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- 駅で情報収集 (スーダン)ハルツーム
-
エリア:
- アフリカ>スーダン>ハルツ−ム
- テーマ:街中・建物・景色 旅行準備
- 投稿日:2001/01/02 14:58
年末年始はすっかりのんびりおいしい物を沢山食べさせてもらったここスーダンのハルツームも、今日1月2日はお正月明けの祝日明け。銀行もやっている。
そういう訳で、我々もお正月明け。銀行で両替を済ますと、ハルツーム・ノースにある鉄道駅に向かう。
ハルツームは大きな街、大都会だ。 ハルツームと呼ばれている街は、実は大きな3つの街によって出来ている。
一つは中心地、ハルツーム。
一つはその北部のハルツーム・ノース(現地ではバハリと呼ばれている)。
そして最後は旧市街のオムダーマン。
我々は、「チャド方面のニャラという街まで列車があるらしい」という情報をキャッチ。駅があるというハルツーム・ノースへ、切符を買いに行く事にしたのだ。
そうは言ってもここはスーダン、ほとんど英語は通じないというのが実感だ。街を歩いていてもアラビア語表示だけの看板も目立つ。
エチオピア国境のガラバートからゲダレフ間でのローリー(トラック)で一緒だった、英語もアラビア語も話せるエチオピア人に教えてもらって、簡単なアラビア語のアンチョコは作成したのだが、どうもまだ最低限のコミュニケーションも上手く取れない。
そこで宿を出る前、英語を少し話せるフロントの人に頼んで、「ハルツーム・ノース」と「鉄道の駅」をアラビア語で紙片に書いてもらう。これをバスの乗務員や道行く人に見せ、なんとかハルツーム・ノースの駅までたどり着く目算だ。
その紙片を見せ、ハルツーム・ノースと叫びながら、ハルツーム中心街からミニバスに揺られて何とかハルツーム・ノースのミニバス・ジャンクションへ。
このバスジャンクションから鉄道駅まで結構距離があり、炎天下の猛暑と砂ぼこりの中、フラフラになりながら、途中、路地売りのグレープフルーツで水分を補給しながら、お昼過ぎようやく駅舎の立派なビルにたどり着く。
駅で聞くと、
「ニャラ行の列車は日曜発。切符は木曜日に売り出されるからまた、木曜日また来なさい」とのこと。
今日は火曜日。日曜日まで5日間もある。
「随分あるな」と思う反面、
「それまでゆっくりハルツームでおいしい物を食べて暮らせるな」とも思う。
それにしても駅の人が英語を喋れて良かった。
「木曜日また来ます。」
【食事】
朝:ホットミルク、トマト、パン
昼:魚、フライ、焼肉バーガー
夜:豆スープかけご飯、焼肉、干ブドウジュース (半生乾燥のブドウを搾ったジュース。これもまた旨い!)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ハルツーム→ハルツームノース(ミニバス)片道255D/1人 10分位
【宿】(ハルツーム)Haramein Hotel1200SD/W1室
そういう訳で、我々もお正月明け。銀行で両替を済ますと、ハルツーム・ノースにある鉄道駅に向かう。
ハルツームは大きな街、大都会だ。 ハルツームと呼ばれている街は、実は大きな3つの街によって出来ている。
一つは中心地、ハルツーム。
一つはその北部のハルツーム・ノース(現地ではバハリと呼ばれている)。
そして最後は旧市街のオムダーマン。
我々は、「チャド方面のニャラという街まで列車があるらしい」という情報をキャッチ。駅があるというハルツーム・ノースへ、切符を買いに行く事にしたのだ。
そうは言ってもここはスーダン、ほとんど英語は通じないというのが実感だ。街を歩いていてもアラビア語表示だけの看板も目立つ。
エチオピア国境のガラバートからゲダレフ間でのローリー(トラック)で一緒だった、英語もアラビア語も話せるエチオピア人に教えてもらって、簡単なアラビア語のアンチョコは作成したのだが、どうもまだ最低限のコミュニケーションも上手く取れない。
そこで宿を出る前、英語を少し話せるフロントの人に頼んで、「ハルツーム・ノース」と「鉄道の駅」をアラビア語で紙片に書いてもらう。これをバスの乗務員や道行く人に見せ、なんとかハルツーム・ノースの駅までたどり着く目算だ。
その紙片を見せ、ハルツーム・ノースと叫びながら、ハルツーム中心街からミニバスに揺られて何とかハルツーム・ノースのミニバス・ジャンクションへ。
このバスジャンクションから鉄道駅まで結構距離があり、炎天下の猛暑と砂ぼこりの中、フラフラになりながら、途中、路地売りのグレープフルーツで水分を補給しながら、お昼過ぎようやく駅舎の立派なビルにたどり着く。
駅で聞くと、
「ニャラ行の列車は日曜発。切符は木曜日に売り出されるからまた、木曜日また来なさい」とのこと。
今日は火曜日。日曜日まで5日間もある。
「随分あるな」と思う反面、
「それまでゆっくりハルツームでおいしい物を食べて暮らせるな」とも思う。
それにしても駅の人が英語を喋れて良かった。
「木曜日また来ます。」
【食事】
朝:ホットミルク、トマト、パン
昼:魚、フライ、焼肉バーガー
夜:豆スープかけご飯、焼肉、干ブドウジュース (半生乾燥のブドウを搾ったジュース。これもまた旨い!)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ハルツーム→ハルツームノース(ミニバス)片道255D/1人 10分位
【宿】(ハルツーム)Haramein Hotel1200SD/W1室

- 秘境の国境越え (エチオピア)メッタマ→(スーダン)ガラバート→ゲダレフ
-
エリア:
- アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
- アフリカ>スーダン>スーダンその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 グルメ
- 投稿日:2000/12/28 14:21
朝8時、軽い朝食を済ますと、エチオピアのイミグレ係官の先導で、歩いて国境を渡り、スーダン側のガラバートへ。
ガラバートのスーダンのイミグレーションの話では
「今スーダンはラマダン明けの祝日中で、今日は車はない。多分2〜3日は待つことになる。」
しばらくして「ここで車を待つ様に。」と、パスポートコントロールオフィスの敷地(と言ってもワラの塀で囲まれただけの場所)内のワラブキの小屋へ通され、そこのベッドで日がな2人で昼寝をしてゲダレフへ行く車が現れるのを待つ。
「今日にもゲダレフ行の車に乗れるのだろうか?それともここで2〜3日待つのだろうか?今日車がなければ、もしかしたら、(エチオピア側の)メッタマへ返されてしまうのだろうか?」
小屋の中は、強烈な日差しがさえぎられ、いくらかは過ごし易いとは言え、うだるような暑さ。それに昨日からパンばかり、でロクな物も食べてない。
お昼前、うなだれるJunkoを置いてガラバートの集落へ昼食の買い出しに出る。
ここガラバート、街と言うほどでもない、エチオピアとの輸出入の物資が積まれ、その作業者達が働くそれだけの場所で、宿もなければ人々の生活している空気もうかがえない。 作業員や働く人向けの屋台だけは幾つか並んでいる。
屋台街へ分け入ると、それでもここはスーダン、エチオピアの村などとは売られている食べ物が明らかに異なっている。エチオピアではほとんど見られなかった卵焼き(スクランブルエッグ風)、や、油がギトギトのヤギか羊のシシカバブ風の焼肉などもある。
栄養を付けなければと言う思いも山々だが、この猛暑だ。さっぱりとしたトマト一山と、大きなおわんに入った冷えたオレンジジュースを持ってJunkoがうなだれる小屋へ戻る。
手持ちのパンと併せてトマトをしゃぶる。乾いた体に冷えたオレンジジュースでクールダウン。どうやらJunkoも生き返った様だ。
「もう今日は車はないだろう。」とあきらめかけた夕方4時過ぎ、突然、小屋に男が入って来る。
「車が来たから荷物を持って来い。」
急いで荷物を持って外に出て聞き返す。
「我々のパスポートはどこにあるのか。」
実は昨日、エチオピアのイミグレ官にパスポートを預けてからずっと自分たちのパスポートを手にしていないのだ。パスポートは、エチオピアのイミグレ官からスーダンのイミグレ官に渡っている様子だが、心配だ。
「パスポートはドライバーが持っている、大丈夫だから乗れ。」
「本当に大丈夫なのだろうか。」と、外で待っているオンボロトラックの荷台の荷物の上に乗り込む。
トラックは、これまでエチオピアでは峠道が多かったのとは一変し、真っ平らな大地が夕日に染まる中、ゴトゴトとひた走る。久しぶりに見るアフリカの地平線に、真っ赤な夕日が沈もうとしている。
トラックは途中、荷物の積み降ろし作業の為、幾つか小さな村を経由する。そのたび荷台の上から目を凝らす。
とにかく情報が少ないスーダンという国、「いったいどんな所でどんな人達が暮らしているのか?」
そして一番大事なのは「どんな物を食べているのか?」 これから先、水や食料は大丈夫なのか。
どうやら小さな村でもパンや焼肉、ミルク等は売っている様だ。トマトなどの野菜も、お茶やジュース、コーラなどの飲み物もある。まあ、これなら何とか飢えずにやって行けそうだ。
すっかり日が落ちて暗くなると、夜空に薄いおわん型の三日月とその真上に一番星が輝く。
「これがアラブの、イスラムの月と星か!」
一ヶ月前、この三日月と一番星でイスラム教最大のイベントの一つ、ラマダン(断食)が始まり、それから一ヶ月後の幾日か前、この三日月と一番星でラマダンが明けた(終わった)のだ。
やがて空には天の川が流れ、満天の星空に。
「ア、ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤー」前方から歌声とも奇声とも聞こえる、ウラ声による人の声の束が聞こえてくる。トラックのサーチライトに照らし出されたのは、美しい布をなびかせたスラッと背筋が伸びた女性達。
トラックの荷台から手を振ると、更に声高らかに、星空に向かって元気良く跳躍してダンスまでしながら、楽しそう夜道を皆で歩いている。
女性達の歌声が遠ざかってしばらくすると、スーッと目の前を流れ星が大きな弧を描く。
【食事】
朝:パン、カルカデ茶
昼:パン、トマト、オレンジジュース
夜:インジェラ(トラックのドライバー宅でごちそうになる)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ガラバート→ゲダレフ(トラック/ローリー)150US$/1人 16:30発00:00過着
【宿】
・(ゲダレフ)ゲダレフ郊外のドライバー宅の小屋のベッドで、トラックの助手達と一緒に寝かせてもらう。 無料。
※この所、トラックにばかり乗ってると思いませんか? 結構大変です。しんどくないと言ったらウソになります。。。応援よろしくお願いします。
ガラバートのスーダンのイミグレーションの話では
「今スーダンはラマダン明けの祝日中で、今日は車はない。多分2〜3日は待つことになる。」
しばらくして「ここで車を待つ様に。」と、パスポートコントロールオフィスの敷地(と言ってもワラの塀で囲まれただけの場所)内のワラブキの小屋へ通され、そこのベッドで日がな2人で昼寝をしてゲダレフへ行く車が現れるのを待つ。
「今日にもゲダレフ行の車に乗れるのだろうか?それともここで2〜3日待つのだろうか?今日車がなければ、もしかしたら、(エチオピア側の)メッタマへ返されてしまうのだろうか?」
小屋の中は、強烈な日差しがさえぎられ、いくらかは過ごし易いとは言え、うだるような暑さ。それに昨日からパンばかり、でロクな物も食べてない。
お昼前、うなだれるJunkoを置いてガラバートの集落へ昼食の買い出しに出る。
ここガラバート、街と言うほどでもない、エチオピアとの輸出入の物資が積まれ、その作業者達が働くそれだけの場所で、宿もなければ人々の生活している空気もうかがえない。 作業員や働く人向けの屋台だけは幾つか並んでいる。
屋台街へ分け入ると、それでもここはスーダン、エチオピアの村などとは売られている食べ物が明らかに異なっている。エチオピアではほとんど見られなかった卵焼き(スクランブルエッグ風)、や、油がギトギトのヤギか羊のシシカバブ風の焼肉などもある。
栄養を付けなければと言う思いも山々だが、この猛暑だ。さっぱりとしたトマト一山と、大きなおわんに入った冷えたオレンジジュースを持ってJunkoがうなだれる小屋へ戻る。
手持ちのパンと併せてトマトをしゃぶる。乾いた体に冷えたオレンジジュースでクールダウン。どうやらJunkoも生き返った様だ。
「もう今日は車はないだろう。」とあきらめかけた夕方4時過ぎ、突然、小屋に男が入って来る。
「車が来たから荷物を持って来い。」
急いで荷物を持って外に出て聞き返す。
「我々のパスポートはどこにあるのか。」
実は昨日、エチオピアのイミグレ官にパスポートを預けてからずっと自分たちのパスポートを手にしていないのだ。パスポートは、エチオピアのイミグレ官からスーダンのイミグレ官に渡っている様子だが、心配だ。
「パスポートはドライバーが持っている、大丈夫だから乗れ。」
「本当に大丈夫なのだろうか。」と、外で待っているオンボロトラックの荷台の荷物の上に乗り込む。
トラックは、これまでエチオピアでは峠道が多かったのとは一変し、真っ平らな大地が夕日に染まる中、ゴトゴトとひた走る。久しぶりに見るアフリカの地平線に、真っ赤な夕日が沈もうとしている。
トラックは途中、荷物の積み降ろし作業の為、幾つか小さな村を経由する。そのたび荷台の上から目を凝らす。
とにかく情報が少ないスーダンという国、「いったいどんな所でどんな人達が暮らしているのか?」
そして一番大事なのは「どんな物を食べているのか?」 これから先、水や食料は大丈夫なのか。
どうやら小さな村でもパンや焼肉、ミルク等は売っている様だ。トマトなどの野菜も、お茶やジュース、コーラなどの飲み物もある。まあ、これなら何とか飢えずにやって行けそうだ。
すっかり日が落ちて暗くなると、夜空に薄いおわん型の三日月とその真上に一番星が輝く。
「これがアラブの、イスラムの月と星か!」
一ヶ月前、この三日月と一番星でイスラム教最大のイベントの一つ、ラマダン(断食)が始まり、それから一ヶ月後の幾日か前、この三日月と一番星でラマダンが明けた(終わった)のだ。
やがて空には天の川が流れ、満天の星空に。
「ア、ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤ、ヤー」前方から歌声とも奇声とも聞こえる、ウラ声による人の声の束が聞こえてくる。トラックのサーチライトに照らし出されたのは、美しい布をなびかせたスラッと背筋が伸びた女性達。
トラックの荷台から手を振ると、更に声高らかに、星空に向かって元気良く跳躍してダンスまでしながら、楽しそう夜道を皆で歩いている。
女性達の歌声が遠ざかってしばらくすると、スーッと目の前を流れ星が大きな弧を描く。
【食事】
朝:パン、カルカデ茶
昼:パン、トマト、オレンジジュース
夜:インジェラ(トラックのドライバー宅でごちそうになる)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
1US$ ≒ 250SD(スーダンディナー)
・ガラバート→ゲダレフ(トラック/ローリー)150US$/1人 16:30発00:00過着
【宿】
・(ゲダレフ)ゲダレフ郊外のドライバー宅の小屋のベッドで、トラックの助手達と一緒に寝かせてもらう。 無料。
※この所、トラックにばかり乗ってると思いませんか? 結構大変です。しんどくないと言ったらウソになります。。。応援よろしくお願いします。

- 世界遺産「シミエン国立公園」を越えて (エチオピア)アクスム→シレ→アッデルカイ→ザレマ
-
エリア:
- アフリカ>エチオピア>アクスム
- アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 グルメ
- 投稿日:2000/12/25 18:51
次に我々が目指す地はゴンダール。バスだと直通はなく、途中のシレまで行って一泊し、翌朝ゴンダール行のバスに乗り換えなくてはならず、丸2日掛かるとの事。
早朝、バスターミナルに向かう途中、Junkoが通り掛かったジープに声を掛ける「シレ?」
そして、シレまでジープのヒッチハイクに成功。
そのジープでシレのバスターミナルに朝7時前に到着すると、ゴンダール行の最終のバスがまだ出発せず停車している。
「よしっ!!」バックパックを背負って慌ててかけ寄る。しかし、バスは既に満員で我々は乗せてもらえない。
「ふうっ。」一息つくと、バスターミナルを出て、シレの街の、ゴンダール方面へ続く道の出口に向かって歩き出す。
ここまで、ヒッチハイクでの移動は、順調かつ快調に来ている。時間は未だ朝の7時過ぎ、バスには乗り損なったが、これからゴンダール行の車をヒッチハイクすれば、今日中にはゴンダールに着けるだろう。
すると、ゴンダール方面の道沿いに、ここシレ迄乗せてもらったジープが停車し、ドライバーのおじさんがエンジンルームを開け、何やら調整している様子。
「ヘイッ!どうしたんだい?」
とおじさん。
「ゴンダール行のバスは満員で乗れなかったので、トラックをヒッチハイクしようと思って。」
「それなら、オレはアッデルカイという所まで行くからアッデルカイまで乗せてってやるよ。アッデルカイは丁度ここからゴンダールまでの途中、半分の所にある街だよ。」
そういう訳で、ジープのフロントシートに乗ってアッデルカイへ。
ジープはなかなか快調なのだが、ドライバーのおじさん、街や村に通り掛るたび休憩を取るので、思った程さっさと先へ進まない。
まずは、シレから1時間も進んでいない所にある村で朝食タイム。我々もパンとワタツ(ホットミルク)を注文。
するとここのワタツ、いつものとちょっと違う。熱々ミルクのコップ底に、ふかした麦の実が入っている。これぞシリアルの原型ではないか。ミルクも濃く、砂糖が入っていて大甘なのだが、塩味がほんのり効いていて、おいしい。
また1時間程走るとと途中停車。おじさん、今度は我々にお茶をごちそうしてくれる。
見ると、おじさんはビールをごくごく2本も空けている。
アルコールが入って調子が出たのか、おじさんが運転するジープはびゅんびゅん飛ばし出す。
「まあ、こっちも急いではいるんだけど、安全第一でお願いしますよ。」
心の中でつぶやく。
今度は、タカゼ川という静かな川に架かる橋の手前の小さな集落で停車。
「ここはおいしいミルクで有名な店なんだ。カマン!」
ジープを降りて半露店の店に入るとおじさんがごちそうしてくれたのは、大きなカップに並々と注がれたヨーグルト。ここら辺ではヨーグルト菌が取れるのだろうか。
お腹には大丈夫かしらと恐る恐るすすると、決しておいしくはないが、酸味が効いていてすっきりとする。体がヨーグルトに含まれる栄養素を要求していたのかも知れない。
地元の人は皆、塩を振りかけて食べているが、自分は砂糖をもらって、ヨーグルトに入れてかき混ぜ、あれよあれよと、一気に平らげてしまった。
世界遺産でもあるシミエン国立公園から流れるタカゼ川のほとり、景色も良いし、こうやって途中の村々でゆっくりしながら進むのも悪くない。
ただ、マカレ、アクスムからここら辺は、ついこの間迄行われていたエチオピアとエリトリアとの戦争の戦闘エリア。 その跡なのだろう、戦車や空射砲の残がいや、迷彩色の服を着た兵士の姿がやたらと目に付く。
そう言えば、アクスムと周辺の村では、たたずむ兵士の姿や戦闘機が飛ぶ空の下、勇ましく銃を掲げる兵士が描かれた戦意を促す大看板も目立っていた。
ゴンダール迄の道半ば、アッデルカイに着いたのは午後1:30過ぎ。アッデルカイ路肩の木陰でゴンダール行の車を捕まえようと座り込むも、なかなか車は現れない。
1時間過ぎ、2時間過ぎる。ここからゴンダール迄、決して近くないし、かなりの峠道、もう夕方になろうかという今からゴンダールに向かう車があるようには思えない。
そうあきらめかけた時、ゴンダール方面に向かう一台のトラックが現れる。すかさずかけ寄り叫ぶ「ゴンダール?」
このトラックの運ちゃんも助手も、首を縦に振ってはいるものの英語は喋れない。とりあえずアムハラ語の数字を叫び合い値段交渉。
最初、運ちゃんは2人で80Bと言っていたが値切って70Bで決着。少し高いが、これで何とか今夜にはゴンダールに着ければ上出来だと、助手席に乗り込む。
我々が乗り込むと間髪入れずトラックは出発。「よしっ!」
ところが、このトラック、2時間程走って、次の村に着くと、停まって荷積み作業を始め出す。身ぶり手ぶりで聞くと、どうやら今夜はこの小さな村で一泊し、明日朝ゴンダールに向けて出発するようだ。
朝早くからさんざん急いで、お金もバス代より多く使ったのに、結局今日中の到着をもくろんでいたゴンダールへは明日着くことになってしまった。
これじゃゆっくり安いバスで乗り継いで行っても変わらなかったよ、トホホ。
クリスマスの夜、高く積まれたトラックの荷台の荷物の上、満天の星空の下、眠りにつく。
【食事】
朝:麦入りワタツ、パン
昼:ヨーグルト、パン
夜:パン、シュロワット(つぶした豆、辛い)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・アクスム→シレ(ジープをヒッチ)15B/1人 2.5時間
・シレ→アッデルカイ(同じジープで)15B/1人5時間
・アッデルカイ→ゴンダール(大型トラックをヒッチ)35B/1人
【宿】
・(ザレマ村)トラック荷台にて、タダ。
早朝、バスターミナルに向かう途中、Junkoが通り掛かったジープに声を掛ける「シレ?」
そして、シレまでジープのヒッチハイクに成功。
そのジープでシレのバスターミナルに朝7時前に到着すると、ゴンダール行の最終のバスがまだ出発せず停車している。
「よしっ!!」バックパックを背負って慌ててかけ寄る。しかし、バスは既に満員で我々は乗せてもらえない。
「ふうっ。」一息つくと、バスターミナルを出て、シレの街の、ゴンダール方面へ続く道の出口に向かって歩き出す。
ここまで、ヒッチハイクでの移動は、順調かつ快調に来ている。時間は未だ朝の7時過ぎ、バスには乗り損なったが、これからゴンダール行の車をヒッチハイクすれば、今日中にはゴンダールに着けるだろう。
すると、ゴンダール方面の道沿いに、ここシレ迄乗せてもらったジープが停車し、ドライバーのおじさんがエンジンルームを開け、何やら調整している様子。
「ヘイッ!どうしたんだい?」
とおじさん。
「ゴンダール行のバスは満員で乗れなかったので、トラックをヒッチハイクしようと思って。」
「それなら、オレはアッデルカイという所まで行くからアッデルカイまで乗せてってやるよ。アッデルカイは丁度ここからゴンダールまでの途中、半分の所にある街だよ。」
そういう訳で、ジープのフロントシートに乗ってアッデルカイへ。
ジープはなかなか快調なのだが、ドライバーのおじさん、街や村に通り掛るたび休憩を取るので、思った程さっさと先へ進まない。
まずは、シレから1時間も進んでいない所にある村で朝食タイム。我々もパンとワタツ(ホットミルク)を注文。
するとここのワタツ、いつものとちょっと違う。熱々ミルクのコップ底に、ふかした麦の実が入っている。これぞシリアルの原型ではないか。ミルクも濃く、砂糖が入っていて大甘なのだが、塩味がほんのり効いていて、おいしい。
また1時間程走るとと途中停車。おじさん、今度は我々にお茶をごちそうしてくれる。
見ると、おじさんはビールをごくごく2本も空けている。
アルコールが入って調子が出たのか、おじさんが運転するジープはびゅんびゅん飛ばし出す。
「まあ、こっちも急いではいるんだけど、安全第一でお願いしますよ。」
心の中でつぶやく。
今度は、タカゼ川という静かな川に架かる橋の手前の小さな集落で停車。
「ここはおいしいミルクで有名な店なんだ。カマン!」
ジープを降りて半露店の店に入るとおじさんがごちそうしてくれたのは、大きなカップに並々と注がれたヨーグルト。ここら辺ではヨーグルト菌が取れるのだろうか。
お腹には大丈夫かしらと恐る恐るすすると、決しておいしくはないが、酸味が効いていてすっきりとする。体がヨーグルトに含まれる栄養素を要求していたのかも知れない。
地元の人は皆、塩を振りかけて食べているが、自分は砂糖をもらって、ヨーグルトに入れてかき混ぜ、あれよあれよと、一気に平らげてしまった。
世界遺産でもあるシミエン国立公園から流れるタカゼ川のほとり、景色も良いし、こうやって途中の村々でゆっくりしながら進むのも悪くない。
ただ、マカレ、アクスムからここら辺は、ついこの間迄行われていたエチオピアとエリトリアとの戦争の戦闘エリア。 その跡なのだろう、戦車や空射砲の残がいや、迷彩色の服を着た兵士の姿がやたらと目に付く。
そう言えば、アクスムと周辺の村では、たたずむ兵士の姿や戦闘機が飛ぶ空の下、勇ましく銃を掲げる兵士が描かれた戦意を促す大看板も目立っていた。
ゴンダール迄の道半ば、アッデルカイに着いたのは午後1:30過ぎ。アッデルカイ路肩の木陰でゴンダール行の車を捕まえようと座り込むも、なかなか車は現れない。
1時間過ぎ、2時間過ぎる。ここからゴンダール迄、決して近くないし、かなりの峠道、もう夕方になろうかという今からゴンダールに向かう車があるようには思えない。
そうあきらめかけた時、ゴンダール方面に向かう一台のトラックが現れる。すかさずかけ寄り叫ぶ「ゴンダール?」
このトラックの運ちゃんも助手も、首を縦に振ってはいるものの英語は喋れない。とりあえずアムハラ語の数字を叫び合い値段交渉。
最初、運ちゃんは2人で80Bと言っていたが値切って70Bで決着。少し高いが、これで何とか今夜にはゴンダールに着ければ上出来だと、助手席に乗り込む。
我々が乗り込むと間髪入れずトラックは出発。「よしっ!」
ところが、このトラック、2時間程走って、次の村に着くと、停まって荷積み作業を始め出す。身ぶり手ぶりで聞くと、どうやら今夜はこの小さな村で一泊し、明日朝ゴンダールに向けて出発するようだ。
朝早くからさんざん急いで、お金もバス代より多く使ったのに、結局今日中の到着をもくろんでいたゴンダールへは明日着くことになってしまった。
これじゃゆっくり安いバスで乗り継いで行っても変わらなかったよ、トホホ。
クリスマスの夜、高く積まれたトラックの荷台の荷物の上、満天の星空の下、眠りにつく。
【食事】
朝:麦入りワタツ、パン
昼:ヨーグルト、パン
夜:パン、シュロワット(つぶした豆、辛い)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・アクスム→シレ(ジープをヒッチ)15B/1人 2.5時間
・シレ→アッデルカイ(同じジープで)15B/1人5時間
・アッデルカイ→ゴンダール(大型トラックをヒッチ)35B/1人
【宿】
・(ザレマ村)トラック荷台にて、タダ。

- 「失われたアーク」 (エチオピア)マカレ→アクスム
-
エリア:
- アフリカ>エチオピア>アクスム
- アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色 世界遺産
- 投稿日:2000/12/24 18:44
「イブの日、アクスムの地に立つ」
かつて紅海貿易で繁栄を極めた紀元前後のアクスム王国の首都、シバの女王ゆかりの地でもある。
街はずれにはアクスム王国時代に築かれた謎のオベリスクが林立し、聖シオン教会には門外不出の「失われたアーク」が収められていると言う。


しかしながらどれもがいまだ謎のまま、アクスム王国についてのその詳しい歴史等は何ら明らかにされておらず、門外不出、司教以外誰も見ることが許されない映画インディ・ジョーンズの題材にもなった「失われたアーク」にいたっては伝説の域を出ない。
おとぎ話の中のような「いわれ」が、いまだまことしやかにまかり通り、多くの観光客を引きつけているアクスム。「サンタクロースがやってくる」クリスマスのイブの日に、丁度お似合いではないか。
ただ、ここアクスム、観光地の割にロクな食事の出来るところがなく、イブのディナーはひもじいものに。
おまけに、エチオピアでは、キリスト教の解釈の違いからクリスマスは全く別の日、年明けに行われるので、本日12月24日のアクスムの街に、クリスマスの気配のかけらもなし。
20世紀最後のイブなのにごめんね。この埋め合わせはきっといつの日か。
【食事】
朝:パン
昼:パン
夜:ファター(練ったパンを玉ねぎソースであえたもの)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・マカレ→アクスム(バス)24B/1人 5:30集合 7:30発 14:30着
※注意!アクスムには新しいバスステーションが街外れにでき、街の中心(ピアッツァ)から約2km。歩くのには遠い。我々はアクスム到着時、親切なオジサンに無料でピアッツァまで乗せてもらった。
【宿】
・(アクスム)Genet Hotel 30B/W1室 高いがキレイ
かつて紅海貿易で繁栄を極めた紀元前後のアクスム王国の首都、シバの女王ゆかりの地でもある。
街はずれにはアクスム王国時代に築かれた謎のオベリスクが林立し、聖シオン教会には門外不出の「失われたアーク」が収められていると言う。


しかしながらどれもがいまだ謎のまま、アクスム王国についてのその詳しい歴史等は何ら明らかにされておらず、門外不出、司教以外誰も見ることが許されない映画インディ・ジョーンズの題材にもなった「失われたアーク」にいたっては伝説の域を出ない。
おとぎ話の中のような「いわれ」が、いまだまことしやかにまかり通り、多くの観光客を引きつけているアクスム。「サンタクロースがやってくる」クリスマスのイブの日に、丁度お似合いではないか。
ただ、ここアクスム、観光地の割にロクな食事の出来るところがなく、イブのディナーはひもじいものに。
おまけに、エチオピアでは、キリスト教の解釈の違いからクリスマスは全く別の日、年明けに行われるので、本日12月24日のアクスムの街に、クリスマスの気配のかけらもなし。
20世紀最後のイブなのにごめんね。この埋め合わせはきっといつの日か。
【食事】
朝:パン
昼:パン
夜:ファター(練ったパンを玉ねぎソースであえたもの)
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
・マカレ→アクスム(バス)24B/1人 5:30集合 7:30発 14:30着
※注意!アクスムには新しいバスステーションが街外れにでき、街の中心(ピアッツァ)から約2km。歩くのには遠い。我々はアクスム到着時、親切なオジサンに無料でピアッツァまで乗せてもらった。
【宿】
・(アクスム)Genet Hotel 30B/W1室 高いがキレイ

- 市場のラクダとダナキル砂漠の塩板 (エチオピア)マカレレ
-
エリア:
- アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色
- 投稿日:2000/12/23 18:40
「ピトッピトッ」
早朝、夜明け前、外から聞こえてくる水滴の音。
「もしや?」
すると
「ジャー」
早速誰かがシャワーを浴びている音がする。慌てて飛び起き、水道の蛇口をひねってみると、
「水が出る!」
時計を見るとまだ朝の5時過ぎ。外気は寒いが、そんな事構っては要られない。前の人がシャワー出るのを待って、すかさずシャワールームへ。
「あーっ、すっきりさっぱり。」
サッパリはしたが、早朝の水のシャワーの後は体温を奪われ、身震いがする。
「マカレのマーケットでは、ダナキル砂漠からラクダの商隊によって運ばれた塩の延べ板を背負ったラクダの姿を見ることができる。かつてその塩板は通貨 として通用し、金の延べ板と交換された」
と言う話をどこかのガイドブックで読んで期待していたのだが、意外にも現在我々が立つここマカレは、かなり近代的な都会だ。
きれいに舗装された広いアスファルトの道には蛍光灯の街灯が並び、銀行、ホテル、レストラン、商店が華やかに連なり、ビルもそびえる。まるでミニアジス。
昨夕到着した時に思った。
「こんな都会のマーケットにラクダなんているだろうか。」
まして、塩の延べ板を背負ってなんて、いにしえの風景が残っているとはとても考えにくい。
我々には今時間的余裕がない。
「こんな都会のマーケットなんて跳ばして、さっさと先に進もうか」と今日の朝にもマカレを発とうかとも思ったのだが、何でも想像だけで決めつけてしまっては良くない。
マカレで一日ゆっくりして、ダメもとでマーケットに行って自分の目で確かめてみよう。ここまでヒッチハイクでの移動も順調に来ている。例え期待外れでも、ここらで一日ぐらい休養を取るのも悪くないだろう。
朝ごはんは、小ギレイなオシャレなPastryでブンナ入りワタツ(カフェラテ)とケーキ。熱々のカフェラテをすすりながらまた思う。
「こんなオシャレな店の道の先に、そんなマーケットが未だ残っているだろうか。」
朝食を済ますと、まずは街の中央にそびえる教会へ。教会は、アスファルトのメインストリートを少し路地に入った所に静かに建っている。
路地に折れて教会の周辺をふらふらと歩くと、「おや?」何だかメインストリートから見る様子と違っている。
石のレンガを積んで建てられた教会の周りの家並も石造り。朴とつとした石造りの街並みがそそと朝日に照らされている。
こんな石造りの街並みは、エチオピアの他の街では見ていない。
開いている門からその内の一軒を覗き込むと、広々とした中庭があり、居心地が良さそうだ。ふと見上げると「Hotel」と看板が掲げられ、高くそびえる教会に見守られている。
荷物を持って宿をこのホテルに移動すると、お待ちかねのマーケットへ。
近代的な都会のマーケットにしては、雑然とした賑わいがあるが、やはりそこに「塩板を背負ったラクダの商隊」の姿は見られない。
それでも、マーケットには荷物を背負ったラクダやヤギに羊、ロバや馬が並び、店には塩の延べ板の姿もある。

現在でもダナキル砂漠からどこかまでは、この塩板がラクダの商隊に背負われて運ばれているのだろうかと、思いをはせる。
あわゆくば、何も見ずに跳ばしてしまおうかとも思ったここマカレ。一見は都会だが、ゆっくりふらふらしてみると、どうしてどうしてなかなか味わいのある街並みと風景が残っている。おまけに都会ならでは、Pastryやレストランでの食事もおいしく大満足。精気も養う。
「跳ばさないでよかった。」
【食事】
朝:ワタツ+ブンナ、ケーキ
昼:スパゲティ
夜:スパゲティ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
【宿】
・Omutsu Sigh Hotel (マカレ中央教会近く)20B/W1室
キレイ、静か、中庭があり落ち着いてくつろげる。共シャワー付あり。
早朝、夜明け前、外から聞こえてくる水滴の音。
「もしや?」
すると
「ジャー」
早速誰かがシャワーを浴びている音がする。慌てて飛び起き、水道の蛇口をひねってみると、
「水が出る!」
時計を見るとまだ朝の5時過ぎ。外気は寒いが、そんな事構っては要られない。前の人がシャワー出るのを待って、すかさずシャワールームへ。
「あーっ、すっきりさっぱり。」
サッパリはしたが、早朝の水のシャワーの後は体温を奪われ、身震いがする。
「マカレのマーケットでは、ダナキル砂漠からラクダの商隊によって運ばれた塩の延べ板を背負ったラクダの姿を見ることができる。かつてその塩板は通貨 として通用し、金の延べ板と交換された」
と言う話をどこかのガイドブックで読んで期待していたのだが、意外にも現在我々が立つここマカレは、かなり近代的な都会だ。
きれいに舗装された広いアスファルトの道には蛍光灯の街灯が並び、銀行、ホテル、レストラン、商店が華やかに連なり、ビルもそびえる。まるでミニアジス。
昨夕到着した時に思った。
「こんな都会のマーケットにラクダなんているだろうか。」
まして、塩の延べ板を背負ってなんて、いにしえの風景が残っているとはとても考えにくい。
我々には今時間的余裕がない。
「こんな都会のマーケットなんて跳ばして、さっさと先に進もうか」と今日の朝にもマカレを発とうかとも思ったのだが、何でも想像だけで決めつけてしまっては良くない。
マカレで一日ゆっくりして、ダメもとでマーケットに行って自分の目で確かめてみよう。ここまでヒッチハイクでの移動も順調に来ている。例え期待外れでも、ここらで一日ぐらい休養を取るのも悪くないだろう。
朝ごはんは、小ギレイなオシャレなPastryでブンナ入りワタツ(カフェラテ)とケーキ。熱々のカフェラテをすすりながらまた思う。
「こんなオシャレな店の道の先に、そんなマーケットが未だ残っているだろうか。」
朝食を済ますと、まずは街の中央にそびえる教会へ。教会は、アスファルトのメインストリートを少し路地に入った所に静かに建っている。
路地に折れて教会の周辺をふらふらと歩くと、「おや?」何だかメインストリートから見る様子と違っている。
石のレンガを積んで建てられた教会の周りの家並も石造り。朴とつとした石造りの街並みがそそと朝日に照らされている。
こんな石造りの街並みは、エチオピアの他の街では見ていない。
開いている門からその内の一軒を覗き込むと、広々とした中庭があり、居心地が良さそうだ。ふと見上げると「Hotel」と看板が掲げられ、高くそびえる教会に見守られている。
荷物を持って宿をこのホテルに移動すると、お待ちかねのマーケットへ。
近代的な都会のマーケットにしては、雑然とした賑わいがあるが、やはりそこに「塩板を背負ったラクダの商隊」の姿は見られない。
それでも、マーケットには荷物を背負ったラクダやヤギに羊、ロバや馬が並び、店には塩の延べ板の姿もある。

現在でもダナキル砂漠からどこかまでは、この塩板がラクダの商隊に背負われて運ばれているのだろうかと、思いをはせる。
あわゆくば、何も見ずに跳ばしてしまおうかとも思ったここマカレ。一見は都会だが、ゆっくりふらふらしてみると、どうしてどうしてなかなか味わいのある街並みと風景が残っている。おまけに都会ならでは、Pastryやレストランでの食事もおいしく大満足。精気も養う。
「跳ばさないでよかった。」
【食事】
朝:ワタツ+ブンナ、ケーキ
昼:スパゲティ
夜:スパゲティ
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 8B(エチオピア・ブル)
【宿】
・Omutsu Sigh Hotel (マカレ中央教会近く)20B/W1室
キレイ、静か、中庭があり落ち着いてくつろげる。共シャワー付あり。
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