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- アンビリーバブル!アイアン・トレイン (モーリタニア)シンゲッティ→アタール→ショム→ヌアディブ
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エリア:
- アフリカ>モーリタニア>モーリタニアその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物
- 投稿日:2001/03/13 17:00
「朝6時頃、アタール行の乗合自動車が宿の前を通る」と、宿の人に聞いていたので、朝6時前、宿を出て、宿の前の道端に荷物を置いて車を待つ。
ところが待てど暮らせど車は来ない所か、静まり返ったシンゲッティの街自体に車のエンジンの音など一つも聞こえて来ない。
乾いた砂漠の街の朝は寒い。
両腕両足をピタッと閉じ、身を小さくして、待ちぼうけする事1時間半。どこからともなく車のエンジン音が聞こえてくる。
すかさずエンジン音が聞こえて来る方へ走り寄る。車は小型トラックだが乗合ではなさそうだ。
手を挙げて車を止める。
「アタール?」
久しぶりのヒッチハイク。妥協した金額は乗合よりかなり割高だったが、座席に2人きりでゆうゆうと座れる。車の状態も良い。
荷台にバックパックを放りのせ、車に乗り込む。
それにしても、モーリタニアに入ってから、野宿に、トラックの荷台での移動、そして今度はヒッチハイク。
西アフリカに入って比較的快適に旅をしていたのだが、やはりサハラの旅はそうは楽はさせてもらえない様だ。
そして、アタールから乗合4×4に乗り継いででショムに向かうと、そこはもう道路と言うには程遠い、いわゆるピスト。
砂漠の中の道無き道を、車高の高い4×4でグイグイ進んで行く。
午後1時半過ぎに着いたショムの街は、ガランとした砂漠の中の荒地に敷かれたむき出しの鉄道のレールの横に、数軒小さなほったて小屋の様な四角い建物が並んでいるだけ。
同じ乗合4×4に乗っていたヌアディブへ行くと言う英語が喋れるオジサンをつかまえて、
「駅はどこですか?」
と聞くと、
「列車が来るのは5時頃だから、しばらくここで休んで行こうよ。駅へはその頃一緒に行きましょう。」
おじさんについて、地ベタにじゅうたんが敷かれたそれはそれは質素なレストランへクツをぬいで入る。
アブダライと名乗るそのおじさん、今はモロッコ管轄で未だ独立問題がくすぶる西サハラの人で、今はモーリタニアはヌアディブのファミリーの所(多分親せきの家族)に寄せてもらっているそうだ。
「ヌアディブからダグラへ行きたいのだが、公共の交通機関はあるのですか?」
ダクラとはモロッコ/西サハラの街、モーリタニアから国境を越えてダグラ迄行くのは難しいという噂だが、確かな情報は持ち合わせていない。アブダライに尋ねると、
「Yes イエス。乗合のランドローバーがダグラ迄出てるよ。」
何だ、乗合があるって事は、思っていたよりも簡単に国境を越えてダグラへ行けそうだ。この時ばかりはそう思って楽観していたのだが・・・。
手づかみで、昼食に洗面器に盛られたご飯を食べた後、アブダライや他の人達と、レストランのじゅうたんの上で茶を飲み横になって列車の時間を待つ。
これがこちらモーリタニアン・スタイルなのだ。
寝そべってレストランの建物をよく見てみると、太い鉄道のレールを組んで作られている。
すぐそこに敷かれた鉄道の脇には、要らなくなったレールその他がガレキの山となって、放り捨てられている。そこから拾ってきた廃材で家を建てたのだろう。
隙間だらけだが、ここは砂漠の街、雨も降らないだろうし、鉄筋だから丈夫に違いない。
夕方6時過ぎ、アブダライについて小型トラックの荷台に乗り、駅舎もホームもない駅と呼ばれる砂漠の荒野のレール脇へ行って、列車を待つ。
澄んだ乾ききった大気の中、夕日に染まる広大な焼けた大地が美しい。
「ガガン、ガガン」
午後7時前、そんな美しいランドスケープをバックに、ディーゼル機関車に引かれた列車の先頭がゆっくりと視界に入ってくる。

そして列車が目の前を通り掛かり始めると、自分もJunkoも唖然。
次々に目の前を通り過ぎるどでかく頑丈そうな、石炭の様な人の体より大きい石をのせた貨車。何とこれが延々と連なっているのだ。軽く100両以上はあるだろう。
こんなにでかく長い列車は今迄に見た事もない。
通称「アイアン・トレイン」。石炭の様な貨車に積まれたどでかい鉱石は鉄鉱石。
この列車はモーリタニアの主要産物の鉄鉱石を運ぶ輸送列車で、延々と続く貨車の最後の、大蛇の尾の先にわずか2両ばかりつながれた客車は「ついで」なのだ。
Junkoと2人で口をあんぐり開けて、その様を眺めていると、突然、それまで物腰も静かだった紳士、アブダライが叫ぶ。
「クイックリー!!」
見ると、アブダライは走り出したトラックのヘリにつかまって我々を呼んでいる。
「そんな、突然そんな事言われても。」
重いバックパックを背負った肩と腰に渾身の力を込めて、走り出したトラックを追いかけ、その荷台のヘリにつかまるように飛び乗る。
我々がこれから乗ろうとしているアイアントレイン、貨車が100両以上もある為、列車の長さは軽く1km以上。列車は、だいたいの位置でわずかな時間停車するだけ。
末尾に繋がれた2両ばかりの客車がどこに止まるかわからないので、車で追いかけなければならないのだ。
下手をすれば1km以上も離れた客車迄、わずかな停車時間に人の足で走って行く事はできないのだ。
荷台のヘリにしがみつく我々を乗せ、チビトラックは列車の客車を追いかける。
「キュー、ガッタン」
列車が停まった。だが車は急に停まれない。トラックは客車を追い越してしまう。
「飛び降りろー!!」
トラックが数m客車を追い越してしまった所で、トラックのヘリから地面に飛び降り、客車に向かって全速力で走る。
たどり着いた客車の入口は、降りる人と乗る人でごった返している。
何と言ってもこの巨大なアイアン・トレイン、末尾に繋がれた客車と先頭のディーゼル機関車のけん引車まで、その距離1km以上、けん引車の乗務員は1km以上後ろの客車がどこに止まろうと、客の乗り降りの最中だろうと知ったこっちゃないのだ。
適当に停まり、適当に出発するだけ。
急いで乗り降りしないと何の合図もなく列車は又、突然走り始めるのだ。
「何でたかが列車に乗るだけで、ここ迄しなくちゃいけないんだ・・・。」
Junkoはこのせいで、しばらく腰が痛くなってしまったそうだ。
乗降車する人でごった返す小さな入口に、身体と荷物を押し込み、やっとの思いで客車に乗り込むと、またしても唖然。
木造の客車には座席も窓もない。乗客は皆ザコ寝、窓の替わりに、小さな覗き窓が幾つかあるだけ。
「こりゃ客車と言うよりほとんど貨車だ。」
トイレには扉もない。
列車は夜行。夜通し走り続け翌朝ヌアディブに到着する予定だ。
何とか、我々の荷物を置く場所と、寝るスペースだけは確保。
「どうだい、日本の列車とは違ってるかい?」
とアブダライ。
「違ってるも何も・・・」
と、返す言葉が見つからず、ただただ「Yes」とうなづくしかない。
夜、アイアン・トレインでは、まだまだ信じられない事が次々続く。
窓もシートも無い客車には、ちろん電灯などない。
真っ暗な車内を、各々の乗客が持ち合わせた懐中電灯で照らしている。
ウトウトしていたら、急に車内がそれ迄より薄明るくなったので見てみると、何と、火を灯したロウソクをヒモで天井から吊るしてランプ替わりにしているではないか。
更に脇を見ると、ガスコンロでお茶を沸かしているやからまでいる。
列車は時折、「ガタン」とかなり揺れる。その度、客車内の天井に吊るされたロウソクは振り子のように右に左に大きく振れる。火の付いたガスコンロも幾度となく木の床に倒れる。
「火事になったらどうすんだよ!!」
自分もJunkoも目を丸くし、開いた口はふさがらない。
ディーゼルのけん引車はここから1km以上も先、この車両が火事になろうが、きっと知ったこっちゃないだろう。
アイアン・トレインは、夜通し砂漠の真中を走り続ける。
火事にでもなったら、夜の砂漠へ、列車を飛び降りて逃げるしかないのだろうか。
今夜は長い夜になりそうだ。
【食事】
朝:パン、クッキー、ピーナッツ
昼:肉入炊込ライス、
夜:なし
【トラベルメモ】
1US$ ≒250UG(モーリタニア・ウギア)
・シンゲッティ→アタール(4×4小型トラックをヒッチ/座席に乗車) 1時間半弱 5000UG/2人
・アタール→ショム(乗合4×4/TOYOTA)2時間半 1500UG+100UG/荷1コ
・ショム→ヌアディブ(夜行列車:「もう2度と乗りたくない」)19:00発 翌9:00着 11時間 800UG/1人
ところが待てど暮らせど車は来ない所か、静まり返ったシンゲッティの街自体に車のエンジンの音など一つも聞こえて来ない。
乾いた砂漠の街の朝は寒い。
両腕両足をピタッと閉じ、身を小さくして、待ちぼうけする事1時間半。どこからともなく車のエンジン音が聞こえてくる。
すかさずエンジン音が聞こえて来る方へ走り寄る。車は小型トラックだが乗合ではなさそうだ。
手を挙げて車を止める。
「アタール?」
久しぶりのヒッチハイク。妥協した金額は乗合よりかなり割高だったが、座席に2人きりでゆうゆうと座れる。車の状態も良い。
荷台にバックパックを放りのせ、車に乗り込む。
それにしても、モーリタニアに入ってから、野宿に、トラックの荷台での移動、そして今度はヒッチハイク。
西アフリカに入って比較的快適に旅をしていたのだが、やはりサハラの旅はそうは楽はさせてもらえない様だ。
そして、アタールから乗合4×4に乗り継いででショムに向かうと、そこはもう道路と言うには程遠い、いわゆるピスト。
砂漠の中の道無き道を、車高の高い4×4でグイグイ進んで行く。
午後1時半過ぎに着いたショムの街は、ガランとした砂漠の中の荒地に敷かれたむき出しの鉄道のレールの横に、数軒小さなほったて小屋の様な四角い建物が並んでいるだけ。
同じ乗合4×4に乗っていたヌアディブへ行くと言う英語が喋れるオジサンをつかまえて、
「駅はどこですか?」
と聞くと、
「列車が来るのは5時頃だから、しばらくここで休んで行こうよ。駅へはその頃一緒に行きましょう。」
おじさんについて、地ベタにじゅうたんが敷かれたそれはそれは質素なレストランへクツをぬいで入る。
アブダライと名乗るそのおじさん、今はモロッコ管轄で未だ独立問題がくすぶる西サハラの人で、今はモーリタニアはヌアディブのファミリーの所(多分親せきの家族)に寄せてもらっているそうだ。
「ヌアディブからダグラへ行きたいのだが、公共の交通機関はあるのですか?」
ダクラとはモロッコ/西サハラの街、モーリタニアから国境を越えてダグラ迄行くのは難しいという噂だが、確かな情報は持ち合わせていない。アブダライに尋ねると、
「Yes イエス。乗合のランドローバーがダグラ迄出てるよ。」
何だ、乗合があるって事は、思っていたよりも簡単に国境を越えてダグラへ行けそうだ。この時ばかりはそう思って楽観していたのだが・・・。
手づかみで、昼食に洗面器に盛られたご飯を食べた後、アブダライや他の人達と、レストランのじゅうたんの上で茶を飲み横になって列車の時間を待つ。
これがこちらモーリタニアン・スタイルなのだ。
寝そべってレストランの建物をよく見てみると、太い鉄道のレールを組んで作られている。
すぐそこに敷かれた鉄道の脇には、要らなくなったレールその他がガレキの山となって、放り捨てられている。そこから拾ってきた廃材で家を建てたのだろう。
隙間だらけだが、ここは砂漠の街、雨も降らないだろうし、鉄筋だから丈夫に違いない。
夕方6時過ぎ、アブダライについて小型トラックの荷台に乗り、駅舎もホームもない駅と呼ばれる砂漠の荒野のレール脇へ行って、列車を待つ。
澄んだ乾ききった大気の中、夕日に染まる広大な焼けた大地が美しい。
「ガガン、ガガン」
午後7時前、そんな美しいランドスケープをバックに、ディーゼル機関車に引かれた列車の先頭がゆっくりと視界に入ってくる。

そして列車が目の前を通り掛かり始めると、自分もJunkoも唖然。
次々に目の前を通り過ぎるどでかく頑丈そうな、石炭の様な人の体より大きい石をのせた貨車。何とこれが延々と連なっているのだ。軽く100両以上はあるだろう。
こんなにでかく長い列車は今迄に見た事もない。
通称「アイアン・トレイン」。石炭の様な貨車に積まれたどでかい鉱石は鉄鉱石。
この列車はモーリタニアの主要産物の鉄鉱石を運ぶ輸送列車で、延々と続く貨車の最後の、大蛇の尾の先にわずか2両ばかりつながれた客車は「ついで」なのだ。
Junkoと2人で口をあんぐり開けて、その様を眺めていると、突然、それまで物腰も静かだった紳士、アブダライが叫ぶ。
「クイックリー!!」
見ると、アブダライは走り出したトラックのヘリにつかまって我々を呼んでいる。
「そんな、突然そんな事言われても。」
重いバックパックを背負った肩と腰に渾身の力を込めて、走り出したトラックを追いかけ、その荷台のヘリにつかまるように飛び乗る。
我々がこれから乗ろうとしているアイアントレイン、貨車が100両以上もある為、列車の長さは軽く1km以上。列車は、だいたいの位置でわずかな時間停車するだけ。
末尾に繋がれた2両ばかりの客車がどこに止まるかわからないので、車で追いかけなければならないのだ。
下手をすれば1km以上も離れた客車迄、わずかな停車時間に人の足で走って行く事はできないのだ。
荷台のヘリにしがみつく我々を乗せ、チビトラックは列車の客車を追いかける。
「キュー、ガッタン」
列車が停まった。だが車は急に停まれない。トラックは客車を追い越してしまう。
「飛び降りろー!!」
トラックが数m客車を追い越してしまった所で、トラックのヘリから地面に飛び降り、客車に向かって全速力で走る。
たどり着いた客車の入口は、降りる人と乗る人でごった返している。
何と言ってもこの巨大なアイアン・トレイン、末尾に繋がれた客車と先頭のディーゼル機関車のけん引車まで、その距離1km以上、けん引車の乗務員は1km以上後ろの客車がどこに止まろうと、客の乗り降りの最中だろうと知ったこっちゃないのだ。
適当に停まり、適当に出発するだけ。
急いで乗り降りしないと何の合図もなく列車は又、突然走り始めるのだ。
「何でたかが列車に乗るだけで、ここ迄しなくちゃいけないんだ・・・。」
Junkoはこのせいで、しばらく腰が痛くなってしまったそうだ。
乗降車する人でごった返す小さな入口に、身体と荷物を押し込み、やっとの思いで客車に乗り込むと、またしても唖然。
木造の客車には座席も窓もない。乗客は皆ザコ寝、窓の替わりに、小さな覗き窓が幾つかあるだけ。
「こりゃ客車と言うよりほとんど貨車だ。」
トイレには扉もない。
列車は夜行。夜通し走り続け翌朝ヌアディブに到着する予定だ。
何とか、我々の荷物を置く場所と、寝るスペースだけは確保。
「どうだい、日本の列車とは違ってるかい?」
とアブダライ。
「違ってるも何も・・・」
と、返す言葉が見つからず、ただただ「Yes」とうなづくしかない。
夜、アイアン・トレインでは、まだまだ信じられない事が次々続く。
窓もシートも無い客車には、ちろん電灯などない。
真っ暗な車内を、各々の乗客が持ち合わせた懐中電灯で照らしている。
ウトウトしていたら、急に車内がそれ迄より薄明るくなったので見てみると、何と、火を灯したロウソクをヒモで天井から吊るしてランプ替わりにしているではないか。
更に脇を見ると、ガスコンロでお茶を沸かしているやからまでいる。
列車は時折、「ガタン」とかなり揺れる。その度、客車内の天井に吊るされたロウソクは振り子のように右に左に大きく振れる。火の付いたガスコンロも幾度となく木の床に倒れる。
「火事になったらどうすんだよ!!」
自分もJunkoも目を丸くし、開いた口はふさがらない。
ディーゼルのけん引車はここから1km以上も先、この車両が火事になろうが、きっと知ったこっちゃないだろう。
アイアン・トレインは、夜通し砂漠の真中を走り続ける。
火事にでもなったら、夜の砂漠へ、列車を飛び降りて逃げるしかないのだろうか。
今夜は長い夜になりそうだ。
【食事】
朝:パン、クッキー、ピーナッツ
昼:肉入炊込ライス、
夜:なし
【トラベルメモ】
1US$ ≒250UG(モーリタニア・ウギア)
・シンゲッティ→アタール(4×4小型トラックをヒッチ/座席に乗車) 1時間半弱 5000UG/2人
・アタール→ショム(乗合4×4/TOYOTA)2時間半 1500UG+100UG/荷1コ
・ショム→ヌアディブ(夜行列車:「もう2度と乗りたくない」)19:00発 翌9:00着 11時間 800UG/1人

- サハラに浮かぶ古代都市、世界遺産「シンゲッティ」 (モーリタニア)アタール→シンゲッテ
-
エリア:
- アフリカ>モーリタニア>モーリタニアその他の都市
- テーマ:世界遺産
- 投稿日:2001/03/12 16:24
灼熱の砂漠の中を走るシンゲッティ行の交通機関は、1日1〜2本あればいい、乗合のトラック。
座席もある事はあるが、既に地元の人の予約(口約束)でいっぱい。
荷台に積まれた荷物の上で、頭にターバンを巻き、顔には日焼け止め、防塵メガネを付けて、完全防備態勢で身を引き締める。
昨日、ヌアクショットからアタール迄の道のりは砂漠の中の平坦な一本道だったが、今日のアタールからシンゲッティ迄の道は、乾いたガレキ砂漠の峠を一つ越える。
緑の無い焼けた地肌むき出しの峠は、まるで火星かどこかのようだ。
砂漠の峠を越えてしばらく進むと、乗合トラックは停車。座席に乗っていた一家族が降りて行く。
また少し進むと、今度は荷台に座っていたおじさんも降車。
どちらも、見渡す限り家など一軒も見当たらない砂漠のど真ん中。
こんな所で降りて一、体どこに行くと言うのだろうか。全く持ってミステリアスだ。
午後、夕刻前、容赦ない日射しが照りつけるシンゲッティの街に到着。
かつて、サハラ砂漠のラクダ交易の中継都市として栄えた街並がそのまま残る、世界遺産の街シンゲッティ。
広大なサハラの砂丘を背景にしたその街並は、街と言うよりは村、集落と言っていいだろう。

夕方、食事が取れる所を探したが、ホテル以外で食事が取れる所はなく、露店のおばさんからパンなどを買って、夕食につまむ。
砂丘の向こうに日が沈みかけた頃、静か過ぎる街中に、涼を求めてかポツリ、ポツリと人影が増し始める。
薄い布をひる返しながら少女達がじゃれ合い、たわむれ、遠く夕暮れの斜めの日射しにその芸術的な曲線の影を作りサンドベージュに染まる砂丘を、眺める。

この街でする事は、何も無い。
悠久と変わらぬその時間を、彼女達とともに味わう事以外は。
【食事】
朝:パン
昼:パン
夜:パン、ピーナッツ、クッキー、コーラ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・アタール→シンゲッティ(乗合小型4WDトラック) 約2時間 1200UG/1人
【宿】
(シンゲッティ)Auberge Cara rano 1000UG/1人
座席もある事はあるが、既に地元の人の予約(口約束)でいっぱい。
荷台に積まれた荷物の上で、頭にターバンを巻き、顔には日焼け止め、防塵メガネを付けて、完全防備態勢で身を引き締める。
昨日、ヌアクショットからアタール迄の道のりは砂漠の中の平坦な一本道だったが、今日のアタールからシンゲッティ迄の道は、乾いたガレキ砂漠の峠を一つ越える。
緑の無い焼けた地肌むき出しの峠は、まるで火星かどこかのようだ。
砂漠の峠を越えてしばらく進むと、乗合トラックは停車。座席に乗っていた一家族が降りて行く。
また少し進むと、今度は荷台に座っていたおじさんも降車。
どちらも、見渡す限り家など一軒も見当たらない砂漠のど真ん中。
こんな所で降りて一、体どこに行くと言うのだろうか。全く持ってミステリアスだ。
午後、夕刻前、容赦ない日射しが照りつけるシンゲッティの街に到着。
かつて、サハラ砂漠のラクダ交易の中継都市として栄えた街並がそのまま残る、世界遺産の街シンゲッティ。
広大なサハラの砂丘を背景にしたその街並は、街と言うよりは村、集落と言っていいだろう。

夕方、食事が取れる所を探したが、ホテル以外で食事が取れる所はなく、露店のおばさんからパンなどを買って、夕食につまむ。
砂丘の向こうに日が沈みかけた頃、静か過ぎる街中に、涼を求めてかポツリ、ポツリと人影が増し始める。
薄い布をひる返しながら少女達がじゃれ合い、たわむれ、遠く夕暮れの斜めの日射しにその芸術的な曲線の影を作りサンドベージュに染まる砂丘を、眺める。

この街でする事は、何も無い。
悠久と変わらぬその時間を、彼女達とともに味わう事以外は。
【食事】
朝:パン
昼:パン
夜:パン、ピーナッツ、クッキー、コーラ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・アタール→シンゲッティ(乗合小型4WDトラック) 約2時間 1200UG/1人
【宿】
(シンゲッティ)Auberge Cara rano 1000UG/1人

- 砂漠の国 (モーリタニア)ヌアクショット→アタール
-
エリア:
- アフリカ>モーリタニア>ヌアクショット
- アフリカ>モーリタニア>モーリタニアその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色
- 投稿日:2001/03/11 16:15
モーリタニアに来てみて思う事、みんな日がなお茶を飲んでは寝て暮らしている。
今日も朝、アタール行の乗合4×4のチケットを買うも、客が集まって出発したのは午後の4時。それ迄、客も乗務員も切符売りも、地べたに横になり、日がな寝て待つ。
乗場近くの商店も屋台の食堂のおばさんも横になって寝ている。
昨夕散歩した、ヌアクショットのマーケットでも、寝ながら客を待つ店が幾つもあった。
まあ、暑い上に客足もまばら、仕方ないとは言え、ここモーリタニアでも、我々を日本人と見ると、
「日本人はお金持ちでいいネー」
なんてよく言われるけど、日本じゃ昼間から寝てばかりじゃ喰ってけないんだよ・・・。
ヌアクショットは、モーリタニアの首都。小ぢんまりしているとは言え、それなりに整った都会だ。
だが驚かされるのは、そんな都心をほんの少し郊外に外れただけで、景色は見渡す限りの大砂漠。
郊外に立つ建物は、砂の中にうずもれそうになっている。
モーリタニアは、国土全体がスッポリ、サハラ砂漠の中に存在する、正に砂漠の国なのだ。
砂丘の上に幾重にも描かれた風紋の縞模様が夕暮れに染まる中、サラサラのパウダーサンドが風にのって道を横切る。

そんなサハラ砂漠の織りなす景観に、時にうっとりと見とれ、時に唖然とさせられたりする中、我々を乗せた乗合4×4は深夜12:30過ぎ、アタールに到着。
しんと静まり返った闇夜の砂漠の街、野宿を決めて、道路脇に荷物を置き、寝る準備をしていると、一人の男が
「これを使って。」
と毛布を手渡してくれるではないか。
「メルシー、ブークー(有難うございます)。朝、毛布はどこに返しに行ったらいいですか?」
と尋ねると、路地の数軒先の薄明かりを指さして、
「私の家はあそこだから。」
道端で寝ようとしている外人に毛布を貸してあげられますか?!
乾いた冷たい空気に包まれた砂漠の街の街角で、暖かい毛布を敷いて眠りに就く。
毛布のほのかなぬくもりが胸にしみる。
【食事】
朝:パン
昼:リ・ポワソン
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・ヌアクショット→アタール(乗合4×4) 8.5時間 2500UG/1人(本当は3000UGらしいがまけてもらった。)
【宿】 (野宿)
今日も朝、アタール行の乗合4×4のチケットを買うも、客が集まって出発したのは午後の4時。それ迄、客も乗務員も切符売りも、地べたに横になり、日がな寝て待つ。
乗場近くの商店も屋台の食堂のおばさんも横になって寝ている。
昨夕散歩した、ヌアクショットのマーケットでも、寝ながら客を待つ店が幾つもあった。
まあ、暑い上に客足もまばら、仕方ないとは言え、ここモーリタニアでも、我々を日本人と見ると、
「日本人はお金持ちでいいネー」
なんてよく言われるけど、日本じゃ昼間から寝てばかりじゃ喰ってけないんだよ・・・。
ヌアクショットは、モーリタニアの首都。小ぢんまりしているとは言え、それなりに整った都会だ。
だが驚かされるのは、そんな都心をほんの少し郊外に外れただけで、景色は見渡す限りの大砂漠。
郊外に立つ建物は、砂の中にうずもれそうになっている。
モーリタニアは、国土全体がスッポリ、サハラ砂漠の中に存在する、正に砂漠の国なのだ。
砂丘の上に幾重にも描かれた風紋の縞模様が夕暮れに染まる中、サラサラのパウダーサンドが風にのって道を横切る。

そんなサハラ砂漠の織りなす景観に、時にうっとりと見とれ、時に唖然とさせられたりする中、我々を乗せた乗合4×4は深夜12:30過ぎ、アタールに到着。
しんと静まり返った闇夜の砂漠の街、野宿を決めて、道路脇に荷物を置き、寝る準備をしていると、一人の男が
「これを使って。」
と毛布を手渡してくれるではないか。
「メルシー、ブークー(有難うございます)。朝、毛布はどこに返しに行ったらいいですか?」
と尋ねると、路地の数軒先の薄明かりを指さして、
「私の家はあそこだから。」
道端で寝ようとしている外人に毛布を貸してあげられますか?!
乾いた冷たい空気に包まれた砂漠の街の街角で、暖かい毛布を敷いて眠りに就く。
毛布のほのかなぬくもりが胸にしみる。
【食事】
朝:パン
昼:リ・ポワソン
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・ヌアクショット→アタール(乗合4×4) 8.5時間 2500UG/1人(本当は3000UGらしいがまけてもらった。)
【宿】 (野宿)

- 26カ国目、モーリタニア (セネガル)ダカール→ロッソ→(モーリタニア)ヌアクショット
-
エリア:
- アフリカ>セネガル>ダカール
- アフリカ>セネガル>セネガルその他の都市
- アフリカ>モーリタニア>ヌアクショット
- テーマ:街中・建物・景色 その他
- 投稿日:2001/03/10 15:05
朝早く、ダカールのガール・ルティエール(バスステーション)から、乗合タクシーで、モーリタニアとの国境の街ロッソへ向かう。
ロッソの街の国境に流れる川。この川の向こうはモーリタニアだが、国境の川に架かる橋は見当たらない。
渡し舟での国境通過だ。
ロッソのイミグレでセネガル出国のスタンプをパスポートに貰って乗込もうとすると、小さな舟は既に人がいっぱいで、見るからに満員。
身を小さくして、肩とお尻をくっつけ合って座って待っている人達に、更に無理矢理お尻をつめてもらって、我々2人の荷物とお尻をその間に放り込む。
「ギューッ☆」
「いくら?」
と尋ねると、
「1人1000フラン」
と船頭のおじさん。すると脇の方から
「ノー、ノー!一人500フランでしょ。」
助けてくれたのは、ボランティアで来ていると言うアメリカ人の女性2人組。
「ヌアクショットまで、(乗合タクシーか何かの)車で行くんでしょ。一緒に行きましょう。」
モーリタニア側の岸で舟を降りて、入国手続きをしていると、2人組のアメリカ人女性がスーツ姿の中年男に話掛けられている。どうやら男は車を持っているようで、2人を車に誘っている様に見える。
乗合タクシーの客引かと思って近づいて行くと
「日本人ですか?」
と日本語で話しかけられる。
その中年のおじさん、日本で働いていた事もあると言う、モーリタニア人のビジネスマンで、日本語が喋れるのだ。
車は、ピカピカのシトロエン。もちろんパワーウインドウにエアコン付。その車でアメリカ人女性2人と我々日本人2人をヌアクショット迄乗せて連れて行ってくれると言う。
「ベリー、ラッキー!」
アメリカ人女性2人組は、大はしゃぎで大喜び。
こんな時つい「恐縮」して、「サンキュー」と口ずさむ日本人の我々2人。
車が走り始めると、国境の川一つ越えただけなのに、モーリタニア側の景色はセネガルとは一変する。
車窓の外に拡がるのは、どこまでも続く乾き切った大地。
正に今、我々はサハラ砂漠に立ち入ったのだ。
ガレキの荒野型の砂漠の向こうには、こんもりと幾つものなめらかな丸い頂きをたずさえた砂丘が照りつける日射しに敢然と輝く。

驚いた事に、そんな何もない砂漠の中に、テントの集落や村が点在している。
「こんな厳しい環境の中で、いったいどうやって暮らしていけるんだろうか。」
余りにも自分が暮らす場所とは異なるその有様に、心の中で素朴な疑問が湧き上がる。
「もうひと山ありそうな気がする。」とはJunkoの弁。
そう、我々のアフリカ縦横断の旅最後の難関と見込まれる、「サハラ越え」の幕が、今、上げられたのだ。
【食事】
朝:揚パン
昼:リ・ポワソン
夜:ミカン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 660CFA(西アフリカセーファ・フラン)
1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・ダカール→ロッソ(乗合タクシー) 5時間 5000CFA/1人+7500CFA/荷1コ
・ロッソ国境の川の渡し舟 500CFA/1人 1分
・モーリタニア入国税 200CFA
・ロッソ→ヌアクショット(親切な人の車に乗せてもらう/無料) 3時間
・モーリタニアのビザ 必要。 我々はマリのバマコで取得。
【宿】
(ヌアクショット)Auberge le Relais 3500UG/W-1室
※ヌアクショットは首都の割に小さい街だが、フォレックス・ビューローが沢山あり、CFAフラン、USD、FF等両替できる。VISAカードでキャッシングできるビューローもある。又、インターネットカフェも沢山ある。
ロッソの街の国境に流れる川。この川の向こうはモーリタニアだが、国境の川に架かる橋は見当たらない。
渡し舟での国境通過だ。
ロッソのイミグレでセネガル出国のスタンプをパスポートに貰って乗込もうとすると、小さな舟は既に人がいっぱいで、見るからに満員。
身を小さくして、肩とお尻をくっつけ合って座って待っている人達に、更に無理矢理お尻をつめてもらって、我々2人の荷物とお尻をその間に放り込む。
「ギューッ☆」
「いくら?」
と尋ねると、
「1人1000フラン」
と船頭のおじさん。すると脇の方から
「ノー、ノー!一人500フランでしょ。」
助けてくれたのは、ボランティアで来ていると言うアメリカ人の女性2人組。
「ヌアクショットまで、(乗合タクシーか何かの)車で行くんでしょ。一緒に行きましょう。」
モーリタニア側の岸で舟を降りて、入国手続きをしていると、2人組のアメリカ人女性がスーツ姿の中年男に話掛けられている。どうやら男は車を持っているようで、2人を車に誘っている様に見える。
乗合タクシーの客引かと思って近づいて行くと
「日本人ですか?」
と日本語で話しかけられる。
その中年のおじさん、日本で働いていた事もあると言う、モーリタニア人のビジネスマンで、日本語が喋れるのだ。
車は、ピカピカのシトロエン。もちろんパワーウインドウにエアコン付。その車でアメリカ人女性2人と我々日本人2人をヌアクショット迄乗せて連れて行ってくれると言う。
「ベリー、ラッキー!」
アメリカ人女性2人組は、大はしゃぎで大喜び。
こんな時つい「恐縮」して、「サンキュー」と口ずさむ日本人の我々2人。
車が走り始めると、国境の川一つ越えただけなのに、モーリタニア側の景色はセネガルとは一変する。
車窓の外に拡がるのは、どこまでも続く乾き切った大地。
正に今、我々はサハラ砂漠に立ち入ったのだ。
ガレキの荒野型の砂漠の向こうには、こんもりと幾つものなめらかな丸い頂きをたずさえた砂丘が照りつける日射しに敢然と輝く。

驚いた事に、そんな何もない砂漠の中に、テントの集落や村が点在している。
「こんな厳しい環境の中で、いったいどうやって暮らしていけるんだろうか。」
余りにも自分が暮らす場所とは異なるその有様に、心の中で素朴な疑問が湧き上がる。
「もうひと山ありそうな気がする。」とはJunkoの弁。
そう、我々のアフリカ縦横断の旅最後の難関と見込まれる、「サハラ越え」の幕が、今、上げられたのだ。
【食事】
朝:揚パン
昼:リ・ポワソン
夜:ミカン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 660CFA(西アフリカセーファ・フラン)
1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・ダカール→ロッソ(乗合タクシー) 5時間 5000CFA/1人+7500CFA/荷1コ
・ロッソ国境の川の渡し舟 500CFA/1人 1分
・モーリタニア入国税 200CFA
・ロッソ→ヌアクショット(親切な人の車に乗せてもらう/無料) 3時間
・モーリタニアのビザ 必要。 我々はマリのバマコで取得。
【宿】
(ヌアクショット)Auberge le Relais 3500UG/W-1室
※ヌアクショットは首都の割に小さい街だが、フォレックス・ビューローが沢山あり、CFAフラン、USD、FF等両替できる。VISAカードでキャッシングできるビューローもある。又、インターネットカフェも沢山ある。

- 世界遺産「ゴレ島」 (セネガル)ダカール
-
エリア:
- アフリカ>セネガル>ダカール
- テーマ:世界遺産
- 投稿日:2001/03/09 15:00
午後、大西洋に面したアフリカ大陸のほぼ西端、ここダカールの街の港から、ゴレ島行の船に乗る。
ダカールの港から船で30分程の沖合にある小さな島、ゴレ島は、かつて奴隷の積出港として使われていた島で、今も当時のフランス植民地時代そのままの街並が残る世界遺産の島だ。
だが、現在のゴレ島には、そんな悲惨な歴史の面影もなく、青い空の海をバックに植民地時代の趣のある美しい街並の路地に、お土産物屋が並び、美しい布をまとった地元のマダム、マドモワゼル達に混じって、沢山の白人観光客がそこを闊歩している。
波音と大西洋からの風が目に肌に心地いい。静かで、ピースフル。ゆったりと時が流れている。

ダカールの街に戻り、日没後、繁華街の土産物屋で物色していると、一見の屋台で、カワイい布地の小さなバックを1000CFAだと言うので、1000CFA札を差し出すと、その土産物屋の男、やっぱり1500CFAだからあと500CFAよこせと言ってくる。
すかさずその男の腕をつかみ、ねじり、握っていた、こちらが支払った1000CFA札を奪い返す。
「せっかくゴレ島でゆったりのんびりしていい気分になってたのに・・・。」
すっかり暗くなったダカールの街を、2人で速足で宿に戻る。
ゴレ島こそ静かだったとは言え、ここは大都会、ダカール。治安も良くないときいている。
「やっぱり夜は大人しくしていようよ。」
【食事】
朝:パン、カフェオレ
昼:リ・ポワソン(炊込ご飯の上に煮魚とゆで野菜をのせたもの)
夜:パン、ゆで玉子、マンゴ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 660CFA(西アフリカセーファ・フラン)
・ダカール→ゴレ島(船)3000CFA/1人往復
※今日、午前中、情報ノートが置いてあるというダカールの日本大使館に行ってきました。本も沢山あり、気軽に入って見る事ができます。貸りる事もできるそうです。とても親切な大使館で感心しました。
【宿】
(ダカール)Hotel Provincial 3800CFA/W-1室
ダカールの港から船で30分程の沖合にある小さな島、ゴレ島は、かつて奴隷の積出港として使われていた島で、今も当時のフランス植民地時代そのままの街並が残る世界遺産の島だ。
だが、現在のゴレ島には、そんな悲惨な歴史の面影もなく、青い空の海をバックに植民地時代の趣のある美しい街並の路地に、お土産物屋が並び、美しい布をまとった地元のマダム、マドモワゼル達に混じって、沢山の白人観光客がそこを闊歩している。
波音と大西洋からの風が目に肌に心地いい。静かで、ピースフル。ゆったりと時が流れている。

ダカールの街に戻り、日没後、繁華街の土産物屋で物色していると、一見の屋台で、カワイい布地の小さなバックを1000CFAだと言うので、1000CFA札を差し出すと、その土産物屋の男、やっぱり1500CFAだからあと500CFAよこせと言ってくる。
すかさずその男の腕をつかみ、ねじり、握っていた、こちらが支払った1000CFA札を奪い返す。
「せっかくゴレ島でゆったりのんびりしていい気分になってたのに・・・。」
すっかり暗くなったダカールの街を、2人で速足で宿に戻る。
ゴレ島こそ静かだったとは言え、ここは大都会、ダカール。治安も良くないときいている。
「やっぱり夜は大人しくしていようよ。」
【食事】
朝:パン、カフェオレ
昼:リ・ポワソン(炊込ご飯の上に煮魚とゆで野菜をのせたもの)
夜:パン、ゆで玉子、マンゴ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 660CFA(西アフリカセーファ・フラン)
・ダカール→ゴレ島(船)3000CFA/1人往復
※今日、午前中、情報ノートが置いてあるというダカールの日本大使館に行ってきました。本も沢山あり、気軽に入って見る事ができます。貸りる事もできるそうです。とても親切な大使館で感心しました。
【宿】
(ダカール)Hotel Provincial 3800CFA/W-1室
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