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- チームワークと事前計画が肝心?!のボリビア&日本人好みのアメリカを発見、ボストン
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エリア:
- 中南米>ボリビア>ラパス
- 中南米>ボリビア>ウユニ
- 北米>アメリカ東部>ボストン
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/06/23 15:39




3月にボリビアとアメリカのボストンに行って参りました。
ウユニ塩湖の人気はここ数年間、2月3月になると目を見張るものがあります。以前は知る人ぞ知る旅行先でありましたが8年前にウユニの街に空港が開設され、またソーシャルメディアの隆盛とともにその美しい星空やトリック写真は、瞬く間に旅行好きの間で知られることになりました。こと日本ではここ数年の「絶景」ブームの火付け役、牽引役としてテレビやCM、本で引っ張りだこ。いまや年に数回旅行するようなマニア的な旅行者ばかりでなく、近場のハワイやグアム、韓国などに旅行しているライトな旅行好きまでも巻き込んでいるような状況です。特に2月3月に人気が集中するのはこの時期はウユニ塩湖の雨季で塩湖に水が張り、空と地上に境目がなくなるような不思議な光景が広がるためです。そんな今大人気のウユニに訪れることができました(高山病に弱いことを自覚しているので恐る恐るの出発でしたが・・・)。そして今回旅して分かったことはチームワークと事前準備があればボリビアの旅行はさらに楽しくなるということです。
またボリビアの帰りにアメリカのボストンに立ち寄りました。「絶景」で知られるウユニ塩湖に対してボストンと聞くとなかなかイメージの湧きにくい方は多いのではないでしょうか。しかしボストンの街並みを歩いていると普段生活している場所から遠く離れており個人的な所縁などはないにも関わらず、私はどこか懐かしい思いを感じると同時に日本のある街を思い出します。それは京都です。どちらも街の中心には川が流れ、地下鉄もありますが基本的には徒歩で歩きまわれる街のサイズ感。そしてどこか背筋がすっと伸びるような良い意味で張りつめた空気感と、街中は史跡にあふれる古都でありながら学術都市のため若者のエネルギーも感じられます(これは本当に偶然なのですがボストンと京都は姉妹都市だそうです)。西海岸のラテンでマッチョな街とも違うし、かといってニューヨークのようにヒップ&クールさが求められることもない。リベラルな白人知識層が多く住み、他の都市(特に西海岸)の人間からすると斜に構えたような、スノッブにうつるような街。どうです?ちょっと日本人的気質にあいそうではないですか。(そうでもない?)
詳しくは旅行記の中で触れますので、これから旅行先をお考えの方の参考になれば幸いです。
行程は下記の通り。
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1日目:日本発、マイアミに乗継時観光【機内泊】
2日目:ラパス着後、ラパス市内観光【ラパス泊】
3日目:ウユニ観光(列車墓場、コルチャニ村、インカワシ島)【ウユニ泊】
4日目:ウユニ観光(星空・朝日・夕日鑑賞 トゥヌパ山、プラヤ・ブランカ)【ウユニ泊】
5日目:ラパス(市場・おばプロ)観光【ラパス泊】
6日目:チチカカ湖観光【ラパス泊】
7日目:ボストン着、【ボストン泊】
8日目:ボストン観光【ボストン泊】
9日目:アメリカ発、日本へ【機内泊】
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○1日目
ダラスに向かう飛行機の中でダイアモックス一錠を半分に割り水と一緒に飲み込む。
ボリビアへ行く私には大きな不安要素がある。それは高山病。富士山に2回登ったが2回とも断念はしないまでも高山病のため頭が痛くなりご来光どころでは無かった状態だった。富士山に登った知り合い全員に聞いてもこのレベルの重い症状は私くらいのようなので数字でいうと20人に1人いるかいないかの割合の程度ということだろう。しかし私には勝算がないわけではない。以前ペルーに行った時にダイアモックスを準備したせいか高山病の自覚症状はなかった。この経験から、もしかしたらいけるかも、という自信のようなものはあった。
しかし今回はいきなり4100mの空港に到着である。以前のペルーのように徐々に高度を上げていくような旅ではない。そのためダイアモックスを到着する1日前から服用して来るべき時に備えておく。
約12時間のフライトの後、ダラスに到着。
ダラス空港ではアメリカの入国手続きと荷物を一旦ピックアップする必要がある。入国手続きはキオスク端末が導入されたおかげでスピーディに入国手続きを行うことができる。以前は2時間の乗り継ぎでも早めに移動しないとギリギリになってしまう空港なのに、キオスクが導入されたおかげで1時間ほど短縮された印象だ。
ダラスからマイアミへ。約3時間の移動。14:30ごろにマイアミ到着。次のラパス行きは22:20。実は乗り継ぎが8時間あるのでその間にマイアミを観光しようと日本の出発前から決めていた。
●マイアミビーチ
燦々と太陽が照り、澄んだ青空とエメラルドグリーンの海がどこまでも広がる街。海岸沿いのオーシャンドライブはヤシの木とアール・デコ調のホテルが並びまるで映画のような雰囲気。そこではゴキゲンな音楽が鳴り響き、水着で闊歩する日焼けした若者達を目にすることだろう。彼ら/彼女の話す言葉に耳を傾ける聞こえてくる言語は英語ではなくスペイン語だ。マイアミの人口の約70%がヒスパニックかラテン系、特に多いのはキューバからの移民であり、ダウンタウンのほど近いエリアにはリトルハバナと呼ばれるエリアもある。南米行きのフライトが数多く発着することから南米への玄関口としての役割を担うマイアミはアメリカに居ながらもまるでカリブ海の高級リゾートのようだ。
マイアミ空港からマイアミビーチへの行き方は難しくない。
まずマイアミ空港からMIAムーバーと呼ばれる無料のモノレールに乗り終着駅で降りるとパーキングや鉄道、バス乗り場のあるターミナルへ出る。マイアミビーチへ出るにはバスが最も安価(片道2.65$)で楽チン。バスは複数のルートがあるので注意。150の番号のバスに乗ろう(30分おきくらいに出発します)。バスに揺られて約30分でマイアミビーチの中心部に到着する。帰りも同様、降りた場所とは反対車線のバス停で待っていれば良い。
リンカーン・ロード・モールと呼ばれるションピングエリアもあり、日本未進出のお店も多いため、もしマイアミでトランジット時間を持て余すようだったらマイアミビーチへ観光に行くのも一興だ。






マイアミ空港に戻り、一路ラパスへ。
約6時間のフライト、マイアミで観光をしていたためかぐっすり寝てしまう。
○2日目
着陸態勢に入り、ラパスが近づくにつれて、ラパスの夜景が窓一面に広がる。ラパスの街はこんなに広いんだなぁ。
朝4時半頃、ラパス空港に到着。到着した時点では高山病の兆候みたいなものは感じない。大丈夫だ、いけるいける、しかし油断は禁物なり。
ボリビア入国審査は何日間、目的など簡単な質問を受けただけで比較的楽に入国できた。機内で配られた出入国カードは出国部分のみ渡されるので必ず無くさないように。税関は2枚書かされて、わからない質問もいくつかあったので未記入にしたところもあったが特に係のスタッフはつぶさに見ておらず、問題なく通過できた。
機内預けの荷物も無事受け取り、ゲートにてガイドさんと合流。
ガイドしてくれるのは16歳の娘さんがいるというヒメナさん、ヒメちゃんと呼ばれているらしいのでヒメちゃんと呼ぶことにした。
まだ朝5時をまわったところで、観光に出るのはまだ早いということで空港のカフェで朝食を食べることに。コーヒーとビスケットとトマトとほうれん草のサンドイッチでおよそ50ボリビアーノ。計算したらおよそ800円だった。安くもないが空港だから仕方ないか。空港のカフェスタンドの割に味は良かった。コーヒーはボリビアの名産でもあるから特に美味しく感じた(ブラックコーヒーやロングブラックはメニューにないのでカプチーノアメリカンで頼めばブラックコーヒーに近いものを飲めた)。
朝7時近くになったところで、ラパス市内へ出発。
この世界一標高の高い国際空港のある一帯のエリアはエルアルトと呼ばれるエリアで、ラパス県の中で近年人口の増加が最も多い地区である。すり鉢状のラパス市内は人口飽和状態ですでに十分な土地がない。そのため地方や他国から移住してきた人々は標高の高いこのエルアルトに居を構えるそうだ。その人口は今や100万人に迫ろうとする勢いで、今後ラパス市内の人口を凌駕するだろうと言われている。
エルアルトを越え、ラパス市内を抜け、この日の目的地であるチチカカ湖まであと30分というところでヒメちゃんの電話が鳴る。ハシ(橋本だと長いのでこう呼ばせている)、ビックプロブレムよ、ヒメちゃんが言う。チチカカ湖への道がストライキしているそうよ、迂回していくこともできるけど時間が余分にかかるから観光時間は充分じゃないわ、もし可能であればウユニから帰ってきて観光する予定だったラパスの市内観光を先にして日程をスイッチするけど。
私は特に日程を組み替えることに関して何も意見はないので、ラパス市内に戻ることにした。予想もなくいきなりストライキが起こることもあるんだなぁ。日本だとストライキはあったとしても事前予告などあるけど道路が封鎖されることは無いだろうな。
●ラパス市内観光
チチカカ湖観光からラパス市内観光に切り替え最初に降り立ったのがハエン通り。スペイン統治時代の古い町並みと石畳の道が続く、まるで中世時代にタイムスリップしたかのような静かな場所だ。伝統建築の家屋のほとんどはその資料的な価値から博物館として再利用されており、通りを歩いているだけで楽しい。


ハエン通りを抜け、3ブロックほど歩いたところにヒメちゃんオススメの国立民族博物館がある。この博物館には美しい中庭とファサードがあり建物としても一見の価値がある。館内には、先住民族の歴史から使われていた道具、織物などの移り変わりがわかりやすく展示されている(スペイン語での説明しか無いのが残念)。特にお祭りの時に使われるという仮面は興味をそそられた。以前パプア・ニューギニアに行った際もいくつか仮面を見たことがある。全くゆかりの無い場所でも、仮面つけて神の化身へと生まれ変わるという文化が共通しているのは実に面白いことだなと思った。また少し汚い話になるがかつてボリビアの人々が着ていた洋服の中にUNKOという名前のポンチョに似た民族衣装があって少なからずびっくりした。
考古学博物館の見学を終え、向かったのがムリリョ広場。広場の真ん中にはムリリョの像。ムリリョとはボリビア独立運動の英雄であるペドロ・ドミンゴ・ムリーリョのこと。ここはラパスの中心部と言える場所であり、公園を囲むように国会議事堂、大統領官邸、大聖堂が建つ。昼間は人々の憩いの場となっており、多くの人々が公園で思い思いに過ごしている。強烈な印象を放つのがおびただしい数のハト。餌をやろうとするとヒッチコックの映画のように襲撃(歓迎?) されるので注意。



次に向かったのがサガルナガ通り。
サガルナガ通りは旅行者にとっては滞在するにも最適な場所である。お土産屋さんがこれでもかとひしめき合い、中にはオシャレなカフェやレストラン、さらには旅行社やホテルも数多い。近くにはサンフランシスコ寺院もあり、ムリリョ広場や博物館などの市内の主要ポイントには徒歩でも行けそうな便利なエリアだ。
またサガルナガ通りの傍には魔女通りという怪しげな通りもあり、そこにはミイラ化したリャマやコカの葉っぱ、精力剤、バイアグラなどまさに魔女的なアイテムが売られている。またボリビアの福の神とも言われているエケコ人形もここでたくさん見かけた。お土産屋さんを冷やかして歩いたあとはサンフランシスコ寺院を見学。バロック様式とボリビア土着の宗教観がミックスされているようでヨーロッパの教会では見られないモチーフの装飾がされている。内部はムリリョ広場の大聖堂よりも金を随所に使っており、荘厳な雰囲気が漂っていた。


●世界一の高さの地元の足、テレフェリコ
その後、向かったのはテレフェリコ。テレフェリコとはラパスの市内を運行するロープウェイのことである。テレフェリコは世界でもっとも標高の高い場所にあり、且つ都市交通としては世界最長のロープウェイとして知られている。ラパスには路面列車や地下鉄はない。庶民の足は公共バスだけだったが人口の増加に伴い渋滞問題が深刻化した。そこで考え出されたのがロープウェイという交通手段だ。なるほど、山に囲まれ起伏の多い街のラパスの街に地下鉄や路面電車の建設を考えると莫大な費用がかかるだろうが、空を縦横無尽に移動できるロープウェイはもっともこの都市に合っている移動手段であろう。ドイツとオーストリア企業の協力のもと完成したのは2014年のこと。すでに人々の交通手段として大人気だそうで朝夕のラッシュ時には行列になることもあるそうだ。また観光資源にもなっているようで日曜や祝日になると地方や郊外から子供連れの観光客で賑わうとのこと。それもそのはず、ロープウェイからはラパスの特徴的なすり鉢状の景観が楽しめる。ラパスの都市構造は歴史のある「底」エリアが高級住宅街、人口流入が増えるに従い街は「ふち」側へと拡大している。つまり標高が低い富裕層の瀟洒なエリアから標高の高い低い低所得層エリアのバラック小屋まで、貧富の差のグラデーションが眼下に展開するのである。私が乗ったのは昼間だったのだが、夜に乗るのもきっと素晴らしい光景を楽しめることだろう。
なおボリビア大統領は現在のレッド、イエロー、グリーンの3路線のロープウェイをさらに拡大して9路線にする計画だそうだ。


すでに時刻は昼に12時をまわっていた。そろそろお腹の燃料も切れそうなところで昼食へ。場所は月の谷の近くのオーバーランドというホテル兼レストラン。その名の通りスイスの山小屋をイメージしたような感じの良いレストランだった。メニューはガイドのヒメちゃんにお任せ。飲み物はボリビアのビールをキューっと行きたかったが高山病が心配なので我慢して炭酸入りの水にした。
まず食前酒に、前菜のサラダと麦の入った野菜スープ、パンが出てきた。ボリビア料理というとあまりイメージがつかないが日本人の口に合うものだった。メインディッシュは溶岩石のプレートでバーベキュー。ビーフ、チキン、ポーク、ソーセージの4種類のお肉がジュージューいいながらテーブルの上に置かれた。もちろん美味しい。本来はもっと大きなプレートでカーニバルの時期に食べられるものだそうだが、このお店では一人でも食べきれるようにワンポーションで提供してくれる。なおデザートは自家製プリン。すでにお腹いっぱいだったが別腹のためプリンも完食した。
昼食のあとは腹ごなしにセラミック製品の工房に立ち寄り見学。あまり興味がないので工房内の犬と遊んで早々と工房を出た。
●ラパスの人気スポット 月の谷
そしてラパス近郊の観光地として人気のある月の谷へ。永年にわたる風雨による浸食により粘土質の地層が溶け出してこのような不思議な光景になったそうだ。その光景がまるでNASAが撮影に成功した月面のようだったことからこの名前がついた。月の谷のトレイルは15分コースと1時間コースがあり、激しい運動をなるべく避けたい私は15分コースにした。月の谷は思ったよりもエリアは限られており、その全景を覆い尽くすような奇岩群はなかった。それでもこのエリアだけなぜこのような地形になったのだろうという意味では謎の残るスポットだった。


その後、ラパス市内に戻りこの日の宿であるホスタルナイラへ。
●ホスタルナイラ
サガルナガ通りに面したサンフランシスコ寺院のそばにある中規模なホテル。
立地・雰囲気ともによく、1階には感じの良いレストランもある。部屋はベッド、電話、テレビ、シャワー、トイレ、ドライヤーがあるくらいのシンプルな造り。
セーフティーボックスやミニバー、バスタブ、スリッパなどはないが無料のWIFIを完備、室内でも使える。豪華は設備はいらないが最低限のものや清潔感は欲しいという旅行者にとってはうってつけのホテルだ。
ホテルでは眠気の限界を達してしまい思いがけず寝過ごしてしまった。19時の約束に多少遅刻してしまったがラパスの夜のツアーに出発。
●ラパスに来たなら夜景観賞は外せない
まず向かったのはモンティクロという展望台。
この展望台は公園になっており園内には教会があるため、ラパスを見下ろすこの公園で結婚式を挙げる人も多いそうだ。夜景に関して特に高い期待をしていたわけではなかったのだが実際目の前にするとこれは面白い。ラパスのそのすり鉢状の地形からか、通常目線の下にある街の明かりが目線の上までせり上がっているように錯覚するのだ。まるで星が地表に落ちて散らばっている、そんな印象だ。
次に訪れたのはキリキリ展望台。こちらも公園となっておりラパス市民の憩いの場となっている。園内の一番端は階段で数段降りると踊り場になっているため階段から写真を撮ると180度見渡すような写真が撮れる。モンティクロも良かったが写真スポットとしてはキリキリ展望台の方が景観が開けているのでどちらか一方のみをお考えであればキリキリ展望台の方をお勧めする。どちらも地元のデートスポットとなっているようだった。




その後、午前中に訪れたムリリョ広場を再訪問し、ホテルに戻った。
ホテル付近のお店は夜9時を過ぎると店じまいをするようでもうほとんどやっていなかった。
ヒメちゃんとこの日はここでお別れ。翌日の早朝ラパス行きに搭乗するために朝4時にホテルのロビーに再集合する。
すでに夜9時をまわっていたがお腹が減っていたのでベジタリアンバーガーとコーヒーを頂く。ベジタリアンバーガーの味は期待していなかったがかなりに美味。大満足。
○3日目
この日は高山病の予防のためにあまり睡眠時間は取らなかった。高山病患者にとって睡眠中は呼吸が浅くなり、症状がひどくなる原因なのだ。数時間単位で細切れに寝ていこうと思う。
朝4時にホテルロビーにてヒメちゃんと合流。
この日から2日間ウユニへ出発する。ラパス/ウユニ間のフライトの預け荷物の制限は20キロまでだが、荷物の移動が面倒なので2泊分の着替えと貴重品のみバッグに詰め替えて残りの荷物はホテルに置かせてもらえるようにした。
ラパス市内からラパス空港へはおよそ30分。
朝5時のチェックイン開始時間までアマソナスのカウンターにて待機、無事チェックインを終えてヒメちゃんとお別れ。
ラパス/ウユニ間のフライトは約1時間。
到着後、ウユニのガイドの出迎えを受ける。
ウユニのガイドはマリエさん、日本人風の名前だがウユニ生まれのボリビア人。彫りの深いボリビア人の典型的な顔立ちとは違い、どことなく柔和で日本人のような雰囲気を持つような女性だ。ヒメちゃんも良いガイドだったがこのマリエさんももちろん英語も上手で、礼儀正しく、よく笑い、好感のもてるガイドだった。ボリビアのガイドのレベルは失礼ながら意外に高いと思った。
●ウユニ観光1日目(列車の墓、コルチャニ村、インカワシ島)
まず向かったのは「列車の墓」。
ウユニは過去、鉱物の採石場であった。鉱物や塩をチリに運ぶために使われていた列車だが鉱物の採掘が終わり、塩に関してもチリ側で容易に手に入れることができるようになった。お払い箱になった列車がウユニの郊外に打ち捨てられ、その姿が哀愁を漂うのか沢山の観光客で賑わっている。



列車の墓を後にして、マリエさんがホテルかなにか提出するのか、私のパスポートコピーが必要だということでウユニの街へ。この機会にウユニの街で両替と日よけの帽子を購入した。帽子は25ボリビアーノ(400円ほど)。ボリビア製だ。結果買っておいて大変良かったと思う。ウユニ塩湖は地表が真っ白のため太陽の照り返しが激しい。サングラスなしでは目も開けられない。帽子とサングラスは必須である。
また前々から食べたいと思っていたサルテーニャが路上で売られていたので思わず購入。サルテーニャは揚げパンの中にカレー風味のチキンやほうれん草などのお惣菜が入ったボリビアの国民食(5ボリビアーノ)。なかなか美味しかった。(しかしこのサルテーニャがきっかけで悲劇を生むことになるとは、この時は知る由もない。)
パスポートコピーを終えて、次に向かったのが「コルチャニ村」。
ウユニ市内から車で30分。製塩業を生業にした小さな村。ここでは製塩業を営む一家の工場見学ができる。もちろん直売所も兼ねているため小さい袋詰めのものであれば1ボリビアーノで購入できる。

そしてこの日の最後の観光場所のインカワシ島へ向かう。インカワシは塩湖内にある32ものの島の内の代表的な島の一つ。インカワシ島には入島料が必要(ツアーであれば含まれている)。島内は全長1時間ほどかかるトレイルコースがあるほかレストランやお手洗いもある。トレイルコースでは道中、まっすぐのびる巨大なハシラサボテン(その数6000本)やサンゴ礁、火山岩が見受けられる。サンゴ礁はここがかつて海の底だったことを物語り、火山岩はここから100キロ以上離れたトゥヌパ火山の噴火の時のものだと推測されている。真っ白な塩湖とそれに囲まれた乾いた大地のコントラストは壮観だ。

●高山病発症?
トレイルをハイキング中、息切れが激しくなる。
最初はおそらく高地にいるからだろうと軽く思っていたが、明らかに足取りが重い。しかし休んでもその状況は改善せず、寒いはずなのに冷や汗が止まらない。3分の1歩いたところで体調のことを考えてギブアップした。
腹痛もあり、インカワシ島のトイレに駆け込む。
(結局、そのあと2回吐き、2日間下痢の症状が続いて、マリエさんに下痢止めの薬を分けてもらった。吐き気と下痢は高山病の典型的な症状である。頭痛はダイアモックスのおかげで全く無かったため高山病にかかっている自覚が全く無かったが、今朝食べたサルテーニャのスパイシーな味と香りに胃がやられてしまったのだと推測される。あいにく2日間は悩まされたが薬が効いたのかその後のラパス滞在では普段通りの体調に戻っていたことを強調しておきたい。)
インカワシ島のトイレで用を足したあとはホテルに向かう道すがら、塩湖の真ん中でテーブルを組み立てピクニックランチ。もちろん食欲なんてあるはずもなく申し訳程度に少し口に入れた程度だった。
最高の環境のランチタイムなのにもったいないことしたなぁと思うがしょうがない。


ランチを終えて本日のホテルのルナサラダへ向かう。
●ルナサラダ
2016年現在運営する4つの塩のホテル(パラソルデルソル、ルナサラダ、クリスタルサマーニャ、スマ・リッチャリ)の中で、もっともデザイン性のある可愛らしいホテル。コルチャニ村からほど近い場所に建ち、塩湖の観光には最適。塩湖の縁に建てられているが電気や水道はもちろん完備。ホットシャワーもすぐに出る。室内は伝統的なカラフルな模様を取り入れながらもどこかモダンで洗練されている。ドライヤー、エアコンあり。スリッパやセーフティーボックス、ミニバー、バスタブ、テレビはない。無料のWIFIはあるが電波は非常に弱い。建物全体に大きい窓を取り入れており、そこから降り注ぐ光が気持ちよく、ラウンジやレクリーエーションルームなどゲストが利用できる施設が充実して開放感があるのがよい。



この日は13:00にホテルにチェックインして午後休憩した後18:00頃にサンセットツアーに参加する予定だったが体調不良のため翌日に変更してもらった。
また星空ツアーも翌朝のサンライズツアーと一緒にやることにしたので明日の早朝朝4時に再集合する。
○4日目
●星空鑑賞と撮影の必需品
朝4時。まだ空も真っ暗で外の風景が塩湖なのか荒れ果てた大地なのかが全く区別のつかない時間帯。マリエさんと合流して、深い闇の中を車のヘッドライトを頼りに突き進む。昼も思ったことだが360度真っ白な塩湖で囲まれた中よく方向感覚が狂わないなぁと感心したものだが、夜になるとさらに手かがりとなるような山も何も見えなくなるのによく走れるものだ。
ホテルから約30分。水が張ったエリアに到着。
車から降りるとそこに現れたのは満天の星空。
雨季のウユニ塩湖で見る星空は特別なものだ。星空が天上にも地上にもばら撒かれたような景色は、見る人を日常的な場所から神秘の世界へいざなってくれる。まるで立っているのもわからなくなるほどの漆黒の闇に全てが包まれる中、星屑だけが自分の存在を知らせてくれる。モロッコのサハラ砂漠やモンゴルの草原の中でも星空を見つめたがウユニのそれはさらに感動的だった。
早速撮影しようと思い三脚をセッティング。事前でネットで調べたことをもとに下記の手順で撮影した。
① 撮影モードはマニュアル
② 星にピントを合わせ
③ ISOは1600付近
④ シャッタスピードやホワイトバランスを試行錯誤しながら撮影
あとは撮影後にフォトショップなどでいじればなんとか形になりそうだ。
思ったのは三脚マストで、リモコンなどあればなおよし。
と言うかぶっつけ本番で星空撮影をやるのでなく、せっかくウユニに来るのだから予習しておけばよかった。空中に文字を描くペンライトも人気らしい。ペンライトはボリビアにはないので持参プリーズ。あと当然ながらかなり寒くなるので防寒対策も必須。



●朝日鑑賞とその楽しみ方、セルフタイマーは20秒で(サンセットにも応用可能)
空が徐々に白けてきたので日の出を待つために車内で待機。
太陽が徐々にその姿を現し始めたので車から降りて撮影タイム。
小さな太陽は徐々にその姿を大きくし、やがて2つに分離し天上・地上にそれぞれ太陽が現れた。太陽一つでも我々が受ける恩恵は果てしない。例えばいくら文明が発達した今日であっても朝早く起きて朝日を見るとなぜか元気になる。人間には自然とそういうDNAが刻み込まれているのかもしれない。日の出は全ての生命にとって「目覚め」なのだ。その太陽が2つになるなんて誰が想像しただろうか。パワースポットという言葉があるが、ウユニほどその言葉にぴったりな場所はないだろう。
日の出で行うポーズとしてはジャンプやかめはめ波がお決まり。とりあえずそれらをこなしたあとは太陽をつまんでみたり、食べたりしてみた。しかしウユニの写真撮影は仲間内でワイワイやるのが絶対楽しいと思う。人文字などをつくってチーム戦で写真撮影大会なぞやればきっと思い出に残るはずだ、と遠くから聞こえてくる日本人団体旅行者のキャピキャピした声が聞こえる中、一人でポーズの研究をしている私は思った。日の出(日没)の撮影でマストなものは特にはないが、人数が少なければ三脚とセルフタイマーが20秒くらいあるカメラがあると良い。私のカメラのセルフタイマー機能は10秒がマックスだったため、私とガイドさんとドライバーさんの三人で組体操の扇をつくったが、水の波紋がまだ消えないうちにシャッターがきれてしまう。当然ながら水の波紋があるうちだと綺麗な鏡ばりには見えないので、それがちょっと残念だった。
また日の出(日没)の撮影タイムは星空鑑賞と違い、撮影タイムが限られている。
つまり太陽が昇ったら(沈んだら)そこで終了なわけなので、実際撮影できる時間は1時間満たない。




●日の出・夕陽・星空鑑賞のどれ参加すべき?
お客様の中にはサンライズ&サンセット&星空どれが一番おすすめ?と疑問を持たれると思うが、全部参加してください、というのが私の正直な意見。星空はサンライズ&サンセットとは見るものが全く違うので、星空参加はマスト。サンライズとサンセットはそれぞれ見るものは同じだが、撮影(鑑賞)できる時間が限られているため、1回目の撮影での試行錯誤し、2回目でリベンジをするのが良いと思う。
ホテルに戻ったのは7:30。朝食を食べ、この日の観光の出発時間の10:30まで休憩。荷物を整えて、さぁ出発。お腹の調子はまだまだ良くないが頑張ろう。
●ウユニ塩湖観光2日目(トゥヌパ火山、プラヤ・ブランカ)
ルナサラダから塩湖をひた走ること約2時間。塩湖は広大だとはわかっているものの走れども360度真っ白な世界にいるのはどこか恐怖のようなものを感じる。今はこうして悠々と車の中で過ごしているけど、ここに放り出されたら生きて帰れるだろうかと圧倒的な自然を前にしてぼんやり思った。
塩湖の長時間のドライブを終え、たどり着いたのはトゥヌパ火山。塩湖の縁に位置する標高5432mの火山。5432mの高さといってもこのくらいのレベルの山がこのウユニ付近にはごろごろあるらしい。
トゥヌパ火山にてまずランチタイム。メニューはキヌア、カツレツ、トマトと玉ねぎの和え物。スーパーフードとして話題の食材、キヌア。ここボリビアでは簡単に手に入るのかと思いきや、その価格は徐々に高くなっているらしく、今やお米よりも高いらしい。それでもボリビア人にとっては親しみのある食べ物には違いなく、ドライバーさんは自分の体はキヌアでできていると豪語しており、キヌアにマヨネーズをかけてムシャムシャ食べていた。
私は高山病の影響か体調が芳しくないので、マリエさんに高山病で体調を崩す人は多いですかと尋ねた。すると「そうですね、日本人、中国人、韓国人、アメリカ人、フランス人、ドイツ人、この前はポーランド人」。「ほとんど世界中ですね。マリエさんは逆に低地に行く時に体調を崩す時はあるのですか?」「ありますね、標高1000mのサンタクルスに行くと、クラクラしますが6時間ほど眠れば大丈夫です。私の母親はなんともないですね」。人によって症状が違うのは高山病も同じこと。高山病に悩まされる私は高地に住む人が低地に行くことで気分が悪くなる「逆高山病(低地病)」が存在することを知って何故だか安堵した。



トゥヌパ火山の麓にはいくつか村があり、そのうちの1軒のお宅を訪問した。このお家は過去ここに住んでいたであろう先住民族の生活道具や出土品、さらにはこの付近に生息している生物の剥製も展示されている。驚くべきことに先住民族のミイラまで保管されている。個人が趣味でやっている割には、バリエーションが多岐にわたりすぎているが展示物は充実しており、トゥヌパ火山をトレッキングしたり眺めたりする観光客にとってはちょうど良い休憩場所になっている印象だ。
●プラヤ・ブランカ近くでトリック写真撮影、少人数でワイワイやるのもいいけれど
トゥヌパ火山を後にして約1時間半。向かったのは塩湖にあるゲストハウス、プラヤ・ブランカ。
このプラヤ・ブランカは唯一の塩湖内のホテルとしてかつて営業していたが再三の警告に関わらず汚水・ゴミによる環境保全が保たれないとして3年前程度に営業停止になったそうだ(オーナーは別の場所に新たなホテルを計画中らしいが・・・)。現在は博物館兼休憩所。近くには各国の国旗が建てられているスポットがあり格好の撮影ポイントとなっている。
一通りプラヤ・ブランカを見学した後、車で移動して、ウユニ塩湖で外せないトリック写真撮影をする。ネタや小道具は全く用意していなかったが、さすがガイドのマリエさんはすべて必要なものを揃えておいてくれており、私は訳が分からぬまま指示に従うだけで面白い写真をとることができた。
今回、私とガイド、ドライバーの3人だけだったのでトリック写真のバリエーションも限られていた。それでも十分楽しいが、これこそチームプレイで遊ぶと尚楽しいこと間違いない。ウユニが学生旅行でも人気なのがわかる。






トリック写真を撮り終えて、この日のホテルのクリスタルサマーニャに向かう。
●クリスタルサマーニャ
ウユニ塩湖に数軒しかない塩のホテルの一つ。パラシオデルソルが高級感、ルナサラダがデザイン性をウリにしているとしたら、このクリスタルサマーニャは老若男女どの世代にも満足していただけるオールマイティなホテルといったところだろうか。部屋数の多さと広々した眺望の良いレストラン、そして人々の目を楽しませてくれる塩でできた彫刻。塩湖までの距離も今ある塩のホテル中でも最も近いため、移動時間も少なくて済む。室内はいたってシンプル。テレビ、ドライヤーあり。ホットシャワーもすぐにでる。バスタブ、セーフティーボックス、電話、ミニバー、スリッパは当然ながらない。WIFIはあるが電波は非常に弱い。また日本人スタッフが雨季の一部繁忙期のみ常駐しているようで痒いところに手がとどく、そんなホスピタリティが嬉しい。


ホテルでしばらく休憩したあと、サンセットツアーに出発。
内容は同日の冒頭にかいた日の出ツアーとほぼ同じなのでそちらを参照されたし。


サンセットツアー終了後は明日のラパス行きのフライトに備え早々と就寝。
○5日目
ラパス/ウユニの早朝のフライトに乗るために、5:20にホテルを出発。
クリスタルサマーニャから空港は約30分。まだまだ真っ暗な中を突き進む。空港に近づくと未舗装の道は綺麗な舗装された道路にいつの間にか変わっていた。
ここでガイドのマリエさんとはお別れ。とてもホスピタリティ溢れるかわいらしいガイドさんだった。
ラパス行きのフライトは無事出発。窓側の席に座り、空から塩湖の様子を眺めて改めて広さに驚いた。
ラパスに到着し、ラパスのガイドのグイドさんと合流。
グイドさんはロック好きなおじさんガイドである。この方も私の要望もいろいろ聞き入れてくれてよいガイドだった。
まず目指したのは日曜市。
●エルアルト 7月16日通りの巨大マーケット
エルアルトで行われるマーケットは、グイドさん曰く「想像できるあらゆる商品が売られている」とのこと。すべてのマーケットのセクションを歩くだけで少なくとも2時間はかかるほどの大規模。私も世界中あらゆるマーケットに行きましたが、青空市でここまで広いのはこれまで見たことないかもしれない。毎週、日曜日・木曜日も行われているそうだ。
私はこのマーケットと泥棒市は同じものだと思っていたのだが、グイドさん曰く「7月16日通りのマーケットと泥棒市は全く別物だよ」とのこと。場所は同じらしいのだが、泥棒市は深夜3時頃から始まり、日の出前に撤収するそうだ。でも深夜から販売してお客なんて来るのかしら。どうやって取引するの?と聞くと携帯のライトをかざして交渉するのさ、とグイドさん。グイドさんの言葉を信じると、ラパスの一般旅行者の旅行記などを読んでいると泥棒市についての記事は全部この7月16日通りマーケットのことだったので混乱する方もいらっしゃるかもしれませんが念のため。
マーケットをうろうろするとしょっぱなからいろんなものが目に飛び込んでくる。まず生肉と臓物。生肉は海外の市場であれば頻繁に目撃するが、臓物は珍しい。ちょっと鼻をつまみたくなるような光景だ。
そして次に訪れたのはペットセクション。犬や猫はもちろん、ウサギやインコまでいる。ボリビア人はペットが大好きみたいで、ラパスやウユニの街中でもペットを散歩させている人たちが沢山いた。それもそこまで裕福そうに見えない身なりの人まで。日本だとある程度金銭に余裕がないとペットは飼えないイメージがあるけど、ボリビアではどうなのですか?とグイドさんに聞くと、「買い方によるんじゃないですか」とのこと。そりゃそうだ。


ペットセクションからいつしか家具セクションへ。
ベッドやテーブルはもちろん、システムキッチンなども売られている。しかしここで購入してどうやって持って帰るんですか?とグイドさんに質問。大抵デリバリーフィーが含まれていますよ、とのこと。木目調の綺麗な大きいダイニングテーブルがあったので値段を確認するとアメリカドルで180$ほどだそうだ。それは安い。グイドさんが付け加える「椅子6脚ついています」。めちゃめちゃ安いけど郵送費の方が絶対高くなるよなぁ。
その後、自転車・乾物・家電・DVD・CD・衣類、古着などの様々なセクションをあてもなくウロウロ。どうみてもガラクタとしか見えないジャンク品を売っているセクションもあった。秋葉原もここまではきていないと思う。
何気なく驚いたのが韓流ドラマ・アイドル。ここボリビアでも人気があるらしくポスターやDVDが沢山売られていたことだ。以前アルジェリアの旅行記でも書いたが、中近東の国だけでなく南米の国でも韓流ブームが来ているという事実は韓国エンターテイメントの世界戦略には感心せざるを得ない。理屈としては分かるが、アジア顔に南米の人たちが感情移入するのはなんだか妄想すると面白い。
1時間も歩くとあまりの人だかりで疲れてきたので、早々と退散。必ず訪問した方がいいとは言えないが、もし滞在が日曜か木曜日に当たれば一度訪れてみては?





その後、ラパスの初日のホテルと同じ、ホスタルナイラに早々にチェックイン。
ウユニ滞在中に預けていた荷物を受け取り、部屋でしばし休息。
12時ごろ、グイドさんと待ち合わせて昼食へ。
ホステルナイラから歩いて5分程度にあるホテル、プレジデンテ2階のカントゥータというレストラン。ブッフェ形式でエビ、牛肉、豚肉などのボリュームたっぷりな料理が目白押し。もちろんサラダバーやフルーツコーナーもある。
ただ病み上がりの私には少々、ヘビー過ぎた。
その後、街をウロウロ散策し、午後5時にグイドさんと再集合。
この日のメインの目的であるおばちゃんプロレス(おばプロ)を見に行くためだ。
●おばちゃんプロレス(おばプロ)
毎週日曜日にボリビア名物のイベントが行われるという情報を耳にしたので覗かせてもらうことに。それはおばちゃんプロレス。山高帽をかぶった三つ編みのいかにもチョリータ姿の女性たちがリングの上で戦いを繰り広げるという。
おばプロはエルアルトにて行われる。
(坂道を登る途中、あまりに綺麗なラパスの街並みが見えたのでグイドさんにお願いして写真を撮らせてもらった。)

おばプロの会場に到着。試合は16:00から行われているようで終了は19:00までだった。私は最後の3試合ほど見たがなかなか面白かった。


1試合目:悪玉おばちゃんvs善玉おばちゃん(A)
登場は悪玉おばちゃんから。入場曲に合わせてノリノリでおばちゃんが登場。しかし観客からはブーイング。それで怒り出す悪玉おばちゃん。ガラガラ声で観客に怒鳴りちらし、あろうことか観客に水をぶちまける。そしてリングに上がる。
次に登場したのは善玉おばちゃん。歓声があがる。それを不機嫌に見つめる悪玉おばちゃん。まずは口喧嘩から始まり、いつの間にか試合へ。
善玉おばちゃんは防戦一方。しかも審判からも不意打ちの攻撃を食らう。どうやら審判からも悪いやつで悪玉おばちゃんとグルらしい。審判はリング上のゴミをリング外に蹴飛ばし掃除するふりして善玉おばちゃんにキック(なんじゃそりゃ)。
途中、リングポストに登り観客に向かい勝利の雄叫びをあげるもの観客からブーイング。観客の声援におされ善玉おばちゃんが攻撃に転じる。徐々に悪玉おばちゃんを追い詰めるも、悪玉おばちゃんも負けじと抗戦。
そこでなぜか善玉おばちゃんの助っ人があわられて(?)、試合は善玉おばちゃん有利な流れへ。アンフェアーな審判にも関わらず善玉おばちゃんが勝利した。
もちろん、解説はすべてスペイン語なのでなぜおばちゃん同士が戦わなくてはならないのか、審判は何者なのか、助っ人が来てもルール的に問題無いのか、など疑問は尽きないがボリビア人の国民性に触れるという意味では非常に楽しかった。




2試合目:覆面レスラーvs善玉おばちゃん(B)
そして次の試合。まず善玉おばちゃんが出てくる。おばちゃんというにはまだ若いぞ。対戦相手として出てきたのが覆面レスラー。体格からしてどう考えても男性。さっきのはおばちゃん同士の戦いだったが、男性vs女性の戦いもあるんだな。
実はこの試合あまり覚えていない。というのは第1試合で活躍したおばプロたちが試合会場に出てきて写真の撮影大会となったためだ。そのためみんな試合なんてそっちのけ。ちょっとかわいそうだった。
撮影で最も人気だったのは悪玉おばちゃんだった。やはりキャラクターがいいのか、外国人観光客をはじめとして引っ張りだこだった。その分、善玉おばちゃんはキャラ的に押しは弱いのか撮影の人気でいうと完敗していた。
それでも悪玉おばちゃんと善玉おばちゃんはリング外でも仲良い素振りを見せないのはさすが。
しかし試合中に撮影に応じるのは試合中の選手に対してどうなの?と思ったがこれもボリビア気質かもしれない。
第3試合:白ミイラvs黒ミイラ
これが一番なぞだった。なぜミイラ同士で戦うのか(誰か事情を知っている人教えて下さい)。試合終盤になるとそれぞれのミイラが東側・西側の観客席にやってきて、観客たちがミイラから逃げ出す形でスタジアムを追い出され、いつの間にかプロレスイベント自体が終わっていた。




●夜のテレフェリコ
プロレス観戦後はグイドさんにお願いして、夜のロープウェイに連れて行ってもらった。ラパス初日の市内観光時、昼間テレフェリコに乗ったのだが、夜でもこれは絶対面白いと思い、再チャレンジさせてもらった。
やはり予想通り面白かった。特徴あるラパスの街並みを上空から移動しながら移動するのはさながら自分が宙を舞っているような感覚だ。
これが6人乗りではなく2、3人乗りの個室だったらカップルに大人気になるだろう。しかも片道3ボリビアーノ(日本円で60円未満)。高い金払って日本の観覧車に乗るよりもよほどこちらの方が面白い(ラパスに行くまでが大変だけど)。




●ケンちゃんのかつ丼
夕食は日本食レストランのケンちゃんに行く。
ボリビアの食事もおいしいけど、高山病で体調もいまいちで、少々胃がもたれてきた。旅も後半に差し掛かってきた今夜、やはりここは日本食で活力を取り戻したい(?)。すでに何人かの日本人グループがいて盛り上がっていた。また現地のボリビア人のみのグループも数組来店していたのでボリビア人にも人気があるようだ。
私はカツ丼をオーダー(56ボリビアーノ)。
待つこと7、8分。蓋を開けて感動。カツ丼である。地球の裏側でカツ丼が食べられるなんて。味はいたってオーソドックスなカツ丼、つまり超美味しい。
ケンちゃんの味が日本の定食屋さんと比べてどうかというと、「その他大勢」に埋没する程度のクオリティなのだが、それでも日本の味をここラパスで再現するというのは並ならぬ労力があったことは想像に難く無い。そもそもラパスは標高が高いためコメの炊き方一つとっても違うわけだし、日本の味を再現するといっても現地のボリビア人シェフに日本の味を伝えることも至難の技だったことだろう。ケンちゃんありがとう。おかげで明日からも元気に過ごせそうです。

ケンちゃんからホステルナイラへは腹ごなしに15分ほど夜のラパスの街を歩いて戻る。歩くだけなのに標高が高いせいかどっと疲れた。
○6日目
朝7時にガイドのグイドさんと合流し、この日の目的地であるラパスから約2時間、チチカカ湖を目指す。
●チチカカ湖・浮島観光
標高3890mの高地に広がる、汽船の運行する湖としては世界最大のチチカカ湖。
チチカカ湖といえばどことなく私はペルーのイメージがあるのだが皆さんはどうでしょうか?実は私ペルーには行ったことはあるのですがチチカカ湖にはいったことがないくちでして、今回初チチカカです。今回ボリビア側から訪れてみてその良さがわかったのでお知らせします。
・ボリビアから訪れる3つのメリット
① ボリビア側の方が考古学的・歴史的に価値の高い島が多い。
② ラパスから日帰りで行ける
③ ペルー側から行くより観光客が少ない。
まず①ですがチチカカ湖で最も重要な島はすべてボリビア側にある。なかでも最も大きな島である太陽の島は、あのインカ帝国の歴史が始まったとされ、となりの月の島とあわせて聖地として崇拝の対象となっている。またチチカカ湖に突き出した半島の街・コパカバーナにはスペイン統治時代にここを聖地にすべく立派なカテドラルが建てられ、隣国ペルーからの参拝者も絶えないのだそう。
②、これが最も大きなメリットと言っても差し支えない。ラパスからは車で約2時間。これがペルーだとこうもいかない。ペルーからチチカカ湖に行くにはまず首都のリマからクスコに行かなければならない。しかもそこからチチカカ湖への出発地となる街・プーノへは飛行機はないためバスで約10時間もかかる。つまりチチカカ湖に行くためだけに最低2泊は犠牲にしなければならないのだ。
しかしラパスからの場合、クルーズのみは半日、浮島訪問したとしても朝出発して午後過ぎにはラパスに戻れる。なんとうれしい。
そして③。前述したようになぜかペルー側から入る観光客が多いイメージのあるチチカカ湖。実際、ペルー側から行く人気の半日クルーズで訪れるウロス島は1日1000人近い人々が来島するらしい(ボリビアのガイド曰く)。当然ながらその分、浮島の面積も大きいが観光地化されている感じは否めない。ボリビア側で今回私が訪れたKEWAYA島の浮島は一家族分の居住空間くらいしかない、直径50mのこじんまりした浮島だ。もちろん土産の押し売りなんかもない。実際この日の観光客は私一人だったし。そういった意味ではボリビア側の方がローカルな生活に近いものが見ることができる。
今回、私が参加したのは太陽の島やコパカバーナにも立ち寄らない7時間のコース。チチカカ湖の湖畔のボート屋「KON TIKI」に到着。このボート屋、ただのボート屋ではないらしく博物館を持っているので中に入ってみると、なんと葦船でモロッコから西インド諸島まで横断した人類学者ヘイエダールの船を作った方のお家らしい。
そんなKON TIKIからモーターボートに揺られ30分(葦船がいいと言ったがスピードが出ないという理由で断られた)、ついたのはKEWAYA島。



船着場から歩くと小規模なマーケットが。ここの村には約800人の人々が住んでいるらしい。小学校もある。歩いていると鳥の鳴き声なんかが聞こえ、山間に見えるチチカカ湖の風情も相まって、歩いているだけで気持ちがいい。まるで瀬戸内海の島の風光明媚な村を散歩しているようだ。これが実は標高3800mの湖というのだからなんだか面白い。
村を抜けて、浮島へは手漕ぎボートへ。




一家族分の面積しかないだろうこじんまりした浮島には古代から続く生活の一部が垣間見られる。この家族のあるじの寝室(もちろん葦でできた家)を見せてもらうと、葦を引いた立派なソファにフカフカのベッドまである。こんなところで1泊したら面白いだろうなぁ。
浮島訪問を経て、ボートで船付き場へ戻り、ランチ。




ボート屋さんから車で3分くらいのローカルレストランへ。
どうやらこのレストランではチチカカ湖でとれるトラウト(鱒)を出してくれるらしく期待が高まる。
トラウトの焼き方にも色々な調理方があるようで、私はあまりヘビーでない、グリルのトラウトにした(こちらでは油で揚げ焼きする調理方が一般的らしいのでグリルと指定しないと日本人には油っぽいかもしれない)。もちろん大変おいしい。醤油があればなおよし。



ランチタイムのあとはラパスに戻り、ホテルにチェックイン。
この日のホテルはエルドラード(El Dorado)。
●エルドラード
ラパス中心部、学生広場にあるスタンダードホテル。近くには日本のガイドブックにも紹介されている日本料理屋のケンちゃんやアレキサンダーカフェなどもあり食事に困ることはない。ホテルは年季の入った建物なので最初はとまどったが室内は比較的清潔感がある。ホステルナイラとは違い高層のホテルなので宿泊する部屋によっては夜景が楽しめるのもグッド。室内にはバスタブ、テレビあり。WIFIは室内でも無料で利用可能。スリッパやセーフティーボックス、ミニバーはない。(ドライヤーはフロントで貸し出し)


●ラパスでお土産物色
ラパス最終日とあってこの日にお土産を買いにスーパーへ行った。ちょっとした小物などであればサガルナガ通り周辺が豊富だが、モノよりも食べられるものの方が受け取る方も困らないのではと思い、いつも食べ物を買って帰ることが多い。ラパスのスーパーではウユニの塩やキヌアを使ったチョコレートを購入した。


●フォルクローレディナーショー
エルドラードで休憩した後はボリビア最後の食事を楽しむために夜7時にグイドさんと合流してフォルクローレディナーショーに出発。
サガルナガ通りのレストランに到着。ディナーショーは8時だからまだ我々しかいない。グイドさんが明日のアメリカン航空搭乗のためのホテル出発時間がAM3時だからということで気をきかせてくれたのだ。
レストランではまずメインディッシュと飲み物を決める。私はビーフステーキのトマトオニオンソースにした。メインディッシュを決めればあらかじめ用意されているサラダバーを自由に食べられる。
8時に近づくにつれ徐々にレストランも混雑してきた。メインディッシュが出てくるまで20分くらいかかっていたので早めに到着して正解かもしれない。



8時になりショーがスタート。まずはたて笛の演奏。目を閉じるとアンデスの山々の情景が目に浮かぶようだ。そして次に4人組のバンドが登場。もちろん全て伝統楽器だ。4人組になるとやはり音に厚みがある。数曲演奏した後ステージに踊り子達が現れ、民族舞踊を披露してくれる。これもなかなか面白かった。
私は明日の出発時間の関係もあり鑑賞は21:00で切り上げたがショーはあと1時間続くらしいので、時間的に余裕があれば是非見た方がいいだろう。なお演奏後は各ミュージシャンが自分のCDを手売りしてくれるので気に入ったらその場で購入できるのもうれしい。
○7日目
AM3時にホテルロビーに集合。
空港へは30分ほど。アメリカン航空の場合はまずキオスクで各自チェックインを行う。印刷されたボーディングパスを持ってアメリカン航空のカウンターへ。
なお荷物を預ける前にアメリカン航空に提出する書類を2枚記入しておかないといけないのでペンを忘れずに。その後無事荷物のチェックインを終えてグイドさんとお別れ。色々あったがボリビアの滞在もこれで最後と思うと名残惜しい。
空港でいくつか土産物の買い足し(ウユニの塩を使ったチョコレートが空港でもいくつか売っている。しかもスーパーと値段がそこまで変わらなかった)して、出国・手荷物検査へ。
アメリカン航空ラパス発のマイアミ行きは2016年現在まず、サンタクルスに到着する。
往路のマイアミ発ラパス行きは直航便だが、復路はサンタクルス経由マイアミ行きとなる。つまりマイアミ・ラパス・サンタクルスを三角形で結んだ飛び方をしているので要注意。
サンタクルスはラパス行きの乗客も含め全員降機させられ、空港内にて1時間ほど待機。搭乗前に簡単な荷物検査を受けて再度飛行機に乗り込む。
そこからマイアミまでおよそ7時間のフライト。機内食は朝食と軽食の2回でるが味はイマイチ。
マイアミ到着後、例のごとく入国審査と荷物のピックアップ。
マイアミ空港ではキオスクで各自チェックインした後のレシートを持って全員、入国管理官のチェックが入る。ダラス空港ではおよそ半数近くしか管理官のチェックはなかったがマイアミ空港では乗客全員チェックされる。また税関申告書も往路のダラス空港ではキオスクでの手続き時に質問項目をすべて答えさせられるのでマイアミ空港でも記入不要かと思ったが、入国管理官に書いてくださいと言われた。でも結果なぜか書かずに通してくれた。このことが意味するのは「本来は書かなくともいいけど、建前としては書いてください」ということなのだろうか。ということであれば何のためのキオスクなのだろう。ダラス空港の乗継よりもマイアミ空港の乗継の方が一層厳しく感じた。私の入国管理官も色々細かく質問をしてきたので、きっと切り直し前のパスポートなんて持って行ったら中近東のスタンプばかりで確実に別室行きだろう(偶然にもこの日ベルギーにてISによるテロがあった)。
その後荷物をピックアップ(ラパス発のレーンで荷物を探していたがなかったので、もしやと思いサンタクルス発のバゲージクレームを確認したら出てきた)。
荷物を再度預けて、身体・手荷物検査を経て搭乗口へ。やっと自由の身である。
乗継時間が約4時間あるのでその間にマイアミ空港内のレストランで食べ直した。
マイアミからボストンへのフライトは3時間ちょっと。飲み物のサービスが1回だけでた。距離感があまりつかめなかったのだけど同じアメリカでも南のマイアミから北のボストンまでは飛行機でも時間がかかるものなのだなぁ。調べてみたらこの時間は札幌/那覇間のフライトと同程度の移動時間である。アメリカは広いなぁと今更ながら感じた。
●ボストン到着
ボストン空港到着。ボストンの空港はいつもの「アメリカの空港」という味気ない造り。「機能性だけに意味がある」とでも言いたげな空港が多い。空港に個性をもたせてはいけない決まりでもあるのかな。
ボストン空港から市内へは4つの行き方がある。
① タクシー
② レンタカー
③ 乗り合いシャトルバス
④ 空港バス+地下鉄
ます①は値段が高いので今回は×、②はたった2泊の滞在なので論外、残るは③か④だが、乗り合いシャトルバスはすでに0時をまわっており待合室にだれもいなかったので諦め、消去方で④にした。
まずバゲージクレームのフロアの出口から空港シャトルバスのバス停を見つけ、それに乗る。空港の最寄りの地下鉄はブルーラインかシルバーラインの2路線あり今回宿泊するホテルへはブルーラインに乗るのが便利そうなので、ブルーラインの空港駅へ接続するシャトルバスに乗った。なお空港のシャトルバスは無料である。
ブルーラインの空港駅で地下鉄のチケットを購入。まごついていると駅員がやってきて代わりに操作してくれた。片道2.65$。
実はこの時、すでに終電の時間が近づいており出発しそうな列車に飛び乗ったところ逆方向だった。すぐに気付いて次の駅でおりて、本来の方向に乗り換えた。
幸いにも終電の列車に間に合ったらしく事無きをえた。しかしボストン中心部を走る平日の地下鉄は終電だというのに人はまばら。サラリーマンは一人もいない。酔っ払いすら乗っていない。日本の地下鉄だと終電はラッシュ時と同じくらい混む時もあるのに。本来の生活ってこういうもんだよなぁ、日本は長寿の国だけど遅くまで仕事したり、早く上がる日は飲み会があったりで、不健康な国だよなぁとぼんやり考えた。
ブルーラインからグリーンラインへの乗り換え(要領は日本の地下鉄と同じ)、ホテル最寄りの地下鉄で下車し、ホテル・ミッドタウン(MIDTOWN)へ。
●ミッドダウン
ボストン中心部バックベイエリア、賑やかなニューベリー通りは徒歩圏内のスタンダードホテル。最寄りの地下鉄駅SYMPHONYから徒歩2分ほど。なお地下鉄駅名はその名の通りシンフォニーホールが目の前にある。このホールは、かのボストン交響楽団が本拠地にしている由緒あるもので、そのシンフォニーホールと向かい合うように建てられているのがこのホテルである。低層の中規模ホテルで、年代を感じられる造りではあるが手入れが行き届いているらしく嫌な感じはしない。部屋は広め。室内にはドライヤー、テレビ、アイロン、バスタブ、セーフティーボックスあり。無料のWIFIもありスピードもなかなか快適。スリッパやミニバーはない。夜のフロントのスタッフは黒人のいかついお兄さん達なので最初は正直びびったが、ホテルの質やロケーション・値段を考慮すると個人的には大満足。朝食はないが9時前に外にでたらホテルの前にフードトラックがあった。


すでに1時をまわっており、明日も早いので早めの就寝。
(結局、飛行機の中で細切れに睡眠をとってしまったのでこの日は寝付けなかった。)
○8日目
この日は日本語ボストン観光。
出発は9時だがその前に妻に買い物を頼まれていたので、トレーダージョーズというスーパーマーケットに行く。
ボストン中心部には規模は小さめだがホールフーズ等日本人にも知られているスーパーマーケットがいくつかある。また宿泊したホテルから徒歩圏内のコープリーには24時間営業のスターというスーパーマーケットもあった。
今回の目的のトレーダージョーズはその大半がプライベートブランドでなおかつ安く、日本人の我々から見ると面白い商品が多い。
一旦、お土産をホテルに置きに戻り、ホテル外のフードトラックにて朝食を食べながらツアーの出発場所であるマリオットホテルを目指す。
●日本語ボストン半日観光+ボストン美術館入場
ボストン在住のガイド、鈴木さんと合流し、まず向かったのはハーバード大学。
ボストンからハーバード橋を渡りチャールズ川を見ながらケンブリッジへ。チャールズ川ではレガッタに勤しむ学生達がいた。ボストンらしい光景だ。冬になるとこのチャールズ川は凍ることもあるらしい。
いわゆる旅行者の考える「ボストン」とはこのチャールズ川沿いのボストン市とケンブリッジ市のことを指す。この2つの市に住む人々の生活圏はほぼ同じである。
マサチューセッツ工科大学を車窓から眺めて、ハーバードスクエアへ。
ハーバード大学は1636年創設のアメリカ最古であり最高峰の大学。アメリカのみならず世界最高クラスの教育水準を誇る。
ハーバード大学の構内へは簡単に入れる。小ぶりな門があり、門には守衛らしい人はいない。このエリア自体がハーバードの不動産らしく(周囲をすべて買い取っている)、いつの間にか大学の構内に入っていたような感じだ。
守衛はいないようだが構内には警官や警察車両を目にした。アメリカの大学には州の警察とは別に学内の警察組織があるらしい。私は、「構内でそんな事件なんて起こるものなんですか?」「起こりますよ。特に盗難ですね。あとはレイプ、殺人」。さすが世界に名のある大学は資産家のご令嬢・ご子息も在籍するため狙われる事も多いのだろうか。
大学の最初の支援者であり名前の由来となったジョン・ハーバードの像の前で記念写真。足を観光客の皆さんは触るので足がつるつるに。足を触れば頭が良くなると言われているそうだ。「どちらかというと足でなくて頭を触った方がいいですよね?」「そうですね、でも届かないんじゃないですか?」「たしかに」。というわけで背が高い人は頭を触ったらいいと思う。


ジョン・ハーバードが見つめる先、正門を抜けてハーバードの街へ。ハーバードの街には中華料理や日本のラーメン屋さん、メキシコ料理など各国からやってくる学生向けに様々なレストランがある。もちろんスターバックスをはじめとしたカフェも充実。ハーバード生御用達であろうシャツ屋・靴屋・文具屋・製本屋など学生街らしい店並びも面白い。その中でも観光客が最も楽しめるのはやはり大学の生協だろう。
ハーバード大学のロゴが入ったあらゆるものが売られている。Tシャツはもちろん。パーカー・スエット・スタジアムジャンパー・キャップ・ナップサック・トートバッグ・体操着・文具・マグ・タンブラー、さらにはチョコレートまで。商品の種類は勿論、そのバリエーションも豊か。例えば帽子一つとっても、大学の代表カラーであるえんじ色だけでなくカラーバリエーションがいくつもあり、ロゴもHARVARDと書かれているものもあればHだけが書かれているものも。
私が感心したのが様々なスポーツブランドとのコラボグッズである。見ただけでもナイキ、チャンピオン、アンダーアーマーなど。一般的には普段使いはしないであろうこういった大学グッズであるがスポーツブランドとのダブルネームの商品であれば実用的であろう。私はスポーツタイプの靴下をかった。苗字のHASHIMOTOの「H」のロゴのはいったキャップやTシャツを買っても良かったのだが、イニシャルHの人がHの帽子を被るのはいかにも過ぎてこっぱずかしい。それに何と言ってもHは変態のHだ。またなぜか生協でMIT(マサチューセッツ工科大学)のロゴの商品も見かけたので鈴木さんに質問したら「よく聞かれるんじゃないでしょうか?MITの商品はないですかって」ハーバードの生協はマサチューセッツ工科大学の生協と母体は同じらしいので、別の大学の商品も売っているということである。さすがは商売上手。


そしてケンブリッジからボストンに戻り。ボストン中心部の史跡を車窓見学。
アメリカ発の植物園・パブリックガーデン、アメリカ最古の公園・ボストンコモン、マサチューセッツ州会議事堂、ビーコンヒルの住宅街、ボストン茶会事件のあったウォーターフロントなどの説明に耳を傾けながらクインシーマーケットに到着。
クインシーマーケットはボストンで最も観光客で溢れる場所かもしれない。まるで古代ギリシャ建築のような荘厳な印象とは一転、内部はボストン名物のシーフード料理からイタリアン、中華料理にインド料理、日本料理など多種多様なフードコートが軒を連ねている。このクインシーマーケットの周りには日本でもお馴染みのアパレルブランドなどの店舗が多数。すぐ正面には街の集会場でありあのサミュエル・アダムスが演説を行ったとされるファニュエルホールがある。
お昼時には少し早いが次のボストン美術館に備えここで昼食。ガイドの鈴木さんがオススメなのロブスターロールとクラムチャウダーのセット。サンドイッチにはボストン名物ロブスターの大ぶりの身が入っており、クラムチャウダーはもちろんニューイングランド風。あさりもたっぷりでホクホクして美味しい。


昼食の後はクインシーマーケット周辺を散策。
その後、ボストンの繁華街コープリースクエアのトリニティ教会を車窓から見学し、ボストン美術館へ。
アメリカ三大美術館に数えられるほど、世界トップクラスの至宝が眠るボストン美術館。このコレクションは多岐にわたりアジア美術・エジプト美術・ギリシャ美術・ヨーロッパ美術・アメリカ美術さらに現代美術にわたる。展示されるものは絵画のみならず写真や装飾など多様。特に印象派のコレクションは素晴らしくモネ、ゴッホ、ルノワールなどがある。また海外で見られる日本美術についても最大級の作品数を所有しており、北斎などの浮世絵を始め狩野永徳の屏風絵、奈良時代の曼荼羅など国宝級の作品も多い。日本風の展示室も含めて大変興味深い内容となっている。




ツアー中にボストン美術館の入場が含まれている場合は一般の入場口とは異なる。そのため繁忙期には入場券を買うために並ぶ必要がなくなるのが嬉しい。
ボストン美術館にてお世話になった鈴木さんとはここでお別れ。短時間でボストン中心部の見どころを周遊できた。
なお美術館内には大きな荷物は持っていけないため手荷物は少なめにしよう。
じっくり見る時間がない人はボストン美術館の日本ご案内書を手に取ろう。特に有名な作品の所在地が一目でわかるように星印がつけられている。それだけ見るのであれば、最低1時間半あれば鑑賞できる。
ボストン美術館を後にして、私は徒歩でホテルまで戻った。美術館のそばにはグリーンラインの地下鉄駅やタクシーが待機しているので、徒歩でなくとも歩いて帰るには問題ないだろう。
ホテルに不要な荷物を置いて、午後からは一人でボストンの街を散策。
●ビーコンヒルエリア
午前中車窓見学した中で特にフォトジェニックなビーコンヒルまでホテルから歩いて向かった。ボストン賑やかな目抜き通りであり、歴史あるボストンマラソンのゴール地点であるボイルストン通り、コープリースクエアを抜け、ボストン子の憩いの場・穏やかなパブリックガーデンとボストンコモンを経てビーコンヒルへ。
ビーコンヒルの住宅街は1800年代に建てられた茶色い煉瓦造りの建物が並ぶボストンらしい歴史を感じる街並み。このエリアは景観保存地区に指定されており、家主といえども勝手に家のデザインを変更することはできない。修理するのも市の許可を得なければならないという。鈴木さん曰く「世界遺産には歴史はまだまだ浅いけれども時を経ればいずれそうなる場所」との言葉は納得させられる。


ビーコンヒルエリアで面白い通りを2つ紹介したい。
1つはエーコン通り。
絵葉書にも使われるという石畳の細い通り。車のない時代作られたことがわかるような狭さに当時の面影を最もよく感じさせられる。
2つ目はチャールズ通り。
ビーコンヒルエリアの歴史あるショッピングストリート。この通りで面白いのは店が掲げる看板。酒を出す店であればビールピッチャー、レストランであれば銀盃に盛られた果物、金物屋であればヤカン、薬局であれば調合に使われる擂り粉木と鉢がオブジェとして軒先に飾られている。鈴木さんの説明によるとかつて黒人奴隷が多く住んでいたビーコンヒルで文字のわからない彼らにも分かるようにするための配慮とのこと。さらに面白いことにこのエリアには1800年ごろに無かったであろうお店は開いてはならない。例えば洋服屋・酒屋・レストラン・郵便局はOKだが携帯関連やコンピュータショップはない。そこまで徹底している。
私はこの歴史あるチャールズ通りでビールのピッチャーの看板のパブへ。
ボストンに来たら飲みたいビールがある。それはアメリカで最もポピュラーなクラフトビールとされるサミュエル・アダムスだ。ボストンはそのサミュエル・アダムスの発祥の地でありそのビール工場見学はボストン観光の目玉となっている。そのサミュエル・アダムスのドラフト(生)ビールはボストンのパブであれば大抵飲める。どうせ飲むならボストンらしい場所で飲みたい!ということでこのチャールズ通りの老舗で飲ませてもらうことにした。歴史ある店だから観光客であることをいいことに写真をバシャバシャ撮っていたら昼間から飲んでいるおじさんに絡まれた。「ここあたりはチアーズという番組の撮影場所にもなったんだ」「ボストン図書館に行ったか?」「フェンウエイパークも最高だぞ」など教えてもらう。
樽だしのサミュエル・アダムスの味ももちろん最高。ボストンありがとう。




その後チャールズ川沿いを歩く。
ボストンはさすがマラソンの街らしく、ランナーの姿を多く見受ける。3月のボストンはまだ空気がひんやり冷たくしんとしている季節でマラソンにはもってこいの時期だ。皆4月のボストンマラソンに向けて入念なトレーニングをしていることだろう。




夕食は鈴木さんのお勧め、イタリアン料理を出すバー、ウノへ。
ウノはその名の通りイタリアンを出すレストラン。バーカウンターとテーブルで食べるエリアに分かれている。私はテーブルに座りピザとハープーン(これもボストン発のクラフトビール) をオーダー。
なお店でアルコールを注文する場合はIDをチェックされるのでパブに出かける際は必ずパスポートを持参するように。

満足してホテルに戻り、明日の出発に備えホテルで眠りにつく。
○9日目
朝5時半にホテルをでて空港へ向かう。
ボストン到着時同様、地下鉄と空港シャトルバスを使った。
空港に到着したのは6:30。朝早いにもかかわらずすでにボストン空港は沢山の乗客で賑わいを見せていた。
オンラインチェックインをあらかじめ終えていたのだが、キオスクでバゲージのタグを自分で出す必要があるらしくもう一度チェックイン手続きをした。
身体検査・荷物検査を終えて搭乗エリアへ。ボストン最後の食事はボストン発祥のダンキンドーナツで。
そうして私はシカゴ乗り継ぎで無事成田への帰途へついた。
ウユニ塩湖:★★★★★L
ラパス:★★★★★
ボストン:★★★★★
(2016年3月 橋本康弘)

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- アフリカ>アルジェリア>アルジェリアその他の都市
- テーマ:観光地 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/03/23 14:30

チュニジア・ケロアンにて おそらくアラブの春のときの、センス抜群のグラフィティ

アルジェリアには至る所に2014年W杯で活躍したサッカー代表チームの広告が
ちなみにその時の監督は現日本代表のハリルホジッチ氏。アルジェリア人にどうだった?と聞くと口をそろえていい監督だったとのこと!

イスタンブール乗り継ぎの合間にちょっとだけ観光。時間の都合でブルーモスクとガラタ橋くらいしか行けなかったが。。(しかも早朝なので真っ暗)
この度、チュニジアとアルジェリアに行かせていただくことになった。
この2カ国と隣国モロッコの3カ国は、通称マグリブ諸国と呼ばれている。アラビア語で「日が沈むところ」という意味で、アラブの中心地イラクやエジプトなど(こちらは「日が昇るところ」マシュリク地域と呼ばれる)から見て西の果てにあるからついた地名とのこと。そういえば我が国日本も聖徳太子が遣隋使を送った頃から日出づる国と呼ばれているし、意味は正反対だけど似通った何かを感じる。
乗継ぎ地イスタンブールからチュニジアの首都チュニスまでのフライトでは隣の席がイスタンブールに嫁いだチュニス出身のベール美女で、興味があるのかずっと私に話しかけてくれた。人妻でしかもイスラム特有のベール着用とかなり保守的っぽいのに、見ず知らずの日本人にべらべら話しかけてくれるとは・・・。なんだかいいことが起こる気がするぞ、マグリブの旅。
<迷路のような魅惑の旧市街を歩く!チュニス、ケロアン、シディブサイド>
チュニジアは国土が小さいにも関わらずサハラ砂漠やローマ遺跡、スターウォーズの撮影で使われたマトマタの穴居住宅など魅力的な見所がいくつもあるけれど、今回は時間の関係で都市に重点をおいて観光することに。
チュニジアの都市で見逃せないのはなんといっても迷路のようなメディナ(旧市街)。特にチュニスは首都でありながら大規模で保存状態もいい中世のメディナが残っており、現在でもスーク(市場)や住居としてまだまだ現役。



マグリブ諸国の特徴、すっと伸びたミナレット(塔)を持つモスク

お菓子屋さんらしく甘い言葉で道行く女性に声をかける(たぶん)、店主のオヤジさん
ちなみにここで私が着ていたのは、チュニスにあるサッカーチーム、エスペランス・チュニスのユニフォーム。アフリカ王者として日本に試合しに来たこともある名門チームだ。軽い気持ちでユニフォームを買ったのだが、これを着て街を歩くと全く収拾がつかなくなることがあとで判明した。
というのもチュニスには巨人と阪神のように強烈なライバル関係があるチームがあり、片方のユニフォームを着ていると味方ファンからは「よく来たな日本人!」と歓迎され、敵ファンからは罵声を浴びせられる(というほどでもないのだが…)のだった。しかもチュニスっ子はほとんどどちらかのファンだから、とにかくあらゆるところで声をかけられることになる。

エスペランス・チュニスの旗を掲げて強力サポートする肉屋さん

ここの宝石屋では、なんと昔のチームの優勝写真を頂いてしまった。。
興味があったのとうまくスケジュールが合ったので実際にそのチームの試合を見に行ってみると、想像通りファンはかなり熱狂的。


やっぱり声をかけられまくったり写真を撮られまくったりしたので試合内容はほとんど覚えていないが…。
まるで中世のような街並みに、陽気で人なつっこいチュニスっ子。イスラム系旧市街フェチの私も大満足でありました。
では地方都市はどうだろう?ということで、チュニスからバスで2時間半のケロアンへ向かうことに。
ここはチュニジアのイスラム教の聖地で、イスラム世界でもメッカ、メディナ、エルサレムに次ぐ4番目の聖地なのだとか。イスラム教が生まれたばかりの時代、アラビア半島から西へ攻めていったアラブ軍がここ拠点にイスラム教を広めていったのだ。当時住んでいたのは先住民のベルベル人がほとんどで宗教もキリスト教や多神教などだったので、ケロアンがなければ今のチュニジアやマグレブ諸国もなかったのかもしれない。



ここもやはり見事なメディナが残る。
そのメディナ内にあるのがチュニジア最古のモスクで世界遺産のグランドモスク。ここに最初にやってきたアラブ軍の将軍の名前をとってウクバモスクとも。



重々しい雰囲気の列柱はローマ遺跡から流用されたもの
ときどき観光客がやって来る以外は本当に静か。1000年以上も前にここに攻めこんできた、野心あふれるアラブ軍の姿を思い描いてみる。
最後に紹介するのが、チュニス近郊のシディブサイド。ここも旧市街が見所だが、チュニスやケロアンと違ったおしゃれな街並みが魅力。あのチュニス行きフライトで隣だったチュニジア美人も「チュニジアで一番美しい街なの!」と言っていた。

チュニスからは電車で行ける。30分乗って約50円!


白い壁と青の扉で統一された民家がどこまでも続く街並みは、やはり美しいとしか言いようがない。チュニジアというよりギリシャかイタリアかどこかの島に来たかのよう。

外国人はもちろん、国内観光客も多い。チュニスの都会の喧騒を離れて、この小さな街でほっと一息つきたい人が多いのかも。
最後にたどり着いたのがこの景色。美しい街の美しい夕日を眺めながら、カフェでチュニジア名物ミントティーを飲む。

日の沈む国で見る夕暮れ…。忘れられない景色になりそうだ。
<知られざるチュニジア食事情>
同じマグレブ諸国のモロッコ料理はタジンなど最近有名になっているが、チュニジア料理は日本ではまだまだマイナー。実際に食べてみると、まず出てくるのが「辛い」ということ。チュニジアはマグレブ諸国の中でも気候が涼しく、モロッコやアルジェリアより辛めの料理が多いそうだ。

モロッコなどでもおなじみのクスクス。やっぱり辛め
チュニジアならではの香辛料が、唐辛子のペーストにオリーブオイルなどを混ぜたハリッサ。これを入れることで辛さが決まる。

ファストフードの定番、サンドイッチ。やっぱりハリッサが入っていて辛い
とはいっても外国人観光客が多いチュニジアでは旅行者向けのレストランも多いので、辛い料理が苦手な方でも大丈夫かと思う。
地中海らしくオリーブが入った料理も多く、たいていの食堂やレストランではオリーブの漬け物を出してくれる。宗主国フランスの影響で、フランスパンも必ずと言っていいほど置いてある。

またチュニジア人はとにかくカフェが大好き。通りに面したオープンカフェでは、いつでもたくさんのおじさんやカップルがコーヒーを飲んでくつろいでいる。

一杯50円ほどと安いのが人気の理由かも
気になるアルコール事情について。
それほど宗教にうるさくない国と聞いていたのでどこに行っても飲めるのかと思っていたが、実はなかなか探すのが難しい。安食堂や多くのスーパーでは置いておらず、それなりのランクのレストランに行かなければ飲めないようだ。世俗派の政権が倒れたアラブの春以降状況が変わったのかも?
なんとか安く飲めるところを求めてチュニスの街中をふらふらしていると、オヤジさんたちが集まる酒場を発見。

ここの酒場は日本の居酒屋のようで大にぎわいだった。ただ外から見ると全然目立たず、やっぱり人目を避けて営業しないといけないのかも…。
そのうっぷんを飲みまくることで思いっきり晴らしているのか、お客さんも店員さんもとにかく陽気で外国人の私が入っても大いに歓迎してくれた。やっぱりお酒は国境を越える!
実は日本にもチュニジア料理店がいくつかあり、本格料理が楽しめる。チュニジア旅行を計画中の方は予習がてら行ってみては?きっとはまること間違いなし!
※チュニジアの治安状況については、2011年のアラブの春や2015年の襲撃事件などあまりいいイメージを持っていない方が多くいらっしゃるかもしれません。今回は完全フリープランの旅で移動手段も自分で手配しましたが、全く危険と感じることがなく、常識的なことに気をつけていれば治安のことは心配不要だと感じました(これはアルジェリアについても全く同じことが言えました)。現地人は親切な人が多く、見ず知らずの旅行者に優しく接してくれるところは私たちも見習うものがあるなあと思ったほど。ちなみに酒場で知り合ったチュニジア人曰く、アラブの春以降は経済状況が落ち込んでいるけどあとで良くなってくるはず。何より自由が得られたのが一番!とのこと。
<聖なる地、アルジェリア・ムザブの谷>
今回、絶対に行ってみたかったアルジェリアのムザブの谷。
ムザブの谷とは中心の町ガルダイアとその周辺のベニ・イスゲン、メリカ、ブー・ヌーラ、エル・アーテフの4つの村からなる地域で、町や村それぞれが他では見られないような独特のつくりをしている。丘にびっしりと家屋が立ち並び、てっぺんにはモスクのミナレット(塔)が天に突き刺すかのようににょきっと伸びている。フランスの有名建築家ル・コルビュジェもこの光景に感銘を受け、作品に影響を与えている。私もムザブの写真を最初に見たときの衝撃は忘れることができないほど強烈だった。

ベニ・イスゲンのパノラマ。世界のどこを探してもこの景色が見れるのはここだけ!
またムザブの谷はもうひとつユニークな点がある。それは中世から今まで、イスラムの戒律が厳しく守り続けられていること。
旅行者は、
・ガルダイアの市場を除き現地ガイド必須で、一人で町や村に入るのは禁止
・ガルダイアの市場以外での人物撮影禁止
・ガルダイア以外での宿泊、食事は禁止。飲酒も禁止
・既婚女性に話しかけることも接することも禁止
と禁止禁止のオンパレードで、「せっかくこんな遠い場所にまで来たのになあ。。」とボヤきたくなってしまうが、外界との接触を拒み、戒律が守られてきたからこそこの絶景や独自の生活様式が残っているわけだ。イスラム教の聖地とされる場所は世界に数あれど、ここもまた聖なる地と言えるのではと思う。
ちなみに世界的に主流のスンニ派でもシーア派でもないイバード派の信者が多く、この点もまた独特。他の宗派や民族と対立していたときの避難所として1000年以上も前から栄え、それゆえ今も厳格な戒律が守られ続けているのだ。
なお他にイバード派信者が多い地域はオマーン周辺ぐらい。

かわいい外観の、ムザブの玄関口ガルダイア空港
まずはエル・アーテフの村へ。ほかの村から離れたところにあるが、ムザブで最も古い村といわれる。



うーん、どこを撮っても絵になる景色。イスラム旧市街フェチにはたまらない!

ここはル・コルビュジェにインスピレーションを与えたとされる聖堂。

なぜか村の入口にいきなり動物園。このギャップもムザブの魅力のひとつ・・・なのか?
次にムザブで最も厳格な村、ベニ・イスゲンへ。高さ3mもの城壁が2.5kmにわたって村を囲んでいる。
エル・アーテフではある程度人物撮影が許され、何度か地元の人に話しかけられることもあったが、ここは厳格な村ゆえ話し相手はガイドさんしかいなかった。

村の入口



人々の生活の場であるはずなのに、しんと静まり返った村。まるで入ってはいけないところに入ってしまったかのような異世界感にずっと包まれていた。ここの既婚女性はすっぽりベールをかぶり片目だけ出していて、外国人から見れば異様な姿に見えるのでさらに異世界感をびしびし感じることになる。


このあたりは「千と千尋の神隠し」に出てきそうな世界。トンネルをくぐって誰もいない町に入るシーン、まさにあそこです
そしてムザブの谷の中心、ガルダイアへ。ほかの村からも住民が集まって来るだけあって、やはり町の中心の市場は活気にみちあふれていた。厳格で静かなムザブの谷にもこんな一面があったのだなとどこかほっとさせられる。


けれど市場を抜けると、他の村と同じく聖なる地にふさわしい静寂の世界が訪れる。


井戸


ガルダイア全景。この景色が見たかった!
・・・と、宗教に興味がある方やイスラム圏や旧市街が好きな方にはたまらないであろうムザブの谷。しかしムザブの楽しみ方はこれだけではない。
ガルダイアから車で1時間ほど南にセブセブの大砂丘があり、ラクダ乗りやバギーの運転が楽しめるのだ。実はアルジェリアはアフリカ最大の面積を誇る国でその国土の大部分がサハラ砂漠。やっぱりここに来たからにはサハラも楽しまないと!

今回は日本でなかなか体験できないバギーの運転をすることに。モロッコやエジプトに比べれば規模が劣るけど、はるばるサハラにやってきた!という実感を味わうには充分。



帰り際ガイドさんにまたいつかここで、と言うと「また来れるかどうかはインシャラー(神のみぞ知る)だ」とのことだった、さすが、聖なる地に住む民は言うこともひと味違う。
アッラーがまたここへ導いてくれることを願って、ムザブの谷をあとにした。
<国内第3の都市なのに街があるのは峡谷の中!橋の街コンスタンティーヌ>
コンスタンティーヌはアルジェリア東部にある、人口50万人ほどの国内第3の都市。しかし単なる地方都市ではなく、ムザブの谷同様世界でもここだけという景色が見られる街でもあるのだ。


上の写真の通り、街の中心があるのは深い深い峡谷の中。国内第3の都市でありながら街へはリュメル川の峡谷をまたぐ橋を渡らないとたどり着けないという、驚異の都市なのである。
こんな地形だからもちろん古代から天然の要塞都市として目をつけられ、街の基礎を築いたのはフェニキア人。その後ローマ帝国に支配され、皇帝コンスタンティヌス1世にちなんでこの名で呼ばれるようになったとのこと。
おもな橋は4つあるが、それぞれ絵になるような美しい橋。せっかくなので、4つの橋すべてを渡りきることをミッションとして街歩きをすることにする。
まずは一番南のシディ・ラシド橋から。・・・と、偶然橋の下で市が開かれているのを発見。



売り手もお客もなぜか全員オジサンで、しかも売っているのはガラクタばかり。釣り竿や洗剤、カー用品などはまだいいとして、汚れたぬいぐるみやリモコンまで・・・。こんなもの誰が買うのだろう?と、心の中で突っ込みを入れながら見学。
次に現れるのがペレゴ橋。4つの橋の中では唯一の歩道橋で、街の中心側は高低差があるためエレベーターと階段もついている。試しにエレベーターに乗ってみると10ディナール(=約10円)だった。



階段の途中で写真に入ってきたおにいさん。この橋のこと誇りに思っているのだろうなあ。。
ここからは旧市街エリアになる。国内第3の都市だけあって大通りや市場は大賑わい。この街は学術都市でもあるそうで、若者の数も多い気がする。



なかなかお目にかかれない羊の頭にチャレンジ!味はいいけど食べづらかった・・・。
そして3番目の橋、エル・カンタラ橋を通り、、、

橋めぐりのトリを飾るのは一番高いシディ・ムシド橋。

街を見下ろす最高のロケーションで橋自体も美しいので、現地の人も集まって写真を撮っている。凱旋門のような門がある展望台があり、絶好の休憩スポットになっていた。




夜になるとアルジェリア国旗カラーでライトアップも。

新しそうな路面電車にぴかぴかの巨大モスク。
産油国なので公共事業も活発のよう
というわけで、コンスタンティーヌの橋めぐりツアーは大満足。峡谷のむこうに見える街並みはどこから見ても絵画のように美しく、ジブリの舞台にもなりそうだった。ムザブのベニ・イスゲンの街並みといい、宮崎監督が実はアルジェリア大好き説、あると思います!
<ここはフランス?イタリア?アルジェリアの首都アルジェ>
コンスタンティーヌから列車で首都のアルジェへ。約8時間の鉄道の旅となったが、雪を抱くアトラス山脈の山並みや緑が広がるオリーブ畑が眺められて飽きることがなかった。


列車から街並みを見るだけでもうアルジェが大好きになっていた。青い海と丘の間に建物がびっしりと並び、海岸沿いにはヨーロッパ風の重厚建築が立ち並ぶさまは私が2年前まで住んでいた神戸の街のようだった。

アーケードが特徴的なアルジェ駅



フレンチスタイルの中央郵便局
しかしほんとにここアフリカ大陸なのか?中心部は白い重厚な建物ばかりで、フランスやイタリアあたりにいるとしか思えなかった。実際北アフリカのパリと呼ばれており、フランス領になってからアルジェが植民行政の根拠地となって都市の改造が行われたので当然ではあるのだが・・。

ヨーロッパの街並みにアラブの市場が同居する不思議な光景
けれど、有名なカスバ(チュニジアやモロッコのメディナにあたる、迷路のような旧市街)まで来るとやはり中東の雰囲気が強くなる。ただ、丘にあるがゆえあちこちに設置されてある古い階段や、建物の間からときどき見える地中海はアルジェのカスバでしか楽しめない景色でついつい足を止めてしまう。



1992年に世界遺産に登録されたアルジェのカスバだが、こんなに人々の生活に密着した世界遺産もなかなか珍しいと思う。ただ今は老朽化が進み倒壊の危険もあるとのこと。高低差のある土地に細い路地が入り組んでいる場所柄、なかなか補強工事やインフラ整備などが難しいだろうけど、アルジェのシンボルとしていつまでもこの姿が残っていてほしい。
なおカスバの一部はスラム化しており、旅行者だけで行くと危険な場所もあるとのこと。訪れる際は必ず現地ガイド等と一緒に!
海岸沿いまでやってくると、ちょうど夕暮れ時。白で統一されたコロニアル風の建物に夕日が映える。

やはりマグレブ諸国に一番似合うのは、その名のごとく日が沈んでいく景色なのだなあ、と思いながら帰国の途についた。
【スタッフおススメ度】
●チュニス ★★★★★
大規模なメディナ(旧市街)が残り、活気あふれる市場や歴史あるモスクが見所。首都だけあってショッピングやグルメも楽しめる。
●ケロアン ★★★★
「イスラム教4番目の聖地」、でも旅行者には寛容で陽気な人々が出迎えてくれる。チュニスとは違ってゆったりとした空気が流れる街。
●シディブサイド ★★★★★
国内観光客にも大人気の、チュニジアで一番美しい街。夕暮れ時に訪れるのがおすすめ!
●ムザブの谷 ★★★★★
イスラム教の戒律が今でも徹底して守られており、丘に沿って入り組んだ路地と土壁の家がひしめく。まるで異世界に迷い込んだかのよう。
●コンスタンティーヌ ★★★★★
国内屈指の規模を持つ都市だが街があるのは深い峡谷の中。橋めぐりが楽しい、どこから見ても絶景の街。
●アルジェ ★★★★
青い地中海と白い街並みのコントラストがすばらしい!人呼んで北アフリカのパリ、個人的主観では北アフリカの神戸。
(2016年3月 伊藤)

- 中国で発見!キラキラ菜の花畑とノスタルジックな水墨画の世界〜雲南省・広西チワン族自治区の旅〜
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エリア:
- アジア>中国>桂林(ケイリン)
- アジア>中国>羅平(ラヘイ)
- アジア>中国>龍勝(リュウショウ)
- テーマ:観光地 世界遺産 グルメ
- 投稿日:2016/03/23 13:48



中国。日本の約25倍の面積がある広大な国。
毎回出張の場所は既に決まっている。今回もそうだ。
大変失礼ながら中国という場所へ私は今まで行きたいと思ったことがなかった。(!)
そんな私がまさかの中国へ!
今回の旅程は雲南省と広西チワン族自治区。
私は知識が乏しく全くイメージがわかないが、
旅程を確認するとどうやら菜の花畑や棚田を見れるらしい!
棚田と言えば、私は前回のベトナムのサパに行ったときは天気が悪くて棚田が見れなかったので是非ともリベンジしたかった。
それから、中国の西南エリアには少数民族も多数暮らしているので少数民族の方にも会えるという。
なんだかバラエティに富んだ旅になりそうなので、今回もわくわくして出発までがとても待ち遠しかった。
***雲南省***
今回は中国東方航空を利用。
途中、上海の浦東空港での乗り換えを経て昆明へ。
昆明国際航空は4年前に新しくできたばかりでとてもきれいで大きい。
中国で4番目のハブ空港であり、昆明からの国際線も充実しているので非常に便利。
昆明は標高約1900mの高原に位置し、晴れると少し日差しが強く感じるらしい。
年間を通して気候が安定して緑が多いことから「春の城」とも呼ばれという、、すてき!
さて、そんな昆明から始まったこの旅。
雨女の私はやっぱりやらかしていた。
出発日、東京の空はあんなに綺麗に晴れていたのに昆明は雨が降る極寒の地だった。
寒いのは分かっていたけど東京と同じくらいか、もう少し暖かいかなーなんてちょっとなめてかかったら完全にやられた。ほんとに寒い。
しかも、なぜか中国はどこへ行っても屋内までも寒い。ホテルのロビーもレストランもなんで暖房つけないの!と突っ込みたくなる。おかげでいつでも完全防寒の癖がついた。
昆明に到着した日、笑顔が素敵なガイドさんは言った。
「明日も明後日もその翌日の金曜も雨ですね〜、あ、土曜は晴れますよ!」
私が昆明を発つのは金曜日だった。
「では、もう一泊昆明に延泊しましょう!ははは!」
ああぁ、、なんて明るいんだ。思わず笑った。
翌朝7:00、朝食会場から見える外の景色はまだ暗い。
この時期の昆明は日の出がだいたい7時半頃なのだ。意外に遅い。
その後少しずつ明るくなる空、どんよりしているもののなんと雨は降らなかった。
おお!!これはもしかしたらもしかすると雨女撤回かもしれない!!!
行くしかない!!!わくわくしながら昆明から羅平への約3時間半を車で過ごす。
結局、雨は降らなかった。曇っていたものの、霧もなくまずまずな天候!
羅平市内へ入ると驚くことに、窓の外がほんとにほんとに黄色!黄色!たまに緑、そして黄色!!!!


もーーーーー素晴らしい!!少し段々になっている地形が大きな弧を描きながら美しく広がり、菜の花の黄色がきらきらと色づく、そこはまさに芸術作品!
なんなんだ!なんなんだここは!夢の中なのか!?と錯覚してしまような絶景が目の前に広がる。どこまでも続き菜の花にとにかく大興奮だった。
今年は寒かったせいで開花時期が少し遅れたようだが、例年は2月〜3月上旬をピークに菜の花が満開になる。驚いたことに日本人観光客も何組も来ていてアジア人だらけだった。
羅平に来たからには必ず見なければならないのがこの菜の花の風景なのだ。

もちろん近くで見てもきれい。

それから、金鶏峰という展望台からみる景色は幻想的である。同じ菜の花でも見方によってたくさんの楽しみが感じられる。展望台までは結構階段をのぼるので少しきついのが難点。

ガイドさん曰く、8月ごろにはマリーゴールドのオレンジ一面のお花畑も見れるという情報も!羅平、なかなか侮れない!
途中、九龍瀑布という中国六大瀑布のひとつへも訪れた。

竹林が美しい静かな参道を進むと10段にもわたる大きな滝があらわれる。
少数民族の売り子もたくさんいて、見る人を楽しませる。

カラフルに色をつけた五色米というのを少数民族おばちゃんが売っていた。
お土産などもみて楽しみつつ、九龍瀑布でマイナスイオンをたっぷり浴びてリフレッシュ!
雲南3日目。本来ならば再度、金鶏峰からの菜の花畑を拝むはずだったがあいにくの雨のため中止。さすが雨女。土砂降りになってしまったので前の日に菜の花を見ておいて本当によかった、、!
この日は午前中から石林へと向かう。羅平から1時間半ほどで到着した。


雨模様の中の石林は石の色が濃く、神秘的な世界観を存分に楽しませてくれた。
石林の中は迷路のようにたくさんの通路があるのでガイドさんなしでは間違いなく迷ってしまう。(現地のガイドさんでも迷っている人がいたので驚き。)
何億年前という大昔には海の中だったという石林。
カルスト地形と呼ばれるそこは、天へのびる大きな石がいくつも林のよう広がり総面積は約1100㎢ともいうのだから驚愕だ。ゲームの最終ボスが待っている砦のようでなんだかおもしろい。

時間によって少数民族(サニ族)の踊りも無料で見れる。

ねこちゃんみたいな岩を発見!
夜は昆明の名物の過橋米線という麺料理を食べた。

鶏などのだしがきいたスープに薄い生肉をくぐらせて日本のしゃぶしゃぶのようにして、
そこにたくさんの薬味と米麺を入れて食べる。
意外にあっさりしていて手が止まらなくなるおいしさだ。


昆明の駅周辺。とっても賑やか。
あっという間に雲南省での旅は過ぎ、桂林へと旅立つ。
雲南は美しい畑やたくさん山々の風景があり、昭和の日本を思い出させるようなどこか懐かしい土地であった。
***広西チワン族自治区***

桂林には夜到着した。昆明から飛行機で1時間半もかからなかった。
極寒の昆明から比べると、突然春がきたような少し暖かい空気に安堵する。
広西チワン族自治区。「省」ではなく「自治区」。
少数民族が主体となって管理する地域をこう呼ぶ。この広西チワン族自治区内に住む少数民族の中ではもちろんチワン族が大多数を占める。
今回の桂林はカルスト地形が特徴的で2014年には世界遺産にも登録されている。
空港はあまり大きくないものの、整った高速道路に加え、少しずつ高層マンションなども増えていて町の発展がうかがえる。その高層マンションのあいだからはカルスト地形独特の山々が突然現れたりするから不思議だ。市内中心に入るとは高い建物はほとんどないが、中国らしいいろんなにおいのする商店街と自転車だらけの道路でにぎわう。空港から市内中心まで40分程度だった。ホテルの窓からは特徴的な山とにぎやかな商店街が一緒に見えるので桂林ならではだなと思った。
翌日、朝一番の漓江下りの船へと乗り込む。
9時が始発だが既に多くの観光客でごった返していた。
観光シーズンの一番多い時期だと400隻ほどの船がでるというから驚きだ。
さて、桂林のハイライト、漓江下り。

馬が9頭隠れているらしい。ほんと?

ウーロン茶のCMで使われた場所

20元札の風景の場所
やっぱり天気に恵まれない私。笑
曇りがかってどんよりしている天気だったが、それが逆に墨絵そのものを見ているようで非常に美しい風景だ。(中国人は墨絵のような曇った風景の方が好きなんだよ、というガイドさんのフォローがあったのでそう思うことにした)
下っていく途中にたくさんの見どころも多く、ついついカメラのシャッターを押してします。だが日が出ていない冬の川下りはとても寒いのでくれぐれも防寒対策が必要。
春には程遠い、またまた極寒の川下りとなった。

漓江下りでもでっかいねこちゃん発見!
今回は終点の陽朔までは行かず、途中の興坪にて下車。
日本人が住む林さんのお家を訪問する予定だったが、改装中で断念。
展望台から再度漓江を見下ろす。
そして、興坪の昔ながらの味のある街並みをゆっくり楽しんだ。


興坪をあとにして、車で40分ほどで陽朔へ。
ここでは竹の筏で川を下りながらカルスト地形を楽しむことができる。
中国の国内旅行者は多く訪れるものの、外国人客はまだ多くないという、なんとも穴場!
え!!大丈夫!?と思うような割と簡易的な竹の筏は2人乗りで船頭さんが漕いでくれる。
最初は落ちるんじゃないかとひやひやしたものの、魚の泳ぐ澄んだ川の美しさ、目の前に広がるカルスト奇岩、川に反射する風景、静かに川の流れる音と時々聞こる鳥たちの声・・・すべてが最高だった。

こんな簡易的な筏!
こんなんで結構段差があるところも平気で進むという恐怖。


イメージ的にはディズニーランドのカリブの海賊のあのちょっと落ちるところをかるーくした感じ!こわい。笑

定番の漓江下りとはちがった素晴らしさを存分に楽しめるのでとてもおすすめだ。
※しかし本当に落ちることもあるらしいので挑戦する方は覚悟が必要!
その後、陽朔の見どころである大きなガジュマル、月亮山を観光。


天気がよかったのと、少し時間があったのでレンタルサイクルで西町へ!
まさか中国で自転車に乗れるとは!なかなか楽しかった。1日レンタルで約1000円程度。
無免許でスクーターも乗れると言われたがさすがに怖くて乗れなかった。


西町は多くの観光客が訪れ、たくさんのお土産屋さん、レストランやバーが並ぶのでとても楽しい。夜には雰囲気をガラっと変えてイケイケな音楽が大音量で流れてまるでクラブのようになる。昼も夜もにぎやかなので、お土産探しから食べ歩きやちょい飲みまで老若男女問わず楽しめるおすすめスポット!
陽朔でもう一つ欠かせないのが「印象・刘三姐」という広大なスケールで行われる少数民族の野外ショー。行く予定はなかったのだが、昆明のガイドさんにゴリ押しされて、これは見に行くしかないと決めたのだが、本当にすごい!


桂林のカルスト地形の山々を背景に演目は全て水上ステージで行われる。
大きな船が出てきたり本物の牛や鳥とともに炎や光、水などあらゆるものをパフォーマンスの一部として美しく表現していくので、一瞬たりとも目が離せなかった。
驚きなのはこのショーに出演する俳優はなんと600人!!!
こんなすごいのはここでしか見れない、とっても見る価値あり!!
その人気は毎日3000人の客席が満席になってしまうほどで、中国国内からも多くの人が訪れる。春節時は1公演では収まらず、2公演、3公演あるときもあるとか、、、恐るべし!!!!
満席になってしまうこともあるので、もし見たい時は早めにガイドさんに伝えて予約をするのが無難!
ちなみに、毎年1月頃はお休みになるのでその時期はショーが開催されるか確認が必要。
チワン3日目、この日は車で2時間半ほどの龍勝の棚田へ。
なんと!この日はついに朝から晴れました!!!念願の棚田が見れる!

竹筒料理が有名。竹の香りがふんわりして、おこわのようで美味しい〜〜

ここからは車が入れないので約1時間上ります。
ヤオ族のおばちゃんがポーターとして荷物を運んでくれることも可能。
足が悪い人だと籠に乗せて2人がかりで担いで登ってくれることも。どちらも有料。


ついにきたー!!段々になった棚田に水が張ってなんて美しいんだろう・・・・!
綺麗に整った水田の上の方は山から流れてきた水が溜まっていて、少しずつ流れて下の段へと水が満たされていく。ああ、きれい。
後ろの山々とのコントラストも本当に絶景だった。中国、すごいなー

ヤオ族のおばあちゃん。刺繍がとっても上手!

移動途中にヤオ族の村もちょっと訪れました。
ヤオ族は髪の毛がとっても長い民族!成人するまでは一度も髪を切らないというから驚き。綺麗にまとめられた髪はとても美しく、山で暮らす人々みんなパワフルでおばあちゃんでも白髪の人が少なく美髪なんだとか。

観光客が多い時だと民族ショーが行われてるみたいです。
チワン4日目、三江へ!
三江はトン族という少数民族暮らしていて、風雨橋の風景が有名だ。


トン族の建築技術はとても優れていて、日本の建築家も見に来るほどだと教えてもらった。
確かに、近くで見ると釘を一切使っていないが骨組みがしっかりしている。

三江の村の中にはたくさんの鼓楼と呼ばれるシンボル的建物がある。昔は太鼓を置いて何かあったときに太鼓を鳴らして村人を集めたそうだ。
現在は村の人々が集まる憩いの場だったり、伝統的な織物の道具を展示してあったりと、観光客向けな場所となっている。中で村人たちとの交流もできるが10元ほどのチップと署名が必要。

鼓楼の中に卓球台を置いているところがあったので村の方と勝負しましたが完敗でした、、、中国人強い。。


フランス人の観光客も来ていつのまにか国際試合!とても盛り上がった!
そんなこんなで桂林周辺を存分に観光しまくった中国の旅の後半。
最後におまけ程度で桂林の動物園でパンダのメイメイちゃんに会って旅を終えました。

この旅で今まであった中国に対するマイナスイメージを完全に覆すようなとびっきり楽しい旅となった。
途中、ホテルが停電してロウソク1本で一晩過ごしたり、胃腸炎で苦しんだり、、とびっくりぽんな出来事も乗り越えましたが今思えばいい思い出!(たぶん!)
情緒あふれる場がたくさんある中国、本当に素晴らしい。広大な国のまだほんの一部しか観光していないので、もっとたくさんの魅力が詰まった国であることには間違いない。日本から身近に行ける絶景の国として、是非一度行ってみてほしい。きっとイメージが変わります!
羅平の菜の花畑 ★★★★★ 一面の菜の花に大感動!一度見たら忘れられない絶景!
桂林の漓江下り ★★★★ 桂林といえばコレ!まさに水墨画の世界!
龍勝の棚田 ★★★★★展望台から見下ろす棚田は絶景そのもの、段々畑の水に反射する光が美しい。
(2016年2月 柳)

- ヨルダン&エジプト遺跡巡り!ペトラ遺跡と中部エジプトを歩き尽くす旅
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エリア:
- 中近東>ヨルダン>ペトラ
- アフリカ>エジプト>カイロ
- アフリカ>エジプト>エジプトその他の都市
- テーマ:世界遺産 グルメ 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/03/11 15:10



カタール航空で羽田から12時間でドーハへ。そしてアンマンへ約3時間。今回の目的は2つの憧れの遺跡を訪れること!その1つ目がペトラ遺跡です。
アンマン空港からペトラ遺跡の町ワディ・ムーサまで車で約3時間。ペトラの宿はペトラ遺跡に近いホテルにしたので、徒歩圏内でとても便利です。

ペトラ遺跡はヨルダンで最初の世界遺産で、紀元前1世紀〜紀元後1世紀頃に建設されたナバタイ人の首都で、それ以降の遺跡も含めて巨大な遺跡群となっています。
ペトラにはナバタイ人より以前に、1万年前から集落があったようで、ジェリコ同様、中東で最古の歴史を持っています。その後、エドム人がユダヤとの争いを繰り返し、紀元後6世紀にはナバタイ人がペトラに定住し始めます。遊牧民族のナバタイ人やベドウィンは、インドから地中海に向かうキャラバン隊がこの地を通る際に安全を保証することで生活していました。ナバタイ人はアラビア語を話していたため、彼らの使うナバタイ文字は、その後アラブ圏に広まり、アラビア文字の起源となっています。アラビア文字はペルシャ語やウルドゥー語でも使われているので、現在では世界のあちこちで使われています。
また、ローマ帝国の時代にはその支配を受けたため、現在のペトラ遺跡にはローマらしい劇場や列柱通りも残っています。


入口から少しのところにジン・ブロックスと呼ばれる立方体の石のお墓や、エジプトのオベリスクのような塔を持つお墓が見えてきます。ここの景色だけでも充分見応えがあるのですが、さらにシークの入口が見えてきます。
シークとは1.2kmもある岩山の裂け目で、ここを通らなければ中には行かれないので、難攻不落の要塞と考えられていました。ナバタイ人はこの水の少ない地域で、治水に長けていて、紀元前4世紀末には地下貯水槽に雨水を貯め、広大な砂漠を移動しても不自由しなかったそうです。飲用水路と灌漑用水路に分け、飲料水の濾過や高低差で水圧を調整したりもしていたとか…その技術はローマ帝国に併合されてもローマが改良する余地のない程だと言うから、その時代の最先端だったのでしょう。シークの左右の壁沿いには、そんな高度な技術を持つナバタイ人の水路の跡が見られます。


この水路を辿って進んで行くと、狭くなった岩山の隙間から徐々にあれが見えてきます!

そう、待ちに待ったエル・ハズネ!高さ45mもの巨大な彫刻の壁が目の前に。細かな彫刻が美しく、ペトラ遺跡で最も壮麗と言われています。

映画「インディージョーンズ」の舞台として使われたのが有名ですね。映画ではこの奥に幾つもの罠が仕掛けられていて、聖杯へと辿り着くのですが、実際にはそんな空間はなく、広間とその奥にお墓がありますが、入ることはできません。でも入口だけでも綺麗で見応えがあります。
エル・ハズネからさらに進んだところで、左手の階段を上がって犠牲祭壇へ続くルートがあります。トレッキングコースではありますが、看板の雰囲気からしてそんなに遠くなさそうだったので、とりあえず行ってみることに。進んでみると、滑って落ちたら重傷は免れないと思われる崖沿いの道をひたすら登ります。


予想以上に長い。しんどい。途中でベドウィンがロバに乗らないかとしつこく話しかけてくる。ということで、もう疲れたし、犠牲祭壇の一部が見えたので、ここでやめました。


充分な景色だったし、引き返して次に行きます。
元のルートに戻って先に進むと、右手に王家の墓が5つ並んで造られています。一番右の壷の墓に登ってみたり。ここは景色が良いです。


柱廊通りを進み、カスル・アル・ビントと言われる神殿へ向かいます。この途中の大神殿も広くて、浴場があったり、床が六角形の石でできていたりと、面白いです。テメノス・ゲートで俗世から区別された神聖な神殿、カスル・アル・ビント。結構ボロボロで風情があるけれど、正面しかみることはできません。



そしてここがバシンレストラン。

お昼はここでランチにするか、ホテルでランチボックスを頼んで持ってくるか、だと思います。この先のエド・ディルまでの道のりが長いので、休憩しておくのがおすすめです。他にペトラ遺跡内で休憩できるのは、多くはないけれど所々にあるカフェや、お土産を売っているベドウィンのおばあちゃんがお茶を勧めてくれたりもします。シークから先の道中はほとんど日陰がなくて、特にお昼前後は日差しが痛いです。湿気が無いのであまり汗はかかないですが、帽子は必須です。


バシンレストランからエド・ディルまでは、砂で登りにくいところや、階段状の岩場で、この時が一番暑くてしんどかったです。

普段の運動不足を後悔しながら、休んだり、歩いたり、また休んだり。途中、ベドウィンのお土産屋さんが声をかけてきますが、登るのに必死でそれどころじゃないんです。ふと、風が強いところに出たと思ったら、前方にカフェを発見。カフェ前で人が写真を撮っていたので、そっちを振り返ると、エド・ディルだー!

息を切らして、カフェまでもうひと頑張り。私もエド・ディルの写真を撮って、エド・ディルを眺めながらしばし休憩。造りはエル・ハズネよりずっとシンプルだけど、エド・ディルの方が大きく、陽の光をあびてどーんと構えている感じがします。高台から観ると、さらに絵になります。
さらにカフェの裏にはパノラマスポットがあるらしいのです。疲れたので行くか迷ったけれど、カフェのおじさんに聞いたら歩いて5分だというので行くことに。
ここも滑って落ちたら、もう帰って来られなそうな崖が…でもこの先はトップオブザワールドらしい。
確かにすごい渓谷の景色。この崖の先端ならもっと見晴らしが良さそうだったのですが、強風に煽られて落ちるような気がしました。


帰りは空が曇ってきて暑くもなく、下り坂で気持ちにも余裕があったからか、あっという間にバシンレストランまで戻って来ました。夕方には風も強く肌寒くなり、ウインドブレーカーがあったら良いくらいでした。犬、猫など動物も結構います。



ペトラ遺跡内ではベドウィンのおにいちゃん達がロバや馬車、ラクダに乗らないかと、諦めずに話しかけてきます。日本のやっかいな客引きと同じか、それ以上に諦めが悪いです。でもベドウィンをまじまじと観察するチャンス。パイレーツオブカリビアンの船長みたいな人もいれば、ごく普通の若者も。


帰りは名残惜しく、エル・ハズネの前のカフェでしばらくゆっくりしてから、帰りました。バラ色に見えるかな?

ペトラでのごはんはビジターセンターから歩いて5分くらいの、ここのアラブ料理がおいしかったです。レンズ豆のスープに、ケバブ。


翌日はさらに天気が崩れ、朝から雨。外に出るとかなり寒く、セーターを持ってきて正解でした。
ペトラから死海への道中、寒いところでは気温はなんと0度。雪まで降ってきました。まさかヨルダンで雪を見るとは思ってもみなかったです。

標高の低い死海は気温も高く、17度ありましたが、それでも死海に浮かべる程あたたかくはなく、風も強くて、ビーチに観光客は皆無。とりあえず足まで入って、あとは死海の泥パックをしていました。



死海にぷかぷか浮かべなかったのは残念だけど、その後デッドシースパホテルで食べたランチが美味しかったので、だいぶ満足しました。ペトラのレストランではスイーツは切らしていると言われて、ありつけなかったのですが、死海ではバーミエ、アダイフ、たぶんフティールなど色々な種類を食べられました。

この日は悪天候でペトラ遺跡は入場不可になっていたそうなので、昨日行っておいてよかった。
その後、アンマン近くのジェラシという遺跡へ。雨が降ったり止んだりでしたが、人も多すぎず見応えのある興味深いローマ遺跡。途中で勝手にガイドし始めた少年にいらっとしましたが、遺跡内はちゃんとしたローカルガイドのマフムードさんがしっかり案内してくれました。


ハドリアヌスの凱旋門の向こうには競馬場があり、その先のビジターセンターから遺跡内へ入っていきます。入ってすぐの南側にはゼウス神殿があり、フォルムと呼ばれる卵形の広場から、北門まで約600メートルの列柱通りが続きます。列柱通りから横に入って行くと、大聖堂やアルテミス神殿、幾つもの教会、もう一つの劇場が配置されています。全体はだいぶ広さがあるので、晴れていたらもっともっと歩き回りたかったです。


ヨルダンの次はエジプトへ。ずっと運転してくれたサミーさんともお別れです。ガイドさんと言ってもいいくらい、ヨルダンのことや観光地のことを教えてくれました。


アンマンからカイロまで、ロイヤルヨルダン航空でたった1時間半。日本語対応は流石に無いけれど、各シートにモニター付きで、簡単な機内食もまあまあ、そして機内が綺麗でした。
到着後、左奥の赤い看板のところで入場券のごとくお手軽にビザのシールを買って、ここで両替もできます。その後、右側の列に並んで入国。

エジプトではカイロの空港からほど近いホリデイ・イン・シティスターズに宿泊。館内はお部屋も含めWiFi無料です。カイロ最大のショッピングモール、シティスターズに隣接していて便利。このモールは夜24時まで営業していて、600近くもの店舗が入っているんです。ブランドの洋服や靴はもちろん、家電製品、本、お土産やちょっとしたスーパー、レストラン街やフードコート、ジュエリーや家具まで。平日でも大賑わいのショッピングモールです。

割と質の良いものが揃っていて、値札もついているのでぼったくられる心配もありません。新館と本館があり、広すぎて迷ってしまう程でが、お土産ものが集まっているエリアでお買い物したり、エジプト料理店も入っているので夜ご飯を食べに行ったり、帰りのフライトまでの空き時間にうろうろしたり、カイロっ子と仲良くなったり出来るところ。
そしてレストラン街にチョコレートスイーツのお店を発見。カイロの女子達が大皿に山盛りのパンケーキを囲んでいました。私はチョコレートブラウニーのクレープを。これで700円くらいなので、お腹いっぱい食べたいなら、コシャリなんかはもっと安い値段でたくさん食べられます。エジプト人の甘い物好きは女子に限らないようで、男子やファミリーでも甘ーいスイーツを囲んでいました。

街中のスイーツ屋さんはこんな感じ。店先で調理しているところも。



エジプト料理はトマトベースの鳥、豚、野菜など。モロヘイヤスープが美味しく、個人的に日本に帰ったら作りたいエジプト料理No.1!


エジプトでの今回の目的地は中部のミニヤの遺跡。カイロからミニヤまでは車で片道約4時間とちょっと長旅なので、なんと早朝5:30出発。カイロから離れると、安全のため警察も同行です。

まずベニハッサンへ。ここにはいくつものお墓が残っていて、そのうち4つの地方豪族のお墓に入ることができます。お墓まではこの階段を登らなければなりません。とは言っても、ペトラを歩いた距離に比べれば、大したことありせん。観光客が少ないので、おじさんが一緒に行って鍵を開けてくれます。


残念ながらお墓の中は撮影禁止。内部には地方豪族の生活が描かれています。壁一面に農業や漁業、ベッド作りなどの風景が描かれ、そしてそれらを捧げ物にする図になっています。なかでも特徴的なのが、この時期に流行ったらしいレスリングのレリーフ。かなりの種類がびっしりと描かれています。
現地の方にいただいた画像ですが、こんな感じです。

道の脇を流れる運河の水面に向こう岸が写って、さらにその向こうにはナイル川の恩恵を受けた緑の地が広がる、綺麗な眺めです。

そして、ペトラ遺跡ともう一つの行ってみたかった遺跡、テルエルアマルナへ。ここはアマルナ芸術が栄えたかつての都です。元々はテーベ(ルクソール)に都を置いていましたが、神官の癒着が進んでいた為、新王国時代の第18王朝、アメンホテプ4世は、神官の影響力を弱めようと、都をテーベからテルエルアマルナへ遷しました。テーベではアメン神を最高神とする多神教だったのですが、遷都と共にアテン神の唯一神信仰に変え、王自身の名前もイクナートン(アクエンアテン)に改名ました。アメンホテプ4世の名前に「アメン」と入っていたのが、アクエンアテンでは「アテン」が入っていますこれは世界で最初の宗教改革と言われています。
彼の時代には、芸術の分野でも改革がなされ、それまでの理想的な形式にこだわった芸術様式から、自由な表現や写実的なものが重視されるようになった為、この時代固有の特徴的な顔立ちや描写がされた貴重な芸術でもあります。

(エジプト考古学博物館のイクナートン像)
しかし、アクエンアテンに反対する神官達によって彼は暗殺され、テルエルアマルナの都も壊されてしまったのです。彼の治世はわずか10年あまり。テルエルアマルナはその間だけの都で、破壊されて放棄されてしまいました。切ないですね。アクエンアテンの次の王が日干しレンガ (トゥト・アンク・アメン)です。名前からもアメン神信仰に戻ったのが分かります。
テルエルアマルナでは墓や宮殿跡を見ることができますが、ここもお墓の内部は写真に残せず、破壊された為に残る遺跡も多くはありません。それでも歴史的にとても意味のある場所なので、定期的に観光客がやってくるそうです。
チケット売り場でチケットを買うと、ここのお墓も普段は閉まっているので、おじさんも私達の車でお墓までついてきます。途中で電気の電源を入れて、お墓を開けてくれました。



これも現地の方に頂いた画像ですが、イクナートンの名前は削られても、左上の太陽は神を表すので残されて、神々しい光が描かれています。

日干しレンガの宮殿跡は道のすぐそばにありますが、ひとつひとつのお部屋や柱の跡、木材が残っている部分を見ることができます。

ガイドをしてくれたアビールさんが遺跡や歴史に詳しく、とてもとても楽しい観光でした。
ミニヤからの帰りは渋滞に巻き込まれ、カイロ市内からホテルまで2時間半近くもかかりました。普段は10分の道でも、渋滞すると数時間かかることもあるとか…
また、2度目のサッカラにも行ってきました。ジョセル王の階段ピラミッドのコンプレックスがやっぱりいいですね。階段ピラミッドは修復中です。





この日は霧がかっていて、道中でギザやアブシールのピラミッドは見えませんでしたが、ジョセル王のピラミッドのところから、ダハシュールのピラミッドがかすかに見えました。

最近、カイロのエジプト考古学博物館ではカメラチケットが導入されました。なんと50エジプトポンドで、館内の写真撮影がOKになります。ただしツタンカーメンの部屋と、別料金のミイラ室での撮影は禁止、フラッシュはどこもNGです。広い博物館は全部まわるには1日ではとても足りませんが、写真を撮っても良いというのが新鮮で楽しかったです。



(クフ王の小さな像)


カノポス壷(ミイラを作って、内蔵を入れる壷)は動物や神の顔が付いているものが多いですが、これは全部ツタンカーメンの顔。


あの有名なツタンカーメンの黄金の椅子。王妃アンケセナーメンとサンダルを片方ずつ履いている仲睦まじい場面。

かわいい動物シリーズ。動物のミイラもあります。





ペトラ&ミニヤの遺跡巡りはやっと行かれた場所で、私にとってはとにかく楽しい旅でした。十分満足したのですが、やっぱりまた行きたい、何度行っても良いんだよなぁと実感しました。
オススメ度
ペトラ・・・★★★★★ 何日もかけて見たいペトラ遺跡
死海・・・★★★ この時期はまだ寒かったけど、次回は浮いてみたい!
カイロ・・・★★★★★ 観光もショッピングも盛りだくさん!エネルギッシュな街
ミニヤ・・・★★★★★ 遺跡や歴史好きの人におすすめ。事前の下調べかガイドさんがいると良い。
サッカラ・・・★★★★★ 初期のピラミッドや遺跡がたくさんあって最高
(2016年2月 増田里紗)

- 進撃の巨大クルーズ「海上を動く巨大ホテル」
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エリア:
- カリブ海>プエルトリコ>サンファン
- カリブ海>セントマーチン(サンマルタン)>セントマーチン(サンマルタン)
- カリブ海>セントルシア>セントルシア島
- テーマ:クルーズ 世界遺産 歴史・文化・芸術
- 投稿日:2016/03/11 15:04

カリブ海

カリブ海に停泊するカーニバル・リバティ
カリブ海クルーズ、何と響きのいいフレーズだろう。真っ青な海、常夏の気候、陽気なカリビアンの人々、究極のリゾートの日々が想像できる。今回は幸運にも7泊8日のクルーズの出張を拝命した。私でいいのだろうかと自問自答したが社命なら仕方がない。思いっきり楽しんでこよう。

モロ要塞

モロ要塞

サンファン大聖堂

サンファン・ゲート

サンクリスト要塞
前日は、翌日の出航のため出発港のサンファンに泊る。プエルト・リコのオールド・サンファンはスペイン風の街並み、石畳の道路、2つの要塞に囲まれたまるでテーマパークのような街だ。世界遺産のモロ要塞。街の東側はサンクリスト要塞。その間にはサンファン大聖堂、カサブランカ、サンファンゲート等、カリブのエキスが詰まった濃い街だ。もしクルーズが中止になったとしても見合うだけのものがここにはある。

カーニバル・リバティ

キャビン

オープニングパーテイ
1日目、いよいよ乗船。15:00過ぎには多くの人が並んでいる。今回のクルーズ船は「カーニバル・リバティ」。11万トン、全長290m、定員2976名の巨大客船だ。何時間もかけて途切れなく人が吸収されていく。夕食後、21:00から早速屋上の甲板でオープニングパーティが始まる。皆ノリノリである。はたしてこのノリノリに、この年寄りがついていけるか心配だ。でも日本にも「踊りゃなそんそん」と言う言葉がある。気遅れせず頑張っていこう。夜、22:00にいよいよ出航だ。

セントトーマス島とカリブ海

メイゲンズ・ベイ・ビーチ

シャーロット・アマリ
2日目朝、第一の目的地「セントトーマス島」に到着。09:00から島内観光のオプショナルツアーに参加。以降、島に到着の度にオプショナルツアーに参加するが、時間的にも費用的にもツアーに参加したほうが効率的だ。セントトーマスはアメリカ領バージン諸島の一つ。先ずは島が一望できるビーコンポイントへ。一面に広がる海の景色は絵葉書のようだ。りっぱなお土産屋があるのはタックス・ヘブン(免税)なのだから当然なのかもしれない。次はビュー・ポイントへ。眼下に我々の船「カーニバル・リバティ」がその雄姿を見せている。島の北側(太平洋側)からは、高級別荘やゴルフコースが見える。お金持ちにはまさに天国だ。町の中心はシャーロット・マアリ。ビーチに沿って沢山の店が並んでいる。買い物天国だ。停泊港の近くにも、ヘブンサイトモールがあり、乗船客には便利だ。

クルーズのプール

ミニゴルフコース

ジョギングコース

セクシー度コンテスト

カジノ

ロビーでのライブ

ダイニングルーム
3日目は、次の寄港地のバルバドス島へは1日以上かかるため船上で完全フリー。とは言っても心配ご無用。すること満載なのである。大小いくつものプール、ジャグジープール、ミニゴルフ、ジョギングコート、バスケットボール、バレーボールコート、卓球と何でも揃っている。日中にはイベントで「男性のセクシー度コンテスト(肥満度?)」もあり、セクシーダンスやセクシーシャワーの様子で観客は大いに盛り上がっていた。やはり日本人はアメリカ人には勝てないかも。夜は、毎日本格的なショーがある。ビッグバンドの演奏、著名なシンガーのものまねショー、ロックショー、ラスベガスショー等。メインロビーでの15:00から深夜までライブをはじめ、5階のカジノフロアーのライブバンド、ピアノの弾き語り等、自分の好みに合わせて選べばいい。とは言っても、クルーズの醍醐味はビーチチェアーに横になり、海を眺めながらのんびりすることだろう。ゆっくり本でも読むのが最も贅沢な過ごし方かもしれない。普段できないことをすることが極楽の過ごし方かもしれない。私の場合は、好きな読書と、オーストラリア出身のカントリーシンガー「ポール」にはまったことである。琵琶湖のミシシッピ号でライブをしていたこともあり、日本通の彼の歌は素朴で元気をくれる。「いとしのエリー」の英語バージョンを私のために歌ってくれるのだから超感激だ。

チェンバレン橋

元・国会議事堂

セントメリー教会
4日目は08:00にバルバドス島に到着。コーストパラダイスツアーに参加。この島はビーチももちろんいいが、何といってもブリッジタウンがいい。元イギリス領だけにイギリス風の街並みが色濃く残っている。チェンバレン橋を中心に街は広がっていくが、歩く人を意識しなければ、まるでイギリスの街を歩いている錯覚に陥る。今は博物館になっている元「国会議事堂」、「セントメリー教会」、「オールドタウンホール」を見ていると本当にここがどこか疑ってしまう。カリブ海に面した西海岸には高級別荘地が建ち並び、太平洋に面した東海岸は波が高くうねっている。

セント・マークス家

セント・マークス家のベランダからの眺め

カリブ・バティック

マリゴット・ベイ

ヨットハーバー

滑走路

ラム酒工場で試飲
5日目はバルバドス島から少し戻って「セントルシア島」へ。ツアー最初のポイントは「セント・マークス家」。白亜の豪邸で見晴らしのいい場所に建っている。いかにお金持ちだったか偲ばれる。次はバティックハウス。インドネシアから技術が輸入され、今では島の主要な産業になっている。色がカラフルで欧米人には好まれるかもしれない。次はカリブ海で一番きれいとガイドが豪語しているマリゴット・ベイへ。海はどこの海も遜色ないが、なるほどここの湾は小さく可愛らしい。高価なヨットが数多く停泊し、人気の高さが伺える。こじんまりした湾と飛行機の滑走路、周りの景色とのバランスがいいのが理由の一つだろう。仕上げはラム酒工場で一杯飲んで、気分はすっかりカリビアン。

プリム・ストーン要塞

プリム・ストーン要塞

ロミー・マノアー

カリブ海と大西洋

カリブのイケメン猿回し

カリブのイケメンと子供

カリブのイケメンと私
6日目は「セントキッツ島」。この島の見所は何といっても「プリム・ストーン要塞」。規模も大きい。海賊や他国からの侵略に備えて大砲が沢山装備されている。戦いのための要塞が、今は観光の役に立っているいるとは皮肉な話だ。ロミー・マノマーは昔のプランテーションの名残り。巨大な富が一握りに人に集中していた。もう一つのハイライトは、右がカリブ海、左は大西洋のクリフ・ポイントだ。観光名所だけに猿回しやらロバのりがいたが、ちょいとカリブのイケメンと記念撮影などしてみた。

フィリップス・バーグのビーチ

フィリプス・バーグのビーチの海賊の人形

マリゴの町

セントルイス砦

セントルイス砦

セントルイス砦から見たマリゴの町

セントルイス砦からみた景色
7日目は最後の島「セントマーチン」。2つの国が同じ島にあるという変わった島で、島の下側はオランダサイドでカリブ海に面している。フィリップス・バーグは中心の町で、沢山の店・レストランが並び、クルーズから下船した客でにぎわっている。フランス側の中心の町は「マリゴ」。どことなくフランスの香りがするおしゃれな町だ。セントルイス砦は今はすっかり古びてしまってほとんど形を残していないが、美しいマリゴの町を眺めるには絶好の場所だ。この島は飛行機が真上を飛ぶマホベイビーチでも有名だ。

シェフの挨拶

ラストディナーパーティ

ドラとマイケルとローランド
今夜はクルーズ最後の晩だがサプライズが待っていた。夕食後シェフの挨拶が終わると同時に、ホールのスタッフたちが一斉に踊り始めた。階段で、テーブルの周りで、お客を囲んで、なつかしの名曲「悲しみのジェットプレーン」に合わせて踊りまくる。友達になった、ドラもマイケルもローランドも一緒だ。お客とスタッフの心が完全に一つになった瞬間だ。

ラストショー

出演者集合写真

出演者と記念撮影

シンガーの「ポール」

ポールと
夜のショーも最後のショーだけに大いに盛りあがった。プロのシンガーだけでなく、クルーズスタッフがプレスリーやマドンナやフランクシナトラ等に扮し、ショーの後はロビーでお客と記念撮影と最後の晩にふさわしいエンディングになった。最後はもちろん友達の「ポール」のデスペラードを聞きながら名残尽きない感に浸った。

船上からの夕日

きさくなクルー

ドラとマイケルと一緒に
8日目、いよいよ下船の日だ。最初は退屈を持て余し、一体どうなるかと心配したが全くの杞憂に終わった。数々の毎日のプログラム、オプショナルツアー、アクティビティー、そして何もしないでもいい時間が存在すること。あと3〜4日は欲しいところだ。忙しい現代人には是非ともおすすめだ。ただ、びっくりしたのは、アメリカ・中米の人たちはよく食べる。3時のおやつがハンバーガーだったり、ピザだったり。モンゴリアンバーベキューにはどんな時間も長蛇の列だ。ブッフェにはどの時間も人だかり。私もソフトクリームの誘惑には2回負けたけど、引っ切り無しに人が来る。これでは体の大きいのも合点がいく。アメリカンフットボールの選手か相撲取り級の人が本当に多い。日本人は超スリムに見えること間違いなし。ただ、油断していると段々彼らに近づくかもしれない。今回はカーニバル・リバティの気取らない、温かい、飽きさせない旺盛なサービス精神意に感謝。外人の多くが、率先して参加して、自分で楽しみを作っていく、そんな前向きな態度にある意味、見習う必要があると実感した。最後に一言、出発前に買った海水パンツは次回のクルーズの時には絶対使うぞ!
スタッフおすすめ
○カーニバル・リバティ ★★★★★
充実した施設と気取らない、温かい、飽きさせないサービスにあふれたクルーズ
○プエルト・リコ オールド・サンファン ★★★★★
スペイン風の街並み、石畳の道路、2つの要塞に囲まれたまるでテーマパークのような街
○セントルシア ★★★★
この島のマリゴット・ベイはカリブ海で一番きれいと評判。小さく可愛らしい湾には高
価なヨットが数多く停泊している。
○セントマーチン ★★★★
2つの国が同じ島にあるという変わった島で、島の下側はオランダサイドでカリブ海に面
し、上側のフランス側のマリゴはおしゃれな町だ。この島は飛行機が真上を飛ぶマホベ
イビーチでも有名。
2016年1月
本山泰久
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