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イチローとジュンコの夫婦珍道中

~バックパッカー日記~

プロフィール

ニックネーム:
イチローとジュンコ
居住地:
東京都
自己紹介:
2000年9月 日本を旅立ったイチローとジュンコは、飛行機で、南アフリカ・ケープタウンに降り立った。
二人はそこから日本まで、飛行機を使わずに、陸路と船のみで帰る。
アフリカ大陸南端の喜望峰から日本まで、アフリカ、東西ヨーロッパ、中東、シルクロードとまるまる1年かけての、夫婦珍道中。
野宿もしました。ゴリラと挨拶もしました。サハラを越え、ヒマラヤを越え。。
大自然、世界遺産、カルチャーショック、紛争の傷跡、そして、多くの出会い。
2001年8月無事帰国した二人の旅を振り返って、番外編コラムを掲載します。

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ジブラルタル海峡を越えヨーロッパ1
ジブラルタル海峡を越えヨーロッパ・スペインへ(28カ国目)(モロッコ)タンジェ→(スペイン)アルヘシラス→ラリネア→(イギリス)ジブラルタル
エリア:
  • ヨーロッパ>イギリス>ジブラルタル
  • ヨーロッパ>スペイン>スペインその他の都市
  • アフリカ>モロッコ>タンジール
テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 
投稿日:2001/03/29 15:57
 朝、小ギレイなタンジェの港の乗船タ-ミナルでモロッコ出国のスタンプを押してもらうと、スペイン・アルヘシラス行の大型フェリーの客室に乗り込む。

 ゆとりのある明るい船内に乗客もまばら。そこに置かれたソファに横になっていれば、わずか3時間余りでスペインに到着だ。

 こんな快適な船が、朝から晩まで、一時間に一本ものひん度でモロッコのタンジェとスペインのアルヘシラスを行き来している。
 サハラを越えてモーリタニアからモロッコへ渡るのは本当に大変だったが、それに比べモロッコから、ヨーロッパはスペインへ、国境を越えるのは何とも容易な事か。

 日本の都会の殺伐さをも思い出させるアルヘシラスの顔のないコンクリートのビル群。我々がイメージするヨーロッパの街の趣とはまるで無縁だ。

 「特に何もなさそうな街だね。先へ進もうか。」
 地中海を渡り、アフリカ大陸からヨーロッパに上陸したという喜びもつかの間、スペインの中にある小さな小さなイギリス領ジブラルタルへ。

 モロッコ→スペイン、スペイン→イギリス領ジブラルタルと、1日で2つもの国境を越えるのは、この旅始まって以来だ。

 実は我々2人、イギリスへは行った事がないので、これが初イギリス。

 そうは言ってもここジブラルタル、看板や標識などは全て英語だが、街中で聞こえてくるのはほとんどスペイン語ばかり。

 「これでイギリスへ行った事があるって言っちゃっていいんだよね?」
 「いいんじゃないの。ハワイやグアムに行っただけでもアメリカへ行った事になるんだから。」

 全く国境って一体何だろう・・・。

 ジブラルタルの小さくかわいらしい街を見下ろすようにそびえる丘の上の砦には、イギリスの国旗が高らかに、地中海からの風になびいている。

ジブラルタル海峡を越えヨーロッパ1

【食事】

朝:スープ
昼:クリームチーズサンド、ピーナッツ
夜:ハムサンド、オレンジ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 9DH(モロッコ・デュラハム)
1US$ ≒ 180pt(スペイン・ペセタ)
1US$ ≒ 1.5PD(ジブラルタル・ポンド)
(レートはイギリスポンドと同じ。紙幣、コインのデザインが異なるだけ。)
・タンジェ→アルヘシラス(フェリー)3時間強 210DH/1人+10DH/荷1コ/TAX
・アルヘシラス→ラリネア〈ジブラルタルの隣のスペイン側の街〉(バス)1時間弱 245pt
・ラリネア→ジブラルタル(徒歩)国境まで5分程/ジブラルタルの中心街まで30分弱

【宿】
(ジブラルタル)Emile YouthHostel 12PD/ドミトリー1人

いつになったらモロッコ入国?  1
いつになったらモロッコ入国?(モロッコ)ビルガンドゥーズ→ダクラ
エリア:
  • アフリカ>モロッコ>モロッコその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 その他 
投稿日:2001/03/20 18:15
 何もないビルガンドゥーズ。

 あるのは100m四方程度のガレキの駐車場と、昨夜我々が寝たほったて小屋だけ。駐車場を見下ろす丘にミリタリー施設があるが、そこへは立入れない。
 周囲は360度ガレキの砂漠。何の店もない。トイレもない、家もない。もちろん水道もない、電気もない。

 おっと、あんな所につるべの井戸が。
 くんで水をなめてみると「ペッペッ」しょっぱい。大西洋沿岸が程近いせいだろうか。どうやら塩水が湧き出ているようだ。

 昨日「砂漠のアリ作戦」は失敗に終わるものの、何とかフランス人の車をヒッチハイクして、モロッコ入国を果たしたのだが、パスポートはポリスが預かり、まだ、モロッコの入国手続きは完了していない。
 今日の午後2時、ポリスの先導で皆でダクラへ向かい、ダクラのイミグレで入国手続をして、ようやく、パスポートにモロッコ入国スタンプが押されて返されると言う。

いつになったらモロッコ入国?  1

 だけど、そうは言われても、こんな何も無い所で朝から午後までどうやって過ごせと言うのか。
 食べる物も、手持ちの非常食のパンとビスケットしかない。おまけにじっとしてるとやたらのハエが寄り群がって来る。砂漠のハエは飢えているのだろうか。

 ビルガンドゥーズのガレキの上で、ひたすら退屈すぎる時間を過ごしていると、一台のランドローバーが国境方面からやって来る。

 その車はポリスの先導で、外国人の我々とは離れた所に停車。「バタン」、扉を開けて人が降りてくる。
 その中に・・・。

 「ヘーイ、良かった、良かった。」
思わず声をうならし、駆け寄り握手。

 昨日、モロッコのミリタリーポストの手前でパンやビスケットを分けてくれたモロッコ人だ。
 どうやら「モロッコ人の車」をヒッチハイクできたらしい。

 これで、喉の奥の骨もとれた。何の気掛かりもなく、モロッコへ、そしてヨーロッパへ向かえる。

 ところが、昨日、今日の午後2時出発と言っていたのに、「ゴメン、ゴメン、遅れちゃって」という風なノリでポリスが現れたのは午後5時過ぎ。

 結局ビルガンドゥーズを出発できたのは午後6時。
 我々も昨日ヒッチハイクしたフランス人の車に乗り込む。

 この車、見掛けは旧式の古びたランドローバーだが、砂漠を走り切る為の装備は完璧、もちろんGPS完備、足回りはラリー車並だろう。
 こんな車で砂漠を道楽で走らせる事ができる、リッチなツーリストのみが西サハラ国境の通過を許されるのだ。

 もちろん、リッチな彼らは、車で国境を越える為、モロッコの入国税を特別にたんまりと払わさせられているそうだ。
 タダで歩いて入国しようとする貧乏旅行者が拒否される訳だ。

 ビルガンドゥーズからダクラ迄の道は、昨日我々が歩いた国境緩衝地帯の荒廃しきったガレキの道とは異なり、それなりに舗装されたモーターウェイ。
 車はその砂漠の中のモーターウェイをガンガン飛ばす。

 ガレキの荒野の砂漠の地平線から、幾つものなめらかな丸い頂きの砂丘が、右から、左から、そして目の前から現れる。
 時折、遠くに大西洋の海原も相混じり、その景観は正にスペクタクル。SF映画の中に入って、別の惑星を探検しているかのようだ。

 ダクラ迄4〜5時間と聞いていたが、途中幾つもある検問で、そのたびやたらと時間が掛かり、ダクラの街の明かりが見え始めたのは、深夜0時近く。

 「どこに泊まるか決めてるのかい?我々はHotel Doumssに泊まるけど。」
とフランス人のおじさん。聞くとそのホテルは3つ星だと言う。

 タダで車に乗せてもらって、こんな深夜に、まさか安宿探しにつき合ってくれなんて、口が裂けても言えまい。
 「私達もそこに泊まります。。。」

 ダクラの3つ星ホテルのベッドに就いたのは深夜1時過ぎ。

 預かられっ放しのパスポートは、明日朝、自分でダクラのポリスへ取りに行かなくてはならないと言われている。
 ようやく、何とかダクラにたどり着いた。
 だが依然、正式にモロッコ入国を果たしてはいない。


【食事】

朝:パン、ピーナッツ、ビスケット(フランス人がくれた)
昼:パン、ビスケット
夜:パン、ビスケット

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 9DH(モロッコ・デュラハム)
・国境→ダクラ(フランス人の車をヒッチハイク)無料

【宿】
(ダクラ)Hotel Doumss 281DH/W-1室

NoPhoto
パリダカ気分 (モーリタニア)ヌアディブ
エリア:
  • アフリカ>モーリタニア>モーリタニアその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 
投稿日:2001/03/15 17:16
 毎年開催されるパリ・ダカールラリー。
 そのハイライトが、モーリタニアのサハラ砂漠越え。

 特にヨーロッパで人気のこのラリー、テレビではその激しいレースとともにサハラ砂漠の美しいランドスケープも映し出され、人々を魅了しているようだ。

 そんな人々の中に、お金に余裕があって、「車であのパリダカールのモーリタニアを走ってみたい」と言う人がいて、ヨーロッパから車でモーリタニア迄やって来るのだ。

 公共の交通機関で国境を越えモロッコへ行く事が許されない外国人旅行者の我々は、モロッコのダクラまで、そんな人達の車をヒッチハイクして行く他ないのだ。

 モーリタニアの砂漠を車で走ると言う事は、ただ事ではない。もちろんそれなり装備が必要で、砂漠を走る為にラリー車ばりの改造をほどこしたり、GPSを付けたりと、かなりお金がかかる。

 そして、今日、我々の泊まるキャンプサイトに3台の車を連ねて現れたフランス人のひと家族。2台の4WD車と大きなキャンピングカー1台。
 車から降りて来たおじいさんを捕まえて、
 「もしダクラへ行くのなら連れてってもらえませんか。」
と聞くと、
 「ダクラへ行く事は行くが、いつになるかわからんのだよ。3日後かも知れないし、5日後かも知れないし、もっと先かも知れない。私は雇われメカニックに過ぎんのでわからないんだよ。」

 それぞれの車の扉が開いて、熟年の夫婦と娘が降りてくる。
 その脇から車の中を覗き込むと、ビックリ。

 1台の4WD車には大きな犬が2匹、もう1台の4WD車には鳥カゴに大きなオウム。豪華内装のキャンピングカー内のじゅうたんの上には猫もいる。
 砂漠でのハードな移動で疲れてしまったのか、2匹の犬の内1匹の黒い犬は、グッタリしてしまっていて、無理矢理口を開けさせられ、薬を飲ませられている。

 翌日、その家族は釣に行くと言ってどこかへ行ってしまったのだが、
 「お金持にはお金持の遊び方があるんだな。」
と、Junkoと顔を見合わせる。

 今日は他にも2台、ダクラへ行くという4WD車が現れたのだが、見るからにお金持ちそうなこちらも熟年のフランス人夫婦達、連れて行って貰えないかと尋ねると、「ノー、スペース」とあっさり断わられてしまう。
 車を見ると、あと2人位は座れるスペースは充分ある様に見えるが、嫌がる人の車に無理矢理乗せてもらう訳にも行くまい。
 何でも彼らは、余計な外国人を同乗させて、検問や国境でもめるのを恐れているのだとか。

 この旅で何度も地元の車をヒッチハイクしてきた我々だが、
お金持の道楽中の車をヒッチハイクするのは、これまで以上に難しい様だ。


【食事】

朝:バゲット、ピーナッツ
昼:リーポワソン
夜:バゲット、クッキー、コーラ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 250UG(モーリタニア・ウギア)
・(ヌアディブ)Camping Baie 1000UG/部屋泊1人(2泊目からの料金)

アンビリーバブル!アイアン・トレイン 1
アンビリーバブル!アイアン・トレイン (モーリタニア)シンゲッティ→アタール→ショム→ヌアディブ
エリア:
  • アフリカ>モーリタニア>モーリタニアその他の都市
テーマ:鉄道・乗り物 
投稿日:2001/03/13 17:00
 「朝6時頃、アタール行の乗合自動車が宿の前を通る」と、宿の人に聞いていたので、朝6時前、宿を出て、宿の前の道端に荷物を置いて車を待つ。
 ところが待てど暮らせど車は来ない所か、静まり返ったシンゲッティの街自体に車のエンジンの音など一つも聞こえて来ない。

 乾いた砂漠の街の朝は寒い。
 両腕両足をピタッと閉じ、身を小さくして、待ちぼうけする事1時間半。どこからともなく車のエンジン音が聞こえてくる。

 すかさずエンジン音が聞こえて来る方へ走り寄る。車は小型トラックだが乗合ではなさそうだ。
 手を挙げて車を止める。
 「アタール?」

 久しぶりのヒッチハイク。妥協した金額は乗合よりかなり割高だったが、座席に2人きりでゆうゆうと座れる。車の状態も良い。
 荷台にバックパックを放りのせ、車に乗り込む。

 それにしても、モーリタニアに入ってから、野宿に、トラックの荷台での移動、そして今度はヒッチハイク。
 西アフリカに入って比較的快適に旅をしていたのだが、やはりサハラの旅はそうは楽はさせてもらえない様だ。

 そして、アタールから乗合4×4に乗り継いででショムに向かうと、そこはもう道路と言うには程遠い、いわゆるピスト。
 砂漠の中の道無き道を、車高の高い4×4でグイグイ進んで行く。

 午後1時半過ぎに着いたショムの街は、ガランとした砂漠の中の荒地に敷かれたむき出しの鉄道のレールの横に、数軒小さなほったて小屋の様な四角い建物が並んでいるだけ。

 同じ乗合4×4に乗っていたヌアディブへ行くと言う英語が喋れるオジサンをつかまえて、
 「駅はどこですか?」
と聞くと、
 「列車が来るのは5時頃だから、しばらくここで休んで行こうよ。駅へはその頃一緒に行きましょう。」

 おじさんについて、地ベタにじゅうたんが敷かれたそれはそれは質素なレストランへクツをぬいで入る。

 アブダライと名乗るそのおじさん、今はモロッコ管轄で未だ独立問題がくすぶる西サハラの人で、今はモーリタニアはヌアディブのファミリーの所(多分親せきの家族)に寄せてもらっているそうだ。

 「ヌアディブからダグラへ行きたいのだが、公共の交通機関はあるのですか?」
ダクラとはモロッコ/西サハラの街、モーリタニアから国境を越えてダグラ迄行くのは難しいという噂だが、確かな情報は持ち合わせていない。アブダライに尋ねると、
 「Yes イエス。乗合のランドローバーがダグラ迄出てるよ。」
 何だ、乗合があるって事は、思っていたよりも簡単に国境を越えてダグラへ行けそうだ。この時ばかりはそう思って楽観していたのだが・・・。

 手づかみで、昼食に洗面器に盛られたご飯を食べた後、アブダライや他の人達と、レストランのじゅうたんの上で茶を飲み横になって列車の時間を待つ。
 これがこちらモーリタニアン・スタイルなのだ。

 寝そべってレストランの建物をよく見てみると、太い鉄道のレールを組んで作られている。
 すぐそこに敷かれた鉄道の脇には、要らなくなったレールその他がガレキの山となって、放り捨てられている。そこから拾ってきた廃材で家を建てたのだろう。
 隙間だらけだが、ここは砂漠の街、雨も降らないだろうし、鉄筋だから丈夫に違いない。

 夕方6時過ぎ、アブダライについて小型トラックの荷台に乗り、駅舎もホームもない駅と呼ばれる砂漠の荒野のレール脇へ行って、列車を待つ。
 澄んだ乾ききった大気の中、夕日に染まる広大な焼けた大地が美しい。

 「ガガン、ガガン」
午後7時前、そんな美しいランドスケープをバックに、ディーゼル機関車に引かれた列車の先頭がゆっくりと視界に入ってくる。

アンビリーバブル!アイアン・トレイン 1

 そして列車が目の前を通り掛かり始めると、自分もJunkoも唖然。
 次々に目の前を通り過ぎるどでかく頑丈そうな、石炭の様な人の体より大きい石をのせた貨車。何とこれが延々と連なっているのだ。軽く100両以上はあるだろう。
 こんなにでかく長い列車は今迄に見た事もない。

 通称「アイアン・トレイン」。石炭の様な貨車に積まれたどでかい鉱石は鉄鉱石。
 この列車はモーリタニアの主要産物の鉄鉱石を運ぶ輸送列車で、延々と続く貨車の最後の、大蛇の尾の先にわずか2両ばかりつながれた客車は「ついで」なのだ。

 Junkoと2人で口をあんぐり開けて、その様を眺めていると、突然、それまで物腰も静かだった紳士、アブダライが叫ぶ。
 「クイックリー!!」

 見ると、アブダライは走り出したトラックのヘリにつかまって我々を呼んでいる。
 「そんな、突然そんな事言われても。」
 重いバックパックを背負った肩と腰に渾身の力を込めて、走り出したトラックを追いかけ、その荷台のヘリにつかまるように飛び乗る。

 我々がこれから乗ろうとしているアイアントレイン、貨車が100両以上もある為、列車の長さは軽く1km以上。列車は、だいたいの位置でわずかな時間停車するだけ。
 末尾に繋がれた2両ばかりの客車がどこに止まるかわからないので、車で追いかけなければならないのだ。
 下手をすれば1km以上も離れた客車迄、わずかな停車時間に人の足で走って行く事はできないのだ。

 荷台のヘリにしがみつく我々を乗せ、チビトラックは列車の客車を追いかける。
 「キュー、ガッタン」
列車が停まった。だが車は急に停まれない。トラックは客車を追い越してしまう。

 「飛び降りろー!!」
トラックが数m客車を追い越してしまった所で、トラックのヘリから地面に飛び降り、客車に向かって全速力で走る。
 たどり着いた客車の入口は、降りる人と乗る人でごった返している。

 何と言ってもこの巨大なアイアン・トレイン、末尾に繋がれた客車と先頭のディーゼル機関車のけん引車まで、その距離1km以上、けん引車の乗務員は1km以上後ろの客車がどこに止まろうと、客の乗り降りの最中だろうと知ったこっちゃないのだ。
 適当に停まり、適当に出発するだけ。
 急いで乗り降りしないと何の合図もなく列車は又、突然走り始めるのだ。

 「何でたかが列車に乗るだけで、ここ迄しなくちゃいけないんだ・・・。」
 Junkoはこのせいで、しばらく腰が痛くなってしまったそうだ。

 乗降車する人でごった返す小さな入口に、身体と荷物を押し込み、やっとの思いで客車に乗り込むと、またしても唖然。

 木造の客車には座席も窓もない。乗客は皆ザコ寝、窓の替わりに、小さな覗き窓が幾つかあるだけ。
 「こりゃ客車と言うよりほとんど貨車だ。」
 トイレには扉もない。

 列車は夜行。夜通し走り続け翌朝ヌアディブに到着する予定だ。
 何とか、我々の荷物を置く場所と、寝るスペースだけは確保。

 「どうだい、日本の列車とは違ってるかい?」
とアブダライ。
 「違ってるも何も・・・」
と、返す言葉が見つからず、ただただ「Yes」とうなづくしかない。

 夜、アイアン・トレインでは、まだまだ信じられない事が次々続く。

 窓もシートも無い客車には、ちろん電灯などない。
 真っ暗な車内を、各々の乗客が持ち合わせた懐中電灯で照らしている。

 ウトウトしていたら、急に車内がそれ迄より薄明るくなったので見てみると、何と、火を灯したロウソクをヒモで天井から吊るしてランプ替わりにしているではないか。
 更に脇を見ると、ガスコンロでお茶を沸かしているやからまでいる。

 列車は時折、「ガタン」とかなり揺れる。その度、客車内の天井に吊るされたロウソクは振り子のように右に左に大きく振れる。火の付いたガスコンロも幾度となく木の床に倒れる。

 「火事になったらどうすんだよ!!」
自分もJunkoも目を丸くし、開いた口はふさがらない。

 ディーゼルのけん引車はここから1km以上も先、この車両が火事になろうが、きっと知ったこっちゃないだろう。

 アイアン・トレインは、夜通し砂漠の真中を走り続ける。
 火事にでもなったら、夜の砂漠へ、列車を飛び降りて逃げるしかないのだろうか。

 今夜は長い夜になりそうだ。


【食事】

朝:パン、クッキー、ピーナッツ
昼:肉入炊込ライス、
夜:なし

【トラベルメモ】

1US$ ≒250UG(モーリタニア・ウギア)
・シンゲッティ→アタール(4×4小型トラックをヒッチ/座席に乗車) 1時間半弱 5000UG/2人
・アタール→ショム(乗合4×4/TOYOTA)2時間半 1500UG+100UG/荷1コ
・ショム→ヌアディブ(夜行列車:「もう2度と乗りたくない」)19:00発 翌9:00着 11時間 800UG/1人

NoPhoto
ダカール行き国際列車 (マリ)バマコ→(セネガル)ダカール
エリア:
  • アフリカ>セネガル>ダカール
  • アフリカ>マリ>バマコ
テーマ:街中・建物・景色 鉄道・乗り物 グルメ 
投稿日:2001/03/07 14:48
 我々を乗せたセネガルのダカール行のオンボロ列車は、朝9:15、マリのバマコ駅をほぼ定刻通り出発。

 「ジェンネにドゴンにトンブクゥ・・・。見所満載で西アフリカの旅のハイライトと言われてるマリをもう出ちゃうの?」とお思いの方、済みません。実は約5年前、マリは2人で一度旅してまわってるんです。その様子は、自分のホームページで写真と併せて少し載せてあるので、興味のある方は見てみて下さい。

 犠牲祭の翌日だからなのだろうか。車内はガラガラ、8人乗りのコンパートメントはどこも2人から4人位までしか乗っていない。
 通常列車出発日の前日の朝から売出される切符も、昨日は犠牲祭の祝日なので、夕方からのわずかな時間だけの売出しだった。

 話はそれるが、昨日面白かったのが、バマコの駅の切符を買いに行った時。
 エアコンがガンガンに効いた、切符売りのおじさんが座る窓口内は、何故か明かりがなく、薄暗い室内にはロウソクが立てられ、おじさんはこちらが支払ったお金をロウソクの火にかざして金額を確認している。
 「エアコンを動かす電気があるんなら、電灯位付ければいいのに・・・。」
 そう言えばバマコの駅には幾つも時計が設置されているのだが、そのどれもが止まっているか、全くもって狂ったまま。まともな時間を指し示す時計は一つもなかった。

 列車はバマコの街を抜けると、やがて一面マンゴの木々が茂るマンゴのプランテーションの中を走り抜ける。
 列車がマンゴの木々を抜けた所にある小さな駅に停車すると、乗客はこぞってマンゴを買い求めている。
 赤ピンクや黄色いよく熟れたマンゴからは、甘くいい匂いがする。

 窓から身を乗りだして、我々もマンゴを購入。
 皮をむいてかじり付くと、
 「ウン、甘くて美味しい」
しかもとってもジューシーだ。

 手はマンゴの蜜でベトベト、顔と体は、風と一緒に窓から入り込むディーゼル機関車の出すススだらけ。
 楽しいのか、ツライのか・・・。

 列車は快調に、ダカールに向かって走り続ける。


【食事】

朝:パン、ゆで玉子
昼:パン、バナナ、みかん、マンゴ
夜:パン、バナナ、みかん、マンゴ

【トラベルメモ】

1US$ ≒ 660CFA(西アフリカセーファ・フラン)
・バマコ→ダカール(夜行列車)1等 34625CFA/1人 9:15発 翌23:30着

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