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- あれ、ここ地球だよね?奇跡の絶景ウユニ塩湖へ
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エリア:
- 中南米>ボリビア>ラパス
- 中南米>ボリビア>ウユニ
- 北米>アメリカ東部>マイアミ
- テーマ:買物・土産 観光地 自然・植物
- 投稿日:2017/01/30 12:07
塩湖をひた走るワゴン
あれは確か私がまだ高校生の頃だっただろうか。
ピンクのワゴンに乗って若者たちが世界を旅しながら、恋人を探すという人気番組があった。当時その番組にハマっていた私。かわるがわるワゴンの中で繰り広げられる恋愛模様と一緒に、ブラウン管越しに海外を楽しんでいた、まだ海外旅行なんて行ったことのない私。
ある時、その番組のオープニングでこんなものを目にした。
ピンクのワゴンが、永遠に続くのかと思われるほど広大な、鏡張りの湖を延々と走る映像。
なんじゃこりゃぁ!!!!
テレビで見たその映像は後に何年も私の心の中に残ることとなる。どこか分からないけれど、とても綺麗なところ。私も行ってみたいなぁ…、なんて叶うわけがないと思いつつ、そんなことを夢想していた。
そして時はたち、私は旅行会社に入社。
ティーン時代から十数年の時を経て、あの頃の私の夢が現実となる。
高校生の時の私に教えてあげたい“あんた行くよ、行くんだよ!その場所ウユニ塩湖って言うんだよ”と。きっと泣いて喜ぶだろう。
前置きが長くなってしまったが、まだ海外なんて縁のない私を一瞬にして虜にしてしまった、あのウユニ塩湖に行く機会を得たのだ。
憧れの地、ウユニがあるのは南米ボリビア。ボリビアへの道は長い。
成田を出発し、LA、マイアミと乗り継いで、翌朝ボリビアの首都ラパスに到着する予定だ。
意気揚々とLAに出発し、大急ぎでアメリカの乗継を終え、マイアミに到着・・・したものの、到着の時点でボリビア行フライトのボーディングタイムが過ぎている。フライトが遅延したのだ。出発まで残り20分!?うそでしょ。CAさんに頼んで、ラパス行きのゲートに遅れる旨伝えてくれと懇願するも、“それは出来ん、走れ”という無慈悲なご回答。言われるがままにダッシュしてゲートに行くも時すでに遅し。既にゲートは閉まった後だ。誰もいなくなったゲート。なんてこったい。
チケッティングカウンターでネゴシエーションするも、この日はもうラパス行きのフライトが無く、明日、今日と同じ時間のフライトに乗らざるを得なかった。なんてこったい。
とりあえずマイアミの空港ホテルに宿をとり、翌日たっぷりマイアミでも観光するとしよう。
いきなりマイアミ観光となってしまったので予備知識がゼロだったが、マイアミ空港は市内から近く意外と観光しやすそうだ。
まずはムーバーと呼ばれるモノレールとメトロとバスを乗り継いて、リトルハバナへ出かけた。その名の通り、マイアミにある小さなキューバだ。
広場でドミニに興じる人々
リトルハバナのシンボル、ニワトリ
街の雰囲気も良く、そこら中をスペイン語が飛び交っている。シガーショップもあり、どこからか常に音楽が流れてくるあたり、確かにキューバっぽいような気がしないでもない。
レストランでキューバ名物のモヒートを飲みながら一休みした後、やっぱりマイアミビーチ見なきゃ!とバスを乗り継ぎ、ビーチへ赴く。
ところで、この日のマイアミはとても気持ちの良い気候。暑すぎず、のんびりするにはちょうど良かった。とはいえ、私の出で立ちは厚手のロングTシャツにロングスカート、そしてトレッキングシューズ。ビーチではとびきり浮いていた。昨日、スーツケースを受け取ることが出来なかったのだからしょうがない。まさかビーチ来るとは思ってないし。
マイアミビーチ
マイアミにはたくさんのショッピングモールがあり、お買い物にも事欠かない。巨大なモールをふらついた後、今日のフライトは逃すまいと、早めに空港に戻った。
さてさて棚からボタモチならぬ、棚からマイアミを楽しみ、翌朝無事ラパス空港に降り立った。丸1日遅れの到着だ。
本来の行程であれば、ラパス1泊→ウユニ2泊→ラパス2泊→ダラス1泊→帰国の予定だが、初日のラパス1泊はやむなくカット。ラパス到着後はそのままボリビア国内線に乗り継ぎ、ウユニへ飛んだ。
ところで、ラパスは世界で最も高所にある首都として知られている。(正確には首都はスクレという街だが、事実上の首都はラパスとのこと)標高はなんと3650m!ウユニの標高もラパスとほぼ変わらない。高山病にかかってしまうのだろうか。。。
心の片隅に不安を残しつつ、ボリビア初日、ウユニのツアーの始まりだ。
まずは列車の墓場へ。
かつて塩や鉱物を運んでいた蒸気機関車や貨物車両が放置されているのだ。なんとも哀愁を感じる佇まい・・・
鉄道の墓場
そしてウユニの塩産業を独占しているコルチャニ村へ。コルチャニ村の主な産業は塩。村の中には製塩所があり、ウユニの塩を買って帰ることもできる。驚くほど安いのだが、塩は重く、たくさん買って帰れないのが残念だ。
村の入り口にはたくさんのお土産物屋さんが軒を連ねる。ここではアルパカのセーターや帽子、民芸品などいろいろ揃えることができる。
私はここでアルパカのセーターとカラフルな帽子をゲット。これからの旅に役立ちそうだ。
コルチャニ村の製塩所
コルチャニ村
そしていよいよ、念願のウユニ塩湖へ!
塩湖の淵はまだ水が張っていても、地表は茶色い。車を10分位走らせると、ついに憧れてきたような映像が広がってきた。
絶景のウユニ塩湖
高校生の時、テレビで憧れたあの風景!想像を超える絶景を前に、すごい・・・の連発。私の驚きと感動を伝えるにふさわしい言葉がそれ以外に出てこなかった。
さてさて、ウユニ塩湖に来たらやりたかったこと。それはトリック写真撮影。
だがその前に腹ごしらえということで、塩湖のど真ん中でピクニックランチ。ドライバーさんとガイドさんが私の為にテーブルをセットしてくれる。
塩湖でピクニックランチ
簡単だが美味しいランチで空腹を満たし、いよいよ写真撮影スタート。
12月から2月にかけて雨季になるウユニでは、塩湖上に水が張りそれがまるで鏡のようになるのである。ただし運が悪ければ水が十分でないこともある。ひろーい塩湖の中をドライバーさんとガイドさんがベストポイントを探してくれる。
鏡張りに移る私
塩湖でトリック写真撮影
鏡張りの写真を撮るには、ちょうどいい感じの量の雲(多すぎても少なすぎてもダメ)と無風が求められるのだが、残念ながら初日は風が強く、雲が少し多かった。
ウユニは高地だけあって、天候が非常に変わりやすい。特に雨季では日中に雨が降ることもあるので、ウユニには2泊ないと不安だ。
この日このままサンセットツアーも行ったが、ちょうど太陽の沈む位置に雲がかかり、いい感じの写真を撮る事は出来なかった。
ダカールラリーのモニュメントと私
微妙な感じの夕陽
本日マイアミから夜行便で到着したばかりの私は、高所のせいもありかなり疲労がたまっていた。夕飯を摂ることもできず、ベッドになだれ込んだ。
翌日は星空と朝日鑑賞があるので、深夜3時半にホテル発だ。つかの間の休息をとり、深夜目を覚ますと、頭が重い・・・なんか気持ち悪い・・・うぅぅ〜これが高山病か。
だるい体を無理やり起こし、ツアーに備える。事前情報ではとにかく寒いとあったので、タイツの上に毛糸のパンツ、裏起毛のあったかズボン、上半身はヒートテックにロングTシャツ、ユニクロのインナーダウンにモコモコのマウンテンパーカ。靴下は2枚重ね+両つま先にホッカイロをプラス。お手元にもホッカイロ2個持ちでニット帽をオン。
スーパーモコモコ状態でツアーに出かけたが、ガイドさんは昼間の洋服にダウンを着ているだけ。ずいぶんラフだ。
移動中も軽い頭痛を感じていたが、いざ塩湖に到着すると、痛みは一瞬のうちに遥かかなたに消え去った。私にとっては高山病より、よっっっぽど二日酔いの方が辛い。でも人ぞれぞれ、その日のコンディション次第だろう。若くてもなる人はなるし、おじいちゃんおばあちゃんでも元気な人は元気だ。
夕方、かなり雲の量が多かったので、星空観賞には一抹の不安を頂いていたが、やっぱりイマイチな星空だった。(先日、ニュージーランドのポカラで超絶すごい星空を見てしまったからかも知れないが、正直この日のコンディションは想像以下だった)
雲が多い星空・・・
でも夜のウユニの楽しみ方は星だけではない!私はある秘密兵器を日本から持参していた。ペンライト〜〜〜!!
百均で売っているペンライトだ。これを使って、暗闇に文字を書き、なおかつ鏡張りの湖に文字を照らし出す、そんな写真を撮りたい!
ただ、ふつうこういうのは大人数でやるもの。一人一文字ずつ書くのが一般的。一人でやるにはかなり体力がいる。カメラを30秒の撮影にして、暗闇に反転文字を書いていく。もちろんシャッターが下りるまでうまくいっているかどうか分からない。
一生懸命一人で闇夜に向かってペンライトを振っては消し、横に移動して書いてを繰り返す姿はちょっぴりシュール。
全然ダメ。失敗作
残念、途中で時間切れ
yes!成功!
こちらは反転をさらに逆に書き、湖面に文字を映しこんでいる。
スーパーモコモコ状態で上下左右に運動するもんだから、かなり汗ばんだ。実際ウユニが最も寒いのは5月頃だそう。このころはマイナス10度くらいになるとか。
徐々に日が昇るにつれ、雲も消えて行った。そして無風。絶好のコンディション到来!
朝と夜の間の時間
真っ暗だった世界が徐々にピンクに色づいていく・・・
朝が夜に溶け込んでいくような、まどろみの時間。空なのか地上なのか分からない不思議な風景。言葉に出来ないほどの美しさ。
朝日鑑賞
満足すぎる星空&朝日ツアーを終え、朝食を食べにホテルへ戻った。ホテルと言えば、今回私は塩湖周辺にある、塩のホテル“ルナサラダ”に宿泊していた。ホテルは壁やベッドの台などがすべて塩のブロックで出来ている。廊下にも塩が撒かれ歩くとザクザクという感触が楽しい。雰囲気満点のユニークなホテルだ。
塩で出来た壁
室内
こちらはまた別の塩のホテル、パラシオ・デル・サル
素敵な室内
塩のホテルでおいしい朝食を食べ、この日も引き続きウユニ塩湖観光。
塩湖に行く前に、まずはコケサのミイラを見に出かけた。
竪穴住居のようなところにミイラがドーンと寝ていて、お供え物が散乱している。
なんていうか、、、ありのままだな(笑)
コケサのミイラ
樹齢200年のサボテン
今日は昨日よりももっとコンディションが良い!
程よい雲と青空、風もなし!
ウユニの水量は非常に変わりやすく、昨日あたり一面鏡張りだったところが、今日の午前中にはすべて水が干上がっている。昨日よりも更に塩湖を走り回り、鏡張りのポイントを探してもらった。それにしても広大な広さに張っていた水が一晩にしてなくなってしまう不思議。本当に神秘に満ちた湖だ。
絶好のコンディション
トリック写真撮影
我がウユニ旅行に一遍の悔いなし!
存分にウユニを楽しみ、翌朝ウユニを立ち、首都ラパスへ飛んだ。
既に初日、1泊分のラパス泊を失っているため3日分の観光を2日間に詰め込んでいる。
チチカカ湖クルーズ、ティワナク遺跡、月の谷と駆け足で巡った。
チチカカ湖クルーズは浮島に上陸しても全く人がおらず、閑散としていた。ペルーサイドのイメージをもって行くとかなり期待は裏切られる。
チチカカ湖の浮島 どんより天気が寂しさに拍車をかける
世界遺産のティワナク遺跡
その名の通り、月面のような月の谷
月の谷にいたチョリータと一緒に
ラパスの街は前述の通り、世界で最も高所にある首都だ。街全体大きなすり鉢状になっていて、そこに行くほど裕福な人が暮らしているそう。高低差の多いラパスの街で市民の足となっているのがロープウェイである。このロープウェイは2014年に開通したばかりで、現在3区間のロープウェイが走っている。このロープウェイはとってもお勧め!
すり鉢状の斜面に並んだ赤レンガの家々がそれはもう見事に見渡すことができる。始発から終点まで乗ると、途中乗継を含めて30分ほど。ラパスの街の大パノラマを楽しむことができる。現在新たに2区間を建設中で、更に標高の高い隣町まで行けるようになるという。
そして、夜はミラドール・キリキリ展望台へ夜景を見に行った。これがまたすごい!すり鉢状に街が広がっているので、夜景に取り囲まれたような絶景なのだ。そう、ラパスの夜景は上から見下ろすのではなく、下から眺める夜景なのだ。下からとはいっても、キリキリ展望台は高台にあり、郊外までよく見える。でもそれ以上に高い位置にも夜景が見えるというわけだ。世界に有名夜景スポットは数あれど、包まれるような夜景に出会えるのはラパスだけ(多分!)だろう。
ミラドール・キリキリからの夜景
そしてラパスで私が一番心ときめいたもの、それはショッピング。
南米でも物価の安いラパスはまさに買い物パラダイス!アルパカセーター1500円、エケコ人形400円、南米らしいカラフルなマンタと呼ばれる大判の布600円、アルパカの磁石50円etc・・・。この独特の色使い、たまりません!もっと買いたかった〜
土産物屋が並ぶサガルナガ通り
三つ編み&ハットのチョリータ
十数年の時を経て辿りついたボリビア。
百聞は一見にしかず、何もかもが想像以上だった。まるで違う星に来たかと思うような絶景の連続に、何度言葉を失ったことか。
例え帰国の際、ボリビアを出発するフライトが運休になって、2時間も3時間も待たされて、航空会社に明後日までフライトはないと言われて、なぜかペルーを経由して帰ることとなろうとも、おつりがくるくらい素晴らしい経験となった。
マイアミ ★★★★ ビーチにショッピングになんでも楽しめる!
ウユニ ★★★★★ これぞ絶景!一生忘れることのできない風景がそこに
ラパス ★★★★★ 買い物天国。街中を歩くチョリータも素敵
(2017年1月 久保井奈々子)
- ハネムーンの聖地カンクン×エンターテイメントの聖地ニューヨーク
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エリア:
- 中南米>メキシコ>カンクン
- 北米>アメリカ東部>ニューヨーク
- テーマ:ビーチ・島 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2017/01/12 15:36
カンクンの海
カンクン ビーチ
エメラルドグリーンに輝く海、どこまでも高い空。ここは天国かと言わんばかりの場所、メキシコのカンクン。まず結論から言うとハネムーンはここに行きたいです。
とにかく海がきれいで、ここまでクリアな海は見たことがありませんでした。
ただ今回はカンクンはただのリゾートではないと実感しました。
まずはメキシコと言えばマヤ文明。古典期後半に栄えたマヤ北部最大の都市遺跡チチェン・イツァー。世界遺産、新世界七大不思議にも登録され、マヤ文明の遺跡でも最も見応えのあるものの1つです。
エスカルティージョ
エスカルティージョ
千本柱の間
また今回は1泊2日を利用してチチェン・イツァーに行きましたが、それは光と音のショーを見るため。最新技術のプロジェクションマッピングと迫力ある音響システムが創り出す幻想的な光と音のショーが30分程度行われます。
光と音のショー
※人数限定なので必ず見られるとは限りません。ただ意外に空いていました。
夜はホテル横の入り口は閉鎖しており、自分でタクシーを利用してチチェン・イツァー、メインの入り口へ。
帰りも利用するので待たせて置くのは忘れないようにしないとだめです。
マヤ文明と同じくらいユカタン半島ではメジャーなのがセノーテ。
「聖なる泉」を意味するセノーテは水面がエメラルドグリーンに輝いており、潜ればその透明度の高さに驚愕です。
ユカタン半島には大小合わせると何千ものセノーテがあり、すべて繋がっています。
水の質は海とは違い地下水なので海水のようにべたべたすることもありません。今回行ったのは入り口まで近く利用しやすいのがグランセノーテ。
遺跡と言えばチチェン・イツァーですがトゥルム遺跡にも行ってきました。
マヤ文明末期、スペイン人の占領によってマヤ文明に終わりを告げた終焉地とされているトゥルム遺跡。トゥルムとは城壁を指し、降臨する神の神殿、カスティージョ を中心に約10基の遺跡が海に面してズラリと建てられています。
保存状態はとてもよく、当時のフレスコ画レリーフははっきりとその跡を残していて分かりやすかったです。
遺跡脇にはビーチも
トゥルム遺跡のビーチ
そして最後にイスラムヘーレスです。ここはカンクンからフェリーで30分程。
オールインクルーシブのプランで行けば、現地での飲み食いやアトラクションもやり放題。
海はカンクンから見るよりも更に綺麗でした。ダイビングはもちろんイルカと一緒に遊べるプログラムやシューノーケル、カヤック、サイクリング、ジップライン等アクティビティはとても充実しています。
ここを別の名前で呼ぶとするなら、天国です。
カンクンはリゾートとして海とホテルだけではなく周辺の観光スポットがとても充実していました。自分のハネムーンはここにしたいと思いながら次の地へ。
タコス&コロナ
陽気な街中の食堂
リゾートを満喫したらエンターテイメントの聖地ニューヨークへ
ブロードウェイ
ニューヨークに来て夜景を見るなら名所エンパイアステートビルでしたが今回はロックフェラーセンター最上階、地上260mのトップオブザロックにてマンハッタンの夜景を臨みました。
マンハッタンの夜景
エンパイアステートビルが含まれた夜景はここから見るべし。
今マンハッタンで最もホットなのが、チェルシーマーケットとハイライン。
もともとビスケット・メーカーの工場だった建物が大規模なリノベーションを経て、生まれ変わった完全室内型マーケット"チェルシーマーケット"です。中にはマーケット型フードコートや30店ものおみやげ屋がたくさんあります。
チェルシーマーケット
おすすめは鮮度抜群のロブスターを1匹丸ごと食べられロブスタープレイス。
ロブスタープレイス
そしてチェルシーマーケット脇にある階段を上ると、地上9メートルの高さを南北に延びるNY最新スポット、ハイラインパーク。長い間放置された高架貨物線が取り壊される前に公園として再利用したもので、ウッドデッキや植物、彫刻、噴水などが配置されています。
ハイライン
エンターテイメントと言えばニューヨーク。
公開されているショーはどれも人気があります。その中でも20年以上のロングランは【オペラ座の怪人】、【シカゴ】、【ライオンキング】だそうです。
またブロードウェイの少し規模が縮小したオフブロードウェイがおすすめです。
規模を縮小したと言っても日本でも有名なブルーマンショーなどの公演もこれに属します。運が良ければ当日券を格安で売っているTKTSで手にはいるかも。
TKTS
無事、見たかったSTOMPのチケットを購入できました。
無声の劇で、物が発する音だけで構成されています。このクオリティーを日本で見たら、
結構な額になると思います。
STOMP
また日本進出で話題沸騰中のニューヨーク発のハンバーガーショップ、SHAKE SHACKは現地でも人気でした。ただ日本のように何時間も並ぶってことはありませんのでご安心を。
SHAKE SHACK
マンハッタンを離れブルックリンへ。ブルックリンまではメトロで20〜30分程。
近年、マンハッタンでの地価の高騰により、トレンドの発信地は橋を渡った対岸ブルックリンに移っているようです。ここは本当に探索し甲斐のあるところでした。特に橋のたもとを中心に発展していて、人気をけん引するのは北側に位置するブルックリン橋近辺のダンボ地区と、ベッドフォードアベニューを中心としたウィリアムズバーグ地区。工業地帯跡の居ぬき物件を利用したお店は古いけれどそれを活かしてお店作りをしていました。
現在マンハッタンで起きているコーヒーやチョコレートのサードウェーブはブルックリンが火付役となっているみたいです。
ブルックリンロースティングカンパニー
ブルーボトルコーヒー
ニューヨークの面積は広くないけれども、見所が多すぎで、全部見るなら3泊どころでは周りきれません。発掘し甲斐のある都市であると共に、どの店が良い店なのか情報がないともったいないと感じました。
★おすすめ度★
・チチェン・イツァー【★★★★★】
マヤの秘密を解き明かせ!!!
・セノーテ【★★★★★】
冒険心をくすぐる。得も言えぬ昂揚感。
・トゥルム遺跡【★★★★】
遺跡好きにはたまらない。
・イスラムへーレス【★★★★★】
TVでも話題!天国を見ることができます。
・トップオブザロック【★★★★★】
エンパイアステートの夜景と比べてみては!?
・チェルシーマーケット&ハイライン【★★★★★】
マーケットで買ったものをハイラインで食べる。定番です。
・ブロードウェイ【★★★★★】
さすが、本場。オフブロードウェイはお手軽です。
・ブルックリン【★★★★★】
新しい古さ。すべてが新鮮で洗練されてます。
(2016年10月 小澤駿)
- チームワークと事前計画が肝心?!のボリビア&日本人好みのアメリカを発見、ボストン
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エリア:
- 中南米>ボリビア>ラパス
- 中南米>ボリビア>ウユニ
- 北米>アメリカ東部>ボストン
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/06/23 15:39
3月にボリビアとアメリカのボストンに行って参りました。
ウユニ塩湖の人気はここ数年間、2月3月になると目を見張るものがあります。以前は知る人ぞ知る旅行先でありましたが8年前にウユニの街に空港が開設され、またソーシャルメディアの隆盛とともにその美しい星空やトリック写真は、瞬く間に旅行好きの間で知られることになりました。こと日本ではここ数年の「絶景」ブームの火付け役、牽引役としてテレビやCM、本で引っ張りだこ。いまや年に数回旅行するようなマニア的な旅行者ばかりでなく、近場のハワイやグアム、韓国などに旅行しているライトな旅行好きまでも巻き込んでいるような状況です。特に2月3月に人気が集中するのはこの時期はウユニ塩湖の雨季で塩湖に水が張り、空と地上に境目がなくなるような不思議な光景が広がるためです。そんな今大人気のウユニに訪れることができました(高山病に弱いことを自覚しているので恐る恐るの出発でしたが・・・)。そして今回旅して分かったことはチームワークと事前準備があればボリビアの旅行はさらに楽しくなるということです。
またボリビアの帰りにアメリカのボストンに立ち寄りました。「絶景」で知られるウユニ塩湖に対してボストンと聞くとなかなかイメージの湧きにくい方は多いのではないでしょうか。しかしボストンの街並みを歩いていると普段生活している場所から遠く離れており個人的な所縁などはないにも関わらず、私はどこか懐かしい思いを感じると同時に日本のある街を思い出します。それは京都です。どちらも街の中心には川が流れ、地下鉄もありますが基本的には徒歩で歩きまわれる街のサイズ感。そしてどこか背筋がすっと伸びるような良い意味で張りつめた空気感と、街中は史跡にあふれる古都でありながら学術都市のため若者のエネルギーも感じられます(これは本当に偶然なのですがボストンと京都は姉妹都市だそうです)。西海岸のラテンでマッチョな街とも違うし、かといってニューヨークのようにヒップ&クールさが求められることもない。リベラルな白人知識層が多く住み、他の都市(特に西海岸)の人間からすると斜に構えたような、スノッブにうつるような街。どうです?ちょっと日本人的気質にあいそうではないですか。(そうでもない?)
詳しくは旅行記の中で触れますので、これから旅行先をお考えの方の参考になれば幸いです。
行程は下記の通り。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1日目:日本発、マイアミに乗継時観光【機内泊】
2日目:ラパス着後、ラパス市内観光【ラパス泊】
3日目:ウユニ観光(列車墓場、コルチャニ村、インカワシ島)【ウユニ泊】
4日目:ウユニ観光(星空・朝日・夕日鑑賞 トゥヌパ山、プラヤ・ブランカ)【ウユニ泊】
5日目:ラパス(市場・おばプロ)観光【ラパス泊】
6日目:チチカカ湖観光【ラパス泊】
7日目:ボストン着、【ボストン泊】
8日目:ボストン観光【ボストン泊】
9日目:アメリカ発、日本へ【機内泊】
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
○1日目
ダラスに向かう飛行機の中でダイアモックス一錠を半分に割り水と一緒に飲み込む。
ボリビアへ行く私には大きな不安要素がある。それは高山病。富士山に2回登ったが2回とも断念はしないまでも高山病のため頭が痛くなりご来光どころでは無かった状態だった。富士山に登った知り合い全員に聞いてもこのレベルの重い症状は私くらいのようなので数字でいうと20人に1人いるかいないかの割合の程度ということだろう。しかし私には勝算がないわけではない。以前ペルーに行った時にダイアモックスを準備したせいか高山病の自覚症状はなかった。この経験から、もしかしたらいけるかも、という自信のようなものはあった。
しかし今回はいきなり4100mの空港に到着である。以前のペルーのように徐々に高度を上げていくような旅ではない。そのためダイアモックスを到着する1日前から服用して来るべき時に備えておく。
約12時間のフライトの後、ダラスに到着。
ダラス空港ではアメリカの入国手続きと荷物を一旦ピックアップする必要がある。入国手続きはキオスク端末が導入されたおかげでスピーディに入国手続きを行うことができる。以前は2時間の乗り継ぎでも早めに移動しないとギリギリになってしまう空港なのに、キオスクが導入されたおかげで1時間ほど短縮された印象だ。
ダラスからマイアミへ。約3時間の移動。14:30ごろにマイアミ到着。次のラパス行きは22:20。実は乗り継ぎが8時間あるのでその間にマイアミを観光しようと日本の出発前から決めていた。
●マイアミビーチ
燦々と太陽が照り、澄んだ青空とエメラルドグリーンの海がどこまでも広がる街。海岸沿いのオーシャンドライブはヤシの木とアール・デコ調のホテルが並びまるで映画のような雰囲気。そこではゴキゲンな音楽が鳴り響き、水着で闊歩する日焼けした若者達を目にすることだろう。彼ら/彼女の話す言葉に耳を傾ける聞こえてくる言語は英語ではなくスペイン語だ。マイアミの人口の約70%がヒスパニックかラテン系、特に多いのはキューバからの移民であり、ダウンタウンのほど近いエリアにはリトルハバナと呼ばれるエリアもある。南米行きのフライトが数多く発着することから南米への玄関口としての役割を担うマイアミはアメリカに居ながらもまるでカリブ海の高級リゾートのようだ。
マイアミ空港からマイアミビーチへの行き方は難しくない。
まずマイアミ空港からMIAムーバーと呼ばれる無料のモノレールに乗り終着駅で降りるとパーキングや鉄道、バス乗り場のあるターミナルへ出る。マイアミビーチへ出るにはバスが最も安価(片道2.65$)で楽チン。バスは複数のルートがあるので注意。150の番号のバスに乗ろう(30分おきくらいに出発します)。バスに揺られて約30分でマイアミビーチの中心部に到着する。帰りも同様、降りた場所とは反対車線のバス停で待っていれば良い。
リンカーン・ロード・モールと呼ばれるションピングエリアもあり、日本未進出のお店も多いため、もしマイアミでトランジット時間を持て余すようだったらマイアミビーチへ観光に行くのも一興だ。
マイアミ空港に戻り、一路ラパスへ。
約6時間のフライト、マイアミで観光をしていたためかぐっすり寝てしまう。
○2日目
着陸態勢に入り、ラパスが近づくにつれて、ラパスの夜景が窓一面に広がる。ラパスの街はこんなに広いんだなぁ。
朝4時半頃、ラパス空港に到着。到着した時点では高山病の兆候みたいなものは感じない。大丈夫だ、いけるいける、しかし油断は禁物なり。
ボリビア入国審査は何日間、目的など簡単な質問を受けただけで比較的楽に入国できた。機内で配られた出入国カードは出国部分のみ渡されるので必ず無くさないように。税関は2枚書かされて、わからない質問もいくつかあったので未記入にしたところもあったが特に係のスタッフはつぶさに見ておらず、問題なく通過できた。
機内預けの荷物も無事受け取り、ゲートにてガイドさんと合流。
ガイドしてくれるのは16歳の娘さんがいるというヒメナさん、ヒメちゃんと呼ばれているらしいのでヒメちゃんと呼ぶことにした。
まだ朝5時をまわったところで、観光に出るのはまだ早いということで空港のカフェで朝食を食べることに。コーヒーとビスケットとトマトとほうれん草のサンドイッチでおよそ50ボリビアーノ。計算したらおよそ800円だった。安くもないが空港だから仕方ないか。空港のカフェスタンドの割に味は良かった。コーヒーはボリビアの名産でもあるから特に美味しく感じた(ブラックコーヒーやロングブラックはメニューにないのでカプチーノアメリカンで頼めばブラックコーヒーに近いものを飲めた)。
朝7時近くになったところで、ラパス市内へ出発。
この世界一標高の高い国際空港のある一帯のエリアはエルアルトと呼ばれるエリアで、ラパス県の中で近年人口の増加が最も多い地区である。すり鉢状のラパス市内は人口飽和状態ですでに十分な土地がない。そのため地方や他国から移住してきた人々は標高の高いこのエルアルトに居を構えるそうだ。その人口は今や100万人に迫ろうとする勢いで、今後ラパス市内の人口を凌駕するだろうと言われている。
エルアルトを越え、ラパス市内を抜け、この日の目的地であるチチカカ湖まであと30分というところでヒメちゃんの電話が鳴る。ハシ(橋本だと長いのでこう呼ばせている)、ビックプロブレムよ、ヒメちゃんが言う。チチカカ湖への道がストライキしているそうよ、迂回していくこともできるけど時間が余分にかかるから観光時間は充分じゃないわ、もし可能であればウユニから帰ってきて観光する予定だったラパスの市内観光を先にして日程をスイッチするけど。
私は特に日程を組み替えることに関して何も意見はないので、ラパス市内に戻ることにした。予想もなくいきなりストライキが起こることもあるんだなぁ。日本だとストライキはあったとしても事前予告などあるけど道路が封鎖されることは無いだろうな。
●ラパス市内観光
チチカカ湖観光からラパス市内観光に切り替え最初に降り立ったのがハエン通り。スペイン統治時代の古い町並みと石畳の道が続く、まるで中世時代にタイムスリップしたかのような静かな場所だ。伝統建築の家屋のほとんどはその資料的な価値から博物館として再利用されており、通りを歩いているだけで楽しい。
ハエン通りを抜け、3ブロックほど歩いたところにヒメちゃんオススメの国立民族博物館がある。この博物館には美しい中庭とファサードがあり建物としても一見の価値がある。館内には、先住民族の歴史から使われていた道具、織物などの移り変わりがわかりやすく展示されている(スペイン語での説明しか無いのが残念)。特にお祭りの時に使われるという仮面は興味をそそられた。以前パプア・ニューギニアに行った際もいくつか仮面を見たことがある。全くゆかりの無い場所でも、仮面つけて神の化身へと生まれ変わるという文化が共通しているのは実に面白いことだなと思った。また少し汚い話になるがかつてボリビアの人々が着ていた洋服の中にUNKOという名前のポンチョに似た民族衣装があって少なからずびっくりした。
考古学博物館の見学を終え、向かったのがムリリョ広場。広場の真ん中にはムリリョの像。ムリリョとはボリビア独立運動の英雄であるペドロ・ドミンゴ・ムリーリョのこと。ここはラパスの中心部と言える場所であり、公園を囲むように国会議事堂、大統領官邸、大聖堂が建つ。昼間は人々の憩いの場となっており、多くの人々が公園で思い思いに過ごしている。強烈な印象を放つのがおびただしい数のハト。餌をやろうとするとヒッチコックの映画のように襲撃(歓迎?) されるので注意。
次に向かったのがサガルナガ通り。
サガルナガ通りは旅行者にとっては滞在するにも最適な場所である。お土産屋さんがこれでもかとひしめき合い、中にはオシャレなカフェやレストラン、さらには旅行社やホテルも数多い。近くにはサンフランシスコ寺院もあり、ムリリョ広場や博物館などの市内の主要ポイントには徒歩でも行けそうな便利なエリアだ。
またサガルナガ通りの傍には魔女通りという怪しげな通りもあり、そこにはミイラ化したリャマやコカの葉っぱ、精力剤、バイアグラなどまさに魔女的なアイテムが売られている。またボリビアの福の神とも言われているエケコ人形もここでたくさん見かけた。お土産屋さんを冷やかして歩いたあとはサンフランシスコ寺院を見学。バロック様式とボリビア土着の宗教観がミックスされているようでヨーロッパの教会では見られないモチーフの装飾がされている。内部はムリリョ広場の大聖堂よりも金を随所に使っており、荘厳な雰囲気が漂っていた。
●世界一の高さの地元の足、テレフェリコ
その後、向かったのはテレフェリコ。テレフェリコとはラパスの市内を運行するロープウェイのことである。テレフェリコは世界でもっとも標高の高い場所にあり、且つ都市交通としては世界最長のロープウェイとして知られている。ラパスには路面列車や地下鉄はない。庶民の足は公共バスだけだったが人口の増加に伴い渋滞問題が深刻化した。そこで考え出されたのがロープウェイという交通手段だ。なるほど、山に囲まれ起伏の多い街のラパスの街に地下鉄や路面電車の建設を考えると莫大な費用がかかるだろうが、空を縦横無尽に移動できるロープウェイはもっともこの都市に合っている移動手段であろう。ドイツとオーストリア企業の協力のもと完成したのは2014年のこと。すでに人々の交通手段として大人気だそうで朝夕のラッシュ時には行列になることもあるそうだ。また観光資源にもなっているようで日曜や祝日になると地方や郊外から子供連れの観光客で賑わうとのこと。それもそのはず、ロープウェイからはラパスの特徴的なすり鉢状の景観が楽しめる。ラパスの都市構造は歴史のある「底」エリアが高級住宅街、人口流入が増えるに従い街は「ふち」側へと拡大している。つまり標高が低い富裕層の瀟洒なエリアから標高の高い低い低所得層エリアのバラック小屋まで、貧富の差のグラデーションが眼下に展開するのである。私が乗ったのは昼間だったのだが、夜に乗るのもきっと素晴らしい光景を楽しめることだろう。
なおボリビア大統領は現在のレッド、イエロー、グリーンの3路線のロープウェイをさらに拡大して9路線にする計画だそうだ。
すでに時刻は昼に12時をまわっていた。そろそろお腹の燃料も切れそうなところで昼食へ。場所は月の谷の近くのオーバーランドというホテル兼レストラン。その名の通りスイスの山小屋をイメージしたような感じの良いレストランだった。メニューはガイドのヒメちゃんにお任せ。飲み物はボリビアのビールをキューっと行きたかったが高山病が心配なので我慢して炭酸入りの水にした。
まず食前酒に、前菜のサラダと麦の入った野菜スープ、パンが出てきた。ボリビア料理というとあまりイメージがつかないが日本人の口に合うものだった。メインディッシュは溶岩石のプレートでバーベキュー。ビーフ、チキン、ポーク、ソーセージの4種類のお肉がジュージューいいながらテーブルの上に置かれた。もちろん美味しい。本来はもっと大きなプレートでカーニバルの時期に食べられるものだそうだが、このお店では一人でも食べきれるようにワンポーションで提供してくれる。なおデザートは自家製プリン。すでにお腹いっぱいだったが別腹のためプリンも完食した。
昼食のあとは腹ごなしにセラミック製品の工房に立ち寄り見学。あまり興味がないので工房内の犬と遊んで早々と工房を出た。
●ラパスの人気スポット 月の谷
そしてラパス近郊の観光地として人気のある月の谷へ。永年にわたる風雨による浸食により粘土質の地層が溶け出してこのような不思議な光景になったそうだ。その光景がまるでNASAが撮影に成功した月面のようだったことからこの名前がついた。月の谷のトレイルは15分コースと1時間コースがあり、激しい運動をなるべく避けたい私は15分コースにした。月の谷は思ったよりもエリアは限られており、その全景を覆い尽くすような奇岩群はなかった。それでもこのエリアだけなぜこのような地形になったのだろうという意味では謎の残るスポットだった。
その後、ラパス市内に戻りこの日の宿であるホスタルナイラへ。
●ホスタルナイラ
サガルナガ通りに面したサンフランシスコ寺院のそばにある中規模なホテル。
立地・雰囲気ともによく、1階には感じの良いレストランもある。部屋はベッド、電話、テレビ、シャワー、トイレ、ドライヤーがあるくらいのシンプルな造り。
セーフティーボックスやミニバー、バスタブ、スリッパなどはないが無料のWIFIを完備、室内でも使える。豪華は設備はいらないが最低限のものや清潔感は欲しいという旅行者にとってはうってつけのホテルだ。
ホテルでは眠気の限界を達してしまい思いがけず寝過ごしてしまった。19時の約束に多少遅刻してしまったがラパスの夜のツアーに出発。
●ラパスに来たなら夜景観賞は外せない
まず向かったのはモンティクロという展望台。
この展望台は公園になっており園内には教会があるため、ラパスを見下ろすこの公園で結婚式を挙げる人も多いそうだ。夜景に関して特に高い期待をしていたわけではなかったのだが実際目の前にするとこれは面白い。ラパスのそのすり鉢状の地形からか、通常目線の下にある街の明かりが目線の上までせり上がっているように錯覚するのだ。まるで星が地表に落ちて散らばっている、そんな印象だ。
次に訪れたのはキリキリ展望台。こちらも公園となっておりラパス市民の憩いの場となっている。園内の一番端は階段で数段降りると踊り場になっているため階段から写真を撮ると180度見渡すような写真が撮れる。モンティクロも良かったが写真スポットとしてはキリキリ展望台の方が景観が開けているのでどちらか一方のみをお考えであればキリキリ展望台の方をお勧めする。どちらも地元のデートスポットとなっているようだった。
その後、午前中に訪れたムリリョ広場を再訪問し、ホテルに戻った。
ホテル付近のお店は夜9時を過ぎると店じまいをするようでもうほとんどやっていなかった。
ヒメちゃんとこの日はここでお別れ。翌日の早朝ラパス行きに搭乗するために朝4時にホテルのロビーに再集合する。
すでに夜9時をまわっていたがお腹が減っていたのでベジタリアンバーガーとコーヒーを頂く。ベジタリアンバーガーの味は期待していなかったがかなりに美味。大満足。
○3日目
この日は高山病の予防のためにあまり睡眠時間は取らなかった。高山病患者にとって睡眠中は呼吸が浅くなり、症状がひどくなる原因なのだ。数時間単位で細切れに寝ていこうと思う。
朝4時にホテルロビーにてヒメちゃんと合流。
この日から2日間ウユニへ出発する。ラパス/ウユニ間のフライトの預け荷物の制限は20キロまでだが、荷物の移動が面倒なので2泊分の着替えと貴重品のみバッグに詰め替えて残りの荷物はホテルに置かせてもらえるようにした。
ラパス市内からラパス空港へはおよそ30分。
朝5時のチェックイン開始時間までアマソナスのカウンターにて待機、無事チェックインを終えてヒメちゃんとお別れ。
ラパス/ウユニ間のフライトは約1時間。
到着後、ウユニのガイドの出迎えを受ける。
ウユニのガイドはマリエさん、日本人風の名前だがウユニ生まれのボリビア人。彫りの深いボリビア人の典型的な顔立ちとは違い、どことなく柔和で日本人のような雰囲気を持つような女性だ。ヒメちゃんも良いガイドだったがこのマリエさんももちろん英語も上手で、礼儀正しく、よく笑い、好感のもてるガイドだった。ボリビアのガイドのレベルは失礼ながら意外に高いと思った。
●ウユニ観光1日目(列車の墓、コルチャニ村、インカワシ島)
まず向かったのは「列車の墓」。
ウユニは過去、鉱物の採石場であった。鉱物や塩をチリに運ぶために使われていた列車だが鉱物の採掘が終わり、塩に関してもチリ側で容易に手に入れることができるようになった。お払い箱になった列車がウユニの郊外に打ち捨てられ、その姿が哀愁を漂うのか沢山の観光客で賑わっている。
列車の墓を後にして、マリエさんがホテルかなにか提出するのか、私のパスポートコピーが必要だということでウユニの街へ。この機会にウユニの街で両替と日よけの帽子を購入した。帽子は25ボリビアーノ(400円ほど)。ボリビア製だ。結果買っておいて大変良かったと思う。ウユニ塩湖は地表が真っ白のため太陽の照り返しが激しい。サングラスなしでは目も開けられない。帽子とサングラスは必須である。
また前々から食べたいと思っていたサルテーニャが路上で売られていたので思わず購入。サルテーニャは揚げパンの中にカレー風味のチキンやほうれん草などのお惣菜が入ったボリビアの国民食(5ボリビアーノ)。なかなか美味しかった。(しかしこのサルテーニャがきっかけで悲劇を生むことになるとは、この時は知る由もない。)
パスポートコピーを終えて、次に向かったのが「コルチャニ村」。
ウユニ市内から車で30分。製塩業を生業にした小さな村。ここでは製塩業を営む一家の工場見学ができる。もちろん直売所も兼ねているため小さい袋詰めのものであれば1ボリビアーノで購入できる。
そしてこの日の最後の観光場所のインカワシ島へ向かう。インカワシは塩湖内にある32ものの島の内の代表的な島の一つ。インカワシ島には入島料が必要(ツアーであれば含まれている)。島内は全長1時間ほどかかるトレイルコースがあるほかレストランやお手洗いもある。トレイルコースでは道中、まっすぐのびる巨大なハシラサボテン(その数6000本)やサンゴ礁、火山岩が見受けられる。サンゴ礁はここがかつて海の底だったことを物語り、火山岩はここから100キロ以上離れたトゥヌパ火山の噴火の時のものだと推測されている。真っ白な塩湖とそれに囲まれた乾いた大地のコントラストは壮観だ。
●高山病発症?
トレイルをハイキング中、息切れが激しくなる。
最初はおそらく高地にいるからだろうと軽く思っていたが、明らかに足取りが重い。しかし休んでもその状況は改善せず、寒いはずなのに冷や汗が止まらない。3分の1歩いたところで体調のことを考えてギブアップした。
腹痛もあり、インカワシ島のトイレに駆け込む。
(結局、そのあと2回吐き、2日間下痢の症状が続いて、マリエさんに下痢止めの薬を分けてもらった。吐き気と下痢は高山病の典型的な症状である。頭痛はダイアモックスのおかげで全く無かったため高山病にかかっている自覚が全く無かったが、今朝食べたサルテーニャのスパイシーな味と香りに胃がやられてしまったのだと推測される。あいにく2日間は悩まされたが薬が効いたのかその後のラパス滞在では普段通りの体調に戻っていたことを強調しておきたい。)
インカワシ島のトイレで用を足したあとはホテルに向かう道すがら、塩湖の真ん中でテーブルを組み立てピクニックランチ。もちろん食欲なんてあるはずもなく申し訳程度に少し口に入れた程度だった。
最高の環境のランチタイムなのにもったいないことしたなぁと思うがしょうがない。
ランチを終えて本日のホテルのルナサラダへ向かう。
●ルナサラダ
2016年現在運営する4つの塩のホテル(パラソルデルソル、ルナサラダ、クリスタルサマーニャ、スマ・リッチャリ)の中で、もっともデザイン性のある可愛らしいホテル。コルチャニ村からほど近い場所に建ち、塩湖の観光には最適。塩湖の縁に建てられているが電気や水道はもちろん完備。ホットシャワーもすぐに出る。室内は伝統的なカラフルな模様を取り入れながらもどこかモダンで洗練されている。ドライヤー、エアコンあり。スリッパやセーフティーボックス、ミニバー、バスタブ、テレビはない。無料のWIFIはあるが電波は非常に弱い。建物全体に大きい窓を取り入れており、そこから降り注ぐ光が気持ちよく、ラウンジやレクリーエーションルームなどゲストが利用できる施設が充実して開放感があるのがよい。
この日は13:00にホテルにチェックインして午後休憩した後18:00頃にサンセットツアーに参加する予定だったが体調不良のため翌日に変更してもらった。
また星空ツアーも翌朝のサンライズツアーと一緒にやることにしたので明日の早朝朝4時に再集合する。
○4日目
●星空鑑賞と撮影の必需品
朝4時。まだ空も真っ暗で外の風景が塩湖なのか荒れ果てた大地なのかが全く区別のつかない時間帯。マリエさんと合流して、深い闇の中を車のヘッドライトを頼りに突き進む。昼も思ったことだが360度真っ白な塩湖で囲まれた中よく方向感覚が狂わないなぁと感心したものだが、夜になるとさらに手かがりとなるような山も何も見えなくなるのによく走れるものだ。
ホテルから約30分。水が張ったエリアに到着。
車から降りるとそこに現れたのは満天の星空。
雨季のウユニ塩湖で見る星空は特別なものだ。星空が天上にも地上にもばら撒かれたような景色は、見る人を日常的な場所から神秘の世界へいざなってくれる。まるで立っているのもわからなくなるほどの漆黒の闇に全てが包まれる中、星屑だけが自分の存在を知らせてくれる。モロッコのサハラ砂漠やモンゴルの草原の中でも星空を見つめたがウユニのそれはさらに感動的だった。
早速撮影しようと思い三脚をセッティング。事前でネットで調べたことをもとに下記の手順で撮影した。
① 撮影モードはマニュアル
② 星にピントを合わせ
③ ISOは1600付近
④ シャッタスピードやホワイトバランスを試行錯誤しながら撮影
あとは撮影後にフォトショップなどでいじればなんとか形になりそうだ。
思ったのは三脚マストで、リモコンなどあればなおよし。
と言うかぶっつけ本番で星空撮影をやるのでなく、せっかくウユニに来るのだから予習しておけばよかった。空中に文字を描くペンライトも人気らしい。ペンライトはボリビアにはないので持参プリーズ。あと当然ながらかなり寒くなるので防寒対策も必須。
●朝日鑑賞とその楽しみ方、セルフタイマーは20秒で(サンセットにも応用可能)
空が徐々に白けてきたので日の出を待つために車内で待機。
太陽が徐々にその姿を現し始めたので車から降りて撮影タイム。
小さな太陽は徐々にその姿を大きくし、やがて2つに分離し天上・地上にそれぞれ太陽が現れた。太陽一つでも我々が受ける恩恵は果てしない。例えばいくら文明が発達した今日であっても朝早く起きて朝日を見るとなぜか元気になる。人間には自然とそういうDNAが刻み込まれているのかもしれない。日の出は全ての生命にとって「目覚め」なのだ。その太陽が2つになるなんて誰が想像しただろうか。パワースポットという言葉があるが、ウユニほどその言葉にぴったりな場所はないだろう。
日の出で行うポーズとしてはジャンプやかめはめ波がお決まり。とりあえずそれらをこなしたあとは太陽をつまんでみたり、食べたりしてみた。しかしウユニの写真撮影は仲間内でワイワイやるのが絶対楽しいと思う。人文字などをつくってチーム戦で写真撮影大会なぞやればきっと思い出に残るはずだ、と遠くから聞こえてくる日本人団体旅行者のキャピキャピした声が聞こえる中、一人でポーズの研究をしている私は思った。日の出(日没)の撮影でマストなものは特にはないが、人数が少なければ三脚とセルフタイマーが20秒くらいあるカメラがあると良い。私のカメラのセルフタイマー機能は10秒がマックスだったため、私とガイドさんとドライバーさんの三人で組体操の扇をつくったが、水の波紋がまだ消えないうちにシャッターがきれてしまう。当然ながら水の波紋があるうちだと綺麗な鏡ばりには見えないので、それがちょっと残念だった。
また日の出(日没)の撮影タイムは星空鑑賞と違い、撮影タイムが限られている。
つまり太陽が昇ったら(沈んだら)そこで終了なわけなので、実際撮影できる時間は1時間満たない。
●日の出・夕陽・星空鑑賞のどれ参加すべき?
お客様の中にはサンライズ&サンセット&星空どれが一番おすすめ?と疑問を持たれると思うが、全部参加してください、というのが私の正直な意見。星空はサンライズ&サンセットとは見るものが全く違うので、星空参加はマスト。サンライズとサンセットはそれぞれ見るものは同じだが、撮影(鑑賞)できる時間が限られているため、1回目の撮影での試行錯誤し、2回目でリベンジをするのが良いと思う。
ホテルに戻ったのは7:30。朝食を食べ、この日の観光の出発時間の10:30まで休憩。荷物を整えて、さぁ出発。お腹の調子はまだまだ良くないが頑張ろう。
●ウユニ塩湖観光2日目(トゥヌパ火山、プラヤ・ブランカ)
ルナサラダから塩湖をひた走ること約2時間。塩湖は広大だとはわかっているものの走れども360度真っ白な世界にいるのはどこか恐怖のようなものを感じる。今はこうして悠々と車の中で過ごしているけど、ここに放り出されたら生きて帰れるだろうかと圧倒的な自然を前にしてぼんやり思った。
塩湖の長時間のドライブを終え、たどり着いたのはトゥヌパ火山。塩湖の縁に位置する標高5432mの火山。5432mの高さといってもこのくらいのレベルの山がこのウユニ付近にはごろごろあるらしい。
トゥヌパ火山にてまずランチタイム。メニューはキヌア、カツレツ、トマトと玉ねぎの和え物。スーパーフードとして話題の食材、キヌア。ここボリビアでは簡単に手に入るのかと思いきや、その価格は徐々に高くなっているらしく、今やお米よりも高いらしい。それでもボリビア人にとっては親しみのある食べ物には違いなく、ドライバーさんは自分の体はキヌアでできていると豪語しており、キヌアにマヨネーズをかけてムシャムシャ食べていた。
私は高山病の影響か体調が芳しくないので、マリエさんに高山病で体調を崩す人は多いですかと尋ねた。すると「そうですね、日本人、中国人、韓国人、アメリカ人、フランス人、ドイツ人、この前はポーランド人」。「ほとんど世界中ですね。マリエさんは逆に低地に行く時に体調を崩す時はあるのですか?」「ありますね、標高1000mのサンタクルスに行くと、クラクラしますが6時間ほど眠れば大丈夫です。私の母親はなんともないですね」。人によって症状が違うのは高山病も同じこと。高山病に悩まされる私は高地に住む人が低地に行くことで気分が悪くなる「逆高山病(低地病)」が存在することを知って何故だか安堵した。
トゥヌパ火山の麓にはいくつか村があり、そのうちの1軒のお宅を訪問した。このお家は過去ここに住んでいたであろう先住民族の生活道具や出土品、さらにはこの付近に生息している生物の剥製も展示されている。驚くべきことに先住民族のミイラまで保管されている。個人が趣味でやっている割には、バリエーションが多岐にわたりすぎているが展示物は充実しており、トゥヌパ火山をトレッキングしたり眺めたりする観光客にとってはちょうど良い休憩場所になっている印象だ。
●プラヤ・ブランカ近くでトリック写真撮影、少人数でワイワイやるのもいいけれど
トゥヌパ火山を後にして約1時間半。向かったのは塩湖にあるゲストハウス、プラヤ・ブランカ。
このプラヤ・ブランカは唯一の塩湖内のホテルとしてかつて営業していたが再三の警告に関わらず汚水・ゴミによる環境保全が保たれないとして3年前程度に営業停止になったそうだ(オーナーは別の場所に新たなホテルを計画中らしいが・・・)。現在は博物館兼休憩所。近くには各国の国旗が建てられているスポットがあり格好の撮影ポイントとなっている。
一通りプラヤ・ブランカを見学した後、車で移動して、ウユニ塩湖で外せないトリック写真撮影をする。ネタや小道具は全く用意していなかったが、さすがガイドのマリエさんはすべて必要なものを揃えておいてくれており、私は訳が分からぬまま指示に従うだけで面白い写真をとることができた。
今回、私とガイド、ドライバーの3人だけだったのでトリック写真のバリエーションも限られていた。それでも十分楽しいが、これこそチームプレイで遊ぶと尚楽しいこと間違いない。ウユニが学生旅行でも人気なのがわかる。
トリック写真を撮り終えて、この日のホテルのクリスタルサマーニャに向かう。
●クリスタルサマーニャ
ウユニ塩湖に数軒しかない塩のホテルの一つ。パラシオデルソルが高級感、ルナサラダがデザイン性をウリにしているとしたら、このクリスタルサマーニャは老若男女どの世代にも満足していただけるオールマイティなホテルといったところだろうか。部屋数の多さと広々した眺望の良いレストラン、そして人々の目を楽しませてくれる塩でできた彫刻。塩湖までの距離も今ある塩のホテル中でも最も近いため、移動時間も少なくて済む。室内はいたってシンプル。テレビ、ドライヤーあり。ホットシャワーもすぐにでる。バスタブ、セーフティーボックス、電話、ミニバー、スリッパは当然ながらない。WIFIはあるが電波は非常に弱い。また日本人スタッフが雨季の一部繁忙期のみ常駐しているようで痒いところに手がとどく、そんなホスピタリティが嬉しい。
ホテルでしばらく休憩したあと、サンセットツアーに出発。
内容は同日の冒頭にかいた日の出ツアーとほぼ同じなのでそちらを参照されたし。
サンセットツアー終了後は明日のラパス行きのフライトに備え早々と就寝。
○5日目
ラパス/ウユニの早朝のフライトに乗るために、5:20にホテルを出発。
クリスタルサマーニャから空港は約30分。まだまだ真っ暗な中を突き進む。空港に近づくと未舗装の道は綺麗な舗装された道路にいつの間にか変わっていた。
ここでガイドのマリエさんとはお別れ。とてもホスピタリティ溢れるかわいらしいガイドさんだった。
ラパス行きのフライトは無事出発。窓側の席に座り、空から塩湖の様子を眺めて改めて広さに驚いた。
ラパスに到着し、ラパスのガイドのグイドさんと合流。
グイドさんはロック好きなおじさんガイドである。この方も私の要望もいろいろ聞き入れてくれてよいガイドだった。
まず目指したのは日曜市。
●エルアルト 7月16日通りの巨大マーケット
エルアルトで行われるマーケットは、グイドさん曰く「想像できるあらゆる商品が売られている」とのこと。すべてのマーケットのセクションを歩くだけで少なくとも2時間はかかるほどの大規模。私も世界中あらゆるマーケットに行きましたが、青空市でここまで広いのはこれまで見たことないかもしれない。毎週、日曜日・木曜日も行われているそうだ。
私はこのマーケットと泥棒市は同じものだと思っていたのだが、グイドさん曰く「7月16日通りのマーケットと泥棒市は全く別物だよ」とのこと。場所は同じらしいのだが、泥棒市は深夜3時頃から始まり、日の出前に撤収するそうだ。でも深夜から販売してお客なんて来るのかしら。どうやって取引するの?と聞くと携帯のライトをかざして交渉するのさ、とグイドさん。グイドさんの言葉を信じると、ラパスの一般旅行者の旅行記などを読んでいると泥棒市についての記事は全部この7月16日通りマーケットのことだったので混乱する方もいらっしゃるかもしれませんが念のため。
マーケットをうろうろするとしょっぱなからいろんなものが目に飛び込んでくる。まず生肉と臓物。生肉は海外の市場であれば頻繁に目撃するが、臓物は珍しい。ちょっと鼻をつまみたくなるような光景だ。
そして次に訪れたのはペットセクション。犬や猫はもちろん、ウサギやインコまでいる。ボリビア人はペットが大好きみたいで、ラパスやウユニの街中でもペットを散歩させている人たちが沢山いた。それもそこまで裕福そうに見えない身なりの人まで。日本だとある程度金銭に余裕がないとペットは飼えないイメージがあるけど、ボリビアではどうなのですか?とグイドさんに聞くと、「買い方によるんじゃないですか」とのこと。そりゃそうだ。
ペットセクションからいつしか家具セクションへ。
ベッドやテーブルはもちろん、システムキッチンなども売られている。しかしここで購入してどうやって持って帰るんですか?とグイドさんに質問。大抵デリバリーフィーが含まれていますよ、とのこと。木目調の綺麗な大きいダイニングテーブルがあったので値段を確認するとアメリカドルで180$ほどだそうだ。それは安い。グイドさんが付け加える「椅子6脚ついています」。めちゃめちゃ安いけど郵送費の方が絶対高くなるよなぁ。
その後、自転車・乾物・家電・DVD・CD・衣類、古着などの様々なセクションをあてもなくウロウロ。どうみてもガラクタとしか見えないジャンク品を売っているセクションもあった。秋葉原もここまではきていないと思う。
何気なく驚いたのが韓流ドラマ・アイドル。ここボリビアでも人気があるらしくポスターやDVDが沢山売られていたことだ。以前アルジェリアの旅行記でも書いたが、中近東の国だけでなく南米の国でも韓流ブームが来ているという事実は韓国エンターテイメントの世界戦略には感心せざるを得ない。理屈としては分かるが、アジア顔に南米の人たちが感情移入するのはなんだか妄想すると面白い。
1時間も歩くとあまりの人だかりで疲れてきたので、早々と退散。必ず訪問した方がいいとは言えないが、もし滞在が日曜か木曜日に当たれば一度訪れてみては?
その後、ラパスの初日のホテルと同じ、ホスタルナイラに早々にチェックイン。
ウユニ滞在中に預けていた荷物を受け取り、部屋でしばし休息。
12時ごろ、グイドさんと待ち合わせて昼食へ。
ホステルナイラから歩いて5分程度にあるホテル、プレジデンテ2階のカントゥータというレストラン。ブッフェ形式でエビ、牛肉、豚肉などのボリュームたっぷりな料理が目白押し。もちろんサラダバーやフルーツコーナーもある。
ただ病み上がりの私には少々、ヘビー過ぎた。
その後、街をウロウロ散策し、午後5時にグイドさんと再集合。
この日のメインの目的であるおばちゃんプロレス(おばプロ)を見に行くためだ。
●おばちゃんプロレス(おばプロ)
毎週日曜日にボリビア名物のイベントが行われるという情報を耳にしたので覗かせてもらうことに。それはおばちゃんプロレス。山高帽をかぶった三つ編みのいかにもチョリータ姿の女性たちがリングの上で戦いを繰り広げるという。
おばプロはエルアルトにて行われる。
(坂道を登る途中、あまりに綺麗なラパスの街並みが見えたのでグイドさんにお願いして写真を撮らせてもらった。)
おばプロの会場に到着。試合は16:00から行われているようで終了は19:00までだった。私は最後の3試合ほど見たがなかなか面白かった。
1試合目:悪玉おばちゃんvs善玉おばちゃん(A)
登場は悪玉おばちゃんから。入場曲に合わせてノリノリでおばちゃんが登場。しかし観客からはブーイング。それで怒り出す悪玉おばちゃん。ガラガラ声で観客に怒鳴りちらし、あろうことか観客に水をぶちまける。そしてリングに上がる。
次に登場したのは善玉おばちゃん。歓声があがる。それを不機嫌に見つめる悪玉おばちゃん。まずは口喧嘩から始まり、いつの間にか試合へ。
善玉おばちゃんは防戦一方。しかも審判からも不意打ちの攻撃を食らう。どうやら審判からも悪いやつで悪玉おばちゃんとグルらしい。審判はリング上のゴミをリング外に蹴飛ばし掃除するふりして善玉おばちゃんにキック(なんじゃそりゃ)。
途中、リングポストに登り観客に向かい勝利の雄叫びをあげるもの観客からブーイング。観客の声援におされ善玉おばちゃんが攻撃に転じる。徐々に悪玉おばちゃんを追い詰めるも、悪玉おばちゃんも負けじと抗戦。
そこでなぜか善玉おばちゃんの助っ人があわられて(?)、試合は善玉おばちゃん有利な流れへ。アンフェアーな審判にも関わらず善玉おばちゃんが勝利した。
もちろん、解説はすべてスペイン語なのでなぜおばちゃん同士が戦わなくてはならないのか、審判は何者なのか、助っ人が来てもルール的に問題無いのか、など疑問は尽きないがボリビア人の国民性に触れるという意味では非常に楽しかった。
2試合目:覆面レスラーvs善玉おばちゃん(B)
そして次の試合。まず善玉おばちゃんが出てくる。おばちゃんというにはまだ若いぞ。対戦相手として出てきたのが覆面レスラー。体格からしてどう考えても男性。さっきのはおばちゃん同士の戦いだったが、男性vs女性の戦いもあるんだな。
実はこの試合あまり覚えていない。というのは第1試合で活躍したおばプロたちが試合会場に出てきて写真の撮影大会となったためだ。そのためみんな試合なんてそっちのけ。ちょっとかわいそうだった。
撮影で最も人気だったのは悪玉おばちゃんだった。やはりキャラクターがいいのか、外国人観光客をはじめとして引っ張りだこだった。その分、善玉おばちゃんはキャラ的に押しは弱いのか撮影の人気でいうと完敗していた。
それでも悪玉おばちゃんと善玉おばちゃんはリング外でも仲良い素振りを見せないのはさすが。
しかし試合中に撮影に応じるのは試合中の選手に対してどうなの?と思ったがこれもボリビア気質かもしれない。
第3試合:白ミイラvs黒ミイラ
これが一番なぞだった。なぜミイラ同士で戦うのか(誰か事情を知っている人教えて下さい)。試合終盤になるとそれぞれのミイラが東側・西側の観客席にやってきて、観客たちがミイラから逃げ出す形でスタジアムを追い出され、いつの間にかプロレスイベント自体が終わっていた。
●夜のテレフェリコ
プロレス観戦後はグイドさんにお願いして、夜のロープウェイに連れて行ってもらった。ラパス初日の市内観光時、昼間テレフェリコに乗ったのだが、夜でもこれは絶対面白いと思い、再チャレンジさせてもらった。
やはり予想通り面白かった。特徴あるラパスの街並みを上空から移動しながら移動するのはさながら自分が宙を舞っているような感覚だ。
これが6人乗りではなく2、3人乗りの個室だったらカップルに大人気になるだろう。しかも片道3ボリビアーノ(日本円で60円未満)。高い金払って日本の観覧車に乗るよりもよほどこちらの方が面白い(ラパスに行くまでが大変だけど)。
●ケンちゃんのかつ丼
夕食は日本食レストランのケンちゃんに行く。
ボリビアの食事もおいしいけど、高山病で体調もいまいちで、少々胃がもたれてきた。旅も後半に差し掛かってきた今夜、やはりここは日本食で活力を取り戻したい(?)。すでに何人かの日本人グループがいて盛り上がっていた。また現地のボリビア人のみのグループも数組来店していたのでボリビア人にも人気があるようだ。
私はカツ丼をオーダー(56ボリビアーノ)。
待つこと7、8分。蓋を開けて感動。カツ丼である。地球の裏側でカツ丼が食べられるなんて。味はいたってオーソドックスなカツ丼、つまり超美味しい。
ケンちゃんの味が日本の定食屋さんと比べてどうかというと、「その他大勢」に埋没する程度のクオリティなのだが、それでも日本の味をここラパスで再現するというのは並ならぬ労力があったことは想像に難く無い。そもそもラパスは標高が高いためコメの炊き方一つとっても違うわけだし、日本の味を再現するといっても現地のボリビア人シェフに日本の味を伝えることも至難の技だったことだろう。ケンちゃんありがとう。おかげで明日からも元気に過ごせそうです。
ケンちゃんからホステルナイラへは腹ごなしに15分ほど夜のラパスの街を歩いて戻る。歩くだけなのに標高が高いせいかどっと疲れた。
○6日目
朝7時にガイドのグイドさんと合流し、この日の目的地であるラパスから約2時間、チチカカ湖を目指す。
●チチカカ湖・浮島観光
標高3890mの高地に広がる、汽船の運行する湖としては世界最大のチチカカ湖。
チチカカ湖といえばどことなく私はペルーのイメージがあるのだが皆さんはどうでしょうか?実は私ペルーには行ったことはあるのですがチチカカ湖にはいったことがないくちでして、今回初チチカカです。今回ボリビア側から訪れてみてその良さがわかったのでお知らせします。
・ボリビアから訪れる3つのメリット
① ボリビア側の方が考古学的・歴史的に価値の高い島が多い。
② ラパスから日帰りで行ける
③ ペルー側から行くより観光客が少ない。
まず①ですがチチカカ湖で最も重要な島はすべてボリビア側にある。なかでも最も大きな島である太陽の島は、あのインカ帝国の歴史が始まったとされ、となりの月の島とあわせて聖地として崇拝の対象となっている。またチチカカ湖に突き出した半島の街・コパカバーナにはスペイン統治時代にここを聖地にすべく立派なカテドラルが建てられ、隣国ペルーからの参拝者も絶えないのだそう。
②、これが最も大きなメリットと言っても差し支えない。ラパスからは車で約2時間。これがペルーだとこうもいかない。ペルーからチチカカ湖に行くにはまず首都のリマからクスコに行かなければならない。しかもそこからチチカカ湖への出発地となる街・プーノへは飛行機はないためバスで約10時間もかかる。つまりチチカカ湖に行くためだけに最低2泊は犠牲にしなければならないのだ。
しかしラパスからの場合、クルーズのみは半日、浮島訪問したとしても朝出発して午後過ぎにはラパスに戻れる。なんとうれしい。
そして③。前述したようになぜかペルー側から入る観光客が多いイメージのあるチチカカ湖。実際、ペルー側から行く人気の半日クルーズで訪れるウロス島は1日1000人近い人々が来島するらしい(ボリビアのガイド曰く)。当然ながらその分、浮島の面積も大きいが観光地化されている感じは否めない。ボリビア側で今回私が訪れたKEWAYA島の浮島は一家族分の居住空間くらいしかない、直径50mのこじんまりした浮島だ。もちろん土産の押し売りなんかもない。実際この日の観光客は私一人だったし。そういった意味ではボリビア側の方がローカルな生活に近いものが見ることができる。
今回、私が参加したのは太陽の島やコパカバーナにも立ち寄らない7時間のコース。チチカカ湖の湖畔のボート屋「KON TIKI」に到着。このボート屋、ただのボート屋ではないらしく博物館を持っているので中に入ってみると、なんと葦船でモロッコから西インド諸島まで横断した人類学者ヘイエダールの船を作った方のお家らしい。
そんなKON TIKIからモーターボートに揺られ30分(葦船がいいと言ったがスピードが出ないという理由で断られた)、ついたのはKEWAYA島。
船着場から歩くと小規模なマーケットが。ここの村には約800人の人々が住んでいるらしい。小学校もある。歩いていると鳥の鳴き声なんかが聞こえ、山間に見えるチチカカ湖の風情も相まって、歩いているだけで気持ちがいい。まるで瀬戸内海の島の風光明媚な村を散歩しているようだ。これが実は標高3800mの湖というのだからなんだか面白い。
村を抜けて、浮島へは手漕ぎボートへ。
一家族分の面積しかないだろうこじんまりした浮島には古代から続く生活の一部が垣間見られる。この家族のあるじの寝室(もちろん葦でできた家)を見せてもらうと、葦を引いた立派なソファにフカフカのベッドまである。こんなところで1泊したら面白いだろうなぁ。
浮島訪問を経て、ボートで船付き場へ戻り、ランチ。
ボート屋さんから車で3分くらいのローカルレストランへ。
どうやらこのレストランではチチカカ湖でとれるトラウト(鱒)を出してくれるらしく期待が高まる。
トラウトの焼き方にも色々な調理方があるようで、私はあまりヘビーでない、グリルのトラウトにした(こちらでは油で揚げ焼きする調理方が一般的らしいのでグリルと指定しないと日本人には油っぽいかもしれない)。もちろん大変おいしい。醤油があればなおよし。
ランチタイムのあとはラパスに戻り、ホテルにチェックイン。
この日のホテルはエルドラード(El Dorado)。
●エルドラード
ラパス中心部、学生広場にあるスタンダードホテル。近くには日本のガイドブックにも紹介されている日本料理屋のケンちゃんやアレキサンダーカフェなどもあり食事に困ることはない。ホテルは年季の入った建物なので最初はとまどったが室内は比較的清潔感がある。ホステルナイラとは違い高層のホテルなので宿泊する部屋によっては夜景が楽しめるのもグッド。室内にはバスタブ、テレビあり。WIFIは室内でも無料で利用可能。スリッパやセーフティーボックス、ミニバーはない。(ドライヤーはフロントで貸し出し)
●ラパスでお土産物色
ラパス最終日とあってこの日にお土産を買いにスーパーへ行った。ちょっとした小物などであればサガルナガ通り周辺が豊富だが、モノよりも食べられるものの方が受け取る方も困らないのではと思い、いつも食べ物を買って帰ることが多い。ラパスのスーパーではウユニの塩やキヌアを使ったチョコレートを購入した。
●フォルクローレディナーショー
エルドラードで休憩した後はボリビア最後の食事を楽しむために夜7時にグイドさんと合流してフォルクローレディナーショーに出発。
サガルナガ通りのレストランに到着。ディナーショーは8時だからまだ我々しかいない。グイドさんが明日のアメリカン航空搭乗のためのホテル出発時間がAM3時だからということで気をきかせてくれたのだ。
レストランではまずメインディッシュと飲み物を決める。私はビーフステーキのトマトオニオンソースにした。メインディッシュを決めればあらかじめ用意されているサラダバーを自由に食べられる。
8時に近づくにつれ徐々にレストランも混雑してきた。メインディッシュが出てくるまで20分くらいかかっていたので早めに到着して正解かもしれない。
8時になりショーがスタート。まずはたて笛の演奏。目を閉じるとアンデスの山々の情景が目に浮かぶようだ。そして次に4人組のバンドが登場。もちろん全て伝統楽器だ。4人組になるとやはり音に厚みがある。数曲演奏した後ステージに踊り子達が現れ、民族舞踊を披露してくれる。これもなかなか面白かった。
私は明日の出発時間の関係もあり鑑賞は21:00で切り上げたがショーはあと1時間続くらしいので、時間的に余裕があれば是非見た方がいいだろう。なお演奏後は各ミュージシャンが自分のCDを手売りしてくれるので気に入ったらその場で購入できるのもうれしい。
○7日目
AM3時にホテルロビーに集合。
空港へは30分ほど。アメリカン航空の場合はまずキオスクで各自チェックインを行う。印刷されたボーディングパスを持ってアメリカン航空のカウンターへ。
なお荷物を預ける前にアメリカン航空に提出する書類を2枚記入しておかないといけないのでペンを忘れずに。その後無事荷物のチェックインを終えてグイドさんとお別れ。色々あったがボリビアの滞在もこれで最後と思うと名残惜しい。
空港でいくつか土産物の買い足し(ウユニの塩を使ったチョコレートが空港でもいくつか売っている。しかもスーパーと値段がそこまで変わらなかった)して、出国・手荷物検査へ。
アメリカン航空ラパス発のマイアミ行きは2016年現在まず、サンタクルスに到着する。
往路のマイアミ発ラパス行きは直航便だが、復路はサンタクルス経由マイアミ行きとなる。つまりマイアミ・ラパス・サンタクルスを三角形で結んだ飛び方をしているので要注意。
サンタクルスはラパス行きの乗客も含め全員降機させられ、空港内にて1時間ほど待機。搭乗前に簡単な荷物検査を受けて再度飛行機に乗り込む。
そこからマイアミまでおよそ7時間のフライト。機内食は朝食と軽食の2回でるが味はイマイチ。
マイアミ到着後、例のごとく入国審査と荷物のピックアップ。
マイアミ空港ではキオスクで各自チェックインした後のレシートを持って全員、入国管理官のチェックが入る。ダラス空港ではおよそ半数近くしか管理官のチェックはなかったがマイアミ空港では乗客全員チェックされる。また税関申告書も往路のダラス空港ではキオスクでの手続き時に質問項目をすべて答えさせられるのでマイアミ空港でも記入不要かと思ったが、入国管理官に書いてくださいと言われた。でも結果なぜか書かずに通してくれた。このことが意味するのは「本来は書かなくともいいけど、建前としては書いてください」ということなのだろうか。ということであれば何のためのキオスクなのだろう。ダラス空港の乗継よりもマイアミ空港の乗継の方が一層厳しく感じた。私の入国管理官も色々細かく質問をしてきたので、きっと切り直し前のパスポートなんて持って行ったら中近東のスタンプばかりで確実に別室行きだろう(偶然にもこの日ベルギーにてISによるテロがあった)。
その後荷物をピックアップ(ラパス発のレーンで荷物を探していたがなかったので、もしやと思いサンタクルス発のバゲージクレームを確認したら出てきた)。
荷物を再度預けて、身体・手荷物検査を経て搭乗口へ。やっと自由の身である。
乗継時間が約4時間あるのでその間にマイアミ空港内のレストランで食べ直した。
マイアミからボストンへのフライトは3時間ちょっと。飲み物のサービスが1回だけでた。距離感があまりつかめなかったのだけど同じアメリカでも南のマイアミから北のボストンまでは飛行機でも時間がかかるものなのだなぁ。調べてみたらこの時間は札幌/那覇間のフライトと同程度の移動時間である。アメリカは広いなぁと今更ながら感じた。
●ボストン到着
ボストン空港到着。ボストンの空港はいつもの「アメリカの空港」という味気ない造り。「機能性だけに意味がある」とでも言いたげな空港が多い。空港に個性をもたせてはいけない決まりでもあるのかな。
ボストン空港から市内へは4つの行き方がある。
① タクシー
② レンタカー
③ 乗り合いシャトルバス
④ 空港バス+地下鉄
ます①は値段が高いので今回は×、②はたった2泊の滞在なので論外、残るは③か④だが、乗り合いシャトルバスはすでに0時をまわっており待合室にだれもいなかったので諦め、消去方で④にした。
まずバゲージクレームのフロアの出口から空港シャトルバスのバス停を見つけ、それに乗る。空港の最寄りの地下鉄はブルーラインかシルバーラインの2路線あり今回宿泊するホテルへはブルーラインに乗るのが便利そうなので、ブルーラインの空港駅へ接続するシャトルバスに乗った。なお空港のシャトルバスは無料である。
ブルーラインの空港駅で地下鉄のチケットを購入。まごついていると駅員がやってきて代わりに操作してくれた。片道2.65$。
実はこの時、すでに終電の時間が近づいており出発しそうな列車に飛び乗ったところ逆方向だった。すぐに気付いて次の駅でおりて、本来の方向に乗り換えた。
幸いにも終電の列車に間に合ったらしく事無きをえた。しかしボストン中心部を走る平日の地下鉄は終電だというのに人はまばら。サラリーマンは一人もいない。酔っ払いすら乗っていない。日本の地下鉄だと終電はラッシュ時と同じくらい混む時もあるのに。本来の生活ってこういうもんだよなぁ、日本は長寿の国だけど遅くまで仕事したり、早く上がる日は飲み会があったりで、不健康な国だよなぁとぼんやり考えた。
ブルーラインからグリーンラインへの乗り換え(要領は日本の地下鉄と同じ)、ホテル最寄りの地下鉄で下車し、ホテル・ミッドタウン(MIDTOWN)へ。
●ミッドダウン
ボストン中心部バックベイエリア、賑やかなニューベリー通りは徒歩圏内のスタンダードホテル。最寄りの地下鉄駅SYMPHONYから徒歩2分ほど。なお地下鉄駅名はその名の通りシンフォニーホールが目の前にある。このホールは、かのボストン交響楽団が本拠地にしている由緒あるもので、そのシンフォニーホールと向かい合うように建てられているのがこのホテルである。低層の中規模ホテルで、年代を感じられる造りではあるが手入れが行き届いているらしく嫌な感じはしない。部屋は広め。室内にはドライヤー、テレビ、アイロン、バスタブ、セーフティーボックスあり。無料のWIFIもありスピードもなかなか快適。スリッパやミニバーはない。夜のフロントのスタッフは黒人のいかついお兄さん達なので最初は正直びびったが、ホテルの質やロケーション・値段を考慮すると個人的には大満足。朝食はないが9時前に外にでたらホテルの前にフードトラックがあった。
すでに1時をまわっており、明日も早いので早めの就寝。
(結局、飛行機の中で細切れに睡眠をとってしまったのでこの日は寝付けなかった。)
○8日目
この日は日本語ボストン観光。
出発は9時だがその前に妻に買い物を頼まれていたので、トレーダージョーズというスーパーマーケットに行く。
ボストン中心部には規模は小さめだがホールフーズ等日本人にも知られているスーパーマーケットがいくつかある。また宿泊したホテルから徒歩圏内のコープリーには24時間営業のスターというスーパーマーケットもあった。
今回の目的のトレーダージョーズはその大半がプライベートブランドでなおかつ安く、日本人の我々から見ると面白い商品が多い。
一旦、お土産をホテルに置きに戻り、ホテル外のフードトラックにて朝食を食べながらツアーの出発場所であるマリオットホテルを目指す。
●日本語ボストン半日観光+ボストン美術館入場
ボストン在住のガイド、鈴木さんと合流し、まず向かったのはハーバード大学。
ボストンからハーバード橋を渡りチャールズ川を見ながらケンブリッジへ。チャールズ川ではレガッタに勤しむ学生達がいた。ボストンらしい光景だ。冬になるとこのチャールズ川は凍ることもあるらしい。
いわゆる旅行者の考える「ボストン」とはこのチャールズ川沿いのボストン市とケンブリッジ市のことを指す。この2つの市に住む人々の生活圏はほぼ同じである。
マサチューセッツ工科大学を車窓から眺めて、ハーバードスクエアへ。
ハーバード大学は1636年創設のアメリカ最古であり最高峰の大学。アメリカのみならず世界最高クラスの教育水準を誇る。
ハーバード大学の構内へは簡単に入れる。小ぶりな門があり、門には守衛らしい人はいない。このエリア自体がハーバードの不動産らしく(周囲をすべて買い取っている)、いつの間にか大学の構内に入っていたような感じだ。
守衛はいないようだが構内には警官や警察車両を目にした。アメリカの大学には州の警察とは別に学内の警察組織があるらしい。私は、「構内でそんな事件なんて起こるものなんですか?」「起こりますよ。特に盗難ですね。あとはレイプ、殺人」。さすが世界に名のある大学は資産家のご令嬢・ご子息も在籍するため狙われる事も多いのだろうか。
大学の最初の支援者であり名前の由来となったジョン・ハーバードの像の前で記念写真。足を観光客の皆さんは触るので足がつるつるに。足を触れば頭が良くなると言われているそうだ。「どちらかというと足でなくて頭を触った方がいいですよね?」「そうですね、でも届かないんじゃないですか?」「たしかに」。というわけで背が高い人は頭を触ったらいいと思う。
ジョン・ハーバードが見つめる先、正門を抜けてハーバードの街へ。ハーバードの街には中華料理や日本のラーメン屋さん、メキシコ料理など各国からやってくる学生向けに様々なレストランがある。もちろんスターバックスをはじめとしたカフェも充実。ハーバード生御用達であろうシャツ屋・靴屋・文具屋・製本屋など学生街らしい店並びも面白い。その中でも観光客が最も楽しめるのはやはり大学の生協だろう。
ハーバード大学のロゴが入ったあらゆるものが売られている。Tシャツはもちろん。パーカー・スエット・スタジアムジャンパー・キャップ・ナップサック・トートバッグ・体操着・文具・マグ・タンブラー、さらにはチョコレートまで。商品の種類は勿論、そのバリエーションも豊か。例えば帽子一つとっても、大学の代表カラーであるえんじ色だけでなくカラーバリエーションがいくつもあり、ロゴもHARVARDと書かれているものもあればHだけが書かれているものも。
私が感心したのが様々なスポーツブランドとのコラボグッズである。見ただけでもナイキ、チャンピオン、アンダーアーマーなど。一般的には普段使いはしないであろうこういった大学グッズであるがスポーツブランドとのダブルネームの商品であれば実用的であろう。私はスポーツタイプの靴下をかった。苗字のHASHIMOTOの「H」のロゴのはいったキャップやTシャツを買っても良かったのだが、イニシャルHの人がHの帽子を被るのはいかにも過ぎてこっぱずかしい。それに何と言ってもHは変態のHだ。またなぜか生協でMIT(マサチューセッツ工科大学)のロゴの商品も見かけたので鈴木さんに質問したら「よく聞かれるんじゃないでしょうか?MITの商品はないですかって」ハーバードの生協はマサチューセッツ工科大学の生協と母体は同じらしいので、別の大学の商品も売っているということである。さすがは商売上手。
そしてケンブリッジからボストンに戻り。ボストン中心部の史跡を車窓見学。
アメリカ発の植物園・パブリックガーデン、アメリカ最古の公園・ボストンコモン、マサチューセッツ州会議事堂、ビーコンヒルの住宅街、ボストン茶会事件のあったウォーターフロントなどの説明に耳を傾けながらクインシーマーケットに到着。
クインシーマーケットはボストンで最も観光客で溢れる場所かもしれない。まるで古代ギリシャ建築のような荘厳な印象とは一転、内部はボストン名物のシーフード料理からイタリアン、中華料理にインド料理、日本料理など多種多様なフードコートが軒を連ねている。このクインシーマーケットの周りには日本でもお馴染みのアパレルブランドなどの店舗が多数。すぐ正面には街の集会場でありあのサミュエル・アダムスが演説を行ったとされるファニュエルホールがある。
お昼時には少し早いが次のボストン美術館に備えここで昼食。ガイドの鈴木さんがオススメなのロブスターロールとクラムチャウダーのセット。サンドイッチにはボストン名物ロブスターの大ぶりの身が入っており、クラムチャウダーはもちろんニューイングランド風。あさりもたっぷりでホクホクして美味しい。
昼食の後はクインシーマーケット周辺を散策。
その後、ボストンの繁華街コープリースクエアのトリニティ教会を車窓から見学し、ボストン美術館へ。
アメリカ三大美術館に数えられるほど、世界トップクラスの至宝が眠るボストン美術館。このコレクションは多岐にわたりアジア美術・エジプト美術・ギリシャ美術・ヨーロッパ美術・アメリカ美術さらに現代美術にわたる。展示されるものは絵画のみならず写真や装飾など多様。特に印象派のコレクションは素晴らしくモネ、ゴッホ、ルノワールなどがある。また海外で見られる日本美術についても最大級の作品数を所有しており、北斎などの浮世絵を始め狩野永徳の屏風絵、奈良時代の曼荼羅など国宝級の作品も多い。日本風の展示室も含めて大変興味深い内容となっている。
ツアー中にボストン美術館の入場が含まれている場合は一般の入場口とは異なる。そのため繁忙期には入場券を買うために並ぶ必要がなくなるのが嬉しい。
ボストン美術館にてお世話になった鈴木さんとはここでお別れ。短時間でボストン中心部の見どころを周遊できた。
なお美術館内には大きな荷物は持っていけないため手荷物は少なめにしよう。
じっくり見る時間がない人はボストン美術館の日本ご案内書を手に取ろう。特に有名な作品の所在地が一目でわかるように星印がつけられている。それだけ見るのであれば、最低1時間半あれば鑑賞できる。
ボストン美術館を後にして、私は徒歩でホテルまで戻った。美術館のそばにはグリーンラインの地下鉄駅やタクシーが待機しているので、徒歩でなくとも歩いて帰るには問題ないだろう。
ホテルに不要な荷物を置いて、午後からは一人でボストンの街を散策。
●ビーコンヒルエリア
午前中車窓見学した中で特にフォトジェニックなビーコンヒルまでホテルから歩いて向かった。ボストン賑やかな目抜き通りであり、歴史あるボストンマラソンのゴール地点であるボイルストン通り、コープリースクエアを抜け、ボストン子の憩いの場・穏やかなパブリックガーデンとボストンコモンを経てビーコンヒルへ。
ビーコンヒルの住宅街は1800年代に建てられた茶色い煉瓦造りの建物が並ぶボストンらしい歴史を感じる街並み。このエリアは景観保存地区に指定されており、家主といえども勝手に家のデザインを変更することはできない。修理するのも市の許可を得なければならないという。鈴木さん曰く「世界遺産には歴史はまだまだ浅いけれども時を経ればいずれそうなる場所」との言葉は納得させられる。
ビーコンヒルエリアで面白い通りを2つ紹介したい。
1つはエーコン通り。
絵葉書にも使われるという石畳の細い通り。車のない時代作られたことがわかるような狭さに当時の面影を最もよく感じさせられる。
2つ目はチャールズ通り。
ビーコンヒルエリアの歴史あるショッピングストリート。この通りで面白いのは店が掲げる看板。酒を出す店であればビールピッチャー、レストランであれば銀盃に盛られた果物、金物屋であればヤカン、薬局であれば調合に使われる擂り粉木と鉢がオブジェとして軒先に飾られている。鈴木さんの説明によるとかつて黒人奴隷が多く住んでいたビーコンヒルで文字のわからない彼らにも分かるようにするための配慮とのこと。さらに面白いことにこのエリアには1800年ごろに無かったであろうお店は開いてはならない。例えば洋服屋・酒屋・レストラン・郵便局はOKだが携帯関連やコンピュータショップはない。そこまで徹底している。
私はこの歴史あるチャールズ通りでビールのピッチャーの看板のパブへ。
ボストンに来たら飲みたいビールがある。それはアメリカで最もポピュラーなクラフトビールとされるサミュエル・アダムスだ。ボストンはそのサミュエル・アダムスの発祥の地でありそのビール工場見学はボストン観光の目玉となっている。そのサミュエル・アダムスのドラフト(生)ビールはボストンのパブであれば大抵飲める。どうせ飲むならボストンらしい場所で飲みたい!ということでこのチャールズ通りの老舗で飲ませてもらうことにした。歴史ある店だから観光客であることをいいことに写真をバシャバシャ撮っていたら昼間から飲んでいるおじさんに絡まれた。「ここあたりはチアーズという番組の撮影場所にもなったんだ」「ボストン図書館に行ったか?」「フェンウエイパークも最高だぞ」など教えてもらう。
樽だしのサミュエル・アダムスの味ももちろん最高。ボストンありがとう。
その後チャールズ川沿いを歩く。
ボストンはさすがマラソンの街らしく、ランナーの姿を多く見受ける。3月のボストンはまだ空気がひんやり冷たくしんとしている季節でマラソンにはもってこいの時期だ。皆4月のボストンマラソンに向けて入念なトレーニングをしていることだろう。
夕食は鈴木さんのお勧め、イタリアン料理を出すバー、ウノへ。
ウノはその名の通りイタリアンを出すレストラン。バーカウンターとテーブルで食べるエリアに分かれている。私はテーブルに座りピザとハープーン(これもボストン発のクラフトビール) をオーダー。
なお店でアルコールを注文する場合はIDをチェックされるのでパブに出かける際は必ずパスポートを持参するように。
満足してホテルに戻り、明日の出発に備えホテルで眠りにつく。
○9日目
朝5時半にホテルをでて空港へ向かう。
ボストン到着時同様、地下鉄と空港シャトルバスを使った。
空港に到着したのは6:30。朝早いにもかかわらずすでにボストン空港は沢山の乗客で賑わいを見せていた。
オンラインチェックインをあらかじめ終えていたのだが、キオスクでバゲージのタグを自分で出す必要があるらしくもう一度チェックイン手続きをした。
身体検査・荷物検査を終えて搭乗エリアへ。ボストン最後の食事はボストン発祥のダンキンドーナツで。
そうして私はシカゴ乗り継ぎで無事成田への帰途へついた。
ウユニ塩湖:★★★★★L
ラパス:★★★★★
ボストン:★★★★★
(2016年3月 橋本康弘)
- それでもまだ地球はアメリカを中心にまわっている〜アメリカ横断紀行・下〜
-
エリア:
- 北米>アメリカ西部>ヨセミテ国立公園
- 北米>アメリカ西部>セドナ
- 北米>アメリカ東部>ニューヨーク
- テーマ:世界遺産 歴史・文化・芸術 自然・植物
- 投稿日:2016/03/11 14:52
これまで南米の帰りにアメリカ本土の都市に数泊したことはありましたが、どっしり腰を据えて(?)西から東へと観光したのは今回が初めてです。あまりに広大で魅力的な見どころが点在する国ですからやはり西海岸だけでなく東海岸も、さらには自然も見たいということでサンフランシスコ・ラスベガス・グランドサークル・ワシントン・ニューヨークを巡って参りました。
何かにつけ「アメリカの凋落」という言葉を聞く昨今ですが、今回旅行してみてこんなにエキサイティングな国があるのか、というのが私の正直な感想です。もちろんグランドキャニオンに代表される大自然も見逃せませんが、一番引きつけられたのは街とそこに住む人々のエネルギーです。それはアメリカの大都市には必ず近郊に世界的な有名大学と企業があることが影響しているように思います。世界中の優秀で意欲ある若い人たちがアメリカの大都市に必然的に集まり、世界最先端の技術に携わり、革新的なアイデアをもつベンチャー企業や新しいビジネスを立ち上げます。そしてアメリカで成功を収めたビジネスモデルやブランドは世界中に飛び火していきます。
事実、街を歩くと何を売っているお店かよくわかず思わず足を止めてしまうようなお店が多数あります(特にニューヨーク)。結局それは何かさっぱりわからないのですが、それは日本人である我々がまだ見ぬ新しいビジネスやムーブメント、カルチャーのお店であるからなわけです。10年後同じ店の前に来たら足を止めることはないかもしれませんが、アメリカの街はおそらく更に先をいっていることでしょう。
中国やインド、さらにブラジル、ロシアなどの大国が経済的に影響力を増し相対的にアメリカの存在は薄れたとはいえ、アメリカに住む裕福そうな中国人やインド人、ヒスパニックの人の数を目の当たりにすると、やはり意欲的な優秀な人材はアメリカを目指している気がします。国外の有能な人々を受け入れ変化しながら巨大化する国、アメリカ。その寛容さが失われない限り、世界の主導権を握るのはしばらくアメリカのままだと思いました。
〜スケジュール〜
12/25 サンフランシスコ着・観光 【サンフランシスコ泊】
12/26 ヨセミテ観光 【サンフランシスコ泊】
12/27 サンフランシスコ観光 ラスベガスへ【ラスベガス泊】
12/28 セドナ観光 【ラスベガス泊】
12/29 (1日目)グランドサークル1泊2日 【カイエンタ泊】
12/30 (2日目)グランドサークル1泊2日 ワシントンDCへ【機中泊】
12/31 ワシントンDC観光 【ワシントンDC泊】
1/1 ワシントンDC観光 【ワシントンDC泊】
1/2 ニューヨークへ ブルックリン観光 【ニューヨーク泊】
1/3 ブルックリン・マンハッタン観光 【ニューヨーク泊】
1/4 ニューヨーク発、帰途へ
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12月25日
早朝、サンフランシスコの空港に降り立つ。
ホノルルからサンフランシスコのフライトは約5時間。食事は一度たりとも出てこなかった。日本からホノルルは1回の夕食と軽食にアルコールが無料だったことを考えれば、えらいサービスの違いである。アルコールはまだしも機内食は出るだろうと想定していたので、サンフランシスコ空港に到着するなり、非常に空腹感を感じた。
アメリカ本土の空港はどれも判でおしたように似ている。没個性的だ。それに一旦搭乗エリアから出てしまうとお店がほとんどなくなってしまう。あるのはスターバックスのみである。スターバックス、嫌いじゃないけどサンドイッチ類がやけに高い。日本のも高いが、アメリカの空港で買うサンドイッチは10ドル近くするので日本と比べても格段に高い。それでもスターバックスしかないので明るくなるのを退屈なコーヒーとパンを食べながら過ごす。空が明るくなってきたところでサンフランシスコの中心部を目指して出発。できるだけ経費を浮かそうと、ローカルバス・サムトランズを利用。空港からダウンタウンを結ぶバスは292番で1人2.5$でダウンタウン行ける。約1時間の移動だが、それで2.5$。なおハワイでは時間内であれば無料で1回に限り乗り継ぎ可能だが、サンフランシスコでは時間内であれば何回も乗り継ぎ自由なのである。それで2.5$は格安だと思うのだがどうでしょう。アメリカは食品に関してはすべて日本のも倍近くするが、ことローカルバスに代表される、公共交通機関に関しては驚くほど安い。
サンフランシスコのバス停 地面に停車するバスの便名が書いてある
サンフランシスコではバスを使いこすことがマスト
公式には一度2.5$で乗車すれば2時間後まで何度でも乗継できるバス切符、しかし3時間後、4時間先までで発券してくれるバスの運転手が多いため正直$14のバス1日券はいらない。。。。
まず向かったのはこの日のホテル、UTAH INN。
カルトレイン駅徒歩圏内のダウンタウンエリアの2つ星ホテル。1階はバー、2階より上層部がホテルになっている。エレベーターは備え付けられていないので重い荷物の場合は苦労する。フロントのスタッフは感じはいいがインターホンを押してもすぐに出てこないことがあるなど3つ星以上のホテルより当然ながらサービスは劣る。室内は比較的綺麗で、シャワーとトイレは共同。シャワーは温度調整が難しいなど苦労することも多いがホテル料金が高いサンフランシスコにおいては助かる存在ではある。なお室内にはシーリングファンと洗面台、無料のWIFIが利用できる。
我々はダウンタウンにてバスを降りた後、スーツケース転がしながらUTAH INNに到着。しかしホテルのフロントドアが開かない。インターホンを何度も押すが応答がない。おかしいなと思いつつ、その場でしばらく待つ。今日はクリスマスの25日。今日到着したばかりなのでわからないがサンフランシスコの街は静かだ。交通量もすくない。もしかしてクリスマスに家族と過ごすことを何より大事にするアメリカなら24日の夜から25日の昼近くまでホテルスタッフ不在にしていることはありえない話ではない、という考えが頭をよぎった。もともと2つ星クラスの安宿なのでホテルの警備や決まりごともキッチリしていないのだろう。しかたなく近くのカフェを探してホテルのドアが開くのを待つことに。しかしここで思わぬトラブルが。25日なのであらゆるお店が閉店しているのだ。個人経営のお店はもちろん、あのマクドナルドもサブウェイも(空港のスターバックスやフィッシャーマンズワーフ近くのマクドナルドなどは営業していた)。しかたなく駅近くの小さな売店でサイドウィッチとコーラを買い2人で駅のベンチで食べて時間を潰す。
10:30ごろ、もう一度ホテルに向かい、インターホンを押す。すると応答がありドアを開けてくれる。万が一ホテルが休みだったらどうしようと思いもあったので良かった。フロントの男性はインド系の男性で眠たそうだった。もしかしてホテルには駐在していたけど寝ていたのか?私の予約が通っているかを確認したあと、荷物を駅に置いているからすぐ戻る、と私は言い残して駅で待つ妻の元へ。その後無事チェックインを終えて、荷物を部屋の中へ。お昼近くになってようやくサンフランシスコにて自由な時間を取ることができた。
我々がまず向かったのはゴールデンゲートブリッジ。
<ゴールデンゲートブリッジ>
サンフランシスコのシンボルであり、世界中で最も有名な橋といってもいいこの全長2737mの橋は1930年住民の熱い思いから建設が決定され、また建設費用も橋の利用者などサンフランシスコ住民から賄われたため現在いくつもの橋がかかったサンフランシスコの中でもひときわ愛着を持って語られ続けられている。さらに当時、建設は不可能に思われた橋としても知られている。この海峡は霧が多く、冷たい突風が吹き荒れる、さらに両岸の地形は複雑さを極めていた。死と隣り合わせの4年半もの建設作業の末1937年ようやく完成したゴールデンゲートブリッジは2012年に開通75周年を迎えた。75年を過ぎてもなお世界中から観光客が押し寄せるほど人気のある橋はそうないだろう。100周年、いや200周年を迎えようが世界中から愛されていることだろう。
ゴールデンゲートブリッジ
ゴールデンゲートブリッジ生みの親 ジョセフ・ストラウス
<フィッシャーマンズワーフ>
ゴールデンゲートブリッジのあとに向かったのはこれもサンフランシスコで外せないスポット、フィッシャーマンズワーフ。ゴールデンゲートブリッジのたもとのバス停から約30分バスに乗り、身寄りの停留所から10分程度歩く。途中に有名チョコブランド・ギラデリのレンガ造りの工場を販売所やカフェなどにリノベーションした一画のギラデリ・スクエア、さらに海洋国立歴史公園ではサンフランシスコの昔ながらの港町を彷彿させるビーチがあるので立ち寄るのも面白いだろう。フィッシャーマンズワーフのエリアに差し掛かると郊外の静けさとは打って変わって観光客に溢れ賑わいを見せていた。お土産屋さんはもちろんファストフードやカフェ、レストランにホテル。人気の観光地につきもののお店は全て揃っている。街中の明るいネオンは煌びやかに輝き、道行く人は何か楽しげに語らいながら片手にはクラムチャウダーや屋台の食べ物を持ち食べて歩いていく。ほかの人が美味しそうに食べているのを見ると無性に食べたくなる。まずはサンフランシスコを代表する料理、クラムチャウダーで有名なボゥディンへ。ここのクラムチャウダーは、これもサンフランシスコ名物のすっぱいパン、サワードゥブレッドをくりぬいた穴の中に入れて食べるスタイル。すでに長蛇の列であったが辛抱。注文と支払い(約9$)のあと、ピックアップの場所にてしばし待つ。なんとか混雑した中から空きのあるテーブルを確保して本場のクラムチャウダーにありつく。とろりとした濃厚なクラムチャウダーは身体がポカポカあったまる。クリーミーでマイルドな味が酸味のあるパンとの相性もバッチリ。美味しくいただいた。ところが皆このパンはすべて食べないで残す人が多数。クラムチャウダーに量に対してパンが大きすぎるのも理由だと思うが、あまり酸味のあるパンが口に合わないのだろう。その土地の名物というものは味よりも優先度が上であるのだなあと感じた。つまり名物であれば、多少味はイマイチだとしても、並んででも皆さん食べたいのである。
クラムチャウダーだけでは私の食欲は満たされないので次のサンフランシスコグルメを探す。行列の出来ている屋台があったのでそこに並んでカラマリ&チップスを購入(10$)。カラマリとはイカリングのフライのことである。港町のサンフランシスコでは海産物を食べたいと思っていたので食べられてよかった。もちろん美味しいのではあるが値段は少し高いなぁ。
ボゥディンのクラムチャウダーをテイクアウト
フィッシャーマンズといえばカニマーク
フィッシャーマンズワーフの賑やかなエリアを通り過ぎると倉庫街の風景へと変わっていく。倉庫街といっても現在はお洒落なブティックやレストランにリノベーションされており、歴史あるその外観を見ているのも楽しい。しばらく港沿いを歩いてバスに乗り込みホテルへ。
この日の観光は終了。
思ったよりサンフランシスコの街は広く、バスと言えども移動に時間がかかった。そのためなんとなく計画していたものよりもあまり動き回れなかったので最終日に持ち越し。明日は1日ヨセミテ観光だ!
12月26日
ヨセミテ観光の集合時間が朝の7時15分のため、6時に起床。昨日ガソリンスタンドの売店で買っておいたカップラーメンを食べて出発した。
なおヨセミテ観光に参加するのは私だけ、妻はサンフランシスコ市内をもっと観光したいということで留守番。ツアー集合場所はマリオット・マーキスホテル、宿泊先のホテルから徒歩10分くらい歩いた。ホテルロビーにて集合時間ちょうどに迎えが来た。
他に一箇所ピックアップのホテルに立ち寄った後、30人乗り用のバンに乗り換えた。この日は大盛況。ほぼ満席であった。
<ヨセミテ観光>
ツアーが出発したのは7:45前後。
バンはベイブリッジを経由して郊外へ。ベイブリッジからはゴールデンゲートブリッジの姿が見えた。その後、緑豊かな郊外の街を抜けると、今度は禿山だらけの風景になる。ガイドさん曰く、これがサンフランシスコ本来の姿で、市内にある緑は新しく植えた木だそうだ。なんでもサンフランシスコは雨がほとんど降らないのでヨーロッパ人がサンフランシスコに住みつくまではこの地に緑はほとんどなかったという。
出発して1時間後、トイレ休憩。実際にはドライフルーツのお店のトイレを借りているだけなのだが、皆さんドライフルーツを買っていくのでなかなかいい商売ではないだろうか。
その後もう一度トイレ休憩を挟み、ヨセミテ国立公園へ向かう。サンフランシスコがまるで夏か秋のような風景だったのが徐々に雪世界へと変わってゆく。
公園入り口まであと数十メートルというところで入場を待つ車の長蛇の列。結局入場までかかった時間は1時間。その間に昼食の幕の内弁当が配られ、皆バスの中で長めの食事。夏の時期もさらにこれ以上の列になるそうだが、これだけの行列は今の時期ではかなり多い方だそうだ。
しかし四季折々の季節楽しめるヨセミテでは冬に来たとしてもがっかりする必要はない。冬は冬で雪化粧をした特別なヨセミテの姿を見ることができる。ガイドさんが言うにはこの日は天気も良く雪もいい具合に積もっているためヨセミテの雪景色に中では最高のものが見えるそうだ。そう言われると期待が高まる。
まず入り口から少し走った橋でチェーンを取り付け。そう、公園内を走行する際、雪の積もり具合によるがチェーン取り付けが義務付けられる。レンタカーできた人なんかはチェーンのことを知らず仕方なく引き返す人もいるそうだ。またチェーンの取り付け方がわからず立ち往生することもあるそうなのでレンタカーで行かれる方はご注意を。
最初に降り立ったのはVARIED VEWと呼ばれるEl Capitanのビューポイントへ。
El Capitanはヨセミテ国立公園に入場口から最も近い位置にあるため、目に入る瞬間、旅行客は圧倒されるはずだ。谷底から996mの高さへ垂直にそそり立つEl Capitanは、花崗岩の一枚岩としては世界最大である。その姿は入場者をヨセミテの世界にいざなってくれることだろう。
VARIED VEWエルキャピタンと奥に見えるハーフドーム
おおきなつらら
次にストップしたのはEl Capitanとその向かいにあるブライダルベールの滝のビューポイント。ブライダルベールの滝は約189mの細く柔らかなその水流のため風で煽られて霧のように吹き上がるため、花嫁のヴェールに例えられた。
3番目にストップしたのはHALF DOME。絶景ポイントであるマーセド川に架かる橋から撮影。マーセド川を下にしてそびえ立つHALF DOME。まるでナイフで切り落としたかのような面をもつHALF DOMEはヨセミテのシンボルとも言える。見る角度や時間帯によって様々に表情を変えるHALF DOMEは旅行客を惹きつけてやまない。アウトドアブランドのノースフェイスのロゴはこのHALF DOMEがモチーフとなっている。
ジャイアントセコイア
THE NORTH FACEのロゴのモチーフとなったハーフドーム
そして今回の最終目的地であるヨセミテビレッジに到着。旅人は皆、ヨセミテビレッジを起点にトレッキングに出かけるなどの行動をとる。我々はここで1時間自由時間をとった。私はまずヨセミテ滝へ向かう。ヨセミテ滝は全長739mの世界第3位の落差をもつ巨大な滝である。滝は3部分に分かれており、上部のアッパー滝、真ん中はカスケード、一番下がローワー滝。トレイルをすすめばローワー滝の目の前まで行けるそうだがそうすると全体の流れが見えなくなるため遠方から見るのがオススメ。滝に近づくにつれ時たま氷河が削るバリバリバリバリというと轟が森の中に響き、あたり一面静寂に包まれる。
ヨセミテ滝を楽しんだあとはセンチネル橋周辺。このあたりはHALF DOMEを見るには絶景のポイントとして知られている。お土産屋さんに立ち寄ることもできないくらい時間めいっぱい写真撮影行なった。
全長739m 世界第3位の落差をもつ巨大なヨセミテ滝
雪化粧のヨセミテヴァレー
さよなら ハーフドーム
帰り道に3箇所撮影ポイントに立ち寄ることができた。
まずはEl Capitanの麓。El Capitanをしたからなめるように撮影したそして次は良くパンフレットにも使われるというカテドラルロックとEl Capitanが同時に一枚の風景におさまるというバレービュー。まさに絶景だ。
雄大なエルキャピタン
青空の中 美しい白さが際立つエルキャピタン
カテドラルロックとエルキャピタンが一枚の風景におさまるバレービュー
最後にガイドさんがヨセミテ滝の一部、カスケードの目の前でバンを停めてチェーンを外す。その間、そのカスケードを撮影。あっという間の3時間だったが夢のような体験だった。
帰りは マーセド近くのリビングストンという小さな町のサービスエリアのような場所にてトイレ休憩、帰りの休憩は一度きり。
ヨセミテからサンフランシスコへの帰りの道は日が暮れたあとは真っ暗。街灯も少ない上にもちろん建物が少ないので前の車のテールランプめがけて走っているような感じ。そのため車内は真っ暗で、ほかの乗客は時差ボケのせいか、大体眠っていた。
20:30ごろにサンフランシスコに到着。
帰りはホテル近くのホールフーズで降ろしてもらい、遅い夕食を購入。 妻の待つホテルに戻った。
12月27日
この日は朝9時に起床し10時過ぎにホテルをチェックアウト。
サンフランシスコ観光最後の日だ。この日の夜にラスベガス行きの飛行機にてラスベガスへ向かう。
初日の観光ではこなせなかったサンフランシスコで訪れてみたかった場所へ向かう。
まず向かうはヘイトアシュベリー。
<ヘイトアシュベリー>
ヘイトアシュベリーはヒッピー文化の聖地と言われる。ヒッピーとは既存の社会体制を否定し、自然回帰を目指すスタイルを持つ人々である。ジョンレノンやジャニスジョプリン、グレイトフルデッドなど様々なミュージシャンやアレンギンズバーグ、サンリンジャー、デニスホッパー、スティーブジョブズなどヒッピー的なバックボーンから生まれた文化人・起業家は数知れない。このヘイトアシュベリー付近にはレア物のレコードやオリエンタルな雰囲気漂うアジア雑貨、さらに古着を売る店をはじめ、日本でいうと裏原系のようなインディペンデントなブティックも数多い。フィッシャーマンズワーフは旅行者向けに造られた一画であったのに対してヘイトアシュベリーは各店のオーナーが自己主張しあっているエリアに感じた。
ヒッピー文化の聖地 ヘイトアシュベリー
ラスプーチンレコード
ヘイトアシュベリー近くにあった可愛らしい家
次に向かったのはThe Mill というコーヒーショップ。サンフランシスコはブルーボトルなどサードウェーブと呼ばれるコーヒームーブメントの発祥の地とされており、一風変わったスタイルのカフェが多い。The Millの店内はまるで倉庫を改装したようなレンガ造りで開放感のある広さ。コーヒー豆の焙煎機があり何人かのスタッフが忙しそうに働いている。またこのコーヒーショップを特徴づけているのは店内でパンを作っているのである。つまりコーヒー専門店とベーカリーが一緒になったような店なのである。朝8時に焼きあがるという全粒粉のパンのトーストとそれに合うコーヒーを提供してくれる。
The Mill サードウェーブ・コーヒーショップ
全粒粉のパンのトーストとそれに合うコーヒーを提供してくれる
The Millを後にして向かったのがロンバードストリート。
<ロンバードストリート>
世界一曲がりくねった坂道と評されるこの通りは、坂道が多いサンフランシスコの街中でも極めて急勾配であったため車で通行できるようにS字カーブをつくったのがその始まりとされる。
ロンバードストリートの目の前を通るサンフランシスコ名物ケーブルカー
世界一曲がりくねった坂道 ロンバードストリート
坂道がすごい
そこから歩いでフィッシャーマンズワーフへ歩いて行く。フィッシャーマンズワーフはサンフランシスコ初日の夜にも訪れたが昼間の様子もみて見たかったため再訪した。昼間は夜間よりも人が少なく港町の趣がグッと増すので夜よりも私は昼間の方が好きだ。またフィッシャーマンズワーフを代表するレストラン&ショッピングスポット、ピア39では無数のアシカたちをはっきり見ることができる。これも昼間ならではの景色である。なぜこんなにサンフランシスコにアシカが住み着いたというと1989年の地震の影響でエサの豊富にある湾沖にやってきて天敵がいないこの地に住み着いたそう。なおアシカたちは夏の間は繁殖のため南へ移動するため見えなくなるので注意。
お昼のフィッシャーマンズワーフ
フィッシャーマンズワーフに住みつくアシカ
脱出不可能の監獄島 アルカトラズ島
それからトラムにのって湾岸沿いベイブリッジの眺めが美しいオイスターバーWaterbar へ。サンフランシスコに来たら生ガキを食べたいと前々から思っていた。以前サンフランシスコ訪れたが妻が市内でカキを1$で食べたと自慢してきたのだ。物価の高いアメリカでカキを1$で食べられるはずがないと思っていたのだが、妻が実際レストランで撮影してきた綺麗に盛られた生カキを見ると「サンフランシスコに着いたら生カキ」が私のサンフランシスコ滞在の目的の一つと化した。サンフランシスコではオイスターバーが比較的多くあり、各店ともハッピアワーを設けているためその時間帯であれば格安でカキを食べられるのがその理由である。ホテルに近く評判のよいオイスターバーWaterbar を選んだのは大正解であった。窓から見えるベイブリッジの眺望は美しく、カキももちろん美味しい。白ワインのグラスが1杯9$なのはちと高いがこの眺望と味であれば元以上のものはとれた。サンフランシスコ最後の夕食は大満足で締めくられた。
1カキ1$のオイスターバーWaterbar ベイブリッジの眺めも最高
夕刻のベイブリッジ
その後ホテルに戻り預けていた荷物をピックアップ。ローカルバスで空港へ向かう。
ラスベガス空港へ向かうフロンティア航空はターミナル1。チェックインを終えて1.5時間ディレイではあるが無事出発。ラスベガス行きのフライトは満席であった。皆さん新年をラスベガスで迎え、運だめしをラスベガスでするのだろうか。
12月28日
午前1時にさしかかろうとするところの真夜中、ラスベガスの地に降り立つ。
ラスベガス空港は潔い。空港に入るなりスロットマシンがある。バゲージクレームのエリアにもスロットマシンが。空港からラスベガスに来た!という気分になる。没個性的だと思っていたアメリカ本土の空港だがラスベガスの空港はいいなぁ。
到着後即バゲージクレームで運だめし!
預け荷物を引き取り、シャトルバス乗り場へ。シャトルバスは24時間運行しているはずだがすでにカウンターは閉まっていた。タクシー乗り場のスタッフに確認したところ、向こうのシャトルバスが待機している場所へ行ってみれば?とのこと。言われるがままシャトルバスの近くに行くと、恰幅の良いスーツの女性がおり、ストラトスフィアホテルに行きたいのだけどと言うと、もちろんという感じで荷物を引き受けてくれた。徐々に同じシャトルバスに乗るお客さん集まり合計9人、計3組になったところで出発。シャトルバスの料金は8$のはずだが、ストラトスフィアホテルはストリップの北側のためか10$と言われた。
空港から近い順のホテルにお客を降ろしていき、我々が最後にストラトスフィアホテル到着した。
<ストラトスフィアホテル>
ラスベガスのメイン通りストリップの北の端に位置するストラトスフィアタワー。観光名所でもあるここはホテルも併設している。中心地から離れており、繁華街へのアクセスはよくないためホテルの料金が少し安めである。ラスベガス市内での観光をあまり重視しない場合であればおすすめ。ホテル周辺にはコンビニやファミリーレストランが多少、ホテルの2階にはファストフードやレストランが充実している。ホテルのゲストはタワーへの無料入場がうれしい。室内はかなり清潔。無料のWIFI、ドライヤー、エアコン、バスタブ、セーフティーボックスがある。冷蔵庫、スリッパはない。
ホテルの入口はすべてカジノエリアから始まる
ストラトスフィアホテル
ラスベガスのホテルはすべて入り口にカジノがあるようで、まずはカジノの誘惑をかわしホテルの受付にたどり着かなければならない。
これは後から知ったことだが、ラスベガスはお客に長く居させるために様々な工夫を凝らしている。気持ちを高ぶらせるようなライティングや絨毯、時間を忘れさせるために時計はおかない、気を大きくさせるために無料でアルコールの提供をする。また休憩用のイスは一切置かない。歩き疲れたお客が座るのはスロットマシンのイスで、そこで賭けてみようかなと気になるらしい。
ようやくフロントを見つけてチェックイン。
小腹がすいてきたので、ホテル外のコンビニエンスストアでホットドックと明日のツアー中の食料と水を調達する。ホテルで食事を終えるとすでに午前3時半をまわっていた。
この日はセドナへの日帰りツアーに参加する予定だ。ツアーの出発は朝4時半。悠長に構えていたがシャワーを浴び、着替え、急いで集合場所へ向かう。
<セドナ日帰り観光>
集合時間は若干すぎていたがまだ迎えは来ていなかったようだ。胸を撫で下ろす。午前4:45位にお迎えがきて、他のホテルへお客さんをピックアップ。駐車場に移動し、14人乗りのバンに乗り換えてさらに別のホテルにお迎えに行く。バンは満員御礼。いざセドナへ。
寝られなかった分、セドナまでの移動中に睡眠をとる。移動時間は約4時間、往復とも2回ずつ休憩がある。ラスベガスの街を超えると荒野が延々と続く。
セドナに近づくにつれて赤茶けた大地と大きな岩山が目の間に見えてくる。
セドナはネイティブアメリカンの聖地であり、ネイティブアメリカンの民族にはこの地に立つだけで先祖からエネルギーや波動を受け取れる場所(Vortex ボルテックス)と考えていた。セドナのこの特殊な地形は川の流れによるものや地震によるものではなく、地殻変動による隆起が原因でこのような不思議な光景をもつ場所になったそうだ。つまりネイティブアメリカンのいう大地のパワーが渦巻く場所(Vortex ボルテックス)であることは科学的にもあながち間違いではないのだ。
もともとは小さな町であったが、1970年代には自然回帰を求める新しいライフスタイルが提唱され、多くの人々がボルテックスを求め、このセドナを訪れるようになった。その後数多くのアーティストやスピリチュアルな人々がボルテックスを求め移住してきたそうだ。日本でも2000年代からの占いブームによってオーラの集う場所としてテレビに取り上げられ注目された。占いブームが落ち着いた今も日本からの訪問客は多いようだ。
まず降りたのは呼び鈴の形に似ていることからベルロックと称される岩石とその隣にある裁判所の形に似ていることからコートハウスビュートと呼ばれる岩山のビューストップへ。
裁判所の形に似ている コートハウスビュート
4大ボルテックスの一つ ベルロック
その後、これもベルロックと同じく4大ボルテックスの一つ、カセドラルロックのビューポイントへ。ベルロックは男性性のボルテックスを持つとされる一方このカセドラルロックは女性性のボルテックスが強い岩石だと言われている。
女性性のボルテックスが強い カセドラルロック
雄大な景色の連続 セドナ
3番目のビュースポットは、赤い岩壁に囲まれたホーリークロス教会。1955年に建てられたカソリックの教会である。この教会からの展望も素晴らしい。子供を抱くマリア像のような形の岩石が見つかったことが、この像付近に教会を設立するきっかけとなったそうだ。なお鷲の頭に見える岩石や、世界で最も高価な住宅と言われるセドナの中心部にある10億円相当の豪邸もここからじっくり眺めることもできる。
赤い岩壁に囲まれたホーリークロス教会
10億円の豪邸とカセドラルロック
カセドラルロックの眺望
最後のビュースポットは4大ボルテックスの一つに数えられる、エアポートメサからの景色。ここからはディズニーランドにあるアトラクションのアイデアの元になったといわれるビックサンダー、さらにその形が似ていることからコーヒーポットロックと呼ばれる岩石の雄大な眺望を楽しむことができる。個人的にはビックサンダーの地層がグラデーションを描くように美しくはっきりと見えるためエアポートメサからの景色が私は中でも気に入った。
エアポートメサからビックサンダーの眺め これも4大ボルテックスの一つ
すぐ近くにはアメリカの国旗が誇らしげにはためいていた
エアポートメサを後にし、アップタウンにて昼食のため、1時間ほど自由行動。
我々はフードコートにてタコスとフィッシュ&チップスを注文。展望がよいテラス席近くの場所で贅沢なランチタイム。こうして雄大な景色を見ながら食事をしていると、日帰りでセドナ観光をしていることが大変もったいないことのように思えた。天気は申し分ないほどの青空であるが、これが夕方オレンジ色に染まる時間帯、そして夜中星空が輝きだす時間帯、さらに早朝の黄金色の朝日を浴びた時のセドナの表情を私は見ることができないのである。もしこれからセドナを観光しようとしている方がいらっしゃれば時間の許す限り、1泊以上の滞在をおすすめしたい。
セドナの街 アップタウン
セドナを巡回するトロリー
ランチしながらこの景色・・・このまま石になりたい
ネバダ時間で14時ごろ、セドナを後にしてラスベガスへ向かう。途中、アメリカ文化の発祥の地とよばれるルート66の街セリグマンを経由した。ルート66は幾多の小説や映画の舞台であり、ファストフードやモーテルなどの文化はこのルート66から生まれたと言われている。またディズニー映画のカーズのモデルとなった街はこのセリグマンとのことで、街にはカーズのキャラクターを模したような車が並べられていた。
目が入れられたのは映画化される前らしい
ラスベガス到着は午後6時半ごろ。私たちはストラトスフィアホテルではなく、ラスベガスの中心地であるフォーコーナーにて降車させてもらう。
フォーコーナーはラスベガスでもっとも歴史あるホテル、フラミンゴや噴水ショーで有名なベラッジオのある十字路のことである。
まずはラスベガス観光の定番あるベラッジオの噴水ショーへ。噴水ショーはホテルの前にて無料で観られるとあって、多くの人で賑わっている。私は前の方に陣取って噴水ショーを満喫した。
ベラッジオから歩いて向かったのはホテル、ミラージュ。ミラージュもベラッジオと同じく、ホテル前にて無料の噴水ショーを行っている。ただし同じ噴水のショーであっても、ミラージュの方がベラッジオよりも趣向を凝らしており、ミラージュは火山の噴火をモチーフにしている。水と炎を使い火山の噴火を表現しており、その演出が見事だ。私はミラージュのショーの方が面白いと感じた。実際、観客の数もミラージュの方が多いように見受けられた。
ベラッジオの噴水ショー
豪華絢爛過ぎるシーザースパレス
ベラッジオから反対車線に渡り向かったのはイタリアのベネチアをテーマにした巨大なホテル、ベネチアン。ベネチアンではカジノにチャレンジした。といっても無料でもらえるカクテルを目当てなので、1セントのスロットマシンでちびちびかけてなんとかカクテルを配るお姉さんに来てもらおうとスロットマシンをプレイしているが一向に現れない。無料のアルコールは頻繁に配るものではないらしいので、アルコールが目当てであればカジノに金をつぎ込むより売店で購入する方が安上がりかもしれない。
カジノをしているふり 無料のお酒を待つ
ヴェネチアンホテルの天井
ベネチアンからストリップを循環するバスに乗り、ストラトスフィアホテルへ。
コンビニで昨日も購入したサークルKのホットドック(お気に入り)で夕食。その後、ストラトスフィアホテルのゲストであれば無料で入場できるというストラトスフィアタワーへ。
実はあまり期待していなかったのだが、なかなかこのストラトスフィアタワーの眺望は面白かった。ラスベガスはこのタワーよりも高い建物がないので周辺一面を見渡せる。また山もないため、平坦でどこまでも続くような夜景が満喫できるのだ。時間帯のせいか子供達も少なく、照明は暗めでお酒を出すようなバーもあり、ロマンティックでもあった。もしカップルやご夫婦でラスベガスへ訪れる機会があればタワーに行かれることをおすすめしたい。
ラスベガス名物インスタントウェディング
ホテルへ戻り、明日の出発のため荷物整理に取り掛かる。
明日も朝4時半集合なのだ。。。。。
12月29日
この日はグランドサークルの1泊2日ツアーに参加する。アンテロープキャニオン、ホースシューベンド、モニュメントバレー、グランドキャニオンを観光する盛りだくさんの内容である。
ストラトスフィアタワーの展望台を観光して、お風呂に浸かって、歯を磨いていたりしている間にいつの間にか午前1時を回っている。
1時から2時まで仮眠し、セドナで撮影した写真を整理し、荷物の整理をして朝の4時半の集合時間までの時間を過ごした。
朝4時にホテルのチェックアウトを終え、荷物をホテル入り口のベルデスクに預ける。明後日まで預かって欲しいというとベルデスクのスタッフは慣れて感じで「グランドキャニオンのツアーに参加するんだね」というふうに気前よく預かってくれた。ガイドブックに荷物を預ける際は荷物1つ1日につきチップを渡すようにと記載があったので5$渡した。
アメリカに旅行していると小銭(1$、5$、10$札)がすぐになくなっていく。チップはもちろん、バス料金などはお釣りがでないことが多いので、細かなお金がないと損をすることも。日本で予め用意しておくのがベストだが滞在先がラスベガスであれば心配は無用。手数料無料の両替機がカジノにあるのだ。我々はここぞとばかりに小額紙幣を今後の旅行のためにいくつもつくり、財布をぱんぱんにしておいた。
カジノ内にある超便利な両替機
<グランドサークル1泊2日ツアー>
4時半の集合時間のはずだが4時50分の段階でまだ来ない。現地の緊急連絡先へと連絡するとどうやら集合時間を間違えて伝えられたみたいで正確には5時15分とのことだった。チェックアウトしてしまったので仕方なくそのまま待つ。
5時15分ほぼちょうどにお迎えがきて、出発。
今日のバンも昨日と同じく満員御礼。やはり年末なだけに多くの人が休みを利用してツアーに参加しているようだ。
我々がまず向かったのはアンテロープキャニオン。途中、ユタ州のハリケーンという街で途中休憩を挟んで約4時間半のドライブ。到着したのは11時頃。
ここでラスベガス滞在中の時差に関して注意をしたい。
昨日のセドナの場合もそうだが、ラスベガスのあるネバダ州とグランドキャニオンなどがあるアリゾナ州はもともと1時間の時差があり、アリゾナ州のほうが1時間進んでいる。またアリゾナ州はサマータイムを導入していないため、3月中旬から11月初旬までは時差がなくなる。アリゾナ州のフェニックス空港などの飛行機を利用する場合やツアーの集合時間は要注意。しかしややこしいことにナバホ族居住地はサマータイムを導入している。とにかくアリゾナ州は時間に関してはややこしいといいことは頭に入れておいておしい。
<アンテロープキャニオン>
アリゾナ州ナバホ居住地のスロット・キャニオン。スロット・キャニオンとは気の遠くなるような長い時間、雨水と砂丘が積み重なり固まってできた砂岩の亀裂に雨水が鉄砲水となり、岩を削ってできた峡谷のこと。美しくしなやかな曲線が織り成す空間とそこにわずかな隙間から差し込む光が幻想的な景観をつくりだす。
アンテロープキャニオンにはアッパーとロウワーの2箇所あり、アッパーは全長150mの短めのコース、よく絶景の写真集などで紹介されるビーム(空から光が差し空間を明るく照らす現象)はアッパーでよく見られる現象である。そのため写真を撮ることが目的であればアッパーをおすすめするが、頻繁にみられるのは太陽が真上に上がる春から秋にかけての正午前後のみだ。ロウワーは全長400mにも及ぶ長さであり、アッパーと比べて深く狭い。距離が長い分、様々なアンテロープキャニオンの表情楽しめるのと時間帯と季節にさほど左右されないのがメリットだ。
この時期のアッパーではビーム現象はみられないとのことだったので、我々はロウワーを観光する。ナバホのガイドが道案内をしてくれる。狭い中階段を登ったり下ったりするのでしっかりした靴や汚れてもいいような動きやすい服装を選びたい。またカメラもできるだけ広角ほうがいいだろう。幻想的な景観のアンテロープキャニオンを間近にしてみると、まるで絹がそのまま固まったようなに刻んだようなやわらかな線に気付くはず。そして差し込む光の加減により、砂岩は極端にその表情を変える。自然がつくりだす景観というのはここまで繊細なものなのかと驚嘆した。
最後にナバホ族のガイドが、アンテロープキャニオンが形成された変遷を実演してくれて、約1時間におよぶ観光は終了。
その後、中華料理の昼食を挟み車で約10分、到着したのはホースシューベンド。
アンテロープキャニオンのそばの火力発電所 あまりの煙の大きさに事故だとおもった
ロウワーアンテロープに入場
光の加減で様々な表情を見せるロウワーアンテロープキャニオン
女性の頭にも見える
光が洞窟内を幻想的に照らす
まるでシルクを押しあてたような美しい流線
ナバホ族のガイドがアンテロープキャニオンの成り立ちを説明
<ホースシューベンド>
グランドキャニオン上流にあるコロラド川がまるで馬蹄のように曲がった地形のためこの名前がついた。コロラド川が巨大な岩山を侵食し、川の内側・外側ともほぼ垂直に切り立った断崖絶壁の絶景が形成されている。緑のコロラド川と赤茶けた大地のコントラストの美しさに圧倒されることだろう。足を踏みはずそうなら真っ逆さまに転落しかねない危険な場所であるので、よほどの怖いもの知らずの人でない限り崖には近づかないほうが賢明である。
腰が引けているし目がいっちゃっています
滑り落ちて死人がでているというのに無謀な人
車を駐車場にとめ約1km、砂の道を歩くとホースシューベンドの姿が見えてきた。
広がる絶景、崖の近くまでいくと腰が引けてしまう。
期待以上に感動したという意味ではこの旅行のナンバーワンといってもいいかもしれない。写真では遠近感がつかみづらく、スケールに気付かなかったが、実物を見るとその光景には絶句してしまう。
ホースシューベンドを最後にこの日の観光は終了。本当はモニュメントバレーの観光をこの日に行う予定だったがこの時期は17時頃には暗くなってしまうのでホースシューベンドから約2時間、モニュメントバレー近くのナバホ族の街・カイエンタにて宿泊。
<ハンプトン・イン>
ナバホ族の街・カイエンタにあるヒルトン系列のホテル。ホテルの質としては3.5星位だが、さすがヒルトンのマネジメントだけあってサービスが充実している。無料の水やコーヒー、お茶にお湯、さらには果物のサービスまであった。室内には無料のWIFIのほか、エアコン、バスタブ、ドライヤーあり。セーフティーボックスやスリッパはない。ホテルにはレストランも併設している。周辺にはマクドナルドやバーガーキングくらいしかないので経済的に夕食を済ませたい場合は途中の売店であらかじめ購入のこと。
明日のモニュメントバレーの日の出に備えて早めの就寝。
12月30日
朝5時半に起床し、出発の準備。
朝日に照らされるモニュメントバレーを観光するためである。
7時半に朝日が昇り始めるためカイエンタのホテルの出発は朝6時45分。朝6時から朝食がスタートするため6時ちょうどくらいにレストランへ。朝食を頬張り、部屋に戻って歯を磨いてチェックアウトのため荷物を持ってフロントへ。他の参加者の方も準備万端予定時間通りに出発した。
カイエンタから約30分のドライブでモニュメントバレーに到着。だんだんと空は白けてきた。
<モニュメントバレー>
アメリカを、いや地球上のあらゆる自然現象を代表する美しき岩の彫刻、モニュメントバレー。澄み渡るブルーの空と赤茶けた大地とそそり立つ巨大な岩石、そこはまるで西部開拓時代。そのあまりに印象的な風景は数多くの映画、CMのロケ地として使われた。あたかも記念碑が並んでいるようなこの摩訶不思議な地形が生まれたのは3千年前にも遡る。ロッキー山脈の造山活動により隆起した2億7千万年前の地層が風化・侵食されたという。ナバホ族の聖地であり、現在もナバホ人が居住し、公園内を管理している。そのため一部エリアはナバホ人が運営するツアーでのみしか立ち入ることができない。
モニュメントバレーの駐車場に到着した我々はまず、展望台にて朝日を待つ。
展望台にはモニュメントバレーに立つ唯一のホテル、ビューホテルがある。ただし料金はモニュメントバレー近郊のホテルに比べるとかなり高いらしく、一部のツアーを除き、私達が泊まったカイエンタのホテルなどを利用することが多いそうだ。カイエンタのホテルでもモニュメントバレーまで近いため朝日は見ることはできるが、夕焼けや夜のモニュメントバレーは見られないのでどうしてもその時間のモニュメントバレーを見たいのであればこのホテルに泊まるしかない。
暗闇の中から黄金色の輝きを放ちながら昇る太陽を見ると、なぜか心身ともエネルギーに溢れるように感じるから不思議だ。心身がフレッシュに感じ、爽やかな気分になる。日本で日常生活をしていると日の出を見ることはない。すでに太陽は昇っていて、私にとって太陽の光はせわしない1日の始まりを意味し、時に疎ましくさえある。当然なことのように感じていたが、朝日が昇り夜だった世界に光を照らし出してくれることはなんと幸福なことだろう。
モニュメントバレーにて朝日を待つ
徐々に赤く染まっていく
モニュメントバレーから昇る朝日
朝日が昇り、モニュメントバレーが燃えるような赤に変わりゆくころ、我々はナバホ族のドライバーが案内するバレードライブに出発した。バレードライブとは文字どおり広漠たる荒野をビュート(残丘)の合間を縫って4WDでドライブするというもの。バレードライブでは高さ300m以上もあるというビュートの近くへ寄ってくれるため、その巨大さが身をもって実感できる。また展望台からでは見えないビュートが数多く存在し、モニュメントバレーが一枚の写真では収まることのない壮大なスケールをもつ場所であることがわかるはずだ。
まず降り立ったのがジョン・フォード・ポイント。西部劇映画の巨匠、ジョン・フォード監督が好んで映画に使ったという場所。3人の修道女が祈りを捧げているような姿に例えられるビュートなどを見ることができる。
左側の3本の石柱がスリーシスターズ
メリックビュート
2番目訪れたのがトーテムポールポイント。まるでトーテムポールのような長細い石柱が並んでいる様子から名がつけられた。高いもので150mの高さがある。またトーテムポールの反対側にはまるで角砂糖を落っことしたようなキューブと呼ばれる岩石がある。微妙なバランスで立っているため、いつ崩れてもおかしくはなさそうである。
トーテムポール
キューブ
3番目に立ち寄ったのがアーティストポイント。ここからの景色全てがアートに見えることから名付けられた。
最後にジャンプして写真をとるとダイナミックにとれるというポイントへ連れて行ってもらいガイドにそれぞれ撮影してもらった。あらゆる角度からビュートを堪能した我々は大満足。ナバホ族のドライバーにチップ(1人3$)を渡す。
モニュメントバレーを後にして向かうのはグランドキャニオン。途中キャメロンという街にて昼食のためナバホ族の郷土料理のレストランへ。
ガイドさんがオススメしてくれた、ナバホ族スタイルのタコスとステーキを2人でシェアした。ナバホ族の主食は、外はカリカリ中はモチモチとした揚げパン。揚げパンの上にサルサや牛肉をのせた料理が私達のテーブルにサーブされる。かなりボリュームがあるのと揚げパンが多少胃に重いので完食する人はあまり多くはないそうだが大変美味しい。なおナバホ族移住地では酒は販売されておらず、このレストランも例外ではない。
レストランを後にして、グランドキャニオンへ向かう。キャメロンからは車で30分ほどでサウスリムの南ゲートに到着。
<グランドキャニオン>
世界で最も有名な大渓谷、グランドキャニオン。その絶景はなんと東西にわたり446Km、東京から琵琶湖までの距離に相当する長さ。広大な大地が7000万年前の地殻変動によって隆起し、4000万年前から侵食・風化を繰り返していると言われている。最深部の地層は20億年前の地層と言われており地質学的に貴重なものである。ランドキャニオン国立公園はコロラド川を隔てて北側のノースリムと南側のサウスリムに分けられる。ノースリムの方が標高が高く積雪のシーズンには閉鎖されてしまう。対してサウスリムはホテルや道路、展望などが整備され、年中オープンしているため一般的なツアーではサウスリムを訪れる。
我々はサウスリムの東口から入場。
まずストップしたのがリーパンポイント(LIPAN POINT)。リーパンポイントは峡谷の幅がもっとも狭い場所(それでも16km)のため谷の奥底まで見渡せる絶景ポイントと言われている。ホースシューベンドでも感じたことだが、写真で見るよりもずっと感動した。写真で見るとコロラド川は3mほどの広さしかないように見えるが実は60mの大河であるらしい。
グランドキャニオン リーパンポイント
見ているだけで鳥肌がたってくる絶景
車に乗り込みリーパンポイントから20分ほど。次に訪れたのがヤバパイポイント。ガイドが一押しするもっとも恐怖を感じる絶景ポイントである。一枚の岩が崖に突き出ている箇所がある。まるで宙に浮いているような絶景の写真を撮影することができるが、希望者は少ない。
見ているとこっちもハラハラしてしまうヤバパイポイント
最後に立ち寄ったのがサウスリムビレッジ。サウスリムビレッジには売店、ホテル、展望台、さらにトレイルなど旅行者の起点になる場所だ。展望もさることながらグランドキャニオンにまつわるグッズ販売店や110年前に創業したEL TOVAR HOTELに訪れるのもの面白い。特にEL TOVARは西部開拓時代の瀟酒な邸宅風でありタイムスリップしかたのような雰囲気に浸ることができる。
ブライトエンジェルポイント
西部開拓時代の瀟酒な邸宅ホテル EL TOVAR
長いようで短かった1泊2日のツアーはこれにて終了。
セドナの時にも立ち寄ったルート66の街・セリグマンで休憩し、ラスベガスへ向かった。
ジョン・ラセターのサイン
ホテル到着は午後7時ごろ。
預けておいたスーツケースなどを引き取り、ストラトスフィアホテルのタクシー乗り場から空港へ。ホテルから空港へは約25$。チップ込みで30$を支払った。
搭乗するのはLCCのスピリット航空。
スピリット航空では預け荷物はもちろん、貴重品以外の手荷物も有料。カウンターで対面でのチェックインも有料という徹底ぶり。機内でも「スピリットの機内でタダなのは空気だけ」という冗談にも聞こえないアナウンスで機内は笑いの渦へ。
空港内のウェンディーズにて夕食を食べた後、夜行便でワシントンのボルチモア空港へ向かう。
12月31日
朝7時にワシントンDC近くの空港、ボルチモアに到着。同じアメリカだがラスベガスのあるネバダ州とワシントンDCでは3時間の時差があるので、7時といえども体内時計は午前4時の真夜中である。
ボルチモア空港からは無料のシャトルバスで空港駅へ。
空港駅からワシントン中心のユニオン駅へは2種類の列車がある。
アムトラックとマークである。アムトラックであれば15$、マークであれば7$。所要時間も乗り場も同じの列車で、こんなに料金が違うのに普通マークを選ぶと思うのだがどうなのだろう。どういうシチュエーションでアムトラックを選ぶのかが知りたい。
列車に乗り込み約40分、ユニオン駅に到着。
スタイリッシュなショッピングモールのようなユニオン駅を抜け、この日のホテル、ハンプトンインへは歩いて移動する。
<ハンプトン・イン>
グランドサークル1泊2日ツアーでも使ったハンプトン・イン。ユニオン駅からは徒歩20分程度。ここワシントンでも質・サービス共に申し分なかった。コーヒー、お茶、お湯は無料。室内ではもちろんWIFI無料で冷蔵庫、バスタブ、ドライヤー、レンジ、セーフティーボックスも完備。近くにコンビニ的なものはないが、スーパーマーケットのセーフウェイが徒歩5分にある。スミソニアン博物館のあるモール地区までは徒歩15分ほど。
まだ朝の9時とあってチェックインはできないので、荷物だけ置かせてもらい。ワシントンDCの観光へでかける。
<ワシントンDC>
アメリカの首都、ワシントンDC。アメリカ独立戦争後、発足した新連邦政府の首都をどこに決定するかは大きな問題であった。初代大統領ワシントンの就任式は、名実ともに政治・経済の中心地であったニューヨークにておいて行われたが、独立戦争において多額の負債を抱えたニューヨーク州をはじめとした北部の都市は困窮する。独立戦争のために抱えた負債を新政府が肩代わりすることになったが、それに反対したのが、ヴァージニア州など負債のない南部。それまでの歴史と政治の中心であった北部、経済的な余裕があり首都を南寄りに置きたい思惑のある南部。妥協案としてメリーランド州とヴァージニア州に挟まれたポトマック川湖畔にコロンビア特別区ワシントンを設置したのだった。恒久的な首都の役割を果たすため大統領官邸、国会議事堂、最高裁判所などの政府機関をはじめ機能的に配置した都市として計画的に進められ、実際首都として起動したのは首都に制定されてから8年後のことであった。8年越しの都市建設の結果、ワシントンDCは超大国アメリカに相応しい自由で開放的な雰囲気をもった特別な場所になることに成功したのはご存知のとおりである。
ワシントンDCは政治の中心の都市であるとともに、地球と人類の遺産を網羅する世界最大の博物館群を有する都市でもある。その多くはイギリス出身科学者・スミソンが遺産を基金として造られたため、「スミソニアン博物館」と一括りにされる。ワシントンDCの国立公園ナショナルモールの通り沿いには国立航空宇宙博物館、国立アメリカ歴史博物館、国立自然史博物館、ナショナルギャラリーを始めてとして、国立アフリカ美術館、国立アメリカ・インディアン博物館、国立公文書館など。変わったところでは肖像画美術館、郵便博物館、ホロコースト記念博物館、スパイ博物館まである。しかも素晴らしいことにそのほとんどの博物館・美術館の入場は無料である。これはアメリカ政府の財源と寄付・寄贈、出版物・ミュージアムショップからの利益によって賄われているためである。
ワシントンDCはホワイトハウスや国会議事堂など政府機関、さらにキング牧師の演説のあったリンカーン記念堂などの歴史的な場所、および世界でもっとも大規模で多岐に渡る博物館・美術館群をもつ、アメリカ史の観光という点では最も重要な都市と言っても過言ではない。
ホテルをでて私たちがまず向かったのはホワイトハウス。意外に小さくてびっくりした。近くのアイゼンハワー行政府ビルや財務省の建物の方が重厚感があり立派に見えるのは、ホワイトハウスが邸宅だからだろうか。おそらくクリスマス休暇でオバマ大統領はハワイにいると思うので、一緒に年を越せないのは残念だ。
FBI本部
意外に小さかったホワイトハウス
次に向かったのは国会議事堂。ホワイトハウスではツアーは現在行っていないが、国会議事堂は無料のツアーを行なっており、WEBで事前申請が可能だ。国会議事堂の内部に入場するにはツアーに参加しなければならない。我々は12時に予約をしていたので予約時間の30分前に到着するように国会議事堂正面裏手のビジターセンターへ向かう。ビジターセンター入り口で荷物検査。食べ物と液体は一切中に持ち込みができないので注意しよう(カメラはOK)。その後、受付でツアー参加者の証であるシールを受け取り、見えるように服の上から貼り付ける。まず国会議事堂についてのオリエンテーションのビデオ(10分ほど)を見せられて、15人ほどのグループに分けられ、ヘッドフォンを渡される。あまりに参加人数の多いツアーなのでガイドの説明が皆に聞こえるように配慮されているのだ。ツアーは40分ほど、もちろん英語のみ。彫刻の広間や議事堂内の絵画の説明があるだけで実際の議場などはツアーに含まれなかったので多少残念ではあった。また議事堂のドーム部分は修復中であったためワシントンDCの中でも最もシンボリックな景観を拝めなかったのも心残りではある。なお改築終了は2016年中を予定しているとのこと。
国会議事堂内部見学ツアーWEBで予約可能 無料です。
国会議事堂を後にし、向かったのは国立航空宇宙博物館。以前ワシントンDCに滞在したことのある妻のオススメの博物館の一つ。1903年、人類初の動力飛行に成功したライト兄弟のフライヤーから宇宙船や日本の零戦まで、航空機に関しての歴史と軌跡を解説・展示している。まず飛行機やスペースシャトルの一部が実物大で展示されているのに圧倒される。さらにミサイル、月の石、スペースシャトル内部の展示などの貴重かつ膨大なコレクションに驚かされる。まるでテーマパークに来たかのようにワクワクできる博物館である。
国立航空宇宙博物館
資料的な価値のある本物の飛行機が所狭しと並ぶ
その後、ナショナルギャラリーに入場。アメリカのみならずイタリア美術、13〜20世紀のヨーロッパ絵画のコレクションをもつ世界最大級の美術館。主な収蔵品はレオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエロ、エル・グレコ、ルーベンスにレンブラント、フェルメールなど誰もが知る有名な画家の作品が収められている。
膨大な作品集をもつナショナルギャラリー
夜行便で今朝ワシントンに到着した上に、ホテルで休むことなくそのまま観光にきた我々はこの膨大な作品の前に疲れてしまい、午後4時近くになってホテルにチェックインできるだろうということで、ナショナルギャラリーを早々に立ち去りホテルで休憩をすることにした。入場無料だからできるわざである。
ホテルで休憩した後、近くのスーパーマーケット・セーフウェイで買い出し。
またこの日は大晦日なので、ワシントンDCの中で賑やかな場所に行こうということで、もっとも飲食店多いエリア、デュポンサークル周辺へ歩いて向かう
時刻は夜8時過ぎ、しかしワシントンDCの街中は大晦日であることを全く思わせないような静寂ぶり。大騒ぎしているのはニューヨークだけなのだろうか。
一部のホテルでパーティーをしているようだが、不特定多数の人々が集まりカウントダウンをするような場所はなく、いそいそとホテルに戻りスーパーで買ったお惣菜をつつきながら、ニューヨークでのカウントダウン中継する歌番組を見てしっぽり新年を迎えた。
大みそかにも関わらず繁華街のデュポンサークルも静か
1月1日
アメリカの元旦。
日本みたいな正月番組はないようで、正月らしい音楽も街中を騒ぎ立てない。一部のお店はお休みをとるお店もあるが博物館や美術館、レストランのほとんどは元旦も営業。日本みたいにお祭り騒ぎやイベントをすることも都市柄なのかあまりなさそうだ。これはこれで落ち着いていていいと思う。日本はクリスマスも正月も何事も経済的な面が優先されすぎる。
遅めの朝食を食べて、ホテルを出る。
ホテル近くのバス停でバスに乗り(1.75$)まず向かったのはリンカーン記念館。歴代アメリカ大統領でもっとも偉大な大統領と言われるほど未だ人気の高いそうだ。ギリシャ神殿風の建物の奥には椅子に腰掛けた巨大なリンカーン像。大理石で作られたこの像の高さは5.8m。精巧に作られた像の目線は、国会議事堂とその先を見つめているようだ。壁にはゲティスバーグでの有名な演説が刻み込まれている。なおリンカーン記念堂は様々な演説に利用されており1963年のマーティン・ルーサー・キングの演説もここで行われた。
リンカーン記念館近くにある国立科学アカデミー アインシュタイン像
精巧で巨大なリンカーン像
ワシントン記念塔とカモ
リンカーン記念館を後にして入場したのが、国立アメリカ歴史博物館。アメリカの歩んだ歴史をゆかりの品を紹介しつつテーマごとに展示している博物館。個人的にはアメリカのイノベーションと題した展示物が面白かった。ファストフードの海外展開とそのローカライズに初めて成功したマクドナルドの日本の看板。コンピューターに初めて採用されたマウス。焼き菓子からヒントを得たというワッフルソールのナイキ初期のスニーカー。世界で初めて開発されたというGM社の電気自動車。最近のものだとiPodやiPhoneの初期のモデルも展示されていた。
国立アメリカ歴史博物館 iPodにウォークマンも
その後、私の妻一押しの国立自然博物館へ。2009年の映画「ナイトミュージアム2」の舞台にもなった。スミソニアン協会が所有する資料の90%以上のコレクションをもつという博物館。先カンブリア時代の化石に始まり鉱物・宝石の展示、さらには恐竜の骨から鳥や魚、動物の剥製、生きている昆虫や蝶などの標本、さらにはミイラにアメリカや他国の貨幣、IMAXでの映像上映など挙げだすときりがない。私が特に気に入ったのはモアイ像。イースター島にいった妻が言うにはイースター島でみるよりもモアイ像に近づけるそうだ。国立自然博物館内のカフェテリアにて昼食。
イースター島よりも近い距離で見られるモアイ像
国立自然博物館には巨大動物のはく製もおおい
持つものは不幸になるという45カラットのホープダイアモンド
鑑賞を続けるのにも疲れてきたのでホテルに戻ろうということで、最後にもう一つホテル近くの国立肖像画美術館へ向かう。途中、面白そうな建物があったので興味本位で入場するとリンカーン博物館とも言える、「ピーターセンハウス」であった。ピーターセンハウスとはフォード劇場にてリンカーンが狙撃されたあと、瀕死のリンカーンが運び込まれた劇場向かいの民宿である。リンカーンの生い立ちや功績と暗殺後の狙撃犯も含めての事件も含めて解説されている。いかにアメリカ人とってリンカーンが尊敬されているかがわかる博物館だ。入場も無料である。
そして本来の目的地である国立肖像画美術館へ。肖像画をメインで収集しているちょっと変わった美術館。年代ごとの政治・芸能・文化の著名人の肖像画、さらにはスポーツ選手の特集など様々な肖像画が展示されている。日本でも有名な人はもちろんあまり知られていない人まで様々だ。なお現代芸術などを展示するスミソニアン・アメリカ美術館も併設されている。
国立肖像画美術館
現代芸術もある
ようやくホテルに到着。1日でミュージアムを4件もまわってきた。日本ではなかなかできない。入場が無料であると、入場券を購入するのに並ばなくてよいのが何より楽だった。少し飽きたら気軽に他へ移動できるのも気に入った。こんなに大規模な博物館・美術館を維持しながらも入場を無料にするというアメリカの心意気に感動した私だった。
1月2日
朝6時半に起床して出発の準備と朝食。
朝8時に出発するニューヨーク行きのバスに乗るためだ。
バスはワシントンDCのチャイナタウンのエリアから出発する。7時40分くらいにバス乗り場に到着。すでにバス乗り場には列ができていた。まずバスの待合室の中のカウンターでチェックインを行ってからバスに乗車。バスに乗る人々の人種は多種多様であった。中国人、インド人、アフリカ系など
ワシントンDCを8時に出発してニューヨークに到着したのは12:30。途中1回、サービスエリアにて休憩があった。
私は2回目、妻は3回目のニューヨークである。
ニューヨークのマンハッタン、イーストビレッジの辺りで乗客は降ろされる。そこから我々は地下鉄駅に向かいニューヨークの宿をとったクイーンズに向かう。
クイーンズはマンハッタン島から見て東側の地区だ。
地下鉄はシングルライド(1回乗車券)で3$。これまでの都市と比べると交通公共機関の移動費は高めである。最寄りの駅でおりて、ホテルへ向かう。
<カントリー・イン&スイート>
クイーンズ地区にある3つ星ホテル。ホテルから地下鉄までは徒歩4分程度だが駅からホテルまではお店が少ないので夜中の一人歩きは不安を感じる方もいるかもしれない。ホテル隣にはガソリンスタンドがあり、スーパーが併設されているのでちょっとした買い物には便利。室内は清潔で特に古さは感じさせない。冷蔵庫、エアコン、ドライヤー、レンジ、バスタブあり。セーフティーボックスはない。無料のWIFIはあるにはあるがホテルロビーのエリアしか電波は拾えない。
クイーンズのカラフルな街並み
ホテルチェックイン後、ワシントンで買っておいたカップラーメンで昼食。
そしてホテルをでてニューヨークの観光に出発。
<ブルックリン>
我々が向かったのはウィリアムズバーグ。前回、ニューヨークに訪れた時はマンハッタンに宿をとったため、ブルックリンに行くこともなかったが最近ブルックリンの話題を耳にすることが多くなってきたと感じ、マンハッタンよりもまずブルックリンに訪れたかった
ブルックリン区のウィリアムズバーグは近年注目が集まるブルックリンの中でも流行に敏感なエリア。年々高まるマンハッタンの地価の高騰を受け、イーストビレッジに住んでいた若いデザイナーや料理家がこのウィリアムズバーグに移り住んだと言われている。センスはあるけれども資金的にマンハッタンに店を出すのは難しい、そんな若いエネルギー溢れる挑戦的なニューヨーカー達がこのエリアにこぞって店をだし、今やアパレルブランドのみならずカフェやレストランの激戦区となっている。
ブルックリン ウィリアムズバーグのレストラン
ウィリアムズバーグに来たなら避けては通れないのがブルックリンブームの火付け役の一つであるクラフトビール工場「ブルックリン・ブリュワリー」。せっかくニューヨークに来たなら出来立てのローカルビールが飲みたい!とやってきた我々を待ち受けていたのは長蛇の列。ここまで来て引き下がれないと思いつつ寒空の中40分近く待つ羽目に。中に入りようやく生ビールをいただく(1杯5$)。この工場でしか飲めないというディフェンダーという種類だ。フルーティで口当たりは軽く、後味はほんのりビターなコクが残るという深みのある味わい。ブルックリン地区はドイツ移民が多く住んでいた地域であるため、芳醇で味わい深いビールが生み出されたと言われている。長時間ビールのために寒い中待っただけあってかなり美味く感じた。
アメリカンビールのトレンドを変えたブルックリン・ブリュワリー
ここでしか飲めないというディフェンダー
ブルックリン・ブリュワリーを後にして向かったのはビール工場の隣にある「ワイスホテル」。古い縫製工場をホテルにリノベーションしたというレンガ造りのお洒落な外観。このホテルを有名にしているのが6階のルーフトップバー。ブルックリンにはマンハッタンのような摩天楼はないため、実はニューヨークの夜景を見るのに最適なのだ。このワイスホテルの屋上から見えるイーストリバー越しマンハッタンの夜景はロマンティックと大評判。しかし我々がワイスホテルの前に到着したころにはちょうど夕食どきということで、すでにルーフトップバーに入ろうとする観光客で列をなしていた。ブルックリン・ブリュワリーで並び疲れたので、ワイスホテルはパスすることにした。残念。
そして個人的に思いれがあるのが次に向かった「ラフ・トレード」。もともとはロンドンを拠点にするレコード・CDショップ兼オルタナティブロック系のレーベルである。そのレコードショップのニューヨーク支店がここだ。特に1970年代後半から1980年代前半にかけてのこのレーベルの勢いはすごかった(もちろん後追い)。才能あるアーティストを次々と発掘し、歴史的な名盤に数えられる作品をリリースし続けた。ポップグループ、スミス、スクリッティ・ポリッティ、最近だとリバティーンズ。ラフ・トレードがリリースした企画盤もよく聞いた。店内に流れる音楽やプッシュしている音楽は私好み。今の時代も受け継がれるこのセンス、やっぱ好きだわラフ・トレード。大学時代にCDの貸し借りをした友人用にお土産のトートバッグを購入した。
有名レコードレーベルのNY支店 ラフ・トレード
ここでしか飲めないというディフェンダー
そして日本でも一部高級食材店で取り扱いのある「マスト・ブラザーズ」へ。マスト・ブラザーズはカカオとサトウキビのみを原材料として利用し、すべての工程をショコラティエ作るという「BEAN TO BAR」の徹底的なこだわりのチョコレート・ショップ。店内に入ると甘くてほろ苦いカカオの香りが漂い、チョコレート屋の概念を覆す高級ブティックのような内装とディスプレイに驚く。一枚板チョコが約10ドルという日本では考えられない価格設定にまた驚く。店内では希望すれば試食もできる。私達は板チョコを購入しなかったが代わりに大きめのチョコチップクッキーを購入(4$)。クッキーの甘しょっぱい味は最近のブルックリンのトレンドらしい。近くのデリカテッセンでコーヒーをテイクアウトし、クッキーをちびちび食べ、時折あまじょっぱい口の中へオーガニックコーヒーで流し込んだ。
BEAN TO BARの徹底的なこだわりのチョコレート・ショップ マスト・ブラザーズ
ウィリアムズバーグ橋を歩いて渡り、マンハッタンへ。
この日の夕食はイーストビレッジのKATZへ。KATZはそのあまりにボリューミーなパストラミ・サンドイッチが有名なデリカテッセン。創業は1888年の老舗で店内に入ると沢山の著名人との写真が飾られている。かつては13$程度だったパストラミサンドは、お店自身が名所と化してしまったことと周囲の再開発で地価が高騰してしまったことから今は20$ほどへ値上げ。しかし20$払ってでもそのサンドイッチ食べ応え充分。サンドイッチには巨大なピクルスがつくので女性2名であれば2人でシェアしてちょうどいいくらいであろう。パストラミはおつまみにも抜群なので是非ビールと一緒に注文して楽しんでほしい。
ウィリアムズバーグ橋のたもとにあったパブリックアート
KATZのパストラミサンド
KATZを後にしてホテルへ戻る。あまりに楽しいニューヨーク再訪。ニューヨークは奥が深い。
1月3日
ニューヨーク2日目、朝9時近くに起床し朝食後10時にホテルをでて観光へ。
<ブリックリン・ダンボ地区とマンハッタン>
まず向かったのがダンボ(DUMBO)。ダンボとはDOWN UNDER THE MANHATTAN BRIDGE OVERPASSの頭文字、つまりマンハッタンブリッジ高架下のエリアの通称である。マンハッタン橋のたもとから見えるマンハッタンの高層ビル群の美しい眺望を楽しむために川沿いの公園は多くの人々が訪れていた。かつてはマンハッタンからのアクセスが良さからこの辺りのエリアは倉庫街・工場街として発展した。しかし1970年代後半からニューヨーク近辺での製造業が衰退し始めたのを契機に変貌し始め、廃工場や古い倉庫の外観を利用したギャラリーや飲食店、インテリアショップなどが続々とオープンし今やニューヨークを代表する観光地の一つとなっている。
まずダンボ地区のコーヒーショップ、ブルックリン・ロースティング・カンパニーへ。ここは倉庫を改築したような巨大なサードウェーブコーヒーのカフェ。焙煎所を店内に備え、常に香ばしいコーヒーの香りが漂う。ここでコーヒーを購入して、歩いてマンハッタンブリッジとブルックリンブリッジのたもとに広がる大きな公園、ブルックリン・ブリッジ・パークへ。
ブルックリン・ブリッジ・パークはイーストリバー沿いに広がる開放感溢れる公園である。家族連れや観光客の憩いの場所である。ここからマンハッタンの景色を楽しみ、ブルックリン橋を歩いてマンハッタンへ向かう。
倉庫のようなコーヒーショップ、ブルックリン・ロースティング・カンパニー
ブルックリン ダンボ地区から見るブルックリンブリッジの眺望
ブルックリン・ブリッジ・パーク
ブルックリンブリッジはロウアーマンハッタンとブルックリンのダンボを繋ぐ、世界で初めて鋼鉄製のワイヤーを使った吊り橋。アメリカで最も古い吊り橋の一つで開通は1883年まで遡る。前日にウィリアムズバーグブリッジも渡ったが、ブルックリンブリッジの方が金網が少ないため景色がよく見えた。橋を渡るのであればブルックリンブリッジがオススメ。
眺望のよいブルックリンブリッジは歩いて渡るのが人気
サイクリングロードとしても人気のブルックリンブリッジ
ブルックリンブリッジを渡った後はアメリカ旅行の最後を記念してアメリカらしいところで食べようということでウルフギャングス・ステーキハウスへ。最近東京の六本木にも支店を開いたというニューヨークの有名ステーキ店である。私はリブステーキ・ケイジャン風味をオーダー。サーブされた肉はさすがアメリカだけありスケールが違う。厚切りの熟成肉のカリッとした焼き上がりとジューシーな食感。最後にふさわしい食事だった。
ウルフギャングス・ステーキハウス
トライベッカから見えたカラフルなマンション
トライベッカの街並み
豪快なランチを終えた後、向かったのがマンハッタンの南端のバッテリーパーク。ここから自由の女神像を近くで見るためのフェリーに乗船する。スタテンアイランドフェリーはスタテンアイランドとマンハッタンを往復するフェリー。本来は自由の女神像を見るためのフェリーではなく、公共交通機関のため24時間運行でなんと運賃は無料。自由の女神像が立つリバティアイランドには上陸はしないが自由の女神像やマンハッタンの夜景を気軽に楽しめるとあって観光客に人気だ。間近に見たい方はリバティアイランドに上陸するスタチュー・クルーズやヘリコプターでの遊覧飛行など楽しみ方もいろいろ。
バッテリーパークのリス
無料のスタテンアイランドフェリーからみる自由の女神
フェリーからみるマンハッタン
スタテンアイランドからマンハッタンに戻ってきた我々が向かったのが、トレーダー・ジョーズというスーパーマーケット。明日の夕方にニューヨークを発つのでお土産はこの日中に買っておきたい。トレーダー・ジョーズは前回もニューヨーク滞在の際に訪れたことのあるスーパーマーケットなのだがいつも混んでいる。それもそのはず、扱う商品はオーガニックなものばかり。しかもほぼ自社製造のプライベートブランド。お値段は他のスーパーと比べてかなり据え置きとなっている。もちろん味よい。
お土産を買い揃え、ホテルに戻る。
ホテルにてスーパーで購入したチーズとインスタント麺の夕食。
1月4日
朝8時に起床して朝食とチェックアウトの準備。
この日私は夕方の便で日本に向けて出発する。妻は仕事を辞めてきたのでもう少しアメリカの滞在を楽しんで帰国する予定だ。
チェックアウトし妻は次の宿へ荷物を置いておく間、私はタイムズスクエアへ向かう。
<タイムズスクエア>
タイムズスクエアに何かがあるわけではないのだが、ニューヨークに来たからにはやはり立ち寄りたくなる場所だ。以前ニューヨークに訪れた際は夜でとにかく寒かった。今回訪れた日も同じくらい寒い日だった。昼間にもかかわらずタイムズスクエアは渋谷のスクランブル交差点と新宿東口を合わせてもかなわないくらいのネオンと巨大ビジョンで囲まれており、この一画にいると今が昼なのか夜なのか分からなくなってくる。世界中の企業がタイムズスクエアに店や広告を出したがり、訪れる度に宣伝する企業や出店している店は変わり、ここに来る度に時が流れていることを実感する。
タイムズスクエア駅地下鉄のモザイク
タイムズスクエアは昼でもネオンがまぶしい
妻とはゼイバーズで待ち合わせ。ゼイバーズとはアッパー・ウエスト・サイド店を構える老舗のスーパーマーケットである。昨日トレーダー・ジョーズで買い物をした後トレーダーズに来たのだが営業時間が夜の7時くらいには閉めてしまうらしく、すでにやっていなかったのだ。ここのサーモンが美味しいと評判との口コミをネットで妻が見たらしく行ってみたいらしい。そう言われると食べたくなってきてしまう私ものこのこついて行くことにした。
ゼイバーズの鮮魚コーナーではサーモンの切り身をその場でさばいてくれる。
クォーターパウンドで約10$。クラッカーも買って、ホテルでコーヒーを入れたタンブラーとともにセントラルパークへ移動しピクニックランチ。
とにかく広いセントラルパーク。都会のど真ん中にこれほど巨大な公園をつくるなんてさすが自然が大好きなアメリカ人。日本だったらこんな一等地を公園にするかな?高層ビル群を作り上げるか、巨大なシッピングセンターなどの複合施設をつくりお金が集まるような場所にするだろう。
その後、妻と別れ私はJFK空港へ。無事何事もなくアメリカ旅行を終えたのだった。
(2015年12月 橋本康弘)
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