記事一覧
1 - 5件目まで(5件中)
- 『女子的メキシコ旅行ノススメ』
-
エリア:
- 中南米>メキシコ>メキシコシティ
- 中南米>メキシコ>グアナファト
- 中南米>メキシコ>メキシコその他の都市
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/04/09 17:54
メキシコと言えば、古代遺跡、ハネムーンで人気の高級ビーチリゾート、テキーラ、サボテンなど女子同士で楽しめるデスティネーションとして頭に思い浮かべる人は少ないだろう。女子にとって旅先を選ぶポイントとして、素敵な町並みやホテル、ショッピング、美味しい料理は欠かせない。実はこのメキシコ、その全てを叶えてくれる魅力満載の国なのだ。今回は『女子的メキシコ旅行ノススメ』として、1.アート 2.メキシコ雑貨 3.グルメと女子的切り口でメキシコの楽しみ方をご紹介したい。
1.ロニアル都市でアート巡り
遺跡やビーチリゾートも良いが、メキシコをより深く味わうにはコロニアル都市も外せない。メキシコにはスペイン植民地時代に建てられたヨーロッパ風のコロニアル都市が数多く残されている。特に銀の道と呼ばれる全長2000km以上に及ぶ道は、16世紀から300年間にわたりメキシコで産出された銀が運ばれ、その沿道には銀で巨万の富を得た富豪達が豪華な建物を建築した。このルートには、メキシコを代表するコロニアル都市グアナファト、 サンミゲルデアジェンデ、 ケレタロ、メキシコシティなど世界遺産に登録された都市があり、ヨーロッパの華麗で荘厳な静の美と、数千年にも渡り受け継がれたラテンアメリカ特有の躍動感溢れる動の美が融合し、ヨーロッパとはひと味違う独特な雰囲気を醸し出している。押し寄せるヨーロッパの新しい文化を受け入れながらも、自分達のアイデンティティは失わず独自の発展を遂げたメキシコ独特の美的感覚から生まれたアートに触れながらコロニアル都市を巡るも是非お勧めしたい旅の楽しみ方の1つだ。
【メキシコシティ】
●フリーダカーロ美術館
メシキコを旅すると、ある女性が描かれたグッズを至る所で目にする。彼女の名はフリーダカーロ。夫ディエゴ・リベラと言うメキシコを代表する壁画家と暮らした「青い家」と呼ばれる真っ青な外壁で囲まれた彼女の生家は、現在博物館として利用されている。小児麻痺、交通事故、3回に渡る流産、夫の度重なる裏切りなど数え切れない絶望の中で享年47歳の短い命を生ききった彼女の激動の人生は度々映画化され、今も熱狂的なファンが多く訪れていた。彼女自身も度々降りかかる困難から受けた心の傷を癒すかのように多くの恋を経験したそうだ。女性なら少し羨ましくもあるそんな彼女のドラマチックな人生に思いを馳せながら見学すると更にこの博物館が楽しめる。
(入館料55ペソ、館内での写真撮影は別途料金60ペソ)
その他にもメキシコシティには、国立人類学博物館、世界遺産ルイス・バラガン邸と仕事場、エルメスも認めたメキシコ伝統の民芸品が展示されている民芸品博物館など数多くの美術館・博物館があり、その数は世界有数なのだとか。日曜日は国民に無料解放され子供から大人まで多くの市民で賑わいメキシコ人の芸術に対する関心の高さが伺える。メキシコシティは周辺都市へ行く為の中継地と考えていたが、実は魅力的なスポットが多く次回は是非ゆっくりと見て周りたい。
<その他の見所>
【グアナファト】
世界遺産グアナファトでは、ピンク・黄・緑など虹色に彩られた絶景の街並みが楽しめる。16世紀半ばに発見された銀鉱脈で栄え、18世紀には世界の3分の1の銀がここグアナファトで産出されていたと言われる。銀で巨万の富を得た大富豪達は、本国のスペインを上回る街作りを目指し、莫大な富を投入してバロック調の華麗な装飾を施したコロニアル建築を建てた。グアナファトは他のコロニアル都市に比べ重厚感ある豪華な建物が数多く残り歴史の重みを感じさせる。
ここグアナファトは同じく世界遺産のコロニアル都市ケレタロやサンミゲルアジェンデへのアクセスも良く、コロニアル都市巡りの起点としてもお勧めだ。
●虹色の街並み
グアナファト州はメキシコ独立戦争が始まった場所である。街を一望出来るピピラの丘には独立戦争の英雄ピピラの銅像が建てられている。銀の産出で栄華を極めたその裏で、先住民やメスティソ達は銀の採掘のため過酷な労働が強いられ多くの命が奪われた。この美しい街並みはそんな光と影の中で作られたものだと思うとより感慨深いものがある。
●ディエゴリベラ博物館
メキシコ革命後、壁画を通じてメキシコ独自のアイデンティティを民衆に訴えた壁画運動の中心的人物であり、フリーダカーロの元夫でもあるディエゴリベラはグアナファトで生まれた。街の中心部にある彼の生家を利用した博物館には、彼の作品や現代アーティストの作品も展示されていた。美しいフリーダカーロが決して男前とは言えない歳の離れたおじさんに惹かれたのか彼の作品を見ると少し分かる気もする。
(入館料20ペソ。ディエゴリベラの作品は撮影不可)
●ミイラ博物館
アートとは関係ないが、グアナファトにはミイラ博物館がある。高地の乾燥地帯と言う気候により埋葬された遺体が自然とミイラ化したのだとか。洋服を着たままのミイラや幼児のミイラなど数多くのミイラが展示されている。エジプトでもミイラは見たが、こちらの方は比較的年代が新しいため生々しくかなりの衝撃だった。興味のある方は是非グアナファトへ足を運び実際に見てほしい。
<その他の見所>
【サンミゲルデアジェンデ】
サンミゲルデアジェンデは2013年には旅行雑誌コンデナスト・トラベラー読者130万人が選んだ観光都市ランキング「世界の都市25選」でナンバー1に輝いた街だ。 グアナファトが銀で発展したのに対し、この街は手工業で発展を遂げた。その流れなのだろうか、この小さな街にはメキシコで有名な「アジェンデ美術学校」と「エルニグロマンテ文化会館」2つのアートに関する施設があり、世界で活躍するアーティストを輩出してきた。今も若手アーティストのギャラリーや彼らが製作した作品を売るお洒落なショップ、洗練されたレストランやブティックホテルが軒を連ね、街自体が「アート」だった。歴史を感じたい人にとってもしかするとこの街は作られ過ぎていると言う人も居るかもしれないが、目に映る全てが絵ハガキのような可愛い街並みは女子にとって間違いなくテンションが上がる。コンパクトなこの街は徒歩で見て周る事が出来る。今回は日帰り訪問だったが、次回は是非お洒落なブティックホテルに滞在し、じっくりこの街を楽しみたい。
2.メキシコ雑貨
メシキコには色彩感溢れる可愛い民芸品が多く売られている。各都市に民芸品市場があり、陶器や服飾品など所狭しと並んでいる。市場は雑多に品物が並んでいるためお気に入りの品を見付けるのは一苦労だが、 街中のショップよりお安く買え値段交渉も可能だ。 自分へのご褒美なら街中の洗練されたショップも良い。市場には無い質の高い商品が売られている。雑貨巡りならサンミゲルアジェンデとオアハカは外せない。アートの街と言われるサンミゲルアジェンデでは、他の都市には無いセンスのよい品がある。今回訪問する事は出来なかったが、オアハカではメキシコの伝統的な民芸品が売られているそうだ。メキシコの思い出と共にお土産を持ち帰るため大きめのスーツケースは必須だ。
3.グルメ
メキシコ料理のイメージは「タコス」「辛い」しかなかった。実はメキシコ料理、ユネスコが食文化として初めて世界無形文化遺産に認定した7000年という長い歴史を持つ伝統ある料理で、トウガラシ・トマト・カカオ・カボチャなど、今や私達の食生活に欠かせない食材の原産地でもあるのだ。シーザーサラダやガムなどもメキシコ発祥なのだとか。
古代より受け継がれた伝統と、植民地時代に運ばれたヨーロッパの新たな食文化が融合し、今や料理の種類も豊富で、料理に付けるソース1つを取ってもかなりの種類がある。
食事をするにあたり料理の味は言うまでもなく、それと同じく重要なのは食事をする場所の雰囲気だろう。ここでは今回私が訪れた中で、味覚・視角共に大満足だったレストランを紹介したい。
●フィエスタ アメリカーナ アシエンダ ガリンド(ケレタロ郊外)
●CUNA DE TIERRA(ドローレス・イダルゴ)
●ミッション ブティック カーサ(グアナファト)
ピピラの丘近くの高台に建つ高級ホテルで、グアナファトの美しい街並みが一望出来る。グアナファトの中でも人気のホテルで予約が取り辛いそうなのだが、そんな時にはレストランでディナーをするのがお勧め。暖かい灯に照らされたグアナファトの美しい夜景がレストランからも楽しめる。
今回の旅を通じてメキシコのイメージがガラリと変わった。中南米と言えば遠い異国の地で気軽には行けないエリアと思っていたが、アエロメヒコを利用すれば往路は成田から直行便約13時間でメキシコシティに到着する。古代遺跡やビーチリゾートがフューチャーされがちなメキシコだが、ヨーロッパ的な雰囲気と先住民文化の2つが味わえるコロニアル都市や豊かな色彩感覚から生まれたアート、カラフルなメキシコ雑貨にグルメと女子が喜ぶエッセンス満載の国だった。定番も良いけどちょっと冒険してみたいと思っている女子の皆さん、ぜひ次のデスティネーションはメキシコへ。
【スタッフオススメ度】
グアナファト ★★★★★ 虹色のカラフルな街並みと歴史を感じられる街。
サンミゲルデアジェンデ ★★★★★ 街全体がアート。洗練されたメキシコ雑貨が豊富。
メキシコシティ ★★★★ 美術館や博物館が豊富。
(2015年3月 藤原奈緒子)
1.ロニアル都市でアート巡り
遺跡やビーチリゾートも良いが、メキシコをより深く味わうにはコロニアル都市も外せない。メキシコにはスペイン植民地時代に建てられたヨーロッパ風のコロニアル都市が数多く残されている。特に銀の道と呼ばれる全長2000km以上に及ぶ道は、16世紀から300年間にわたりメキシコで産出された銀が運ばれ、その沿道には銀で巨万の富を得た富豪達が豪華な建物を建築した。このルートには、メキシコを代表するコロニアル都市グアナファト、 サンミゲルデアジェンデ、 ケレタロ、メキシコシティなど世界遺産に登録された都市があり、ヨーロッパの華麗で荘厳な静の美と、数千年にも渡り受け継がれたラテンアメリカ特有の躍動感溢れる動の美が融合し、ヨーロッパとはひと味違う独特な雰囲気を醸し出している。押し寄せるヨーロッパの新しい文化を受け入れながらも、自分達のアイデンティティは失わず独自の発展を遂げたメキシコ独特の美的感覚から生まれたアートに触れながらコロニアル都市を巡るも是非お勧めしたい旅の楽しみ方の1つだ。
【メキシコシティ】
●フリーダカーロ美術館
メシキコを旅すると、ある女性が描かれたグッズを至る所で目にする。彼女の名はフリーダカーロ。夫ディエゴ・リベラと言うメキシコを代表する壁画家と暮らした「青い家」と呼ばれる真っ青な外壁で囲まれた彼女の生家は、現在博物館として利用されている。小児麻痺、交通事故、3回に渡る流産、夫の度重なる裏切りなど数え切れない絶望の中で享年47歳の短い命を生ききった彼女の激動の人生は度々映画化され、今も熱狂的なファンが多く訪れていた。彼女自身も度々降りかかる困難から受けた心の傷を癒すかのように多くの恋を経験したそうだ。女性なら少し羨ましくもあるそんな彼女のドラマチックな人生に思いを馳せながら見学すると更にこの博物館が楽しめる。
(入館料55ペソ、館内での写真撮影は別途料金60ペソ)
10時開園にもかかわらず開園前から既に行列が出来ていた。
彼女は自分の自画像を多く描いた。
館内には彼女の作品と共に当時使われていたセンス光る可愛い家具が展示されている。
彼女が実際に使っていた車椅子とアトリエ。
彼女の最後の作品「Viva la Vida(生命万歳)」
その他にもメキシコシティには、国立人類学博物館、世界遺産ルイス・バラガン邸と仕事場、エルメスも認めたメキシコ伝統の民芸品が展示されている民芸品博物館など数多くの美術館・博物館があり、その数は世界有数なのだとか。日曜日は国民に無料解放され子供から大人まで多くの市民で賑わいメキシコ人の芸術に対する関心の高さが伺える。メキシコシティは周辺都市へ行く為の中継地と考えていたが、実は魅力的なスポットが多く次回は是非ゆっくりと見て周りたい。
<その他の見所>
メキシコシティの中心地ソカロ広場。「007」のロケが行われていた。今後ますますメキシコが話題となりそうだ。
国立人類学博物館にある有名な翡翠のデスマスク。
【グアナファト】
世界遺産グアナファトでは、ピンク・黄・緑など虹色に彩られた絶景の街並みが楽しめる。16世紀半ばに発見された銀鉱脈で栄え、18世紀には世界の3分の1の銀がここグアナファトで産出されていたと言われる。銀で巨万の富を得た大富豪達は、本国のスペインを上回る街作りを目指し、莫大な富を投入してバロック調の華麗な装飾を施したコロニアル建築を建てた。グアナファトは他のコロニアル都市に比べ重厚感ある豪華な建物が数多く残り歴史の重みを感じさせる。
ここグアナファトは同じく世界遺産のコロニアル都市ケレタロやサンミゲルアジェンデへのアクセスも良く、コロニアル都市巡りの起点としてもお勧めだ。
●虹色の街並み
グアナファト州はメキシコ独立戦争が始まった場所である。街を一望出来るピピラの丘には独立戦争の英雄ピピラの銅像が建てられている。銀の産出で栄華を極めたその裏で、先住民やメスティソ達は銀の採掘のため過酷な労働が強いられ多くの命が奪われた。この美しい街並みはそんな光と影の中で作られたものだと思うとより感慨深いものがある。
独立戦争の英雄ピピラの銅像。
ピピラの丘から見た街の全景。
朝・昼・晩、刻々と違う顔を見せてくれる。
●ディエゴリベラ博物館
メキシコ革命後、壁画を通じてメキシコ独自のアイデンティティを民衆に訴えた壁画運動の中心的人物であり、フリーダカーロの元夫でもあるディエゴリベラはグアナファトで生まれた。街の中心部にある彼の生家を利用した博物館には、彼の作品や現代アーティストの作品も展示されていた。美しいフリーダカーロが決して男前とは言えない歳の離れたおじさんに惹かれたのか彼の作品を見ると少し分かる気もする。
(入館料20ペソ。ディエゴリベラの作品は撮影不可)
フリーダカーロとディエゴリベラがお出迎え。
ディエゴリベラの等身大写真と記念撮影が出来る。
館内で骸骨人形の絵付け体験のようなものが催されていた。
●ミイラ博物館
アートとは関係ないが、グアナファトにはミイラ博物館がある。高地の乾燥地帯と言う気候により埋葬された遺体が自然とミイラ化したのだとか。洋服を着たままのミイラや幼児のミイラなど数多くのミイラが展示されている。エジプトでもミイラは見たが、こちらの方は比較的年代が新しいため生々しくかなりの衝撃だった。興味のある方は是非グアナファトへ足を運び実際に見てほしい。
<その他の見所>
古代ギリシア風の豪華なフアレス劇場。今でもクラシックやオペラなど公演されている。内部見学も可能(有料35ペソ)
街の中心ラパス広場とバシリカ教会の昼と夜。
鉱山の持ち主だったバレンシア公爵が個人の資産で建てたバレンシアナ教会。内部は金色の祭壇で絢爛豪華。
夜になると中世スペインの学生服を着た楽団エストゥディアンティーナと共にセレナータを歌いながら街歩きするツアーが開催される。学生の街でもあるグアナファトの名物だ。
【サンミゲルデアジェンデ】
サンミゲルデアジェンデは2013年には旅行雑誌コンデナスト・トラベラー読者130万人が選んだ観光都市ランキング「世界の都市25選」でナンバー1に輝いた街だ。 グアナファトが銀で発展したのに対し、この街は手工業で発展を遂げた。その流れなのだろうか、この小さな街にはメキシコで有名な「アジェンデ美術学校」と「エルニグロマンテ文化会館」2つのアートに関する施設があり、世界で活躍するアーティストを輩出してきた。今も若手アーティストのギャラリーや彼らが製作した作品を売るお洒落なショップ、洗練されたレストランやブティックホテルが軒を連ね、街自体が「アート」だった。歴史を感じたい人にとってもしかするとこの街は作られ過ぎていると言う人も居るかもしれないが、目に映る全てが絵ハガキのような可愛い街並みは女子にとって間違いなくテンションが上がる。コンパクトなこの街は徒歩で見て周る事が出来る。今回は日帰り訪問だったが、次回は是非お洒落なブティックホテルに滞在し、じっくりこの街を楽しみたい。
スターバックスも可愛く変身
ジャカランダの花が咲き乱れていた。
歴史的な建築物でもあるアジェンデ美術学校では今も多くの学生が学ぶ。校内にサンミゲル教区教会が見える素敵なレストランがある。
暖かい灯でライトアップされた街は昼とはまた違った雰囲気を醸し出す。
ライトアップされたサンミゲル教区教会
2.メキシコ雑貨
メシキコには色彩感溢れる可愛い民芸品が多く売られている。各都市に民芸品市場があり、陶器や服飾品など所狭しと並んでいる。市場は雑多に品物が並んでいるためお気に入りの品を見付けるのは一苦労だが、 街中のショップよりお安く買え値段交渉も可能だ。 自分へのご褒美なら街中の洗練されたショップも良い。市場には無い質の高い商品が売られている。雑貨巡りならサンミゲルアジェンデとオアハカは外せない。アートの街と言われるサンミゲルアジェンデでは、他の都市には無いセンスのよい品がある。今回訪問する事は出来なかったが、オアハカではメキシコの伝統的な民芸品が売られているそうだ。メキシコの思い出と共にお土産を持ち帰るため大きめのスーツケースは必須だ。
イダルゴ市場。規模は大きくないが、お陶器や食品、屋台などお店の種類は豊富で一通りのものはここで調達出来る。
グアナファトのラパス広場にあったお洒落なショップの可愛い品々。
サンミゲルデアジェンデの可愛い雑貨達。陶器だと小さなものなら20ペソ(約200円)程度のお手頃なものからある。
3.グルメ
メキシコ名物タコス
サンミゲルアジェンデ名物の石焼鍋
料控えめでメニュー数を増やし提供してくれる女性好みのレストランも多く見かけた。
メキシコ料理のイメージは「タコス」「辛い」しかなかった。実はメキシコ料理、ユネスコが食文化として初めて世界無形文化遺産に認定した7000年という長い歴史を持つ伝統ある料理で、トウガラシ・トマト・カカオ・カボチャなど、今や私達の食生活に欠かせない食材の原産地でもあるのだ。シーザーサラダやガムなどもメキシコ発祥なのだとか。
古代より受け継がれた伝統と、植民地時代に運ばれたヨーロッパの新たな食文化が融合し、今や料理の種類も豊富で、料理に付けるソース1つを取ってもかなりの種類がある。
食事をするにあたり料理の味は言うまでもなく、それと同じく重要なのは食事をする場所の雰囲気だろう。ここでは今回私が訪れた中で、味覚・視角共に大満足だったレストランを紹介したい。
●フィエスタ アメリカーナ アシエンダ ガリンド(ケレタロ郊外)
アシエンダを改装して、現在はホテルとして営業している。ケレタロから1時間程車でいった郊外にある。 /font>
マセワルと言う伝統料理。揚げたタコスのパリパリ食感がたまらない。
モーレというカカオと数種類のスパイスで作られた伝統的なソースがかけられたステーキ。
敷地内で放飼いにされていた孔雀。
敷地内には教会が建てられていた。
●CUNA DE TIERRA(ドローレス・イダルゴ)
グアナファトから車で1時間程のところにあるワイナリー。広大なブドウ畑が広がる。
ワインをねかせる樽に使われる木にもこだわっていた。
園内ではワインの試飲が出来る
●ミッション ブティック カーサ(グアナファト)
レストランから見える夜景
メキシコ料理と言えば肉のイメージだが魚料理もかなり豊富
ピピラの丘近くの高台に建つ高級ホテルで、グアナファトの美しい街並みが一望出来る。グアナファトの中でも人気のホテルで予約が取り辛いそうなのだが、そんな時にはレストランでディナーをするのがお勧め。暖かい灯に照らされたグアナファトの美しい夜景がレストランからも楽しめる。
今回の旅を通じてメキシコのイメージがガラリと変わった。中南米と言えば遠い異国の地で気軽には行けないエリアと思っていたが、アエロメヒコを利用すれば往路は成田から直行便約13時間でメキシコシティに到着する。古代遺跡やビーチリゾートがフューチャーされがちなメキシコだが、ヨーロッパ的な雰囲気と先住民文化の2つが味わえるコロニアル都市や豊かな色彩感覚から生まれたアート、カラフルなメキシコ雑貨にグルメと女子が喜ぶエッセンス満載の国だった。定番も良いけどちょっと冒険してみたいと思っている女子の皆さん、ぜひ次のデスティネーションはメキシコへ。
【スタッフオススメ度】
グアナファト ★★★★★ 虹色のカラフルな街並みと歴史を感じられる街。
サンミゲルデアジェンデ ★★★★★ 街全体がアート。洗練されたメキシコ雑貨が豊富。
メキシコシティ ★★★★ 美術館や博物館が豊富。
(2015年3月 藤原奈緒子)
- 何となくゆったりと穏やかな空気が流れている気がした イラン5日間お酒のない旅
-
エリア:
- 中近東>イラン>シラーズ
- 中近東>イラン>イスファハン
- 中近東>イラン>ヤズド
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/04/09 17:50
この雰囲気が大好き!シーオセ橋・イスファハン
私はお酒が好きです。特にビールが大好きです。日本でお酒を飲まない日はありません。特別、休肝日も設けず、ひどい二日酔いの日も回復したら、夜にはまたお酒。お酒を飲まなかった日はいったいいつだったのか・・・思い出すことができません。そんな私が、イランの旅人に任命され、最初に思ったのが「イランではお酒が飲めない・・・」
イランでは、1979年のイラン革命の直後からアルコール飲料の生産、販売、消費が禁止され、違反者には重い罰が与えられる禁酒令が布かれています。が、しかし、そんなイランでもお酒を手に入れたいと思えば手に入れられるそうです。やはり、どこにでもアンダーグラウンドの世界が存在するのですね。残念ながら私がイランに滞在した5日間は、街中で「お酒あるよ」などと声を掛けてくれるイラン人は誰もおらず、完璧な禁酒の世界の中におりました。日本からこっそり持っていく方法もあったのですが、せっかくの機会です。「アッラーの神」からお酒のない世界への誘(いざな)いと思い、自らその世界に飛び込んでみることにしました。肝臓元気になったかな?
(ここまで導入部分です)
まずまずの味・イラン国産のノンアルコールビール
では何故、イランでは禁酒令が布かれているのでしょうか。それは、皆さんもよくご存じのとおり、イランの国教であるイスラム教と密接に関係しています。
コーランの中に次のような一節があります。
悪魔の望むところは、酒と賭矢によってあなたがたの間に、敵意と憎悪を起こさせ、あなたがたがアッラーを念じ礼拝を捧げるのを妨げようとすることである。それでもあなたがたは慎しまないのか。
かれらは酒と、賭矢に就いてあなたに問うであろう。言ってやるがいい。「それらは大きな罪であるが、人間のために益もある。だがその罪は、益よりも大である。」またかれらは、何を施すべきかを、あなたに問うであろう。その時は、「何でも余分のものを。」と言ってやるがいい。このようにアッラーは、印(=モホル)をあなたがたに明示される。恐らくあなたがたは反省するであろう
ホテルには必ずコーランが置いてある
難しい表現があってよく理解できないところがありますが、なるほどと納得できる部分もありますね。私は、イスラム教=禁酒というイメージを持っていましたが、調べてみるとイスラム教の国々だけでなく世界のいろんな場所で禁酒令が施行されていました。遥かその昔、日本にもあったようです。やはり、お酒は危険だ、人々に害を及ぼす可能性があるとの考えがいつの世も万国共通の認識ということでしょう。お酒で失敗しないように引き続き気をつけたいと思います。
イラン革命、つまり飲酒が禁止されてから今年で36年。革命当時子供だった人たちはよいですが、例えば30歳だった人は飲んでいたお酒が飲めなくなって36年経つということになります。考えられません。日本ではまず間違いなく禁酒令が復活することはないでしょう。私は日本に生まれてよかったです。
厳格なイスラム教徒であるガイドさんによると、コーランは、この世に生きるためのアドバイスの書だそうです。コーランにはすべてのことが書いてあり、コーランに書いてあることに従って生きていけば必ず幸せになれる。生きるための行動の根拠は、すべてコーランの中にあるのだそうです。つまり、コーランに「ダメ」と書いてあることはしてはいけません。たとえば、お酒以外に「ダメ」とされることを挙げますと・・・
★豚を食べてはいけない
理由:豚は雑食系で自分の排泄物までも食べてしまう不浄な動物だから
★女性は公共の場で歌ってはいけない
イラン革命後はイランに女性歌手はいません。また、外国人の女性歌手のコンサートに類するイベントも開催禁止です。
理由:男たちを惑わすため
昔から禁止されていることもありますし、1979年のイラン革命後に新たに決められたこともあるそうです。
ライブを聴かせる高級レストラン。歌手は男性です
ついでにもう一つ。何と、公共バスでは男女が同じ車両に乗車してはいけません。男女別の出入口が設置されているのです。これには驚きです。日本でも、平日朝の通勤ラッシュの時間帯で女性専用車両を設ける電車がありますが、時間限定です。イラン人男性は女性に対して畏怖の念を持っているでしょうか。コーランにはどのように書かれているのか興味をそそられます。
1.5リットルペットボトルのノンアルコールビール
様々な制限のあるイランですが、私はイランでは暮らしていく自信がありません。まず、かつ丼やかつカレーに限らずポーク系のカレー、そして、酢豚が食べられません。アイドル歌手が歌ったり踊ったりするのが観られないのはそれほど痛手ではありませんが、世の中にあったほうがよいものだと私は思います。そして何よりも、お酒が飲めなのは致命的です。運動した後、からっからに乾いたのどをビールが潤す幸せや強烈に寒い日にピリ辛に味付たキムチ鍋をつつきながら乾いた喉を潤す幸せがなくなるなんて考えられません。NO BEER NO LIFE!
そんなことを言っている私ですが、お酒のないイランでの5日間は、日本からアルコールを忍ばせて持ってこなかったことを後悔することも、苦痛に感じることもなく過ぎていきました。もちろん、5日間限定とわかっていたからなのですが、そんな私の強い味方が、ノンアルコールビールでした。イランには、たくさんの種類の国産物、輸入物のノンアルコールビールがあります。味もまずまずです。食事の時はほぼ、ノンアルコールビールを飲んでいました。銘柄による味の違いも当然あり楽しめます。また、いろんなフレーバーが入っていて、たとえば、レモン、ライム、アップル、ピーチ、トロピカルフルーツなど、バラエティに富んでいます。その味は、苦みが消え、甘さをおさえたジュースそのものです。日本でも手に入れられるようなので、見つけたら買ってみたいと思っています。
まだ暖かい陽気とはいえない中でもピクニック
イラン人は、ピクニック感覚で野外で食事をするのが好きです。私も好きです。私が訪れた2月末は、テヘランでは雪が降りました。シラーズでは夜外出すると底冷えがして体の芯まで冷え切ってしまい、日中でもポカポカ陽気とは程遠く、外で食事などとは思わないような中、公園にはピクニックランチを楽しむ大勢の人々がいました。家族、カップル、近所や学校の友達などと一緒に、自分たちで作ったお料理を食べながらおしゃべりを楽しんでいました。のどかで幸福そのものの風景です。ガイドさんと運転手さんと私3人でご一緒させていただいたのが、同じ大学の仲良し3人組の女性グループでした。決まり通り、頭には軽くスカーフがまかれています。イラン人女性にとって、重要なおしゃれポイントなのでしょう。個性を出されていてみなさん素敵です。
英語はほとんどしゃべれない様子でしたので、ガイドさんが通訳です。毎日宿題が多く、大学の勉強はたいへんだそうです。因みに、イランの学制は、基本的に日本と同じ6-3-3-4ですが小学校に入る前と大学に入る前それぞれ、準備期間として1年間予科みたいなものがありますが、大学を卒業する年齢は日本と同じです。大学への進学率は低いです。中学までが義務教育で高校までが男女別。大学から男女共学になります。夏休みは3か月もあるそうで、家族と接する時間が多くなり、絆が深まるそうです。
さて、お話を戻して・・・彼女たちは現在男女共学の大学へ通っています。彼女たちは
気分転換にお料理を作るのが好きで、天気の良い日はこのように料理を持ち寄り公園でのんびりするそうです。今日は、スパゲティのランチ。我々は食べたばかりなのでお腹いっぱいだったのですが、せっかくなのでありがたくおすそわけをいただきました。味もなかなか、トマトソース味でした。彼女たちは、積極的にイランのことを話してくれました。朝ご飯と晩御飯は、基本的に家族そろって食べます。母親と一緒にお料理を作るので自然と料理がうまくなるそうです。将来は、音楽や芸術に関連するお仕事をされたいそうです。当然のような口ぶりで話していましたが、皆さん、家に織機があるそうで絨毯を織ることができるそうです。他に、刺繍もされます。また、ジャジムという綿の布を織ってバッグなども作るとのことで、実際にその作品を見せてもらいましたが、趣があって、とても丈夫そうでした。「日本の旅行者から教えて欲しいと頼まれたら先生になってくれますか」と聞くと「もちろん!いいですよ」と連絡先をくれました。ガイドさんに託してあるので、ファイブスタークラブのツアーで、できるようになるかもしれません。ご期待ください。
ジャジムで造ったお手製のバッグ
そんな豊かで幸せそうなイランも、暮らしは決して楽ではないそうです。何がたいへんかというと、物価が年々上昇することで、やりくりが大変らしいのです。アメリカを中心とする各国からの経済制裁が主な原因で1979年の革命以降続いています。イランの核開発問題が大きな原因なのですが、原油や天然ガスなどのイランの豊富な資源を活用できないのは、想像を絶する損失に違いありません。ガイドさんに聞いてみると、暮らしぶりは楽ではないけれど、「核開発を断念したくない」というのが一般的な市民感情なのだそうです。
テヘランレイクサイドヒルズ
そんな話を聞くとイラン経済は停滞しているように思いますが、決してそんなことはありません。テヘラン中心部の北部エリアに人工的に湖を造成した風光明媚な一帯があります。現在、その湖周辺は高層ビルの建設ラッシュで、日本式に表現すると「テヘランレイクサイドヒルズ」といった様相です。真新しいきらきらしたモスクや、ショッピングモールも建設中で、完成した暁には海外からの観光客も多く訪れる、テヘランで一番のおしゃれスポットになることでしょう。また、テヘランのみならず、シラーズやイスファハンの目抜き通り商店街も平日の昼間から、たくさんの人出でにぎわっています。夕方頃から、さらに数が増え、道路は大渋滞です。夜10時過ぎくらいから、食べ物や、衣料品、雑貨の屋台も出始めます。もし、経済制裁がなければ、イランはどのような経済発展を遂げていたのでしょう。
目抜き通りの洋服屋さん
ちょっと気持ち悪い
夜10時過ぎても人通りは絶えない
イランとアメリカは犬猿の仲と言われています。さすがにマクドナルドはイランにはなかったのですが、至るところにコカコーラやペプコーラの宣伝が見られます。テレビでもCMが流れています。むむ、これはどういうことだ?ガイドさんに聞いてみたところ、イラン人は何も気にしていないそうです。逆に、アメリカも経済制裁の一環で撤退もしない。きっと、深い事情があるのでしょう。
コカコーラの大看板
旨い!!
ケバブのサンドイッチはコカコーラの方が合う
ペプシも負けてない
ペルシャ文字ペプシ
イランでは、コカコーラやペプシの看板以外で英語の表記を見ることはあまりありません。
イランでは、ペルシャ文字やアラビア文字が主体です。皆さんご存知のように、イランの文字、ペルシャ文字は、アラビア文字同様、右から左に読みます。しかし、西洋数字は、文中にあっても左から右です。ペルシャ文字の数字も同じく左から右です。おもしろいですね。イラン人はアラビア系の民族ではありません。元々はアーリア系の民族でインド人と同じ仲間です。それが長い歴史の中でいろんな民族と戦い、征服されたり、奪い返したりする中で、周辺諸国の文明文化と融合し、現在に至っています。イランの公用語はペルシャ語ですが、アラビア語の影響を大きく受けて、アラビア語に似ている部分が相当あるそうです。従って、ペルシャ文字とアラビア文字も似ています。ガイドさんが言うには、日本の漢字と中国の漢字の違いのようなものだそうです。
ゾロアスター教の象徴・沈黙の塔
大昔のイラン、つまり古代ペルシャで、人類発祥と同時に生まれた!と言われるゾロアスター教は、現代イランでも少なからぬ影響があるそうです。ゾロアスター教は、かつてペルシャの国教でした。ゾロアスター教には3つの教えがあるそうで、とても簡単なので覚えてしまいました。
よい考え
よい言葉
よい行い
シンプルすぎるくらいシンプルです。でも、基本だからこそ深さを感じます。ものの本によると、ゾロアスター教は、善悪二元論的宗教で、簡単に言うと善と悪が闘って最後は善が優位に立つという宗教です。その善の霊、善の神の最高位にあるのが、アウラマズダ、英語でAhura MAZDAで、日本の大手車メーカーの「マツダ」の社名に使われています。他にもペルシャ(イラン)が関係する日本でおなじみの物があります。
イラン南西部の大都市、シラーズ近郊からイラク国境付近までザグロス山脈が延々と続いています。ここを原産地とする果物は中国を経て日本にやってくるなかで「柘榴(ザクロ)」になりました。また、学名Amygdalus persica、Prunus persicaと名付けられている果物は、中国が原産とされ、今度は逆ルートで、シルクロードを伝い、ペルシャを経てヨーロッパに渡ったときに、「Peach」と名付けられました。英語のピーチのPはペルシャのPだったのです。
アブヤーネ村の町並み
もはや糸杉の体ではない樹齢4000年の糸杉
古代から存在した国だからこそ、「へ〜」という話題には事欠かないイランです。そんなイランだからこそという話題が他にもあります。ゾロアスター教を国教としていたころの大昔の町並みがそのまま残り、尚且つ今もそこに人々が住み続けているアブヤーネ村がヤズドの近くにあります。この村は観光地として多くの人々が訪れますが、その村の付近には約1800年前に栄えたササン朝ペルシャ時代のお城がいくつも残されています。そのお城は特に重要ではないのか、人が住んでいるそうです。そして、沈黙の塔で有名なヤズド近郊の小さな町・アバルクーに何と樹齢4000年の糸杉があります。ゾロアスター教が栄えていた時代には聖なる樹として崇拝の対象になっていたそうですが、イスラム教の時代になってあまり見向きされないようになったようで、そんなありがたい長生きの樹を見物したいと思う人は少ないようです。ただ、これからは観光地として売り出すそうで、道路整備やトイレの建設が着々と進んでいました。
黒ノンアルコールビール
イラン料理はとても多彩でこの充実の旅を支えてくれました。イランの主食は米とナンです。米は日本米とは異なる長細い米です。ナンは、いくつか種類があるのですが、日本人に馴染み深いインドのナンと違って形も舌触りも味も違います。私は、パサパサしてあまり好きではありませんでした。お気に入りのイラン料理は、「ホレシュテ・バーデムジャーン」と名付けられたナスとトマトのシチューです。それを白いご飯の上にかけて食べるのですが、ついつい食べ過ぎてしまいました。朝昼晩いつ食べても飽きのこない重すぎない、かといって軽くもない素晴らしいお料理です。
大好き!「ホレシュテ・バーデムジャーン」
他には、鶏肉のケバブ料理も絶品でした。挽き肉のケバブ料理や、何かのタレに漬け込んだ料理が多い中、鶏肉のケバブは肉自体の味を大切にしたシンプルなケバブで大好きになりました。ビールやワインに合う料理なので、お酒がないのは本当に残念でした。日本のおいしいイラン料理レストランを見つけて、イランで気に入った料理をお酒と共に是非楽しみたいと思います。
牛ミンチのケバブ
鶏肉のケバブ
イランを旅し、見た光景の中で、主要都市周辺の開発が大々的に行われていたのが印象的でした。テヘラン、イスファハン、シラーズでは、中心部から空港に直結する、電車やモノレール、中心部の渋滞を緩和させる高速道路建設などなど。すべてが完成するのはまだまだ先のようですが、飛躍的に便利になることでしょう。国内線を運航する航空会社も少しづつ増えているそうで、イラン観光はこれまで以上に充実すること間違いなしです。また、どの都市でも学生さんたちの団体旅行グループに出会いました。学校の行事として行われているグループは大型バスで観光です。海外からの旅行客が訪れるような観光地にもたくさんのグループがいました。若いうちにイランのことを勉強してもらいたいという国の、学校の意向なのでしょうか。
やたら騒がしい高校生
これからのイランを背負う医学生たちとガイドさん
是非今のイランに足を運んでみてください。街で出会った学生さんたちはとても気さくで気軽に声をかけてくれました。今、日本でも流行っている自撮り棒を持って楽しく騒ぐグループもありました。イスラムの国は危険という風評がありますが、そんなことは微塵も感じませんでしたし、そんな一元的な考えを決して持ってはいけないと痛感しました。
日本に遊びに来たときも、絶対にお酒は口にしないし、豚以外の肉も、ハラール肉(お祈りを捧げて屠殺した肉)じゃないと口にしない、筋金入りのイスラム教徒であるガイドさんでも、宗教で人々の言葉や行いを制限するのはよくないと言います。宗教は我々を縛るものではなく、信じた人々が信じた道をその宗教と共に生きていけばよいと・・・。
いつでも、どこでも、安心して、海外旅行ができるようになることを願います。
おすすめ度
テヘラン 滞在時間が短かったので判別不可能
シラーズ ★★★★★・・・古代ペルシャの首都だった歴史の重みと緑あふれる街並みが対照的
イスファハン ★★★★★・・・街並みが美しく心が安らぐ。またヨーロッパ的な重厚な雰囲気もあり
長い歴史を感じる
ヤズド ★★★★★・・・他の都市とは雰囲気の違うゾロアスター教文化の名残りが色濃く残る
旅行期間:2015年2月25〜3月5日
旅人:森裕
- 砂漠の違いがわかるようになる!ぐるっとチュニジア周遊の旅
-
エリア:
- アフリカ>チュニジア>トズール
- アフリカ>チュニジア>スース
- アフリカ>チュニジア>クサール ギレン
- テーマ:街中・建物・景色 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/04/09 17:45
日本から飛行機を乗り継いでチュニス空港へ。
空港からスースへ車で1時間ちょっと、あいにくの空模様なので、観光は翌日に。「サヘルの真珠」とも呼ばれる世界遺産の街スース、ホテルからも見える白砂のビーチが広がっています。
翌日は朝からスースの旧市街へ。カラフルなラクダがかわいい。
アラブ人の侵攻の前線基地として建てられたリバトの塔に昇ると、グランドモスクから旧市街の町並み、港の方までぐるっと見渡すことができます。眺めが良いのでおすすめです。
生鮮市場には野菜や魚、お肉に並んで牛の頭も。スースの旧市街はとても広いので、丸一日見ていても飽きないですね。
近郊のエル・ジェムには巨大なコロッセウムが。小さな町にかなりの存在感で、綺麗に残っています。
この辺りのスファックスのエリアは、オリーブの生産が盛んで、ずらりとオリーブの木が植えられています。
車を走らせるうちにオリーブも段々と見えなくなり、岩山が増えてきて、先住民であるベルベル人が住んでいるマトマタへ。地面に穴をあけ、いくつもの部屋を作って住居にしています。夏は涼しく、冬は暖かい住みやすさがあるそうです。
マトマタを訪れる観光客の目的の多くはここ、映画「スター・ウォーズ」の撮影に使われた穴居住宅です。ダースベイダーがお出迎え。
撮影当時の写真や記事が貼られています。チュニジアには他にもスター・ウォーズのロケ地がいくつもあるので、あちこち周ってみたくなります。
涼しい穴居住宅で食べるチュニジア料理。ブリックはカリカリの皮でふわふわの卵を包んだ揚げ物で、たまらない美味しさ!
どんどん砂漠の奥へ進んで、サハラ砂漠の中のテントロッジ、ヤディス・クサールギレンへ。
砂漠のテントなのに、エアコンもシャワーもあって、ちゃんとお湯まで使えます。プールやスパでゆっくりするも良し、バギーで砂漠へ繰り出すも良し。
ただ、バギーがこんなにスリリングなものだったなんて、予想していませんでした。砂漠の高低差にあわせて、まるでジェットコースターのような動き。慣れてくるとどこまでも続く赤い砂漠の景色を見ながら、風を感じて抜群の爽快感を楽しめます。
驚くほど細かいさらさらの砂で遊んだり、夕陽を眺めたり…夕食の後は一面に広がる星空を見に行きましょう。
次はまさに砂漠のオアシスのイメージにぴったりの町ドゥーズ。町のすぐ近くに砂漠が広がっていて、ラクダに乗って砂丘の中へと出かけられます。
高さ2メートルはあるラクダの上から、砂漠を眺めて小一時間のお散歩へ。一面の砂漠に、雲の影が流れるのがなんとも綺麗。ラクダはつぶらな瞳で、連れて帰りたくなる程かわいかったです。
ショット・エル・ジェリドという塩湖を渡ってトズールの街へ。
赤茶色の湖なのですが、天気が良いと、空が写って湖から天まで青空が広がっているようにも見えます。
トズールは日干しレンガでできた家が並び、細い路地にはこんな複雑な模様で飾られたお家がたくさん。
時々目が回りそうになりますが、不思議な空間です。
また、トズールは北アフリカ最大とも言われるデーツ(ナツメヤシ)の産地で、ここで採れる高級ナツメヤシは「光の指」と呼ばれています。個人的にはこのネーミングはどうかなと思うのですが・・・
トズールから車でちょっと離れるだけで、大自然の景色が現れます。周辺には岩山の隙間にあるシェピカや、山道の途中に現れるタメルザ、断崖の上に残るミデスといった山岳オアシスの村も見所です。
シェピカの町はお土産屋さんの向こう側まで行くと、ハイキングコースがあり、岩山の隙間にどんどん入っていくことができます。
上の方にのぼると見晴がよく、パノラマの景色が広がります。
奥まで進むと意外と草木も多く、泉があって湧水がわいています。
この辺りは50年ほど前に大洪水があり、その影響でタメルザの町などは廃村となっています。今では近くに新しいタメルザの町ができ、町の近くにグランド・カスカドと呼ばれる滝があります。
さらにタメルザから少しのところにミデスという村があり、ここも村自体は洪水で廃墟となっていますが、チュニジアのグランドキャニオンとも言われる断崖絶壁があります。岩山の表面に何重にもなった地層が見え、うねうねした岩山の隙間は深い谷になっています。
この独特の景色は映画にもよく使われるそうです。
そして、今回の旅で訪れたもう一つのスター・ウォーズのロケ地、オング・エル・ジャメル。波のように凹凸のある砂漠の中を進んでいくと、その景色に溶け込んだ撮影のセットが残されているのが見えてきます。ドーム状だったり台形だったりするいくつもの建造物が残り、アナキンの暮らした町を体験できます。
このセットの先に砂漠が小高く盛り上がっていることころがあり、砂漠に沈む見事な夕日を臨むスポットになっています。
ラクダ岩・・・ラクダが見えますでしょうか?
それぞれの土地で異なる砂漠や山々、オアシスの緑など、日本では体験できないような自然に触れられるのもチュニジアの魅力です。
最終日はまず世界遺産カルタゴ遺跡を見てまわりました。街中に点在する遺跡のなかでも、アントニヌスの共同浴場は地中海に面してかなりの面積を有していますが、本来は2階建てで相当の規模だったことが窺えます。
100以上の部屋が左右対称に並び、それぞれが鮮やかなモザイクや彫刻で装飾され、その上にいくつものドームの天井が並んでいたのでしょう。どれだけ贅沢な建造物だったのかと、想像することしかできないのがはがゆい気持ちになります。
綺麗なお花畑が広がっているところも多いです。
最後にシティ・ブ・サイドに立ち寄り、白にチュニジアンブルーの町並みを満喫しました。
シティ・ブ・サイドは特にそうですが、チュニジアでは他の町でもドアや窓の模様がかわいい家がとても多く、町歩きや移動中の車窓からもたくさんの模様のお家をみることができます。
広大な砂漠に、様々な民族の歴史が織り混ざったチュニジア、大興奮で楽しいだけでなくとても興味深い旅になりました。
オススメ度
スース ★★★★★・・・白い家々に白砂のビーチ、色々楽しめる街
クサール・ギレン ★★★★★・・・きめ細かい赤の砂漠で非日常の世界
トズール ★★★★★・・・幾何学模様の並ぶ、砂漠のオアシス
チュニス ★★★★★・・・アラブと西洋の混在するチュニジアの中心
(2015年3月 増田里沙)
- ハノイで女子旅♪未開の世界遺産チャンアンへ!
-
エリア:
- アジア>ベトナム>ハノイ
- アジア>ベトナム>ベトナムその他の都市
- テーマ:買物・土産 世界遺産 グルメ
- 投稿日:2015/04/09 17:39
直行便でお昼過ぎに到着したハノイ空港は曇り空だけど、今年1月にオープンしたばかりの空港は、今までとは段違いに明るくキレイになっていました。
国際線に乗り継ぐ場合は、まだ案内表示があまりなくわかりにくいですが、建物を出て右の方からシャトルバスを利用できます。新しい高速道路ができて、市内までは車で40分程だそうです。
市内を歩いた後、ライトアップされたホアンキエム湖の夜景をみながら、夕食はテラスでベトナム料理をいただきます。
この湖に棲む亀が宝剣を授け、ベトナムから中国明を駆逐したと伝えられています。その後、亀に剣を返したと言われることから、「還剣」の意味のホアンキエムという名がつけられました。
湖に建てられた亀の塔は、夜になるとライトアップされて綺麗です。
お腹いっぱいになったら、フットマッサージで明日に備えます。
旧市街はお菓子屋さんの通りや竹屋さんの通り、漢方薬屋さんの通りなど同じ種類のお店が集まる路地が複雑に入り組んでいます。軒先いっぱいに敷き詰められた商品に、路上で小さな椅子に座ってくつろぐ地元民たち、押し寄せる波のようなバイクの大群と、アジアらしい空間が広がっています。
キョロキョロしていたからか、こんな天秤棒を担いだおばちゃんの籠と衝突。なんとタイツに穴が空いてしまいました!
ここ数日で急に気温が上がったそうで、30度近い暑さだったので、タイツ無しでちょうど良いくらいです。
暑い中を歩いたので、カフェで甘いものタイムです!せっかくなので色んなスイーツを試しました!
コンデンスミルクがたっぷり入ったベトナムコーヒー
ミックスフルーツとコンデンスミルクのチェー
マンゴープリン
ココナッツゼリー
ごちゃごちゃした旧市街の中でも、おしゃれなショップの並びもあり、おしゃれな雑貨屋さんでのお買い物は欠かせません。
高速道路で約2時間、ホアルーの寺院に到着です。
さらに車を走らせると、徐々に奇岩が現れ、チャンアンの船着場が見えてきます。
チャンアンは2014年に世界自然遺産に登録され、地元では多くの人々が訪れているそうです。
広い待合室があり、長椅子で寝ているベトナム人もたくさん。
チケットはおそらくICチップが入っているのに、結局手渡しで回収しているのがベトナムらしいところ。
8人乗りの手漕ぎボートに乗って出発!
チャンアンには奇岩の間に幾つものクルーズルートがあり、今回は1時間コースです。すれ違うボートのベトナム人に手を振りつつ進むと、涼しい風が気持ちいいです。
断崖の切れ目から洞窟に入ると、真っ暗な中にぽつぽつと灯りが灯っています。所々手が届くくらいの高さで、迫り来る天井を避けていくと、出口から外の光が見えてきます。外に出ると、すーっと視界が開けて、奇岩に囲まれた景色が広がります。
まだ海外の観光客であふれていない今のうちに、訪れておくのがおススメです。
ベトナムの歴史が詰まったレストランで夕食。なんとこちらタニシの肉詰め!葉ごと中のお肉を引っ張り出して食べます。ジューシーで美味しい!
ベトナム料理はチャレンジできるようなメニューもたくさんあって、好奇心旺盛な女子にはもってこいですね。
あれもこれも試してみたいことが盛りだくさんのハノイ女子旅!まだ見ぬベトナムを旅してみてはいかがでしょうか?
オススメ度
ハノイ ★★★★★・・・旧市街探索でお買い物もスイーツも楽しめる!
チャンアン ★★★★★・・・神秘的な奇岩の世界遺産エリア
(2015年3月 増田里沙)
- どでかい大自然を求めて〜オーストラリア紀行 世界遺産の大自然めぐり〜
-
エリア:
- オセアニア>オーストラリア>エアーズロック
- オセアニア>オーストラリア>シドニー
- オセアニア>オーストラリア>ハミルトン島[グレートバリアリーフ]
- テーマ:観光地 ビーチ・島 世界遺産
- 投稿日:2015/04/09 17:32
定番の絶景、シドニーのオペラハウスとハーバーブリッジ
市内中心部にありながら大規模な、ワイルドライフ・シドニー動物園
シドニーのダーリングハーバーではラッキーなことに花火に遭遇!
新大陸オーストラリア。
人生初訪問で、それどころか英語圏の訪問も初。そもそもプライベート旅行では考えもしないような行先だった。
そんなわけで、私にとっては文字通り未知の大陸であるオーストラリア。何が待っているのだろう?やっぱり国がでかいだけあってあらゆるもののスケールもでかいんだろうか?200年も前、長い長い航海の末この地に降り立ったヨーロッパからの移民や囚人たちもこんなことを考えていたのかなーと思いながら、初秋のオーストラリアへ旅立った。
<ウルル(エアーズロック)>
そんな期待に応えてくれそうなウルル(エアーズロック)にいきなり訪問。東京を夜出るとシドニーで乗り継いで翌日昼にはエアーズロック空港に到着することができるので、思ったよりも近い。大陸のど真ん中、ど秘境のイメージがあったのだけど拍子抜け。
それでもシドニーからは約3時間半のフライト。東京発だと中国あたりまで行けてしまう。やっぱりでかい国なんだなあと実感。
いきなりウルル
到着日はまずウルルから西45kmにある巨岩群、カタジュタ(マウントオルガ)のツアーに参加。ウルルが一枚岩なのに対してカタジュタは大小36の岩から成り立っている。カタジュタが現地アボリジニの言葉で「たくさんの頭」という意味だと聞いて納得。
ユニークで美しいカタジュタの姿
その巨岩の間にある遊歩道が、今回のツアーで歩いたウォルパ渓谷。片道約2kmのしっかりした道で、両側にそそり立つ巨岩にはただただ圧倒されるばかり。
振り返ると、巨岩の間からどこまでも続くアウトバック(荒野)が見える。
気軽に行けるのでつい忘れそうになるけど、この荒野が示すようにオーストラリア中央部の風土は過酷で厳しい。このときも初秋とはいえなかなかの暑さで、ガイドさんも「15分に一回は水を飲むようにしてください。写真より水分補給の方が大切ですよ!」とおっしゃっていた。
さて、ついにウルルへ近づく。
ウルルが最も美しく見える瞬間はサンセットとサンライズ。
サンセットでは日の入りに近づくにつれ岩肌がどんどん赤く色づき、日が沈むその一瞬だけ燃えるような色となる。そしてサンライズでは、鮮やかなサーモンピンクに染まった後、朝日に照らされて徐々にオレンジ色に変化していく。
その色の移ろいには息をのむばかりで、とても言葉で言い表せられるものではなかった。
真っ赤なウルル
逆さウルル
満月とウルル サンセットバージョン
満月とウルル サンライズバージョン
アウトバックに朝日が昇る
朝日に照らされるウルル
ウルルは眺めるだけではもったいない。登ることもできるが、気温や風の強さ、降雨、さらにアボリジニの文化的理由などで禁止されることも多い。私が訪れた日も強風によって登山禁止とのことだったが、その前日と私が行った次の日は開いていたとのこと。日ごろの行いの良さにもよるのかな?
登山ができない場合はウルルのふもとツアーへ。ウルルの周囲には遊歩道が張り巡らされ、アボリジニの聖地でありながら観光客も訪れることができる。
ニシキヘビにまつわるアボリジニ神話の舞台、クニヤウォークのムティジュル水場
壁画
このような地形は昔のアボリジニの生活の場だったとのこと
約4万年も前からこの地に住み、天地創造の神話「ドリームタイム」という独自の世界観を持うつ先住民アボリジニ。彼らに国民としての権利が認められ、その豊かな民族文化が評価されるようになったのは案外最近のこと。現在では、多文化国家オーストラリアにとってなくてはならない存在となっている。
ちなみにウルルには彼らの聖地であるがゆえに立ち入り禁止や撮影禁止の箇所がある。なぜ聖地になっているかは彼ら以外には教えようとはしないそうだ。
ウルルを訪れた際は、彼らの奥深い文化についてちょこっとでも勉強しておくと、より充実した旅になるはず。
さらばウルル!
<ハミルトン島>
今までリゾート地系には全く縁のない人生を送ってきたのだけど、なんと今回オーストラリアを代表するリゾートアイランド、それも世界中からバカンス客がやってくるハミルトン島に滞在することになった。もちろん一人で・・・。
リゾートビギナーが一人で行って楽しめるところなのだろうか?いきなりプロ野球開幕戦の4番に指名されたような高卒新人のような心境。正直不安の方が大きかった。
飛行機から見える透き通った海。窓側席で本当に良かった!
ハミルトン島は世界遺産の大サンゴ礁、グレートバリアリーフの真っただ中にある。その魅力は、有名リゾート地ながら豊かな大自然が広がっていること、そしてそれを生かした豊富なアクティビティが楽しめること。
空港でホテルスタッフの方が出迎えて下さり、リゾートビギナーのハミルトン島一人旅がスタート。小さい空港なので預かり荷物はターンテーブルから取るのではなく、荷物を載せたカートから各自取っていくという珍しい方式だった。
ホテル「リーフビュー」の客室からはいきなりこの景色!
まずは島を探検。そんなに大きい島ではなく、島内をくまなく回っている無料バスを使えばだいたいどこへでも行ける。また日本の免許証とクレジットカードがあれば電動バギーを借りることもでき、ラクラク移動できる。このバギーを利用した島内日本語バギー観光は日本人旅行者に人気のツアーだとか。
海と島の眺めがすばらしいワンツリーヒルから
サンセットの景色も最高!
海を望む丘に建つオールセイント教会。ここで結婚式を挙げるカップルも多いとか
翌日は、まるまる一日グレートバリアリーフクルーズへ。
約2時間の船旅ののち、美しい海にぽつんと浮かぶポントゥーンと呼ばれる浮島へ。ここを拠点としてさまざまなアクティビティやツアーに参加することができる。ハートリーフが見られるヘリコプターの遊覧飛行ツアーもここから発着。
そう、このクルーズはただの船旅ではなく、グレートバリアリーフをとことん楽しむことができる体験型のクルーズなのだ。しかもほとんどの場合日本人スタッフもいるので安心。
浮島だけど設備はしっかり整っているポントゥーン
まずはお手軽に海中探検を、と半潜水艦へ。
世界遺産のサンゴ礁がこんなに間近に見えるとは・・・!
さらに海中展望室もあり、こちらでは色とりどりの魚が目の前を泳ぎ回っているのが見られる。海に入らなくても、こんなに海中の世界を楽しむことができるのだ。
それでもここまで来たのならやっぱりシュノーケリングやダイビングは体験したいもの。用具はレンタル可能で、スタッフも優しくやり方を教えてくれるので初めての方でも大丈夫。リゾートビギナーの私もここでシュノーケリング初挑戦!
というわけで、大大大満足でハミルトン島に帰ってきたのだった。
まだまだ続くハミルトン島遊びまくりの旅。最後は、動物園のワイルドライフパークへ。カンガルーや爬虫類も見られるけど、ここの目玉はコアラ。しかもコアラと朝食を取ることができるそうな。
動物園でよく見る、檻に入ったコアラを眺めるだけなのかなーなどと思っていたら、、、
!!!
想像をはるかに超えるオープンさ。こっちの方がコアラも居心地よさそうだね。
といってもちょっと居眠り気味
コアラを見ながら朝食が取れるだけでなく、コアラとの抱っこ写真も撮れるのがここのすごいところ。オーストラリアでは州によってコアラの抱っこを禁止しているところもあるけど、ここはばっちりOK。
間違いなく永久保存写真ですね
というわけで、お一人様のリゾートビギナーでもハミルトン島を大満喫できました。ここまでたくさんの魅力がぎゅっと詰まった島は世界中探してもなかなかないのでは・・・。
さらにここで紹介した以外にも水上スキーやパラセーリングなどのマリンスポーツ、ハートリーフへ遊覧飛行ツアーやホワイトヘブンビーチクルーズといったアクティビティも人気。まさに島全体がテーマパークといっても過言ではなく、何日間滞在しても遊び足りないはず。
日本人スタッフも常駐しており、島の情報なら何でも載っている日本語アプリもあるなどまさに誰でも楽しめる環境が整っているハミルトン島。私のようなリゾートビギナーも、ベテランのリゾート愛好家の方もぜひ一度出かけてみては?
<ブルーマウンテン>
オーストラリア最大の都市で、20世紀最後のオリンピックが開かれたことでも知られるシドニー。その西の郊外に広がっているのが、ユーカリに覆われた壮大な森、ブルーマウンテン。2000年には世界遺産にも登録されている。
広い森の中には遊歩道が張り巡らされ、多くの見どころがあるが、その中でも3つの岩が並ぶスリーシスターズはブルーマウンテンを象徴する奇岩。ブルーマウンテンを紹介するときに必ず出てくるスポットで、写真で見たことのある方もいるのではないだろうか。
遊歩道を下っていくと、こんなにこの岩に近づける!
この森の移動手段は徒歩だけではなく、乗り物も使える。
「シーニックワールド」は、乗り物から大パノラマが楽しめるブルーマウンテン随一のアトラクションスポット。
世界一の急勾配を誇るトロッコ
かつての鉱山の再現
ロープウェーからは滝の景色も!
ブルーマウンテンは大自然だけではなく、すぐそばにあるカトゥーンバとルーラの街も人気の観光スポット。どちらもおしゃれで小ぢんまりとした街並みで、ちょっとした散策に最適。
坂が多いカトゥーンバの街並み
教会とオシャレなグラフィティ
ルーラの街は端から端まで歩いても10分ほど
駅もやっぱり小さめでかわいらしい
そしてブルーマウンテン観光のトリを飾るのはキングステーブル。あまりガイドブックに載っていない場所だけど、「これぞ壮大なブルーマウンテンの森!」な絶景が視界いっぱいに広がる。
柵がないのでこんなことも!実はそれほど怖くないのです
想像通り、いや想像を超えた「とてつもなくでかい」大自然に出会えたオーストラリア。なんせ一つの大陸=一つの国なのは世界でもここだけ。同じ国でもさまざまな景色が待っており、そのひとつひとつのスケールが桁違いだった。
また時差が少なく治安が安定しており、人もおおらかということで、老若男女さまざまな年齢層の方が安心して旅行できる国であるということも嬉しい。「安全」で「お手軽」に「大自然」が味わえる国オーストラリア、次のご旅行先にいかがでしょうか。
<おまけ・実は奥深いオーストラリア食文化>
出発前までは、正直オーストラリアにご飯がおいしいというイメージがどうしても持てなかった(オージーの皆さんすみません)。
でも行ってみて分かった。オーストラリアの食事はどんな方でも絶対満足できるはず!
ご存知オージービーフ
オーストラリアの食文化を語るうえで前提となるのが、純粋なオーストラリア料理といえるものはほとんどないということ。移民国家であるオーストラリアでは(現在オーストラリア国民の約4分の1が外国生まれなのだとか!)、食文化も移民によって形成されてきた。最初はイギリス系、第2次大戦後はイタリアなどの南欧や南欧、そして最近はアジア系・・・というふうに。
ハミルトン島、港を望むカフェでピザを食べる
シドニー中心部の本格ベトナム料理屋でフォー
シドニーには大規模なチャイナタウンも
そしてオーストラリアは大陸国家、つまり長い海岸線を持っている国。ということは海の幸が豊富に取れるということで・・・
シドニーのダーリングハーバーで絶品生ガキ!
イギリスでもおなじみ、フィッシュアンドチップス
そして最後に紹介するのはオーストラリアならではのこれ。
ウルルが見渡せる絶好のロケーションで開かれるエアーズロックのバーベキューディナー、そこで出てきたのがカンガルー肉。食べる前は想像もつかないような味だったけど、脂が少なく牛肉が引き締まったような味で美味しかった。
このカンガルー肉、低カロリー食ということで最近注目されているのだそう。またアボリジニの伝統食でもあったが、近年アボリジニ文化が評価されていることもあり、都市部にはカンガルー肉が食べられるアボリジニ料理レストランもあるとのことだった。
この国の歴史をそのまま表しているかのようなオーストラリアの食文化。食事のたびに思いを馳せてみるのもいいかもしれません。
【スタッフおススメ度】
●ウルル(エアーズロック) ★★★★★
写真では見慣れていても、その地に立つとやっぱり感動。サンライズとサンセットの瞬間の美しさは言葉にできない。
●ハミルトン島 ★★★★
クルーズ、マリンスポーツ、動物園、遊覧飛行・・・。オーストラリアが誇るリゾートアイランド、楽しみ方は無限大。
●ブルーマウンテン ★★★★
どこまでも続く緑のじゅうたん。ユーカリの森に癒されよう!
(2015年3月 伊藤卓巳)
1 - 5件目まで(5件中)