記事一覧
66 - 70件目まで(83件中)

- 夜のリロングウェ (モザンビーク)エントレ・ラゴス→(マラウィ)ナユチ→リオンデ→リロングウェ
-
エリア:
- アフリカ>マラウィ>リロングウェ
- アフリカ>マラウィ>マラウィその他の都市
- アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物
- 投稿日:2000/10/18 18:09
朝、エントレ・ラゴスの駅のホームにあるイミグレが開くの待って、モザンビークの出国スタンプをもらいに行く。
モザンビーク出国の手続きを終えると、マラウィ側の国境の街、ナユチまでの1.5Km強を歩いて、国境を越える。
クアンバからここエントレ・ラゴス、そしてマラウィ迄も鉄道は敷かれているのだが、クアンバからマラウィ国境迄は貨物専用で客車は運行されていないのだ。
面白いのは国境を境に、モザンビーク側の景色とマラウィ側の景色がガラッと変わる事。モザンビーク側は木々が茂り、起伏もあるランドスケープなのに、国境を越えると、マラウィ側は、地平線までどこまでも真平らで平坦な湿原が広がっている。
昨日、エントレ・ラゴスの宿まで一緒に行った家族の少年の話だが、マラウィ側に広がるのは湖だそうだ。なる程、今は乾季。湖は干上がり、湿原のように見えた訳だ。そしてこの湖を境に国境が定められていたのだ。
お昼過ぎ、12時15分、列車はナユチを出発。モザンビークへ行った時はバラカという街から乗ったのだが、バラカの手前、リオンデと言う街からもマラウィの首都リロングウェ行のバスが拾えそうだと言う情報をシルビアからもらっていたので、今日はリオンデで列車を降りて、バスに乗り継いでリロングウェに向かう事にする。
ナユチからリオンデ迄3〜4時間、リオンデからバラカまでは更に1時間掛かる。なるべく早い時間の方が、バスが捕まり易いだろうと判断し、リオンデで降りてバスに乗り継ぐ事にしたのだが、リオンデではバスは難々捕まらず、道路脇の砂地に座り込み、かなり待たされる事になる。
列車がリオンデに着いたのが午後3時。「意外に早く着いたな」と思っていたのだが、リオンデのバスジャンクションで、ひたすらリロングウェ行のバスを待つも、別の行先のバスは幾つか来るものの、目的のバスはなかなか来ない。
ひたすら待つ事、3時間余り、日も暮れかけた頃、ようやくリロングウェ行のバスが通りすがり、これをキャッチ。
リロングウェへはここから更に4時間余り、バスは夜道をひた走り、夜10時、リロングウェの旧市街のバスステーションに到着。
ところが、夜のリロングウェの旧市街、首都にも関わらず、ほとんど街灯も無く、夜道は真暗。Junkoと2人でどうしようかという顔をしていると、他のバスの乗客や乗務員が察したらしく、心配してくれて、
「どこに泊まるんだい?」
「アニーズ。」
と事前に調べておいた安宿の名前を言うと、
「よし、アニーズまで連れてってやるよ。」
ホッ、助かった。
アニーズで次の目的地、タンザニアのダルエスサラム行のバスについて尋ねると、何と明日の朝出発だから、明日は朝5:30には宿を出て、バスステーションへ向かった方が良いとの事。
少しはここリロングウェでゆっくりしようかと思ったけど、まあ進めるうちに進んでおこう。
今日はもう遅い。そして明日は早い。
シャワーを浴びて、アニーズのドミトリーのベッドで寝る前に水を飲もうと水筒に手を掛けるが、水はもうない。ノドはカラカラ。仕方なく水道の水をそのまま飲む。 お腹を壊したりしませんように。
【食事】
朝:パン
昼:パン
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 ナユチ→リオンデ 3時間 72MK/1人
・バス リオンデ→リロングウェ 4時間 250MK/1人
【宿】 (リロングウェ)Annie's ドミトリ 200MK/1人
モザンビーク出国の手続きを終えると、マラウィ側の国境の街、ナユチまでの1.5Km強を歩いて、国境を越える。
クアンバからここエントレ・ラゴス、そしてマラウィ迄も鉄道は敷かれているのだが、クアンバからマラウィ国境迄は貨物専用で客車は運行されていないのだ。
面白いのは国境を境に、モザンビーク側の景色とマラウィ側の景色がガラッと変わる事。モザンビーク側は木々が茂り、起伏もあるランドスケープなのに、国境を越えると、マラウィ側は、地平線までどこまでも真平らで平坦な湿原が広がっている。
昨日、エントレ・ラゴスの宿まで一緒に行った家族の少年の話だが、マラウィ側に広がるのは湖だそうだ。なる程、今は乾季。湖は干上がり、湿原のように見えた訳だ。そしてこの湖を境に国境が定められていたのだ。
お昼過ぎ、12時15分、列車はナユチを出発。モザンビークへ行った時はバラカという街から乗ったのだが、バラカの手前、リオンデと言う街からもマラウィの首都リロングウェ行のバスが拾えそうだと言う情報をシルビアからもらっていたので、今日はリオンデで列車を降りて、バスに乗り継いでリロングウェに向かう事にする。
ナユチからリオンデ迄3〜4時間、リオンデからバラカまでは更に1時間掛かる。なるべく早い時間の方が、バスが捕まり易いだろうと判断し、リオンデで降りてバスに乗り継ぐ事にしたのだが、リオンデではバスは難々捕まらず、道路脇の砂地に座り込み、かなり待たされる事になる。
列車がリオンデに着いたのが午後3時。「意外に早く着いたな」と思っていたのだが、リオンデのバスジャンクションで、ひたすらリロングウェ行のバスを待つも、別の行先のバスは幾つか来るものの、目的のバスはなかなか来ない。
ひたすら待つ事、3時間余り、日も暮れかけた頃、ようやくリロングウェ行のバスが通りすがり、これをキャッチ。
リロングウェへはここから更に4時間余り、バスは夜道をひた走り、夜10時、リロングウェの旧市街のバスステーションに到着。
ところが、夜のリロングウェの旧市街、首都にも関わらず、ほとんど街灯も無く、夜道は真暗。Junkoと2人でどうしようかという顔をしていると、他のバスの乗客や乗務員が察したらしく、心配してくれて、
「どこに泊まるんだい?」
「アニーズ。」
と事前に調べておいた安宿の名前を言うと、
「よし、アニーズまで連れてってやるよ。」
ホッ、助かった。
アニーズで次の目的地、タンザニアのダルエスサラム行のバスについて尋ねると、何と明日の朝出発だから、明日は朝5:30には宿を出て、バスステーションへ向かった方が良いとの事。
少しはここリロングウェでゆっくりしようかと思ったけど、まあ進めるうちに進んでおこう。
今日はもう遅い。そして明日は早い。
シャワーを浴びて、アニーズのドミトリーのベッドで寝る前に水を飲もうと水筒に手を掛けるが、水はもうない。ノドはカラカラ。仕方なく水道の水をそのまま飲む。 お腹を壊したりしませんように。
【食事】
朝:パン
昼:パン
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 ナユチ→リオンデ 3時間 72MK/1人
・バス リオンデ→リロングウェ 4時間 250MK/1人
【宿】 (リロングウェ)Annie's ドミトリ 200MK/1人

- ありがとうシルビア☆ (モザンビーク)ナンプラ→クアンバ→エントレ・ラゴス
-
エリア:
- アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物 グルメ その他
- 投稿日:2000/10/17 18:00
朝6:00発の列車に乗る為、朝5:00過ぎ、シルビアと別れを告げる。昨日、残業で疲れているのに、朝早く起こしてしまって、またまた申し訳無い。別れ際にシルビアと記念写真をパチリ。モザンビークで一番の思い出になりそう。

ナンプラからは来た道を再び戻って、マラウィに向かう。来た時は8時間程だったのが、今日の列車はクアンバまで9時間強もかかり、午後3時過ぎの到着。微妙な時間だ。これ以上移動すると、また右も左も分からない所で真っ暗になってしまう恐れがある。

「ここクアンバならカルロスに頼れる。クアンバで一泊しようか。」と考えながら駅を出ると、マラウィとの国境にある街、エントレ・ラゴス行のバスが客引きをしいるのを見て、思わず乗車。列車から降りた他の客も乗り込んでいる。皆に付いて行けば、何とかなるだろう。
クアンバから国境までは道は悪く、ダートの砂ぼこりが舞うが、今回は中型のミニバス、トラックの荷台ではないので、砂まみれになる心配はない。
どんな乗物で移動できるかは運次第。たまたまそこに居合わせた乗物を利用するしかないのだ。
バスが国境に向かって走り出して1時間半程すると、真っ赤な燃えるような大きな夕日がブッシュの上に浮かんで、今日一日を終わらせようとしている。
午後8時前、モザンビーク側の国境の街、エントレ・ラゴスに到着。バスで乗り合わせたマラウィの家族に安宿を教えてもらい、そこに宿を取る。
夕食に、列車乗車中に途中の駅で購入したパンを部屋でかじる。ポルトガル領時代からの名残か、モザンビークのパンはほのかな甘みとモチモチとした食感で、他のアフリカ南部諸国のものと比べとてもおいしく、安い。
さあ、久しぶりに明日は歩いて国境越えだ。
【食事】
朝:パン
昼:バナナ
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 ナンプラ→クアンバ 毎日 朝6:00発 8時間 50400MT/1人
・バス クアンバ→エントレ・ラゴス 4時間強 40000MT/1人
【宿】(エントレ・ラゴス)New Resthouse 25000MT/W1室
水道は当然ナシ。シャワーは汲み置き水をひしゃくで浴びる。

ナンプラからは来た道を再び戻って、マラウィに向かう。来た時は8時間程だったのが、今日の列車はクアンバまで9時間強もかかり、午後3時過ぎの到着。微妙な時間だ。これ以上移動すると、また右も左も分からない所で真っ暗になってしまう恐れがある。

「ここクアンバならカルロスに頼れる。クアンバで一泊しようか。」と考えながら駅を出ると、マラウィとの国境にある街、エントレ・ラゴス行のバスが客引きをしいるのを見て、思わず乗車。列車から降りた他の客も乗り込んでいる。皆に付いて行けば、何とかなるだろう。
クアンバから国境までは道は悪く、ダートの砂ぼこりが舞うが、今回は中型のミニバス、トラックの荷台ではないので、砂まみれになる心配はない。
どんな乗物で移動できるかは運次第。たまたまそこに居合わせた乗物を利用するしかないのだ。
バスが国境に向かって走り出して1時間半程すると、真っ赤な燃えるような大きな夕日がブッシュの上に浮かんで、今日一日を終わらせようとしている。
午後8時前、モザンビーク側の国境の街、エントレ・ラゴスに到着。バスで乗り合わせたマラウィの家族に安宿を教えてもらい、そこに宿を取る。
夕食に、列車乗車中に途中の駅で購入したパンを部屋でかじる。ポルトガル領時代からの名残か、モザンビークのパンはほのかな甘みとモチモチとした食感で、他のアフリカ南部諸国のものと比べとてもおいしく、安い。
さあ、久しぶりに明日は歩いて国境越えだ。
【食事】
朝:パン
昼:バナナ
夜:パン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 ナンプラ→クアンバ 毎日 朝6:00発 8時間 50400MT/1人
・バス クアンバ→エントレ・ラゴス 4時間強 40000MT/1人
【宿】(エントレ・ラゴス)New Resthouse 25000MT/W1室
水道は当然ナシ。シャワーは汲み置き水をひしゃくで浴びる。

- 8カ国目、モザンビーク珍道中 (モザンビーク)クアンバ→ナンプラ→モナポ
-
エリア:
- アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
- テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物
- 投稿日:2000/10/14 17:31
昨日は13日の金曜日。なのにシルビアと会い、色々親切にしてもらい、「悪い事が起こるどころか、とてもいい日になったなぁ」なんて思っていたのだが…。
我々を乗せた列車は早朝、クアンバを出発。日が昇ると、窓の外にはマラウィで見たのとは違う風景が広がる。
大きな岩山がいくつも連なり、頭に雲の帽子をかぶっているものもある。岩山を取り囲む細い幹の木々の葉は、それぞれに色付き、紅や黄色、オレンジに紅葉している。
別に今、モザンビークは秋な訳ではない。今は乾季。ここでは乾季に一面紅葉となるそうだ。アフリカで、意外な紅葉の景色だが、穏やかなパステル調の色彩が広がり、優美だ。

ただ、常に開け放しの窓からは、牽引するディーゼル機関車が排出するススが入り込み、加えて客室内に手荷物として持ち込まれた生きたニワトリが羽ばたいて散った羽毛が舞い、更に人々がかじるサトウキビのかけらが散乱し、我々の服はそれらのほこりだらけだ。
そんな、ひたすら列車に座り続け8時間余り、ようやくモザンビーク北部のメインタウン、ナンプラに到着。駅前でシルビアが我々の為にモザンビーク島へのバスを聞き込んでくれる。ここモザンビークでは英語はほとんど通じないが、シルビアはモザンビークで話されているポルトガル語がぺらぺらなのだ。
モザンビーク島へはまず、モナポという所までバスで行き、そこで乗り換えれば良いとの事。モナポまでのバスは割高のワゴンのミニバスか、安いトラックの荷台があり、シルビアが安い方を探し勧めてくれた。
その時である、
「ヘーイ」
いつも優しく穏やかなシルビアが突然声を上げた。
シルビアの目線の向こうを、男が背を向け一直線に走り去って行く。
「スリだ。」
急いでシルビアは男の後を追うが、重いバックパックを背負っているので、とうてい追いつけない。事情を察した地元の男数人が、物凄い勢いでスリの後を走って追う。我々も後から様子を伺うが、結局スリの姿は見失い、逃げられてしまったようだ。
シルビアはズボンのポケットに入れておいた、いくらかのお金とポストのカギを盗まれてしまったそうだ。
我々の為にバスの聞き込みをしていたばっかりに、こんな目に遭ってしまうなんて。我々も油断していた。すっかりシルビアは慣れているんだろうと任せっきりにしていた。今までJunkoと2人きりの時は、一方が写真を撮ったりしている時は必ず一方が目を光らせ、スキを見せないようにしていたのに。
シルビアにとっては、昨日13日の金曜日に我々と出会ってしまった為にこんな事になってしまったのだ。
何もしてあげられない我々2人に、シルビアは、
「私は大丈夫だから、バスでモザンビーク島に行ってらっしゃい。」
何だか気まずい気分で、シルビアが探してくれた格安のモナポ行のトラックに乗る。
トラックの荷台で揺られながら、
「モザンビーク島での滞在後、ナンプラのシルビアのアパートにお邪魔してもいいって言っていたけど、こんな状況でひょうひょうとお世話になってしまって良いものだろうか。」
そんな事ばかり考えていた。
ナンプラを出発してから30分も走らない所で「プシューッ。」、何とトラックのタイヤがパンクしてしまう。荷台に乗っていた乗客は全員降り、2時間近くタイヤが交換されるまで外で待つ。
やっとタイヤ交換が終わり、再出発。 何人かの乗客は待ちきれずにヒッチハイクで別の車で行ってしまったので、ぎゅうぎゅう詰めだった荷台に少し余裕ができ、まあちょっと苦しいけど、これも不幸中の幸いさなんて思っていた。本当は、我々もヒッチハイクでさっさと進みたかったのだが、トラック屋根にバックパックを上げられてしまっているのでできなかったのだ。
ところが再出発してから15分もたたない頃「シュルシュルシュル…」、今度はトラックのエンジンが完全停止。運転手は何度もキーを回してエンジンを掛け直そうとするが、エンジンは全く起動せず。「これはもうダメだ。」
乗客達は次々に自分の荷物を持って、荷台から降り、ヒッチハイクを始める。我々もトラックの屋根に上がり、バックパックを自分で地面に降ろすと、ヒッチハイク開始。
モザンビーク島へ行くという女性と3人で、小ぎれいなワゴン車のヒッチハイクに成功。ところが動かなくなったトラックの乗務員が、ここまでの運賃を払えと押し問答。もう日も傾きかけている。こんな所で押し問答していたら、今日中にモザンビーク島へ着けなくなってしまう。
結局、モナポまで20000MTのところ、半分の10000MTを1人当たり払う。
と、今度はヒッチした車のドライバーが1人当たり30000MT、3人分を我々に払えと言う。何でたまたま一緒に乗った人の分まで我々が、と思ったのだが、どうもヒッチしたドライバーとこのモザンビーク島へ行くという女性はすかさず利害が一致し、結託したらしい。3人分払わないなら降りろと言う。もう日が落ち暗くなり始めている。
仕方なく要求を呑み、モナポまでは連れて行ってもらう。
モナポに着く頃には、すっかり日は沈み、暗がりに月明かりが浮かんでいる。モザンビーク島へ行くというこの女性に、「まだまだ車は通るからヒッチでモザンビーク島まで一緒に行こう」と誘われるが、もう勘弁。
英語が話せる人を見付け、泊まれる所がないかと尋ね、今日はここモナポに泊まり、明日朝、モザンビーク島へ行く事にする。
それにしても、せっかくシルビアが我々の為に安い車を捜してくれたにも関わらず、その為にシルビアはスリにあい、その車に乗った我々はトラブルに会い、結局高い金額を支払わさせられる事になってしまうとは…。
街灯もない中、宿を一緒に探してくれるという英語が喋れる地元の人の後に付いて行く。
もし又、この人が良からぬ事を考えていたら…。そんな事も頭をよぎるが。このモナポなんて街、全く情報も持っていない。それに車で降ろされた場所は街の中心地から離れた所らしい。ここはもう頼るしかない。
まず初めに訪れた建物からは小柄な白人の人が出て来た。ポルトガル系だろう。彼がどうも泊まれる場所を知っているらしい。
彼の話を聞き終わると、かなり歩いて小さなバーへ。奥からは頭に白い布のキャップを付けた小柄なアラブ系のおじさんが出て来て、1人10000MTで泊めてくれると言う。2人で20000MT。どんな部屋かも判らないし、なんだか高くふっかてるんじゃないかとも思ったが、もう他に選択肢がない。
しばらく待って部屋に通されると、ちゃんとベッドがあって、扇風機も明りもあり、お世辞もきれいとは言えないが、まあまあ悪くない。ドアには内側から鍵もかけられる。この状況では良しとしよう。
アブジャブと名乗るこのアラブ系のおじさん、シャワーもあるからどうぞと言ってくれている。案内された場所を見ると、塀に囲まれた真っ暗な屋外で、くみおきの水をひしゃくで浴びるようだ。
「どうする?」
とJunkoに尋ねると、
「浴びるよ、もちろん。ほこりだらけで汗だくで耐えられないよ。」
と裸にパレオ布を巻き、アブジャブの奥さんから渡された石けんとタオルを持って、さっさと浴びに行ってしまった。
数分後、「あー、さっぱりした。」とすがすがしい顔で戻ってくるJunko。何とも頼もしい。
オレも浴びてくるか。今日は長い一日だった。明日こそ無事、モザンビーク島に辿り着けるだろうか。
【食事】
朝:クッキー
昼:揚げパン
夜:ビスケット
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 クアンバ→ナンプラ 毎日 朝5時発 3等52000MT 8時間 1等は高いけどクーラー付き。 ところが一等のクーラー車は、窓が開かないのにいつもクーラーは故障しているので、やめた方が良いとの事。
【宿】(モナポ)アブジャブ宅 20000MT/W1室
我々を乗せた列車は早朝、クアンバを出発。日が昇ると、窓の外にはマラウィで見たのとは違う風景が広がる。
大きな岩山がいくつも連なり、頭に雲の帽子をかぶっているものもある。岩山を取り囲む細い幹の木々の葉は、それぞれに色付き、紅や黄色、オレンジに紅葉している。
別に今、モザンビークは秋な訳ではない。今は乾季。ここでは乾季に一面紅葉となるそうだ。アフリカで、意外な紅葉の景色だが、穏やかなパステル調の色彩が広がり、優美だ。

ただ、常に開け放しの窓からは、牽引するディーゼル機関車が排出するススが入り込み、加えて客室内に手荷物として持ち込まれた生きたニワトリが羽ばたいて散った羽毛が舞い、更に人々がかじるサトウキビのかけらが散乱し、我々の服はそれらのほこりだらけだ。
そんな、ひたすら列車に座り続け8時間余り、ようやくモザンビーク北部のメインタウン、ナンプラに到着。駅前でシルビアが我々の為にモザンビーク島へのバスを聞き込んでくれる。ここモザンビークでは英語はほとんど通じないが、シルビアはモザンビークで話されているポルトガル語がぺらぺらなのだ。
モザンビーク島へはまず、モナポという所までバスで行き、そこで乗り換えれば良いとの事。モナポまでのバスは割高のワゴンのミニバスか、安いトラックの荷台があり、シルビアが安い方を探し勧めてくれた。
その時である、
「ヘーイ」
いつも優しく穏やかなシルビアが突然声を上げた。
シルビアの目線の向こうを、男が背を向け一直線に走り去って行く。
「スリだ。」
急いでシルビアは男の後を追うが、重いバックパックを背負っているので、とうてい追いつけない。事情を察した地元の男数人が、物凄い勢いでスリの後を走って追う。我々も後から様子を伺うが、結局スリの姿は見失い、逃げられてしまったようだ。
シルビアはズボンのポケットに入れておいた、いくらかのお金とポストのカギを盗まれてしまったそうだ。
我々の為にバスの聞き込みをしていたばっかりに、こんな目に遭ってしまうなんて。我々も油断していた。すっかりシルビアは慣れているんだろうと任せっきりにしていた。今までJunkoと2人きりの時は、一方が写真を撮ったりしている時は必ず一方が目を光らせ、スキを見せないようにしていたのに。
シルビアにとっては、昨日13日の金曜日に我々と出会ってしまった為にこんな事になってしまったのだ。
何もしてあげられない我々2人に、シルビアは、
「私は大丈夫だから、バスでモザンビーク島に行ってらっしゃい。」
何だか気まずい気分で、シルビアが探してくれた格安のモナポ行のトラックに乗る。
トラックの荷台で揺られながら、
「モザンビーク島での滞在後、ナンプラのシルビアのアパートにお邪魔してもいいって言っていたけど、こんな状況でひょうひょうとお世話になってしまって良いものだろうか。」
そんな事ばかり考えていた。
ナンプラを出発してから30分も走らない所で「プシューッ。」、何とトラックのタイヤがパンクしてしまう。荷台に乗っていた乗客は全員降り、2時間近くタイヤが交換されるまで外で待つ。
やっとタイヤ交換が終わり、再出発。 何人かの乗客は待ちきれずにヒッチハイクで別の車で行ってしまったので、ぎゅうぎゅう詰めだった荷台に少し余裕ができ、まあちょっと苦しいけど、これも不幸中の幸いさなんて思っていた。本当は、我々もヒッチハイクでさっさと進みたかったのだが、トラック屋根にバックパックを上げられてしまっているのでできなかったのだ。
ところが再出発してから15分もたたない頃「シュルシュルシュル…」、今度はトラックのエンジンが完全停止。運転手は何度もキーを回してエンジンを掛け直そうとするが、エンジンは全く起動せず。「これはもうダメだ。」
乗客達は次々に自分の荷物を持って、荷台から降り、ヒッチハイクを始める。我々もトラックの屋根に上がり、バックパックを自分で地面に降ろすと、ヒッチハイク開始。
モザンビーク島へ行くという女性と3人で、小ぎれいなワゴン車のヒッチハイクに成功。ところが動かなくなったトラックの乗務員が、ここまでの運賃を払えと押し問答。もう日も傾きかけている。こんな所で押し問答していたら、今日中にモザンビーク島へ着けなくなってしまう。
結局、モナポまで20000MTのところ、半分の10000MTを1人当たり払う。
と、今度はヒッチした車のドライバーが1人当たり30000MT、3人分を我々に払えと言う。何でたまたま一緒に乗った人の分まで我々が、と思ったのだが、どうもヒッチしたドライバーとこのモザンビーク島へ行くという女性はすかさず利害が一致し、結託したらしい。3人分払わないなら降りろと言う。もう日が落ち暗くなり始めている。
仕方なく要求を呑み、モナポまでは連れて行ってもらう。
モナポに着く頃には、すっかり日は沈み、暗がりに月明かりが浮かんでいる。モザンビーク島へ行くというこの女性に、「まだまだ車は通るからヒッチでモザンビーク島まで一緒に行こう」と誘われるが、もう勘弁。
英語が話せる人を見付け、泊まれる所がないかと尋ね、今日はここモナポに泊まり、明日朝、モザンビーク島へ行く事にする。
それにしても、せっかくシルビアが我々の為に安い車を捜してくれたにも関わらず、その為にシルビアはスリにあい、その車に乗った我々はトラブルに会い、結局高い金額を支払わさせられる事になってしまうとは…。
街灯もない中、宿を一緒に探してくれるという英語が喋れる地元の人の後に付いて行く。
もし又、この人が良からぬ事を考えていたら…。そんな事も頭をよぎるが。このモナポなんて街、全く情報も持っていない。それに車で降ろされた場所は街の中心地から離れた所らしい。ここはもう頼るしかない。
まず初めに訪れた建物からは小柄な白人の人が出て来た。ポルトガル系だろう。彼がどうも泊まれる場所を知っているらしい。
彼の話を聞き終わると、かなり歩いて小さなバーへ。奥からは頭に白い布のキャップを付けた小柄なアラブ系のおじさんが出て来て、1人10000MTで泊めてくれると言う。2人で20000MT。どんな部屋かも判らないし、なんだか高くふっかてるんじゃないかとも思ったが、もう他に選択肢がない。
しばらく待って部屋に通されると、ちゃんとベッドがあって、扇風機も明りもあり、お世辞もきれいとは言えないが、まあまあ悪くない。ドアには内側から鍵もかけられる。この状況では良しとしよう。
アブジャブと名乗るこのアラブ系のおじさん、シャワーもあるからどうぞと言ってくれている。案内された場所を見ると、塀に囲まれた真っ暗な屋外で、くみおきの水をひしゃくで浴びるようだ。
「どうする?」
とJunkoに尋ねると、
「浴びるよ、もちろん。ほこりだらけで汗だくで耐えられないよ。」
と裸にパレオ布を巻き、アブジャブの奥さんから渡された石けんとタオルを持って、さっさと浴びに行ってしまった。
数分後、「あー、さっぱりした。」とすがすがしい顔で戻ってくるJunko。何とも頼もしい。
オレも浴びてくるか。今日は長い一日だった。明日こそ無事、モザンビーク島に辿り着けるだろうか。
【食事】
朝:クッキー
昼:揚げパン
夜:ビスケット
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 1500MT(メディカシュ)
・列車 クアンバ→ナンプラ 毎日 朝5時発 3等52000MT 8時間 1等は高いけどクーラー付き。 ところが一等のクーラー車は、窓が開かないのにいつもクーラーは故障しているので、やめた方が良いとの事。
【宿】(モナポ)アブジャブ宅 20000MT/W1室

- アフリカの大地をオンボロ列車は走る (マラウィ)バラカ→ナユチ→(モザンビーク)クアンバ
-
エリア:
- アフリカ>マラウィ>マラウィその他の都市
- アフリカ>モザンビーク>モザンビークその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物
- 投稿日:2000/10/13 17:12
「モザンビーク島は遠かった。」
マラウィからは、北の隣国タンザニアのダルエスサラムまで直行バスが出ている。それで一気に北上してタンザニアへ行こうかとも考えたのだが、マラウィの東の隣国モザンビークっていったいどんな所なんだろうと、言わばつまみ喰い的にちょっとだけ寄ってみる事にしたのだ。
モザンビークで我々が目指すのはモザンビーク唯一の世界遺産、モザンビーク島。ところがモザンビーク島は遠かった。 だいたい、モザンビークとの国境ナユチ行きの列車待ちで既に2日間も費やしている。そしてこれからモザンビーク島へ到達するまでの更なる2日間、珍道中が繰り広げられる事になる。
列車は朝5時発と聞いていたので、まだ暗い早朝4時前には駅に行って待っていたのだが、目の前に貨物列車は停まっているのだが、客車の姿は見えない。
4時50分、もう出発予定時刻の10分前だ。おかしいなと思って目をこらすと、はるか貨物列車の後方、日の出前の暗闇に、人が動めく気配が見える。 行ってみると、何両も長く繋がれた貨車の最後尾に、たった3両だけ客車が繋がれているではないか。
駅にはホームなどなく、明りは小さな駅舎に裸電球だけ。客室内には電気などないし、客車の前には貨車が連なっていて、はるか後方の客車は闇に隠れて見えなかったのだ。
乗り込もうとしている人に行先を確認して、慌てて客車に走って乗り込む。 汽笛とともに暗闇の中、列車は定刻通り朝5時出発。
「ふう、危なかった。」 2日も待って乗り過ごす所だった。
駅員さんは、古ぼかしいものの一応つばのついた制帽をかぶり、手に何ともレトロなカンテラの信号を持っている。青いのと黄色いのと2つのカンテラの信号を持った駅員さんが、列車の外で忙しそうにしていた。

電気がないので列車内は真っ黒。朝早いという事もあってか、乗客は皆大人しく、車内はシーンと静まり返り、列車のきしむ音と時折発せられる汽笛の音だけが響く。
間もなく空が白み始めると、窓の外には幾つもの巨大なバオバブのシルエット。まるで地球を離れ、銀河鉄道に乗っているかのような幻想的な雰囲気だ。
日が昇り、すっかり明るくなると、とたんに乗客達は活発になる。

列車は途中、小さい村などで停車するのだが、停車時に何か買い求めようと皆窓から体を乗り出し、列車を取り囲む物売り達と大声でやり取りしている。物売りたちは、パン、野菜、果物、魚、チキン等々、様々な物をカゴに入れ、頭に乗せて列車を取り囲む。すごい活気だ。
我々も朝食に、まずは昨日食べておいしかった焼きイモを購入。焼きイモを食べ終わった頃停車した村で、何やらサツマ揚げのようなキツネ色の食べ物が売られているのを発見。旅人の好奇心はもう抑えられない。自分も窓から身を乗り出し、
「How much?」
「ワン、クワチャ」
えー、1MK(≒2円)しかしないの。安い。買った!
1クワチャのコインを売り子の少年に投げ渡し、少年が両手で持ち上げたザルの中から、サツマ揚げのようなものを大き目のを一つ選んで取る。かじってみると、ほんのり甘い。小麦のパンとは違う。そばがきを揚げたような食べ物だ。しつこくない控え目の甘さがおいしい。まわりはカリカリに揚げられており香ばしい。なかなかいける。
明るくなって車内をよく見ると、人間と一緒にニワトリも大人しく乗車している。あんまり大人しいので息絶えてやしないかしらとつい見てしまうと、ニワトリと目があってしまったりする。
リウォンデという比較的大きな駅で、我々と別の車両にバックパック姿の白人女性が乗り込むのを発見。「あの人も旅行者なんだなぁ」この時はまだそう思っていた。
リウォンデを出てしばらくして、列車は何もない所で突然停車し、今来たレールを逆に戻り始めてしまった。
「ウソでしょ。また何かあったの? 勘弁してよ。」
貨車の積み荷を落としてしまったのだそうだ。不幸中の幸いか、逆走して数分ですぐに落とし物は発見。落とした積み荷というのが何とマットレスたった一枚。
「もうハラハラさせられる。ちゃんとくくり付けといてよ!」
すぐにマットレスは回収され、列車は再びモザンビーク国境の街ナユチへ向かって正しい方向へ出発。
「ホッ、大した事なくて良かった。」
ナユチに近付くと、窓の外にはどこまでも真っ平らな平坦な地形と地平線が続いている。どうもここら辺は湿原地帯らしい。
国境の街ナユチにはバラカを出てから4時間後の朝9時頃到着。
駅にあるイミグレで出国の手続きをして、モザンビークのクアンバ行きのシャパ(荷台に乗客を乗せる小型トラック)に乗り込むと、リウォンデで見掛けた白人の女の人が先に乗っていた。聞くと、何でもモザンビークのナンプラに住んでいるドイツ人で、GTZと言う、多分ドイツのJAICAの様な組織で、働いているのだそうだ。
これは心強い味方を見付けた。この人についてナンプラ迄行けば安心だ。もう10ヶ月もモザンビークに住んでるって言うし、慣れたもんだろう。この時はそう思っていた。
シャパは一旦、モザンビークのイミグレ前で停まり、乗客はモザンビーク入国の手続きをしなければならない。イミグレではおじさんが帳面に入国者の名前や国籍、パスポートNo.を写して、パスポートにスタンプを押すのだが、このおじさん、老眼らしく、差し出されたパスポートの字が良く見えなくて、一向に作業が進まない。
仕方ないので皆、パスポートNo.や名前を1字ずつ読み上げて伝えている。ところがモザンビークの公用語はポルトガル語。我々が英語で読み上げてもどうも判らないらしい。その時、さっとあのドイツ人の女の人がポルトガル語で助けてくれた。
彼女の名前はシルビア、26才。シルビア、どうも有難う。
モザンビーク入国の手続きを済ませ、シャパの荷台に乗ってクアンバへ。クアンバへの道はもちろん舗装などされておらず、シャパが走るとすごい砂ぼこりが我々の顔、体に降りかかる。おまけに荷台の乗客はギュウギュウ詰め。道も良くないので、振り落とされないように荷台にヘリに一生懸命しがみつく。
4時間近くこの状態で、クアンバに着くと、自分もJunkoもシルビアも全身砂だらけ。まぶたや鼻の上には砂が降り積もっている。鼻穴や耳穴も砂だらけ。思わずお互いの顔を見て3人で吹き出してしまった。
クアンバのバスジャンクション(正確にはシャパジャンクション)で尋ねると、ナンプラ行のバスやシャパは今日はもうないとの事で、明日早朝の列車でナンプラへ行く事にする。
「泊まる所はどうするの?」
とシルビアに聞くと、
「大丈夫、任せなさい。」
シルビアに付いて入った建物からドイツ人のおじさんが現れ、今日はここに泊めてくれると言う。このカルロスというおじさん、シルビアと同じ組織の人で、ここの大学の先生をしてるそうだ。
泊まってもいいと言われたものの、カルロス宅には3人も泊まれる程充分なスペースはないので、カルロス宅にはシルビアが、我々2人はカルロス宅の庭にシルビアのテントを張って、そこで寝る事になった。
事前にほどんど何の情報も持っていなかった街だったので、本当に助かった。おまけにテントまで借りてしまって。更におまけに、カルロス宅でお昼も夜もごちそうになってしまった。感謝、感謝。
カルロス宅でシャワー(と言ってもくみ置き水をひしゃくでかける。モザンビークの一部の大都市以外のほとんどの街は、水道はないか、機能していない。)を浴び、砂と泥だらけの体もさっぱり。
お昼も頂いて、クアンバのメルカド(市場)へ散策に出る。
シルビアの話では、明日早朝発の列車に乗れば、ナンプラからバスを乗り継いで明日中にモザンビーク島に行けると言う。ホッと一安心。「明日にはモザンビーク島に着くんだなぁ」この時にはそう思っていた。
そんな事を思いながら、土の上に木に組まれた露天の商店が並ぶクアンバのメルカド(市場)を散策などしていると、駅の近くで向うから日本人らしき人がこっちへ向かって来てる。
「こんにちは。」と話し掛けるが「Sorry?」と返されてしまった。彼は台湾人で木材の仕入れでここクアンバに滞在しているのだそうだ。
散策も終え、カルロス宅へ帰ると、皆で夕食作りの手伝いにジャガイモの皮むき。タダメシ頂く訳だからこれ位のお手伝いはしないとね。
夕食の席でカルロスから、イスラエルとパレスチナが軍事衝突を起こし、ヨルダンの米軍基地も攻撃されたとの話を聞く。まだ先の話だが、アフリカから中近東を抜けるルートも情勢次第では考え直す必要があるかもしれない。
明日の列車も早朝5時発。またもやの早朝発だが、どうもこれがここら辺のペースらしい。早目にシルビアのテントで就寝。昼も夜もたらふくごちそうになったので、いつの間にやらぐっすりと眠ってしまったようだ。
カルロスとカルロスの奥さん、そしてシルビア、本当に有難う。困った時はお互い様。この旅が終わって、日本に帰ったら自分も困った人を助けてあげよう。
【食事】
朝:焼きイモ サツマ揚げ風お焼き
昼:フィッシュフライ
夜:ジャーマンポテトとベーコン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 70MK(マラウィ・クワチャ)
1US$ = 1500MT(メディカシュ)
・列車 バラカ→ナユチ 毎月水金 5:00発 9:00着 90MK/1人
・シャパ ナユチ→クアンバ ナユチで列車の到着に合わせて待っている。
4時間 30000MT/1人
・モザンビーク入国税 5US$/1人
国境の出入国はどちらもスムーズ。
・モザンビーク入国にはビザが必要。 我々はジンバブエのハラレで取得。
【宿】(クアンバ)カルロス宅泊 無料
マラウィからは、北の隣国タンザニアのダルエスサラムまで直行バスが出ている。それで一気に北上してタンザニアへ行こうかとも考えたのだが、マラウィの東の隣国モザンビークっていったいどんな所なんだろうと、言わばつまみ喰い的にちょっとだけ寄ってみる事にしたのだ。
モザンビークで我々が目指すのはモザンビーク唯一の世界遺産、モザンビーク島。ところがモザンビーク島は遠かった。 だいたい、モザンビークとの国境ナユチ行きの列車待ちで既に2日間も費やしている。そしてこれからモザンビーク島へ到達するまでの更なる2日間、珍道中が繰り広げられる事になる。
列車は朝5時発と聞いていたので、まだ暗い早朝4時前には駅に行って待っていたのだが、目の前に貨物列車は停まっているのだが、客車の姿は見えない。
4時50分、もう出発予定時刻の10分前だ。おかしいなと思って目をこらすと、はるか貨物列車の後方、日の出前の暗闇に、人が動めく気配が見える。 行ってみると、何両も長く繋がれた貨車の最後尾に、たった3両だけ客車が繋がれているではないか。
駅にはホームなどなく、明りは小さな駅舎に裸電球だけ。客室内には電気などないし、客車の前には貨車が連なっていて、はるか後方の客車は闇に隠れて見えなかったのだ。
乗り込もうとしている人に行先を確認して、慌てて客車に走って乗り込む。 汽笛とともに暗闇の中、列車は定刻通り朝5時出発。
「ふう、危なかった。」 2日も待って乗り過ごす所だった。
駅員さんは、古ぼかしいものの一応つばのついた制帽をかぶり、手に何ともレトロなカンテラの信号を持っている。青いのと黄色いのと2つのカンテラの信号を持った駅員さんが、列車の外で忙しそうにしていた。

電気がないので列車内は真っ黒。朝早いという事もあってか、乗客は皆大人しく、車内はシーンと静まり返り、列車のきしむ音と時折発せられる汽笛の音だけが響く。
間もなく空が白み始めると、窓の外には幾つもの巨大なバオバブのシルエット。まるで地球を離れ、銀河鉄道に乗っているかのような幻想的な雰囲気だ。
日が昇り、すっかり明るくなると、とたんに乗客達は活発になる。

列車は途中、小さい村などで停車するのだが、停車時に何か買い求めようと皆窓から体を乗り出し、列車を取り囲む物売り達と大声でやり取りしている。物売りたちは、パン、野菜、果物、魚、チキン等々、様々な物をカゴに入れ、頭に乗せて列車を取り囲む。すごい活気だ。
我々も朝食に、まずは昨日食べておいしかった焼きイモを購入。焼きイモを食べ終わった頃停車した村で、何やらサツマ揚げのようなキツネ色の食べ物が売られているのを発見。旅人の好奇心はもう抑えられない。自分も窓から身を乗り出し、
「How much?」
「ワン、クワチャ」
えー、1MK(≒2円)しかしないの。安い。買った!
1クワチャのコインを売り子の少年に投げ渡し、少年が両手で持ち上げたザルの中から、サツマ揚げのようなものを大き目のを一つ選んで取る。かじってみると、ほんのり甘い。小麦のパンとは違う。そばがきを揚げたような食べ物だ。しつこくない控え目の甘さがおいしい。まわりはカリカリに揚げられており香ばしい。なかなかいける。
明るくなって車内をよく見ると、人間と一緒にニワトリも大人しく乗車している。あんまり大人しいので息絶えてやしないかしらとつい見てしまうと、ニワトリと目があってしまったりする。
リウォンデという比較的大きな駅で、我々と別の車両にバックパック姿の白人女性が乗り込むのを発見。「あの人も旅行者なんだなぁ」この時はまだそう思っていた。
リウォンデを出てしばらくして、列車は何もない所で突然停車し、今来たレールを逆に戻り始めてしまった。
「ウソでしょ。また何かあったの? 勘弁してよ。」
貨車の積み荷を落としてしまったのだそうだ。不幸中の幸いか、逆走して数分ですぐに落とし物は発見。落とした積み荷というのが何とマットレスたった一枚。
「もうハラハラさせられる。ちゃんとくくり付けといてよ!」
すぐにマットレスは回収され、列車は再びモザンビーク国境の街ナユチへ向かって正しい方向へ出発。
「ホッ、大した事なくて良かった。」
ナユチに近付くと、窓の外にはどこまでも真っ平らな平坦な地形と地平線が続いている。どうもここら辺は湿原地帯らしい。
国境の街ナユチにはバラカを出てから4時間後の朝9時頃到着。
駅にあるイミグレで出国の手続きをして、モザンビークのクアンバ行きのシャパ(荷台に乗客を乗せる小型トラック)に乗り込むと、リウォンデで見掛けた白人の女の人が先に乗っていた。聞くと、何でもモザンビークのナンプラに住んでいるドイツ人で、GTZと言う、多分ドイツのJAICAの様な組織で、働いているのだそうだ。
これは心強い味方を見付けた。この人についてナンプラ迄行けば安心だ。もう10ヶ月もモザンビークに住んでるって言うし、慣れたもんだろう。この時はそう思っていた。
シャパは一旦、モザンビークのイミグレ前で停まり、乗客はモザンビーク入国の手続きをしなければならない。イミグレではおじさんが帳面に入国者の名前や国籍、パスポートNo.を写して、パスポートにスタンプを押すのだが、このおじさん、老眼らしく、差し出されたパスポートの字が良く見えなくて、一向に作業が進まない。
仕方ないので皆、パスポートNo.や名前を1字ずつ読み上げて伝えている。ところがモザンビークの公用語はポルトガル語。我々が英語で読み上げてもどうも判らないらしい。その時、さっとあのドイツ人の女の人がポルトガル語で助けてくれた。
彼女の名前はシルビア、26才。シルビア、どうも有難う。
モザンビーク入国の手続きを済ませ、シャパの荷台に乗ってクアンバへ。クアンバへの道はもちろん舗装などされておらず、シャパが走るとすごい砂ぼこりが我々の顔、体に降りかかる。おまけに荷台の乗客はギュウギュウ詰め。道も良くないので、振り落とされないように荷台にヘリに一生懸命しがみつく。
4時間近くこの状態で、クアンバに着くと、自分もJunkoもシルビアも全身砂だらけ。まぶたや鼻の上には砂が降り積もっている。鼻穴や耳穴も砂だらけ。思わずお互いの顔を見て3人で吹き出してしまった。
クアンバのバスジャンクション(正確にはシャパジャンクション)で尋ねると、ナンプラ行のバスやシャパは今日はもうないとの事で、明日早朝の列車でナンプラへ行く事にする。
「泊まる所はどうするの?」
とシルビアに聞くと、
「大丈夫、任せなさい。」
シルビアに付いて入った建物からドイツ人のおじさんが現れ、今日はここに泊めてくれると言う。このカルロスというおじさん、シルビアと同じ組織の人で、ここの大学の先生をしてるそうだ。
泊まってもいいと言われたものの、カルロス宅には3人も泊まれる程充分なスペースはないので、カルロス宅にはシルビアが、我々2人はカルロス宅の庭にシルビアのテントを張って、そこで寝る事になった。
事前にほどんど何の情報も持っていなかった街だったので、本当に助かった。おまけにテントまで借りてしまって。更におまけに、カルロス宅でお昼も夜もごちそうになってしまった。感謝、感謝。
カルロス宅でシャワー(と言ってもくみ置き水をひしゃくでかける。モザンビークの一部の大都市以外のほとんどの街は、水道はないか、機能していない。)を浴び、砂と泥だらけの体もさっぱり。
お昼も頂いて、クアンバのメルカド(市場)へ散策に出る。
シルビアの話では、明日早朝発の列車に乗れば、ナンプラからバスを乗り継いで明日中にモザンビーク島に行けると言う。ホッと一安心。「明日にはモザンビーク島に着くんだなぁ」この時にはそう思っていた。
そんな事を思いながら、土の上に木に組まれた露天の商店が並ぶクアンバのメルカド(市場)を散策などしていると、駅の近くで向うから日本人らしき人がこっちへ向かって来てる。
「こんにちは。」と話し掛けるが「Sorry?」と返されてしまった。彼は台湾人で木材の仕入れでここクアンバに滞在しているのだそうだ。
散策も終え、カルロス宅へ帰ると、皆で夕食作りの手伝いにジャガイモの皮むき。タダメシ頂く訳だからこれ位のお手伝いはしないとね。
夕食の席でカルロスから、イスラエルとパレスチナが軍事衝突を起こし、ヨルダンの米軍基地も攻撃されたとの話を聞く。まだ先の話だが、アフリカから中近東を抜けるルートも情勢次第では考え直す必要があるかもしれない。
明日の列車も早朝5時発。またもやの早朝発だが、どうもこれがここら辺のペースらしい。早目にシルビアのテントで就寝。昼も夜もたらふくごちそうになったので、いつの間にやらぐっすりと眠ってしまったようだ。
カルロスとカルロスの奥さん、そしてシルビア、本当に有難う。困った時はお互い様。この旅が終わって、日本に帰ったら自分も困った人を助けてあげよう。
【食事】
朝:焼きイモ サツマ揚げ風お焼き
昼:フィッシュフライ
夜:ジャーマンポテトとベーコン
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 70MK(マラウィ・クワチャ)
1US$ = 1500MT(メディカシュ)
・列車 バラカ→ナユチ 毎月水金 5:00発 9:00着 90MK/1人
・シャパ ナユチ→クアンバ ナユチで列車の到着に合わせて待っている。
4時間 30000MT/1人
・モザンビーク入国税 5US$/1人
国境の出入国はどちらもスムーズ。
・モザンビーク入国にはビザが必要。 我々はジンバブエのハラレで取得。
【宿】(クアンバ)カルロス宅泊 無料

- マラウイ ミニバス珍道中 (マラウィ)ケープマクレア→バラカ
-
エリア:
- アフリカ>マラウィ>マラウィその他の都市
- テーマ:鉄道・乗り物
- 投稿日:2000/10/11 16:44
これからモザンビークを目指すが、ルートの選択が難しい。
モザンビークの国境まで、バスを乗り継いで行く方法と、列車で一気に行く方法がある。
バスは毎日あるが、乗り継ぐ度、満員になる迄かなり待たされたりすると、時間的ロスが多く、日が暮れてしまうと、一々宿を探さなくてはならない。
列車の場合は毎日あるとは限らず、駅へ行って聞いてみないと、週何便あって、いつ出るのかわからない。最悪の場合、駅のある街で何日も待たなくてはならない。
朝、トラックの荷代とミニバスを乗り継いで、ケープマクレアからモンキーベイを経由し、マンゴチへ。マンゴチで国境方面のバスだと指差された車は、小型トラック。荷代は空っぽだ。この荷代がいっぱいになる人数の乗客が集まるには、かなり時間がかかりそうだ。荷代に乗っての移動も楽じゃない。
そこで、列車でモザンビークへ向かう事を決意。ミニバスで、駅のある比較的大きな街バラカへ。
途中、乗客の乗り降りでバスが止まると、窓やドアから両足を握られた大きなニワトリが何羽もバス内に押し込まれる。「コーコッコッコ」バタバタと羽毛も散って、バス内は大賑わい。まるでバナナやジュースのようにニワトリを買えと言うのだが、突然の喧騒に面食らってしまった。
また、途中モスクから病人を運んで欲しいと横たわった若い女性がバスに担ぎ込まれ、街の病院前で降りて行ったりして、「大丈夫かしら。」と心配しながらもバスはなかなか進まない。
やっとバラカに着き、駅でたずねると。モザンビーク国境行きの列車はあさっての早朝5時発とのこと。「ふう、仕方ない。」ここバラカに宿泊して、列車出発の日まで待つ事にする。
そしてバラカの宿で、夜、大失敗をやらかしてしまう。久しぶりに宿にコンセントが付いていたので、持参した湯沸かし器で湯を沸かしていたのだが、沸かしながらたまった日記を付けていたら、つい沸かしている事を忘れてしまい、湯沸かし器は空炊き状態になり、あえなくショート。
「しまった...。」 日本を出て、1ヶ月ちょっと、早くも湯沸かし器を失ってしまった...。それも水という大変大事なファクターにおいての大失敗。
「仕方ない、これからはミネラルウォーターを買ったり、宿で湯をもらえば大丈夫。」と自分に言い聞かせるものの、かなりガックリ。水は買うと安くない。1〜2年の長旅だと数万円のロスにもなる。ほんの一瞬の心の空白で...。ベッドでしょげる自分を見て、「気にするな。」と励ましてくれるJunko。「明日になれば、あきらめが付いて、元気になるさ。」
トホホホホ...。明日、スーパーで水を買わないと。その前に、朝、宿のレストランでお湯を下さいって頼んでみよう。
【食事】
朝:パン
昼:フライドポテト
夜:フライドポテト
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 70MK(マラウィ・クワチャ)
・ケープマクレア→モンキーベイ 1.5時間 トラック荷台 60MK/1人
・モンキーベイ→マンゴチ 1.5時間 ミニバス 80MK/1人
・マンゴチ→バラカ 3時間 ミニバス 120MK/1人
【宿】(バラカ)MLAMBE MOTEL 550MK/W 1室1泊 朝食付き。
駅、バスステーションのすぐ近く。大きな看板あり。高いがまあそこそこキレイで、落ち着ける。ファン、トイレ、シャワー付き。蚊帳はない。でもマラウィにしてはかなり高い。
・バラカはモザンビーク国境への列車の始発駅のある街。どんなガイドにも地図が載っていないので、今後も利用する旅人もいると思うので、簡易マップです。小さくてシンプルな街です。
モザンビークの国境まで、バスを乗り継いで行く方法と、列車で一気に行く方法がある。
バスは毎日あるが、乗り継ぐ度、満員になる迄かなり待たされたりすると、時間的ロスが多く、日が暮れてしまうと、一々宿を探さなくてはならない。
列車の場合は毎日あるとは限らず、駅へ行って聞いてみないと、週何便あって、いつ出るのかわからない。最悪の場合、駅のある街で何日も待たなくてはならない。
朝、トラックの荷代とミニバスを乗り継いで、ケープマクレアからモンキーベイを経由し、マンゴチへ。マンゴチで国境方面のバスだと指差された車は、小型トラック。荷代は空っぽだ。この荷代がいっぱいになる人数の乗客が集まるには、かなり時間がかかりそうだ。荷代に乗っての移動も楽じゃない。
そこで、列車でモザンビークへ向かう事を決意。ミニバスで、駅のある比較的大きな街バラカへ。
途中、乗客の乗り降りでバスが止まると、窓やドアから両足を握られた大きなニワトリが何羽もバス内に押し込まれる。「コーコッコッコ」バタバタと羽毛も散って、バス内は大賑わい。まるでバナナやジュースのようにニワトリを買えと言うのだが、突然の喧騒に面食らってしまった。
また、途中モスクから病人を運んで欲しいと横たわった若い女性がバスに担ぎ込まれ、街の病院前で降りて行ったりして、「大丈夫かしら。」と心配しながらもバスはなかなか進まない。
やっとバラカに着き、駅でたずねると。モザンビーク国境行きの列車はあさっての早朝5時発とのこと。「ふう、仕方ない。」ここバラカに宿泊して、列車出発の日まで待つ事にする。
そしてバラカの宿で、夜、大失敗をやらかしてしまう。久しぶりに宿にコンセントが付いていたので、持参した湯沸かし器で湯を沸かしていたのだが、沸かしながらたまった日記を付けていたら、つい沸かしている事を忘れてしまい、湯沸かし器は空炊き状態になり、あえなくショート。
「しまった...。」 日本を出て、1ヶ月ちょっと、早くも湯沸かし器を失ってしまった...。それも水という大変大事なファクターにおいての大失敗。
「仕方ない、これからはミネラルウォーターを買ったり、宿で湯をもらえば大丈夫。」と自分に言い聞かせるものの、かなりガックリ。水は買うと安くない。1〜2年の長旅だと数万円のロスにもなる。ほんの一瞬の心の空白で...。ベッドでしょげる自分を見て、「気にするな。」と励ましてくれるJunko。「明日になれば、あきらめが付いて、元気になるさ。」
トホホホホ...。明日、スーパーで水を買わないと。その前に、朝、宿のレストランでお湯を下さいって頼んでみよう。
【食事】
朝:パン
昼:フライドポテト
夜:フライドポテト
【トラベルメモ】
1US$ ≒ 70MK(マラウィ・クワチャ)
・ケープマクレア→モンキーベイ 1.5時間 トラック荷台 60MK/1人
・モンキーベイ→マンゴチ 1.5時間 ミニバス 80MK/1人
・マンゴチ→バラカ 3時間 ミニバス 120MK/1人
【宿】(バラカ)MLAMBE MOTEL 550MK/W 1室1泊 朝食付き。
駅、バスステーションのすぐ近く。大きな看板あり。高いがまあそこそこキレイで、落ち着ける。ファン、トイレ、シャワー付き。蚊帳はない。でもマラウィにしてはかなり高い。
・バラカはモザンビーク国境への列車の始発駅のある街。どんなガイドにも地図が載っていないので、今後も利用する旅人もいると思うので、簡易マップです。小さくてシンプルな街です。
66 - 70件目まで(83件中)


