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- 雨の断崖絶壁とたくさんの花々に囲まれて。アイルランド・イギリスの旅
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エリア:
- ヨーロッパ>アイルランド>コング
- ヨーロッパ>アイルランド>イニシュモア島[アラン諸島]
- ヨーロッパ>イギリス>コッツウォルズ
- テーマ:街中・建物・景色 歴史・文化・芸術 自然・植物
- 投稿日:2016/01/04 16:42



今回はアイルランドとイギリス2カ国を旅してきました。日本からオランダで乗り継いで約15時間で、最初の目的地ダブリンに到着。
スタイリッシュなダブリン空港を出て、バスで市内までが20分くらいです。
リフィ川沿いに洗練された街並みが並ぶ都会ですが、その中に歴史や伝統が詰まっています。
街のメインストリートはリフィ川の北に延びるオコンネル・ストリート。ランドマークであるオコンネル像から始まり、「光の尖塔」、立派な玄関の中央郵便局やショッピングセンターが並びます。

大きな見所の一つはイギリスのエリザベス1世が創設したアイルランド最古の大学、トリニティー・カレッジ。ここはアイルランドとイギリスで発行された本が納品される法定納品図書館、日本の国会図書館みたいなところで、300万を超える蔵書が収められています。なかでも「ケルズの書」は豪華な装飾が施された福音書なのですが、豪華すぎてケルト芸術の最高峰だとか、アイルランドの宝だと言われています。「ケルズの書」が展示されているロングルームは、映画「スター・ウォーズ」のジェダイ図書館のモデルにされました。

このトリニティー・カレッジの正門の向かいにあるアイルランド銀行は、かつてアイルランド自治議会の議事堂として使われていました。ここから南へ、おしゃれなショップが並ぶ人気のグラフトン・ストリートが続いています。歩行者天国になっている石畳みの通りで、バスカーズと言われるアーティストの出没スポットでもあります。アイルランドで老舗のチョコレート屋さんバトラーズのお店も。

夜はリフィ川の南側に広がるテンプル・バーに行ってみるのがオススメです。ギャラリーが点在するアートなエリアで、パブやカフェ、レストランがたくさんあります。もちろんアイルランド伝統料理も食べられるし、伝統音楽の生演奏があるパブもあれば、路上で演奏している人もいて、わいわいがやがやした通りです。ちなみに「バー」はぱっと思いつく意味のバーではなくて、土砂が堆積した砂州の意味です。


2日目はゴールウェイへ。まず市内からルアスという路面電車でヒューストン駅まで約5分。ルアスは5分おきくらいに走っていて、バス停にある自販機で簡単にチケットが買えるので便利。
ヒューストンからゴールウェイまでの電車はだいたい2時間に1本、車内販売もあり、コンセントまでついています!約2時間半でゴールウェイに到着です。
そんなに大きな街ではないので、1時間もあればぐるっと周れます。カラフルなお店の並ぶ通りや川沿いの遊歩道を歩くのが楽しい!ゴールウェイ大聖堂はちょっと歩いたところにあるけれど、ステンドグラスがとてもきれいです。


そしてもちろんゴールウェイにもバーがたくさんあり、港町なのでシーフードも美味しく頂けます。

幸せの指輪、クラダリングのお店も。ハートは愛、王冠は忠誠、手は友情を表していて、付け方によって意味が異なるそうです。

この町の港から、アラン諸島の一つ、イニシュモア島へ行ってきました。イニシュが島、モアが大きいを意味するゲール語で、この辺りでは日常会話としてゲール語が話されています。
アイルランドは1日のうちに四季があるといわれ、晴れかと思ったら、突然雨が降ったりして、割と曇り空が多いみたいです。この日も典型的なアイルランドのお天気で、朝からかなり雲行きが怪しい。イニシュモア島まではフェリーで1時間かからないくらいなのですが、天候が荒れると、乗客の気分が悪くなることを見越して、全員に袋が配られるそうです。でも今回は心配した程揺れずに到着。ただ雨と風が激しく、とても寒いです。島の住民もこのフェリーで買い物に出るそうで、大変ですね。

車で島をまわりつつ、ビジターセンターへ。


ここから断崖に面する古代遺跡ドン・エンガスまで歩きます。風雨が強くなってきて、足元が滑りやすいので、ちゃんとしたスニーカーで来なかったのを後悔。ようやく砦までたどり着くと、景色としては雨なので一面灰色でした。でも、腹這いになって断崖のギリギリに近づき、下を覗くと、思わず叫んでしまいました!すごい勢いで下から風が吹き上げてきます。しかもずっと下のほうでは岩に波が打ち寄せていて、冷たいのは雨なのか、波のしぶきなのか、何がなんだか分からなくなるような迫力でした。

ここは海面からの高さが80mくらいですが、さらに高いのがモハーの断崖。こちらは200mもの断崖絶壁になっていて、ここもすごい迫力がありそうです。
もし晴れていたら断崖の淵から一面に海が見渡せていたのでしょう。来る前はそれを楽しみにしていたのですが、むしろ雨でとても楽しかったです!
イニシュモア島からの帰りに、この辺りでギネスビールが1番美味しいというパブに行ってギネスデビューしてみました。ものすごくギネスに詳しい方と一緒だったのですが、彼女曰くここのギネスは街中のパブとは一味違うとのこと。ゆっくりと泡が上に溜まるのを待ってから飲んでみると、思ったより飲みやすく、ギネスが体にしみわたります。

でも私のお気に入りはホットウイスキー。お砂糖がはいっていて甘いんです。これにさらにコーヒーが入ったのがアイリッシュコーヒー。コーヒーなのにウイスキーが入っていて、砂糖もたっぷりで甘いという、なんとも不思議な飲み物です。
そういえば、ダブリンにはギネス・ストアハウスがあって、工場見学の後で試飲ができます。上の階がバーになっているので、思う存分飲むこともできます。
その後はコネマラ地方へ。ここにも見所がたくさんあり、よく見ると羊が点々としているマーンマウンテンや、緑豊かな湖畔に佇むカイルモア修道院をみながら、小さな小さな町コングへ。

10分くらいで歩いてまわれるほど小さくて、200人程の人が住んでいます。こんなに小さな町でも何軒かパブがあるのがアイルランドらしいところ。
今夜の宿はとてもチャーミングなアンさん夫妻のB&Bです。かわいらしい家具がちょこんと置かれ、静かでゆったりとくつろげます。朝はさらに静かで、近くのお庭や牧場でお散歩して、美味しい朝食を頂くのが、都会では決して味わえない贅沢な時間です。
まだまだアイルランドでゆっくりしたいところですが、今回はイギリスにも行って参りました。
コッツウォルズではハチミツ色のライムストーンで造られたかわいらしいお家が並びます。
ボートンオンザウォーターの町は小さな橋のかかった川沿いにカフェやレストランなどが並ぶ景色が美しく、とても人気があります。

静かな田舎町なのがチッピングカムデンやバイブリー。カースルクームでは屋根にアンテナを取り付けるのも禁止されています。

それぞれの町に、教会やガーデンなど見所がありますが、特に素敵だったのがヒドコットマナーガーデン。広大な敷地に様々な花や草木が咲き乱れ、エリアからエリアへ移動すると、景色が次々に変わり、まるで「不思議の国のアリス」の世界に迷い込んだよう。


ガーデンの外でも、ちょうどアブラナの花が咲く季節で、一面に色鮮やかな黄色の花畑が広がり、車窓からつい目で追ってしまいます。また細い道の両側の木の葉が上の方でつながって、緑のトンネルになっているところがたくさん。

さらに今回バンズリーハウスというマナーハウスに泊まってきました。ここのガーデンは園芸家のローズマリーさんが生前作り上げたお庭で、キレイな藤の花やイチイが石畳の両脇に並んでいます。広々としたスタイリッシュなお部屋からも、ガーデンを眺めることができます。


コッツウォルズからロンドンへ戻る途中、ストーンヘンジも見に行きました。あの中に入ってみたかったです・・・

ロンドンではタワーブリッジやウエストミンスター宮殿、バッキンガム宮殿など見所がたくさんあります!キングズクロス駅には映画「ハリーポッター」にでてくる9と3/4番線の入り口が再現されていて、記念撮影ができるようになっています。



大英博物館では本物のロゼッタストーンや日本に来たことのない展示品を目の前にして大興奮!古代エジプトのエリアの一部しか見て回る時間がありませんでしたが、エジプト好きの私にはたまらないひと時でした。



アイルランドもイギリスも、見所たっぷりの街と、自然豊かでかわいらしい田舎町がどちらも楽しめます。今回は特にお花の季節に行かれたので、カラフルなガーデンや色とりどりの花々を見ることができてとても幸運でした!次はもっとお庭やお花に詳しくなって、それから博物館もまだまだ見たりないので、また見に行こうと思います。
オススメ度
ダブリン ★★★★★・・・歴史や見所いっぱいのリフィ川沿いの都市
イニシュモア島 ★★★★★・・・アイルランドに行くなら必ず行きたいケルト文化の島
コング ★★★★・・・田舎で羊や自然を楽しめる
コッツウォルズ ★★★★★・・・ハチミツ色のおうちが並ぶかわいらしい町がたくさん
ロンドン ★★★★★・・・一度では回りきれないほど、見所が満載
(2015年5月 増田里沙)

- 砂漠の違いがわかるようになる!ぐるっとチュニジア周遊の旅
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エリア:
- アフリカ>チュニジア>トズール
- アフリカ>チュニジア>スース
- アフリカ>チュニジア>クサール ギレン
- テーマ:街中・建物・景色 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/04/09 17:45


日本から飛行機を乗り継いでチュニス空港へ。
空港からスースへ車で1時間ちょっと、あいにくの空模様なので、観光は翌日に。「サヘルの真珠」とも呼ばれる世界遺産の街スース、ホテルからも見える白砂のビーチが広がっています。
翌日は朝からスースの旧市街へ。カラフルなラクダがかわいい。

アラブ人の侵攻の前線基地として建てられたリバトの塔に昇ると、グランドモスクから旧市街の町並み、港の方までぐるっと見渡すことができます。眺めが良いのでおすすめです。

生鮮市場には野菜や魚、お肉に並んで牛の頭も。スースの旧市街はとても広いので、丸一日見ていても飽きないですね。

近郊のエル・ジェムには巨大なコロッセウムが。小さな町にかなりの存在感で、綺麗に残っています。

この辺りのスファックスのエリアは、オリーブの生産が盛んで、ずらりとオリーブの木が植えられています。
車を走らせるうちにオリーブも段々と見えなくなり、岩山が増えてきて、先住民であるベルベル人が住んでいるマトマタへ。地面に穴をあけ、いくつもの部屋を作って住居にしています。夏は涼しく、冬は暖かい住みやすさがあるそうです。


マトマタを訪れる観光客の目的の多くはここ、映画「スター・ウォーズ」の撮影に使われた穴居住宅です。ダースベイダーがお出迎え。


撮影当時の写真や記事が貼られています。チュニジアには他にもスター・ウォーズのロケ地がいくつもあるので、あちこち周ってみたくなります。

涼しい穴居住宅で食べるチュニジア料理。ブリックはカリカリの皮でふわふわの卵を包んだ揚げ物で、たまらない美味しさ!

どんどん砂漠の奥へ進んで、サハラ砂漠の中のテントロッジ、ヤディス・クサールギレンへ。


砂漠のテントなのに、エアコンもシャワーもあって、ちゃんとお湯まで使えます。プールやスパでゆっくりするも良し、バギーで砂漠へ繰り出すも良し。

ただ、バギーがこんなにスリリングなものだったなんて、予想していませんでした。砂漠の高低差にあわせて、まるでジェットコースターのような動き。慣れてくるとどこまでも続く赤い砂漠の景色を見ながら、風を感じて抜群の爽快感を楽しめます。
驚くほど細かいさらさらの砂で遊んだり、夕陽を眺めたり…夕食の後は一面に広がる星空を見に行きましょう。
次はまさに砂漠のオアシスのイメージにぴったりの町ドゥーズ。町のすぐ近くに砂漠が広がっていて、ラクダに乗って砂丘の中へと出かけられます。

高さ2メートルはあるラクダの上から、砂漠を眺めて小一時間のお散歩へ。一面の砂漠に、雲の影が流れるのがなんとも綺麗。ラクダはつぶらな瞳で、連れて帰りたくなる程かわいかったです。


ショット・エル・ジェリドという塩湖を渡ってトズールの街へ。
赤茶色の湖なのですが、天気が良いと、空が写って湖から天まで青空が広がっているようにも見えます。
トズールは日干しレンガでできた家が並び、細い路地にはこんな複雑な模様で飾られたお家がたくさん。

時々目が回りそうになりますが、不思議な空間です。
また、トズールは北アフリカ最大とも言われるデーツ(ナツメヤシ)の産地で、ここで採れる高級ナツメヤシは「光の指」と呼ばれています。個人的にはこのネーミングはどうかなと思うのですが・・・
トズールから車でちょっと離れるだけで、大自然の景色が現れます。周辺には岩山の隙間にあるシェピカや、山道の途中に現れるタメルザ、断崖の上に残るミデスといった山岳オアシスの村も見所です。
シェピカの町はお土産屋さんの向こう側まで行くと、ハイキングコースがあり、岩山の隙間にどんどん入っていくことができます。

上の方にのぼると見晴がよく、パノラマの景色が広がります。
奥まで進むと意外と草木も多く、泉があって湧水がわいています。


この辺りは50年ほど前に大洪水があり、その影響でタメルザの町などは廃村となっています。今では近くに新しいタメルザの町ができ、町の近くにグランド・カスカドと呼ばれる滝があります。
さらにタメルザから少しのところにミデスという村があり、ここも村自体は洪水で廃墟となっていますが、チュニジアのグランドキャニオンとも言われる断崖絶壁があります。岩山の表面に何重にもなった地層が見え、うねうねした岩山の隙間は深い谷になっています。

この独特の景色は映画にもよく使われるそうです。
そして、今回の旅で訪れたもう一つのスター・ウォーズのロケ地、オング・エル・ジャメル。波のように凹凸のある砂漠の中を進んでいくと、その景色に溶け込んだ撮影のセットが残されているのが見えてきます。ドーム状だったり台形だったりするいくつもの建造物が残り、アナキンの暮らした町を体験できます。

このセットの先に砂漠が小高く盛り上がっていることころがあり、砂漠に沈む見事な夕日を臨むスポットになっています。


ラクダ岩・・・ラクダが見えますでしょうか?
それぞれの土地で異なる砂漠や山々、オアシスの緑など、日本では体験できないような自然に触れられるのもチュニジアの魅力です。
最終日はまず世界遺産カルタゴ遺跡を見てまわりました。街中に点在する遺跡のなかでも、アントニヌスの共同浴場は地中海に面してかなりの面積を有していますが、本来は2階建てで相当の規模だったことが窺えます。

100以上の部屋が左右対称に並び、それぞれが鮮やかなモザイクや彫刻で装飾され、その上にいくつものドームの天井が並んでいたのでしょう。どれだけ贅沢な建造物だったのかと、想像することしかできないのがはがゆい気持ちになります。

綺麗なお花畑が広がっているところも多いです。
最後にシティ・ブ・サイドに立ち寄り、白にチュニジアンブルーの町並みを満喫しました。

シティ・ブ・サイドは特にそうですが、チュニジアでは他の町でもドアや窓の模様がかわいい家がとても多く、町歩きや移動中の車窓からもたくさんの模様のお家をみることができます。
広大な砂漠に、様々な民族の歴史が織り混ざったチュニジア、大興奮で楽しいだけでなくとても興味深い旅になりました。
オススメ度
スース ★★★★★・・・白い家々に白砂のビーチ、色々楽しめる街
クサール・ギレン ★★★★★・・・きめ細かい赤の砂漠で非日常の世界
トズール ★★★★★・・・幾何学模様の並ぶ、砂漠のオアシス
チュニス ★★★★★・・・アラブと西洋の混在するチュニジアの中心
(2015年3月 増田里沙)

- 50年前にタイムトリップ!?神秘の国、ブータン
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エリア:
- アジア>ブータン>ティンプー
- アジア>ブータン>パロ
- アジア>ブータン>プナカ
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 温泉・露天風呂
- 投稿日:2015/03/30 15:39

ブータン国王夫妻
幸せの国ブータン!つい何年か前、若き国王夫妻が来日したことで、その国の名を耳にした人も多いはず。そう、某有名プロレスラーにどことなく似た雰囲気のある、あの国王!
今回、ブータンに行く機会を得た。
トランジットのためバンコクで1泊したのち、ブータン唯一の国際空港、パロへ。
徐々に高度を下げ、険しい山の中を切り裂くように降りていく機体。この着陸の様、まさに神秘の国にふさわしい!!と密かに機内で興奮。実はこの空港、周りを囲むヒマラヤの高い山々と短い滑走路のため、世界でも着陸の難しいパイロット泣かせの空港として有名。
普段は通路側をリクエストするが、窓側にして大正解。さらに言うと左側の窓側がベスト!天気が良ければ雲の上にヒマラヤの山が見えるのだ。

窓から見えるヒマラヤ!
ブータン到着!!!
この日からゾン・ラカンなど寺院漬けの毎日のスタートだ。
パロから途中、標高3200mのドチュラ峠を越え、プナカを目指す。プナカは1955年にティンプーが通年の首都になるまで、ブータンの冬の首都であった県である。
各県にはゾンと呼ばれる、寺院と行政の役割を持った建物がある。かつての首都であったプナカのゾンは、ブータンでも2番目に古く、それはそれは見事の一言に尽きる。
なんと、現国王の結婚式もここで行われたのだそうだ。
記憶が混同するほどにたくさんの寺院を見たが、プナカ・ゾンは一番鮮明に記憶が残っている。

プナカ・ゾン

川に挟まれて作られた、プナカ・ゾン

プナカ・ゾンにいた修行僧
プナカを後にし、本日の宿がある、ワンデュ・ポダンへ。
途中、市場を見学。ブータン人の大好きな唐辛子が売られていた。
ブータンの人々は素朴だ。日本人に顔つきが似ているのだけども、少し色が黒い。
伝統衣装の「ゴ」や「キラ」を着ていなければ、色の黒い日本人に見えてしまう。
カメラを向けると恥ずかしがらずに写真を撮らせてくれた。
あとやたらと野良犬が多く、我が物顔で道路に寝そべっている。襲ってくることはなく、吠えることもなく、死んでいるのでは?と疑うほど、ただただ寝ている。

ワンデュ・ポダン近郊の市場

ブータンの伝統的な家々

学生は皆、伝統衣装が制服

あ、起きた(笑)!
3日目、ワンデュ・ポダンより3350mのペレラ峠を越え、トンサへ。
トンサでももちろんゾン。
トンサ・ゾンは500年以上も前に原型がつくられ、何度かの拡張を経て、ブータン最大のゾンとなった。
谷に沿うように建てられており、侵入者を防ぐ見張り穴のようなものもあり、まるで要塞のようであった。
なお、ゾンでは皆、正装が定められている。
民族衣装のゴは普段からも来ている人は多いが、ゾンに参拝するときはさらに白い布をかけなければならない。女性もキラを着て、肩から布をかけている。
観光客とて同様で、過度な肌の露出は許されない。脱帽で、タンクトップや短パン、サンダルはNGだ。


トンサ・ゾン

正装のガイドさん

トンサ・ゾンにいたお坊さん

小学生たちと一緒に
この日から2泊、ブムタン谷にあるジャカルへ宿泊。
ブムタンは4つの谷からなる地方であるが、実際にブムタンという町は存在しない。
集落のほとんどは標高2500Mクラスなので、結構冷える。
ホテルの部屋には薪ストーブがあり、これで暖をとるのだ。火を燃やすのは大人になってもなぜかわくわくしてしまう。

部屋の薪ストーブ
ここで、ブータンの食事を紹介したい。
ブータン料理は世界一辛いと言われていて。唐辛子や山椒をふんだんに使っている。
米は白米よりも赤飯を好み、肉でも野菜でも乾燥させて食べることが多い。
レストランでもホテルでも観光客向けにアレンジしたメニューを出してくれるので、極端に辛い料理には、特別リクエストをしない限りは出会わない。
ただどこに行っても同じようなメニューばかりで非常に飽きる。特にまずいものはいが、特においしいものもない…。もっとこう、味にも料理にもバリエーションが欲しいものだ。
そしてここブムタンはソバで有名。ホテルで朝、ソバ粉パンケーキが出てきたが、びっくりするくらいおいしくなかった。そば粉でおいしく食べられるのはクレープの厚みが限界ではなかろうか。パッサパサのモッサモサで、そば粉そのものを咀嚼しているような気分だった。4枚積み上げられたそば粉パンケーキは頑張って1枚だけコーヒーで胃袋に押し込んだ。
ただ料理はイマイチなことが多いが、レストランでもホテルでもブータン人のホスピタリティーは素晴らしい!ということだけは主張しておきたい。

外国人向け料理

たまにこんなオシャレな料理に巡り合えることもある
終日のブムタン谷観光


ジャカル・ゾン

ジャカルの学生さん

クジェ・カラン

ワンデュ・チョリン御殿
そして、どんなものかと楽しみにしていたホームステイ!
ホストファミリーに会いに、ポプジカという標高3300mの村を目指した。
一般的な農家のおうちはこんな感じ。

ここでホームステイ

昔ながらのキッチン
ブータンの人々は、年に1〜2回ほど、家にお坊さんを呼び朝から夕方5時くらいまでお経をあげてもらうのだそうだ。
そのため、どこの家にも立派な仏間がある。


ホストファミリー宅でお経をあげているお坊さん
ホストファミリー宅でブータン農家式お風呂「ドツォ」を体験した。

たき火で石を焼き

一度水で汚れを落とし

浴槽へ

体の芯までポッカポカ!

ドツォ
お風呂に入るのも一苦労だな。面白い体験だった。
お風呂に入ったら、ホストファミリーと一緒に夕餉の時間
まるで映画で見る昔の日本の食卓のようだ。薪ストーブを囲んで家族みんなでいただきます。
和やかにご飯を食べていたら、突然の停電!!
実はこの村に電気が通ったのは3年前。ちなみにブータンでテレビ放送やインターネットが始まったのはなんと15年前!
この地方では電気が地下を通っているため、停電の度に配線どこだ〜?と地下を探すので復旧に時間がかかるのだそうだ。
非常用の小さなソーラー電気の明かりを頼りに、民族衣装の着付けをしてもらった。

夕ご飯


ホストファミリーと一緒に夕食

女性が着るのはキラ

男性のゴも着てみた

暑いときはこう着る

お部屋
ファミリーとの暖かな夕食を食べ、ガイドさんを通じていろいろな話をした。
親日家のご家族だったようで、受け入れているのは日本人だけなのだ、私たちは日本人が大好きだと言ってくれた。なんだかうれしい。
そして翌朝はおばあちゃんの読経で目が覚めた(笑)。
ホストファミリーに別れを告げ、首都ティンプーまで約4時間のドライブ。
ブータンの道路はまだまだ発展途中である。
いろいろな区間で工事をしていて、ある目的地まで行くための唯一の道が3〜5時間くらい閉鎖され、その合間合間に、1時間通行が許される。しかもその通行可能時間がよく変わるので、時間が読みにくい。通行が許可されている時間に間に合わないと、何もないところで何時間も待たされるわけだ。
ポプジカ〜ティンプー間も3つの工事ポイントがあり、残り7分のところで、ギリギリ通過したが、内心ヒヤヒヤだった。
また工事中の道は険しく、車のすれ違いもままならない場所もある。また、前の車が見えなくなってしまうほど、砂埃がすさまじい。
でも住んでいる人には旅行者の勝手だと思われるが、この不便さにやはりブータンらしさを感じてしまう。
首都ティンプー!
人口も多く、近代的な建物の建築ラッシュが進んでいるという。
とはいえ、建物はすべてブータンらしい様式だし、首都とは思えないほど自然が溢れている。
メインロードにこの国唯一の信号がある。しかもそれは手旗信号!!

集団住宅

手旗信号

タシチョ・ゾン

メモリアルチョルテンでマニ車を廻す人たち

メモリアルチョルテンに参拝に来ていた人
ティンプーから車で走ること約40分、空港のあるパロに戻ってきた。
観光最終日は、ブータン最大の観光地、タクツァン僧院へ。
ここからトレッキングが始まる。去年マチュピチュに行ったとき、ワイナピチュ登山を経験し、二度とこういうことはしたくない、と思っていたがいとも簡単にその二度目は訪れた。運動が大嫌い、富士山は登るものではなく眺めるものだと思う私の、3時間半にも及ぶ苦闘。

悲しくなるほど高いところにあるタクツァン僧院
この日はとても天気が良く真っ青な空、緑の山々のコントラストがそれはもう素晴らしかった。そんな景色を楽しむ余裕は最初の5分で消え失せ、あとは黙々と足を上げて降ろしての繰り返し。
馬で登る人もいるので、道は馬糞に溢れている。
疲れながらも馬糞を踏むことへの抵抗感。馬糞を避け変なステップになるので、疲れに拍車がかかる。
道は当然整地されておらず、急斜面になるので、履きなれた靴を。そしてできれば馬糞を踏んでも気にならない靴を(もしくは心を)。
ガイドさん曰く、急斜面で落馬の可能性があり、馬の扱いに慣れていない日本人には絶対お勧めできない。馬にとってもハードだしかわいそう、とのこと。
虫の息で第一展望台にたどり着いた。
第一展望台からの眺めはこんな感じ。まだまだ遠い…。これでは納得してもらえない。

第一展望台の馬止め

第一展望台からの眺め
ここでお茶を飲み、クッキーをいただき、さらなる高みへ。
ガイドさんに心配され、どうする?行くの辞める?と聞かれた。でも私にはタクツァン僧院のガイドブックのようにきれいに写真に撮るというミッションがあるのだ、と説明すると、ガイドさんがなんと、僕一人で行って写真を撮ってくるという天使のような提案をもちかけた。
えぇっ、いいのん?!
と心を強く揺さぶられたが、申し訳ない思いが勝ち、第二展望台へ向けて歩き始めた。
そしてさらに45分程のトレッキングを経てついにたどり着いた〜!!


第一展望台からの眺め

タクツァン僧院
断崖の中にへばりつくように立つ、僧院。
実は、一度火事で焼失してしまったそう。2004年に再建が完了したそうだが、資材の運搬などはたくさんのボランティアの人が参加したのだという。
私なんて手ぶらで登るだけでもこれだけ文句が噴出するのに、志願して資材を持って登った人たちはなんて立派なのでしょう。
僧院までは第二展望台からさらにV字に800段以上の絶壁階段を上り下りしなければならない。それを往復だ。
が、私にはそんな余力は残っていない。残してない。私のゴールはここです、と第二展望台にて高らかに宣言そして、下山。
あんな苦しかった山道も帰りはラクラク。景色を楽しむ余裕もあり、抜けるような青空を楽しんだ。標高が高いため眼球も日に焼けるようで、翌日は目が充血していた。サングラス持参を持参した方がよいであろう。

ホームステイ先の男の子と
このメインイベントをもって、私のブータン研修は終了した。
日本やほかの海外に比べ、極端に物資が少ないなと思うし、旅行客を受け入れる体制は到底、他国の水準には達していない。
でも豊かさとは、簡単にモノが手に入ること、電気があって便利な生活を送れることとはコールではないのだな、と改めて気付かされる旅であった。
心の豊かな人たち、独特のリズムで生活する人たち、信心深く仏教とともに生きる人たち。
幸せの国ブータンの、“幸せ”の意味が分かった気がした。
スタッフおすすめ度
プナカ ★★★★★ 数あるゾンの中でもプナカ・ゾンは見応えがある
ジャカル ★★★ 街は小さいが周辺の棚田や大自然が美しい
ポプジカ ★★★★★ のどかな湿地帯の散策とファームステイがお勧め
ティンプー ★★★★ ブータンの首都。近代的なブータンを見られる場所
パロ ★★★★★ ブータン最大の観光地、タクツァン僧院がある
(2015年3月 久保井奈々子)

- まさにアドレア海の真珠・ドブロヴニク これからのヨーロッパの本命はバルカン半島なのだ。
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エリア:
- ヨーロッパ>クロアチア>ドブロブニク
- ヨーロッパ>ボスニア・ヘルツェゴビナ>モスタル
- ヨーロッパ>マケドニア>オフリド
- テーマ:街中・建物・景色 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/03/30 15:18

ヨーロッパの南東部に位置するバルカン諸国(アルバニア、ブルガリア、マケドニア、セルビア、モンテネグロ、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、スロベニア、ギリシャ等)はまだまだ日本人には馴染みが薄いが、その歴史は古く古代にさかのぼる。西暦前はマケドニア王国の時代、4〜9世紀は東ローマ帝国、12〜13世紀はブルガリア帝国、16〜19世紀はオスマン帝国が統治し、その後はオーストリア・ハンガリー帝国とロシア帝国の勢力争いの場となり、第2次世界大戦後は王制が廃止され共和制に移行した。1989年にはベルリンの壁崩壊に象徴される冷戦が終結され東欧革命が起り、その影響を受ける。ただ、多民族国家であるユーゴスラビアは共産主義国ではあったがソ連とは異なる独自の共産主義を推進していた。1980年チトー大統領の死後、各民族の不満は高まり、冷戦終結の影響もあり構成していた6つの共和国は独立にいたる。6つの共和国とは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、マケドニアである。今回の出張はその中の4カ国、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニアと鎖国状態が長かったアルバニアへの初体験の旅である。

スコピエ城塞

石橋

スタラ・チャルシャ

観光看板

マザーテレサ記念館
第1の訪問国マケドニアは、1991年に旧ユーゴスラビア連邦から平和的に独立した唯一の国家である。その名のとおり長い歴史を持つ国だが古代マケドニア王国の人々と直接の連続性はない。民族はマケドニア人が約65%、アルバニア人が25%を占める。人口は200万人強。言語はマケドニア語が68%、アルバニア語が25%、トルコ語が3%、セルビア・クロアチア語が2%である。宗教は正教会が70%、イスラム教が29%、その他が1%である。首都、スコピエは1963年の地震によって市内の80%が破壊されてしまい、震災後の都市計画の大部分はなんと日本人都市計画家「丹下健三」によって策定された。最も人気の観光スポットである「スコピエ城塞」はおおよそ復元され保存されている。ヴァルダル川に架かる石橋(カメン・モスト)は1451年から1469年にメフメト2世によって造られたが、東岸にあるバルカン半島の中でも最大級のスタラ・チャルシャ(オールドバザール)と西岸のマケドニア広場を結んでいる。スコピエはマザーテレサの生誕の地として知られ18歳までここで過ごした。彼女の業績を記念するための記念館が2009年にオープンされている。マケドニア広場の中央には勇敢なアレキサンダー大王の像が見守り、ヴァルダル川沿いには新しいマケドニア博物館、オペラハウス、国立劇場等が建立され見事な景観を造り出している。歩きやすいように街歩きの看板が30ヶ所のおすすめポイントを示している。できたら1泊はしてじっくり街を歩くことをお薦めする。それだけの価値はある。

オフリドの町

聖ソフィア大聖堂

国立博物館

サミュエル要塞

湖からの旧市街
次はスコピエから3時間ほどで保養地として有名なオフリドに到着。中世には、聖キリルとメトディウスの弟子である聖クリメントと聖ナウムがこの地で布教活動を行い、以来オフリドはスラヴ世界におけるキリスト教文化の中心地として栄えた。1979年にはユネスコ世界遺産の複合遺産に登録され、マケドニア屈指の観光地としてにぎわっている。特に旧市街は見所満載だ。湖に沿って入っていくと、上階部分がせり出した白い建物の国立博物館があり、しばらく進むと聖ソフィヤ大聖堂、岬の先の聖ヨハネ・カネオ教会と続く。坂の上にはフレスコ画で有名な聖クレメント教会やイコン博物館がある。丘の上にはサミュエル要塞があり、ここからの町と湖の眺めは圧巻だ。仕上げはボートにのり、湖から眺めると旧市街全体が見渡すことができる。
第2の訪問国・アルバニアは第2次世界大戦後にほぼ鎖国状態となり1978年から完全な鎖国状態となった。1991年に「アルバニア共和国」に改称し、1992年の総選挙によって非共産政権が誕生した。しかし1997年のネズミ講の破綻で経済は混乱に陥った。その後は経済回復を続け、2000年にWTO加盟、2014年6月よりEU加盟候補国となっている。宗教構成はイスラム教70%、アルバニア正教会20%、ローマ・カトリック10%。民族はアルバニア人が大部分を占めている。

スカンデルベグ広場

ジャミーア・エトヘム・ベウトと時計台
首都、ティラナは17世紀にオスマン朝によって築かれ、隊商ルートの要衝として発展し、1920年に首都になった。スカンデルベグ広場が街の中心であり、国立歴史博物館、ジャミーア・エトヘム・ベウト、時計台、国立美術館が建ち並び、見所は集中している。


ベラディ城

神女就寝教会

コソボからも学生たち


千の窓の町
ティラナから車で2時間で世界遺産のベラディに着く。2008年に世界遺産登録されたベラディの見所は2つ。1つはベラディ城。紀元前4世紀に砦は築かれ、現在も多くの人が生活している。城内にはいくつか教会があり、その中の神女就寝教会は現在「オヌフリ・イコン博物館」として公開されており見ごたえがある。コソボからも学生たちが観光に来る人気の場所だ。2つ目は「千の窓の町」と呼ばれるゴリツァ地区。斜面を埋め尽くすようにレンガ色の屋根と白い壁の家が建ち並んでいる。博物館都市の名にふさわしい景観だ。宮崎駿監督の映画に出てきそうなメルヘンチックな町である。
第3の訪問国・モンテネグロは2006年6月に独立した。前身のモンテネグロ共和国は1991年から始まったユーゴスラビア紛争においてもセルビアと歩調を合わせ最後までユーゴスラビア連邦共和国から離脱しなかった。1999年のコソボ紛争後、通貨や関税に関してセルビアから徐々に独立しようとする動きが強まっていった。そして2006年5月にセルビアからの分離独立の可否を問う国民投票が実施され、6月に国際的にも独立が認められた。宗教は正教会が約75%、イスラム教が約18%。民族構成はモンテネグロ人が約43%、セルビア人が約32%、ボシュニャク人が約8%。言語は60%以上がセルビア語のモンテネグロ方言である。国名のモンテネグロとはヴェネツィア語の「黒い山」を意味し、自国では同じ意味のツルナ・ゴーラと呼ぶ。


旧市街

スロヴェンカ・ビーチ

旧市街・教会
首都のポドゴリツァを経由して、モンテネグロ屈指のリゾートタウン「ブドヴァ」を訪れる。600mのスロヴェンカ・ビーチと、城壁に囲まれた旧市街の組み合わせは心を開放させる。旧市街はほんの1時間もすれば歩いてまわれるほどで、教会や博物館、お土産や等がきれいに納まっている。


旧市街

聖トリプン大聖堂

聖ルカ教会

城壁
ブドヴァから車で40分もすれば、世界遺産の「コトル」に着く。コトルはアドリア海沿岸の複雑に入り組んだ湾の最も奥に位置している。背後には険しい山がそびえ、山に沿って城壁が築かれ、堅固な要塞都市として栄えた。旧市街の見所は何と言っても「聖トリプン大聖堂」だろう。ロマネスク様式の教会は威風堂々とこの町を見守っている。規模は小さいが「聖ルカ教会」「聖ニコラ教会」も見逃せない。時間があれば是非とも挑戦してほしいのが「城壁」登りだ。高さは最高で20m、長さは4.5km。頂上からは旧市街のみならず、遠くの入り組んだ湾まで望むことができる。
第4の訪問国はクロアチア。1991年に6月に独立するが、領内に多く住むセルビア人はその独立に反対し、セルビア人の保護を目的に、ユーゴスラビア連邦軍がクロアチアに介入することとなる。このクロアチア紛争は1995年まで続き、多くの犠牲者とセルビア人難民を生み出した。2013年には正式にEUに加盟し、近年多くの観光客が訪れている。宗教はローマ・カトリックが88%、そのほかセルビア正教など。民族構成はクロアチア人89.6%、セルビア人4.5%。言語はクロアチア語である。ただ、セルビア語、ボスニア語とは方言程度の違いしかない。

アドレア海の真珠・ドブロヴニク

路上パフォーマンス

旧市街

ドブロヴニクの新郎・新婦

ロープウエイ


夕焼けに染まった旧市街
今回は「アドレア海の真珠」と呼ばれるクロアチアきっての観光地「ドブロヴニク」を訪問。町はアドレア海に突き出した旧市街と、スルジ山の裾野に広がる新市街からなるが、見所は旧市街だ。オレンジ色の瓦屋根を頂いた家がぎっしり並び、敷き詰められた大理石が細い路地まで延びている。1991年のクロアチア紛争によりかなりの被害を受け、今もなお弾痕があちこちに見られるが戦後修復が進み昔の美しい町に戻り、1994年に世界遺産に再登録された。およそ500m四方の町はどこを歩いても中世の町にスリップした錯覚を覚える。それは現代風に洗練された旧市街だ。ロープウエイでスルジ山に登れば、まさにアドレア海の真珠と形容された景観に圧倒される。朝焼けに染まった旧市街、夕焼けに染まった旧市街、どの瞬間でもずっと見続けていたいものがそこにある。
最後、第5の訪問国ボスニア・ヘルツェゴビナはボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国(セルビア人共和国)の二つの構成体からなる連邦国家である。44%のイスラム教徒中心のボシュニャク人(旧ムスリム人)や、17%のローマ・カトリック教徒主体のクロアチア人はユーゴスラビアからの独立を望み、33%のセルビア人が反対する中、国民投票を決行し1992年独立を宣言した。しかし翌月には反対するセルビア人との間で軍事衝突に発展した。いわゆるボスニア・ヘルツェゴビナ紛争は1992年4月1日から1995年12月14日まで3年半以上にわたり全土で戦闘が繰り広げられた。NATOによるセルビア人勢力に対する空爆が実施されたり、カーター元アメリカ大統領の仲介により停戦が実現したりした後、パリで和平が公式に合意(デイトン合意)され戦闘は終結した。領土配分はボスニア・ヘルツェゴビナ連邦が51%、スルプスカ共和国が49%とされ、それぞれ独自の議会が設けられている。今はEU加盟が3民族の共通の目標とされており、国旗にもそれが現れている。言語はボスニア語、クロアチア語、セルビア語であるが、実際には住民は民族の別にかかわらず地域ごとの方言を話している。

ブラガイ

スターラ・デルヴィッシュカ・テキヤ
ドブロヴニクから国境を超え、車で2時間半でブラガイに着く。ブナ川沿いに築かれたブラガイはローマ以前から砦が築かれていた歴史ある町だ。イスラム教の修道院「スターラ・デルヴィッシュカ・テキヤ」は切手のデザインにも使われており、有名な観光スポットだ。



スターリ・モスト(石橋)

旧市街
ブラガイから北へ12kmあがると、北世界遺産に登録されている「モスタル旧市街」に到着。モスタルはヘルツェゴビナ地方の政治・経済・文化の中心だが、その名を有名にしているのはネレトヴァ川にかかるアーチ型の石橋・トルコ建築の傑作「スターリ・モスト」である。この橋から伝統のジャンプ大会が行われるが、タイミングがよければ美しい「白鳥跳」が見られるかもしれない。この橋は紛争中の1993年に破壊されたが、ユネスコの協力で2004年に復元された。旧市街は16世紀からキャラバン・ルートの町として栄え、古い建物はオスマン朝時代を偲ばせる。


サラエヴォの街並み

バシチャルシア

トンネル博物館
さらに2時間弱でボスニア・ヘルツェゴビナの首都・サラエヴォに到着。1984年には冬季オリンピックが開催された街でもある。最近ではその名を有名にしたのは、元日本サッカー監督「オシム」さんの出身地によるところが大きい。よく街で見かけるとガイドのメヒックさんの話なので、もしかして会えるかもと期待して街を回った。旧市街の中心にあるバシチャルシア(職人街)は赤いレンガの古い家が建ち並び、オリエントの雰囲気を醸し出している。イスラム教、カトリック、正教会、ユダヤ教の各宗教施設が並びあう様は、多民族・多宗教が交じり合ったサラエヴォの魅力である。平日にもかかわらず沢山の観光客で旧市街で溢れ、観光客もその出身はまた国際色豊かであった。しかしながら、紛争の跡は弾痕としてビルのあちこちに残っている。2度と紛争を起こさないために、空港の近くに「トンネル博物館」がある。旧ユーゴスラビア連邦軍に包囲されていたが、このトンネルのおかげで物資の輸送が可能になった。当時のトロッコ、武器、等が展示されている。オシムさんには会えなかったけれど、活気溢れる街に出会えて満足だった。 バルカン諸国はまだまだ日本人にはなじみが少ないが、見所も多く、文化・宗教・民族が交じり合った魅力的なとっておきの国々だ。次のヨーロッパはぜひともバルカン半島へ。
おすすめ度
ドブロヴニク★★★★★
アドリア海の真珠の名にふさわしい旧市街。クロアチアに行くならここは絶対はずせません。
サラエヴォ★★★★
オリエンタルムード溢れる街は買い物にも食べ歩きにも、もちろん観光にも期待をうらぎりません。
コトル★★★★
アドリア海沿岸の複雑に入り組んだ湾の最も奥に、こんな素敵な町があるとは驚きです。
モスタル★★★
ネレトヴァ川にかかるアーチ型の石橋・トルコ建築の傑作「スターリ・モスト」は見逃せません。
2014年10月
本山泰久

- 見知らぬカナダの東を早歩き
-
エリア:
- 北米>カナダ>シャーロットタウン[プリンスエドワード島]
- 北米>カナダ>ナイアガラフォールズ
- 北米>カナダ>ローレンシャン地方
- テーマ:観光地 街中・建物・景色 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2015/01/23 14:25
今回の出張は個人的に4年ぶりになるカナダと聞いたとき懐かしくそして嬉しく思った。西海岸のバンクーバーには3年以上住んでいたにも関わらず、残念ながら訪れる機会がなかった東海岸へと決まったからだ。そして慣れ親しんだカナダの見知らぬ土地を歩きだしたのだった。


今年の七月からは、羽田-トロント線も就航しより身近になったトロントへはエアカナダを利用し12時間で到着した。空港で両替をしたのだが、この4年の間にカナダでは紙幣が替わり、プラスチックの新札に代わっていた。そして驚きなのが、日本円で1円玉にあたる1セント硬貨が廃止されていたのだ。レジで必要な時はどうするのかと言うと四捨五入ならぬ、近い金額に切り捨てもしくは切り上げて対応する。さすがアバウトなカナダ文化だ。
とは言えもともとペニーと呼ばれる1セント硬貨は実際にはほとんど使われず、誰もが家に無駄に溜まっていっていた代物なので全く問題ない。
空港から市内へ向かう道中はスコールのような大雨が続いたが、ホテルに到着した時と同じくして雨が止み、カナダの空にはすこし歓迎されたようだ。
カナダと言って思い付くのは、真っ先に思い付くナイアガラの滝。世界三大瀑布の一つナイアガラフォールズは落差53m、滝つぼの深さ56mの圧倒的な水量は絶対に見逃せない。テーブルロックからの眺めは壮大で水しぶきも心地良かったが、ナイガラクルーズからの滝の正面から見る迫力はそれ以上に凄いのだが、それ以上に水しぶきが凄く雨合羽を着ていてもびしょ濡れになってしまうので注意が必要です。




そしてナイアガラの街の中心はアメリカの国境すぐに位置し、ナイアガラ滝の水力発電のおかげで電気代も安く、アメリカナイズされたネオンが派手に輝いており、カナダらしくない街並みが並んでいた。
そして夜見逃せないのは滝のイルミネーションで、夏限定で週二回打ち上げられる花火の今年初花火が運よく到着日と重なり見ることが出来た。



世界中で翻訳され日本でも人気の「赤毛のアン」の著者ルーシー・モード・モンゴメリーが生まれ舞台にもなったシャーロットタウン。1864年にカナダ建国会議が開かれ、カナダの歴史の出発点となったシャーロットタウンも今年が節目の150年を迎える。夏のシーズンはクルーズ船も寄港し観光客で賑わう。
今回はシャーロットタウン唯一の語学学校を見学させてもらう貴重な体験が出来たので、ぜひ観光プラスアルファをお勧めしたい!!
陽気なアイランダーのカナディアンの家にホームステイをしながら、学校に通いカナダの文化を世界一美しい島で感じて欲しい。最短1週間からのプログラムがあり、日本人カウンセラーもいるので安心です。








カナダの中で唯一フランス語圏のケベック州は、ローレンシャン高原として日本では有名だが、モントリオール郊外のこの地域最大のリゾートであるモン・トランブランはカナダ随一のスキーリゾートとして有名で、春は新緑、夏は避暑地、秋は紅葉、冬はスキーと年間を通して北米で人気のリゾート地である。
そして訪れたこの日は、年に一度?!のトライアスロンの「IRONMAN」大会が行われており、観客の熱気で溢れているのを眺めつつ、ゴンドラに乗って頂上へ。
頂上からの景色は夏の新緑、秋は紅葉で赤く染まる絶景です。





モントリオールからはVIA鉄道を利用し、約3時間で州都ケベックシティへ。
世界遺産に登録されている旧市街の象徴のシャトーフロンテナックホテルの近くにはレストランやショップが立ち並びヨーロッパの街並みの雰囲気を感じることが出来る。
街はケベックの日が近い事もあり、ケベック州の旗が多く見ることが出来る。
フランス語圏のケベック州ではカナダの建国記念日よりも州の記念日が盛り上がる。






久しぶりにカナダの地を踏み、7日間でトロント、ナイアガラ、シャーロットタウン、モントリオール、ケベックシティの5都市を駆け足で回ったが、東海岸のいろいろな表情を見る事ができる。一度に行くもよし、何回かに分けるもよしナイアガラだけでなくぜひ足を延ばしてみてはいかがだろうか。
【スタッフおススメ度】
ナイアガラフォールズ★★★★★ 「有名なだけあって外せない」
シャーロットタウン★★★★「アンを知らなくても素晴らしさは伝わる」
ローレンシャン高原★★★★「紅葉シーズン以外にも訪れたい」
ケベックシティ★★★★「フランス語を勉強したら楽しさ倍増」
(2014年6月 大道 隆宏)


今年の七月からは、羽田-トロント線も就航しより身近になったトロントへはエアカナダを利用し12時間で到着した。空港で両替をしたのだが、この4年の間にカナダでは紙幣が替わり、プラスチックの新札に代わっていた。そして驚きなのが、日本円で1円玉にあたる1セント硬貨が廃止されていたのだ。レジで必要な時はどうするのかと言うと四捨五入ならぬ、近い金額に切り捨てもしくは切り上げて対応する。さすがアバウトなカナダ文化だ。
とは言えもともとペニーと呼ばれる1セント硬貨は実際にはほとんど使われず、誰もが家に無駄に溜まっていっていた代物なので全く問題ない。
空港から市内へ向かう道中はスコールのような大雨が続いたが、ホテルに到着した時と同じくして雨が止み、カナダの空にはすこし歓迎されたようだ。
カナダと言って思い付くのは、真っ先に思い付くナイアガラの滝。世界三大瀑布の一つナイアガラフォールズは落差53m、滝つぼの深さ56mの圧倒的な水量は絶対に見逃せない。テーブルロックからの眺めは壮大で水しぶきも心地良かったが、ナイガラクルーズからの滝の正面から見る迫力はそれ以上に凄いのだが、それ以上に水しぶきが凄く雨合羽を着ていてもびしょ濡れになってしまうので注意が必要です。

テーブルロックからのカナダ滝

ナイアガラクルーズ

ナイアガラ峡谷のワールプール・エアロ・カー

ナイアガラオンザレイクのカフェ
そしてナイアガラの街の中心はアメリカの国境すぐに位置し、ナイアガラ滝の水力発電のおかげで電気代も安く、アメリカナイズされたネオンが派手に輝いており、カナダらしくない街並みが並んでいた。
そして夜見逃せないのは滝のイルミネーションで、夏限定で週二回打ち上げられる花火の今年初花火が運よく到着日と重なり見ることが出来た。

アメリカ滝のイルミネーション

花火と滝のイルミネーション

夜のセンターストリート
世界中で翻訳され日本でも人気の「赤毛のアン」の著者ルーシー・モード・モンゴメリーが生まれ舞台にもなったシャーロットタウン。1864年にカナダ建国会議が開かれ、カナダの歴史の出発点となったシャーロットタウンも今年が節目の150年を迎える。夏のシーズンはクルーズ船も寄港し観光客で賑わう。
今回はシャーロットタウン唯一の語学学校を見学させてもらう貴重な体験が出来たので、ぜひ観光プラスアルファをお勧めしたい!!
陽気なアイランダーのカナディアンの家にホームステイをしながら、学校に通いカナダの文化を世界一美しい島で感じて欲しい。最短1週間からのプログラムがあり、日本人カウンセラーもいるので安心です。

語学学校の副学長ヘレンと日本人カウンセラーと

授業風景


ホームステイの家庭

建国会議が開かれたプロビンスハウス

建国会議のモニュメント

グリーン・ゲイブルズ

アン観光のロブスターランチ
カナダの中で唯一フランス語圏のケベック州は、ローレンシャン高原として日本では有名だが、モントリオール郊外のこの地域最大のリゾートであるモン・トランブランはカナダ随一のスキーリゾートとして有名で、春は新緑、夏は避暑地、秋は紅葉、冬はスキーと年間を通して北米で人気のリゾート地である。
そして訪れたこの日は、年に一度?!のトライアスロンの「IRONMAN」大会が行われており、観客の熱気で溢れているのを眺めつつ、ゴンドラに乗って頂上へ。
頂上からの景色は夏の新緑、秋は紅葉で赤く染まる絶景です。


頂上からの景色

無料リフトからの街並み

サンソヴェールの教会

ノートルダム大聖堂
モントリオールからはVIA鉄道を利用し、約3時間で州都ケベックシティへ。
世界遺産に登録されている旧市街の象徴のシャトーフロンテナックホテルの近くにはレストランやショップが立ち並びヨーロッパの街並みの雰囲気を感じることが出来る。
街はケベックの日が近い事もあり、ケベック州の旗が多く見ることが出来る。
フランス語圏のケベック州ではカナダの建国記念日よりも州の記念日が盛り上がる。

VIA鉄道

シャトーフロンテナック

トレゾール通り

旧市街の壁画

北米最古の商店街

青い空とケベック州の州旗
久しぶりにカナダの地を踏み、7日間でトロント、ナイアガラ、シャーロットタウン、モントリオール、ケベックシティの5都市を駆け足で回ったが、東海岸のいろいろな表情を見る事ができる。一度に行くもよし、何回かに分けるもよしナイアガラだけでなくぜひ足を延ばしてみてはいかがだろうか。
【スタッフおススメ度】
ナイアガラフォールズ★★★★★ 「有名なだけあって外せない」
シャーロットタウン★★★★「アンを知らなくても素晴らしさは伝わる」
ローレンシャン高原★★★★「紅葉シーズン以外にも訪れたい」
ケベックシティ★★★★「フランス語を勉強したら楽しさ倍増」
(2014年6月 大道 隆宏)
11 - 15件目まで(19件中)


