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今日も旅する!!ファイブスタークラブ世界探検隊

~お客様の代わりにファイブスタークラブ社員が世界中をチェックしてレポートしてきました。~

プロフィール

ニックネーム:
ファイブスタークラブ
居住地:
東京都
会社名:
ファイブスタークラブ
会社英字名:
Five Star Club
会社所在地:
東京都
会社電話番号:
03-3259-1511
業種:
旅行業
自己紹介:
1.全コース1名より催行保証。ツアーキャンセルはありません。(ごく一部のコースを除く)
2.アレンジ自由自在。延泊や減泊、ホテルグレードUP、航空会社指定、何でもできます。
3.基本的に少人数でのツアーで団体旅行のわずらわしさはありません。(ごく一部のコースを除く)
3.遊牧民のゲルにホームステイやサハラ砂漠でキャンプなど、その国でしかできないユニークなオリジナルツアーを企画。
3.毎週土曜日、各方面の専任スタッフが説明会を実施。疑問、質問は何でもどうぞ。(予約制)

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エチオピアの少数民族
リッチなエチオピア〜南北横断の旅〜
エリア:
  • アフリカ>エチオピア>ラリベラ
  • アフリカ>エチオピア>エチオピアその他の都市
テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術 
投稿日:2014/12/19 17:53






NGOなどが宣伝する「アフリカでは●秒に1人の子供が餓死しています」のコピーって功罪あるよな、と感じた今回エチオピアの旅。特にエチオピアに関して詳しい知識はなかったのでなんとなくのイメージで、貧しいのだろうなぁ、ホテル汚いんだろうなぁ、料理大丈夫かなぁ、病気持って帰らないようにしないとなということがまず頭に浮かんだ。

しかしエチオピアの旅行を終えて思ったのは、事前に心配だったことのほとんどが杞憂だったこと。毎日5つ星ホテルに泊まりたいという旅行者の期待には応えられないが、少なくとも最低限のクオリティーはどこの都市のホテルも維持していた。つまり電気があって、ベッドも清潔でホットシャワーもでる位に設備は整っていた。またインジュラを代表するエチオピア料理だが、かつてイタリアが占領していた背景があるからか、パスタは大抵のレストランにあるし、サラダやミネストローネなどの野菜を使った料理も美味しかった。
標高が低くなる南部エチオピアに訪れる場合は事前にマラリアの予防薬を購入しておいたほうがいいのは間違いなのだが、だからこそ一般的な旅行客が踏み入れないまだ知られていないディープな体験ができるというものだ。
様々なネガティブな要因があるが、私が言いたいのはただ一つ、それでもエチオピアは訪れる価値のある国、ということである。

では一体エチオピアのどこにいけばいいの?という人も多いだろう。
一般的なエチオピアなツアーでは歴史深い北部を周遊するツアーに人気がある。「第2のエルサレム」であるラリベラ、ハリウッド映画でも主題になったモーセの十戒を納めたアークがあるアクスム、世界遺産に指定された城のあるゴンダール、ナイル川源流や壁画が美しい修道院のバハルダール。
しかし私は南部を強くお勧めしたい。
北部エチオピアだけではエチオピアの魅力はまだ半分も体験できていない。エチオピアの宗教の約半数はイスラム教や独自の宗教を信仰しており、公用語のアムハラ語はもともと北部アムハラ王朝によって押し付けられた言語とも言えるのだ。
南部、特にエチオピア南部を縦断するグレードリフトバレー(大地溝帯)に面したエリアは沢山の湖に囲まれ、多くの野生生物が住みながらも、厳しい地形と交通事情、それにマラリアに代表される病原体から交易な盛んな北部とは対照的に長年にわたりほかの民族と交わることはなかった。そのため独自の文化をつちかった少数民族が80もいる。中でも下唇に皿をはめ込む習慣をもつムルシ族や、編み上げた髪の毛を赤土で染色しているハマル族などは他の国では決して見ることができないユニークな文化である。北部が歴史の宝庫であるなら、南部は文化の宝庫であると言えよう。南北を訪れなければエチオピアは語れない。

アフリカの中で唯一ヨーロッパ諸国の植民地になることなく、独立国であり続けたエチオピア。エチオピアのもつ文化・歴史の深さたるや他のアフリカの諸国と一線を画している。経済状況は決して豊かとは言えない国ではあるが、エチオピアのもつ歴史や文化を鑑みた時に、経済状況はともかくとして「貧しい」と思う人たちはいるだろうか?

※行程

1日目 エミレーツにて出発
2日目 アジスアベバ着、観光【アジスアベバ泊】
3日目 飛行機でラリベラへ 観光【ラリベラ泊】
4日目 飛行機でアジスアベバへ ズワイ湖経由、ルガーノへ【ルガーノ泊】
5日目 アビヤタ・シャラ国立公園観光、アルバ・ミンチへ【アルバ・ミンチ】
6日目 カイア・ファールのマーケットとアリ族村訪問、ジンカへ【ジンカ】
7日目 ムルシ族の村訪問、その後トゥルミ近くのハマル族の村訪問【トゥルミ】
8日目 ディメカ、ウェイトのマーケット、コンソ族の村訪問【アルバ・ミンチ】
9日目 早朝アジスアベバ空港に向け出発

11月30日

予定時間通りアジスアベバの空港に到着。トイレを我慢していた私はボーディングブリッジを通過したあと空港内のトイレを探す。しかし到着したフロアにはトイレはない。普通、入国審査の手前でトイレはありそうだが一つもなく、さらに入国審査の手前では西アフリカでのエボラ出血熱の流行のためか一人一人に体温検査を行っており、かなり時間がかかりそうだった。空港係員
事情を説明し、出発フロアのトイレで用をたした。
ビザを日本で取得していたため、比較的入国はスムーズだった。ようやく出てきたスーツケースをピックアップし、到着ゲートをくぐるも、待っているはずの係員はいない。ゲート付近で待っている現地の人に「ここの旅行社のスタッフと待ち合わせしているんだけど」というと、その人が現地旅行社の緊急連絡先に連絡してくれることになった。優しいなぁと思ったがやはりチップを請求された。5ドルといったが2ドルで押し切った。私と待ち合わせしているガイドは到着ゲートではなくて、駐車場の入り口待っているらしい。駐車場で待ち合わせなんて到着直後に普通わかるはずない、無事ガイドと合流したあとブーブー文句をいった。彼が言うには空港にはセキュリティーの問題で入れないそうだ。だったら初めから教えて欲しいものである。前途多難なエチオピア上陸だった。

ガイドさんの名前は「ヨナス」。合流の時の印象はあまり良くなかったが、ともに観光するうち流暢な英語を喋るなかなかのナイスガイだと思った。

ヨナスと一緒にアジスアベバの観光。

<アジスアベバ>
エチオピアの玄関 アジスアベバは標高2400mに位置する、ラパス、キトに次いで世界で3番目に高い場所に位置する首都である。アフリカ大陸の中でも有数の大都市であるが、ナイロビやヨハネスブルグなどアフリカの他の都市に比べて騒がしさや忙しさは感じない、アフリカらしいのんびりした雰囲気の漂う都市だ。比較的治安が良く、町歩きが気軽にできるのも嬉しい。東アフリカで最大規模と言われるマーケットや、エチオピアで最も巨大な教会である三位一体教会、美術品や骨董品だけでなく、「人類の祖先」とも言われるアウストラロピテクスの化石(レプリカ)の展示で知られる国立博物館など、様々な角度からエチオピアを知るには最適な街である。

我々が向かったのは「三位一体教会」。
イタリアからアジスアベバを奪還したことを記念に1941年、時の皇帝ハイレ・サラシエにより建立された、エチオピア正教の大聖堂。エチオピア最大の教会ではあるが派手さはなく、シンプルながらも聖書から引用した物語形式のステンドグラスが目を引く。特にエチオピアと縁が深いとされるモーセの描き方が興味深い。
三位一体教会


三位一体教会 ステンドグラス


そして、「国立博物館」。地下1階から地上3階まであらゆるものが展示されている。地下1階は350万年前の「人類の祖先」と呼ばれる「ルーシー」のレプリカなど化石や地層についての展示、1階は歴代の皇帝が使用したとれされる王冠や衣装などの展示、2階は絵画、美術品、3階はエチオピアの民族が使っていたとされる農具やアクセサリーの展示など多岐にわたる。

マーケットにも行く予定だったのだがこの日はちょうど日曜日であいにくやってなかった。
ホテルに向かう途中、「コーヒーセレモニー」を見学するために地元のお茶屋さんへ。
「コーヒーセレモニー」と字面にすると少し大げさだが、エチオピアの人々が客人をもてなすためコーヒーを淹れる一連の流れのことである。それも豆を炒るところから始めるので、室内は香ばしい香りに包まれ、見ているだけで今か今かと出来立てのコーヒーへの期待感が高まる。うやうやしく注がれたコーヒーの味はエスプレッソ。初めは「うわ、濃い!」思ったが飲んでいくうちにやみつきになる。2杯目は砂糖をたっぷり入れていただいた。甘さ苦さが交互にやってくる。ガイドのヨナスさんが「頭が冴えていく感じがするでしょ」という。なるほどこれは効く。エチオピアのコーヒーがこれだけうまければさすがに、コーヒー大国になるのも納得。濃い目なのは、かつてイタリアの占領下だったからだろうか。
コーヒーセレモニー コーヒーを淹れるのは女性の仕事


ローストしたコーヒー豆


コーヒーを楽しんだあとはホテルにチェックイン。
この日のホテルはアドトティナ。

<アドトティナ ADOT TINA >
アジスアベバの中心部に近い立地の3星ホテル。周辺には地元の商店やレストランが数多い。ホテルは比較的清潔で、日本人でも安心して泊まれるレベル。スタッフはフレンドリーに感じた。室内には冷蔵庫、セーフティーボックス、スリッパ、ドライヤーあり。無料のWIFIも利用可能。バスタブ、エアコンはない。
アドトティナのお部屋


少し休憩してから、夕食に出発。市内の民族音楽と舞踊を見られるレストランで。
ガイドさんオススメの色んなトッピングが乗ったインジュラとタジを注文。インジュラとはエチオピアの主食であるイネ科の植物の粉で作った発酵させたクレープのような食べ物である。その灰色でプツプツとでこぼこのある見た目と酸味のある味から、日本人バックパッカーの間では「ゲロ雑巾」という非常な不名誉な名前を頂戴している。タジはハチミツワインのこと。とても甘くてジュースのように飲めてしまうが、中にはお腹を壊してしまう人もいるようなので飲みすぎ注意。
インジュラに関しては事前情報でまずいことは知っていたのだが、食べてみたら思ったより美味しい。それでも食べ続けるとやはり酸っぱさが口の中に溢れ出し辛くなる。インジュラを一晩食べ続けた結果としては、「やっぱりインジュラはまずい!」ということだ。
まさに雑巾!


民族音楽と舞踊は大変楽しめた。
演歌との共通点を指摘されるエチオピア民謡ではこぶしを効かせていたし、演歌と思いきやまるでポストパンクのようなつんのめったビートを入れてくるあたりがさすがにエチオピア。めちゃプリミティブ&ファンキー。イアン・カーティスばりの痙攣ダンスも観られたし(いや、イアン・カーティスが真似ているのか)、言うことなし。
熱唱


12月1日

7時半のラリベラ行きの飛行機に乗るため、朝5時に起床し5:45にチェックアウト。朝食は簡単なものを部屋に運んでもらった。

アジスアベバの空港にはものの10分で到着。
出発までかなり余裕があるなぁと思ったがかなりセキュリティーが厳重。まず空港に入る前に全ての荷物チェック、長い列にならんでチェックインしてからも、搭乗口手前で再度手荷物検査があった。

ラリベラ行きの飛行機は
アジスアベバ→ゴンダール→ラリベラ→アクスム
と、まるでバスのように何度も途中経由するので注意。

ラリベラ空港は荒野の真っ只中にある壮大な空港だった。
小さな空港なので荷物は各自ピックアップ。空港では旅行会社のデスクが並んでおり、お願いしている旅行社のスタッフと無事合流。
荒野の中の空港


ガイドさんの名前は「ヨセフ」。綺麗な英語を喋る男性だった。
我々がまず向かったのはホテル。どうやらラリベラではお昼の時間は教会が閉まって見れないから、それまでホテルで昼食を取って、休んで欲しいとのことだった。スペインのシエスタみたいだな。

<ロハホテル LOHA HOTEL>
空港からラリベラの町へ向かう途中は、こんな荒れ果てた場所にホテルなんてあるのかしら、なんて思ったが全く杞憂だった。ラリベラの町に幾つかあるホテルの中でも立派な大型ホテル。ホテル内はエチオピアの民族の伝統デザインを取り入れたようなおしゃれな感じ。室内はバスタブ、扇風機あり。冷蔵庫、セーフティーボックス、スリッパ、ドライヤーはない。WIFIはロビーなどの共有スペースのみ。周囲には売店もあり便利。
ロハホテルのお部屋


チェックインしたあとはホテルに荷物を置いて町をぶらつく。
町をでは新しい道路を作ろうと、村人総出?と思うくらいたくさんの老若男女が働いていた。あとからガイドさんに聞いたことによるとクリスマスになるとエチオピア国中からこのラリベラに信者達が押し寄せるらしい(ティムカット)。それまでに間に合わせてないといけないから皆必死だそうだ。大人たちが働いている脇で、それを見ている子供達。子供に写真を取っていいかと聞くと、照れながらもたくさんの応じてくれた。写真に気軽に応じてくれる子供や人々がいる町は、私の経験から間違いなくいい町である。
砂利の上の子供


坊や


キッズ


オバマの影響がこんなところに


昼ご飯はロハホテルのレストランで、トマトスープとカツレツを頂く。インジュラしか食べるものがないと思っていたので少し憂鬱だったが、この日のランチは美味しかった。ビールはサンジョルジュをいただいた。初めて飲んだエチオピアビールは、噂に聞いていたがやはり美味しい。25ブル、約130円、ホテルのレストランでこの料金は安い。
エチオピアの代表的なビール


14:00にガイドのヨセフと合流。ラリベラの岩窟教会へいざ出発。

<ラリベラの岩窟教会群>
標高2600mの人口2万人程度の、このラリベラを世界的に有名にしたのが12世紀に造られた岩窟教会群である。12世紀ザクウェ朝の王ラリベラが自身の故郷であるロハに遷都を命じ、都の名を王の名前であるラリベラと名付けた。王はイスラム教徒に占領されたエルサレムへの巡礼が困難となったためラリベラを第2のエルサレムにすることを試みる。そのため、あらゆる建物や地名がエルサレムとゆかりが深いものになっている。ヨルダン川と呼ばれる細い水路やベツレヘムと名付けられた岩屋、さらには岩窟教会の中にはゴルゴタという名を持つ教会があり、そこに眠るには王自身であるという。中でも興味深いのは巨大な一枚岩を十字架の形に掘り抜かれた聖ギオルギス教会。教会自体がノアの箱舟のモチーフとなっており、そばにはアララト山を模した岩の盛り上がりまである。内部には精緻な彫刻で装飾されており、エチオピア最大の見所といっても過言ではない。

この日はまずヨルダン川の北西に広がる第一グループを見学した。
入場券を購入してまず訪れたのが「聖救世主教会」。
教会群の中でも最大規模だそうだ。内部は信者からの寄付というイコンや、アブラハム、イサク、ヤコブの墓が安置されている。
「聖十字架教会」は最も小さな教会。司祭が恭しく十字架を見せてくれた。
「聖処女教会」。聖ギオルギスのイコンが描かれた布が安置されている。
「聖マリア教会」、岩窟教会の中で最も歴史がある教会。人類の発祥と終末が描かれた壁画やフレスコ画がある。
「聖ミカエル教会」「聖ゴルゴタ教会」は同じ建物内にある。ラリベラ王が眠るゴルゴタ教会は女人禁制らしい。

最後にこの日のハイライトである「聖ギオルギス教会」へ。岩場の道を歩くこと5分、切り立った崖の眺望が見事な場所に聖ギオルギス教会はあった。まずは岩場の上から記念撮影。その次はぐるっと一周歩く。近づけば近づくほどその精巧さに目を見張る。教会の入り口まで降りてからも、天に向かってそそり立つその姿からその優雅さや尊さは一層ますばかりだ。
十字架の形だからか内部は思ったよりも狭く感じた。司祭に写真をとってもいいかときくと、サングラスをおもむろに取り出した。(司祭の中にはカメラのフラッシュを嫌がる人もいるので必ず断りを入れてから撮影しよう。)サングラスをかけた司祭の姿が何だか面白くて何度もシャッターをきった。夢中になっている内に、ひざをついてしまいった。洞窟教会内部はダニやノミの温床になっており、ひざをついたりしないようにガイドブックに書いてあったのだ。(ガイドさんに聞いたところによると今は掃除もちゃんとしており、ガイドブックに書かれているほどそこまで汚くはないのだそうだ。)
教会内には靴を脱いで上がるため、靴下は汚れる。いらない靴下や脱ぎ着しやすい靴(ただし岩場を歩くので滑りにくいもの)を持ってくれば便利だと感じた。
聖十字架教会


聖ギオルギス教会


聖ギオルギス教会の近くで寝そべる子供


ロハホテルへはガイドさんと歩いて帰った。
夕食は同じくロハホテルの中で、メニューは昼とメインディッシュ以外はほとんど一緒だったが美味だった。

12月2日

朝7時にホテルをチェックアウトして出発。

<ラリベラの岩窟教会群>*第ニグループ
この日はアジスアベバに戻る前に岩窟教会群の第二グループを訪ねる。第二グループは第一グループよりも広範囲にわたっており、狭い洞窟の道や岩間をすり抜け、赤土の急な傾斜の狭い階段を昇り降りする。

最初に訪れたのは「聖ガブリエル教会」「聖ラファエル教会」。この2つの教会は内部で繋がっている。かつてラリベラ王の宮殿であり、その後教会になった。
「ベツレヘム」と名付けられた岩屋を後にし、頭が当たりそうなほど細長いトンネルを抜けると「聖マルコリオス教会」に到着。この教会はラリベラの岩窟教会の中で2番目の大きさを誇る。
そして足場の悪い細い道や狭い階段を越えると姿をあらわすのが「聖エマニュエル教会」。第二グループの中では唯一の掘り抜かれた形の教会。第二グループの中で最も美しいとされ「天国の教会」とも呼ばれる。最後に訪問したのが「アバ・リバノス教会」。ラリベラで一番小さな教会で、聖ギオルギス教会の次いで新しい教会だそうだ。ラリベラ王が妻のマスカル・クベラのために建立したと言われている。
聖ガブリエル教会


厳しい岩場に囲まれたラリベラの岩窟教会群 第2グループ


岩場を行く修道僧


聖エマニュエル教会


教会を一通り鑑賞したあとはガイドのヨセフさんと町中でお別れ。私はドライバーとともに空港を目指す。途中、切り立った崖のビューポイントで写真をとった。
荒野が続く ラリベラ空港付近


この日のラリベラ→アジスアベバは直行便だったので1時間ほどで到着。
アジスアベバの空港では例によって、ガイドがすぐに見つからない。駐車場までいって探し回ったがいないので途方に暮れていると、私の名前を書いたボードをもった人がいることを発見。私は怒り気味に「もっと目立つようにボードをもってよ、見つける気あるの」と詰め寄る。ガイドは困惑したように「申し訳ない」という。これが普通なのだろうがエチオピアのミーティングは慣れない。

ガイドの名前はビニさん。アジスアベバ出身のガイドさんだ。出会いは最悪だがとてもよい、これまでのガイドの中ではベスト5に入れたいほどよい方だった。

まずアジスアベバで昼食を食べる予定だったがまだ時刻は11時で、機内食で軽食もでたのでお腹は減っていない。そこで途中のレストランで食べさせてもらうことにした。
アジスアベバから目指すのはランガーノという村。アジスアベバから南に200キロ弱、約3時間の距離だ。

アジスアベバを出発して1時間、「DREAM LAND」というホテルのレストランにて昼食。ツナサラダとミートソースのスパゲッティを食べる。ツナサラダは美味しかった。スパゲッティはアルデンテではなかった。もしイタリア統治の歴史がもっと長かったらインジュラはこの世から葬り去られ、代わりにアルデンテのパスタやピザが取って代わっていたかも知れない、なんてことを考えた。

昼食の後は村の薬局にて蚊除けの塗り薬を購入。日本を出発する前に、マラリア対策に虫除けスプレーを買おうとしたのだがあまり日本のものは効き目が強くなさそうなので、現地で買うことにしたのだ。エチオピアにはスプレータイプの虫除けはないらしく塗り薬だった。成分は特に記載がないのだが、ガイドさんも買っていたので多分信頼の置ける製品なのだろう。価格は20ブル、約100円。

さらに車を走らせ、ズワイ湖に到着。ズワイ湖は海抜1638mという高地にある淡水湖。その広さは440㎢という横浜市なみの大きさ。湖では漁業が行われており、沢山の漁船を見ることが出来る。漁師たちが捨てる魚を目当てに沢山の鳥がこのズワイ湖に集まってくる。ペリカンを始めとして、シュモクドリ、アフリカハゲコウ、シラサギ、エジプシャングースなど多種多様な鳥たちが餌を求めて群がる。漁村の子供達は売り物の魚を湖で洗っていた。またウェディング姿のカップルが写真撮影をしに来ていた。九寨溝でもこんな風景みたな。
漁師が捨てる魚を目当てに沢山の鳥がズワイ湖に集まる


ズワイ湖で魚を洗う子供たち


ズワイ湖で魚を洗う子供


記念写真スポットだった


ズワイ湖から今日の目的地であるランガーノへ。エチオピア音楽を聴きながら移動。演歌に似ていると言われるエチオピア音楽だが、しばらく聞いていると演歌との違いもわかってきた。似ているのはこぶしや親しみやすいメロディ部分。ほかの部分はコード感というよりも黒人音楽、ジャズやヒップホップなどのパーカッションが前にでた強いリズム感がある。演歌より好きかも。

ズワイ湖から約1時間、この日のホテル、ランガーノ・サバナ・ロッジに到着。

<ランガーノ•サバナ•ロッジ Sabana Beach Resort>
ランガーノ村の舗装されていない脇道を進むこと10数分。こんな田舎であることを見まがうような瀟洒なホテルが現れる。入り口には門番がおり、敷地には小綺麗に管理された草花や庭園がホテルに彩りを添え、 ホテルのビューポイントからは巨大なランガーノ湖が見わたせる。これまでのエチオピアのホテルのイメージが覆るようなまるでどこかの南の島のリゾートホテルのようだ。全室1棟1室のロッジのため、プライベート感があるのが嬉しい。室内はシンプルながら温かみのあるデザイン。バスタブ、ミニバー、エアコン、ドライヤー、スリッパはない。WIFIは無料でレストランなどの共有スペースのみ利用可能。また真夜中から早朝にかけては電気が一切使えなくなるが、非常灯がいくつかあるので普通に過ごす分にはなんら問題ない。
ランガーノ•サバナ•ロッジ


ランガーノ湖が見渡せる


この日はお腹が減たなかったので夕食をパスして就寝。マラリアの薬の副作用だと思われる。

12月3日

朝8時にホテルをチェックアウトして出発。昨日の夜はマラリアの薬の影響か、お腹の張りがおさまらず食欲もなかったが朝になるとびっくりするほど消えていた。

この日は約300キロ離れた南の大都市、アルバ・ミンチを目指す。
車を走らせること約20分。まず到着したのはアビヤタ・シャラ国立公園。

<アビヤタ・シャラ国立公園>
約880㎢の敷地内の約半分をアビヤタ湖とシャラ湖という巨大な湖が占めている。観光のメインはウォーキングサファリ。ガゼルやイノシシ、ダチョウ、ほろほろ鳥、アカシカなど多種多様な動物や鳥たちが生息している。1時間ほどウォーキングサファリを楽しんだ後は、公園内の高台に車で移動して、シャラ湖とアビヤタ湖が広がる広大なサバンナを見おろす。ここから見ると米粒みたいな大きさのイノシシやガゼル達が草をはむ様子が見ることができた。何より驚くべきなのは国立公園内には人々が普通に暮らしていること。観光客である我々を見つけるやいなや現地の子供たちが寄ってきた。ケニアやタンザニアのサファリと比べると物足りないことは確かだが、エチオピアのサファリはまたそれとは違って楽しめた。
アビヤタ・シャラ国立公園 ダチョウに接近


高台からアビヤタ湖とシャラ湖の景色


国立公園に住む子供が崖を這い上がってきた


這い上がってきた子供たち


アビヤタ・シャラ国立公園を後にし、約3時間。ソドという町にてランチをとる。この辺りはイスラム教徒の人々が多いようで頭にヒシャブで覆う人をよく見かけた。
会計の時にお釣りの30ブルが10ブル札3枚できたのだが、最後の1枚が大変汚く持ち歩きたくないのでチップとして汚い10ブル札を置いておいた。これは店側の作戦かも知れない。ほかの店でもたまにあった。

ソドの町を越えて、車を走らせること約3時間、ようやくアルバ・ミンチに到着。

<アルバ・ミンチ>
アバヤ湖とチャモ湖の巨大な湖に挟まれたエチオピア南部の都市。アルバは40、ミンチは泉を意味する通り、沢山の泉をもつ町である。コンソ族や、ムルシ族など少数民族の村への基点となるため、観光客向けのホテルやレストランも充実している。なおアルバ・ミンチは標高1800mとほかの都市と比べて低地でマラリア感染の可能性があるため、訪れる際は予め予防薬を持参しよう。
アバヤ湖にいた男性


アルバ・ミンチのホテル、モラ・ハイト・ロッジ MORA HEIGHT LODGEに到着

<モラ・ハイト・ロッジ MORA HEIGHT LODGE>
アルバ・ミンチの町のはずれに位置する3つ星程度のホテル。名前の通り高台に位置しているためエチオピアの雄大なグレートリフトバレー(大地溝帯)のパノラマを楽しめる。ホテルは幾つかの建物に分かれており、私が宿泊したのは6部屋が1棟2階建ての建物に収容されている内の1部屋。部屋は至極シンプルで、ドライヤーはもちろんセーフティーボックスや冷蔵庫、エアコンもない。サンダルはある。ベッドには蚊帳が備え付けられている。無料のWIFIはレストランのみ。室内はつかえない。速度は大変遅い。また電気は深夜から早朝にかけて使えないので注意。
モラ・ハイト・ロッジ のレストランからの眺め


モラ・ハイト・ロッジ MORA HEIGHT LODGE


夕食はガイドのビニさんと町のレストランに繰り出す。レストランは電気代の節約のためか非常に薄暗い。このレストランでは生ビールが飲めたのが嬉しかった。またエチオピア到着して以来3日ぶりにインジュラを食べる。うん、やはりまずい。まずさを確認したあとはホテルに戻り眠りについた。

12月4日

朝8時半にホテルをチェックアウトして、出発。
この日は約260キロ離れた町であるジンカを目指す。ジンカはアリ族が多く住む町でムルシ族などユニークな少数民族の村に近い町である。

出発して約2時間、到着したのはコンソという町。この付近はコンソ族が多く住むエリアである。
コンソの町のレストランにてコーヒーブレイクをとる。レストランには昼からビールを飲む人も多数。ガイドのビニさんに、エチオピア人は昼からビールを飲むの?と聞くと普通は飲まない、昼に飲むと眠たくなるから、との答えだった。日本と同じだ。上野のアメ横では飲んでいる人はいるがあまり一般的ではない。レストランでは3人のエチオピア美人がビールを飲んでいたので一緒に写真を撮ってもらう。エチオピアは同じアフリカのケニアや南部アフリカと比べて美人が多い気がする。
コンソの街への移動中、バナナプランテーションがあり車の中でもバナナ売りが駆け寄ってくる


昼からビールを飲んでいたエチオピア女性


エチオピア美人


コーヒーを飲んだ後は、この日がちょうど木曜日でコンソのマーケットが開かれている曜日だったので予定になかったが寄らせてもらうことに。コンソのマーケットで売られているものは衣服などの日用品や野菜に果物、アラックという自家製のテキーラのようなお酒が売られていた。中には中国製のソーラーパネルなど怪しげなものもあった。私は前から気になっていたサッカーエチオピア代表のユニフォームを80ブルで購入(約400円)。
コンソのマーケットでコンソ族の民族衣装を作っていた


アラックをうるおばあちゃん


コンソの町を後にして雄大なグレートリフトバレーの景色の中、車を走らせること1時間半。
到着したのはカイア・ファールという村の近くのホテル。このホテルで今日のランチをとる。
ランチは昨日宿泊したホテルでオーダーしたサンドイッチ。この周辺はローカル過ぎて外国人観光客の舌にあう食べ物はないそうなので、ガイドさんがホテルに注文してくれたのだ。このホテルでは飲み物だけをオーダーした。ちょっと驚くのがエチオピアではど田舎と思われるこういったレストランでも大抵の飲み物が冷えているのだ。夜になると大抵のお店が電気代の節約のために店内を薄暗くしているのに飲み物は常に冷えている状態で、エチオピアの太陽がジリジリと照らす暑い日中にキンキンに冷えたビールが飲めるのは日本人にとっては大変ありがたい。

ランチをとった後、カイア・ファールのマーケットへ。

<カイア・ファールのマーケット>
毎週木曜日にカイア・ファールにて開かれるこのマーケットでは、バンナ族とツェマイ族が買い物をしている様子を見ることができる。売られているものは衣服に野菜、果物、穀物など他のマーケットとそれほど違わないが少数民族達が思い思いに買い物を楽しんでいる様子や、商売を行っている様子は見ているだけで楽しい。バンナ族の女性は赤土で染め上げた髪を編み込み、男性は前髪と頭の半分から後ろの部分は髪を残し、大半は髪を剃っている。ツェマイ族は貝殻やビーズのアクセサリーや動物の皮から作った腰巻が特徴的だ。
バンナ族の女性


アラックをうるおばあちゃん


バンナ族の女の子と


バンナ族の男性


お洒落な髪形はバンナ族の伝統


なお写真撮影はすべて交渉制で、写真1枚で5ブルが平均。2人、3人を1枚の写真に収める場合は各1人に対して5ブルを支払う。特定の人物にフォーカスしない風景の写真は支払う必要はない。

カイア・ファールのマーケットを楽しんだあとは近くの喫茶店でコーラを飲む。
マーケット近くのレストランでシールを貼らせてもらった


ここから更に1時間、到着したのはアリ族の村。

<アリ族の村>
ジンカの町のほど近いアリ族の村では、アリ族の実際の暮らしを見せてもらうことができる。3500人ものアリ族が住むというこの村では、特徴的な住居での暮らしや、農業や畜産で自給自足の生活をしている様子を見学できる。またインジュラや自家製テキーラのアラックのほか土器、鉄器(ナイフや鎌など)を作る様子のデモンストレーションを行っている。特にインジュラの作り方は面白い。鉄で出来た平らなフライパンを焚き火で高温に熱し、オイルを満遍なく塗ったあと、テフの粉を水で溶いたインジュラの液体をそのフライパンに外側から渦巻くように流しこむ。蓋をして数分で焼きあがる。片面しか焼かないため、焼きたてのインジュラは外側カリッと中はしっとりした食感が楽しめる。インジュラの表面のプツプツは高温で片側だけを焼き上げるから出てくる気泡なのだと理解した。
インジュラを焼いて見せてくれる


インジュラを焼いてくれあTアリ族の女の子


バナナってこうやってなるんですね


親に甘える子供


アリ族の村を離れこの日のホテル、ジンカリゾートホテルに向かう。

<ジンカリゾートホテル JINKA RESORT>
ジンカの町中にある中級ホテル。ジンカの中ではおそらく最もよいホテル、しかし一般的な基準からいうと星は2つ。リゾートという名前だが広々としている以外に特にリゾートっぽい設備はない。ホテルの部屋は幾つかの棟に点在して分かれている。室内は広々としているが備付の家具などは古さを感じ、壊れているものもある。エアコン、冷蔵庫、バスタブ、セーフティーボックスはない。サンダルはある。WIFIはレセプション付近も含めて全く使えない。ホテルのクオリティーに比べてレストランで食べたパスタがアジスアベバで食べたものよりも美味しく驚いた。
ジンカリゾートホテルのお部屋


このホテルのレストランではパスタがおいしかった


夕食のあとは町のバーでガイドさんとお酒を飲んで就寝。

12月5日

朝8時にホテルをチェックアウト。この日は午前中ムルシ族の村に訪れ、午後はトゥルミというケニアとの国境近くの町のホテルにチェックインし、ハマル族の村を観光する。

ムルシ族への村に行く時の決まりとして、部族の言葉を理解するローカルガイドと国立公園を通過するためのレンジャーを雇わなければならない。通過するマゴ国立公園はあまり動物に出会うことはないのだが。

<ムルシ族の村>
南部の小さな町ジンカから約70キロ、ここに下唇や両耳に土器のお皿をはめ込むという、少数民族の宝庫であるエチオピアの中でも極めてユニークな文化をもつムルシ族の村がある。このお皿が大きければ大きいほど美しいとされ、妙齢の女性達が競って大きなお皿をはめ込んだ姿を披露してくれる。中には腕や背中に熱した金属を当ててつくった皮膚の盛り上がりの模様をもつ女性もいる。「お洒落は我慢」という言葉が日本にもあるが、ちょっと我々には想像を絶する世界だ。男性はというと顔や身体にペイントを施し、強さを競うために使われる木刀のようなものを持ち勇ましさをアピール。ムルシ族の村では彼らの伝統的な住居や食生活などを垣間見ることができ興味深い。














ムルシ族の村も他のマーケットや少数民族の村と同様で写真1枚につき1人に対して5ブルを支払うのがルールになっている。

ムルシ族を後にして、ジンカに戻り、アリ族のマーケットを訪問。
アリ族のマーケットは毎日行われている。売り物は他のマーケットと同じく、衣服や食べ物などの日用品が主である。アリ族は特に変わった服装や特徴がないので、ムルシ族をみた後だとどの人も特に普通の人のように見えてくる。

ジンカリゾートホテルに戻り昼食をとる。
ジンカのホテルでは昨日のホテルと同じくパスタを注文。昨日はツナパスタだったので今度はボロネーゼにした。具がツナからひき肉に変わっただけだがやはり美味しい。

昼食のあと、トゥルミへ移動。トゥルミはケニア国境そばの標高1200mの小さな町で、近くにハマル族のという少数民族の村がある。115キロ程度の道のりだが悪路のため約3時間かかった。

<トゥルミ・ブスカ・ロッジ TURMI BUSKA LODGE>
トゥルミの町の外れにある、外国人観光客のためのホテル。伝統的なデザインを取り入れており好感が持てる。一般的なホテルの基準からいうと2つ星程度だがベッドは清潔で、トイレは水洗、ホットシャワーもでるのでエチオピアの一般的な水準から考えれば十分な設備が整っていると言えるだろう。室内には蚊帳付きのベッドやシャワー、トイレ、洗面台があるだけのシンプルなつくり。もちろんミニバー、ドライヤー、バスタブやセーフティーボックスはない。WIFIどころか、ガイドさんによると携帯の電波すらなかなか入らないそうだ。
トゥルミ・ブスカ・ロッジ のお部屋


トゥルミのホテルから車を走ること約20分。到着したのはハマル族の村。

<ハマル族の村>
エチオピアの少数民族の中でもユニークさで目を引くのが、ムルシ族とこのハマル族だ。ハマル族は赤土で編み込んだ髪を染め上げるヘアスタイルからバンナ族と似ているが、バンナ族と比べて装飾がお洒落で、またそのアクセサリーでその人がどういった人なのかが区別できるという。例えば一夫多妻を認めているハマル族の既婚女性のネックレスは、喉元に突起があるかないかで、第1夫人かそうでないかが見て取れる。また男性は頭皮の半分まで刈り上げたヘアスタイルに着色した粘土や、鳥の羽などでデコレートしている。他の部族よりも羊を食物、衣服として重宝しており、ハマル族の村では羊の肉を焼く姿や、民家の中では羊の皮のカーペットや洋服を見ることができた。この日は明日ブルジャンプ(若い男性が牛の背中を渡る成人の儀式)のため村ではセレモニーが開かれていた。






明日はブルジャンプの日


ハマル族も他の民族と同様、写真は有料で許可制になっている。
写真を盗み撮りしようとすると怒り出す人もいる。うまく撮るコツは現地語をガイドさんのから教えてもらってローカルの言葉で挨拶すること。そうすると硬い表情の彼らもフレンドリーな笑顔で写真に応じてくれるだろう。

ハマル族の村を後にして、ホテルに戻り夕食をとった。

12月6日
朝8時にトゥルミのホテルを出発。
この日はアルバ・ミンチへ向かう途中、ウェイトのマーケットとコンソ族の村を訪れる予定だ。

この日は土曜日で丁度、ディメカのマーケットが開かれている、とのことだったのでガイドさんの厚意で連れてってもらうことに。

<ディメカDIMEKAマーケット>
トゥルミから約1時間、毎週土曜に開かれているマーケット。このマーケットの特色は訪れる大半がハマル族だということ。彼らが主に家畜として育てている羊のマーケットや果物にタバコ、野菜やソルガムなどハマル族の生活の必需品であろう品が売られている。マーケットの所々には酒場があり、地ビールを売っていた。マーケットが終わりになると業者達が一杯やるために酒場に集まり夕方頃には大変賑やかになるらしい。缶詰の空き缶をグラスの代わりなのも面白い。
地ビールをのむ女性


あ〜おいしい


建物の前の木の棒が居酒屋の目印


ディメカのマーケットから更に1時間半、到着したのはウェイトにあるツェマイ族のマーケット。

<ウェイトWEITOのマーケット>
ウェイトのマーケットに訪れるお客や業者達がほとんどツェマイ族である。貝殻やビーズのネックレスやリストバンドがカラフルでお洒落。髪を編み込んで赤土で染めている人もいる。中でも特徴的なのは顔にタトゥーを入れている女性も多いこと。日本人の我々から見ると大変痛そうな文化だが、ツェマイ族では強さと美しさの象徴なのである。マーケットでは衣服や野菜、果物、穀物などの他に牛やロバ、羊などの家畜の販売所まであり、見て歩くだけでも面白い。
顔にタトゥーを入れているツェマイ族の女性


笑顔をみせたツェマイ族の女性


地ビールを飲むツェマイ族の女性


ウェイトのマーケットを後にして約1時間半、コンソの町のホテルでランチ。
ミートソーススパゲッティを食べる。うん、間違いない美味しさ。
ミートソーススパゲッティ


次に訪れたのがコンソ族の村。コンソ族の村へはローカルガイドを雇ってから向かう決まりになっている。

<コンソ族の村>
石垣に囲まれた藁葺き屋根の家と、眼下に広がるテラスが見事なコンソの村。コンソの景観は世界遺産にも指定されている。他の少数民族の村よりも、都市の町づくりに近くなっている点が興味深い。他人の家との区別がしっかりしており、家の所有者の敷地は石で組まれた塀で囲まれ他人から見えないような造りになっている。集会所が村の中に数カ所存在し、ここで村の話し合いなどが行われる。またお祭りの時などに使われるという小さなグラウンドにはやや大きめの石があり、この石を持ち上げられれば一人前の男性として認められる成人の儀式に使われる石が置かれている。持ち上げられればコンソ族の女性と結婚できるかも?私はチャレンジしたがおもく持ち上げられなかった。同行したコンソ族の男性ガイドはさすがに既婚者だけあって持ち上げていた。さすがである。
伝統的な住居


成人の儀式に使われる石 かなり重い


コンソ族のガイドさんは軽々と持ち上げた


コンソから約2時間、本日の宿泊場所アルバ・ミンチに戻ってきた。
宿泊は前回と同じく、モラ・ハイト・ロッジ MORA HEIGHT LODGE。
2度目の宿泊の今回は、グレートリフトバレー(大地溝帯)の景観が楽しめる部屋にしてくれた。
ジンカ、トゥルミともWIFIが繋がらないホテルだったのでようやくネットができるぞ、と思ったがこの日のホテルのレストランはWIFIが調子悪いようで繋がらなかった。


コンソからアルバ・ミンチに向かう途中に出会った若者たち


夜はホテルのレストランでハンバーガーを食べた。

12月7日

ついにエチオピア最終日となったこの日、アルバ・ミンチからアジスアベバへ向かう。
14:00のチェックインに合わせてアルバ・ミンチを出るのは朝5:30。
4:30に起きて準備はするものの以前紹介した通りこのモラ・ハイト・ロッジは深夜から早朝にかけて電気は使えなくなっている。iPhoneの明かりだけで準備したのだがこの懐中電灯もない部屋でもしiPhoneも無かったらどうやって準備できただろう。その後レストランでオーダーしていた朝食を受け取り出発。

アルバ・ミンチからアジスアベバは休憩時間を入れると約7時間の道のり。
次々と見渡す限りのバナナ農園やテフ畑の風景が目の前を過ぎ去っていく。流れる景色の中、美しいペイントを施したハラバ族の住居を車窓から楽しんだ。

途中、朝食とコーヒーブレイクのための2度休憩をとる。
コーヒーブレイクのために立ち寄ったお茶屋さんでは小さな子供が私のカメラで撮られるのが面白いようで自分が映るカメラのモニターを見てケラケラと笑っているのをみて、まともな子供だと安心した。

南部の少数民族ではまだお金の使い方も知らないような小さい子供まで写真を撮られることにお金を請求する。これはツーリスト産業の発展した結果なのだろうか。ガイドさんは子供にとってあまり良くないことだと言っていた。子供が子供らしくいて欲しいのは外部の人間からしたら勝手なエゴなのかもしれない。私が思うに少数民族の子供の本心はお金を別にして、写真を撮られたがっているように感じた。エチオピアの人々は比較的自分が撮られることが好きなようで、ガイドさんは自撮りを携帯の壁紙にしているし、写真をお願いするとエチオピアの女性は恥ずかしがる人が多いが男性は男前にポーズを決める人もいる。少数民族の子供たちは照れ隠しや親の教えの為にお金を請求しているのだろうけど、本心通りに振る舞うのが一番可愛いんだけどな。

お金を払って写真を撮る旅行者/お金をもらってモデルになる少数民族の人、という構図は成り立っているようにみえるのだが実はあまり良い結果をもたらしていないように感じた。旅行者は写真に写るすべての人にお金を払わなくてはならないので、一回一回のショットに神経を使うしどうしても大勢の写真でなく一人一人の写真になり、旅行中の写真というよりもまるでモデルの撮影会にように不自然で、撮られる側も硬い表情になる。またモデルもモデルで事前交渉したのに関わらず、撮影中ブスッとした表情だったり、もっと高い料金を請求することも度々ある。盗み撮りでもしようなら小石を投げられることもある。楽しい旅行中の写真がビジネス写真になってしまうのはエチオピア旅行中、唯一残念だなと思ったことだ。

午後1時頃にアジスアベバに到着し、市内のレストランへ。アジスアベバで最後に食べたのはやはりスパゲッティ。インジュラ?ガイドさんに分けてもらった一口で私の最後のインジュラは十分です。
昼食後、現地の旅行社の方に挨拶をして空港へ向かう。
南エチオピアを6日間に一緒に旅したビニさんとの最後に別は切なかった。言葉にするとありきたりだが本当に素晴らしいガイドだった。

エミレーツ航空に無事チェックインし帰国の途についた。
コーヒー休憩した時の子供 人懐っこい


おじさんも人懐っこい


今回一緒に旅したガイド ビニさん


今回一緒に旅したドライバー エルメさん


〜毎度おなじみ?おまけ情報〜

お金:日本円からはほとんど両替ができなかったので米ドルをもっていき、現地通貨であるブルに両替するのが一番よい。ビールは日本円に換算すると100円くらいで飲める。あとは使い方や訪問地によるのだが、飲み物代金や多少の土産モノを含めて5000円以内で10日間過ごせた。(チップ別)
服装:北部は標高が高いので冷えることが多い。南部は日中暑いのだがマラリア予防には長袖がおすすめ。
エチオピア人:まじめ。あまり騙さない。陽気。自分の仕事にはプライドをもっているのでお金はきっちり受け取る印象。
言葉:アムラハ語だが、ガイドさんや観光業に従事する人は英語が大抵上手。
治安:油断は禁物だが非常によい。そもそも夜ともなるとまっくらになるので出かける気すら起きない。
WIFI :ジンカとトゥルミはホテルにWIFIはない。あったとしてもいずれの都市もスピードは大変遅い。

お勧め度
★★★★★L 『一生に一度は行ってみたい、スーパーおすすめの旅先』
ムルシ族・ハマル族などエチオピア南部の少数民族
度肝を抜くルックスと自分の常識とは全く異なる原始の世界がこの21世紀に存在していることに仰天。ケニアではマサイ族を見たが、それともくらべものにならないほど興味深かった。

★★★★★ 『ぜひ行ってみたい旅先』
ラリベラ
第2のエルサレム。聖ギオルギス教会は写真でもすごいなと思っていたが実物はもっと感動的だった。独特なエチオピア正教の様式美に驚嘆。

(2014年12月 橋本康弘)

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