • アフリカ>エチオピア>アジスアベバ
テーマ:街中・建物・景色 ホテル・宿泊 グルメ 
投稿日:2000/12/17 17:18
 エチオピアの首都、アジスアベバの標高は2400m。ボリビアのラパス、メキシコシティに次ぐ世界で三番目に高い所にあるキャピタル・シティ(首都)だ。

 特に暑かったハラルから戻った我々には、アジスのそよ風は肌に涼しい。それは、時に心地よく過ごし易く、時に肌寒い程。

 今泊まっている安宿は、ホットシャワーはなく水シャワーのみ。夜、日が暮れてから浴びるととても寒く、風邪をひきそうになってしまう。

 そこで、今日もイヌエさんちで遅い昼食を頂くと、「そろそろ」と日なたぼっこ兼散歩に出る。日なたを選び、坂の多いアジスの街をふらふらし、程良く汗をかいた頃宿に戻って、体が温かいうちに夜をまたずにシャワーを浴びるのだ。

 こうしてさっぱりしてから、夕方再びアジスの街に夕食に繰り出す。

 すっかり思い出深い所となったここアジスでの滞在もあとわずか。
 今日はディナーでも楽しもうか?イタリア領有時代の名残で、アジスには目移りする程おいしいものがたくさんあるのだ。

 スパゲティ? PIZZARIAでピザ? それともPASTRYで甘くないアボガドのフルーツジュースにデニッシュで軽く済まそうか?
 どれを選んでも二人で100円もしないのだから。


【食事】

朝:コーヒー入ワタリ(カフェラテ)とデニッシュ、ケーキ
昼:インジェラ
夜:ピザ(本文では二人で100円もしないと書いたが大きなベジタブルピザ一枚約100円を二人で分けて食べた所、あまりにおいしくておなかをふくらましながらももう一枚ツナピザを食べてしまい、結局二人で200円も、かなりぜいたくなディナーを頂いてしまいました)

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)

【宿】
・アジスアベバPark Hotel 20B/W1室

NoPhoto
ボーイ詐欺 (エチオピア)ハラル→アジスアベバ
エリア:
  • アフリカ>エチオピア>アジスアベバ
  • アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
テーマ:ホテル・宿泊 
投稿日:2000/12/15 17:06
 昨日日が暮れてやっと感じわかり始めたハラルの趣。だが昨日の日中、時間もおしてるし、もう充分だろうと、今日のアジス行のバスの切符を買ってしまったのだ。

 ここハラル、他のメジャーな観光地のような「これだ!!」って言う目玉はない。
 暇つぶしに「どれ、こっちの路地に入ってみるか」なんてふらふらしてると「あれ、ここから見るとまた雰囲気が違うな。」と言うように、スルメをかむように、じわじわとその良さが伝わってくる。ハラルとは、そんなところなのではないか。

 できれば朝だけでも今一度、ハラルの旧市街を歩き、路地を振り返ってみたかったのだが、バスは早朝5時発。なぜかエチオピアの長距離バスは皆早朝発と決まっているのだ。
 うしろ髪を引かれる思いで、早朝ハラルの街を後にする。

 夜、アジス行きのバスは例によって途中ナザレという街で一泊。
 我々も宿を取って部屋代を支払い、食事をして帰ってくると、宿の人が金を払えと言う。
 「さっき払ったじゃないか。」
どうやら夕食前に我々が部屋代を支払った相手は、宿の人ではなく、いわゆるサギ、ドロポー。宿の従業員になりすまし、我々から宿代を引ったくって行ったのだ。

 「でもあの男に我々が支払いをした時、他の従業員も周りにいて見ていたじゃないか。」
バスの他の乗客も加勢してくれ、何とか、宿のおかみを説得。我々は二重に宿代を支払わなくて良いことに決着。
 おかみには申し訳なかったが、宿が被害を被ることになってしまった。今後は、気を締め直して気を付けなければ。


【食事】

朝:パン
昼:スパゲティ
夜:アサ・ラブラブ(白身魚を炒めたもの)

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
ハラルからアジスアベバ(バス)49B/1人
朝5時集合6時発途中ナザレで一泊

【宿】上記バスが停まったマザレの宿 8B/W1室

つらく厳しい・・
つらく厳しい・・ (エチオピア)コンソ
エリア:
  • アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
テーマ:街中・建物・景色 ホテル・宿泊 
投稿日:2000/11/30 17:37
 コンソの街はとても小さい。大きなじゃりの道沿に、わずかばかりの商店が並んでいるだけ。
 道裏の奥まった広場のマーケットもそれなりに賑わってはいるものの、興味を魅かれるようなものも少なく、今思うと華やかなボレロ族が歩くヤベロの街の方が面白味があった。

 それにしても暑い。午前中少し歩いただけで、体中から汗が溢れ、ヘトヘトだ。

 道脇の日陰に座って休んでいると、道の向こうから「ウォーッ」と言う雄叫びとももに、何百人もの人々が背中に何本もの重そうな木を背負って歌いながら歩いてくる。
 小さい子供から大人、お年寄り、男も女も皆かなりムリな前傾姿勢で、ゾウリや裸足の足で、かなりキツそうだ。
 中には途中で疲れ切って倒れてしまったのか、タンカで運ばれる人の姿も。

つらく厳しい・・

 何でも学校を作る事になったとか。学校が出来るのは良い事だが、その為にこんなに大勢の人がこんなに厳しい仕事を強いられるとは。
 村を挙げての大商いという事なのかも知れないが、彼らの生活の厳しさを感じずには居られない光景だ。

 夕方、宿に戻ってシャワーを浴びようとすると、宿の人が、今日の宿代、10ブル払えと言って来る。
 「昨日は7ブルだったじゃないか。同じ部屋だろう。」
と言うと
 「昨日と今日は違う。」
と言う。

 「だったら宿を移る。」
と言うと、
 「今まで部屋を使ってるんだから宿代10ブルは払え。」
と押問答。

 それにしても同じ部屋に連泊して、突然夕方に昨日より高くなった、もう部屋は使ってるだろうと言うヤリ口はないだろう。

 さすがに今回は自分もJunkoもカンカン。激しくまくし立てると、結局昨日と同じ7ブルで良い事に。
 実はエチオピア人は同じタイプの部屋を6ブルで利用しているのだ。それでも、まあ外国人相手に1ブル位色を付けられるのも仕方ないなと昨日7ブルで妥協してあげたのがいけなかったのか。

 夜、仕事が終わった松本さんが
 「ジンカ行のバスは明日、9:30〜11:00の間にそこから出るそうなので、一緒に行きましょう。」
と教えてくれる。
 松本さんはこちらのアムハラ語が少し喋れるのだ。これは心強い味方を得た。

 ジンカ迄は、バスで2〜3時間、ジンカには銀行があるとの事なので、明日の午後には両替できそうだと、晩ご飯にわずか10セント(≒1円足らず)の豆料理(アシキタ)を食べる。銀行のないここコンソでは両替ができず、現地通過不足なのだ。

  物価の安いここエチオピアで豪遊できるのはいつの日か。


【食事】

朝:アンバシャ
昼:豆、アンバシャ、インジェラ
夜:アシキタ(豆)、アンバシャ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)

【宿】・(コンソ)St.ManyHotel 7B/1室
・本文にある通り、コンソではSt.ManyHotelは避けましょう。他にホテルは幾つもあります。

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