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- ミシュラン1ツ星獲得☆ 日本人シェフのフレンチレストラン『PAGES(パージュ)』
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エリア:
- ヨーロッパ>フランス>パリ
- テーマ:買物・土産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/04/20 00:00
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ここ近年パリで日本人シェフの活躍が著しい中、2016年に発表されたミシュランガイドブックで、また新たに日本人シェフが星を獲得しました。オープンからわずか1年半ほどのフレンチレストラン『PAGES(パージュ)』です。

白を基調としたシンプルで上品な店内。オープンキッチンとなっており、客席からも厨房を見ることができ、お料理の過程も目で見て楽しむことができます。

シェフの奥様や他にも日本人スタッフがおりますので、お料理の説明を日本語で聞くことができるので安心です。
シェフのおまかせコース(夜80ユーロ、飲み物別)は、アミューズからデザートまで、実に9品?10品?ほど!どのお料理も美しく洗練されていて、目でも香りでも舌でも、一品一品楽しませていただきました。



フランスで日本人シェフの活躍、とってもうれしいですね。ミシュラン1ツ星獲得、本当におめでとうございます!

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- フランス パリ レストラン パージュ ミシュラン

- パリ郊外ムードンにあるロダンの邸宅兼アトリエ
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エリア:
- ヨーロッパ>フランス>パリ
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/04/13 00:00
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考える人で有名な彫刻家オーギュスト・ロダンが生前過ごした邸宅とアトリエに行ってきました。RER C号線でパリから南西へ30分ほどのところにあるムードンという街です。
ロダンのアトリエのお庭にはもちろん、あの考える人が!なんと、この考える人の下に、ロダンのお墓があります。

このロダンのアトリエは『La villa des Brillants(輝く家)』と呼ばれるルイ13世スタイルの美しい様式。ロダン自身が1895年に購入したものです。
アトリエにはたくさんのたくさんの石膏作品が並びます。 1900年当時は50人以上のロダンの弟子たちがここでロダンとともに制作を行っていたそうです。

中でも一番の注目は、考える人に続いてロダンの代表作といわれる『地獄の門』

もともとはフランス政府からの依頼で制作が始まったこの地獄の門。ダンテの叙事詩「神曲」をテーマに、人物の肉体の動きや苦悶や嘆きなどの感情など、地獄で苦しむ人々をこの地獄の門で表現されています。
こちらがロダンが晩年をすごした邸宅です。同じ敷地内にあります。

邸宅内にも作品の展示。

リビングと食堂も当時のままのかたちで残されています。淡い緑と黄色の壁が優しい雰囲気ですね。

冬晴れ快晴の1日。すばらしい美術館でした。
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- フランス パリ ロダン ムードン 考える人

- キャミオン・キ・フュムに待望の路面店が登場!
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エリア:
- ヨーロッパ>フランス>パリ
- テーマ:観光地 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/04/12 00:00
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パリのバーガーブームの火付け役ともいえるキャミオン・キ・フュム Le Camion Qui Fumeに、このたび待望の路面店がオープンしました!
移動型ハンバーガー屋さん Le Camion Qui Fumeの過去ブログはコチラ

これまではマドレーヌ大聖堂、ミッテラン国立図書館前を中心に、キャミオン(トラック)で路上販売する不定期の移動型販売のバーガー屋さんでしたが、キャミオン初登場と同時にフィガロなどの有名雑誌で次々と取り上げられ、いまやすっかり人気が定着。このたびうれしいうれしい路面店がオープンです。

路上キャミオンと同じで、 注文と同時に目の前で注文したバーガーを作ってくれます。腕中タトゥーでいっぱいのお兄さんが、爆音で音楽をかけて、大声で歌いながら作ってました。ノリがとっても軽いな〜


わたしが食べたのは、バーベキューソースハンバーガーとポテトとドリンクがついて13.90€のセット。キャミオンよりも、路面店のほうが少しだけ高いです。
これまでたくさんのパリのバーガーを食べましたが・・・、バーガーだけをみると、キャミオン・キ・フュムが一番すきですね。ただ、ここフライドポテトはちょっとイマイチなんですよね〜。。でもバーガー屋さんでは必ずポテトを頼んでしまうー。
行ったのは土曜日の20時くらい、店内はまだすいていましたが、テイクアウトもOKですので、お客さんは常にはいってきていました。路面店もやっぱり人気です☆


以前、会社のお昼休みにマドレーヌ大聖堂のキャミオンに買いにいったときは、50分くらい並んでようやく買えて、そのあと急いでオフィスに戻って、お昼を食べながら仕事に戻っていました。。。そう考えると、土日でも好きなときにゆっくり食べられる路面店はとってもうれしいですね♪
Le Camion Qui Fume
168 Rue Montmartre, 75002 Paris
(城)
- タグ:
- フランス パリ ハンバーガー キャミオン
前回美術コラムで紹介したモネの『印象、日の出』があるマルモッタン美術館を紹介します。

地下鉄ラ・ミュエット駅をおりて、徒歩5-6分程度。行くまでに公園の中をとおるので、美術館の周辺をあるいて散歩するだけでも非常に心地よい場所です。
モッタン・マネ美術館は、もともとクリストフ=エドモンド・ケレールマン氏の所有する狩猟小屋でした。狩猟小屋といっても邸宅に近いものです。ちなみに、狩猟は王侯貴族たちに最も好まれた趣味の一つでした(シャンボール場も、ヴェルサイユ宮殿も、もともとは狩猟小屋でした)。
その後、1882年、ジュール・マルモッタンの所有になった際、今の邸宅の姿にされ、彼の息子、ポール・マルモッタンの時代に、彼の所有していた帝政時代の芸術作品が多く飾られることになります。
ポール・マルモッタンの死後、1932年に芸術アカデミーに邸宅とコレクションが寄贈されたために、それ以降マルモッタン美術館になります。だからこの美術館は、かつてのブルジョワの邸宅がどのようになっていたのかを垣間見ることができるのです。

この美術館は、モネのコレクションでも有名です。1966年、クロード・モネの2番目の息子ミッシェル・モネがジベルニーの画家のアトリエに残された作品を寄贈することで、モネ最大のコレクションをマルモッタン美術館は所有することになるからです。
これが有名な『印象、日の出』

オランジェリー美術館の至宝ともいえる、モネの『睡蓮』。

その準備作、習作ともいえる絵画がそのコレクションの中に多く含まれており、マルモッタン美術館では、オランジェリー美術館の睡蓮を思わせるように、円形のスペースに絵画が飾られています。
1996年には、女性印象派画家で有名なベルト・モリゾの子孫であるデニス・ルアートとその妻アニーが、モリゾ自身の作品を始め、モリゾが所有していた印象派の作品を寄贈することで、さらに印象派の見ごたえのある作品が加わりました。モリゾの自画像は、ここで見ることができます。当時、結婚して家庭に入り、仕事するなどは考えられなかったブルジョワ階級の女性のなかで、画業に人生をかけたベルト・モリゾ。マネの絵画の中でもモデルとして登場するモリゾですが、飾り気のない、絵の具でまみれたすがたの自画像は、見るものに感動を与えます。

ルーブル、オルセー、オランジェリーはもう行ったという方に、ぜひ訪れていただきたい美術館です。
(渦)

- [みゅう]パリ 美術コラム 『印象 日の出』クロード・モネ
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エリア:
- ヨーロッパ>フランス>パリ
- テーマ:歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/04/04 00:00
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印象派の名前の由来でもある、クロード・モネが32歳の時に描いた『印象 日の出』です。

早速、絵を見てみましょう。
どうやら、港のようです。前景に船が2艘見えます。画面中央には、オレンジ色で丸い太陽が描かれています。後景には、港にあるクレーン、停泊している船、工場の煙突とけむりがうっすらと見えます。

すべては、おおざっぱにしか描かれていません。いかなるディティールは表現されていません。一番手前に見える船でさえ、黒い影でしか表現されていませんし、後景に至ってはその輪郭を認めるのがやっとなほど、ぼんやりとしか表現されていません。
いったいここまで「雑」に描かれた絵画が、なぜ有名なのでしょうか。
大きなタッチによって描かれたこの風景は、モネが幼少期を過ごしたル・アーブルの旧港の夜と日の出の間の瞬間が表現されています。
モネの見た、ここに描かれた光景とはどういったものだったのでしょうか。想像してみようではないですか。
まだ太陽はでていません。夜の濃い霧はまだ港をしっとりと包んでいます。すべては「闇」と「もや」の中にあります。そこに、今太陽が昇り始めました。あたりはぼんやりと明るくなり始め、太陽の周りで霧はゆっくりと薄くなりつつあります。
画家は、港に面したホテルの窓から、この霧と光のスペクタクルを見たのでしょう。ベッドから飛び起き、筆をとり、この一瞬をとらえようとします。
何事も見逃さないために、素早い、大きな筆さばきによって港の形、船、と光の具合をざっくりと描いていきます。太陽の上は、オレンジ色が横にひかれた長い一筆によって空が明るくなっている様子を表現します。

急がなければいけません。この朝霧と日の出の光景はそう長くは続きません。太陽が昇るのも、霧が晴れるのも、一瞬の出来事です。下書きは一切せず、急いで、非常に素早い筆さばきで、この絵を描いていきます。
この絵に多くの色が使われていないのもそのためだったのでしょう。前景にある、2艘の船の黒以外、たった2色しか使われていません。霧、影を表現している青みがかったグレーと、太陽光を表現するオレンジ色です。しかし、そのたった2色でモネは無限のニュアンスを表現しています。
ル・アーブルの港で夜霧と曙光の戯れを前にした時のモネの受けた印象。それがこの絵のテーマです。
モネはこの絵画を1874年の展覧会に出品しました。
開催者側は、絵にタイトルをつけるようにモネに頼みます。「ル・アーブルの港」とでもつければよかったのですが、この絵のテーマはその港の表現にあるわけではありません。むしろ、その港とわかるような詳細は、一切省かれています。ここで表現されているのは、彼の目に飛び込んできた視覚的感覚、印象でした。そこで、「『印象』とつけてください」とモネは答えたのでした。
開催者側は、『印象』だと短すぎるので、『印象、日の出』と「日の出」という表現を付け加えたそうです。
実際にこの絵が公開されると、鑑賞者たちは面食らいました。光を色の斑点で表現する方法、それぞれの事物は輪郭さえもしっかりと描かれておらず、筆あとが見事に残った絵肌は、きちんと仕上げがなされていない習作にしか見えなかったのです。当時の絵画とは、デッサンが基本、絵肌に筆の後を残さないように極限まで仕上げる、というのが常識ですから、鑑賞者たちの狼狽はわかります。
幾人かは、「駄作」、「殴り書き」と評し、ルイ・ルロワという美術批評家は、このタイトルをもじり、この絵は、熟慮と技術を欠いたたんなる「印象でしかない!」と揶揄をしました。その揶揄の印象という言葉から、モネを代表する一連の画家たちは、「印象派」と呼ばれるようになります。
この絵画は、印象派という名前の由来となっただけでなく、それ以降、画家は対象を忠実に再現することを目指すのではなく、画家が現実をどのように受け取ったか、を表現するようになったという意味で、近代絵画の始まりを示すともいわれています。
題名『印象、日の出』
(作者32歳の時)
年号/素材 1872 キャンパスに油彩
作者/Claude Monet(1840-1926)
マルモッタン美術館
(渦)
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